KtKs◆SEED―BIZARRE_第45話

Last-modified: 2011-06-04 (土) 23:00:13
 

 今まで登場したジョジョキャラ一覧

 

1部・スピードワゴン、ダイアー、切り裂きジャック
2部・シュトロハイム、ストレイツォ
3部・ポルナレフ、アヴドゥル、イギー、グレーフライ、ンドゥール、デーボ、花京院典明、アヌビス神、ヴァニラ・アイス、ペットショップ
4部・虹村形兆、吉良吉影、重ちー、辻彩
5部・ブチャラティ、アバッキオ、ナランチャ、リゾット、プロシュート、メローネ、ホルマジオ、ギアッチョ、チョコラータ、セッコ、ペッシ、イルーゾォ、スクアーロ
6部・ウェザー、フー・ファイターズ、ヴェルサス、ケンゾー、グッチョ
7部・フェルディナンド博士、リンゴォ・ロードアゲイン、サンドマン

 
 
 

    ガンダムSEED・BIZARRE

 
 
 

 『PHASE 45:ゴージャス・ミーア・キャンベル』

 
 

 ミーア、サラ、彩、そしてステラの4人は、ケンゾーから逃げてから1分にもならない相談の後、再び会場内に入り、足の向くままに走っていた。
「ハアッ、ハアッ、ねえ、私たち、戻っちゃって、ハアッ、良かったの?」
 ミーアが息を切らしながら、サラに訊ねる。
「良いとは言い切れませんが、まあ賭けです。相談した時も話しましたが、納得してもらうためにもう一度話しましょう。シェルターに行く予定ではありましたが、あのような怪物じみた敵に狙われながらでは危険すぎます」
「フゥ~、それに、あの男の動き………ただの拳法ではない。フゥ~~~、風水がどうとか言っていたけど、もし彼が風水師であるとしたら、どこへ逃げても追ってこられる。なら………むしろ迎え撃った方がいいってものよ」
 ミーアに比べ、まるで苦しげな様子のないサラが答え、次に辻彩が答えた。
「迎え撃つって……追ってくるのぉ!?」
 裏返った声をあげるミーアだったが、無事に逃げ切れると考えていたのは、直接的な殺意にさらされたことのないミーアだけだ。彩も一度、恐ろしすぎる殺意を向けられ、実際に殺されたことのある身だ。
 その経験から、敵の戦闘力を計れなくてもわかることがある。『逃げられない敵』というものが存在するということだ。
「今の逃走は、不利な状況を変えるためのもの。あのままでは彼の優勢に呑まれたままだったので」
「狭い廊下では、あまり動けない。格闘より、銃の方が、有利」
 サラが逃亡の意味を説き、ステラが銃を抜いて、ケンゾーに対する優位性を言葉少なながらも説明する。
「ああ、うん………ところで、あなた誰?」
 ここでようやく、ミーアは窮地を救ってくれた少女の素性を訊ねた。
「………私はステラ。ステラ・ルーシェ」
「彼女はファントムペイン………連合軍の特殊兵士です。今回の和平条約会場の、護衛任務に当たっていたはずです」
 コクンと頷くステラを、ミーアはまじまじと見つめる。さっきその戦闘術を見たばかりであるのに、それでもこの覇気薄い少女が、兵士であるとは信じられないらしい。
「………名前」
「ハッ、ハッ………え?」
「私………ステラ・ルーシェ。あなたは?」
 ミーアはステラの意図を汲み取るが、どう名乗っていいのかしばし悩む。しかし、もはや自分はラクス・クラインを名乗ることはできないのだと思い出し、少し悲しみつつも答えた。
「私はミーア。ミーア・キャンベルよ」
 ミーアがそう答えたのとほぼ同時に、彼女たちは廊下から、やや広い空間に出た。どうやらキッチンらしい。建造物の構造としておかしなつくりであるが、もとよりヴェルサスが過去を重ねて、出鱈目に変化させられたものなのだから、おかしくて当然だ。
 それに、彼女たちにはその奇妙さを疑問に思う余裕は無かった。なぜなら、そのキッチンに並ぶ調理台の一つに、耳の尖った男が腰かけていたからだ。
「やあ、お嬢さん方。早い再会じゃったな」
 ケンゾーは、含み笑いしながら、床に降りた。

 

「いったい、どうやって追いついたの? いえ、待ち伏せできたの? 私たちは、滅茶苦茶に走ってきた。予測できるはずがないのに」
 サラが、理解できぬものに対する不安と怯えを声にする。その答えが出る前に、ステラは行動を起こしていた。
「フッ!」
 吐息と共に、引き金を引く。続けざまに3発の銃弾が発射され、2発がケンゾーの心臓に、1発が脳へと真っ直ぐに向かっていく。
 対して、ケンゾーは避ける動作はせず、手を伸ばして洗い桶を掴む。そして、中に放り込まれたままのフライパンやボールを投げ飛ばした。ばら撒かれた金属の調理具は、普通なら弾丸に対する盾にするには不確実に過ぎるものだった。
 だが、3発の弾丸はすべて調理具に当たった。跳ね返るようなことはなかったが、ほんの少し軌道はずれる。それだけで、弾丸のすべてはケンゾーから外れた。計算などによる回避ではない。博打としても無茶すぎる。
 だが、ケンゾーは絶対成功するという確信を込めて、その防御を行っていた。
「うーん、完璧な大吉の方角なら、こんな防御をするまでもなく弾丸は逸れていくんじゃが………もうちょっと、じゃな」
 そしてケンゾーは両手を胸の前に出し、手の平を上に向ける。その手の平の上に、彼の『スタンド』が浮かび上がった。
 見た目は一枚の輪と、その中心に浮かぶ、一匹の龍。龍は西洋のドラゴンではなく、東洋の龍の姿に似ている。上半身は透明な球体の中に入っており、下半身はひし形を底辺とした四角錐となって、球体の外に突き出ている。
 その四角錐の先端を、矢印のようにミーアたちの方に向けていた。
「わしに方角を示せ。『龍の夢(ドラゴンズ・ドリーム)』」
 ケンゾーの足が動く。
「西南『坤(ひつじさる)』の方角、54度16分2、いや、8秒、と………」
 ケンゾーは後ろへと下がっていく。その足運びは、方角を刻むような印象を受ける、一歩一歩が計ったように正確に一定の距離を動く、規則正しいものだった。
「『ここ』じゃ」
 ケンゾーが笑った。勝利を確信した、喜悦の笑みだった。
「………!」
 ステラの背筋にソクリとした感覚に襲われる。それを振り払うように銃を撃つ。だが、正確無比であるはずの射撃は、ケンゾーが先ほど言った通り、ケンゾーが何もせずとも、空気抵抗のせいか、彼を紙一重のところで逸れていった。
「次はわしの番じゃな」
 ケンゾーが駆ける。
「このぉっ!」
 ステラが素早く銃弾を詰め直し、引き金を引く。だが弾丸は一発として、ケンゾーに命中することはない。手を伸ばせば触れあえる距離まで、間合いが詰められたところで、ケンゾーの手がゆらりと動く。
「!!」
 あまり力があるとは思えない、さほど筋肉もついていない腕。だが、戦士としての感覚が、彼女に教える。早く何とかしないとまずい、ではない。『もう駄目だから、覚悟を決めろ』。
「ハイヤッ!」
 鋭い槍のような拳が放たれ、ステラの口の中に男の指がねじ込まれる。
「グブッ!?」
 苦しみと嫌悪感がステラを襲う。だが、肉体的ダメージという点ではそれほどでもない。この拳の恐ろしさは、別のところにあった。
「溺れ死ね」
 ステラの視界が真っ暗になる。一瞬にして、大海原の奥底に引きずり込まれていくような、絶望的な感覚に、ステラの意識が消えていく。
「やめろッ!」
「むむっ!?」
 サラが銃を抜き、撃つ。正確にステラを狙いから外して、ケンゾーのみに攻撃を集中させる。
「ちいっ! 方角が変化したか!」
 ケンゾーはステラから離れ、距離を置く。その間に辻彩がステラに駆け寄り、
「『シンデレラ』!!」
 女性型のロボットのようなスタンドを表す。指が4本のみの手で、ステラの喉を叩く。すると、喉に一部がスライドして外れ、開いた隙間に、『シンデレラ』の手に造られた、新たな喉の部品が差し込まれる。
「クハッ! カハッ!!」
 痛んだ喉が交換され、ようやく呼吸ができるようになったステラは、咳き込みながらも命拾いしたことに、心の内で安堵する。
「フゥ~~~、気付いたようね。口の中から直接、頸椎の第4骨にダメージを与えられたようよ。呼吸しようにもできなかったでしょう」
「彩。どういう攻撃をされたか、わかるの?」
 ステラと彩を守るように前に立ったサラが、彩に問う。
「多分ねぇ。フゥ~~。エステシャンとして、人体についても色々と勉強しているんだけど、人間というのは水に溺れるまでに、訓練された人間で5分から7分。けどそれは、空気を吸い込んで、肺の中に酸素が残っている場合のコト」
 彩は自らの喉を指差し、
「けど拳の衝撃で、両肺の中の空気を全て吐き出させた状態でなら、人間は『数滴の水』で、即死状態で溺れ死ぬ」
「数滴の水って………そんなものどこから」
「頸椎の第4骨は『腎』に繋がる神経。そこから衝撃が『副腎』に伝わり、『副腎』は呼吸器官粘膜に、体液をほんの数滴、分泌させる。それだけよ」
「………それだけなの? それだけで人は死ぬの?」
 サラは信じられないという口ぶりだった。彩も説明していて、実際そんなことができるのかと、疑問に思う。
「そう、なのでしょうね。実際、護衛の兵士はそうやって死んだのだから。本来、ブクブクと膨れ上がるのは、体が水を吸うことと、体内に腐敗ガスが溜まることでそうなるんだけど。あれは多分、自分が溺れ死んでそうなってしまうと、思い込んだことによるものね。
 焼けた火箸と思いこませた、ただの棒を押し当てただけで、体が錯覚して火傷を負うように、自分が溺れ死ぬと思い込むがゆえに、体が何らかの作用で太ってしまったということかしら。あなた、そんなに美しい造形が、そうならなくてよかったわね。フゥ~~」
 彩は、呼吸の落ち着いたステラを優しく撫でる。彼女は美しいものが本当に好きなのだ。
「それにしても風水………やはりこの男、本物の風水師。フゥ~~~、厄介ね………」
「フ、フースイシって何?」
 彩を追って側に来ていたミーアが、耳慣れない言葉の意味を問う。
「ミーア、貴方は隠れていなさいよ。まあ説明はしてあげるけど………『FENG SUI(フェン スゥイ)』。東洋の占いとして有名だけど、本来は占いではない。フ~~~。
 東洋では、自然界に山や谷から発生する『風』や『水』のエネルギー、『気』の方角を知る事によって、『進むべき道』がわかるという技術がある………。フ~~~。
 どこへ行けば良いことがあるのか。どこに家を建てれば壊れないか。そういった、『吉』と『凶』の『方角』を知ることができる技術ということよ。フゥ~~~。私の『顔の相』や『手の相』を変えることで、『吉』を呼び込むメイクに似てると言えば、似てるわねぇ」
 説明している間にステラが立ち上がり、銃をしまってナイフを構える。
「そして今、奴が使っているのは『暗殺風水』………。相対する敵へ攻め込む方角を、風水によって見極める。所謂『凶の方角』から攻撃されれば、どんな防御をしようと、絶対に防げないし、こちらからの攻撃は通用しない。そして」
 彩は肩越しに背後を振り向く。そこには、いつの間にか、ケンゾーの手元にあったドラゴンの姿が浮かんでいた。
『『大凶』ってほどジャナイけど、コッチが『凶』ノ方角。ラッキーカラーはブルー、虎の置物は吉だ……あればだけど……』
 ドラゴンが口を利く。戦闘の真っ最中だというのに、その口調は軽く、敵対する者のものではなかった。

 

「そして、これが奴のスタンドということね。『風水』を見極めるスタンド能力………厄介ね。とても、厄介だわ………フゥ~~~」

 

 彩の説明に、サラは厳しく眉をしかめる。
「厄介か。厄介ね確かに………」
 サラはミーアと彩を離れた場所まで下がらせ、自分はケンゾーの隙を伺う。だが、異様なほどに銃弾が命中するイメージがわかない。もし彩が言っていることが正解であるとしたら、敵は世界と運命を味方につけている。
「それでも、やるしかない!」
 サラが銃を撃つ。それは外れたが、それを合図としたように、ステラが跳躍した。一跳びでケンゾーとの間にあった距離を詰め、手にしたナイフを素早く繰り出した。
 無駄な力の入っていない、軽く、素早い動き。一撃で致命傷を与える、重く深い一撃ではなく、浅くとも確実に傷つけ、消耗させる類の攻撃だ。
 しかし、

 

 ぬりっ

 

「!?」

 

 ステラの足が滑る。ステラの着地したキッチンの床に、ちょうど少量の油が零れていたらしい。ほんの数滴程度の少量の油で、滑った距離も数センチというごく短い感覚だった。だがその数センチの差で、ステラのナイフはケンゾーに当たることなく、空を切った。
「はいやッ!!」
 空振りの隙を逃さず、ケンゾーの拳がステラに襲いかかる。今度は口ではなく、腹を狙った拳だった。ステラは反射的に自ら床に倒れ込み、その拳をかわす。
 そのまま床を転がり、ケンゾーから離れ、追い打ちをかけられる前に素早く立ち上がって、迎撃態勢をとった。
「やはりやるのぉ。拳が決まっていれば、内蔵に痛烈なダメージを与えることができたんじゃが」
 ケンゾーは顎に手を当て、思案するポーズをとる。
「やはり決定的な位置に立たんと確実にはいかんのぉ」
 呟くケンゾーに向けて、今度はサラが銃撃を浴びせる。しかしそれもやはり、紙一重の差で、全弾ケンゾーから外れ、壁に穴をあけるだけだった。
『北西『乾(いぬい)』ノ方角、23度4分。そこが最高ダゼ』
「ほいきた」
 ケンゾーは一歩一歩違うことなく正確に距離を刻み、移動する。そして、
「そして、ここが真に最も吉なる位置。貴様にとって、最も大凶なる位置」
 ケンゾーはニィと笑い、
「つまり貴様の敗北は決定された!」
 弾丸のような勢いでステラに殴りかかった。
「くぅ!」
 ステラは片手で拳をさばきながら、もう一方の手でナイフを突き出す。そのナイフをかわし、ケンゾーはなおも攻撃を重ねる。互いに鋭い攻撃を放ち続けるが、そのどれもが当たらない。二人が接近している状態ではサラも援護射撃ができない。
「互角である。そう思っておるか? まあ確かに、体術は互角かもしれんが」
 そう言い、ケンゾーは真横に右拳を突き出す。だがそこにはステラもサラもいない。いたのは、ケンゾーのスタンド、ドラゴンズ・ドリーム。そして、ケンゾーの右腕がドラゴンズ・ドリームにめり込むと、その右腕が『ちぎれた』。
「なんっ………!?」
 ケンゾーの腕は間違いなく無くなっていた。だが、血の一滴も出ていない。
「ステラ! 後ろっ!」
 サラが叫び、ステラは背後から迫る空を切る音を聞き取る。振り向いていては間に合わないと、反射的に判断したステラはしゃがみ込む。おかげで背後からの攻撃は、ステラの髪の毛を数本引きちぎっただけだった。次に、その攻撃を繰り出した存在をステラは見る。
(右手?)
 ちぎれたケンゾーの右腕が、背後から襲いかかってきていた。
「腕が飛んだ? 肉体部位を切り離して、離れた場所に移動させ、死角から攻撃をくらわせる能力?」
 サラが分析している間に、空を切った右腕は、いつの間にかケンゾーの体に元通りくっついている。また、ステラはというと、しゃがみ込んだ一瞬後、身を低くした体勢のまま、ケンゾーの足に斬りかかっていた。
「攻撃をかわした、と、思っているじゃろ」
 だがケンゾーは避けることもなく、
「違うな。もう既に結果は見えている………」

 

 ドグォン!

 

 弾丸がステラの右脇腹を抉った。
「ステラぁ!!」
 ミーアが叫ぶ。
(な、んで)
 ステラは倒れながら、銃弾が飛んできた方向を見る。他に敵が近付いてきた気配は無かったはずなのだ。だとすれば、銃を撃ったのは誰か。
「あ………私………」
 銃を撃ったのは、サラだった。顔が青ざめている。その眼が涙ぐんでいるのは、味方を撃った後悔ばかりではない。ケンゾーの右手で引きちぎられたステラの髪の毛が飛び、その先端が、『偶然』、サラの目に刺さったのだ。
 サラは予期せぬ痛みに驚き、思わず引き金を引いてしまった。それが『運悪く』ステラに命中してしまったのだ。

 

「つまり、これが『大凶』ということじゃ。『進むべき殺しの方角』。攻撃が繰り出された時点で、どんな防御も無意味となる。それが『暗殺風水』」

 

 勝ち誇りながらケンゾーは、更なる獲物に狙いを定める。サラを、見た。
『おーイ、姉チャン。オレ中立だから、ドッチにも味方シナイし、敵ニモならナイ。ただ方角を教エルだけ。デ、そっちハやばいゼ。大凶ダ。特にアンタの『左腕』は最重要緊急警報ダゼ』
「余計な事は言うでないわッ! はいやッ!」
 ケンゾーが動く。サラはステラを撃ってしまった衝撃から我に返り、銃を連射する。
「くく、貴様は確かに水準以上の実力はあるが、射撃の腕以外はそこのお嬢ちゃんほどではない。その射撃にしたところで」
 銃弾の雨をすべてすり抜け、ケンゾーはサラに肉薄し、『左腕』を蹴りつけた。
「く!」
 その蹴りの威力自体は、骨を折るほどの威力も無い。だが、彼女は衝撃によろめき、3歩ほど右に移動し、体を調理台に打ちつけた。同時に右腕に熱い感触がはじける。見れば、調理台に『たまたま』置かれていた包丁が、右腕に深く突き刺さっていた。
「うぐ………」
 血が次々と溢れ出て、右手から握力が失われ、彼女は銃を取り落とす。
「サラっ!!」
 ミーアの叫びが再びあがる。
「二人とも、致命傷とまではいかんが、戦闘力は著しく下がった。では、とどめを刺すとしようかの」
 ケンゾーは、一仕事終えた後の爽やかな気分を胸に、サラへと一歩近づいた。

 

 ミーアは唇まで蒼白になり、震える。
 このままでは死んでしまう。
 ただ付き人と言う枠を超えて、自分を護り、世話してくれたサラが。
 自分を助け、名前を教え合ったステラが、死んでしまう。
 自分のせいで。ケンゾーがミーアを、ラクスを追うのに邪魔だと考えたがゆえに。自分が、ラクスの真似ごとなどしたがために。
「どうしよう彩。どうすればいいの!?」
 傍らの彩にすがりつく。だが、彩の返事はつれないものだった。
「どうしようもないわねぇ。フゥ~~。私はただ他人の体の部位を改造するだけ。手相などを変えて、幸せを運ぶだけ。戦う力は無いし………あなたも戦えないし………」
「そんな………」
 このまま、みんな殺されてしまうのか。嫌だ。もう嫌だ。サンドマンに続いて、これ以上失うのはもうたくさんだ。顔を変え、ラクスになれたことを幸せだと思っていたのに、今では………そこまで考えて、ミーアは思いついた。
「顔を………変える?」
 だから、ミーアは気がつけば訴えていた。自分にできる、唯一の手を。恐怖は驚くほどに無かった。勇気や覚悟というほどに重いものがあったのではない。ただ、無我夢中だった。それでも、彼女は逃げずに踏みだしたのだ。

 

 そして、

 

「!? なんじゃ?」

 

 ケンゾーは眼を丸くする。ドラゴンズ・ドリームの指し示す方角が急激に変化したのだ。風水と言うのは時間の経過や、些細な物の位置の変化で、容易に変動するものではあるが、ここまで急な変化はおかしい。
「どういうことじゃドラゴンズ・ドリーム!」
「ウーン、これは普通ノ変化ジャナイね。人為的な、無理矢理ニ行ワレタ変化ダ。運勢ノ流れガ、無理矢理変えられたミテーダナ」
 背後で足音が立つのを聞き、ケンゾーは素早く振り向き構える。そして見た。
「………誰じゃ、おぬしは」
 思わず訪ねてしまう。それほどに、さっきまでと違った。桃色の髪も、基本的な造作も変わらない。だが、違う。何かが違う。そして彼女は答える。

 

「私は、ミーア。ミーア・キャンベルよ」

 

   ◆

 

 ドムトルーパー3体の内、先頭を進む機体に乗る、3人組のリーダーである女性、ヒルダ・ハーケンは眉をしかめた。
「霧、だと?」
 周囲ににわかに深い霧がたちこめ出したのだ。視界は白く染まっていき、見通しが利かなくなる。
「人工的な煙幕とは違うようだが、自然発生的なものとは考えられんな。これはもしやスタンド能力と言う奴か………? だが何にせよ、この程度の目くらましでどうにかできる、我らでは、ないッ!」
 確かに数メートル先も見ることが難しいような濃霧だが、巨大なMSの影も見えないというほどではない。かすかにでも視認できれば充分だ。
 彼女の後ろに続く2機を操縦するパイロット、ヘルベルト・フォン・ラインハルトにせよ、マーズ・シメオンにせよ、このくらいのことで操縦を誤り、チームワークを乱すような素人ではない。しばらく走り回れば、シールドで霧を吹き飛ばせるだろう。
 当面の敵である、アカツキのパイロットは、積極的に攻めては来ず、防御主体の負けない戦いをしている。中々しぶといが、このままいけば最終的には討てるだろうと、ヒルダは考えていた。

 

 だが、その考えがいきなり変更された。アカツキから激しいビーム攻撃が撃ち放たれたのだ。

 

「な、何のつもりだ!」
 乱れ撃ち、というしかない射撃だった。ウェザー・リポートの雷によるバッテリー充電があっての、エネルギーの乱用である。ろくに狙いがつけられていない、連続して放たれるビームが幾つもの爆発を生み出す。
 が、そのどれもドムトルーパーの発生させるシールドに阻まれて、ヒルダたちに何の痛痒も与えない。ただ、煙や粉塵によって、霧によって悪くなっていた視界が更に塞がれる。
「しゃらくさいね!」
 轟音を耳にしながら、ヒルダは更に突進する。攻撃を行っている分、アカツキの動きは鈍くなっている。今こちらから攻撃すれば、避けきることはできずに撃墜させられるだろうという計算である。
 ヒルダのドムトルーパーが駆け、背後の2機も後を追う。嵐のように激しいビームに迎えられながら、速度は一瞬の緩みも無い。
「落ちなぁ!!」
 そして、ヒルダはついにアカツキに到達し、その黄金の体を、バラバラに砕き散らせることを確信した。しかし、

 

 スカアァッ――

 

 その黄金が、触れた瞬間に霧散して消滅した。

 

「ん、な、ま、幻!?」
 状況が信じられないヒルダに、更なる驚愕が襲いかかる。ヒルダのドムトルーパーが、その突進速度を速めたのだ。ヒルダの機体だけに訪れた急激な加速により、3機のドムトルーパーの連携が乱れ、形成されていたシールドが消失する。
「おい!?」
「どうしたんだ!!」
 ヘルベルトとマーズから通信が入るが、ヒルダにだってわからない。ただ、その瞬間を敵は逃さなかった。無防備になったヘルベルトとマーズのドムトルーパーに、彼らから離れて様子をうかがっていた連合のMSからビームが放たれた。
 背後でMSが爆発するのを感じ取りながら、ヒルダはなぜ自分の機体が急に加速したのかわかった。足元が、水浸しになっていたのだ。
 いやどちらかというと土と瓦礫が混ざった泥沼といった方が正しいが、どちらにせよ、水が足と地面の間の摩擦を減らし、速度を上げさせたのだ。
(いつの間に、こんな! どうやって!)
 罠であったとはわかっていても、どうやってこのような大量の水を発生させたのか、ヒルダにはわからない。水道管が破裂したなどというレベルの水量ではなかった。しかし結局、答えは得られぬままに、彼女は戦線を離脱することになる。
 アカツキから放たれたビームはドムトルーパーの下半身を粉砕し、その行動を不可能にしたのだ。

 

「………やはり俺の射撃能力はまだまだだな。コクピットを撃つつもりが、足の方か」

 

 ウェザー・リポートの計略は見事に嵌った。
 最初、ドムトルーパーの周囲に発生した霧は、もちろんウェザーが生み出したものだ。しかしそれはせいぜい囮の役割であり、メインではない。霧に気をそらしておき、更にビームを激しく撃ち続ける。これもまた目くらましである。
 本命は、ビームの閃光と爆音を隠れ蓑にして、気付かれぬように降らせた豪雨にある。ヒルダの機体の足を滑らせ、加速させた水は、ウェザーの気象操作で造り出したものだった。
 あとは完成したトラップに足を踏み入れさせるだけ。とはいえ、下手に近付けさせてやられてしまっては何にもならない。そこで最後に生み出したのが、アカツキの幻である。空気を歪めて造った、いわゆる『蜃気楼』だ。
 それほど精度のいいものではないが、そこは霧とビームによる視界の悪さが功を奏した。

 

 追い詰めた敵が偽物であるということに動揺し、ヒルダはトラップに対処しきることができず、後は、ご覧のありさまというわけである。

 

「まあ運良く生きていても、もう何もできないだろう。ここはこれでいい………次は」

 

 ストライクフリーダム、そしてインフィニットジャスティス。最強の2機に視線を向け、更なる戦いの渦にウェザーは身を躍らせた。

 

   ◆

 

 素手のまま、こちらを見据えるだけの少女を前に、神を自称するほどに傲慢な男が気圧されていた。光を放つかのように、少女の姿は存在感に満ち、何の構えもとらずに立っているだけだというのに、拳を打ち込める気がしない。
(くう………落ちつけ、何を慄くことがある。我が暗殺風水は無敵! 最強! 栄光に輝くのはこのわしの方じゃッ!)
 ケンゾーは自身の心を奮い立たせ、胸の前に浮かんでいるスタンドに視線を向ける。
「指し示せ、ドラゴンズ・ドリーム! 向かうべき方角を!」
 そしてドラゴンズ・ドリームが動く。しかし、
「ど、どうした! 早く示せ!」
 矢印型の尾によって示されるはずの『凶』の方角が、定まらない。
『コイツは不味いゼ。ワカンねー』
 ドラゴンズ・ドリームが軽い声で致命的な事実を口にしたと同時に、ミーアが無造作に足を動かす。なんてことのない、普段通りの足運びでケンゾーに近づくと、
「ど、どういうことじゃ! 早く………!!」

 

 バッチィィーーーーン

 

 思い切り、男の頬を手のひらで打ちすえた。
「ヒギィ!」
 動揺しきったケンゾーは、そのビンタに何の対応もできずまともにくらい、衝撃で体をよろけさせる。
「ウ、ウオオオ!」
 自分の支配していた戦場に、理解の及ばない要素が入り込んできたことにパニックを起こしたケンゾーは、大したダメージでもないというのに、大げさに後ずさる。だが、

 

 ズリッ ガヅンッ

 

「ゲェ!?」

 

 その足がもつれ、完全に後ろ向きに転んでしまい、床に後頭部を強打する羽目になった。
「ぐおぉぉ………お、おのれぇ、このわしが、このような無様な、こやつは一体」
『ウーン、どうしてもコイツの『凶』の方角が見当たらない。ナンツーカ、全身を「幸運」で覆い尽くシテいるミタイに、『吉』の方角しかナイ………イヤむしろ、コイツが『吉』ソノモノって感じカナァ?』
「なにぃ………? そうか、さきほど金髪の小娘の喉を造り変えたように、体の部位を造り変え、体の『相』を変える。それが」
 ケンゾーは辻彩を睨み、
「貴様の能力。わしの風水を惑わした能力か。ふん、中々厄介なようじゃな」

 

「私のスタンド能力は『シンデレラ』………貴方が、罪人に罰を与える『神』なら、私はか弱い乙女に幸福をもたらす『魔法使い』と言ったところかしら。フゥ~~~」

 

 今一度説明しよう。人間の肉体部位を生み出し、交換することができる。それによって人相や手相を変え、その人間の運勢そのものをも変えてしまう。それが辻彩の能力『シンデレラ』。
 ミーアの顔をラクスのそれに変えたのも、この能力によるものである。また、今のミーアはそこから更に『幸運をもたらすメイク』により、幸運に満ち溢れ、まさに世界を味方につけているといっていい。だが、欠点もある。
 それは制限時間。運勢を変えると言う特殊効果を付与しなければ、長時間持つが、付与した場合は30分しか効果が持たない。

 

(しかも今回は手慣れた『恋愛関係のメイク』ではなく、ほとんどやったことのない『戦いに勝利するメイク』。それを突貫工事でやったから、その効果時間は長くは無い。10分持つかどうか………ましてミーアは素人。制限時間内に倒せる可能性は低い………)

 

 さきほどは平然とケンゾーに近寄ったように見えたミーアだが、実際は恐怖を何とか押し殺し、今にも爆発しそうなほど鼓動する心臓と、崩れ落ちてしまいそうな膝の震えを、懸命に隠していることだろう。
 その唇は、悲鳴を漏らさぬよう、弱音を吐かぬよう、必死に引き締められている。それでも、辻彩にはそのやせ我慢が美しく思えた。自分が『向こう』で死んだあの日、あの恐るべき男に唯々諾々と従い、無様に協力したのに比べれば、何と誇り高いことか。

 

「もう一つ、策は授けたけど、これこそ、上手くいくかどうかのギャンブル。フゥ~~~、どちらにしても、私に戦闘力は無い。彼女たちが負ければ私も死ぬ。せめて祈りましょう。フゥ~~~」

 

   ◆

 

辻彩が見守る前で、先に動いたのはケンゾーであった。素早く戸棚に近寄ると、ナイフを2、3本掴み取り、すぐさま投げた。投げるのに適さぬ調理用ナイフとは思えぬ正確さで、ミーアに襲いかかる。
 対するミーアは、
(やばいッ! やばいやばいやばいやばいやばいッ! 避けなきゃでもどっちへ右? 左? 後ろ? それとも手で防ぐけどそしたら手に刺さるかもやばい間に合わな)
 思考が混乱するばかりで、結局一歩たりとも動けなかった。ただ腕を顔の前にまわし、上半身を捻っただけだ。だが、ただそれだけの動きで、3本のナイフはすべて、彼女の体スレスレを通り過ぎ、傷一つつけることはなかった。
「ふーむ。なるほど大した強運じゃ。この程度では掠りもせんか」
 言いつつもケンゾーは行動を進める。次に彼は、不意に床を強く蹴って跳び上がり、驚異的な跳躍力で間合いを詰め、ミーアの目前に降りると、すぐさま拳を放つ。
「ひゃっ!」
 やや情けない悲鳴をあげながら、ミーアは拳をかわす。その動きから、ケンゾーは相手が荒事に関しては完全に素人であると確信する。
「ドラゴンズ・ドリーム?」
『ウン、今立ってイル場所がアンタにとって『吉』ダ。ケド向こうモどうやら『吉』ラシイ。普通、コチラにとって『吉』でアレバ、対立スル相手にとっては『凶』なんだケド、コイツは例外だな。ケド少なくとも、コノ位置にいれば攻撃を受けるコトはナイと思うヨ』
「うむ。ならば少なくとも負けは無い。では次にどうやって勝ちに持っていくかじゃが……」
 ケンゾーはミーアを睨みつける。腕は引き絞られた弓の弦のように構えられ、針のように鋭く指先を少女へ向けている。彼の前に立つミーアは、フィクションでしかないと思っていたものを感じていた。
 すなわち『殺気』というものの存在を。

 

「ひ、いい………」
 ミーアの眼に涙が浮かぶ。我慢していた震えが、押さえきれなくなる。途方もない緊張感に、気が狂いそうになる。戦う勇気が消えていく。逃げると言う選択肢をとる余裕さえない。まるで、蛇に睨まれた蛙。猫に追い込まれた鼠。
「ああ、あ、あ………」
 その緊張と絶望感が限界に達しようとしていた時、
「ほっ」
 ケンゾーが息を吹き、体の力を抜き、殺気を消した。
「!! や、ああああああああああぁぁ!!」
 その瞬間、ミーアは反射的に前に出ていた。死の恐怖に押し込まれていた体が、それが消えた瞬間に、バネのように激発した。だがそれは理性も覚悟も無い無謀な特攻であり、しかもケンゾーが『わざと見せた隙』に誘われてのもの。ゆえに、
「はいやッ!」
 ミーアがはじき出した拳は、あっさりとかわされた。そして空振った拳の先には、
「『ドラゴンズ・ドリーム』!」
 丸い龍が待っていた。
「!?」
 スタンドに触れた彼女の腕が消失した。目を剥くミーアに、ケンゾーが呟く。
「スタンド使いでないお嬢ちゃんには見えんじゃろうが、今、おぬしはわしのスタンドに触れた。いかにおぬしの腕だろうと、わしがそう仕向けたために触れたのであって、それはわしの攻撃と同じこと」
 そして、

 

 メギャア!!

 

 ミーアの拳が虚空に出現し、ミーア自身を殴り飛ばした。
「くほあっ!?」
 腹を強烈に殴打され、彼女は体をくの字に曲げ、その場に座り込んでしまう。内蔵が躍るような苦痛に、胃の中身を撒き散らしそうになる。
「おぬし自身の拳であれば通じるようじゃな。『凶』による不運は無いようじゃが、ダメージは確実に入る」
 もはやケンゾーに不安の欠片も無く、戸棚から更に1本ナイフを取ると、
「ほれ、掴め。そして切りかかって来い。そうすればその攻撃をおぬしに返し、今度こそ確実に殺してやれる。どうせ勝ち目が無いのなら、せめて苦痛を長引かせるな」
 いっそ優しいとさえ言える口調で、彼はミーアによく手入れされた刃を差し出した。
「ハァ、ハァ、ハァ」
 少女は涙のにじむ眼で刃先を見つめる。もはやなけなしの度胸は消し飛んで、肉体と精神、双方からの苦痛に、今にも気を失ってしまいそうだった。
(やっぱり、やっぱり駄目だったんだ。私なんかじゃ、偽者をやることしかできない私なんかじゃ、勝てるはず無かったんだ)
 ただただ諦めが彼女を支配し、もう、いつ自らの死刑執行許可証となるナイフを、受け取ってしまってもおかしくなかった。
「さあ」
「ハァ、ハァ、ハァ………!」
「さあ!」
「ヒィッ!」
 ケンゾーが少し凄みを利かせた瞬間、

 

 ドウンッ!

 

 銃弾がケンゾーのナイフを持つ左手を撃ち抜いた。ナイフが血と共に床に零れる。
「ウ、ギャアアアア!!」
「なんだ、意外と痛みに弱いのね」
 挑発的に口にしたのは、脂汗を浮かべながらも、右手から左手に銃を持ち替えて立つサラだった。
「き、きさま、よくも、あの金髪の小娘に、この桃髪の小娘に続いて、またしても、この神に等しいわしに傷を………!! よかろう! そんなに死にたいのなら、きさまからとどめを刺してやるのじゃぁっ!!」
「やれるもんならやってみなさい! ミーアはやらせないわよクソ野郎!!」
「舐めるな! 今のは『吉』の方向から半歩足を踏み外してしまっただけのこと………暗殺風水を確実に利用すれば、貴様なんぞぉ!!」
 ケンゾーが動く。その動きに素早く反応し、サラは進行を阻むように銃弾を撃ち込む。さすがにケンゾーの足が止まった。
「………なぜこんな偽者の小娘のためにそこまでする? おぬしは別にわしの邪魔にはならん。逃げるなら見逃してもよかったのになぁ」
「さあ………そのことは、私にもよくわからないわね」
 サラにとって、ミーア・キャンベルとは何か。なぜ命を賭けてまで守ろうとするのか。
 尋ねたとしても、万人を納得させるような答えは返ってこないだろう。そこまで長い付き合いでも、深い付き合いでもない。単なる付き人兼ボディガードだ。だから理由などはただ、サラはミーアのことを気に入っているという、それだけのことなのだ。
(それだけで十分。もう、シェリーのようにはしない。絶対に!)
 そして更に銃を撃とうとした時、引き金がガキリと音を立てて止まった。
「故障(ジャム)!? こんな時に!」
「いやぁ、これもまた風水の力よ! 残念じゃが、おぬしが邪魔した時には、わしはもう『吉』の位置に入っておったのじゃ! そしておぬしの『凶』は」
『左脇腹ダネ。ラッキーカラーは黄土色。松の木を植エルと効果あるヨ。モウ遅いケド』
 ドラゴンズ・ドリームの導き通りに、ケンゾーの蹴りが放たれる。
「はいやぁッ!!」
「ゴフッ!」
 見事にサラの左脇腹に蹴りが入る。もともと血を流し、体力を消耗していたサラの体は簡単に倒れてしまう。拳銃も床に落ちて転がり、彼女は無力化された。
「よぉし、これでもはや、おぬしへのとどめが決定づけられた!」
 絶対なる『攻撃の方角』から攻撃を受けた者は、たとえその攻撃自体は防げても、その攻撃をくらった以上、確実に致命的不運に見舞われ、強烈なダメージを負うことになる。

 

「さあ! 待たせたの。いよいよおぬしへのとどめじゃ。ミーア・キャンベルとやら」
 人を嬲ることを悦びとする、厭らしい笑顔を浮かべてケンゾーが振り向く。だがそこに、さっきまでいた、『桃色の髪の少女』の姿は無かった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ………」

 

 そこにいたのは『黒色の髪の少女』であった。

 

 その顔も、気配も、すべてさっきまでとは違う。輝くような空気もまとわず、苦しげに荒い息をつく、醜女ではないが美女とも言えぬ、どこにでもいるような、ただの平凡な少女がそこにいた。
 その手には、ピンクの髪の毛の塊と、ちぎれて垂れ下った布のような、粘土のようなものがあった。
「………ああ、なるほど。ラクス・クラインの皮を取ったか。すると………ドラゴンズ・ドリーム」
『ウン、風水も変動シテいるネ。さっきノ右脇腹への攻撃ハ、とどめノ一撃ニハならなかったミタイだ』
 これが、ミーアが辻彩から渡された策。本来、彩の能力は体の部分を『交換』することだが、今回は部品を仮面のように『被せた』のだ。だから、被った者はいつでも引き剥がすことができた。
 それによって、さっきまで存在した『強運の塊』が消失して、風水の変動が起こった。『吉』と『凶』の方角も変わった。だから、サラは助かった。
「じゃが、それでもはやおぬしを護る幸運は無いということ。今度こそ完全にわしの勝利は決定したということじゃあ!」

 

「うるさい」

 

 ケンゾーは我が耳を疑った。
「………なんじゃと?」
「うるさいって言ったのよ。考えてみたら、なんで私がアンタなんかをビクビク怖がって『お願い神様助けて』って感じに縮こまらなきゃならないの?」

 

 ザワザワと、髪が逆立つような怒りが、彼女に浸透していく。
「自分でも本当意外って感じだけど……サラを傷つけたアンタが、本気でムカツクわ! 私に優しくしてくれた、ラクスではなくミーアとして私の傍にいてくれた、私をここまで守ってくれているその人に、それ以上、手を出すなぁ!!」
 ミーアは、走り出した。萎えていた精神が、再び蘇る。目の前で、人を護るということの模範を示してくれた、大切な人に勇気づけられて。
 その手には、さきほどケンゾーが差し出したナイフが握られている。だがそれはケンゾーが自殺を勧めるように渡して来たものを取ったのではない。逆だ。このナイフは、ケンゾーに突き立てるためにある!
「な、ん、な、なんじゃ!?」
 ケンゾーが叫ぶ。目の前を走り迫るのは、どう考えてもただの少女。だが、彼の目には凄腕の戦士の姿が重なって見えた。千里を踏破する、風の如き速さの戦士の姿が。すべてを切り裂く、殺気を浴びせかけてくる男の姿が、ケンゾーを慄かせる。
(速さも、力強さも、決してそこまでではない! なのに、これは!?)

 

 それは、『演技』。

 

『ラクス・クライン』という役を演じ続けてきた名優、ミーア・キャンベルによる、『サンドマン』という役の演技。その仕草、その走り方、その雰囲気、その戦いを、この一瞬だけでも、

 

(演じきる!! 力を貸して、サンドマン!!)

 

その演技に、ケンゾーは呑まれていた。そして、ケンゾーは迎撃することさえおぼつかず、接近を許してしまった。ひょっとしたら、ステラが刺した右肩の傷と、サラが撃った左手の傷が無ければ、より機敏に動いて、その攻撃も防げたかもしれないが。
 だがそんな『もしも』は当然のことながら無意味で、

 

 ズン!

 

「かはっ………」
 ナイフがケンゾーに突き刺さり、彼は叫びもあげずに後方に数歩下がると、ドサリと倒れた。それを見届けると、ミーアもまた力尽きたように膝をついた。
「ミーア!」
 ヨロヨロと立ち上がり、サラはミーアに近寄りながら呼び掛ける。
「だ、大丈夫。でも、もう動けないや………」
 返事をするミーアに安堵し、サラも息をつく。だが、

 

「まだじゃぁ!! まだわしは負けとらん! わしは神!! 世界を制する者、そのことに変更はねえのじゃぁ!!」

 

 いきなり立ち上がったケンゾーの、血を吐くような執念の叫びがあがる。その手には、さっきサラが落とした銃が握られ、つまった弾丸も、既に直されている。
 そして銃弾は残り全てが放たれた。その数、5発。だがその銃弾は1発として、ミーアにもサラにも当たらなかった。なぜなら、

 

「彩!!」

 

 辻彩が、弾丸から二人をかばったからだ。

 

「もう、消えろ!!」

 

 そしてケンゾーは、傷ついた体を無理矢理起こしてきたステラに殴り倒され、今度こそ、その意識を消失させた。

 

「彩! しっかり!」
 ミーアが傍らに倒れ、血を流す彩に向けて叫ぶ。
「フゥ~~~………大丈夫、すべて急所は外れているから、死にはしないでしょう」
 彩は痛みをこらえ、ミーアを安心させるために笑顔を浮かべた。
「だけど、それにしたって無茶よ。貴方は、こんな無謀な行為をする女ではなかったと思っていたけど」
 サラは心配げに彩の傷口を見ながらも、思わぬ彼女の行為に対する驚きを口にしていた。
「ええそうね。他人をかばうなんて、あまり私らしくない。フゥ~~~。けど………前にあまり美しくない死に方をしたもので、ちょっとそう………つい、かっこつけたくなっちゃったのよ。貴方たちの前で」

 

 そう語る辻彩は、自分の行動に戸惑いながらも、満足げであった。

 

 こうして神を名乗った男と、4人の女たちとの戦いは終わりを告げた。誰一人欠けることなく、4人の女たちの完全勝利というかたちで。

 

 男は幸運を味方につけ、安全を手に入れた。だが女たちは、仲間のために幸運も安全も捨てて、立ち向かった。
 かつて波紋の戦士は弟子にこう教えた。『恐怖を我がものとせよ』そして、『北風が勇者バイキングをつくった』と。安全ばかりを求め、危険から逃げる者に、真の勝利は無い。勇気を持って、試練に立ち向かう者にこそ栄光が与えられる。
 この戦いの結果は、ある意味当然のものと言えるだろう。

 
 

TO BE CONTINUED