LOWE IF_592_第08話1

Last-modified: 2011-02-23 (水) 16:53:36

『事情はいろいろあるだろうが俺がなんとかしてやる。だからプラントへ戻ってこい。お前は!』

かつての戦友が戻ってこいと言う。

『私は自分の役目をやっているだけなの。でもね、それってすごい大事な事だと思うんだ。プラントにとっても、私にとっても』

偽りの姫が自らの役目を果たさんとしている。

『お前、無茶ばかりするからな』

愛する人が、自分を心配しつつ、自分に思いを託してくれた。

「…議長との会見のアポを取りたいのですが」

青年の決意は固まった。やるべきことを、プラントで見つける。そして今度こそ、世界を間違った方向へ行かせない様にする。
アレックス・ディノは今、アスラン・ザラとなってザフトに舞い戻ったのであった。

第八話 DEEP RED

オーブを半ば追い出される形で領海から出たミネルバ。その艦内は緊張で溢れかえっている。
オーブから追い出された理由、それは大西洋連邦との同盟を組む事にある。そしてその中、オーブに停泊していたミネルバはザフト所属艦。これほどいい置き土産などないだろう。
つまりは、その存在はカーペンタリアを囲んでいる攻撃隊に通達され、その攻撃に曝されるだろうと言う事だ。その証拠に、艦のレーダーやソナーはその存在を知らせ続けていた。

「艦長…これ、まずいですよ。この数は…」
「貴方がそう思っていると言う事は、結構皆が思っていることよね。私も怖いわ。でも、ここは切り抜けなければいけない。まだ死にたくないもの」
「そりゃ…そうですが。ミネルバ一隻にこの数は馬鹿げてますな、流石に…」

前方に控えている連合艦はミネルバ1に対し、ステングラー級4、ダニロフ級8、他にも10隻。これは、もはやミネルバが戦略的にも価値があると考えられてなのだろう。
しかし、こんなに戦力をまわせる余裕があるとは、ブレイク・ザ・ワールドの後とは思えないほどだ。

「後方ではオーブ艦がこちらに砲を向けています。脅し…でしょうか」
「でしょうね」

索敵をしていたバートが、つい先ほど通っていた航路に、オーブの艦が後方を固めつつ、砲をミネルバに向けているのに気がつき、タリアに報告する。
タリアは何処か予測していたかのように、淡々と答えながら頷いてみせる。置き土産にする以上、オーブに戻すことは出来ない。これが、オーブなりの見送りなのだ。

「どっちにしろ、オーブには戻れない身なのよ。ミネルバは前進あるのみよ。わかりやすいじゃない」

こんな状況下であるのにもかかわらず、タリアは余裕の笑みを浮かべている。そんな彼女に対し、遮蔽されたブリッジにいた者たちは少しだけ畏怖を感じていた。
またそんな彼らに気がついたタリアは、彼らの様子がおかしかったか、ついに声に出して笑い始めてしまった。

「そんな顔しないでくれる?私だって怖いわ。でも、それを表出して怖がってどうするのよ。この状況を切り抜けるには、決死の覚悟が必要なのだから。怖がるのはその後でいいわ」
「敵との有効距離まで5分です」
「(それでも、クルー達は脅えるわね…。ここは鼓舞したほうがいいかしらね)アーサー、艦内すべてに通信を繋げて」
「は、はい!」

タリアの言葉に、アーサーは慌てて回線をつなぐ。タリアは二度深呼吸をした後、受話器を取り、口を開く。

「全クルーへ告ぐ」

タリアの凛々しい声は艦内すべてのスピーカーを通じ、全クルーに対し伝わっていく。作業をしていたものも、一時中断してまでその声に耳を傾けていた。

『艦長のタリア・グラヴィスである。現在本艦の前面には空母4隻を含む地球軍艦隊が、そして後方には自国の領海警護と思われるオーブ軍艦隊が展開中である。我らの出港に網を張っていたのだろうと予測される。
盛大な歓迎かつ、我らにとっては絶望的な状況下である』
「艦長…」
「正直すぎるだろ…しかし、オーブめ…」

あまりにも淡々と状況を説明するタリアの言葉に、クルー達は絶望感を覚え、シンは悪態をつきながら、ヘルメットを被る。と、士気が下がりつつある彼らの耳に、意外な言葉が飛び込んでくる。

『が、私は不思議とそうとは感じない。それはこのミネルバクルー一同が素晴らしい能力を持ち、また団結力も連合のそれを遥かに凌駕していると考えているからである。
諸君らが一致団結し奮起してこの戦いに望めば、我らはカーペンタリアの地へ、五体満足で踏む事ができるだろう。それだけではない。我らはオーブの手土産として、連合の度肝さえも抜くことができるだろう。
たった一隻の新造艦を、空母四隻を使ってでも沈められなかったと言う、我らにとっては栄光の、連合にとっては恥すべき歴史を、今ここで刻んでみせようではないか!
そのために、諸君らの命、私が預からせていただく。そして私の命を、諸君らに託す。全力を尽くそう。以上』

凛々しくも淡々としていた声に、力強さが含まれていた。そして大言とも思われそうなそのタリアの言葉は、何処か、クルー達に安心感を覚えさせていた。確かに絶望的である。
しかし、この状況を打破できるかもしれない。そういう希望と、この戦いを生き残れれば英雄になれるかもしれないという希望。この二つが合わせられ、今クルー達の士気が急上昇した。

「やってやろうぜ!連合の奴らに、俺達の実力を見せてやる!」
「ああ!俺達に喧嘩を売ったこと、後悔させてやる!」
「カタパルト接続急げ!ぼさっとするな!」

一気に吹き返したクルー達は、慌しく艦内を駆け回る。まるで、先ほどの重々しかった空気が嘘のように活き活きとしていた。その様子を報告で受けていたタリアは安心した表情を浮かべる。
アーサーらクルー達も見事といわんばかりに晴れ晴れとした表情をしていた。

「ふぅ…。何時になっても慣れないわねぇ。こういうセリフ。皆を下手に煽っているみたいで嫌だわ」
「しかし、これで我が艦の士気も上がりました。後は、我らの実力と運次第です。大丈夫ですよ、きっと。切り抜けられます」
「心強いわ、アーサー。さてと…その意気で攻撃開始をするわよ。比較的敵が少ない、左側から突破する。攻撃指揮、任せるわ」
「了解です。ランチャー2、ランチャー7、全門パルシファル装填。シウス、トリスタン、イゾルデ起動!」
「シン、ナタリー機はなるべく艦より離れないで、空中で応戦しろと伝えて。レイ、ルナマリア機は甲板上で近づく敵を迎撃。いい?」
「了解です。各MSパイロットへブリッジより通達。シン機、ナタリー機は空中にて、ミネルバとの距離を保ちつつ応戦。
レイ、ルナマリア機は甲板上で敵を迎撃」
『『了解!』』

タリアからメイリンを介して指示がパイロット達に伝わっていく。そして、彼らの復唱がメイリンのヘッドホンから聞こえてきたのを確認して、メイリンはアナウンスを始める。

「シルエットはフォースを選択。カタパルト推力正常。針路クリアー。コアスプレイダー発進どうぞ!」
『シン・アスカ。コアスプレンダー、行きます!』

まず専用カタパルトよりシンのコアスプレンダーが発進し、続いて各部パーツも発射され、すぐさまフォースインパルスへと姿を変える。その合体する光景を楽しむまもなく、メイリンは続けて言う。

「続けてナタリー機発進スタンバイ!発進シークエンスを開始します」

メイリンの指示を受け、ラクスはバビを歩かせ、カタパルトへと向かわせる。その途中、上の階層から拡声器を片手に喋ってるケイの説明を受けていた。

「ナタリー。このバビはまだあの大型ライフルを使える調整が上手くいっていない。ビームライフルとマシンガンを両手に持たせた。後、ジンと違って変形機構上、もうちょっと調整しないと白兵戦用の武器は持てない。
そこで、インパルスの高振動波ナイフをマシンガンに取り付けて使えるようにした。
所謂、銃剣って奴。ただ、今までの重艦刀と使い勝手が違うし、無理して突っ込まないでよ」
「つまり、急ごしらえと。了解です。カリドゥスは?」
「問題なく使える」
「了解。では発進準備します」
「ああ、健闘を祈るよ!バビ、出れるよ!」

ラクスへのレクチャーも終わり、親指を立てて見送った後、今度は下にいる整備兵達に拡声器で声をかける。整備兵達はすぐさま次の作業、ザクの移動指示をし始めた。
バビに乗るラクスは、今回は趣向を変えて手を握っては開き、握っては開きと言う作業で緊張感を紛らす。そして艦橋の指示を待った。

『針路クリアー。バビ、発進どうぞ!』
「ナタリー・フェアレディ、バビ参ります!」

カタパルトから発射されたバビは大空へと飛び立つ。そして、上手く姿勢制御をしつつ、ミネルバ付近を浮遊する。宇宙空間と違い、重力下にいる以上、慣れないバビで体勢を維持するのには苦労するが、
ビルとのシミュレーションの成果が出たか、体勢を整えた後は無駄なく戦闘態勢へと移る。と、そんなバビにインパルスから通信が入った。

『ナタリー。新しい機体だ、無茶するなよ。俺がまず攻めてくる敵を攻撃するから、撃ち漏らしたのを各個撃破してくれ』
「了解です。頼りにしていますわ」
『お、ああ、任せろ!』

最初はキリッとした表情でラクスに指示を送っていたシンだったが、ラクスが満面の笑みで復唱すると、赤面して慌てて通信をきる。頼りにされた事がそんなに照れくさかったのか。
ラクスは苦笑しつつも、すぐに表情を引き締めて前方を見つめる。連合の空母からも、次々とMSが発進している。どうやら全部同じ機種らしく、データではウィンダムと表示されている。
ラクスは操縦桿を強く握り締める。そして、カリドゥスを起動させ、その標準を敵陣左舷へと向ける。

「バビよりミネルバへ。これよりカリドゥスによる先制攻撃を仕掛けます」
『ミネルバより了解』
『レイ機発進スタンバイ、発進シークエンスを開始します。ルナマリア機発進スタンバイ。ウィザードはガナーを装備します』
『ただし、こちらも砲撃を開始するため、タイミングを合わせる。20秒後、一斉砲撃』
「了解」

通信を終え、モニター後方に映っているミネルバの姿を見る。甲板にはMSが二機、ルナマリアのザク・ウォーリアとレイのザク・ファントムがそれぞれオルトロスと、以前ラクスの機体が使用していた大型ライフルを構えている。
一斉砲撃。ミネルバがこの状況を脱するには、一点突破しかないだろう。幸い、友軍はいない。ミネルバのみを考えればいいのだから、駆け抜ければそれで勝ちなのである。

『10秒前…9…8…7…』

カウントが始まった。途端にトリガーを握っている右手が震えだす。何時もの事だ、気にしない。少しばかり左手で強く右腕を握り締めて、震えを止める。ついでに派を強く食い縛って雑念を消す。
毎度毎度の事、なれないものだ。失敗したらどうしようと、考えてしまう。だが、今はそんなことを言っていられない。

「(ふぅぅ毎度毎度私もダメですわねぇ…)」
『6…5…4…3…2…1…0、一斉砲火、てぇぇ!!』
「!」

アーサーの雄たけびと共に、ミネルバの全砲門と他のMSの全火力が連合艦隊へと降りかかる。連合のウィンダム隊や連合艦隊は散開してこれを避けようとするが、避けきれず直撃を受け撃沈するものも出た。そして、穴が開いた。
難を逃れたウィンダムは爆炎を振り払いつつ、体勢を整えて、再びミネルバに攻撃しようとする。連合艦隊も砲撃を開始しつつ、左側に空いた穴を埋めようとする。しかし、ミネルバは更に砲撃を続け、それを防ぐ。

「よし、風穴が開いた!塞がれる前に…くっ、MSか!」

シンもインパルスで特攻を仕掛け、風穴を更に広げようとするが、その前にウィンダム隊がビームライフルでインパルスを攻撃しつつミネルバへと接近してきたため、そちらの迎撃へと行動を移す。
ライフルを構え、一機一機確実に当てる。だが如何せん数が多く、撃ち漏らすものも出始めた。それに気がついたラクスは、すぐにマシンガンとビームライフルを構え、前方から来る敵に向けて撃つ。だが敵は更に散開し、二手に分かれてラクスをかく乱する。
右を捨て、ラクスは左に行ったMSに照準を合わせる。そしてマシンガンを撃ち、一機撃墜する。それを見た別の機体が、狙いをバビに向けて、ビームサーベルで切りかかる。
急速にバーニアを吹かし、ラクスはそれを避けるものの、後ろにいたウィンダムに掴まれた。

「(くっ!捕まれた!…でも、このバビのパワーならいけますわ!)」

スロット全開で、ウィンダムを振り払おうと右往左往と飛び回る。その時の慣性によるGでラクスは左に右にと大きく振られ、嗚咽もはけないような状態になるが耐え切り、
振り払ったウィンダムの腸に銃剣を突き刺す。火花を放った後、ウィンダムは小さな爆発を起こし、機能を失う。これでいい。ラクスはすぐさま銃剣をウィンダムから抜き取る。ウィンダムは海に落ちる前に爆散した。

「はぁ!はぁっこれほど、消費するなんて…だけど、弱音を吐いている暇なんてない、今はそんな暇なんかいらないですわ!」

ラクスは操縦桿を強く握り締め、すぐさま攻撃を受けているミネルバへと戻る。その途中、ジェットストライカー装備のダガーL隊と交差し、戦いを始める。
ダガーLは一列となり、シールドを構え、一人が盾になり、後方でもう一機のダガーが何かを準備しているのだろう。この距離ではカリドゥスをチャージしている暇はない。
ならば、ビームライフルでと構えて撃とうとすると、それを待っていたかのように前方のダガーはシールドを外して、その反動で離れる。その動きについていけず、ラクスのバビが撃ったビームはシールドに当たり、爆発する。
それが目くらましとなって、ラクスはダガーを見失った。と、その瞬間を狙って、ビームサーベルを構えたダガーLが上空から強襲してきた。
咄嗟にラクスはバビを旋回させ、攻撃を避けようとしたが、ダガーLのビームサーベルはバビの左手のマニュピレーターに当たり、ビームライフルを落としてしまう。
ラクスは即座に変形させて上空へと飛び出し、そして急降下しながらマシンガンを撃つ。弾はダガーLの右腕を破壊したが、それでもダガーLはひるまずライフルを乱射してくる。
その隙間を潜り抜け、バビはダガーLの首に銃剣を突き刺し、そのまま水面上まで降下した後突き飛ばして落とし、そのまま急上昇する。

「…くはあ!ま、まだまだ!まだまだですわ!」

仰け反った体を思い切り前に倒しながら息を吐き、ラクスは姿勢を立て直す。そして、先ほど攻撃役を買っていたダガーLに対し、乱射しつつ接近する。だが相手も流石に強く、簡単に避けられ、距離をとられつつビームライフルを撃たれる。
ラクスはそのままそのダガーLと交戦し、一方のレイ、ルナマリアとミネルバ自身の対空砲火によって持ちこたえているものの、体勢を立て直した艦隊の砲撃にも曝されている。左舷に当たり、煙が上がった。
震動が船の中に響き、クルー達は手すりを掴んだり、身を屈めてそれを耐える。そして振動が収まった後、マッドが叫んだ。

「四班五班消火急げ!!」
「マスクと消火剤持て!急がないと、炎がどんどん燃え移るぞ!」
「一班と二班はザクのライフルとバビの予備パーツを用意して、何時でも戻ってこれるようにしろ!時間がないぞ!」
「班長、フライヤーの設置終わりました!」
「よぉし!!次はミネルバのイゾルデの弾の補充だ、急げ!」

ケイはホースを持って、部下達と一緒に左舷方向へと走っていく。その後をヴィーノら第五班も続いていく。ヨウランは上の階層からマッドに報告をし、次の指示を受け、
すぐに走っていく。マッドは他の者たちに怒声を上げていく。
インパルスもそんなミネルバの付近に戻り、旋回してミネルバを狙おうとしているウィンダムを撃ち落とす。だが、数が多く、段々とエネルギー残量を減らしていく。

「くそ…エネルギーが少なくなってきた…」

シンもそれには気がついており、焦りの表情を浮かべつつ、目の前の敵を倒していく。だが、ウィンダムの数は全く減らない。

「ちょっと…この数…冗談じゃないわよ!ミネルバ一機にこんだけを?!」
『艦長が言っていただろう。それだけミネルバが戦略的に注目されていると言う事だ。奴らにとっては、ここで潰しておきたいんだろう。弱音を吐いていられんぞ。ルナ、右だ!』

「中々耐えているようだ。ロアノークの情報は、あながちでたらめではなかったようだな。まあ、それでこそデモ対象の価値があるのだがね。おい」
「はっ…。ザムザサーは何時でもいけます。発進させますか?」
「よし…ザムザサー発進。私はね、ザフトの連中が作ったものを真似した蚊トンボのようなMSよりも、これからは我らが誇る新型MAの時代だと思うのだよ」
「は…その通りで」

連合軍司令官は含みのある笑みを浮かべ、それにつられて副官も笑みを浮かべる。そして彼らの横の窓からは、巨大な何かが現れ、その姿をその場、いやミネルバにも見せつけていた。
重量感のある、蟹か、それともザリガニに似たその姿。まるで外宇宙生物のようだ。だがそのMAは軽々…とではないが、その重量を諸共せず、こちらのほうへ向かって飛んできている。
無論、ミネルバでもこの姿を確認されていた。

「…MAね。データ照合は?」
「ダメです。アンノウン…新型…でしょうね。少なくとも、ザフトのデータベースにはありません」
「艦長、どうしますか?」
「…そうね。殆どの機体にも疲労が見られるでしょうし、ここで勝負を仕掛けましょう。タンホイザー起動。照準、アンノウン」
「タンホイザーを大気圏内で使用しますか!?」
「本当ならば撃つべきではないわ、しかしね。ここで死ねば、このミネルバに託された思いはどうなるの?私達は、汚名を着てでも生き残るべきだわ。だから、アーサー!」
「は、はっ!タンホイザー起動!射線軸コントロール移行!照準、敵モビルアーマー!…てぇぇぇ!!」

アーサーの叫び声と共に、ミネルバからのビームが敵MAへと当たる。衝撃で吹き飛ばされた海水が飛び散る中、誰もが決まったと思った。だがしかし、タンホイザーが切れたと同時に現れたのは、
撃沈されたと思われていたMAが姿を現した。桃色のビームで出来た巨大なシールドを前方に展開し、なおも接近してきている。
幸いと言えば、今のタンホイザーの一撃で津波が起こり、射線上付近の連合艦が転覆してくれた事か。

「そんな…タンホイザーを跳ね返した…!?」
「…なんてMAなのよ…。取り舵20、機関最大、トリスタン照準、左舷敵戦艦!申し訳ないけど、特攻よ。インパルス、戻れる?」
「あ、はい!インパルス、エネルギー危険域!ですが、アンノウンと交戦しています!戻れそうもありません!バビもウィンダムと交戦中!」
「くっ…仕方がない…。幾ら新型とはいえ、MSの方が小回りが利くわ。デュートリオンビーム用意!シンは隙を見つけて補給!その間はバビに任せなさい!補給完了後はインパルスで新型を牽制!バビは帰還!いいわね?」
「は、はい!インパルス、バビ、応答願いま…きゃあ!」

タリアの指示を送るため、メイリンは二人に通信を繋ごうとしたが、その時ミネルバに衝撃が走った。砲撃が近辺で爆発し、それによって発生した津波によって艦が揺らされたのだ。
しかしその方向は連合艦が放てるようなものではなく、可能なのは、その協力者である。

『ザフト軍艦ミネルバに告ぐ。貴艦はオーブ連合首長国の領域に接近中である。我が国は貴艦の領域への侵入を認めない。速やかに転進されたし』
「オーブ…か…!」
「そんなオーブ国境線近くとはいえ…まだ越えてはいないのに!こんな時に脅しなんて!」

操縦士マリクは冷や汗を掻きながら、絶望したような表情で現実より目を逸らしてしまう。連合との同盟を組んだとはいえ、先ほどまで友好的であった艦に、こんなにも簡単に脅しを加えてくるとは。
だがまだ撃ち落とそうとしないだけ良心的なのかもしれないが。兵士達にそんな心遣いなど感じられる余裕などありはしなかった。
その様子を当然ながら、シン達MSパイロットからも確認されていた。特に、オーブを憎むシンにとっては怒りに触れるに値する行為だった。

「オーブの奴らめ!連合に尻尾を振る気か!!畜生!…うわ、しまった!」

だがその注意の散漫が彼を窮地へと落とす。ザムザサーがいつの間にか接近していて、インパルスの足をハサミで掴み取った。その衝撃で少ないエネルギーを消費させられ、一気に0に近づいてしまう。
インパルスは何とかバルカンを放つなどもがいてみるが、ザムザザーは放そうとせず、ついにインパルスのエネルギーが無くなり、フェイズシフトダウンしてしまう。
緊急用予備エネルギーに自動的に切り替わるが、まさにこれは逃亡、または帰還用に取り付けられたものなので、VPS装甲を再び起動させることは出来ない。シンの額から冷や汗が流れる。
それに気がついたのか、ザムザザーは一気にハサミの力を強め、そしてインパルスの足を引きちぎる。それだけでは終わらない。もう一度切れた足の先端を掴みなおし、そして一度天に振り上げ、そして勢いを付けて海に振り下ろした。

「シン!」
「シンさん!」
「シィン!」

タリア、ラクス、ルナマリアが叫ぶ。ラクスは機体を変形させ、何とか救助しようとするが、相手にしていたウィンダムに背中から撃たれ、思うようにシンの元へといけない。
そんな中、シンは落ち行く機体の中で一人、まるで諦めたような表情で考え事をしていた。もうすぐ海に叩きつかれる。インパルスとはいえ、フェイズシフトダウンしている状態…いやそうでなくてもこの速度だったら死んでしまうだろう。
家族を殺され、自分の無力さを呪い、そしてここまで上り詰めてきたと言うのに。自分の人生はこんなものだったのか。何も出来ない、無力のままの自分。
だが、今自分が死んだらミネルバはどうなる?不慣れな戦闘しかできていないナタリー。飛ぶ事ができないレイやルナマリア。
そして憎かった。背後から砲撃をする事しかできない、連合に尻尾を振る卑怯なオーブが。死ねない。まだ自分は死んではいけない。
そう、あのMSを倒すまでは。

「諦めるな、シン!!」

ケイが叫ぶ。シンの中で、何かが弾ける。その瞬間、すべてがクリアになり、何か集中力が高まった感覚になる。それだけではない。どのようにすればこの状況を脱する事ができるのか。
それが、冷静に考える事ができる。不思議な感覚だった。この状態なら、この危機を打破できるはずだ。そうともまで思えてきた。
シンは素早い手つきでインパルスを操縦し、海面すれすれでバーニアを吹かして体勢を立て直す。そしてミネルバに通信を入れた。

「ミネルバ、メイリン、デュートリオンビームを!それからレッグフライヤー、ソードシルエットを射出準備!」
『シン、無事で何より!艦長!』
『待っていたわ、シン!デュートリオンビーム発射!』
『了解!はい。デュートリオンチェンバースタンバイ!捉的追尾システム、インパルスを捕捉しました。デュートリオンビーム照射!』

ミネルバから銀色の光が放たれ、インパルスの額に当たる。すると見る見るうちにインパルスの装甲に色が戻っていく。VPS装甲が復活した。
このデュートリオンビームはセカンドステージ用に作られており、MSがミネルバの有効射程距離にいる限り、エネルギーの補給を得る事ができるようにして、活動時間を大幅に伸ばしたシステムである。
これは、PS装甲の電力消費の大きさに対し、VPSが本格的にプラントで作られたのと同時に研究されたもので、その試作としてインパルスが選ばれていたのだ。
インパルスは息を吹き返した。そのまもなく、ザムザザーがインパルスに向かってビーム砲を放とうとためていた。それを素早く感知したシンはあせることなく、冷静にザムザザーの背後へと回り込み、そしてビームサーベルを突き刺した。
ザムザザーは小爆発を起こした後、連鎖的に全体を包むような爆発を起こして海へと沈んでいった。そんな光景など目にもくれず、シンはまたミネルバに指示を送る。

「シルエット、早く!」
『あ、はい!』

メイリンは慌ててソードシルエットとレッグフライヤーの発進シークエンスを開始する。それに連れて整備士達も大忙しで用意をして、ミネルバから射出される。
シンは素早く換装を済ませ、その勢いで連合艦隊に着地をし、そしてなぎ払う。その姿はまるで、戦場に一人立つ孤高の鬼神のようなもので、見るものを圧倒した。もっとも、いきなり襲われた連合艦隊のクルー達は逃げるのに必死で、
その姿からは恐怖し感じなかったが、他のものは圧倒されっぱなしだった。

「シン…」
「シンさん…すごい…」

ザムザザーと艦隊がやられたことで戦意をなくし、逃げていったウィンダムを放っておいて、ラクスはルナマリアのザクの隣にバビを着地させる。そしてソードインパルスの様子を、唖然としながら伺っていた。
ミネルバクルーたちもモニターされていたその戦いに歓声すら上げられず、ただ呆然と見ていただけだった。ただ一人を除いて。

「(あの力…もしかし、て…)うっぷ!」

ケイは知っていた。シンが無意識に発動した力。それは二年前、自分が使っていた能力。SEED。一種興奮状態や恐慌状態など、特異な場面に陥った時に超人的知覚能力を発動する、いわば覚醒状態。
これを始めて発動させたのはキラ・ヤマトであった。だが彼はその能力を発動するや否やバーサーカー状態に陥っていた。その記憶をケイ自身も持っている。だからこそ、自分が力を使いこなせた時、自信を持てた。みんなを守れると思っていた。
だが、今ではその力を嫌悪している。発動したところで目の前の敵のみを討つ事だけしか考えられなくなる。周りの事など、考えられなくなる。それが、シンやフレイなどの犠牲者を生んだ。何のための力。そんな力など、いらない。
だがしかし、今まさにシンがその力を発現させてしまった。そして艦隊をこっぱ微塵にしていっている。まさに、バーサーカーとも言えるその光景。
その光景はケイのトラウマを思い出させるのに十分だった。まるでコクピットで操縦桿を握ったときのように、一気に吐き気が口元までやってきたので、溜まらずケイは持ち場を離れ、便所へと向かう。
そしてそこで出すものを出してしまった。だが、ケイの気分は一向に治る気配がない。それどころか、意識が朦朧とし始めてきていた。

「(何故あの力をシンが…。シン・アスカも…マルキオ導師の言う、SEEDを持つ者?)」

SEEDとは、一度Superior Evolutionary Element Destined-factorとしてかつて一度だけ学会誌に発表され議論を呼んだ概念であり、優れた種への進化の要素であることを運命付けられた因子を持つものを、SEEDを持つものというらしい。
それが戦闘のとき、能力を覚醒するのとなんの関係があるのかは知らないが、その優れた種というのは、戦闘が得意なのだろう。
確証こそないが、この因子とやらはどうやらナチュラル、コーディネイター関係なしに、一種の偶発として埋め込まれてしまうものらしく、シンもまたその一人なのだろう。
いや、もしかしたら、この力は始めから埋め込まれたものなのかもしれない。カガリはキラ・ヤマトの双子であるし、キラ・ヤマト自身も。
だったらアスランとシンはどう解釈する?いや、疑問として浮かばなくともわかる。だが認めたくない。そんなときだった。

「(ほう、いい目をしている。人を疑い、人を憎しむ目だ)」
「ラウ・ル・クルーゼ…また貴方か…いい加減、しつこいよ」

鏡に写っていた自分が、忌々しき男クルーゼのものへと変わる。そのクルーゼはまるでケイを嘲笑するかのように笑っていた。それをケイは睨みつける。頭の中に直接響く声が、何とも不愉快だった。

「(あの少年に、以前の君を照らし合わせているのかな?なるほど、確かにあれは、狂戦士といえる力だな。人を憎しみ、そして怒りに身を任せ、敵を殺す。素晴らしい、あれこそが人だ!)」
「煩い黙れ…。僕はシンに昔の僕を照らし合わせてはいないし、それに…シンや人はそんなに愚かじゃない!貴方が見てきた世界は狭いものだ!貴方の視点だけで物事を計るな!」
「(おや、私は何か間違った事を行ったかな?あのシンという少年も、そして君も…。そのSEEDとやらも、憎しみの果てに生まれた力なのではないのかね?)」
「その憎しみの果てに生まれた力を、貴方は持っていなかったわけだ。憎しみの塊のような貴方が…ね。
「(まあいい。私は何時も見ているぞ…。憎しみが君を包む時はいつでもな)」

クルーゼは鏡の世界から飛び出してケイの横を通過したところで消えていった。ケイは歯を食いしばり、何もいえないままその後姿を見送っていたが、完全に消えたのを切欠に、なにかつっかえがなくなったかのように、
ケイは笑い声を徐々に張り上げていった。まるでそれは狂人のようである。だがケイは構わず笑い続けた。そして、脂汗を大量に書きながらも、無理やりの笑顔を口元だけ作って、自分の中に住み込んでいるクルーゼの亡霊に言った。

「上等だよ…。そのときは僕一人で相手してやる…。お前の考えている事なんか…くだらない独りよがりだって事を…教えてやる!僕一人で十分だよ…く、はは!」

ケイの瞳が鋭く光る。かつて、自らがクローンであることを知り、そして『ラクス』を憎んだ時のように、彼の瞳の中には穢れと狂気が混ざっていた。
彼はふらふらと歩き出し、持ち場へと戻ろうとする。奥から歓声が聞こえてくる。どうやらシン達が戻ってきたようだ。覗いてみると、シンがルナマリアや他の者達にもみくちゃにされていた。どうやら派手な歓迎を受けているようだ。
と、そんな中に混ざっていたラクスがケイに気がつき、そちらのほうへと歩いていく。他のものは誰も気がついていなかった。

「ああケイさん!見ました?シンさんの活躍!すごかったですわ。これで活路が見出されましたし、安心して…て、ケイさん、顔色が悪いですわよ?」
「あ?ああ…うん、何でもないよ。少し酔っただけだ。ナタリーもお疲れ様。少し休みな」
「え、ええ…」

始めは興奮止まない顔でケイの手を握りながらシンの活躍の事を言っていたラクスだったが、すぐにケイの青くなっていた顔色に気がつき、心配そうに顔を見つめる。
それをケイは無理やり笑顔を作ってラクスを安心させようとして、そのままシンのほうへと向かって歩いていく。

「ケイさん…?ケイさん…嘘ついてる…」

ラクスは何気ない、彼の仕草から異変を感じ取っていたが、それが何故起こったのかはわからず、戸惑うだけだった。
そんな彼女を置いておいて、ケイはシンの前に立つと、左手を出して言った。

「すごかったね。その力、正しい事に使いなよ」
「あ?…ああ!」

シンもケイの事を少し変に思ったが、特に深く思うこともなく、素直にその手を握った。そんな彼らの様子を、何も違和感を感じることなく、誰もがシンへの喝采を上げる。

「…」

ただ二人、彼の心情に、気づいていたラクスとレイを除いては。

さて、ミネルバが危機を乗り越え、無事カーペンタリアへの航路を辿っていた頃。カガリは一人、護衛も連れずに父ウズミの墓へとやってきていた。
綺麗な海岸沿い、カガリは碑の前に花を供え、祈る。そしてオーブの行き先を、カガリは父に謝罪しながら報告していた。

「御父様…。私は獅子の娘失格です。御父様が命を懸けて守った理念を守る事ができず、果ては友に銃を向けてまで国の立場を守ろうとする。私は卑怯者です。きっと、天国で呆れてることでしょうね。
しかし…私にはどうしても、この国を焼くことなど、できないのです。教えてください…私は、どうすればいいのですか…?」

まるで懇願するように、カガリは胸を強く抑えながら、天国にいるであろうウズミに祈りを捧げ続けている。その背中は哀愁が漂っており、これがカガリだと、獅子の娘だと思う者はいないだろう。それだけ、彼女の心は崩れていた。
と、そんな彼女の元に、一人の男がやって来る。青い髪を持つ男、ユウナだ。ユウナは墓の入り口で護衛を柔らかく制止させて、一人だけでカガリの元へと歩み寄っていく。

「こんなところにいたのかい、カガリ。護衛もつけずに…心配したんだよ?治安はまだ完全に回復したって訳じゃないのに」
「ユウナ…」
「ミネルバを撃った事、怒ってるのかな?でも、あんなに領海近くに連合が目の前にいる以上、態度を示さなきゃいけなかったからね…。まあ、君に黙ってやった事は、謝るよ」
「それはいい。それより何のようだ?私抜きでも、政務はできるだろう?」

言葉では否定していても、やはり怒っているようだ。とはいえ、連合と同盟を組むと決めた以上、その敵性国家であるプラントの軍隊、ザフトに所属する艦を領海内に戻しては、どれだけその隙に付け込まれることか。
やるなら徹底的に。そうでなければ、オーブが不利となる。そしてどんな無茶な注文をされるかもわからないのだ。
ユウナの判断は正しい。それはカガリにもわかっていた。だが、それを邪魔をするのは、彼女自身の底にある正義感。

「…まあ、君が怒るのは自由だけどね」
「だから怒っていないと」

からかう様に言うユウナについに俯いていた顔を上げてカガリは言い返すが、それを受け流して、彼は墓に対して黙祷を捧げる。そして暫くした後、一礼をして、カガリの方を向いた。

「今回の件で、国民は皆不安がっている。それもそうだ。国を焼いた連合の艦がすぐそこまで来ていたのだから。二年前の悲劇がまた繰り返されると、みんな恐怖に脅えているのさ。
それにしても、ミネルバが見つかるのも時間の問題だったけど、それ以上に、戦力を見せて、何時でも攻め込めるんだぞ、っていう態度を取ってきたのは大きいなぁ。まあ、結果的には醜態を曝したわけだけど。
それでも効果は高い。オーブ国民の心を揺さぶり、また戦争が近くにあるという再認識をさせる。やられたよ、全く」
「もう引き返せないところまできたと言う事か?」
「そう言う事だね。…これから、連合のお偉いさんと会うための調整をしなきゃいけない。戻ろう」
「…ああ」

カガリはユウナに連れられ、外に止められていたオーブ政府官用のリムジンへと乗り込む。程なくして、車は出発し、オーブの中心地へと向かっていく。
その中で、カガリとユウナはお互い目を合わすことなく、外の景色を眺めていた。と、ふと声をかける。

「…それにしても、すっかり皆暗くなっちゃってるねぇ。これは、明るいニュースで盛り上げてあげないと、国民は持たないなぁ」
「…何が言いたい」
「結婚しようって言うのさ、カガリ。許婚同士…ね。国家元首と五大氏族の御曹司が結婚する事で、政府の結束力が高いと国民に示し、またほかの国にも、意思の一致を見せられる。
これは僕達にも君にも有益な事なのさ」
「…はあ…。なあ、それはどうしてもしなくてはいけないのか?結婚なんて浮かれた事をしていたら、それこそオーブはお気楽な国だと言われかねないんだぞ?
そしたらオーブは笑いものだ」
「そんなに僕と結婚するの嫌かい?」
「それは…」

ユウナの一言は、カガリにとって半分図星だった。子供の頃、親の間で決められた許婚同士。だが、それも子供の頃は悪くはなかった。
昔から軟派な男であったが、それでも今よりかは幾分爽やかな人物だったし、何より兄のように慕っていたときもあった。だが連合への留学を終えた彼は変わってしまった。
汚い事も平気で出来るようになった。何か、自分を利用しようとする大人たちの一人にしか思えないのだ。それに、アスランの事はまだ諦められない。
彼とは戦友であり、かけがえのないパートナーだ。彼となら、自分の全てを捧げてもいいと思っている。だが、自分の立場ではそれも叶わないのもまた、事実だ。

「コーディネイターの彼と結婚したいのかい?でもそれを連合のお偉いさん達が見たらどう思うだろうね…」
「…」
「もう決めてしまった以上、態度で示すしかない。それに、さっきも言ったけど僕としても結婚してもらえれば、普段仲が悪いと見られているセイラン家とアスハ家の団結力をブラフだとしてもみせられる。
これは国が確固たる決意をしたと言う証にもなるんだ。国が分裂している事が内に対しても外に対しても危険な事は、君も重々分かっていると思うんだけどね」
「…暫く考えさせてくれないか?すぐに答えを出すわけにはいかないだろ?…少し、気持ちの整理をしたい」

カガリはユウナから視線を外し、外の風景を見ながら、薬指にはめられていた指輪を見つめる。アスランが送ってくれた、質素でも輝き続けている指輪。そして思いが込められた指輪。
だが、ユウナと結婚すると言う事はこの指輪を外す事になるのだろう。カガリにとってそれは、アスランを裏切る事になる。

「…早い回答を待っているよ」

その一言と同時に、車は官邸の前までたどり着いた。ユウナはその言葉を残して、先に車から降りる。カガリは暫く外を見つめたまま、車の中から動こうとしなかったが、何かを決めたかのようにため息を一つついた後、車から降りていった。
そして時は過ぎ、政務を済ませたカガリは自宅へ戻ると、一人自分の部屋で散々泣き伏せ、目が真っ赤に充血するくらいにまで泣いた後、不意に立ち上がり、窓の方へと歩いていく。
夕焼け空が、ベランダから一望出来、とても美しく、指輪の宝石がその光を反射して、ますますカガリは心苦しくなってきた。
いっそ楽になりたい。何もかも捨ててしまって。そうだ、思い切って捨ててしまおう。何もかも捨てて、未来に生きる。新しい自分になってしまえ。
そう思ったカガリは薬指から指輪を外した。

「ごめんな、アスラン。私、お前の気持ちを裏切ってしまったよ。本当、ごめんな。せめて、しっかりこの国を守っていくよ」

カガリは目頭に涙を浮かべながらも、精一杯笑って、プラントにいるであろうアスランに語りかける。そして、思い切って指輪を握り、そして景色の向こう、海の方へと放ろうとした。
だが、それを拒むかのように、手の動きが止まって、投げようとしても全く動こうとしなかった。そうしているうちに、涙がどっと流れ出てきた。
急に足の力がなくなり、その場に座り込んでしまうカガリ。夕日が彼女の髪を照らして、そして零れ落ちる涙は光を反射した。

「捨てられるわけないだろ…これを…捨てられるわけ…!う、うう…うう…アスラン…」
カガリは握っていた指輪を胸の前で両手で包みこみ、愛おしそうにする。無念が無念を呼び、最後に無情がやって来る。捨てたくない。だが捨てなくてはいけない。
これからはアスラン・ザラと結ばれる事なく、国のため、ユウナ・ロマ・セイランと結婚しなくてはいけない。望んでいない事をしなければいけないのだ。
と、その時。不意に風が吹き、カガリは思わず身を屈めた。

『そんなに愛おしいなら、国なんか捨てればいいんだ』

その風と共に、何処からか何者かの声がカガリの耳に届く。何処か聴いたことのあるような。それでいて、一番自分が嫌っている声のような。
だがこの時、この声の主が誰かは分からず、そしてこの一言が、曲がりなりにも彼女を押し出し、彼女はふらふらと立ち上がる。

「(捨てられるか…!そうだ、私は国が無事でいられるなら、それでいいんだ!卑怯者にだって…なる)」

少し語尾が弱く、意思の表れとしては些か不安なものだったが、それでも彼女なりの決意は出来たようだ。カガリはそのことについて、孤児院にいるであろう弟キラに対し、手紙を綴った。
そしてその手紙に指輪を同封し、侍女であるマーサへと渡す。ユウナとの結婚の事を知っていたマーサは、戸惑ったような表情でカガリを見つめたが、そのマーサを諭すかのように、無理に笑顔を見せてカガリは言った。

「すまないな。本当なら、私が直接言うべきなのに…。任せたぞ、マーサ」
「お嬢様…わかりました」

マーサは少し躊躇しながらも、カガリにお辞儀をしてその場を後にした。これでいい。カガリは一仕事終わったかのようなくらい疲労した表情を浮かべつつ、そのままベッドに倒れて、意識を手放した。
そして、運命の夜を迎える。

【前】 【戻る】 【次】