LSD_第08話前編

Last-modified: 2008-05-04 (日) 06:02:33

 大きく広がり、鮮やかな青の色に染まっているクラナガンの空。今日は雲一つ無く、天に輝く太陽は目映く、暖かな光を地上へ降り注いでる。
 そんな空に、突如出現した戦艦。ミッドや管理局が保有する船とは全く型式の違うその船は太陽の光を飲み込むほどの漆黒に船体を染め、空へ君臨し、地上へ降り注いでいた光を奪ってしまっている。
 アズラエルは青き清浄なる世界を守る天使と言ったが、その姿は世界から太陽を奪う悪魔のようだ。
「さて、それでは手始めに地上本部を消し飛ばすとしましょうか」
 アズラエルの言葉にぎょっとするはやて。とにかく彼を捕らえようとするが、遅かった。
 ”ドミニオン”から射出された光が彼を包み、アズラエルの姿を消してしまう。
 そして、低い轟音と共に動き出す”ドミニオン”。船体の向きを地上本部へ向け、右舷底部が開く。そこに見える砲口へ膨大な魔力が集まり、集まった魔力の光が輝きを見せる。
「っ…! 二人とも、防御魔法を――!」
 叫びと同時にはやて達はそれぞれ防御魔法を発動、砲の光に目を潰されまいと腕で視界を覆う。
 ”ドミニオン”の砲口から光が発射。真っ直ぐに地上本部へ向かっていく。砲の発射に
よって巻き起こった風や魔力の余波で三人は吹き飛ぶ。
「……地上、本部、は」
 ”ドミニオン”の砲撃からどれぐらい経ったのか。未だ砲撃音が頭の中で鳴り響くも、取り合える動ける程度に回復したはやてはよろよろと体を起こす。
 地上本部は無傷のようだ。どうやらあの砲撃は本部に仕掛けられてあった大規模な防御魔法で防がれたのだろう。
 だがその周辺への被害は甚大だ。重要な施設などは地上本部と同様の防御魔法が張ってあったせいか大した被害はないが、それ以外の建物はもはや建物としての原型をとどめていない。
 はやては安堵するも、ふと病院のことを思い出し、青ざめる。
「…ああ!」
 地上本部の斜め後ろにあった病院は全損こそしていないものの、上院上階は砲撃の余波で大きく崩れている。
「はやてちゃん! あそこは……!」
 はやてと同様、顔面蒼白にしたリインが総身を振るわせる。崩れた病院の上階の一部。そこは、アスランが入院している病室――
 普段の彼なら間違いなく生きているだろう。だが、今の彼は。そしてそこにいるはずの
シンは……!
「…シン!」
 届かないとわかりつつも、はやては彼の名を呼ぶ。念話を使用してみるが周囲に展開されているガジェットらのAMFに邪魔されて通じない。
 一刻も早く彼らの無事を知りたい衝動に突き動かされ、はやては病院へ向かおうと羽ばたく。
「はやてちゃん! 前っ!」

 

 リインの悲鳴じみた叫びに意識が戻る。目の前にはクローを展開したザムザザーが――
 逃げられない。そう判断したその時、ザムザザーの巨体が桜色の砲撃に貫かれ、爆散する。
「はやて、しっかりして!」
 いつの間にか隣にいたフェイトが、はやての肩を激しく揺らす。しかしはやての頭は未だ上手くまとまらない。
「はやてちゃん、ちょっと痛いかもしれないけど。ごめんね!」
 なのはの声が聞こえた瞬間、左頬が焼けるように熱く、痛くなる。そこでようやくはやては今の自分や周囲の状況を認識し始める。
「ごめん、フェイトちゃん、なのはちゃん……」
 近くのビルの屋上に降り立ち、自分の無謀な行動で手間をかけさせてしまったともへ謝るはやて。
「いいよ。でも気をつけてね」
「はやてちゃんは私達の隊長なんだから。冷静でいてくれなくちゃ困るよ?」
 フェイトは微笑しながら、なのはは朗らかに笑み、言う。
 はやては俯き、内心に抱くアスラン、シンへの心配を一時的に凍結する。
――大丈夫。二人ならきっと無事や。私よりも、ずっと強いんやから
 顔を上げたはやてはいつものように余裕を持った表情で、”ドミニオン”とその先の地上本部を見る。
「地上本部は、無事みたいだね」
「防御壁で何とか防いだみたいやけど……あんなんもう一発受けたら持ちこたえられへん」
 撃たれたら終わりだ。さすがに二度目は地上本部の守りも支えきれない。仮に自分達三人が全力で防御魔法を張っても同じだ。自分達もろとも地上本部が消し飛ぶ。
「次の発射前に砲を潰すか、あの戦艦を堕とすしかないって事だね!」
 なのはの言葉に頷くはやて。しかし”ドミニオン”の守りは頑丈だ。
 いつの間にか船体の周辺にガジェットやMAらが散布されている。先程はやてを襲ったザムザザーも、おそらくその一体なのだろう。
 その数は、今目に見えるだけでも五十はある。
「……もうリミッターがどうのこうの言っとる場合やあらへんな」
 こういう状況で、立ち塞がるザコを一掃するには自分は最適だ。この光景をカリムも見ているだろう。はやては自分の限定解除許可を求めるべく通信を開こうとした、その時だ。
 どくん、と大きく胸が脈打つ。胸の中にあった紫と赤、二つの光が急速に弱まっていく。
「はやて?」
「…シグナム? ヴィータ!?」
 はやては振り向き、彼女らのいる方角を見る。視線の先には彼女らの姿は見えず、見えたのは青紫の光――
「はやて、避けて!」
 フェイトに呼ばれるがまま動くはやて。そして数秒後に通り過ぎたその青紫の光は砲撃魔法の光だった。
 飛んできた砲口を再び見やると、自分達より10メートル程度離れた場所に、何やらいつもとは違う甲冑姿のアッシュ・グレイがいる。
 全身を頑丈そうな騎士甲冑で包んでいた前とはだいぶ違う。色は一部が赤銅で、全体的にスマートになっており、余分な甲冑がなくなった分、視界に入る鍛え上げられた風貌がアッシュの攻撃性、凶暴性をより際だたせている。
 しかし右腕と背部だけは違う。 右腕には鉈のような太く鋭いかぎ爪をが付いた巨大な手甲を装着し、背部にはアスランの”ジャスティス”が装備しているような飛行リフターが見える。

 

「戦艦を呼び出すとは。アズラエルの奴もなかなかやる」
 空を隠す戦艦を見上げ、歪んだ笑みを浮かべるアッシュ。
「どういうことなん。あんたらは仲間とちゃうん」
「仲間ぁ? 何故俺があんな低脳ナチュラルと仲間になる必要がある」
 はやての言葉に口と目を剥くアッシュ。ピリピリと感じていた殺気が一気に突き刺さるように強くなる。
「じゃあ何であなたはここに……」
「決まっているだろう。貴様達を殺すためだ」
 当然のように言うアッシュに、はやて達は絶句。アッシュの右腕に装着されている巨大なかぎ爪が一閃、三つの青紫の線を描く。
「これほどまで俺を手こずらせたのは貴様達が初めてだ。シン・アスカを含めた貴様達を殺さなければ、俺の精神上良くない。
 そう言うわけで―――死ね」
 気軽に言い、彼はこちらに向けて吶喊してきた。リインは何も言わず、はやての内に入り込み、融合。
 なのはに振り下ろされるかぎ爪をフェイトが間に入り込み、ザンバーで受け流す。
 瞬間、なのは、はやての二人は動く。距離を置き、フェイトに魔力刃を突き出そうとしているアッシュへアクセルシューター、ブラッディ・ダガーを叩き込む。
 アッシュの一撃をフェイトが回避したその動きと入れ替わるように桜の弾丸と黒の短剣が着弾する。
「そうだ、一ついいことを教えてやる。紫と赤毛のチビ騎士はさっき潰しておいた」
 言われ、はやては慌てて二人の気配を探る。
 ――生きてはいる。だが感じる光は今にも消え入りそうだ。急がなければ消滅してしまうかもしれない。
「まぁ寂しがることもないだろう。すぐに――お前達も奴らがいるところへ送ってやる!」
 全弾直撃にもかかわらず、全くダメージを感じさせない様子でアッシュは動く。なのはのバスターを螺旋を描く動きかわし、足下に入り込んで右の手甲で殴りかかる。
『プロテクション』
 なのはの前に発生する光の壁。すぐさまアッシュは手甲を引き、背後から”バルディッシュ”を振り下ろそうとしていたフェイトへ横蹴りを放つ。
 まるでフェイトがそこにいることがわかっていたような対応だ。はやてから見れば唐突なアッシュの攻撃を――フェイトもはやてと同様の思いだったろう――まともに食らってしまう。
「素直すぎるんだよ。お前達のコンビネーションは!」
 もう一撃くらい、たたき落とされるフェイト。すかさずはやては牽制のブラッディ・ダガーを放つとフェイトを受け止める。
「フェイトちゃん、大丈夫なん?」
「…う、うん。大丈夫。それよりもなのはを」
 フェイトのダメージは思ったより重そうだったがはやてはあえて無視して彼女と友に戦列へ復帰する。
 なのはを見ればアッシュはいつも以上の苛烈な猛攻を仕掛けている。なのはは防御魔法を展開するだけで精一杯だ。
「あんまし調子に乗るんやないで!」
 なのはを追い込んでいるアッシュへはやては砲撃を放ち、フェイトは側面から向かっていく。

 

 はやての砲撃とフェイトの斬撃を軽やかに回避するアッシュ。しかしフェイトはさらにザンバーを振るい、攻撃を紙一重で回避し続けながら、アッシュの左側を徹底的に攻める。
 フェイトのザンバーは大振りなため、素早いアッシュには当たらず、回避と同時フェイトの死角に回り込むアッシュだが、今のフェイトは本来の彼女。六課随一のスピードアタッカー。アッシュと同等以上のスピードと動きを巧みに駆使して回避、または反撃の斬撃を放つ。二人はイタチごっこのように超スピードで動き回り、攻防を繰り出す。
 なのははフェイトに隙が出たタイミングを見計らって牽制の弾丸や砲撃を放つ。弾丸はともかく、砲撃はその威力を知っているのか回避に徹する。はやてもなのは同様――なのはとは逆の方向で――牽制の弾丸や砲撃を放ち、またフェイト共にミッドの空を動くアッシュの動きを予測しては到達地点に簡易なバインドを設置する。
 数秒しか拘束しない弱いバインドだが、リミッター解除したフェイトにとってそれは大きなチャンスになる。幾つかは防がれるも、他はアッシュの体に黄金の斬撃が叩き込まれる。
 当初こそ攻撃特化型にシフトしたアッシュに圧倒されていた三人だったが、次第に状況は逆転し始めていた。超スピードで回避と攻撃を繰り返すフェイトにはダメージらしいダメージは与えられず、またなのはとはやての牽制や仕掛けによりアッシュは徐々に追い込まれていった。
「ちぃっ!」
 隙のできたフェイトへかぎ爪を振るおうとするが、はやてのブラッディ・ダガーがそれを邪魔。僅かにできた時間でフェイトはアッシュの右側面に、そしてなのはの放った砲撃は彼の左側面に。
「はっ!」
 黄金の刃を手甲で受け止めるアッシュ。そしてすぐに左腕に防御魔法を発動させ、なのはの砲撃を受け止める。
 先程までも本気の二人の一撃を幾度と受け止めていたアッシュ。しかし幾たびの攻撃により力や魔力が殺がれたのか今度は受け起きれない。
 フェイトのザンバーは振り切られ、なのはの砲撃は防御魔法を貫通し、アッシュへ直撃する。
 なのは達と違い、繰り返される攻防で息も絶え絶えなはやてだが、落下していくアッシュを見て疲労を無理矢理無視。追撃を仕掛けようとする二人に合わせ、自分もまた魔法を放つ。
 放たれる三つの砲撃にアッシュは反転し防御魔法を行使するも、先程同様吹き飛ぶ。廃ビルに落下するかと思われたが、ギリギリのところで体勢を立て直し、着地する。
「このままなら勝てる。そう思っているのだろうな」
 顔を上げたアッシュは疲弊した様子ながらも、現状には全く似合わない余裕の笑みを浮かべている。
「あの二人もそうだった。――数分後には絶望の表情になったがな」
 片手を上げるアッシュ。すると彼の足下に浮かび上がる青紫の三角魔法陣。
『アクタイオン・ミラージュ』
 魔法陣より放出される光の粒子。瞬く間にはやて達の周囲に広がり――消えてしまう。
「今のは…何やったんや? リイン、何かおかしいところあるか?」
<いえ、何もありません>
 リインの返答を聞くも、はやては念のためおかしいところはないか魔力で体を探る。
 やはりリインの言うとおりおかしいところはない。しかしあの光が何の効果も持っていないと言うことは。そこまで思ったその時だ。
「…!?」
 はやては主が目を見張った。それと同時にリインからの声が届く。

 

<はやてちゃん! アッシュ・グレイの姿が…増えました!? それも七人に!>
<さっきのは幻惑系の魔法か何かか…二人とも!>
 この異変について問いかけるが、帰ってきた報告を聞き、はやては再び仰天する。
<七人? 四人の間違いじゃないの?>
<目の前って……はやて、アッシュなら左前方のビルに移動してるけど>
 困惑を秘めた二人の声に、唖然とするはやて。
<二人とも……一体何を…>
「相談は終わりか?」
 リインの声が頭に響くと同時、アッシュの声が間近に聞こえる。振り向けば数メートルの至近の距離に彼はいる。
 離れようとするがそれよりも早くアッシュが間合いをつめてくる。壁のように迫る手甲。発生した白の盾をあっけなく打ち破り、殴りつけられるはやて。
「っ―――!」
 目の前で火花が散り、真っ暗となる。さらに腹部へ衝撃を受け吹き飛ぶはやて。
<危ないっ!>
 咄嗟にリインが魔法を使用。勢いづいた体がゆっくりと停止する。
 内部からのリイン治癒魔法で痛みが消えていく。はやては顔を上げて、視界を開く。
 するとそこには奇怪な光景が広がっていた。
「何、してるんや。二人とも」
 二人は戦っている。しかし攻撃はアッシュに当たるどころか、彼がいるのとは全く違う方向へ放たれ、飛んでいく。
 七人のアッシュはそんな二人を一体ずつ順番に攻撃していく。正面に回り込まれても二人は全く気付かない。それどころか全くの無防備で攻撃を受けてしまう。
 端から見れば、非常に滑稽な光景だ。喜劇のような光景。
「面白いだろう?」
 再び背後からの声。はやては振り向かず全力で跳躍する。
 しかしその前方には、何故かアッシュがいる。いるはずがない男が、いる。
――何や、これ。一体何が、どうなっとるん!?
 返答はアッシュの手甲の一撃だった。

 
 
 

「く…」
 シンは呻き、のろのろと起き上がる。クラナガン上空に突如出現した戦艦――なぜか”アークエンジェル”によく似た――が放った砲撃の閃光により目をやられたか、周囲がはっきりと見えない。
 鼻につく妙な臭い。息苦しさもあり、それが大量の埃だと気が付く。
「…!」
 視界が回復し、周囲を見渡しシンは絶句する。先程まで白一色に染まり、生活感溢れていた病室は戦火に蹂躙された姿に変貌している。
 病室の天井の半分は消し飛んでおり、壁や床には大きな、小さな無数の亀裂が走っている。本局が見えていた窓は跡形もなく、その周囲には本局から逸れた砲撃の余波でそうなったのか、焼けた跡がある。
「アスラン!」
 彼が体を横たえていたベットを見つけ、シンは慌てて駆け寄る。

 

 半壊し、ひっくり返ったベットの影にアスランはいた。どこかにぶつけたのか頭部からは血を流している。
「アスラン、怪我が…!」
「この程度なら心配いらない。――それよりも、外は一体どうなっているんだ?」
 痛みで表情を歪めつつも、端末を操作するアスラン。彼を抱き起こしたシンにもそれは目に入る。
 クラナガンの混乱した状況。出現したCEのMA群。アスラエル捕縛のため急行した六課の隊長、副隊長達がクローン魔導士を撃墜、その直後出現した漆黒の戦艦。
 突如現れたアッシュに撃墜されたヴィータにシグナム。――そしてそのアッシュと交戦中のはやて達。
「発射したのは”ローエングリン”か」
 戦艦が右舷底部から”ローエングリン”を放つ映像を見てアスランが言う。
 シンは戦艦を改めてみて気が付く。”アークエンジェル”に似ていると言うレベルではない。これは――
「”アークエンジェル”の、同型艦?」
「そうだ。名前は”ドミニオン”第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の時、撃沈したと聞いていたが……」
「こんな巨大なものを、どうやって喚んだんだよ! アズラエルの奴!」
 CEの召喚魔法――それも戦艦クラスともなれば、管理局風に言えば間違いなくSクラスの魔法に該当する。アズラエルのレベルで喚べるものではない。
 憤るシンの横で、アスランは端末を操作。映像が巻き戻されていく。
「…これは!」
 写しだされた映像、クラナガンの街に立ち上る六つの光の柱。それらはよく見ればCEの魔法の源流――古代ベルカ式の三角魔法陣を重ね合わせた、六芒星のような形だ。
「魔法陣式を用いての大召喚。今の時代でこのような手段を用いるとは……」
 遠い過去の時代、巨大な魔法を使用するときはこのように魔法と関連性の強い陣形をとって行使されることは珍しくなかった。だが近代化した今の時代では滅多に見かけない。
 なぜなら大魔法のプロセスは発達した今の魔法技術と術者の優秀さ、デバイスの発達により大きく簡略化されているからだ。少なくとも個人レベルの魔法で使用されることはないと言っていい。
「隠れ家が多かったのは召喚するのに必要なポイントを悟らせないためだったのか」
「それよりも”ドミニオン”を何とかしないと…!」
 ”ローエングリン”や”タンホイザー”。魔導陽電子砲の威力はこの目で幾度となく見て知ったつもりでいたが、実際受ける立場になると認識が甘かったと言わざるをえない。
「撃たれたら地上本部もこの病院もお終いだ。くそっ、どうすれば…!」
 地上本部は一発目の”ローエングリン”を防いだが、それにより地上本部を取り巻いていた魔力壁は完全に消失している。魔導陽電子砲すら防ぐ強固な結界を、そう易々と再構築できるとは思えない。二射目を撃たれればどうなるかは火を見るより明らかだ。
 地上本部も二射目を撃たせる間に”ドミニオン”を何とかしようと航空戦力を向かわせているが、戦艦周辺に出現したMA群に阻まれている。
「はやて達は何やってるんだ。いくら何でもこの状況、リミッター解除しているだろう。なのに何でアッシュ一人に手こずってるんだよ…!」
 信じられないことにはやて達は未だアッシュと戦っているようだ。
 憤りを込めて叫ぶシンだが、すぐ本気の彼女たちと互角に渡り合っている事実に肝が冷える。
「時間もない。シン、彼女たちと合流して”ドミニオン”を止めるんだ」
「言われなくても!」

 

 破損した場所から飛び出そうとするが、その時、呼び止められる。
「シン」
 アスランがこちらに差し出している掌には小さなケースがある。
 その中に入っているモノを見て、シンは絶句し、そして叫ぶ。
「”デスティニー”、それに”レジェンド”も……! どうしてアスランが!?」
「どうしてって、お前八神二佐から聞いてなかったのか?」
「何を」
「昨日見舞いに来られたときに『明日シンをこちらによこすから、その時に渡してくれ』と、彼女は言っていたんだが」
 脳裏に浮かぶ狸姿のはやて。可愛く小首を傾げ、してやったりの笑みを浮かべている。
 それを打ち消して歯噛みするシン。”デスティニー”、”レジェンド”を手に取ろうと手を伸ばすが、その手が止まる。
「シン?」 
 この状況で、いやこんな状況――真なる自分の力が必要とされている今だからこそシンは迷う。”デスティニー”をその手に取ることを。
 かつてデュランダルより受け取った”デスティニー”は状況に、怒りに流されるまま力を振るい、多くの人をこの手にかけた。
 手に取ることをためらう自分を見て、シンは気付く。アッシュという強敵がいるというのに”デスティニー”を修理することに固執しなかったことを。今まで自分が”デスティニー”を完全に直さなかった理由を。
 これはシンの罪。暴虐の証。己を心なき戦士へ変える兵器。
 アスランの話を聞いた今、力を正しく使えるか、また間違えるのではないかと言う迷いと恐れがシンの胸中に芽生えていた。
 だが迷いは僅か数秒、止まった手を伸ばし、ケースを取る。
 迷いも、恐れも消えたわけではない。きっと一生自分の中に居着くだろう。
 しかし、それでもシンは”デスティニー”を取る。そんなものよりも、恐ろしいことがある。大切な人達を、友を失う――そんなことを起こさせるわけにはいかない。
 あの痛みを、喪失を。もう二度と味わいたくはない――
 誓ったのだ。今、自分は友を、仲間を、そして何より自分や仲間全てを守ると誓った少女を守ると。
 そしてその為に自分の力が――”デスティニー”が必要ならば、躊躇うことはない。
「シン、気をつけろよ」
 病室から出ようとしたところでアスランが言う。見ると彼は信頼と友愛の籠もった微笑を浮かべていた。
「――アスラン」
「なんだ?」
「……」
 かける言葉、言うべき事はわかっている。しかし彼の言葉を聞き、思いを知った今でも、
胸の内の思いを素直に言葉にできない。
「早く避難しろよ。ここにいると危ないからな」
 現状で精一杯、気遣った――端から見たら突き放すような言い方――ように言い、シンは病室を飛び出す。
 途中階段から下りてきたルナに”インパルス”を返し、またアスランの容態を告げて病院を飛び出す。
 何もない道路を走りながら、シンはレイに通信する。

 

『レイ、聞こえるか』
『シン、無事だったか。今隊長達は――』
『その辺の事情は大方知ってる。それよりも今どこにいる?』
 現在の場所を聞くとシンは彼の元へ飛ぶ。
 降り立った場所には多くの一般人と、それらを囲んでいる局員らの姿がある。
 列をなして移動しているところを見ると避難所まで誘導しているようだ。
 その中から出てくるレイ。
「シン、こちらはいいから早く彼女らの援護に――」
「レイ、戦えるか?」
「……唐突になんだ」
 問い返す返す友へ、シンは静かにケースに入った”レジェンド”を見せる。
 レイが大きく目を見開き、すぐいつもの落ち着いた表情となって頷く。
「当然だ」
 レイが列から離れ、二人は並び、疾走。誰もない、広い公道に出て己がデバイスを握り、宣誓するように叫ぶ。
「”デスティニー”行くぞ!」
「”レジェンド”起動しろ」
 右手に握る真紅の翼、”デスティニー”から放たれた光がシンを包み込む。
 音もなく、しかし確かな質量を持って体に装着される甲冑。瞬きする間に光が弾け、現れたシンの姿。
 アンダージャケットはザフトの赤服。その上に纏う白と青の甲冑。左前腕には盾が装着され、背部には長剣と砲塔が収められ、強く濃い真紅に染まった翼が見える。そして羽根の間から吹き出る輝く虹色の光。
 一方、隣のレイはアンダージャケットはシンと同じ、その上にまとう灰色の甲冑は限られた部位――脛、前腕、胴体、肩――に装着しているシンと違い、全体的に装着されている。
 さらに背部に出現している”ドラグーン”を装備した大型リフターが重厚感を増している。
 三年ぶりに完全な状態の相棒を身にまとい、二人は飛翔する。
 飛んですぐに、シンはある事実に気が付く。
「なんだ、このフィット感は」
 ”デスティニー”などの装着型デバイスは他の型のデバイスと違い、使用者との細かいシンクロが重要な要素になってくる。
 調整されていない装着型デバイスは力を発揮するどころか、最悪足を引っ張りかねない。しかし完璧に調整された場合、ユニゾンデバイスに匹敵する程の機能を発揮し、使用者の力を100%以上引き出すこともできる。
 しかし謎だ。シンは一度も”デスティニー”との調整を行ったことはない。だがこのフィット感は、あまりにもピッタリすぎる。
 飛びながらシンが不思議に思っていると、静かにレイが言う。
「こちらもなかなかのものだ。お前には及ばないのは、おそらく現在の俺の戦闘データがないからだろう。過去のデータを元に調整したようだな」
 レイの言葉でシンは合点がいった。六課の配属され行った数々の模擬戦と戦い。そのデータを元に”デスティニー”は調整されたのだ。
 改めてシンクロ率を見ると70%を超えている。並が50台なのに比べれば、かなりの高数値であることは明白だ。
 レイの方は過去のデータを使ったためか40台半ばだ。だがレイのことだ、戦闘中に”レジェンド”を自分で調整してしまうだろう。

 

「でも……」
 だとしても、いきなり70台は高すぎる。”デスティニー”に記録されたデータだけではこうならないはず。一体どうやって――…
 そう思っていると、ふとその理由に思い至る。
「六課のみんなや、ルナが俺との訓練データを提供してくれたのか…!」
 胸に手を置き、強く握りしめる。自分がどれだけ多くの人に見守られているか、支えられていたか。感謝の念を抱かずにはいられない。
 そして今こそ借りを返すとき。己を信じて、見守ってくれていた人達への想いに答えるとき。
――待ってろよ皆、はやて。今行くからな!
 虹色の翼をより大きく広げ、シンは友人らの元へ向かった。