R-18_Abe-00_阿部さん00_1
黄昏どきの空は赤々と輝いて、まるで血で染め上げられたようだった。
漆喰が剥がれ落ち、煉瓦がむき出しとなった壁。崩れ落ちた建造物からは、鉄骨がはみ出している。
かつて町であったことが疑わしいほどに、色あせ、朽ち果て、蹂躙され、破壊された廃墟。
砂埃に混じって硝煙の臭いが漂い、そこに居る者にここが戦場であると自覚させる。
銃弾で引き裂かれ、路上に打ち捨てられた少年達の死体。
少年兵だったのだろう、それらの傍らには自動小銃とヘルメットが転がっている。
「不信仰者どもに屈服してはならない」
スピーカーから漏れる男の声、一拍置いて付近に銃声が鳴り、機動兵器の爆発音が辺りに響いて、
生き残りの少年兵の一人は身を翻して駆け出した。
機動兵器に向けて銃弾を放っている最中にも、どこかのスピーカーから声が彼の耳に入り込んでくる。
「我々は戦って死すことによって」
小柄な体が、背中からの爆風によって吹き飛ばされる。
「神の御許へ、導かれるだろう」
少年はすぐに起き上がって、物陰に身を潜めた。
恐怖は既に麻痺している。なぜ自分は未だにこの地獄で生き足掻いているのか、
少年にとってただ惰性であるとしかいい様がなかった。
壁に背を預け、息を整えながら顔を上げると、少年の目に薄汚れた人形が映った。
抉れた石畳の上には食器が散らばり、かつてそこに人が住んでいたのだと、嫌でも少年に認識させる。
人形は子供のものだろうか、自分のような争いに生きる少年兵ではなく、平和な世界に生きて、争いによって死んだ子供の。
――この世界に、神なんていない。
神がいるならば、狂気の沙汰ともいえるこの戦争を、どうして彼は何もせず放っておくのか。
再び銃声が響き、少年は身を縮めた。
MSが放つ銃弾は、壁に巨大な穴を開ける。もし人間が当たれば即死ではすまず、ミンチならまだいいほうだろう。
射線が通り過ぎると同時に、少年は走り出した。一秒でも長く生き続けるために。
「この戦いは、神の御前に捧げる聖戦である」
――この世界に、神なんていない。
神は己を象って人を創った。人は己を象って神を創った。
「伝統を軽んじ、神の土地を荒らす不信仰者どもに、我々は鉄槌を下すのだ」
卵が先なのか鶏が先なのか、それを知る人間は世界の何処にも存在しなかった。
少年の目はぎょろぎょろと左右にせわしなく蠢き、少しでも長く生きられる手段を求め、
追い詰められた鼠のようにぎらついていた。
背後から銃声が聞こえて少年は思わず目を瞑ったが、生き延びるため、転がりこむように物陰へ飛び込む。
しかし、そこに彼の望む救いは存在しなかった。ほんの数瞬、命を永らえただけだった。
MSが彼を視認し、こちらに振り向く。野蛮な少年兵を屠るべく、巨大な脚を進める。
地響きの振動が、彼の小さな体じゅうに広がった。
あの巨大な銃弾によって、自分も仲間たちと同じように体を抉られるのかと、少年は他人事のように思った。
「―――アッー!」
「なっ……」
だが、死を覚悟した瞬間、少年の視界いっぱいに広がっていたMSの姿が突然崩れ落ちた。
異形の人型とも呼ぶべき姿が、不気味な叫び声と同時に、まるで腰が砕けたかのように、四つんばいに倒れこんだのだ。
「―――アッー!」
「――アッー!」
「―アッー!」
「アッー!」
「アッー!」「アッー!」「アッー!」
「ア゛ッーー!!」
最初の叫び声に続いて、辺りから嬌声のような断末魔が聞こえた。まるで連鎖反応を起こしたかのようだった。
そしてひとしきり嬌声が響くと、銃声も、爆音も全ての音が止んで、血の色の空は肉色の光に満ちていた。
「な、なに……アレ……」
少年が上空に目を向けたとき、朱色を肉色で侵食するMSの姿があった。
肉の色の装甲、人体を忠実に模したともいえる、どこか肉体的な艶やかさを思わせる形。
あの肉色の光は臀部から出ているらしく、その姿はまるで男が仁王立ちで用を足しているようだった。
股間にそびえたつ、赤黒く光るビーム?バーで敵を貫いたのだろうか、棒の先と、きのこでいう傘の部分には、
茶色い装甲がへばりついている。
このような神々しい……否、艶かしいという形容が相応しいMSを、少年は知らなかった。
たとえ少年がこの世界の全てのMSを知っていたとしても、この艶やかなMSが何であるのかわからなかっただろう。
なぜならソレは、この世界のものではないのだから。
――肉色の装甲。
――扇情的なフォルム。
――かつてCEと呼ばれた世界で無双を誇り、無血で大戦を終結に導いた良い男の愛機。
――GAT110105 インモラルガンダムである。
「ふぅ、いきなり飛ばされちまってここがどこなのかよくわからんが、なかなかいい締まりだったぜ」
MSから大音量で響く男の声。少年は、その男が良い男であると本能的に悟ってしまった。
素質豊かな少年は自分の命を救ってくれた恩人を憧れの目で眺める。
冷徹な少年兵だった彼は、この瞬間だけ、良い男に憧れる純真な少年へ戻っていた。
少年の想いに応えたのか、インモラルが肉色の翼をはためかせて、彼の正面に移動する。
「あ、あの!」
「ひゅう♪あのワイルドな子はなかなか……あと何年かしたら良い男になりそうじゃない」
「あの、俺……!」
「そうせかすなっての少年、俺は美味い者は最高のシチュエーションで食っちまう男なんだぜ?
お楽しみは次にとっておこうじゃないか」
「ま、まってください!」
阿部さんにしては珍しいが、その場で少年の誘いを断ってインモラルは飛び去ってしまう。
彼は女子供は食わない主義なのだ。
いくら将来有望な少年でも、「おとこのこ」であるうちはじっくり寝かせていい具合になるまで熟成させて、
「おとこ」になったら容赦なく食いちらかすという、ゲイの鑑のような良い男である。
「さてさて、今度は何という世界なんだい?……ま、とりあえず世界中の男を食ってから考えるとするか」
インモラルは肉色の翼を羽ばたかせ、新たな世界の空を駆けていった。
――この世界に、神なんていない。
戦争で心に傷を負った少年は、そう思った。しかし、この残酷な世界にも、良い男が舞い降りた。
戦場を駆け回る背徳の鬼神。神に背く禁じられた交わり。その姿は、ノンケの者にとっては悪魔だと思われるだろう。
だが、阿部さんはそのような汚名など気にしない。なぜなら彼は良い男だから。
たとえ悪魔と呼ばれようとも、たとえ変態と罵られようとも、阿部さんは自分と、自分に貫かれる男達の快感のため、掘り続ける。
肉色の相棒、インモラルガンダムとともに、自慢の益荒男を振りかざして。
そう、この世界には神はいなかったが、魔羅は存在した。
人を殺さないで、気持ちよくさせてくれる優しい悪魔が、良い男の股間にそびえ立っているのだ。
――機動戦士阿部さん00――プロローグ、完
余談だが、インモラルが去った後、なにやら出るタイミングを逃してしまったファーストっぽいのが
空中でポーズをとっていたらしい。