魔法少女リリカルなのはStrikerS RePlus
序幕"それから・・・"
「やっと終わった」
空がうっすらと明け始め、カーテンの奥から光が射し始める中で、
六課課長執務室で八神はやては、最後の書類を作成し終わった。
仕上げとばかりに書類に署名捺印し、決済済みの箱へと書類を滑らせる。
「ううん」
椅子にもたれ掛り大きく伸びをする。
一応部隊の長となれば、それに相応の事務仕事が付いて回ってくる。
現場指揮ほど苛烈な仕事では無いが、海千山千の古狸達に突かれそうな穴が無いか、
必要以上に気を使うものなのだ。
結局報告書を兼ねた決算報告書と燃料費等の運営費の見積もりを総ざらいしただけで夜が明けてしまった。
補佐官でもあるリインフォースⅡは、机の上で小さな寝息を立てていた。
卓上時計を見ると時刻は、午前六時を回っている。
もう子一時間もすれば、エリオ達が夜間訓練を兼ねた哨戒任務から帰って来る頃だった。
そうなると、二人の保護者でもあるフェイト・T・ハラオウンも起きてくるだろうし、
フェイトが起きて来ると、何故か、なのもくっついて起きて来る。
、そうなると数珠繋ぎ式に機動六課の面々が起きて来る事になるだろう。
その光景を想像すると、まるで、鴨の親子のようだ。
はやては、クスクスと忍び笑いを漏らした。
「なら、うちもしゃんとせんとな」
彼女達が小鴨ならばはやては親鴨だ。
親は親らしく、子供に心配をかけてはいけないだろう。
もう、とっくに冷めてしまった珈琲を口に入れ、はやては、一度シャワーを浴びようと自室へ戻る事にする。
幸いな事に今日は休日だった。
待機任務も訓練も無い。明日の朝まで、完全自由の正真正銘の休日である。
皆で食事を取った後、自室で厳かに惰眠を貪るも良いだろう。
もうそろそろ、夏物が出ていている頃だし、ヴォルケンリッターを連れて買い物に出かけるもの良いかも知れない。
余暇の過ごし方を頭で考えながら、はやては、リインフォースⅡを起こそうとその小さな肩に手を置いた瞬間だった。
雷光のように頭に進入して来るイメージ。
宇宙の星々。赤と黒の戦艦。紅い光が乱れ飛び、巨大な鉄の巨人が四散し爆発する。
宇宙に浮かぶ巨大な構造物が、白い巨人によって引き裂かれている。
「何や・・・これ」
幻覚の類では無く、確固としたイメージが、脳に暴力的に焼き付けられている感じがする。
さりとて詳細に思い出そうとすれば、一瞬にして目が眩み意識が飛びかけた。
机に手を付き荒い息を付く。額に浮かぶ冷や汗を拭い、はやては、椅子に倒れすように腰掛けた。
カーキ色の制服の襟首を緩め、ネクタイを放り投げ、パンプスを脱ぎ捨て、椅子の上で片膝を立てる。
だらしないと感じたが、兎に角楽な体勢でいたかった。
鮮烈を通り越し、自分が今まさに体験して来たような現実感を持った幻覚は一体何だったのか。
まるで、つい先刻まで殺し合いをしていたかのように、はやては、異常な喉の渇きを覚えた。
「こらあかん。疲れとるんかな…うち」
呼吸が落ち着いて来ると、とにかく今日はもう寝ようと思った矢先、執務室の電話が鳴る。
「はい。こちら、執務室」
やれやれと頭を振り、はやては電話に答えた。
「あ、はやてさん。大変なんです」
「シャーリー?どないしたん、こんな朝早く?」
受話器からは、六課の通信主任でもあるシャリオ・フィニーノの慌てた声が聞こえてくる。
声の調子から只事では無いと感じたはやては、電話を通常回線から守秘回線へと切り替えた。
「ついさっき何ですが、国立天文台が大規模な転移反応を確認したとの報告が!
周辺都市B地区で、大規模な次元跳躍反応が確認されたんです」
「なんやて!」
B地区と言えば、エリオとキャロが夜間訓練の飛行コースのど真ん中である。
時間からしてエリオとキャロが、事件に遭遇した可能性は高い。
魔道師としての実力は確かな二人だが、まだ年端も行かない幼子だ。
何が出てくるか分からない厄介な事件に相手に、
二人がどんな危険に晒されているか分かったものでは無かった。
「シャーリー!なのはちゃんとフェイトちゃんを叩き起こして現場に急行させて。
許可は事後になるけど、かまわんから」
「そ、それが違うんです。心配しなくてもエリオ君達は無事です。
その、本人達から要救助者一命を確保したって通信が入って来て」
「怪我人がでとるんか。それで救助ヘリの手配は?」
「ヴァイスさんは、特別合同演習中ですので、他の部隊の輸送ヘリと医療班のシャマルさんを同行させました。
次元跳躍元から出現したロボットのパイロットが重症です」
「待ってシャーリー・・・今何て言ったん?」
自然に会話していたが、今どうにも”おかしな単語”が混じっていた気がしてならない。
「ですから、ロボットの中に人がいて」
「ろ、ろぼっと?って大きいん?」
「・・・いや、大きいって。え、えっと、確かエリオ君からの報告だと二十メートル位あるとか」
「そ、そら大きいな・・・」
思わずぐったりと机に突っ伏すはやて。何が転移して来たかと思えば、よりにもよってロボットとは。
しかも、ロボットのパイロットは生きているときた。
さっきのイメージと重なってどうにも嫌な感じがするはやてだった。
「それで、これが例のデカブツなわけな」
「はい。主はやて」
はやては、シグナムを連れ、六課隊舎内に安置されたロボットを高所作業車から見上げていた。
はやては、周辺部隊から応援を頼み、数十人がかりのバインドで無理矢理六課隊舎内まで運んできたのだ。
ロボットは片膝を着き、騎士が王に忠誠を誓うような格好で固定されている。
エリオの報告では、青と赤色のカラーリングだったらしいが、今は全身灰色一色だった。
背部にマウントされていた剣と銃は外され、隣に放置されている
ロボットから運びだされたパイロットは隊舎に着くなり、すぐさま医療班に引き渡された。
「シャマル曰く。怪我の具合は、出血の割りに大した事無いそうです。もう暫くすれば意識を取り戻すそうです」
「そうか。なら、事情を聞くのは後やね。それでロボットの解析はどうなってるん?」
「本局の技術班が到着後に本格的な解析に入る予定ですが、
現行はこっちの整備員班がなにやら”やたら”と乗り気でして」
シグナムは、溜息を付きながらロボットの下に集まる整備員を見た。
女性整備員も多いはずなのだが、集まっているのは男性整備員ばかりだ。
その中には、シャリオも目を輝かせながら混じっている。
「まぁ分からんでもないけどな」
はやての故郷"地球"でも、漫画やアニメの世界では、このようなロボットが活躍している。
男の子に限らず、誰しも少なからず子供の頃に慣れ親しんだものだろう。
それは、異世界ミッドチルダでも変わらないらしい。
はやても漫画は嫌いでは無かったし、幾つかのアニメも知っている。
男性整備員がわくわくするのも無理は無い。
だが、それはあくまでお話の中での事だ。
空想の産物だと思われた物が実在するとなると話は別だった。
これ程の全長と重量を持つ機械は、存在するだけで脅威なのだ。
もし、これが突然動き出しでもすれば背中に寒気が走った。
それで無くとも剣や銃を持っている事から、
このロボットが作業用では無く戦闘用に作られた事は明白だった。
「他人の持ち物を壊すのは気が引けるけど、もし勝手に動き出しでもしたら、シグナム」
「はい。既に陸士部隊を三小隊程待機させてます。
後詰めとして、私もヴィータも控えてますから、心配には及びません。しかし、主はやて。
一応人が乗っていたのですから、パイロットが居なければ動き出す心配は無いのでは?
デバイス搭載と言うわけでも無いでしょう」
「甘いなぁシグナム。うちの知っとるアニメは、パイロットが居なくとも勝手に動いて敵を倒しとったんやで。
搭乗所の危機に反応し、隠された能力を見せる主役機。ロボット物の王道ネタや。そやから油断は禁物や」
「はぁ・・・」
妙に顔を輝かせた主を他所に、シグナムは、げんなりとしながら高所作業者を下降させた。
ロボットが転移して来る直前、これと似たようなモノをはやては幻視している。
脳裏に浮かんだイメージと、時を同じくして出現した謎のロボット。
無関係とは思え無いが、どうにも考えが纏まらない。
はやては、恨めしそうにロボットをじっと見つめながら、額に文字が書かれている事に気づく。
「D、U、E、ドゥーエ?二番目か?どう言う意味やろなってイタリア語やんか!」
はやての声に釣られてシグナムもロボット頭部を見つめる。
そこには、頭部恐らくアンテナ部位に"DUE"の三文字がしっかりと刻印されていた。
「と言う事は、主はやて」
「これ・・・地球のなん?」
はやては、思考が縺れた糸のように絡まっていくのを自覚した。
「う・・・あっ!」
体中に我慢出来ない程の痛みを感じ、シン・アスカはベットから跳ね起きた。
が、腹に鈍痛を感じ、そのままベットに蹲ってしまう。
「良かった…気がつかれましたか」
金髪のショートカットの女性が、シンに声をかけてくる。
白衣を着ている事から、恐らく医者だろうと見等をつける。
ゆっくりと周囲を見回すと、清潔なシーツと落ち着いた内装から想像出来る通りシンは病室に居た。
「ここ・・・は」
「安心して下さい。ここは病院ですよ。私の名前はシャマル。
ミットチルダ時空管理局本局勤務のお医者様です。貴方のお名前は?」
(ミッドチルダ)
地球にもプラントにも中立コロニー群にも聞いた事の無い地名だった。
ミッドチルダと言う部隊名かも知れない。
と言う事は、ここは軍の病院なのだろうか。
(いいか別に)
ここが軍だろうと民間だろうが、シンには関係無かった。結局自分はまた死に損ねただけなのだろう。。
「・・・シン。シン・アスカ、です」
「では、アスカさん。何処か痛い所はありますか?
「腹が痛いです。後背中が少しだけ」
「ふん、ふん。ちょっとすいません」
カルテに何か書きながら、シンの体を触診するシャマル。
シンの火照った体にシャマルの白く冷たい手は気持ち良かった。
「少し微熱がありますね。でも、怪我からきてるモノじゃ無くて、
治療における新陳代謝の活性化から来る熱ですから直ぐに引きますよ。
はい、これお薬です。苦いですけど我慢して飲んで下さいね。」
「え、ああ」
ウインクするシャマルを見て苦笑いするシン。
内心どうにも聞きなれない言葉出てきた気がしていたが、シンは素直に薬を飲んだ。
「ふ~ん。何か普通の子やね。もっと怪しがると思ったんやけど」
「ロボットに乗って来た子だって聞いたから、ちょっと心配してたけど…大丈夫そうだね」
「そうだね。私達と歳も近そうだし」
別室で監視カメラを覗き込む影が三つ。
シャマルに毒気を抜かれたシンを見て、フェイト・T・ハラウオンと高町なのはは、忍び笑いを漏らしていた。
共に八神はやてと同じカーキ色の時空管理局の制服に身を包んでいる。
「簡易検査の結果、リンカーコアの反応は無し。
魔法的な力を一切持たない一般人と推測されるか。
身長172cm、体重54kg、心身供に健康か。やっぱり地球人なんかなあ」
はやては、シャマルから渡されたシンに対する資料を流し読む。
「シン・アスカ。漢字で書くと慎・飛鳥?かな。日本人っぽい名前だよね」
「うちもそう思た」
高町なのは、八神はやて供に出身は第97管理外世界惑星名称”地球”極東地区日本・海鳴市。
シン・アスカと言う名前は、日本人が持つ名前にそっくりだった。
「でも、私が知ってる地球には、あんなロボットは無かった」
頷き合う三人。
フェイトも日本の学校に通っていた時期もある。
だが、三人が知る限りでは地球にはあのような人型兵器は存在していない。
「それに付けて、ロボットのイタリア語か。何か、謎が謎を呼んでる雰囲気があるね」
「そやなぁ。結局、真相を知りたかったら、シン・アスカ君に聞くのが一番手っ取り早いわな。
このまま陸のお偉方に直接尋問言うのも気の毒な話やし。
ちょっとうちらで先手取った方がええかもしれんね」
「そうだね。ねぇはやて。せめて出自がはっきりするまで彼…六課で保護出来ないかな」
「う~ん。でもなぁうち、部隊の隊長として皆の安全を考える義務あるしなぁ。
事情を聞いて便宜を図るまではともかく、正体不明の地球人を預かるのもなぁ。
特に彼のロボット、あれ完全に質量兵器やし。六課言うてもまだ仮運営の段階やし」
う~んと腕を組み考える素振りを見せるはやて。
なのはとフェイトはそれを見て尚も忍び笑いを続けている。
「な、何や、二人とも」
「だって、はやてちゃんそんな事全然考えてないじゃ無い」
「や、まぁそれはそうなんやけど」
なのはに指摘され、具合が悪そうに頭を掻くはやてだった。
「・・・」
シンは何をするわけでも無く、何も無い天井を見て物思いに耽っていた。
考える事は山ほどあった。
特にここは一体何処で、自分はどうしてこうなったかと言う事が最優先に考えなければいけない事だった。
シンの最後にある記憶は、
アークエンジェル級弐番艦”ドミニオン”からデスティニーを発進させた時から途切れているのだ。
いや、完全に覚えて無いわけでは無い。途切れ途切れだが断片的な記憶はあった。
旧パトリックザラ派の残党が、発電衛星を占拠する事件が発生し、
テロリストはかなり大規模な部隊らしく、プラント政府は、プラント・連合合同治安維持軍に出動を要請。
シンも部隊の先遣隊として現場に向かったのだ。
そこで、テロリストと戦闘となり、数機のザクを落とした所でシンの記憶は途切れている。
思い出そうとすれば、酷い頭痛が襲ってくるのだ。
医師であるシャマルが言うには、脳が傷ついているわけでは無いので一過性の物だと言うが、
自分の記憶が不鮮明だと言う事実は、シンの心に影を残していた。
「皆どうなったかな。いや、その前に俺がどうなったのか…か」
急遽召集部隊の為か、名前と顔も一致しない同僚達を思い浮かべながらベットに体を預ける。
「無事ならいいけど」
小さき呟き、どうにも無力な自分を情けなく思ったシンは、普段祈らない神に彼等の無事を祈った。
「アスカさん、ちょっと良いですか」
「あ、はい」
シンが起き上がると、病室のドアが静かに開く。
カーキ色の制服に身を包んだ栗色の髪をショートカットの女性が立っていた。
見つめられると吸い込まれそうな、鮮やかな青色の瞳と独特のイントネーションが印象的だった。
「はじめまして、シン・アスカさん。私は時空管理本局古代遺物管理部機動六課課長八神はやてです。以後よろしゅう。この役職名、長すぎて舌噛みそうになるんやけどね。因みにまだ仮運営やったりするねんで」
「・・・」
「・・・あれ」
(うち、もしかしてやってもた?)
はやての突き出した手が、手持ち無沙汰に揺れる。
なるべくフレンドリーに接したつもりだったが、警戒心を持たせてしまっただろうか。
「すいません。知ってた人に似てたから、戸惑っただけです・・・シン・アスカです」
「宜しくアスカさん」
何となく嘘っぽいなと、はやては思った。