RePlus_序幕_後編

Last-modified: 2011-08-02 (火) 11:19:06

魔法少女リリカルなのはStrikerS RePlus
序幕"それから・・・"

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「本日未明首都クラナガン近郊で…」
 シンは、何処から聞こえてくるテレビ放送を小耳に挟みながら、
病人服のまま院内を特にやる事も無く徘徊していた。
「ミッドチルダ。魔法文化が最も発達している世界であり、
ミッドチルダ式魔法の発祥の地でもあるか」
 院内の売店で缶コーヒーを買い、ソファーに腰掛け、
 誰に聞かせるわけでも無く一人呟く。
自分が居た世界とは成り立ちからして違う異世界。
 科学よりも魔法が発達した世界。
シンは、大きな溜息をつきながら、缶コーヒーを一気に飲み干した。
甘すぎる砂糖の味が、舌にこびり付く。
 最初半信半疑だったシンだが、リインフォースⅡを見た瞬間、
 自分の常識が敗北した事を理解した。
隊長三十センチ程の銀色の髪をした人間が動いて喋っているのだ。
 火を出せ、氷を出せと言うよりも"妖精"正確には違うそうだが、
 そんなものが存在するのだ。
信じないわけには行かなかった。
全く持って度し難い現実で、ここは何処だと言ったレベルでは無い。
開いた口が塞がらないとはこの事だった。
せめて、中立プラントか悪くてブルーコスモスの残党施設にもで捕らえられたかと思って見れば、
 蓋を開ければ異世界とは。
事実は小説よりも奇なり。自身に降り掛かった現実は、今のシンにはショッキング過ぎた。
"地球"出身である、唯一の手がかりかと思われた、
はやての弁も『オーブ?プラント?連合?ごめん聞いた事無いわ』と要領を得ない。
「全くどうかしてる」
 空き缶をゴミ箱に乱暴に投げ捨て、シンは歩き出した。
はやてから、院内に限り自由にして良い言われているが、どうにも落ち着かなかった。
結局暇を持て余したシンは、院内をひたすら練り歩くのだった。
 考えて見れば、デスティニーの所在も分からない。
 自分の全てを預けていた愛機が今どうなっているのか。
デスティニーだけが、シンと元居た世界とを繋ぐ唯一の物であり、シンの現実そのものだった。
「ここに居たのかシン・アスカ」
 シンは、遊戯室横の十字路を曲がろうとした時、長身の女性を出くわした。
「アンタは確か」
「シグナムだ。シン・アスカ。急でスマンが今時間は空いているか?」
態度は事務的で味気ないものだったが、シグナムの口調には妙な迫力があった。
「何か用ですか」
「ドライブだ。付き合え」
シグナムは返事を聞く前にシンの腕を取り、有無を言わさず引っ張って行く。
その後ろから、売られていく仔牛のようにズルズルと引き摺られて行くシン。
シンにとって、後ろから見るシグナム制服姿。
タイトスカート姿で車の鍵を回す仕草は、どうにも様になり過ぎていて目に毒だった。

 クラナガンから車で国道をひた走り、ミットチルダ北部にある六課隊舎へと到着する。
 シンが目覚めた時、既にクラナガンの医療センターだった為、六課隊舎は初来訪だった。
「ここが、我ら機動六課の本体が駐留している隊舎だ」
 隊舎内をシグナムに連れられ練りを歩く。隊舎内は整理整頓され、
シン自身の勝手な憶測であるが、軍隊と言うよりはお役所と言う感覚が否めない。
しかし、考えて見ればシン自身もアカデミー卒業後、
すぐにミネルバへと配属となり、そのまま軍艦生活だ。
敗戦後もその生活は変わる事は無く、元々内勤業務とは程遠い生活をしていた。
 比べるべき対象が精々カーペンタリア基地の現場事務所程度のもので、
比較対象にもならなかった。
 シンは、前を歩くシグナムを盗み見る。
姿勢が武芸一般の教本の見本になる程綺麗だ。
その立ち振る舞いや仕草一つとって見ても、熟練の武芸者を彷彿させた。
シン自身もMS操縦の他に、アカデミーで軍用格闘術等の訓練は一通り受けている。
それ故に、シグナムの実力が良く分かった。
(この人も魔道師なんだろうか)
 はやての部下である事から、多分そうなのであろう。事務屋には見えない。
しかし、失礼かも知れないが、シグナムを見ていると魔道師と言うより剣士。
呪文を唱えて「ドーン!」より、剣を持って大群に突撃して行くイメージが拭えなかった
「どうした?じろじろ見て」
「いえ、何でもありません。申し訳ありませんでした!」
 突然振り返ったシグナムにシンは鼻白み、何故か敬礼の仕草を取ってしまう。
「・・・?まあいいが。しかし、シン・アスカ。やはりお前は軍人だったのだな」
 シグナムは怪訝そうな顔をするが、直ぐに表情を改める。
厳しい顔付きに廊下の温度が一瞬下がった気がした。
シグナムの視線は、シンを射抜くように鋭い。
まるで、抜き身の刀を喉元に当てられているような錯覚を覚えた。
「別に…聞かれてませんでしたから」
シンは、気まずくなって視線を逸らした。
 昨日はやてが面会に訪れた時、名前や出身地等の簡単な調書を取られ、
その後、はやてからこの世界の成り立ちや情勢、
はやて達の役職を一方的に聞かされただけだった。
シン自身、はやてから、聞かされた話に頭が混乱してしまい、
 その場はお開きになってしまったのだ。
世の中には黙秘権と言うものが存在する。
勿論この世界に黙秘権が存在するか否かは知らないが、
今後の為にも少し位の情報の出し惜しみは許されるだろうと思っていたのだが。
「だからと言って隠す事でもあるまい。お前は知っての通り異世界の人間だ。
この世界の人間に不信感を抱くのは分かるが、主はやては、そんな人間では無い。
積極的に協力しろとは言わないが、せめて聞かれた事位素直に答えろ。お互いの為にもな」
「・・・はい」
口調が思ったよりも固くなった。軍属だった事など、普通隠す事では無いだろうかと思ったが、
ここでシグナムと口喧嘩をする事は不毛に思えた。
「それから」
「…まだ何か」
「あまり緊張し過ぎるな。何も取って食うつもりなど無い。気を悪くしたなら謝ろう。
 行くぞ、シン・アスカ」
 歩き出すシグナムの背中を見ながら、
 シンは自分の手が、じっとりと汗をかいているのに気がついた。

「デスティニー!・・・ぁぁぁ」
 シンの声に僅かながら歓喜の色が混じる。
だが、次の瞬間に絶望のどん底に落とされたような声色に変わる。
六課隊舎内のヘリ格納庫に鎮座したデスティニーは、火が入っていないのか、
VPS装甲が切れた状態で安置されていた。
 当然と言うか武装は外され、コクピット部分から、何に使うか分からない無数の配線が伸び、
足元の大型コンピューターに接続されている。
その回りを整備員達が取り囲み、画面か送られて来るデータを食い入るように見つめていた。
「おお、やっと来たんか、アスカさん、シグナム」
「遅くなりました、主はやて」
 はやて、シン達に笑顔で駆け寄るが、シンにして見ればそれ所では無い。
まだ搭乗年数は一年にも満たない機体だが、幾多の戦場を供に駆け抜けたシンの大事な相棒だ。
一度は、インフィニットジャスティスに大破させられたが、
戦後、ターミナルの技術者達によって修復改修され、常にシンと共に戦場を渡り歩いたのだ。
 別に壊されている様子も壊すつもりも無いようだったが、
コクピット部分から無数に伸びたコードは凄く気味が悪かった。
凄く簡単に言えば、とてもグログロだった。それも結構高レベルで。
通電していないデスティニーの装甲は灰色一色であり。
その中から、赤だの青だの野太いコードが伸びているのだ。
その光景はちょっとしたホラー映画もびっくりな出来で、
無垢な子供が見ればトラウマを植えつけられそうだった。
「う、あ、え」
「あーアスカさん?」
 はやてが、目に入っているのかいないのか。夢遊病患者のように、
何か小声で呻きながら、デスティニーに近づくシン。
シンにとって、この世界に来た事よりも、愛機が無残な姿を晒している事の方がショックが大きかった。
「主はやて。やはり、アスカの到着を待ってからの方が良かったのでは無いですか」
「いや、そのつもりやってんけど、ちょっと目を放した隙に、シャーリーや整備員達が勝手に始めてもうたんや。
これ人様のもんやからって念を押しといたから、手荒には扱って無いと思うんやけどな」
「しかし、アスカの様子を見る限りショックを受けているようですが」
「ああ、まぁ、そら見た目結構"凄い"しな」
 シンに聞こえないようにひそひそと小声で密談する二人。
シンの視線はデスティニーに釘付けになったまま動かない。。
 やがて、ワナワナと肩を震わせながら、凄まじい勢いではやてに詰め寄る。
「あ、あ、あ、あんたは一体じゃ無くて。八神はやて、これは一体どういうつもりだ」
 シンは、お決まりの台詞をシャウトしそうになるが寸での所で飲み込んだ。
「あちゃあ。やっぱり怒ったか」
 はやては、シンから視線を外し、申し訳なさそうに一応謝る。
「怒った怒らないじゃ無い。こう、どう言って良いか分からないだけだ!」
「まぁそないに怒らんといてアスカさん。別に壊すつもりや無いから」
「当たり前だ。壊されてたまるか」
 肩を怒らせ大股で詰め寄って来るが、生来の童顔で今一迫力が無い。
はやての肩を掴んで大きく前後に振るが、本人が若干涙目なのが締まらなかった。

「とにかく止めさせてくれ、データが欲しいなら協力するから」
「…ここまで取り乱すとは思わへんかったわ」
「頼む」
「任せとき。あー皆ストップ。聞こえてる?
とにかくストップやストップ。止まれええ。おーけーかああ皆!」
「「「ういいす」」」」
 はやての声に誘われるように整備員の野太い声が響く。
それと同時にデスティニーの下に出来ていた人垣が、まるで、モーゼの十戒のように人が避けて行く。
 シンも恐る恐る、はやてに続きシグナムもそれに続く。
「はい、そこまでや皆。心配せんでも本局の人らが来るんのは、もうちっと後になったから、
弄くれる機会はまだあるから…今日は我慢してんか」
「弄くるって・・・」
「「「ういいいいいす」」」
 シンの呟きは、やはり野太い声によってかき消される。
情けないシンの子を見てシグナムがクスリと忍び笑いを漏らした。
「あ、隊長。彼がこのロボットのパイロットですか?」
 ラップトップパソコンを片手に、山盛りの配線を乗り越えながらシャリオが姿を現す。
「ん、そうや。アスカさん、彼女はシャリオ・フィニーノ。機動六課の通信士や。
メカニックデザイナーも兼ねとる。シャーリー、こちらシン・アスカさんや」
「始めましてアスカさん。シャリオ・フィニーノ一等陸士です。宜しくお願いします」
「シン・アスカです」
 不承不承ながら、シャリオと握手するシン。
昨日から挨拶ばかりしている気がするシンだった。
「さてと、アスカさん。ちょっと真面目な話やねんけど、
うちら機動六課が、貴方を保護する立場にあるのは昨日説明した通りやねんな」
「分かってる。あんた達の部署は古代遺物管理部で、デスティニーがそれに該当するかも、とか言いたいんだろ」
 近代兵器であるデスティニーに、古代遺物の嫌疑がかかっている。
そう、言われてもピンと来ないシンだった。
只、デスティニーが、この世界の法律に接触している事は理解出来た。
「実質ロストロギア嫌疑は、アスカさん保護の為の建前やけどね。
ロストロギアに関す案件は、うちらに優先捜査権があるから、アスカさんの事を考えての処置やね。
後、ミッドチルダでは、このロボットみたいな質量兵器の保有は法律で固く禁じられてるや。
これがあること事態ちょっと問題なんやけど、それは追々何とします。
アスカさんも、お偉さん達から直々に事情徴集とかごめんやろ」
シンは、往々にして権力と相性が悪い。はやての選択は、シンにとってあり難いものだった。
「そりゃそうだけど・・・ちょっと待ってくれ。もしかして、俺の事で大事になってたりするのか」
「う~ん。まぁそうやね。でも、気にしたらあかんで。
具体的には、アスカさんとこのロボットが原因や無くて、アスカさん達が現れる原因が問題何や。
それがちょっと上の方で議題に上がってるんよ。
それで、昨日から、このロボット調べさせろって煩ぁてかなわんのよ」

 ははは、乾いた笑いと上げ、大げさに頭を抱え困ったフリをするはやて。
それを見たシンは眉間に皺を寄せ唸る。
シンは、この世界の内情は知らないが、
はやてが、シンの為に相当な便宜を図ってくれたのは事実だ。
恐らく、もっと上位の組織がデスティニーを調べる、
最悪技術解体したいとの申し出があったのだろう。
 自分は保護されている身分だが、悪く言えば出自身元不明の怪しい人物なのだ。
基本的人権を無視されても文句は言えない立場にあった。
それを、ある程度の自由とシンの自主的な協力の元で、デスティニー解析を進めようとしている。
 脳裏に一瞬だけ何故か全身赤一色のMSに乗る元上司の顔が浮かぶ。、
シンは、そのイメージを振り払うように、眉間に皺を更に深く刻むのだった。
「正直展開が速すぎて付いて行けないけど…分かった。協力する」
「助かるわ、なら早速頼むな。詳しい事はシャーリーに聞いてな」
 シンは仏頂面のまま、配線と機材の山を乗り越え、高所作業車からデスティニーのコクピットに乗り込んだ。
「へぇ結構中は広いんですね」
「フィニーノ、、、さん」
「シャーリーいいですよ、シンさん。よっこいしょ」
 パイロットシートに座ったシンの隣へと体を滑り込ませる。
「じゃあ、起動させますよ」
「はい」
 もうどうとでもなれと言わんばかりに、シンは起動プロテクトを解除し、デスティニーに火を入れる。
青と緑色の光がコクピットに走り、
デスティニーの起動処理が静かに開始された。
 モニターに、
【MOBILE SUIT NEO OPERATION SYSTEM
GUNNERY UNITED NUCLEAR-DUETRION
ADVANCED MANEUVER SYSTEM Ver.2.16 Rev.31】
の文字が走り、メインカメラが起動する。
「ガンダム?」 
シャリオが呟いた言葉をシンは聞こえないふりをした。
シン自身ガンダムと言う言葉はあまり好きで無かったからだ。
コクピットに外の景色が映り、デスティニーの自己診断プログラムが機体の破損状況を調査し始める。
 モニターには、デスティニーの3Dモデリングが浮かび上がり、破損箇所を赤い表示で知らせている。
「駆動部、推進機関は思ったよりダメージを受けてないけど、装甲部破損率が二割を超えてる。
ボロボロじゃ無いか。一体何があったんだよ…動力部は・・・無事か」
 シンは、機体の核でもある動力部が無事である事に安堵を覚える。
デスティニーは核動力とハイパーデュートリオン送電のハイブリットエンジンだ。
動力部が破損していた場合、多かれ少なかれ汚染が起きる可能性があった。
 目にも止まらぬ速さでコンソールを叩き続けるシン。
ディスプレイが目まぐるしく上下し、エラー箇所無視させて装甲に通電させる。
「「おおぉぉ」」
外から歓声が聞こえて来る。
中からは分からないが、灰色一色だったデスティニーの装甲が鮮やかな青と赤に染まる。
象徴的なツインアイが、緑色の光を点し、鉄の巨人に息吹が戻った。

「デスティニー起動しました。フィニーノさん、次どうすればいいですか」
「そのままで…今整備員達が測定機器を取り付けてますから、機体をそのままの姿勢で固定出来ますか?」
「了解」
 シンは、手早く関節部位と各種駆動部を固定する。
下では整備員達が測定機材をデスティニーに忙しなく取り付けていた。
「へぇ、中はこうなっとんねんな」
「ヘリより乗り心地が良さそうですね」
 視線を上げると、何時の間に上がってきたのだろうか。
はやてとシグナムがコクピットを物珍しそうに覗き込んでいた。
「シンさん。すいませんが、このコードをそちらに繋いでくれませんか」
「あ、あぁ」
(コードの規格は同じなんだな)
 自分の世界と妙な共通点を発見しながら、
シンは機体内のメインフレームにコードを直結させる。
「機体データ要りますか?」
「頂けるなら」
 シャリオはコンソールを操作し、自分のラップトップパソコンにデータをコピーし始める。
 デスティニー自体が機密の塊なのだが、こうなっては機密もクソも無い。
作戦行動日程から各種モーションデータ、機体の構成データと完全に垂れ流し状態だった。
「ZGMF-X42S" デスティニー"へぇ、デスティニーってコードネームじゃ無くて、
正式名称何ですね"運命"って洒落てますね」
 耳が痛い。
 この機体の名前の通り、デスティニーがシンの運命だとするならば、それの何と残酷な事か。
信じた理想は"自由"と"正義"に粉砕され。
 敗者となったシンは、勝者の情けで生きながらえた。
振るった拳も剣も命さえも全て与えたられた"自由"と"正義"で賄った。
自分の"運命"は何と脆弱な事か。
(これで、守ってみせるとよく言ったもんだな)。
 シンは、自虐的な笑みを浮かべた後、一瞬だけステラの顔が浮かんで直ぐに消えた。
「所で八神さん。下の計測機で何を調べてるんですか」
「残留魔法物質とか結界の有無とか、そう言うのを調べてるんよ。
でも、中を見て始めて理解出来るけど、これは純粋な科学技術の結晶やね。
魔法に関する技術が感じられんから、やるだけ無駄や思うけど一応ね」
「隊長~測定開始して、いいすかぁ!」
「やってかまわんよぉ」
「なんですかぁ!聞こえませぇん」
 コクピットの中で、外に向かって叫ぶはやて。
シンは苦笑いしながら、外部マイクのスイッチを入れる。
『やって、かまわん、おぉ』
『外部マイク入れました。そんな大きな声出さなくても聞こえるはずです』
『おおきにな、アスカさん』
 測定器が低い駆動音を立てながら起動する。
 青白い光がデスティニーを照らし、
シャリオのラップトップパソコンに測定器からのデータが送信され、
凄まじい数の緑の文字列が画面を埋め尽くす。

「ふんふん。このデスティニーって機体は、本当に興味深いですね」
「どのへんが?」
「そうですね…特異性が際立って分かるのが装甲部分です。
私には、これだけのデータじゃ全ては判断付かないんですが、
部分的に比重が水より軽い金属が使われてるんです」
「という事は、水に浮くと言うことか」
「はい、シグナムさん。実験して見ないと分かりませんが、強度もそこそこあるようですし、
軽くて丈夫を地でいってます。これはミッドチルダには無い技術ですね」
 未知の技術に自称デバイスマイスターの血が騒ぐのか、
シャリオはキラキラと瞳を輝かしながら猛烈な速度でキーボードを操っている。
「悪いけど、俺はパイロットであって設計者じゃ無いから、
専門的な事を聞かれても困る。モビルスーツの整備マニュアルに沿った程度の事位しか分からないぞ」
「整備データってあります」
 息がかかりそうな位顔を近づけるシャリオに、シンは嘆息しながら渋々MSの整備データを渡す。
それはデスティニーの生命線と言うべき貴重なデータだが、
シャリオの後ろから揺らめき立つような影は、データを渡すまで追求の手を緩める事は無いだろう。
「ありがとうございます」
 シャリオは水を得た魚の如く、キータッチの速度を更に上げる。
 キーボードを叩く指が残像を携え、コーディネーターも驚愕のキータッチ速度である。
これも魔法なのかとシンは冷や汗をかきながら、
自分は、もしかして女難の相でも憑いているのでは無いだろうかと懐疑心にかられた。
「VPS装甲?・・・凄い。装甲を相転移させて物理衝撃をほぼ無効化してる。
アースラ級の戦艦の電力ならともかく、二十メートル程度の陸戦兵器でそれを実用してる。
ううん。70tもの重量を、揚力も無視した形で浮遊させる何て無茶・・・
ヴォワチュールリュミエール?ソーラーセイル?圧縮光子?
やだ、私ドキドキしてるかも」
「なぁシャリオ。このロボット、デスティニーってそんなに凄いんか」
「隊長。凄い何て物じゃありません。デスティニーは、ミッドチルダの技術体系と根底からして違います。
私には、デスティニーがどうやって飛んでいるのかも理解出来ません」
 デスティニーの基間技術は、彼女が初めて見たものばかりで、理解出来ない物も少なくない。
特に装甲や駆動部分の技術をデバイスに転用すれば、性能は飛躍的に上昇すかも知れない。
 デバイスマイスター、技術畑出身の彼女にして見ればデスティニーは宝の山だ。
 興奮するなと言うのが無理だった。
「アスカさん。このデスティニーの動力って一体何なんですか?」
「ハイパーデリュートリオン送電システムと核動力だ」
「えっ」
 興奮したシャリオの顔が一瞬で青ざめる。
"核"と言う言葉を聞くや否やシグナムの目が細くなり、
はやてとシャリオを引っつかみ一瞬でコクピットから脱出する。
 外部マイクを入れっぱなしだった為、当然会話の内容は外にもダダ漏れ。
整備員たちが青ざめ、測定機器を放り捨て慌てて逃げ出した。
ご丁寧に核と言う単語だけが一人歩きし、
それを合図に気配を消して待機していた、なのは、フェイト、ヴィーダの三人が姿を一斉に現す。
三人は、整備員達を庇うように障壁を展開する。
派手な赤と桃と黄色の魔方陣が展開され煌々と輝いた。
只一人コクピットに取り残された、シンが目の前に展開された光景に唖然としながら、
やがて何かを観念したように力なく項垂れた。

「アスカさん、ほんまにごめん」
「すまん」
「悪かったな」
「にゃはは、ごめんね」
「ごめんね。アスカ君」
「ごめんっなさい」
 はやて、シグナム、ヴィータ、なのは、フェイト、シャリオが謝る。
自分より年上であろう女性達に誠心誠意謝られた記憶が無いシンは、
それが、どうにもむず痒く、それ以上に非常に困惑していた。 
 はやての紹介では、彼女達は六課の一員であると言う。
 はやても若いと思っていたが、隊員の殆どが女性。
一部例外はあるが、それも、全員極上の美女と言っても差し支えない女性達がシンの前に整列している。
 軍生活、特にミネルバを出てからは、男所帯の中で生活していたシンには、鮮烈な光景だった。
 だが、彼女達の容姿よりも鮮烈だったのは、彼女達が隊員を守る為に使った魔法である。
煌く色彩が目の前に現れたと思えば、
まるでモビルスーツのビームシールドのような盾が隊員達の前に出現していた。
 機械ならともかく、生身の人間がそのような現象を起こす等、
目の前に起こった出来事のはずなのに、シンは未だに半信半疑の状態にあった。
リインフォースⅡのような不可思議生物を見ていても、いざ本物の魔法を見た衝撃は計り知れない。
 見殺しにされかけたとか、実はこっそり警戒されていたとか、
そんな事が些細な事に感じられる程にシンは魔法を使った、使うであろう彼女達に魅せられていた。
 自分にもあの力があれば。
 魔法と言う力があれば、あの戦争の結末は違っていたのでは無いか。
 シンは、苦い敗北と挫折の記憶が、鎌首擡げそうになるのを必死で押さえつけた。
「いや、俺もマイク入れっぱなしだったし、その不注意だったから。
それに誰だって「このバス核で動いてるんだぞ」って聞けば驚くのは当然だ・・・しな」
 だから、シンは、心の動揺を知られまいとぶっきら棒に答えるのが精一杯だった。
「そう言って貰えると助かるわ」
 にこやかに微笑むはやてを尻目に、シンは自己の内面に埋没していった。

 胎児のように身を丸め、まるで何かに脅えるようにベットに横たわる。
「眠るのは嫌いだ」
 誰に聞かせるわけでも無く呟く。
 メサイヤ戦後、シンは眠る度に夢を見るようになっていた。
妹の死からアスランへの敗北までをまるで擦り切れる寸前の映画フィルムのように、
コマ送りでしつこく何度も何度も夢に見た。
 マユの腕を見た瞬間。
 ステラが死んだ瞬間。
 アスランに敗北した瞬間。
 議長とレイが死んだと聞かされた瞬間。
 シンが望むと望むまいと悪夢はシンを苛み続け、
悪夢に魘され体力気力が底をつくと電池が切れたように眠りについた。
 それは、眠るベットが違っても、存在する世界が違っても、変わる事は無かったらしい。
シンは今日も悪夢に身を焼かれ、真夏でも無いのに全身べっとりと汗をかいていた。
 打ち身と若干の疲労こそあるものの、その後の診断結果で健康体と判断されたシンは、
その日の内に六課隊舎のゲストルームに移っていた。 
 結局あの後デスティニーの解析は終わらず、
明日後の本局技術員の到着を待ち再開される事になった。
デスティニーが核で動いている事も考慮しての処置だった。

「アスカさん、もう寝てもた?」
 ドアが小さくノックされ、はやての声が聞こえる。
 こんな夜更けにと思いながらも、シンはドアを開けた。
「こんばんわ」
「こんばんわ」
 同じ言葉を喋っているはずなのに微妙にアクセントが違っていた。
「まだ、仕事中だったんですか」
「うん。そやで」
「ご苦労様です」
「ふふ。おおきにな、アスカさん」
 はやては、カーキ色の制服の端を掴み僅かにはにかむ。
「ちょっと時間いいかな?」
 シンは頷き、スリッパのまま夜の隊舎をはやてと共に歩いていく。
「ごめんな騒々しくて。夕食落ち着いて食べれんかったやろ」
「いや別に」
 女三人よれば姦しいと言うが、五人も六人も居れば必然的に騒々しくなる。
基本的に行儀が良い彼女達だが、男と女の声質の違いからか、
たいして大きな声を出していないにも関わらず随分騒がしく聞こえた。
 だが、シンはそれを煩く感じなかった。
 彼女達の会話は温かみに満ちており、聞いていて心地良かった。
むしろ、ずっと聞いていたいと思ってしまった程だ。
「なら、うちの勘違いかな」
 屋上に出ると流石に夜風が冷たかったが、
それ以上にシンの目を引いたのは、空一面に広がる満点の星空だった。
街の明かりによる光害や大気汚染が殆ど無い証拠だ。
ユニウスセブン落下テロ事件"ブレイク・ザ・ワールド"や
レイクエム等の大量破壊によって傷ついた、シンの地球では星空を見る事は極めて難しかった
「これは・・・」
「結構凄いやろ」
星空を眺めたのは、いつ以来だっただろうか。
 少なくともシンには、ここ数年そんな記憶は無かった。
 手すりにもたれ掛り、二人で満点の星空を見上げる。
 もし、シンが星に詳しければ、地球から見上げる夜空と違っている事に気が付いた事だろう。
「綺麗だ」
「そうやね」
 それきり会話が途切れた。
 二人とも暫く何も言わず、只星空を見上げ続ける。
自分の心臓の音が聞こえそうな位静かな時が流れた。
「なあ八神さん」
「何や?」
「俺はこれからどうなるんだ」
「アスカさんは、どうしたい?やっぱり元の世界に帰りたい」
「帰りたいのか、帰りたく無いのか。正直良く分からない」
「そうかぁ」
「だから、元の世界に帰れるかどうかじゃ無くて、これから俺はどうなって行く方が気になる」
 まるで眩しいモノでも見るかのように、シンは、はやてから視線を外し俯いて静かに呟いた。
「私も確約する事は出来へんけど、暫くはうちらの上役達から事情を聞かれる事になると思う。
それから先はちょっと私じゃ分からへんな。
あっ、でも安心してな。皆良い人ばっかりやから。悪いようにはせんよ」

 まだ、出会って間もないが、八神はやてが言うのなら実際そうなのだろう。
そう信じるだけの誠実さをシンは、はやてから感じる事が出来た。 
人にも自然にも優しい世界。
だからだろうか。
「俺は前の世界で兵士だった」
 シンが、愚痴とも悔恨とも言えない独白を始めたのは。
「それは、最初会った時から、何となく想像はついてたな」
 はやては、シンの身のこなしや仕草等からシン・アスカが兵役について居た事は何となく予想出来た。
はやての地球でも、未だ扮装が絶える事無く続いている地域が多い。
予想不可能な話では無かったが、シンの次の言葉だけは、はやてには想像する事が出来なかった。
「だから、当然人も殺してる」
「えっ」
 はやての顔に驚きの表情が浮かぶが、シンはそれを無視して話続ける。
「戦争に負けて、全部失って、それでも生きている俺は…俺は一体何なんだろうな」
「アスカさん」
「ごめん。忘れてくれ」
  困惑するはやての脇をすり抜け、シンは逃げるように屋上を後にした。
 
(糞!)
 無言で壁を殴りつける。
 非常灯に染まった廊下で、剥れそうな程壁に爪を食い込ませる。
「同情でもして欲しかったのかよ、シン・アスカ」
 シンの顔は怒りと憎しみに歪み、心と記憶が悲鳴を上げていた。
 平和の名の元に幾多の人間の命を奪い、
戦後も人々の"自由"と"平和"を守る為に、同じように手を血で染めてきた。
 "人は分かり合えるかもしれない"
 霊碑前で胸に誓った言葉が、今程薄ら寒く聞こえた事は無かった。
(そうなのかよ、シン・アスカ)
 口に出す事は終ぞ無かったが、
 シン自身が昔に失くしてしまった家族の面影を彼女達の触れ合いに見ていた。
 失った暖かさをこの底抜けにお人好しな連中に、
 はやて達に無意識に求めようとしていた。
 それに気が付いたからこそ会話を打ち切り、一人部屋へと去り眠りにつこうとしたのだ。
「結局…俺は誰かに優しくされれば、それでいいのか」
 それが、ルナマリアで有り、レイで有り、議長で有った。
シンが守ると決めた時、傍らには常に誰かが寄り添っていた。
 まるで、それが守る理由だと言わんばかりに。
「ちくしょう!」
 ほんの少し優しさに触れただけで、シンの鍍金は容易く剥がれ落ち、
無防備な傷ついた心が浮き彫りになった。
シンは、胸を掻き毟りたい衝動に駆られ、大粒の涙を零す
 シンは自分が悲しくて泣いているのか、
 悔しくて泣いているのか、もう判断がつかなかった。

 失った時は戻らない。
 時間は残酷にも流れ続ける。
 そして、一日の到来告げる朝日が昇った時、運命の第一幕が上がる事となる。 

序幕"それから…"