RePlus_第八幕_後編2

Last-modified: 2011-08-02 (火) 17:51:37

325 :名無し歌います:0073/09/14(木) 21:08:09 ID:rtyuier
おいおまえらさっきのニュース見たか?

467 :名無し歌います:0073/09/14(木) 21:15:12 ID:xcv456
見たに決まってんだろ。

468 :名無し歌います:0073/09/14(木) 21:18:12 ID:jhg4ki
なんかあったの?

472 :名無し歌います:0073/09/14(木) 21:21:12 ID:xcv456r
アズサちゃんの公開録音で馬鹿が暴れた模様です。
ちなみにその馬鹿は、アズサバンドの新メンバーにフルボッコにさ
れたもようwww

482 :名無し歌います:0073/09/14(木) 21:23:46 ID:kminhu3
アズサバンドw
ねーよwww
あの赤い目の子だろ。
結構良かったよな。

482 :名無し歌います:0073/09/14(木) 21:23:46 ID:rmfshu:
映像キターーーーww
マジで後ろ回し蹴りでのされてるwww
犯www人wwwフwwwルwwwボwwwッwwコwwwww

501 :名無し歌います:0073/09/14(木) 21:25:12 ID:sdwndlt
顎に回し蹴りが綺麗に決まってるな。
誰だよこの女www
マジありえねえ!

503 :名無し歌います:0073/09/14(木) 21:27:27 ID:hayate?
素人さんお断りです
彼女の名前はアスカちゃん
アズサちゃんの新しいバックバンドのメンバーでベース担当らしい
です

509 :名無し歌います:0073/09/14(木) 21:31:49 ID:heiakd4

503
ソースどこよ

515 :名無し歌います:0073/09/14(木) 21:45:27 ID:D1vdddc

509-514
おまえら落ち着け。
仕方無いないから、俺がとっときの画像くれてやる

Passは503のIDな

http//www.…

「有り得ない…」

 液晶に映る文字の羅列を見て、シンは心底頭を抱えてしまった。

 イベントから一夜明けた午前過ぎ。
 微苦笑を浮かべながら、ティアナに引っ張られるように舞台を後にしたシンは
シグナムに男の事情徴収と引継ぎ業務も程々に強制脱着で生じた火傷を治療する
為にアズサと共に病院へ向った。
 二人共大した怪我がある訳では無かったが、あのまま残っていても事態を治め
るどころか、混乱に拍車をかけるだけだ。
 歓声鳴り止まず、未だ熱気と活気の渦に包まれ、興奮冷めやらぬ会場を逃げる
ように後にした。
 名ばかりの精密検査を医者の判断で受け、漸く開放された時には時刻は既に深
夜を回っていた。
 渦中のアズサは、ティアナ達と社屋に戻ったとヴァイスに聞かされ、久方ぶり
に六課隊舎の自分の部屋で気兼ね無く眠りにつけると安堵したのも束の間、笑い
を必死にかみ締めたヴァイスによって、掲示板の大賑わいを聞きつけてしまった。
 六課の端末で掲示板を確認すると、シンの目に「謎の隻腕アイドル現る」や「
赤い瞳の少女は誰など?」少々古めかしいネーミングセンスの文字が飛び込んで
くる。
 写真撮影は禁止だったはずが、一体何処から写真を入手したのか。
 会場で苦笑いする表情のアップや犯人に回し蹴りを華麗に決めた一点物まで多
種多様だ。
 何が不味いかも分からないまま、壮絶な悪寒を感じたシンは、即刻画像を削除
して貰おうと六課技術部に押しかけるも、新型AMFの解析と犯人らしき男を捕
らえた六課は、さながら週末の金融街を彷彿させる有様で、隊員達は、皆事件の
事後処理に忙殺され、シンの個人的な事情は後回しにされる始末だった。
 どうにも嫌な予感を感じるシンだったが、深夜の為にはやてやティアナに連絡
を取る事も憚られ、一人何とも言えない奇妙な感覚を抱きながら眠りについた。
 翌朝のアズサの護衛に戻るべくシャナルプロダクションに戻る車中でも、ニュ
ースの報道が気になり、ダウンロードしたスポーツ新聞をチェックすると昨日の
写真が大写しにされ、一層陰鬱な気分を高くしたシンは、自身の女装姿が白昼の
元に晒された事に大粒の涙を流しながら、ヴァイスから受け取ったアンパンを自
棄食いした。
 口の中に広がる漉し餡の甘い柔らかな感触と、涙の味が妙に塩辛い。
 シンは、このまま六課に引き籠っていようと思ったが、男とアズサの件の背後
関係も依然不透明なままの上に、課長であるはやてから正式に任務終了宣言が出
た訳でも無い。
 六課にいても手持無沙汰な上に、アズサの様子が気になり、シャナルプロダク
ションに戻って来たものの、社屋前には犯人を一撃でのした武闘派アイドルを一
目見ようと物見遊山気分のファンが押しかけ、昨今話題不足の芸能界にネタの香
りを嗅ぎつけたマスコミも便乗すべく、こぞって社屋前に陣取っている。
 彼らは一種独特の雰囲気をまき散らし、シンは自分自身が 動物園の動物にな
ったような複雑な気分だった。
 そんな所に六課の公用車で乗りつければ、何かあると宣伝しているようなもの
だ。
 シンは、マスコミに気づかれないようにヴァイスに裏口に回り込んで貰うよう
手を合わせた。

「大丈夫か?」
「多分」

 ヴァイスに声をかけられるも「何が?」とは聞き返せず、引き攣った笑みを浮
かべるが精々だった。
 対するヴァイスも「まぁ男だし大丈夫だろうと」たかを括り、安易にシンを送
り出す始末だ。
「何かあれば電話しろよ、アスカちゃんの為なら火の中水の中飛んで行ってやるか
な」と軽口などど叩かれても、嬉しくも何とも無く、シンは更にコメカミを引き攣
らせた。

「何でこうなるんだよ」

 黒の帽子にパーカーで体をずっぽりと包み、目が隠れるサングラスは変装として
は下の下の出来と言えど、素顔を晒すよりは幾分マシと言える。
 しかし、隻腕はいかんせん目立ち、シンは、ブラブラと揺れる左袖を煩わしく思
いながら、道中、道行く人の奇異の視線が身に堪えた。
 予備の義手の到着を素直に待てば良かったと後悔したが「まぁ大丈夫だろう」と
安易に考えて居た数時間前に自分を説教したい気分にかられる。

「痛っ」

 考え事をしていたのが拙かったのか、それとも相手の不注意も重なったのか。
 シンは小さなカメラを抱え、裏口に油断の無い視線をぶつける男をぶつかってし
まった。
 
「すいません。大丈夫ですか?
「痛てて。こっちこそすいません。周り見てなかったんで」

 シンは、尻餅をついた男の手を取り慌てて引き起こすが、男の目が何かとんでも
ない物を見たように大きく見開かれているのが気になった。
 そんなに派手に転んだのかと、シンは男の様子を注意深く観察するが、怪我をし
た様子は無く、ジーンズの裾が少し汚れている程度の物だ。
 しかし、肩口に見える腕章は大手テレビ局の物で、胸のIDカードには芸能課の
文字が大きく刻印されていた。
 瞳を見開き注目する男の視線がシンに"本当の意味"で突き刺さり「アスカ」と小
さく漏れた言葉にシンの頬が激しく痙攣した。

「あ、アスカちゃん?」
「ち、違います!!」
「でも」
「俺じゃないです!違うんです!俺はそんな人間じゃないんです!」
  
 半ば反射的に逃げ出せたのは、日頃の訓練の賜物だろうか。いや、それ以前に恐
ろしかったのは、マスコミ関係者の対応の早さだった。
 事件に対する鋭敏な嗅覚と言うのだろうか。
 さして大きくも無い「アスカ」の三文字に敏感に反応したカメラマン達は、逃げ
るシンを的確にロックし、フラッシュの嵐を降らせてくる。
 警備員に匿われるように、社内に間一髪逃げ込んだシンは、社外から漏れる白い
閃光に心底溜息を漏らした。

魔法少女リリカルなのはStrikerS RePlus
第八幕『瞬間心重ねて-IDOL@MASTER』-後編2-

「なぁなぁ二人はどれがいい?」
「どれって言われても」
「あたしこれー!」
「おおぉ、やっぱり分かってるなぁスバルは」
「へへ。この画像のシン君が一番綺麗ですもん」

 エレベーターを降りて、待合室に逃げるように雪崩れ込んだシンが見たものは、
机の上に端末を広げ、何やら密談を繰り広げるはやて、ティアナ、スバルの三人娘
だった。
 シンは、待合室を見回しても、アズサの姿は見えない。
 珍しいなと思いながらも、シンは、はやて達に視線を戻した。
 三人は、随分と盛り上っているのか、シンが部屋に入って来た事に気付きもせず、
端末に歓声を上げ、食い入るように見つめている。
 女三人寄れば姦しい。
 "格言"の通り、盛り上る年頃の女性の輪に、率先して入っていけるほどの蛮勇
、もとい、勇気をシンは生憎と持ち合わせていなかった。

(何やってるんだか)

 シンは、三人に苦笑しながら、冷蔵庫の中に常備されたミネラルウォーターを取
り出し喉に流し込む。
 喉を流れる冷たい感触に火照り浮き足立った思考が冷え、少しだけ冷静振舞える
ようになる。
 ほんの数日前まで名無しの通行人Aだった、シンが、僅か一日で時の人になって
いるのだ。全く持ってメディアの効果とは恐ろしい物だと肝を冷やす想いだ。
 議長やロゴスの面々が戦争に率先して活用しようとしたのも頷けた。
 まぁいいかと、シンは一人納得し、椅子に腰を降ろすと隣に見慣れない楽器が目
に付いた。
 フレームにフェンダーと刻印された橙色基調の派手なギターと青と黒のツートン
カラーの巨大なドラムセット一式。
 どうやら、アズサは、シン達にバックバンドもどきをやらせる事は本気のようだ。
 用意された楽器の充実具合から、ハイスクールのクラブ活動でお茶を濁すつもり
は無いように伺える。
 なら、自分は何を演奏するのかと気になったが、それよりも気になったのが、は
やて達の話の内容だった。

「私は…これが…」
「おぉ、なんと言うアストレイな。流石やなティア」
「な、なんで、そうなるんですか!」

 ティアナが、頬を染めて、ガァとはやてに唸り声をあげている
 本当に何を見ているのか気になったシンは、そろりそろりと三人に近寄り、後ろか
ら気付かれないように端末をこっそりと覗き見た。

「って何やってんですかああああ!」

 端末に表示された画像を見て、シンは思わず絶叫を上げてしまう。
 端末にはネット、新聞、掲示板、ありとあらゆるソースでアップロードされていた
シンの女装画像が映し出され、ご丁寧に芸能人と体を入れ替えたコラージュまで網羅
されている。
 ティアナが見て頬を赤く染めている原因は、一枚のプリントアウトした画像だ。
 この間のイベントの一枚だと理解出来るが、画像は、シンが必死に搾り出して作っ
た愛想笑いや、際どい衣装に身を包んだ三人にドギマギする画像では無く、どちらか
と言えば対極に位置する画像だ。
 鋭利な刃物のような鋭い右足が風の尾をひき、イベント襲撃の容疑者の顎を的確捉
えた様子が克明に写されている。
 シンの燃えるような赤い瞳が陽光に反射し光り輝き、獰猛な獣のような鋭い視線が
まるで、見る者を食いつくさんばかりの勢いだ。
 ここまで足を大きくあげれば、下着の一枚でも見えようものだが、神様も心得てい
るのか、男の背中が影になってシンの秘密の三角州は巧妙に隠されている。
 アングルも距離も狙ったとしか思えないタイミングで激写されているが、アイドル
の後ろ回し蹴りに心引かれる男が居るのだろうか。
 一体何処の誰がと邪推するも、全ては偶然で片付ける事が出来てしまい推理の余地
が無かった。
 ヒット数やダウンロード数を見比べても、ティアナが選んだ画像は、低くは無いが
そこまで高くは無い。
 どの画像が一位かは、心臓に毛が生えていると称されるシンでも恐ろしくて見る勇
気は無かった

「あ、アスカいつからそこに!」
「あは、シン君、来てたんだ」
「さっきから居たって」

 シンのジト目にティアナは顔を引き攣られ、スバルに印刷された写真を押し付け、
壮絶な勢いで後ずさる。

「えっ、ティア、これいらないの?あれだけ言うから折角焼きまわしたのに。私、
貰っちゃうよ」
「う、うっさいわね。それとこれとは別なのよ」

 後ずさったかと思えば、ティアナは先刻以上の強烈な速度で、スバルから画像を回
収し、コホンと一つ咳払いし、画像を私物のバックに仕舞い込む。
 あまりの早業にシンは一瞬何が起こったか把握出来ず、男の女装写真を後生大事に
仕舞い込む女性は居ないと妙な先入観を発揮し、ティアナの奇行を見逃した。
 シンは、知る事は無かったが、思ったよりもその手の世界は深い。
 シンが、世の中には、そんな特殊なジャンルが存在する事を知るのはもう少し後の
事である。

「全く…どうかしてるぞ、二人共。そんな写真どうするんだよ。言っとくけど、それ
をダシにされても食事は奢らないからな」

 お決まりの台詞を呟き、苦虫を磨り潰したような表情で反射的にシンは端末の電源
を落とした。
 女同士の秘め事を暴露された気分よりも、テストで赤点を取った学生のように、三
人はしゅん肩を下ろした後、ティアナとスバルの「あぁ」と言う残念そうな声が響き
、続いてはやてがガックリと大げさに項垂れた。
 そんな態度を取られも、当の本人にして見れば、ネットの写真をプリントアウトさ
れ、品評会を催されていれば、ツッコミをダース単位で入れたくなるものだ。
 
「部隊長まで、何やってるんですか一体」
「いや、ほら、巧く撮れてるのに何か勿体無いやん。」
「無いです。これっぽっちも無いです」
「アスカさんのイケズぅ」

 はやては、頬を膨らませ抗議の声を上げるが、シンは可及的速やかにはやてから画
像を取り上げ、ポケットの中に仕舞い込んだ。
 本当ならデータも没収したかったが、ネット上に蔓延したデータを全て回収する事
は不可能に近い。
 管理局直轄の技術開発局の量子演算機を借り受ければ、全データの削除も可能だろ
うが、閉鎖的な技研の人間がペイバックも無く貸してくれるとは到底思えない。
 余談だが技研から借り受けたケルベロス弐型はもれなく大破し、六課と技研の関係
はある意味お約束、予定調和のように最悪になった。

「でも、これとか、本当に綺麗や思うよ。そう思うやろティアナ」
「え…それは…うん」
「私も思うよ。今のシン君、すっごい綺麗だもん」
「アンタ達な…」

 まだ、隠し持っていたのか、マイクを向けられ頬を染め、うろたえるシンが写真に
写っている。
 別にマイクを向けられ浮き足立っているわけではなく、いや、実際浮き足だってい
たのだが、原因はもっと別のところにある。
 当日露出が妙に高かった衣装は、観客の視線を釘付けにしていたが、それは何も観
客だけに限った事では無かった。
 短いスカートも刺激的だったが、大きく開いた背中から覗いたティアナ達の肌は、
シンにとって短いスカートよりも刺激的だった。
 単純に言えば水着の方が、肌が露出している面積が大きい。
 しかし、水着はあくまで水着であり衣服では無い。見えそうで見えない場所が見え
ると、少し嬉しくなるのが悲しい男の性を言う物だ。
 つまるところ、シンも例外に漏れる事は無く、ティアナ達の背中に魅入っていたの
だが、突然ふられたマイクに、チラリズムを咎められた気になり、内心パニックに陥
ったシンは、おかけで未だに何を問われたのか覚えていない。

「はいはい…皆さん、盛り上ってるところ悪いですが、ちょっと宜しいですの?」
「アズサさん?」
「お疲れ様ですわ。アスカさん。ごきげんよう、お仕事ご苦労様でした」

 女三人寄れば姦し過ぎる。
 実に字面通りの状況を打ち破ってくれたのは、意外にもアズサの高く通った声だっ
た。
 いつものトレーニングウェアに身を包み、後ろにマネージャーであるジュディを控
えさせ、いつもの勝気な表情を浮かべ、 そこには、命を狙われかけた危機感や恐怖
が伺えない。
 変わった事と言えば、いつもは、練習の邪魔になるからと髪をほどき流しているく
らいか。絹糸と見間違いそうになる、ウェーブのかかった柔らかい金色の髪が、歩く
度にアズサの背中で揺れている。

「ご、ごきげんよう」
「はい。ごきげんよう。ほら、ティアナさん、スバルさん。ちょっと休憩時間長いで
すわよ。やる事は腐る程あるんですから、道草食ってる暇ありませんわ。タイムイズ
マネー。時は金なり、株価は水物。整理寸前の銘柄になってる暇があれば、ストップ
高を目指してくださいましね」

 激励にしては妙な台詞を呟き、パンパンと手を叩き、溜息交じりに言ってのける様
子は普段のアズサそのものだ。
 昨日の事件は、アズサにとって路傍の草と同じだったのだろうか。
 いつもと全く変わらない様子にシンは、少し拍子抜けしてしまう。
 しかし、逆にいつもと全く変わらなさ過ぎるアズサに、張り詰め、破裂寸前の風船
のように思え逆に不安になった。
 ティアナ達は、アズサに促されるように楽器の元へ三々五々へ散っていく。
 予め課題を与えられていたのか、二人は、タンタン、キュンキュンとおっかなびっ
くりギターと弾きドラムと叩いている。
 橙色のギター構え、ドラムを座るティアナとスバルの様子は、初心者丸出しで、
高級な楽器を演奏しようとも、馬子にも衣装な印象を拭えなかった。

「あの俺は?」
「アスカさんは別メニューですわ。貴女の譜割が終ってませんので、今日は個人練習
をお願いします。主義に反しますが、いつものレッスン場でコーチを用意してますか
ら、そちらで」
「了解」

 そう言われてしまえば、シンに断る理由は無い。
 ギャインと盛大に音を外すティアナをアズサの熱心に指導する様子に、やはり、不
安や困惑の表情は見られない。
 シンは、やはり杞憂か思うと同時に、アフターケアの概念が根本的に抜け落ち、感
情の機微すら満足に読み取れない自分自身に辟易してしまう。
 
『ランスター…アズサさんの様子は?』
『意外に普通ね。もっとショックを受けてると思ったけど…ちゃんと見とくから、
アンタはちゃんと練習しときない』

 女同士の方が何かと都合が良いだろうと、念話でティアナに"念"を押し、シンは鞄
を担ぎ、いそいそとレッスン場へ向おうと準備を始める。
 更衣室に向おうと立ち上がった瞬間、ふと、ある事に気が付いた。

「部隊長はどうするんですか?」
「たまには部下の仕事具合を見るのも課長の務めかな思って、今日は皆の見学かな」
「俺の見ても仕方無いですよ」
「あかんよさっきまでティアとスバルの練習見学させて貰ってんから、次はアスカさ
んの番。しっかりばっちり見せて貰うからね」

 ニコリと微笑むはやてにシンの気持ちが重くなる。
 誰しも一発で下手と分かる何かを誰かに見せるのは気が引けるし、気が置ける、憎
からず思っている相手ならば尚の事だ。
 蛸を思わせるダンスをはやてに見せるのは正直気が重いが、仕事の一環と割り切っ
ても、割り切れる物では無く、せめて、無様は晒すまいとシンは固く心に誓った。

「それとこれな。皮膚が間に合わんかって簡易品やけど、予備の義手。無いと困るや
ろ」
「助かります」

 腕一本そのまま渡されるのは、少々心臓に悪いが、義手だけが今のシンの生活の生
命線だ。 
 改良が加えられているのか、元々着けていた義手よりも随分と軽い。
 これで戦闘になった時耐えられるのか些か疑問であったが、ずっと片腕で過ごす不
便さに比べれば雲泥の差だった。

「防水加工されてないから"お風呂"は入ったらあかんで」

 シンは、風呂と言う単語にギクリと慄き、振り返った先にある、菩薩のような笑み
を浮かべるはやてに、これ以上聞いては自爆すると、動物さながらの危機回避能力を
発揮したシンは、誤魔化すように風呂の話題を全速力で逸らした。

「それでな。練習終ったら二人っきりで内緒話な」
「えっ…」

 背中に感じる冷たい汗とはやての並々ならぬ重圧を他所に、艶っぽく告げるはやて
にシンは不覚にもときめいてしまった。

「ねぇスバルさん。あの方誰ですの?」

 やんややんやと楽しげに会話する、二人と見つめ、妙に険の篭った声をアズサ。
は上げた。

「えっと。あの人は八神はやてさん。私達機動六課の部隊長なんですよ」
「幾つですの?」
「十九歳ですよ。でも、この間誕生日だったから二十歳だったかな」
「若干二十歳で部隊長、エリートってやつですのね…気に食いませんわね」
「アズサさん、何か言いました?」

 アズサの呟き声もスバルのドラムの音に消され、スバルの耳には届かない。
 スバルの影に隠れるように、はやてを見つめるアズサの視線は、まるで、お気に
入りの玩具を取られた子供のように何処か刺々しい。
 タンタンとテンポ良くドラムを叩くスバルの横で、所在無さげな様子で譜面と
シン達を落ち着き無く交互に見つめている。
 
「いえ、何にも。それでその…どんな人なんですの?」
「うーん。急に言われても困るんですけど、一言で言えば優しい人かな」
「優しい?随分抽象的ですのね」
「ごめんなさい。私あんまりそう言うの得意じゃなくて、何ていうのかな、部隊長は
、お母さんって言う感じじゃ無いんですけど、その人のあるがままを受け止めるって
言うんですか?一緒に居ると安心するタイプな人なんだと思います」

 母性が強いと言う事か。
 殆ど初見に等しいが、八神はやてからは、確かに母性にも似た暖かさを感じる。
 若きエリートともなれば、伺い知る事も憚られる苦労はあるだろうが、それを微塵
も表に出さないのは、彼女の人徳の為せる業なのだろう。
 はやてと話すシンの表情はいつもの通り仏頂面だが、何処か気を抜いている様子が
見て取れる。
 普段日本刀のように気を張り詰め、真剣すぎる程に日常に向き合っているシンが、
完全に気を許している。
 ティアナやスバルと向き合っている時は別ベクトルの気の抜きように、アズサは妙
に落ち着きの無さを覚えた。

「で、あの人、結局アスカさんのなんなんですの?」
「シ、じゃなくて。アスカちゃんの?」
「そう…なんですの?」
「何って言われても」

 理論や理性では無く、感じるままに思考し行動する超感覚派に分類されるスバル
に対人関係の微妙な差異を問うのは間違いのような気もするが、ティアナに聞くの
もまた間違いのような気がする。
 普段攻め手に回っている人間が、いざ守り手に回ると意外に脆弱なように、いか
に完璧超人なアズサも例に漏れる事無く、守備の下手さを露呈させていた。

「アスカちゃんは恩人って言ってましたよ」
「恩人ですの?」
「うん。八神部隊長が居なかったら、今の自分は無かったって」

 シンとそれ程の"関係"を築く八神はやてと言う女性に、アズサは興味を引かれた。
 シンは、他者と真剣に接しているようで、内情は二歩も三歩も控えた位置から接
している印象を、少なくともアズサの中では拭う事は出来ないでいる。
 ティアナは、シンを信頼しているし、スバルもシンを信頼している。
 アズサが"知る"限り、シンが、他者と同じ位置に立って接しているのはこの二人
だけだ。
 しかし、シンとはやてに感じる信頼の種類はもっと違う、長さや太さでは無く、
形の違いと言うべきか。
 シンから伸びた糸がティアナとスバルと結び付けているのならば、伸びた糸ごと
全てを包むような柔らかな感性をはやてから感じる。

「でも、アズサさん、初日に部隊長と会いませんでしたっけ?」
「そうでしたっけ?」

 そう言えば、顔合わせと打ち合わせの時に会ったかも知れないが、会わなかっ
たかも知れない。自分と関係無い事に置いては、非常にずぼらなアズサだった。

 シャナルプロダクション社屋九階は、一般客、マスコミ用に開放されたフリース
ペースになっている。
 情報処理に必要な各種端末や紙媒体のデータベースが立ち並ぶ横で、小さいが瀟
洒なレストランと喫茶店が利用客の涼を取り、小粋な雰囲気を漂わせていた。
 二十四時間経営も繁盛の証拠なのだろう。シャナルプロダクションの関係者が遅
めの食事を摂る為にまばらだが目に入ってくる。
 練習を終えたシンは、はやてに九階隅の一番小さな喫茶店に案内されていた。
 ふと、目線を窓辺に向けると、百万ドルの夜景と称されるクラナガンの絢爛豪華
な夜景が目に映る。
 とうに十時を超えている為、夜景の魅力も半減と言った所だが。地上七十メート
ルもの高所から見つめる夜景は中々の物だ。
 首都を縦断する首都高速道路には、車のヘッドライトが絶えず瞬き、首都中心部
では、六年後の竣工を目指し、先月着工したクラナガンハインケルタワーの工事現
場からは真昼のような明りが漏れ続けている。
 特に見得を張らずお気軽に済ますつもりならば、、デートコースの締めとしては
、及第点が貰えるはずだった。
「いらっしゃいませ」
意外に地味なドアを開けると、カランコロンと昔ながらの鈴が鳴り響き、一昔前
に流行したメイド衣装に身を包んだウェイトレスが深々と頭を下げなが二人を迎え
てくれた。
 情報誌で見るブリブリのフリフリのメイドではなく、イギリス貴族の邸宅で見る
事の出来るクラシックメイドタイプの衣装だ
 ヴィクトリア王朝時代から続く旧態依然とした衣装は、所謂ハウスキーパーとし
ての役目を果たす為にだけに作られ、余計な物が一切排除され機能美一式を凝縮し
た黒装束は、まさにプロの装いに相応しい。
 本来埃避けに着けられたにも拘らず、染み一つ無い真っ白いカチューシャとエプ
ロンドレスが妙に艶やかに感じられた。
 メイド、ウェイトレスに釣られるように、自分自身も思わず頭を下げそうになっ
たシンだが、微苦笑を漏らすウェイトレスが目に映り、はたと正気に引き戻される。
 シンは、一流企業ともなると、社員食堂も一流なのかと場違いな考えにかられる
が、メイド喫茶は単純に社長の趣味でそこまで高尚な理由は無かった。
 ブリブリでフリフリな衣装も女性社員の強固な反対にあい断念しただけで、星の
巡り次第では、一般人には入店するのも勇気と度胸が試される聖域になった事は間
違い無かった。

「ここ、意外に味"も"いいんよ」

 悪戯が成功した姉のようにウインク一つするはやてに、シンは苦笑しウェイトレ
スの後を歩いていく。
 二人が案内されたのは、店の奥の奥、三角コーナーを利用した三人用の席で位置
的にも内緒話をするにはもってこいと言える。

「私はパフェにするけど、アスカさんはどうする?お腹空いてるんやったら好きな
の頼んでええからね」
「いいんですか!?」

 素直に言えば、シンは昨日の晩からマトモな食事を摂っていない。
 六課隊舎に帰れば食堂は臨時休業中で夕食を食いっぱぐれ、外出禁止の文字の前
に外食の二文字も断たれてしまった。
 買い置きのカップ麺もシャナルプロダクションに出向する前夜にスバルに食い尽
くされたのを思い出し途方にくれ、結局エリオが買い込んでいたスナック菓子を恵
んで貰い飢えを凌いだものの、主食が脂菓子と炭水化物では腹持ちも雲泥の差があ
る。
 胃が食料を求めキューキューと鳴き、食べ盛り育ち盛りのシンには、まことに辛
い一夜だった。
 社屋に戻ってからも、アズサの遅れを取り戻すかのような昼食抜きのぶっ続け特
訓で、固形物を摂ったのは今朝ヴァイスから貰ったあんぱんが最後だったはずだ。

「ええよええよ。ぶっちゃけ経費で落とせる分は落とすから遠慮せんでええよ」
「なら遠慮なく…ミートスパゲティにハンバーグセットと和風ご膳とキーマカレー
。サラダは海老とカツオの創作サラダとシーザーサラダ。ミックスサンドとチキン
カツサンドも追加でお願いします。スープはコーンポタージュとミネストローネを
二人前ずつ、後、ライスは大盛りで。すいませんやっぱりイカ墨スパゲティも追加
で」
「…も、申し訳ありません、お客様、もう一度お願いできませんでしょうか」

 艶やかな黒髪を持ち、見た目麗しい"美"少女がプロレスラーも顔負けの分量を所望
する事態は、まさに悪夢と言っても差し支え無かったが、流石は接客のプロと言うべ
きか。
 顔のデッサンを大いに狂わせ、顔を青白く染め、注文を復唱したウェイトレスは泣
きそうな顔でコックにオーダーを告げ、無駄にメニューが豊富な職場に泣きそうにな
っていたが、最後まで職務を遂行する態度は、まさにメイドの鏡と言えた。
 ただのバイトで格好だけのウェイトレスだったが。

「お、お飲み物は?」
「私はアイスティー。アスカさんは?」
「アイスコーヒー」
「二人共食後にお願いします」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 最後の役目、飲み物のオーダーを取り終えると、ウェイトレスはほうほうの体で、
厨房に戻っていく。
 急に慌しく動き出したウェイトレスと厨房に目を向けながら、シンは、つくづく自
分は、はやてに餌付けされていると思ったが、今ではある意味手馴れてしまった光景
だった。
 出会った当初こそはやてに奢られる事に躊躇いを感じていたシンだが、他人の善意
を素直に受け止めるのも、また人生修行とはやてに教わったシンは、
三杯目の飯はそっと出す程度の遠慮の無さで食事をご馳走して貰う事に決めていた。
 程なくして料理がポツポツを出揃い、喫茶店で台車を使って運んでくる店員を見て
「頼み過ぎたかな」と後悔したが、給仕車の上に載る料理を見てそんな気は微塵も吹
き飛んだ。
 何分とシンの給料はお安い。
 気軽に外食を続ければ、直ぐに財布の紐に火がつき大炎上してしまう程の財政難だ。
 奢って貰わなければ、食堂以外で腹いっぱい食べられる機会等殆ど無いに等しい。 
「お先にどうぞ」とはやてに促され、シンは、満面の笑みを浮かべ料理に襲い掛かっ
た。
 元々コーディネータは、身体のコーディネートの仕方次第だが、基本的に燃費が悪
い。
 高性能な素体維持には、それなりのエネルギーが必要なのか、コーディネータには
大食いの人間が多い。
 体の体組織を遺伝子レベルで弄っても、何処かで帳尻を合わせるのが生物の本質な
のだろう。
 食は人類の基本と言うが、コーディネーターにこそ"食"は生命線に他ならない。
 高い技術力を持ちながら、地球資源に頼らざる得ない種族としての運命は、まさに
皮肉としか言えなかった。
 健康面以外目立ったコーディネートはされていないシンだが、ミッドチルダで生ま
れたリンカーコアと持って生まれた極大の体力と合わさり、一日の摂取量が大幅過ぎ
る程に増加していた。

「いただきます」
「おあがりなさい」

 シンは手を合わせるのも程ほどに、スプーンとフォークでうず高く詰まれた料理の
山を崩しにかかる。
 僅か三口でスパゲティを一気に平らげ、平然とした顔でキーマカレーへスプーンを
伸ばす。
 行儀こそ悪い物では無かったが、一言も発せず、黙々と手を動かし食事を口に運ん
でいく様子はある意味異様に映った。
 これが、男ならば笑って許されるが、少女がリスのように頬を膨らませ、口いっぱ
いにご飯を頬張る様子は、少々品が無い、いや、詐欺行為に値するだろう。
 しかし、当人の本人は、さして気にした様子は無いのか、口の中に放り込んだサラ
ダをバリバリと音を立てて咀嚼し夢中で胃に詰め込んでいる。
 厨房から顔を出した店長兼コック長は、台風のようなシンの食事風景を見つめ、呆
然としながら半ば呆然と世の無常を呪った。
 閑話休題となるが、この時から彼の中でシンの仇名は"暴娘(あばれむすめ)"とな
った。

「んふふ」

 しかし、目の前で嵐が巻き起こっていると言うのに、はやては何が楽しいのか、黙
々と食べ続けるシンを満面の笑みで見つめては、時折足をぶらぶらさせては、にへら
と相貌を崩し笑みを漏らしていた。
 ディープホエールの一件以来はやての仕事量は二乗化し、公務に忙殺される日々が
続いていた。
 わざわざ全身を赤く染めなくとも、常時お尻に火が点いた状態だ。
 予想されるレリック災害やスカリエッティの暗躍ともう一人のスカリエッティの謎。
 報告会に検討会とクラナガン中をたらい回しにされるが、建設的な意見が出る事は
本当に稀だ。

レリック関係の懸案は、検討らしい検討もされないまま、ほぼ無条件で六課に丸投
げされるのが実情で、全権を委任されていると言えば聞こえは良いが、悲しいかな聞
こえの良い貧乏くじを引かされただけに過ぎない。
 しかも、全権を委任すると言いながら、委員会と名目をつけては、頻繁に報告を義
務付けられれば、溜息の一つも出ようものだ。
 管理局の古き良き時代を踏襲するお役所仕事には、ほとほと閉口させられるが、こ
こで腐っては六課を立ち上げた意味が無くなる。
 理想と現実の狭間で揺れ動き葛藤する自分に酔えば、少しは溜飲も下がるだろうが、
一部隊を預かる責任者ともなれば、早々自分に酔って現実逃避するのも億劫になる。
 酔っている暇があれば問題に立ち向かって仕事を済ませた方が現実的であるし、そ
んな事を考える暇も無く、日々が過ぎて行くのがはやての日常だった。
 自身が社会の歯車の一部になった事を自覚しながらも、取り込まれまいと足掻くま
まならない歯がゆい気持ちをかみ締め、はやては、管理局で職務に勤しんでいる。
 特に最近はシンと殆ど会話をしていない。
 昼はなのはの教導。
 夜はティアナ、スバル、シグナムの個人訓練に勤しんでいる。
 対してはやては、朝から晩まで仕事仕事仕事漬けだ。シンとの生活時間は徹底的に
ズレ、文字通り会う暇も無かった。
 メールや電話をしようにも、上司としての自分が邪魔をし、勇気を出してメールを
送っても、当たり障りの無い内容ばかりだ。
 出来る事ならば、「今日天気良かったね」などと真顔で送信した過去の自分を張り
倒したい気分だ。
 だと言うのにだ。
 ただ、シンと食事を一緒しているだけなのに、会えないストレスは一瞬で消し飛び、
心は小春日和のような穏やかな気分で満ちている。
 はやては、「我ながら現金だな」と思いながらも、真剣に料理を頬張るシンの顔を
見ていると、だらしない、威厳が無いと思うが頬が緩むのをとめられ無かった。
 安く上がる自分を良しとするか、悪いとするか、判断に困る場面だが、それを良し
と取ったはやては、シンに視線を戻した。
 しかし、肝心のシンと言えば、色気よりも食い気、花よりも団子の方が勝っている
のだろう。
 サラダを平らげ、次なる獲物にFCSを合わせたシンが見たモノは、はやての笑み
では無く、少し溶け始めたチョコパフェだった。
 山盛りに詰まれたアイスの上に並々と注がれたホットチョコレートに匂いが食欲を
そそる。普段なら確実に倦厭するであろう、蜂蜜がたっぷりと乗り、殺人的な甘さを
備えたスコーンも、飢えたシンには光り輝く宝石のように見えている。
 だと言うのにはやては、何故かニコニコと笑いながら、パフェに口一つつけようと
しない。
 調子が悪いのかとも思ったが、時折思い出したようにほんの少しスコーンをかじる
だけで、本丸に手を出そうともしない。

(やっぱり、九時以降の甘い物は拙いんだろうか)
 
 見当違いも甚だしいが、一概にシンを責める事は出来ない。睡眠三時間前の食事は
太る元であるし、体重の増加は女性の敵だ。
 幾ら食べても太らなかったルナマリアは、その辺りの機微をシンに全く仕込まなか
った。オマケにあまり太らない体質のシンは、寝る前だろうが起きた直後だろうが、
食べたい時に食べて寝る大食漢だ。
 お陰でシンは、部屋に遊びに来たティアナとスバルにお菓子を薦めた結果、

『流石シン君!分かってるぅ!』
『アンタ、私を肥やしてどうするつもりよ』

 スバルからは賞賛とティアナからは有り難い御言葉を頂戴する羽目になった。
 恐らくはやても似たような心理状況のはずだ。
 しかし、それでは折角のパフェが勿体無いとシンは切実に思い、勇気を振り絞って、
はやてに話しかけた。

「それ、食べないんですか?」
「食べたい?」

 勿論食べたい。
 食べたくなければ、手を止めてまでパフェを見つめないだろう。
 食べたければ注文すればよい話だが、奢って貰う手前自分では言い出しにくい。
 それ以前に料理を頼み過ぎているし、これ以上は流石に申し訳ないと思う気持ちが
先に立つ。
 しかし、味付けの濃い物ばかり選んでいた性か、口の中が非常に重たい。
 完食まで、まだ道は長い。料理をしっかりと味わう為にも、この辺りで一度味をリ
セットする必要があった。
 勿論そんな事は建前で、シンの頭の中で隣の芝は青く見える法則が発動し、非常に
パフェが食べたい気分だった。

「そうかぁ。なら、アスカちゃん、あーんしてな、あーん」
「ぶ、部隊長!?」

 自分で摘み取るつもりで、スプーンまでスタンバっていたのに、シンにとってはや
ての行動は完全な不意打ちだった。

「自分で食べれますよ」
「むふふ。甘いなぁアスカちゃん。あーんせんとあげへんよ」

 照れ隠しにそっぽを向いてみるが、はやてはシンを逃がすつもりはないようだ。恐
ろしくベタな展開にシンの頬に朱が指し、耳朶が赤く染まる。

「じゃあ、いいですよ。我慢しますから」
「出来るのん、我慢?」
「あ、当たり前じゃないですか、子供じゃ無いんですから」
「ふ~ん、なら、わたしが食べるな」

 アイスが口に入る直前で、はやての手がターンし、無常ににも白い宝石がシンの口
から遠ざかっていく。
 そんな中で「あっ」等と不満の声を上げてしまえば、益々相手の思う壺だ。
 はやてのアイスを口に運ぶ手がとまり、悪戯が成功した笑みを見て、シンは己の失
策を自覚した。

「…いただきます」
「あーんや、アスカちゃん」
「…あ…-ん」

 そこまでして欲しいのかと問われれば、答えは勿論、返答に困る。
 ここまでくれば意地の張り合い、引くに引けない袋小路に迷いこんだ気分だ。
 食い意地の突っ張った結果の惨状と言えば、些か御幣があるだろうか。
 目を瞑り、ええいままよとフォークに齧り付く。
 勢い余ってガチリとフォークを噛みこみ、金属を噛んだ独特の感触が背筋を走り
抜ける。
 シンは、悪寒を感じる背中とは別に、口腔の中に広がる甘い味に思わず感嘆の声
を漏らした。
 シンにとってアイスとは、コンビニ全般で売っているラクトアイス、所謂氷の砂
糖漬けが基本だったが、牛乳から手作りした正真正銘のアイスの味は、シンに重度
のカルチャーショックを与えていた。
 アイスと言えば冷たいだけの甘い砂糖菓子と思っていただけに、先刻感じた味は
衝撃だった。
 スバルがはまる訳だと内心得心しながら、シンは、はやてから指し出されるパフ
ェを夢中で頬張った。
 
「もう、無いよ。おしまいや、アスカちゃん」
「…ご馳走様です」
 
 まだまだ食べたり無いのか、シンは、やや残念そうな顔で、自身の料理に手を戻
した。
 本当はかなり恥ずかしい事に手を染めているのだが、食欲に呪われたシンにその
自覚は無く、犬かリスのように口を動かし続ける。
 フォークとスプーンが食器をカチャカチャと鳴らし、作法としては落第点だ。
 しかし、美味しそうに料理を口にかきこむシンを見ていれば、細かい事で目くじ
らを立てるのが無粋に思えてしまう。
 無限の広がりを見せたシンの胃袋も人間である限りいつか終焉を迎える。
 腹八分目を通り越し、食欲の遥か彼方の頂を制したシンの胃袋は、主に限界を訴
え、もうこれ以上食べられないと主張している。
 テーブルの上でには、山のような食器が立ち並び、どう考えても十人前の分量は
ある。
 兵どもの夢の跡。
 綺麗に食べつくされたテーブルの上は、食材が死屍累々と言った有様で、姿形だ
けは可憐な少女が食べ歩きった後にはとても思えなかった。
 喫茶店のメニューと言えど、十人前にもなればそれなりのお値段になる。
 普通ここまで豪快に奢らされれば、頬を引き攣らせ、恨み言の一つで言ってもバ
チは当らない。
 しかし、はやては慣れているのか、シンの口の端についたミートソースをナプキ
ンで拭いながら、相変わらず細い体をして良く食べると忍び笑いを漏らした。

「お、お客様…お飲み物でございます」

 見計らったように食後の飲み物を持ってきたウェイトレスから、飲み物を受け取
り、暫し胃を休める。
 恐らく調理速度が生涯最速であっただろう店長兼コック長は、疲れ切った表情で
閉店では無く、完売の札を入り口にかけてしまっている。

「今日はご馳走様でした、部隊長」
「はい。お粗末様でした」
「何か、こうして話すの久しぶりやね」
「そう、、、ですね」

互いに微笑みあい苦笑する。
 はやてと二人っきりで話した記憶が随分と昔に感じる。 
 魔法の手解きを受けていた時は、寝る時間以外ははやてと常に一緒に居たが、
六課が正式に始動してからは、訓練、業務、雑務と中々はやてと顔を合わせる機
会に恵まれなかった。

「ほんまよ。アスカさん。訓練中はティアとスバル、後の個人訓練は後はシグナ
ムに取られてもうて。話す機会も無かったし、私寂しかったんやからね」
「ん?何か言いました」
「ん?アスカさんが、相手してくれなくて寂しいなって言うたんよ」
「か、からかわないで下さいよ」
「んふふ。ほんまやのに」

 空色の瞳が僅かに潤い、シンははやての瞳に吸い込まれそうになる。
 はやてから漂ってくる香りは、ティアナやスバルのようなミルクの香りでは無く
、香水が放つ大人の色香にシンの頭をクラクラさせた。
 六課内では、いつも自然体、悪く言えばだらしなさの残るはやてだが、流石に外
では視線に気を使うのか、いかにもキャリアウーマンと言った様子で行動している。
 そうなれば、無骨でファッション性の欠片も無い六課の制服だが、外で見ると一
段と目新しく映り妙な感慨すら覚える。
 薄らとひいた口紅といつもよりも高いヒール姿と合い間って妙に艶っぽい。 

「でも、これアスカさんほんまに綺麗やなぁ。女の私が嫉妬するぐらい」
「何枚持ってるんですか…それ」

 シンは、眉を潜め、写真に手を伸ばすが、本当にこれが最後なのか、はやてはシ
ンの追撃を巧みに避け、写真を制服の胸ポケットに仕舞い込む。
 そんな場所に写真を仕舞い込まれれば、男のシンに手を出せるわけも無く、ぐぅ
の音も出ないままに、シンは渋々ながら手を引っ込めた。
 むしろ、勢い任せにこのまま胸ポケットに突撃する案も浮かんだが、シン自身の
手により一瞬で闇に葬った。
 
「男が綺麗って言われても嬉しく無いです。少なくとも俺は」
「しっ…あかんやろ、アスカさん。今、アスカさんは、アスカちゃんやねんから
可愛い女の子が"俺"何ていったら、絶対あかん」

 シンは、せめての抵抗とばかりに誤魔化すように不貞腐れ視線を外へ背けるが、
途中、はやてに人差し指で唇に当てられ、動きをやんわりと止められる。
 負けたように視線をゆっくりと戻せば、シンの瞳に微笑を浮かべるはやてが映り
こみ、気恥ずかしくなったシンは、照れを隠すように珈琲を無理矢理喉に押し込ん
だ。
 コクのある苦味が口腔に広がり、芳醇な香りが鼻腔を擽る。
 豆からひいた喫茶店の珈琲は六課御用達のインスタントと比べると苦味も段違い
に強い。
 シンは、あまりの苦味に顔を顰め、やはり、格好つけずにミルクを頼むべきだっ
た後悔するが時既に遅く、顔を顰めた様子をはやてにバッチリと見られ、恥ずかし
さから余計に顔が熱くなった。

「苦かった?」
「……問題無いです」

 今更ミルクを入れるのもバツが悪く、そのまま飲もうかとグラスを手に取るも、
飲むのも憚れるような濃い苦味に、シンは眉を潜め手を止めてしまう。

「無理せんでいいのに。うん、紅茶は甘くて美味しいな」

 見せ付けるように、紅茶を一口を飲むはやてと見て、シンは、かなわないと苦笑
し、対抗するのも馬鹿らしいと体の力を抜いた。
 考えて見れば、シンがはやてに勝った事など一度も無く、これからも勝てる日が
訪れるのか疑問だが、ただ心地良く流れる時間に身を委ねるべく、苦い珈琲を一気
に喉の奥に流し込んだ。

「むふふ。でな、さっきのわたしちょっとドキっとした?」
「……しました」

シンは、苦味に顔を顰めながらもここで誤魔化せば、もっとドキドキさせられる
と直感した、心臓が爆発する直前で予防線をはる事を試みる。
 しかし、はやてには、シンの浅知恵など全てお見通しだったのか、悪戯好きな猫
のような笑みを浮かべ、追撃の手を緩めず加えて来た。

「お姉さんっぽかった?」

 お姉さんと言えばお姉さんだが、今のはやては、家族としてのお姉さんと言うよ
り、血の繋がらぬ年上の女性の意味合いが色濃い。

(こう言うところ…意地悪なんだよな部隊長って)

 だからと言ってはやてに悪い感情を感じるわけでもなく、シンは、からかわれて
いると自覚しているが、胸の内から溢れるくすぐったさの正体は一体なんなのか。
 自惚れてかまわないのだろうかと自問するが、答えが出るわけも無く、はやてに
直接聞く勇気も持てない。
 
(なんか…悔しいんだけど)

 シンの主観だが、こちらだけ心臓をバクバク言わさ続けるのは、男の沽券に関わ
る気がした。 
ドギマギしながらも、何とか反撃の狼煙を上げようと画策するシンの脳裏に天恵と
言うべき妙案がよぎった。

「っぽっかったです…でも、本当のお姉さんは、自分がお姉さんっぽなんて聞き返
しません」
「でも、寂しかったのは、ほんまよ」

 してやったり、一本取ったとばかり破顔したシンを待っていたのは、戦艦の特装
砲に匹敵するはやての返し手だった。

「いや、その、うぇ」

 寂しかった。
 艶っぽい口調ではやての口から漏れた言葉は、電撃に似た甘い痺れが脳を焼き尽くし、
シンの思考回路は完全に途絶した。
 印荷電圧の限界を余裕でぶっちぎり、脳内回路を甘い言葉で蹂躙されたシンは、顔を
熟れた林檎のように真赤に染め上げ、比喩では無く、頭から煙を出しかねない勢いでテ
ーブルへと轟沈した。

「むふふ」

 はやてが何が楽しいのか、うろたえるシンを見つめ、本当に嬉しそうに笑っている。
はやての笑い声で、海辺で抱きしめられた感触が蘇り、シンは耳朶を急激に赤く染める。
 シンを包む手も、耳に届く涙声も、豊かな胸の感触も、シンの存在全てを優しく包ん
でくれる感触は、例え記憶の中の出来事とは言え、シンの心底をくすぐり甘酸っぱい思
いが胸に染みる。

「部隊長…もう、勘弁して下さい」

 ただでさせ頭も体も茹で上がり心臓が爆発寸前なのだ。これ以上ドキマギさせられれ
ば、あらゆる意味で命の危機に関わると、シンはテーブルの上に突っ伏したまま白旗と
上げた。

「うん…なら、ここからは"ちょっと"真面目な話な」

 チャシャ猫のような微笑みを浮かべる中で、急に真面目な表情に戻ったはやてにシ
ンは思わず息を飲んだ。