SCA-Seed_19◆rz6mtVgNCI 氏_第12話

Last-modified: 2008-10-19 (日) 08:10:38

12、騎士と兵士

 
 

「おまえらっ!! こんな所で仕掛けるかっ!!」

 

 インフィニット・ジャスティスのコックピット内で、市街地上空だというのに所構わず仕掛けてきたテロリストに対してアスラン・ザラは悪態をついた。
 ザラ派から発生した過激派のテロリストグループ“天空の雷”に流出した兵器の情報がアスランの元に届いたのはその日の早朝の事であった。
 そのターミナルからもたらされた情報はアスランを驚愕させ、単独での出撃を決意させるのには十分すぎるほどの脅威であった。

 

 “流出したと兵器は、重力下での使用目的に開発された攻撃用ニュートロンスタンピーダー”

 

 元々はデュランダル議長の時代に実戦投入されたニュートロンスタンピーダーは、核弾頭を強制起爆させるプラント防衛用の兵器であった。

 

 その後の研究で立案された攻撃用ニュートロンスタンピーダー“ゲイ・ボルク”ではあるが、諸問題により凍結、破棄されたはずであった。
 しかし、極秘裏に“ゲイ・ボルク”は建造されていた。詳しい開発過程やデータは消去されていて不明、コレが“議長の遺産”を指すかも不明ではあるが、ターミナルの調査では数日以内に使用可能となるとの事だった。

 

 そうなれば最後、インフィニットジャスティスやストライクフリーダムでも容易に近づけなくなる。
 まして、夜には“天空の雷”に対しての掃討作戦が開始される。

 

 サイ・アーガイルがコレを狙っていたのかどうかは判らないが(アスラン自身は、狙っているだろうと確信しているが)、どの道コレを連合にもブルーコスモスにも渡すわけには行かないのだ。
 この装備が使用されれば地上は地獄に、連合の手に渡れば再び戦火が燃え広がりかねない。
 ムルタ・アズラエルの核ミサイルのように、ロード・ジブリールのレクイエムにように、第三の火種としてサイ・アーガイルにニュートロンスタンピーダーでプラントを焼かせるわけには行かない。 

 

「くそっ、邪魔をするなっ!」

 

 アスランは叫びながらも、前方で地上への流れ弾も気にせず弾幕をはるバビに一気に近づくとビームサーベルで胴を切り裂く。
 コックピットを失い落下するバビをアスランは町の郊外に落下するように蹴り飛ばそうとし……、そこに背後から近づいてきた別の機体が腕に搭載された4連装ビームガンを放つ。
 しかしアスランはそれに直前で気が付き、宙返りをして回避。そのまま上下逆さまの状態でビームライフルを放つ。
 不自然な体勢からの射撃は流石にかわされたが、相手のグフイグナイテッドも回避に大きくバランスを崩した。

 

「そこだっ!!」

 

 アスランはそう叫ぶと一気にインフィニットジャスティスのブースターを噴かす。
 格闘専用にチューンされたインフィニットジャスティスは殺人的なGを操縦者に課す。だがアスランはそのGをものともせずに精密な操作を行う。
 瞬時にグフイグナイテッドの懐に飛び込んだインフィニットジャスティスは手足に装備されたビームサーベルを一閃し、グフの四肢と推進器を粉々に打ち砕いた。
 市街はひどい様子であった。
 着弾した流れ弾があちらこちらで爆発し、その爆炎で火災が発生していた。
 消火活動をしようにも、戦闘の余波と落下するMSの破片で近寄る事も出来ない。かろうじて避難誘導をしようとした勇敢な警察官が戦闘エリアの下にやってきたようだが、無残にも破壊されたパトカーが彼らの末路を想像させた。

 

 無論、こんな状況でも元気な連中もいる。人気が消えた町で、店員が逃げ出した商店で、略奪に励む輩はどこにでもいるものだ。
 中には何を勘違いしたのかシンやシッポに襲い掛かってくる奴もいたが、丁重にお引き取りしていただいた。
 いかにシンでも、連中まで助けの手を伸ばすほどお人好しではない。
 もっともそんな連中が現れるのも比較的安全な場所までで、MSの姿が見えるに従い人の影など見なくなった。

 
 

「まったく、本当に遠慮無しだな・・・」

 

 シンは手前で懸命に写真を取るシッポから視線を逸らさないようにしながらも、視界の隅で戦闘を止めないジャスティスとテロリストのMSを忌々しげに見つめていた。
 少し離れた場所では、ビルを盾にしながら空中のジャスティスと撃ち合いをするザク・ウォーリアの姿があった。
 まったく持って忌々しい事に、空中で好き放題暴れているジャスティスをはじめとしたMSもザフト製なら、街の被害などお構い無しに暴れているMSもザフト製だ。シンには、大切な戦友が汚された気分だ。
 そんなシンに、シッポは写真を撮りながら話しかける。

 

「騎士団やテロリストが遠慮したなんて話は聞かないっすよ」
「まぁ、確かにな」

 

 一般的には同組織と思われがちなザフトと騎士団ではあるが、実のところ地上のナチュラルだけでなくザフトの一般兵にも評判が悪い。
 ラクス・クラインはともかく、何かというと口を挟み絶対正義を自称する彼らは、頻繁に一般兵とトラブルを起こしていた。
 騎士団トップでありザフトの軍事部門トップでもあったキラ・ヤマトと個人的に親しいとされていたシンやルナマリアはよく苦情の窓口にされたものだ。実際は親しくも何とも無い、会議の際に赤服として何度か同席させられただけだとと言うにのに・・・・・・。

 

「あの連中・・・というか、空にいるのはアスラン・ザラのインフィニット・ジャスティスだ」
「騎士団の副指令ですか? 国際問題にならないんですか?」
「さあな、正義のためなら・・・戦ってもいいんだろう。
 もっとも、大西洋連邦とは話がついているのかもしれないけどな」

 

 大西洋もアスハと変わらないと言う事かと、シンは口の中だけで付け加える。
 シンの呟きは、最近シンが知り合った連合軍人が聞けば激昂するだろう。いくらなんでも一緒にするなと……。あの疫病神の知り合いだろうくらいは言うかもしれない。
 もっとも、事情を知らないシッポはシンの言葉に思わずうなずく。

 

「ありそうな話しっすね。と、移動するっす」
「・・・・・・って、おい、ちょっとまて、そっちは!」

 

 シンの静止もきかず、シッポは小走りに駆け出す。
 考え事をしていたシンは、ほんのわずかだけ出だしが遅れた。それが運命の分かれ道であった。

 

「へ?」

 

 瓦礫の影から道に飛び出したシッポが、不意に固まる。
 シッポの視線の先、何時の間にか近くまで来ていたザク・ウォーリアがいた。もっとも、それだけならシッポも固まらなかったであろう。
 その赤いカメラアイがこちらを見ていたのだ。

 

「ばかっ! 立ち止まるなっ!」

 

 シンは思わず叫ぶと同時に駆け出す。
 戦場で兵士がどういう反応をするかシンはよく熟知していた。
 足元の乱入者にいらつき、行きがけの駄賃とばかりに襲い掛かってくる。

 

 そのシンの予想は正しかった。

 

 相手の技量が未熟だったのか狙いが甘く動きも遅かったのが幸いした。
 なんとかシンはシッポを抱きかかえると、慌ててビルの影に飛び込む。
 直後、アスファルトの道路にビームが着弾し、爆発を起こす。先ほどまで道路だった場所は無残にもえぐれていた。
 爆発に飛ばされながらも、シンは体制を立て直す。幸い大きな怪我は無い。

 

「あ、ありがとう・・・・・・」
「礼なんて後回しだ! 逃げるぞ!」

 

 シンは呆然としているシッポを怒鳴りつける。
 態々MSで追っては来ないだろうが、再び見つかれば今度こそ命は無い。
 しかし、その予想は少々甘かった。
 シンが考えていた以上にそのテロリストは精神を病んでいた。無意味に、無駄に、偶然迷い込んだ鼠を始末するべく迫ってきた。

 

「あああっ!」
「くそっ!」

 

 シッポの悲鳴に、シンが振り向く。
 いつの間にか近寄って来ていたザク・ウォーリアのカメラアイが、こちらを覗き込んでいた。
『ひゃはははは! 間抜けなナチュラルが戦場でデートかよ!』
 外部スピーカーから耳障りな男の声が聞こえてくる。
 ザク・ウォーリアの右腕が上がり、銃口がこちらを向く。
 せめてこの少女だけはっ! シンが無駄な抵抗とわかっていながらも、少女をその身体でかばおうとする。

 

『死にやがれ、下等なナチュラルがよっ!!』

 

 シンの耳に、重い金属音が響く。
 最初は重突撃銃の発射音かと思った。しかし、それなら何故自分は生きている? 旧式と言えども重突撃銃の前には人の体など紙くず同然のはず。 
 それに耳に響くシャッターを切る音は?

 

「あああっ!!」

 

 少女の声が聞こえる。それは先ほどの恐怖の悲鳴ではなく、九死に一生を得た歓喜の声だった。
 その声に、シンも後ろを振り向く。

 

 そこは何も無いはずの空間だった。
 しかし、その何も無いはずの空間から一条の光の束か生まれていた。
 光の束はザク・ウォーリアの腹部、ちょうどコックピットのある辺りを貫き、焼き払っていた。

 

「そ、そんな・・・・・・」

 

 シンが呆然と呟く。
 その呟きに反応した訳ではないだろうが、何も無かったはずの空間が少しずつ溶けだし、その下から徐々に濃い青と白の鋼の巨人が姿を出現させる。
 その姿はシンは戦中に何度も見た姿であった。
 幾度と無く戦い、叩き落した、連合の主力MSウィンダムだ。
 今までは塵芥にしか見てなかったその機体は、今は誇らしい勇姿を見せていた。

 

 シンは知らぬ事ではあったが、このステルスストライカー対応ウィンダムは、本来なら深夜に行われるテロリストの掃討作戦に投入される予定であった。
 もっとも、空中で暴れる特別捜査官のおかげで作戦どころではなくなり、急遽都市の防衛と避難誘導に回された。
 そこで偶然MSに襲われている民間人を発見したのであった。

 

『そこの民間人、大丈夫か?』

 

 膝立ちになったウィンダムの外部スピーカーより、柔らかい女性の声が聞こえる。

 

「お、女の人ですか?」
「別に珍しくないだろう」

 

 驚くシッポを他所に、シンはウィンダムに対する警戒を緩めない。
 元ザフト兵というのもあるが、街をいきなり戦場にした軍隊などどう信用しろと言うのだ?

 

 一方、妙に警戒をしている少年少女を相手に、ウィンダムのパイロットは溜息を一つついた。
 こんな状況だ、警戒するのは無理もない。
 BTW以降特に軍への風当たりは強い。まして突然都市が戦場になったのだ。
 空の疫病神の責任だと言っても、関係無い彼らに理解しろというのが無茶なのだろう。
 とは言え、此処でノンビリしている訳にも行かない。自分の仕事は民間人の救助だ。
 パイロットは周囲の敵がこちらに向かっていない事を確認すると、シートを操作しハッチを開く。
 元々ステルスストライカー対応型ウィンダムはミラージュコロイドを固着できるように改造された機体だ。要人警護に利用される事も多く、コックピットには折畳式のサブシートが備え付けられていた。
 比較的小柄な少年と少女が2人なら十二分に乗れる。

 

「お前たち、怪我は無いか!? 今からそちらに行くからな」

 

 そう言うとパイロットはヘルメットを脱ぎ腰のフックにかける。本来は危険な行為なのだが仕方が無い。あの威圧的なヘルメットは民間人に必要以上の警戒心を与える。
 それに、自分の素顔はよほど心の捻くれた人間でない限り警戒を解くだろう事を彼女は知っていた。

 

「えええっ? 女の子?」

 

 遮光バイザーの下から現れた自分と同じどころか明らかに年下の少女の顔に、シッポは驚きの声を上げる。
 年の頃はどう見ても14~5歳。やや目つきこそ鋭いものの、銀色の髪の背の低い可愛らしい少女であった。

 

「怪我は無いか、民間人」

 

 一方、そんなシッポの様子などお構い無しに、少女は無遠慮にシンとシッポを視線だけで検分する。そして、目立った外傷が無い事に安堵の溜息をつく。

 

「私は大西洋連邦軍第17MS独立部隊所属のルーシェ准尉だ。現在この地域の民間人の避難誘導にあたっている」
「……ルーシェ?」

 

 シンは少女の名前に微妙に引っかかるものを感じながらも、とりあえずその疑問を脳の隅に放り投げた。

 

「あんた連合軍なのか!? 何だっていきなりこんな街中で戦争なんてはじめてるんだ!?」
「すまないが、私には君たちにそれを答える資格が無い」
「なっ・・・! いや、すまない。了解した」
「いや、こちらこそ申し訳ない」

 

 シンの疑問に准尉は冷たく返す。
 この疑問が来るのは判っていた事だ。もっとも、それを答える資格を彼女は有していなかった。
 一瞬シンの頭に血が上りかけるが、すぐに意志の力でそれを押さえつける。この女性も軍人なら、上からの命令なのだろう。
 一方、軍人にはとても見えない年頃の少女と普通に会話をするシンに、シッポは半ば悲鳴じみた声を上げる。

 

「シ、シンは何で普通に会話をしているんですかっ! ちょ、ちょっと軍人っていくつなんですか?」

 

 その声に、またかとばかりに准尉は答える。人前に出ると大概この質問を受けるのだ。

 

「法的には15歳と2ヶ月だ」
「俺よりも年下かよ。てっきり連合軍は若作りばかりかと思った」

 

 准尉は一瞬だけ尊敬するエースパイロットに迷惑をかけまくる人格が捻じ曲がりきった異常なほどの若作りの上司を思い浮かべたが、まさか知り合いということは無いだろうと苦笑いを浮かべるに留める。

 

「ちょ、ちょっと。だからシンは何で普通に話しているんですかっ! そんな年齢で軍人なんて良いんですかっ!」
「すまないが、プライベートな事情だ。っと、すまないがお喋りをしている暇は無い、君たちを安全な所まで運ぶのでMSに乗ってくれ」
「ああ、わかった。すまない、感謝する」
「仕事だ。どうしてもというなら後で感謝状でも書いてくれ」
「ちょっと、シ・・・モガッ!」

 

 准尉の指示にシンは素直に頷くと、横で何かを言おうとしたシッポの口をふさぎ強制的に黙らせる。

 

「悪いがシッポ、取材は終わりだ。連合軍が来た以上は此処は激戦区になる。大した装備無しじゃ、素人のお前が残るのは死ぬのと同義語だ」 

 

 少女の覚悟に水を指したくはないが、状況が悪すぎる。
 元軍人とは言え自分はMSのパイロットで歩兵ではない。正直これ以上シッポの安全を守るのは不可能だろうとシンは考えた。
 そんなシンの考えがわかったのだろう、シッポは半分涙目になりながらもシンの腕の中で頷く。

 

「? 何をしている? 悪いがこちらに来てくれ、女性からだ」

 

 そんな二人の様子を気にすることも無く、准尉は避難誘導を促す。

 

 准尉の判断は間違っていなかった。
 周囲の見える場所に敵影は無く、ここは死角になっており二人を乗せる程度の時間はあったであろう。
 しかし、極めて運が無かった。あるいは運が無い者がこの場にいた。
 まさか空の流れ弾がすぐ近くのビルに着弾するなど誰が想像できたであろうか。
 まして破片がウィンダムに当たりウインダムが転ぶなどと誰にも予測不可能であっただろう。

 

「あ、あぶないっ!」
「え?」
「きゃああああああああ!!」

 

 シンが叫び、准尉が驚きの声を上げ、シッポが悲鳴を上げる。
 巨人の倒れる轟音が、周囲に響いた。
 ほんの僅かだけ気を失っていたと、シンは周囲の状況を見てそう判断した。

 

 あの転ぶウィンダムに押しつぶされなかったのは僥倖であった。
 さらに、シッポと准尉。二人の少女も巻き込まれないように庇えたのは自分にはできすぎだろう。
 右腕の中にシッポが、左腕の中に准尉が意識を失っている。
 なんとなく不名誉なあだ名が増えそうな状況だが、気にしている場合ではない。打身か何かで痛むものの自分も少女達も大きな怪我が無い事を確認すると、シンは立ち上がり周囲の状況を見回す。

 

 まず視界に入るのが転倒したウィンダムだ。
 幸いハッチは下向きにならなかったようだ。ザフト時代に連合系のMS操縦のレクチャーも受けてはいるが、勝手に乗るのは色々とまずいだろう。元ザフトだということであらぬ疑いがかけられかねないし、機密だなんだで拘束されるのはご免被りたい。
 さらに、視界の隅で先ほどのザク・ウォーリアが瓦礫の下敷きになっているが、アレはもう使えない。瓦礫に埋まった衝撃で駆動系にガタがきているだろうし、コックピットが焼き払われているはずだ。
 さらにその先、ビルの谷間に見えるトサカのようなパーツは……。

 

 その瞬間、ソレが何かを思い出すより先にシンの身体は動き出していた。

 

 両腕に二人の少女を抱えたまま一気にウィンダムのコックピットに飛び込むと、サブシートに二人を乱暴に投げ込む。
 自身はパイロットシートに座る間もなくVPS装甲の展開、立ち上がるより先にコックピットハッチの閉鎖を操作する。

 

 兵士としての直感にしたがったシンの行動は、結果として彼等の命を救った。

 

 VPS装甲の展開とほぼ同じタイミングで、ウィンダムに大きな衝撃が連続で叩き込まれる。その衝撃にシンはシートから放り出されそうになるが両手両足を踏ん張って何とか耐える。
 コックピットハッチが閉まると同時に周囲のモニターが回復し、ビルの間から重突撃銃を構えたジンの姿が映し出された。

 

「くそぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 ジンの重突撃銃より、再び火線が伸びる。
 だが、ソレが着弾するよりもはやく、シンはウィンダムのスラスターを噴射させ強引に立ち上がる。いかにVPS装甲だからといって、早々喰らって良い訳ではない。
 だが、その急激勝無茶な操縦は、先ほどの着弾時以上にコックピット内を揺さぶった。シン自身も操縦桿から離れそうな手を、必死にこらえる。
 操縦不能になれば、なぶり殺しにされて終わりだ。

 

「きゃあああっ!」
「ひゃあああっ!」

 

 一方意識を失い適当に放り投げられていただけの少女達が、サブシートから投げ出される。それぞれが狭いコックピット内のあちこちにぶつかり悲鳴を上げるが、流石のシンもそんな事には構っていられない。
 そう、構っていられないのだ。

 

 たとえ、なぜかシンの鼻の先に青と白のストライブの布きれに包まれた形の良いナニカがあろうとも、背中に小柄な姿からは予想外の大きな丸い二つのナニカの感触を感じようとも、かまってなど要られないのだ。腕がなにか柔らかい太ももが絡んできていても無視だ。

 

「ちょ、ちょっとシン! 息が!」
「きゃ、お、重い。あっ、そこはっ!」

 

 何か悲鳴が聞こえてくるがかまってなど要られない。色々とまずい体勢のような気がするが、そんなのは後回しだ。
 ジンはこちらが反撃してこないのを見ると、重突撃銃をオートにして打ち込んできたのだ。
 初期型ウィンダムのVPS装甲には欠陥があるという。この機体がどうだかはわからないが、当たるわけにはいかない。
 シンはスラスターの出力に任せて強引に射線から逃れるべく動き回る。
 コックピットの中はさらに上下左右に揺さぶられる。さらに口では言いにくいような体勢になった少女達の悲鳴が響くが、シンはそれ所ではないと無視を決め込む。

 

「このぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 シンは動きづらい体勢にも関わらず、器用に操縦桿を倒した。
 ウィンダムの背面に備え付けられたスラスターが一気に火を噴く。
 倒れていたウィンダムに砲火を浴びせたジンのパイロットは困惑していた。
 ウィンダムのVPS装甲に欠陥があるのは有名な話しだ。重突撃銃で十分対応できるし、実際今までも何度か重突撃銃で装甲を貫き撃墜した事がある。
 まして瓦礫に半ば埋れて倒れているヘボウィンダムにとどめを刺すのは容易なはずであった。

 

 しかし、どうであろう。

 

 1回目の砲撃はVPS装甲のに防がれた。これはまあ良い。どうせあと2~3回叩き込めば動作不良を起こしぶち抜けるはずだ。
 しかし2回目。MSの強靭なバネとスラスター出力で強引に立ち上がり砲撃を回避してしまう。
 簡単そうな動作に見えるが、ヤキンを生き抜いたパイロットである彼にはあの動作がどれだけ難しいかがわかってしまった。
 弾丸をかわす動作、起き上がる動作、スラスターの噴射タイミング。それをすべて一度で、しかもそれぞれのバランスを取りながら瞬時に行わなければならないのだ。
 ナチュラルのパイロットに……いや、コーディネーターのパイロットだってそう簡単にできることではない。
 さらに数発、オートで撃ち込むが、それもウィンダムは安々と回避してしまう。
 それどころかウィンダムはかわしながらも突撃をしてくるではないか!?

 

「こ、このナチュラル風情がぁ!!」

 

 ジンのパイロットは半ば恐怖とプレッシャーに押しつぶされながら絶叫し、重突撃銃の引き金を引こうとする。
 しかし、この瞬間パイロットは信じられない光景を見る。
 目の前に接近してきたはずのウィンダムの姿が突然掻き消えたのだ。

 

「ばっ、ばかなっ!!」

 

 パイロットは目を剥き出しにして叫ぶ。
 この時彼が冷静であれば、ミラージュコロイドの撹乱効果で電子機器をごまかし、すばやい動作で視界の端に一気に動いただけと気がつけたかもしれない。
 しかし、相手の圧倒的な操縦技術の前に冷静さを欠いていた。
 それが生死を分けるラインであった。その無駄な行動の刹那に間合いを詰めてきたウィンダムがその腕を一閃する。
 腕に握られたビームサーベルが、ジンの胴体を紙のように容易に切り裂いた。
 パイロットが最後に見た光景は、コックピットを切り裂く圧倒的な光の束であった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

 

 シンが肩で荒い息をする。
 久方ぶりのMSでの実戦に、必要以上に緊張していたのだろう。咄嗟にミラージュコロイドを展開できた所を見ると、どうやら身体は戦い方を覚えていたらしい。
 だが、戦いに対する高揚よりも、今まで感じなかったいらつきがシンの心を支配する。

 

「なんで、なんでお前等はこんな場所で戦えるんだよ……」

 

 破壊された町並みが、地面に転がる焼け焦げたぬいぐるみが、シンの目に映る。
 そのシンの小さな呟きは、魂の悲鳴だったのかもしれない。

 

 しかし……。

 

「シン! な、な、なに鼻息荒くして興奮しているんですかっ!?」
「不潔だな」

 

 揉みくちゃになり、色々とやばい体勢の少女達には不評だったようだ。