SCA-Seed_19◆rz6mtVgNCI 氏_第6話

Last-modified: 2008-08-01 (金) 15:20:32

6、探す者達

 
 

 シンがジェス・リブルの事を覚えていたのは単なる偶然に過ぎない。
 彼が2年前、新型機であったインパルスの取材に来た時は気にも止めていなかった。
 もっともその記者が何故だかMSを乗り回していたり、デブリに閉じ込められるなどといった事故を起こしたあげく、高出力砲をぶっぱなすなどという派手な脱出劇を演じてみせれば忘れようと思っても忘れれない。
 あの時は自分も無断で救出の手伝いをして、3ヶ月の減給処分になったのも忘れなかった原因の一つだろう。
 その後ザフトを辞め各地を彷徨っていた時に再会して何度か騒ぎに巻き込まれたのだが、それはまた別の話しだ。

 

 翌日、シンの姿はある喫茶店の片隅にあった。
 元々ジェスとの縁で取材を受ける気ではあったが、昨夜の電話で聞き捨てならない言葉があった為に早めに約束の場所にやってきたのだ。

 

「議長の遺産か……」

 

 シンの誰にも聞こえないほどの小さな呟きが静寂に溶けて消える。
 少なくとも、シンはそのような物が有るなどと言う話は昨日まで聞いた事が無い。無論、あの若さでプラント議長まで上り詰めた人だ、それなりの資産はあったはずだが……。

 

「相続人はレイかな?」

 

 月で行方不明となった戦友の顔を思い出す。仮に資産が残っていたとすれば相続するのは家族同然──息子なのか弟なのかは微妙な年齢差だが──だったレイになる。しかし、そんな彼も月で逝ってしまった以上はどうなるのか……。
 もっとも、そんな一般的なものをわざわざ“議長の遺産”などと仰々しくは呼ばないだろう。

 

「あの人の研究成果か……、それとも兵器か……」

 

 シンの口から物騒な想像が漏れる。

 

「まさかな……」

 

 しかし、次の瞬間には苦笑混じりの呟きに否定される。
 研究成果はそれこそラクス・クラインの否定したデスティニープランだし、秘密兵器に至ってはシンが個人的に知っているデュランダル前議長とは程遠い。ラクス・クラインじゃあるまいし、独自に極秘でMSを開発する意味が無い。
 まぁ、今考えても仕方ないだろう。もうしばらくすればもう少し詳しい事がわかるのだ。
 シンはそう考えると、先ほどから手付かずだった合成物のコーヒーを口に含んだ。そのコーヒーは泥のような味でとても不味かった。

 
 

 奥の席に居座ったシンを店の主人がいい加減追い出そうかと考えはじめた頃(もっとも、シンが早く来すぎただけなのだが)になって、ガラガラだった喫茶店の扉が開く。
 入ってきたのは3人。そのうち二人はシンの顔見知りだった。
 黒髪にメッシュの青年はジェス・リブル、スーツを着ているのがカイト・マディガン。野次馬バカとその相棒、一部では非常に有名なフォト・ジャーナリストとその護衛のコンビだ。
 そしてもう一人、こちらは初見の女性だった。
 年の頃はシンと同じぐらいか、金色の髪をポニーテイルにまとめ、大きな眼鏡をかけている。ジェスとよく似た、動きやすそうな服装をしている。
 恐らくは彼女が昨晩ジェスから電話をもぎ取った女性だろう。シンは僅かに緊張をした。

 

「シン、久しぶりだな。来なかったから心配していたんだぜ」

 

 笑顔で声をかけてくるジェスに、シンは苦笑い半分で答える。

 

「悪い、昨日まで動けなかったんだ」
「おいおい、穏やかじゃないな。何があったんだ?」

 

 軽口を叩きながらも心配そうな様子なのはカイトだ。とはいえ理由を聞けば絶対に腹を抱えて大笑いするだろう。軽薄な見かけによらず義理人情に厚い男だが、同時に容赦の無い男でもあるのだ。

 

「いや、もう大丈夫だ。それよりも……」
「お、おい」
「それよりも、俺に聞きたい事があるんだろう」

 

 シンは語尾を強め強引に話題を変える。とは言え、昨日まで動けなかったなどと聞いて、そうですかと引き下がるほどカイトも冷たくは無い。

 

「ほんとうに大丈夫なんだ……あべしっ!」

 

 とはいえ、心配の声は途中でかき消される……というよりも、押し倒される。
 それまで黙って聞いていた金髪の少女が、カイトを押しのけたのだ。哀れカイトはテーブルの角と熱烈なキスをする事になる。
 一方、金髪の少女はシンの目の前に立つと、キラキラと輝く目でシンを見つめた。

 

「あの、貴方がシン・アスカさんですね」
「え、えっと君は?」

 

 そのなんともいえない熱烈な視線に、シンはやや引き気味なる。
 一方の金髪の少女はシンのそんな様子に気がつくことも無く、自己紹介をしようとする。

 

「あ、ごめんなさい。名乗り遅れました。私は……たわばっ!」
「なにしやがる、シッポ!!」

 

 もっとも、その名乗りは途中で遮られる。テーブルと熱烈なキスをしていたカイトが少女の特徴的なポニーテイルを後ろから引っ張ったのだ。
 その不意打ちに少女の首がおかしな方向に曲がり、妙な奇声を上げて白目をむく。

 

「……お、おい。大丈夫か」

 

 シンは思わず呆然と呟く。カイトと少女のどちらに言ったのかは定かではないが。

 

「って、何しやがりますか、このバカイト!」
「誰がバカイトだ! この半人前以下!」

 

 もっとも、そんなシンの心配も杞憂だったようで、少女はすぐさま蘇生をするとシンの事をスッパリ忘れカイトに食って掛かる。

 

「半人前で悪いですかっ! 誰だって始めは半人前です。だから師匠に弟子入りをしたんです!」
「許可なんて出した覚えは無いぞ!」
「バカイトなんかに弟子入りはしないですよ! 私の師匠はジェス師匠です、このお邪魔虫!」
「誰がお邪魔虫だっ!」
「バカイトがですっ! 私と師匠の二人で……」
「何馬鹿な妄想に浸ってるんだ、てめえ!」

 

 なにやら罵りあう二人に口を挟めずに呆然とするシンであったが、そんなシンに苦笑交じりにジェスが話し掛ける。

 

「悪いな、シン」
「いや、悪いとか以前にこいつらこれで良いのか?」
「こうなったらしばらくは終わらないんだよ、それよりも本当に大丈夫なのか?」

 

 騒ぐ馬鹿二人を横目で見ながら、ジェスは首を軽く振る。もっとも、本当に首を振りたいのはこの店の店主だろう。危ない一団と判断したのか寄ってこないけど。

 

「医者のお墨付きももらったし、元々大した怪我でもなかったから大丈夫だ。それよりも電話の件だけど……」
「なら良いんだが。 あの話しだが、そっちのシッポが拾って……」
「誰がシッポですか、師匠!」

 

 どうやら騒ぎながらもこちらの話を聞いていたらしい。金髪のシッポ髪の少女が文句を言ってくる。
 もっとも、ジェスもその辺は慣れているのか、シッポの抗議を無視して話を進める。

 

「元々俺たちはどうもザフトの兵器の横流しを追っていたんだが……」
「横流しねぇ」

 

 その言葉に、シンが眉をひそめながらも良くある話しだと考える。実際、シンがザフトに残って行った戦後処理でも、本国から離れた場所にいる連中の兵器の横流しの調査が多々あった。

 

「そこで、そっちのシッポが妙な噂話を拾ってきたんだ」
「シッポさんが?」
「だからシッポ言うな……って、もういいです」

 

 初対面のシンにまでシッポと言われて毒気を抜かれたのか、少女は少しだけ力無く項垂れるとシンの向かいの椅子に腰をかける。

 

「このシッポは俺の友人の娘でジャーナリストの卵なんだが、こいつが妙なネタを掴んできたんだ」
「それが“議長の遺産”か」
「師匠、勝手にネタをばらさないで下さいよー」
「昨夜ばらしたのはお前だろう」

 

 少女の抗議の声に、カイトがツッコミを入れる。
 それに対して言い返そうとした少女であったが、それよりも先にシンが少女に尋ねる。

 

「議長の遺産ですか……、そんな話はどこから?」
「えっとそれは……」

 

 言ってしまって良いのかどうなのか一瞬だけ躊躇するシッポであったが、彼がジェスの知り合いであり、あまりにも真剣な眼差しに情報ソースを口にした。

 

「内緒にしてくださいよ、記者の命なんですから」
「それはわかってるよ」
「私の友達がオーブの役人をやってるんですが、今此処に来ているらしいんです」
「来ている? アスランがか?」

 

 少女の言葉に、シンの脳裏に前日に会ったかつての上官を思い出す。

 

「いえ、そうじゃなくてオーブ代表首長のカガリ・ユラ・アズハがです……って、なんで騎士団の副指令の名前まで?」
「いや、昨日会ったから……って、なんだってあいつ等はこんなにフットワークが軽いんだ?」

 

 答えながらも、シンは心底あきれ返る。
 普通えらい人ってのは奥でふんぞり返っているもので、そうそう前に出て来て良いものではない。
 それは別に彼等が臆病とか仕事をしていないとかではなく、それだけ彼等の判断や存在に価値があり傷ついて良い立場ではないからだ。

 

「で、連中が探しているのが、“議長の遺産”って訳だ」

 

 黙って浸りの会話をを聞いていたジェスが控えめに注釈を入れる。どうやら、このネタは少女のもので、自分はあくまで仲介しただけと言う立場を取るつもりのようだ。

 

「なるほど……」
「なるほどって……、騎士団の副指令まで来ているんですよ!! 益々信憑性が出てきたじゃないですか! 特ダネですよ!!!」

 

 シンの言葉に、少女が興奮の色を見せる。
 そんな少女に、やや呆れた表情でジェスが諭す。

 

「おいおい、シッポ。お前タブロイド紙の記者にでもなるつもりか? そりゃ連中が来ているだけでも特ダネだろうが、証拠や根拠も無しに書くとトンデモ記事で終わっちまうぞ」
「うっ……」

 

 そんなジャーナリストたちを尻目に、シンは静かに考える。
 たしかに、あの連中が動くなら“ナニカ”があるのだろう。まったく何の証拠も無しに軽々しく動くとは思えない……、たぶん。

 

「でも、きっととんでもない兵器とか、ザフトの名前を冠したMSとかがあるんですよ!」
「少なくとも、俺の知る限りそんな物は無かったですよ」
「そんなっ!」
「いや、そんなっ! って言われても……」

 

 コロコロと表情の変わる少女に内心苦笑いを浮かべながら、表情だけは真面目に取り繕う。

 

「シッポさんは俺の事はどれだけ聞いていますか?」
「シッポじゃないです……。えっと、ザフトの赤服で、特務隊に属してたと……」

 

 その言葉に頷きながら、シンはかつての愛機を思い出す。

 

「俺は戦前の開発段階の頃からインパルス……議長の肝いりで作られたセカンドシリーズの機体に乗っていましたけど、そんなものがあるなんて話は聞いた事が無いですよ」

 

 無論、シンが知らないだけの可能性もある。だが……

 

「だいたい、そんな兵器があるなら月で使ってますよ」
「うっ……、でも間に合わなかったとかは?」
「俺がインパルスの次に乗ったのがデスティニーですけど、これが最新鋭だって議長直々に言ってました」

 

 あの日、格納庫で二機並んでいたデスティニーとレジェンドを思い出す。もし更なる新兵器があるのならロゴス討伐前の最重要な時期であり、多少の無茶があっても使わない道理が無い。

 

「それと、俺は戦後しばらくは戦後処理に従事して、幾つかのデュランダル議長時代の新型機開発計画はいくつか知りましたけど……」
「そこでナニカあったんですかっ!?」
「無かったですよ」

 

 身を乗り出してくる少女に、シンは苦笑いと共に答える。

 

「フリーダムとジャスティスの量産計画は縁起が悪いって途中破棄、デスティニーは実験機を実戦仕様に変更した機体だったと知ったぐらいですよ」

 

 その後クライン体制でフリーダムとジャスティスは騎士団用にセカンドシリーズのデータを取り入れ量産される事になるのだが、これを議長の遺産とは言わないだろう。
 シンの言葉に、少女は露骨に肩を落とす。恐らくは何か重大な事が判るんじゃないかと期待していたのだろう。
 そんな少女を尻目に、シンは横で話を聞いてたジェスに声をかける。

 

「なあ、ジェス。あんた等はこれからどうするんだ?」
「ああ、俺たちはザフトの兵器横流しを追うつもりだが……」
「そうか……」

 

 その言葉に、シンは昨晩から考えていたことを口にする。

 

「なあジェス、悪いとは思うんだが、その取材に俺を連れて行ってくれないか?」

 

 その兵器が議長の遺産などではないと思う。
 だが、あの人が何を考え、何を残そうとしたのかだけは知りたかったのだ。

 
 

 大西洋連邦高官との会談より3日後、歌姫の騎士団副司令であるアスラン・ザラおよびその筆頭秘書官であるメイリン・ホークは、特殊平和維持軍が保有する特殊平和維持軍第三低軌道ステーション、通所“歌姫の円卓”に戻っていた。
 “歌姫の円卓”は戦後ラクス・クラインの提唱で設立された特殊平和維持軍の活動拠点として建造され、3つある低軌道ステーションの中では最大規模の施設である。
 地球との往来に日数のかかるプラントにある本部に代わり地球上での作戦指揮を行う前線本部としての役割を持っていた。
 また、その役割に相応しく各種の通信設備は充実しており、プラント本国を始め各国へ常時接続のホットラインを有していた。
 アスランは基地に戻ると真っ先にホットラインの一つ、プラント本国にある歌姫の騎士団の本部との回線を使っていた。

 

「アスランどうしたんだい、急に呼び出して?」

 

 通信モニターの向うで、歌姫の騎士団を率いる若き司令官、キラ・ヤマトは柔和な笑みを浮かべながら突然呼び出しを行った親友に疑問の声を投げかけた。
 もっとも、それはアスランを詰問する為ではない。

 

「たしか一週間は大西洋連邦に滞在して、その後はオーブに寄るはずだったんじゃ?」
「ああ、最初はそのつもりだったんだが……。キラ、会談のデータはそちらに行っているか?」
「うん、僕も目を通したけど……ひどいね」

 

 キラは手元のコンソールを軽く操作すると、モニターの隅に一昨日行われた騎士団、オーブ、大西洋連邦の三者会談の報告書を画面の隅に呼び出した。
 そこには、平和とそのための活動を切実に訴えるカガリの言葉と、それをまったく聞き入れない大西洋連邦高官の姿があった。

 

「なんでわかってくれないんだろう。平和への願いはきっと同じなのに……」

 

 キラは悲しげに眉をひそめながら呟く。

 

「信じあえないのも人の性なのかもしれないな。デュランダル議長のように……」
「かなしいね。ラクスは……、僕たちはこんなにも平和を願っていると言うのに」

 

 ブルーコスモスを操っていたロゴスは滅び、デスティニープランで未来を奪おうとしたデュランダル議長は倒れた。自由と平和の前に立ちふさがる存在は無くなったはずなのに今だに戦火は収まらない。
 特に大西洋連邦周りは酷いものだ。強大な武力を持って自由を求める各地を弾圧する。幾度も平和維持のための中立地帯で軍隊を動かす。
 つい先日も、大西洋上で少数の部隊が騎士団と遭遇、逃亡すると言う事件があったばかりだ。

 

「だが、それが俺たちの戦いだ。厳しいのはわかっていたはずだろう、キラ」
「うん、そうだね。アスラン」

 

 そう、それこそが自分たちの戦いなのだ。自分たちが戦う相手なのだ。

 

「それにな、キラ。今回の件では大西洋連邦も捜査官の派遣は許可をしたんだ。ならばやり様がいくらでもある」
「でも、受け入れ人数はごく少数だって聞いたけど」

 

 細かい詰めの調整作業はカガリやオーブの外交官が現在やってくれている。
 もっとも、大西洋連邦にもメンツがあるのだろう、受け入れられる人数はごく少数だと言う。正直、心もとない。
 だが、そんな心配そうなキラを他所にアスランは自信を込めてこう言った。

 

「その捜査官だが。俺が行く」
「えっ!?」
「少数しか受け容れないと言うなら、直接俺が乗り込めば言いだけの話しだ。連中だって態々俺を名指しで来るなとは言わないだろう。
 それに……」

 

 思わず絶句するキラを他所に、アスランはやや表情をしかめながら言葉を続ける。

 

「予定を切り上げてこっちに戻ったのもこれが理由なんだが……。先日だが大西洋連邦で尻尾を掴んだ。下手をすればブルーコスモスも絡んでいる可能性もある以上は急がないと……」

 

 アスランは決意を秘めた表情で言い放つ。
 底に何か感じたのだろう、キラは再びアスランに尋ねた。

 

「地球で何かあったの、アスラン?」
「ああ、大西洋連邦であいつに……、シンに会った。連合の軍人と一緒に居たよ」

 

 アスランは、恐らくは議長の名前に再び踊らされ、利用されているだろう元部下の男の顔を思い出していた。
 あの時は、撃墜するしかなかった。あいつが生きていたのは運が良かったに過ぎない。
 だが、今度は上手く行くとは限らない。なんとしても、あいつが恐ろしい事に手を貸す前に助け出し、目を覚まさせてやらなければならない。
 一方、アスランの言葉にキラは再び絶句をする。あの時の彼が、また敵に回ると言うのか?

 

「そんな、まさか……」
「あいつは、きっとまた利用されているんだ。いつまでも議長の言葉に呪縛されていて……。俺は、あいつを救いたい」

 

 アスランの言葉に、キラはアスランの決意を見た。
 アスランはそう言う男だ。きっと止めても無駄だろう。ならば、親友として、騎士団の司令として、プラント中将としてできることは只一つだ。

 

「アスラン。後で正式に事例を出すけど、大西洋連邦領内に流れた“議長の遺産”の探索を君に一任するよ」
「了解した、キラ。すまない……」

 

 キラの命令に頷きながら、アスランは謝罪の言葉を口にする。
 これは騎士団の仕事であると同時に、私事でも有るのだ。
 だが、そんなアスランにキラは再び優しく微笑む。

 

「うんうん。気にすることは無いよ、アスラン。僕たちはそうやって進んできたんだから。
 彼を……、シンを助けられるといいね」
「ああ、必ず助けるさ」