SCA-Seed_MOR◆wN/D/TuNEY 氏_第22話

Last-modified: 2009-12-27 (日) 00:08:51

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ミネルバII ミーティングルーム
長机が長方形に組み合わされ、上座に大量の書類と共に局長とコートニーが、正反対にアーサー。
右手にルナマリア、シン。 左手にヴィーノ、アビーが座る。

 

「……と言う訳でレイ・ザ・バレルの脳は、
 Bユニットと呼ばれる生体コンピューターの中枢に収まっている」

 

一通りの説明を終え、渇いた喉を潤すため机に置かれたティーカップへと手を伸ばした。
ざわめきすら起きない、沈黙が室内に広がる。

 

「えっ……と」
「つまりはどういう事なんです?」
「事前に聞いていてもショックは大きいわね」
その場に集まったミネルバ代表者アーサー、アビー、ルナマリアは唖然とし口を半開きにしながら、
何とか口を開いた。

 

「レイ本人は既に死んでいて、脳だけが生体コンピューターに使われている……そういう事ですね?」
たった今理解したかのようにシンは言い、申し合わせたかのように局長は頷く。

 

それにしても皮肉だとシンは内心思う。
ユニットのオリジンGGユニットは脳だけでも人を生かす為に作られた。
だが、ユニットRB、B(ブレイン)ユニットは死者を利用する為に作られた。
安らかに眠っている死者に鞭打つような、冒涜的な行為。
そんな事を、そんなものを作った者達をシンが容認する筈が無かった。
今はただ待つ、己の中に怒りの炎を静かに燃やしながら。

 

「ちょっと待って下さい。
 生体コンピューターって簡単に言いますけど、そんな代物が実現可能なんですか?」
三人とは違い、技術者的見地で質問をしたのはヴィーノだった。
「理論研究自体は前世紀よりどこぞの製薬会社で続けられていたと聞く……。
 実際目の前にあれば可能だったと言わざる負えまい。
 俺とてコートニーが回収した現物が無ければ一笑に伏していた」
手元の資料を睨み付けるように目を通すと、コートニーに視線を向ける。
「俺がユニットを回収したのは1ヶ月程前、ガルバルディでの新型シルエットテスト中の事だ。
 領海侵犯して撃墜した不審船の倉庫から発見した。今考えれば、あれは奴らの輸送船だったのだろうな」
「しかも、ご丁寧にパーソナルデータ付きでな」
コートニーの言葉に、付け加えると不愉快さを露わにしながら局長は顔を歪め、紅茶を一気に飲み干す。
シンは感情を表には出さず、そ知らぬ顔で、出された紅茶(砂糖3杯程ぶち込んだ)を飲んでいた。
「話は以上だ。 デュプレ君、生体コンピューターに興味があるなら後で資料を渡そう」
周囲に視線を奔らせ、特に意見がない事を確かめると手元の資料を纏め、局長は立ち上がった。
「ん? もしかして、それだけ話にミネルバまで来たんですか?」
アビーが向けるあからさまな嫌な顔を無視して、砂糖を大量に入れた紅茶を美味そうに飲み干したシンが
怪訝そうな顔をして見せた。
「んな訳あるか……まぁ、半分は正解だがな。 本命はインパルスの回収だ。
 これからパーツ全取っ替えして、外したのをフルメンテしなきゃならん」
シンの言葉に肩を竦めると、皮肉そうに溜息を吐いた。
「フルメンテ? 確かに右腕無くなりましたから交換調整は必要でしょうけど、何もそこまで……」
局長の妙な言い方にに首を傾げるシン。
「以前のインパルスやガルバルディ、それに普通のMSならそうなのだがな……
 インパルスエクシードは違う。
 インパルスエクシードは限界まで性能を追求した結果、整備性、稼働限界、機体寿命が劣悪なんだ。
 通常兵器が軍用4WDとするならエクシードはレーシングカー、
 軍用アサルトライフルなら高精度のスナイパーライフルだ!」
周囲の白眼視を無視し、何故か自信満々に欠点を暴露する局長。
「……戦闘中にバラバラになったりしないでしょうね」
そういえば、スペック表でやたら低い数値が合ったなぁ、等と思い出しながら局長へと問いかける。
「んな訳あるか。……まぁ、一度の出撃、全力戦闘で殆どのパーツをオーバーホールして、
 とっかえなきゃならん程度だ」
「へぇ……」
相も変わらず自信に満ち溢れた局長の言葉に思わず相槌を打つシン。

 

「あれ…………?

 
 

  欠 陥 機 じ ゃ な い か ! 」
思わず叫ぶとシンは立ち上がり、座っていた椅子を蹴り飛ばす様に立ち上がる。

 

人聞きの悪い! 決 戦 兵 器 と 呼 べ ! 」
負けずに立ち上がり局長も怒鳴り返す。

 

最高傑作じゃなったのかよ! アンタって人は!
机を飛び越え局長へと詰め寄るシン。

 

ああ、あれは俺の最高傑作だ! 何も縛られず思いのままに作った兵器としての邪道!
 俺はこれ以降、あれ以上の物は作らん! 作るべきではない! 技術者として最低の行為だ!

 

「 だ っ た ら 最 初 か ら 作 る な ! 」

 

至近距離で距離で睨み合うシンと局長。

 
 

この騒ぎが元で、インパルスエクシードは最高の決戦兵器か、最強の欠陥機かで
後の研究者たちの間で大論争を引き起こすのだが、それは別の話。

 
 

「局長、落ち着いてください」
「シン、落ち着きなさい」
必死に二人を宥めるコートニーとアビー、
呆れ果てたのかルナマリアは知らん顔をして紅茶のお代わりをつぎ、
ヴィーノは資料を読みふけっている。
「け、喧嘩は外でやってくれ……」
思わず力の抜けるようなアーサーの声に全員が振り向き、溜め息をついた。
「……兎に角、インパルスエクシードは持って帰るぞ。 デュプレ君、すまんが少し手伝ってくれ」
情けないアーサーの声にやる気が失せたのか、ヴィーノと共に格納庫へと向かう局長。
「コートニーさんは行かなくていいんですか?」
その場に残ったコートニーにシンは問い掛ける。
「お前に着替えを渡したらすぐに行くさ」
そう言うと袋に入った赤服を渡し、足早に二人の後を追った。
「……ちょっと一服してきます」
相手がいなくなっては喧嘩は出来ない。
シンはばつの悪そうな顔をすると体を小さくして出口へと向かう。
「喫煙所はミネルバ降りて、左よ」
二杯目を飲み終え、シンの背中に声を掛けたルナマリアに、
シンは振り返ることなく手をひらひらと振った。

 

喫煙所へ途中にポケットを漁ると僅かながらの金と煙草が一箱入っていた。
おそらく、コートニーが気を回して入れてくれたのだろう。
感謝しながら更にポケットを探り……
「でもコートニーさん。 火が、ライターが無いです……」
非喫煙者にそこまで求めるのは酷と言う物だろう。
行けば何とかなるだろう。
特に後先も考えず喫煙所へと向かう。
暫く歩いた先にガラス張りの小屋があった。

 

プラントの空気を汚すな!
コーディネイターでも肺癌になる!
守ろう! プラントの清浄な大気!

 

過激なフレーズが部屋の壁に書かれている。
閉鎖空間で空気を循環しているプラントで煙草を吸う人間は殆どいない。
それ故、風当たりも厳しいのだ。
壁の文字に陰鬱な気分になりつつ、室内へと入る。
「あー、すみません。 火貸して貰えますか?」
煙が充満した室内には幸いにして先客がいた。
「ああ、どうぞ……ってシン・アスカか」
「えっと……オシダリ三佐でしたか」
そこにいたのは先程別れたオシダリだった。
無言で頷くとライターを投げて寄越す。
「旨いな」
「こんな所で遊んでて良いんですか?」
煙草に火を付けると、ライターをオシダリへと返す。
「別に遊んでる訳じゃない……やるべき事をやり終えて休憩中だ」
オシダリはライターを受け取ると煙草の灰を灰皿へと落とした。
シンに言う事はないが、オシダリは戦闘報告、シンの生存に伴うオーブ兵の外出禁止措置等、
多数の書類仕事を終え、一休みしている所だった。
シンが煙と匂いを味わっていると、ふと気付く、オシダリがシンの顔をじっと見ていた。
「どうかしましたか?」
「あー、何だ。 一つ聞いてもいいか?」
シンが声をかけるとオシダリは困ったように眉をハの字に歪ませ、言いづらそうに口を開く。
「なんです?」
咥えていた煙草を一度放し、灰を落としながらシンは聞き返す。
「君はオーブ出身と聞いた。 君は今……その、オーブをどう思ってる?」
「好意は抱いちゃいませんね。 殺されかけましたから」
オシダリの問いかけに憮然とした表情でシンは答える。

 

シンの中には既にオーブ、アスハへの恨みに近い怒りはすでに無い。
だが、殺されかけた事や前大戦のでの因縁等、多少の蟠りは残っていた。
それが赤鬼がオーブからの依頼を受けなかった理由だった。

 

「まぁ、そうだよな……」
俯きながら静かに頷くオシダリ。
「どうして急にそんな事を言い出すんです?」
火の付いた煙草を灰皿へと押しつけ火を消すと、シンはオシダリの顔を見つめる。
「俺は……4年前の例の事件にも直接関わっていた。
 君は、俺を恨んでくれていい。
 いや、君に殺されても仕方ないと思っている」
右手に煙草を持ったまま、オシダリはゆっくりと言葉を選ぶように口を開き、
苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
「家族……家族はいるんですか?」
別にシンはオシダリを恨んではいない。 命令に従い人を殺める軍人を恨んでいたらキリが無い。
オシダリの言葉に、ふとシンの脳裏に4年前のミナとのやり取りが蘇る。
なんとなしにシンは問いかけていた。
「……嫁さんがいる。 まだ子供はいないが」
急な問いに戸惑いながらもオシダリは照れくさそうに答える。
オシダリの照れくさそうにしている顔、オーブ、家族、羨望の念を心のどこかで抱きながら、
シンは笑みを見せる。
「だったら死のうなんて、殺されようなんて考えないでください。
 あなたが死んだらきっと奥さんは悲しみます」
自分のようにいつ死んでも良い人間とは違う、この人には死を悲しんでくれる人がいる。
自分の死を悲しんでくれる人間はいるのだろうか……?

 

「なら、せめて一発殴ってくれ! そうでないと俺の気がすまん!」
オシダリは真に詰め寄る。 チンピラじみているが、根は真面目なのだろう。
「じゃあ遠慮せずに一発……」
「いいか! 絶ッ対にッ手加減なんてするなよ!」
シンを正面から見据え歯を食いしばり、両手を握り締めるオシダリ。
その姿に手加減は出来ないと悟ったシンが覚悟を決め拳を振り上げた。

 

一瞬の静寂、打撃音、いや破裂音が喫煙所に響いた。
ガラスを突き破り、くの字に曲がったオシダリが吹き飛ぶ、
ガラス張りの壁が砕け散って辺りに散乱した。

 

「うわぁ……やっちまった」
ピクリとも動かないオシダリに慌ててシンが駆け寄る。
「やべぇ……」
「駄目だ、死んだ」
偶然オシダリを迎えに来た部下二人が近寄ると、オシダリは跳ねるように上半身を起こし目を見開く。
「…………良し、まだ生きてる。 シン・アスカ!」
「はい!」
死人(と思っていた)の復活に思わず姿勢を正すシン。

 

「俺は君に二度命を救われ、二つ借りができた! 俺はチンピラだが恩は知っている。
 オーブ軍人ではなく一人の人間として、この借りは必ず返す!」

 

シンへと向き直り指差し、叫ぶとふらふらとした足取りで立ち去っていく。
「ちょっ、隊長!?」
「あの人も大概だなぁ」
「「お邪魔しました」」
ヤマダとワダの態度は正反対の反応だが、共に呆れ果てた様な乾いた笑みを浮かべるとシンに一礼し、
立ち去って行った。
「……何だったんだ?」
その場に残されたシンは呆然と3人を見送る。
気付けば、灰皿へ置いたタバコが全て灰へと変わる程の時間が過ぎていた。

 
 

「何だ!? 喧嘩でもあったのか?」
暫らくその場に立ち尽くしていたシンの耳に聞き覚えのある声が聞えた。
「エドさん、どうかしたんですか?」
振り向くとエドが飛び散ったガラスを避けながら近づいて来ていた。
「そりゃ、こっちの台詞だよ。 なんだよ、これ?」
シンの問い掛けに訝しげな視線を向けるエド。
「まぁ……色々ありました」
周囲を見渡し、目を泳がせると視線を合わせないようにしながら過去形で答える。
「……あったんだろうな」
飛び散ったガラスを横目に見ながら一人呟く。
シンの分かりやすい態度は当事者であることをなによりも雄弁に物語っている。
シンの言う色々の裏に隠された禄でも無い意味が分かる位には付き合いがあるし、
共に修羅場を潜っている。
「ま、でもそんな事はどうでも良いんだ。 重要な事じゃない。
 社長から通信が入ってる。 すぐ来いってよ」
「ミナさんから……?(なんだ? 前半部分すげぇいらっと来た……)」

 
 
 

アーモリー1 ザフト臨時総合司令部、長距離通信室。

 

アーモリー1で唯一地球との通信が可能な施設内に何人かの人影があった。
通信機器の調子が悪いのか、砂嵐の映っているモニターの調整を行っているジャンとジェーン。
そしてもう二人、オシダリとオーブ艦隊旗艦イツクシマ艦長。
その室内にエドに連れられたシンが足を踏み入れた。
「オシダリ、大丈夫か?」
壁に寄りかかり、青い顔をしたオシダリにイツクシマ艦長が心配そうに声を掛ける。
「まぁ、そこそこな。 シン・アスカの本気の拳を喰らったんだ。 俺以外なら足腰立たねえぞ」
シンの入室が横目に見えたのか、壁から離れると白と青のオーブ軍軍服の襟を正し始める。
「アレ? オシダリさんも来てたんですか?(や、やりすぎたかな?)」
「おう、うちの司令と一緒に名指しでな。 ったく何の用だかな」
先程までと比べると随分と砕けた口調だが、どうやら此方が素であるらしい。
「まだ司令代理だがな」
オシダリの素に戻った口調に顔を顰めると、イツクシマ艦長が口を挟む。
「通信が繋がったぞ」
通信機を操作していたジャンの言葉にその場にいた全員が大型モニターの前に集まる。
砂嵐が奔って黒い輪郭しか確認出来なかった画面が徐々にクリアになり姿が露わになる。

 

『ふむ……繋がったようだな』
全身を黒装で包んだ麗人、モニターに映ったミナの姿に全員が姿勢を正し、
連合、オーブ、ザフト三種の敬礼をする。

 

『オーブ第一遊撃艦隊司令代行兼イツクシマ艦長、
 同司令代理補佐MS隊隊長タキト・ハヤ・オシダリ御足労感謝する……
 楽にして少し待ってもらえるか?』
オーブ式の返礼を返すとミナは静かに告げる。
「「はっ!」」
敬礼を解くと直立不動で立ち尽くす。
何だかんだ言っても軍人であるらしい。
最も彼らがミナに従う必要は無いのであるが。
『キャリー博士、ハレルソン君、ヒューストン女史手間を掛けさせたな……君らも楽にしてくれ』
微笑みと共に部下への労いの言葉をかけると最後の一人、シンへと顔を向ける。
『そして久しいな、シン』
黒髪赤目をみた途端、唇の端を吊り上げ今とはまるで違う、
禄な事を考えていなさそうな策謀家じみた笑みを浮かべる。
「旧上海強襲 第二次イルカ作戦 魔都壊滅!ぶっちぎりバトルコーディネイターズ事件以来ですから……
 半年振りですか」
嫌な顔するなぁ……なんか良からぬ事を考えてるのか?と内心思いつつ、
以前ミナより直接引き受けた依頼を思い起そうとしていた。
だが、すぐに止めた。
所謂『騙して悪いが……』に分類される禄でもない仕事だったのだ。

 

『もうそんなに経つか』
シンの苦み走った表情など鮮やかに無視して、感慨深げにミナは呟く。
「あん時は流石の俺もびびびったな。 あんな場所に野良ゲル・ズ・ゲーが現れるなんて」
ミナの態度とシンの顔に、話題を変えながらやれやれと肩を竦めるエド。
「あんたが深追いするからでしょう?」
エドを白い目で見ながらジェーンは溜め息混じりに呟く。
(……何かの隠語か、暗号か?)
(……どういう事件だよ、それ)
あまりにも分かりにくい会話に思わず訝しげな顔をするオーブ軍二人。

 

「コホン! ミナ嬢、それで今回の用件は?」
横道に逸れまくっている話を軌道修正しようとジャンが咳払いを一つ。
『む……話が横道に逸れていたな』
先程までの雰囲気から一変し、ミナの表情が僅かに強張った。
(ようやく本題か)
オシダリも表情を軍人のそれへと変え、モニターを直視する。
『実はオーブでの戦闘が思ったよりも早くカタがつきそうなのでな……増援を送る。
 何か必要な物はあるか?』
「「なっ!?」」
「随分早いですね」
思わず声をあげたオシダリ、イツクシマ艦長とは違い、
ミナの言葉に驚きよりも寧ろ感心した様に感じられる声色のシン。
ジャンやエド、ジェーンも同じらしくミナの言葉の続きを黙って待つ。
『オーブ四軍の内、海軍は傍観、空宇宙軍はこちら側についたのは大きかった。
 陸軍でレドニル・キサカ准将率いる空挺師団も此方に付いた時点で戦局は決まった。
 既にマスドライバーカグヤ二号を押さえ、首都の包囲も完了している。
 此方はオーブ軍だけで十分余裕がある。
 ついては余剰戦力を増援に、オーブ軍の補修機材とMS、人員も送る。
 総司令はその為に呼んだのだ』
状況を説明し終え、一呼吸置くとミナはその場にいた全員を見渡した。
把握できたか確かめているのだろう。

 

「サハク殿、増援は有難いのですが……」
僅かに言いよどみながらイツクシマ艦長が口を開く。
『スパイか……』
「はい」
ミナの言葉に、苦み走った表情を見せるイツクシマ艦長。
緒戦における、艦隊の4割が敵側に付いた事を未だに気に病んでいるのだろう。
イツクシマ艦長の言わんとすることを表情で察したみなは口元を真一文字に引き締める。
「それともう一つ。 現場としては、此方に送るのは最低限小隊レベルでの連携が可能な、
 出来れば空間戦闘での中隊レベルで運用可能な部隊を送っていただきたいのです」
考え込むような仕草をとるミナに、オシダリは更に進言する。
『……了解した。 それらに関しては私に一任してもらいたい』
ミナにしては珍しく言葉を選びながら、目を細める。
「「はっ!」」
オーブ式の敬礼を返す二人。
『さて……我が社の増援はプラント出身者を中心としておく。 その方が適性面から良いだろう。
 上手くコントロールするように』
ジャンとエドを見ると口元の笑みを浮かべるミナ。
PMCミハシラのプラント出身のコーディネイター、つまり現政権が気に入らずザフトを辞めたザラ派、
デュランダル派を大半とする人員はコーディネイターの例に漏れず個性的で癖が強い。
しかも、今回は故郷の奪還、感情的になり、先走る可能性は大。
要は腕は良いが言う事聞きやしねえってことである。
「はぁ……りょーかいです」
「了解しました」
こちらに丸投げされると言う事は信用されているのか、あるいは面倒臭いだけなのか。
コーディネイターの扱い辛さを理解しているジャンとエドは額に皺を寄せ嫌な顔をしてみせる。
『私は首都を解放しても暫くは動く事は出来ない。 よろしく頼むぞ』

 

「それで、その後はどうするつもりなんです?」

 

何気無い口調で言葉に何の感情も乗せずにシンが呟くようにミナへと問い掛ける。
問題なく終る筈だったミーティングが、シンの直球で踏み込んだ発言によってその場が凍りついた。

 

『そうだな。 かねてよりの我が野望を果たす。 首都を抑えた後政治、軍事機能を掌握。
 オーブ全域を制圧し、言うまでもなくアスハの小娘、カガリを廃し、私がオーブを治める』

 

シンの問い掛けにミナの表情が変わる。
笑みなのはそのままだが、先程の楽しそうな笑みとは明らかに違う。
ここ暫くは見せなかった、全てを見下す自分以外のものを無価値と断ずる冷笑。

 

ミナの言葉にオシダリとイツクシマ艦長が殺気を帯びる。 
二人はアスハ派でこそないが国を支配するなどと宣言され、面白い人間はいないだろう。
エドとジェーンは不愉快そうな顔を見せ、ジャンは腕を組みシンと二人状況の推移、
ミナの言葉の続きを待つ。

 

『……などと世迷言を言ったら、この場の全員、そしてシン。 お前を敵にまわす事となるのだろうな』

 

引っ掛る奴が可笑しくて堪らない。 とでも言いたげな悪戯めいた笑みを見せるミナ。
オシダリとエドはやられたと額を押さえ、ジャンとジェーンは呆れた様に苦笑を、
イツクシマ艦長は見るからに不機嫌そうな顔をして見せた。
「ええ、勿論です……でも、そのつもりは無いんでしょう?」
シンはこめかみを引き付かせ、苦笑いをするが顔は笑っていない。
言葉の節々から、ほんとしょーがねーな、この人。 と言わんばかりの雰囲気が漂っている。
『三大エースとオーブ軍、ミネルバの鬼神を相手に大立ち回り……それもそそる物があるのだがな。
 やれやれ、タネが分かっては笑い話にもならんか』
「冗談にも言って良い事と悪い事があるのが分かりませんか!」
反省する素振り等欠片も見せず平然と言い放つミナに声を荒げたのはイツクシマ艦長である。
「落ち着けよ、お前が落ち着かなくてどうするよ」
『戯れだ。 反省はしている、許せ
 (……時期尚早だったか。 まぁ良い、“今の”オーブにそれほどの価値はない)』
殊勝な態度で頭は下げるが、口元が僅かに緩んでいるのをシンは見逃さなかった。
絶対反省してないな、この人。 内心思いつつミハシラ構成員+1は深々と溜め息をつく。
「そんな事ばっか理言ってると、小皺がまた増えますよ。 自分で思ってるよりも若くないんですから」
『む……!』
思わず目じりを押さえてしまったミナにしてやったりと勝利の笑みを浮かべるシン。

 

「ロンド殿、一つお聞きしたい事があるのですが、よろしいですか?」
オシダリはおずおずと口を開く。
『ご家族の事であれば、既に身柄の保護は済んでいる……』
まだ少し皺を気にしながら、手元のリストに目を通す。
案外気にしているらしい。 
「そうですか、良かった」
家族の安堵にオシダリの目が輝く。 イツクシマ艦長も満更ではない顔をしている。
『特にオシダリ三佐の奥方には前線指揮迄してもらい……』
「ちょっと待って下さい! リンナの奴MSに乗ってるんですか!?」
淡々と告げるミナに思わず吹き出しながら突っ込むオシダリ。
「リンナ? リンナ・セラ・イヤサカか?」
「噂のレヴンワース隊の女性ドラグーン使い?」
 ジャンやジェーンもその名は聞いたことがあった。
元オーブのコーディネイターで統合開発局でテストパイロットとしてプロヴィデンスザクに搭乗していたが、
パイロットとしての能力を買われ、メサイア攻防戦ではザフト、レヴンワース隊所属で参加。
第2世代ドラグーン・システムの使用で、身体に負担がかかりながらも、多大な戦果を上げた。
その後はオーブへと戻ったという話だったが。
「そうだ! うちの嫁だ! ……一体何やってんだ」
メサイア戦役の後、リンナと再会したオシダリはなんやかんやの大騒動の後、
何とかよりを戻す事が出来ていた。

 

『ああ、シン。 ムウ・ラ・フラガ三佐より言伝がある』
頭を抱えるオシダリを華麗にスルーして、ミナはシンへと目を向ける。
「……人に言伝とは良いご身分ですね。 本人は何してるんです?」
名を聞いた一瞬でシンの表情が強張る。
『AAと共に前線に立ち、首都解放の指揮を執っている。 だが会わせる顔がないそうだ』
「そりゃあ、そうでしょうね」
皮肉と敵意の混じった言葉と共にシンは鼻を鳴らした。
『まぁ、とにかく伝えるぞ。

 

 「すまなかった……許してくれとは言わない。 贖罪ができるとも思わない、
  だが、それでも俺に君の代わりにオーブを守らせてくれ」

 

 だそうだ』
心中でシンがこれ程の敵意を見せるとは珍しいと思いつつ、顔には出すことなくシンにムウの言葉を伝える。
無関心を装いつつもシンの反応を伺う。 
シンは奥歯を噛み締めながら険しい表情を見せていた。

 

何を今更言うんだ。 謝るのは“俺に”じゃない筈だ。 

 

もう済んだことだ。 喪ったものはもう戻ってこない。

 

シン・アスカの感情が怒りの声を上げ、理性がそれを宥める。
思考が浮かんでは泡の如く消えていく。
(俺は……)
俺は人を許すことなど出来る立場か? 俺はどれ程思い上がっている。
今までどれ程の人を手に掛けて来た?
思考の中へ沈んでいた意識が掌に爪が食い込むほど手を握り締めた痛みで元に戻り、
シンの脳裏にステラとコニールの顔が浮かぶ。
(そうだ、俺は……!)
両手から力を抜き、深呼吸を一つ、呼吸を整える。

 

「返事を、伝えて貰えますか。 
 俺はアンタを許せない。 だから、生きて、生きて最後まで苦しみ続けろ。
 楽に死ねるなんて思うな」
凡そ抑揚の抑えられた、感情が感じられない声。

 

『……ふむ、それで?』
僅かに眉を動かすと、ミナは続きがあるのが当然と言うかのように続きを促す。

 

「俺は……人の死は、嫌と言うほど沢山見て来た。 この手で命を奪いもした。
 今から俺が言うのは綺麗事だ。 だから、あえて言う。 生きてくれ。って
 ……そう、伝えてください」

 

シンは考え込むように目を瞑ると、一つ一つの言葉を区切りながらゆっくりと感情を込め、口にする。
其の場の全員の心に響く物があったのか、一瞬其の場が静まり返る。

 

『確かに伝えよう。 話は以上だ。 それぞれの職務に戻ってくれ……ああ、シンはここに残れ』
沈黙を打ち壊すようにミナの凛とした声が響き、それを合図としたかのようにシン以外が立ち上がる。
「はぁ……」
ミナの急とも言える言葉に気の抜けた返事を返すシン。
「それでは、お先に失礼する」
「説教か? 我慢しろよ」
「頑張りなさい、シン」
「いずれ機会があればゆっくりと話そう」
「次は火、忘れんなよ」
各々好き勝手な事を言いながら退出して行く。

 
 

「……それで俺に話っていうのはなんです?」
全員がいなくなったのを見届けるとシンは単刀直入に切り出す。
『大した事ではない。 今回の契約についていくつか確認するだけだ……来たようだな』
ミナの言葉に入り口へと振り向く。
そこには見覚えのある銀髪の男と見覚えのない女性がいた。