SCA-Seed_MOR◆wN/D/TuNEY 氏_第24.5話

Last-modified: 2010-07-07 (水) 02:13:12

request24.5 『とある傭兵達の初遭遇戦』

 
 

「そういえばふと気付いたんだけどさ」
カナードを軍病院で降ろし、総司令部へと向かう車上でルナマリアはシンに向け疑問の声を上げた。
「ん……何を?」
シートに肘を乗せ、首だけ動かしルナマリアへと向けるシン。
「大した事でも無いんだけど……カナードさんとどうやって知り合ったのなと思っただけよ」
「偶に馬鹿な頭の悪い事を聞くな……傭兵が傭兵と会う場所など戦場以外にあるか?有るなら言って見ろ」
首を傾げたルナマリアに運転しているイザークは振り向きもせず言う。
「イザークさんも身も蓋も無いこと言いますね」
シンは苦笑しながらイザークの横顔を見る。
「む……? 外れていたか」
「いや、合ってますけど」
意外そうな顔をしてみせるイザークにシンは困った様な表情を見せる。
「ねぇ、その話詳しく聞かせてよ」
助け舟を出すように言うと、ルナマリアがシンのシートに両肘を乗せる。
「まぁ、興味が無い訳ではない」
正面を向いたまま、イザークも無愛想に続ける。
「そうですね……。 あれは、俺が傭兵になって半年くらい経った頃。
 一面、白銀の、雪が積もる程寒い場所だった……」
二人の言葉に、シンは思い出すようにゆっくりと言葉を紡ぎ、過去に思いを馳せる。

 
 
 

CE73から74へと移ろうとした冬 
ユーラシア連邦 旧ロシア ヴォルゴグラード。

 

ちらほら目に映る雪がシンの心の柔らかい部分に痛みを思い出させる。
シンは雪景色が好きではない。 ……かつては、ほんの数ヶ月前までは好きだった。
家族との思い出の内、幸せだった頃のオーブ移住前の記憶だから。
嫌いになったのは自分の無力さを三度味わう羽目になった光景だから。

 

ヴォルゴグラード。
かつて、スターリングラードと呼ばれ、20世紀に大量の血と硝煙と鉄で埋め尽くされた場所。
20世紀末から21世紀以降、ヴォルガ川西岸に南北80kmに亘って広がり、
国際空港さえ存在した近代的な工業都市。
だが、エイプリルフールクライシス、続くブレイク・ザ・ワールドの影響で、かつての姿は失われた。
今や一部の区画は放棄、人の住まない無人区となった“筈”だった。

 

人々の生活していたビルの谷間を縫うように、赤い鬼の姿を模した鉄巨人が駆ける。
無数の光弾、弾丸をビルの隙間でかわし、あるいは鞭で弾きながら敵対者へと接近していく。
グフクラッシャーの鞭がジンのコックピットを貫き、万力がムラサメの上下を分かち、
ハンマーがダガーの上半身を吹き飛ばす。
「……数だけ揃えやがって」
周囲からMSを一掃したことを確認すると、コックピットの中でシンは悪態をついた。

 

ブレイク・ザ・ワールドの影響で廃墟と化していた一部区画は、今やテロリストの巣窟となっていた。
偶々近くにいた赤鬼ことシン・アスカは今も居住している住人からの依頼を受け、
テロリストの掃討に乗り出したのだった。
大した数ではないと聞いて来てみれば、MSだけで一個中隊(12機)を超える数。
文句の一つでも依頼主に言いたくなったが、直ぐに無駄だと思い直す。
ユーラシア連邦軍は内戦状態から持ち直した各地域の治安維持のため動けず、
有名な傭兵やPMCを雇う金も無いからこそ、新人で料金も安い赤鬼シンに仕事が回ってきたのだ。

 

「やっぱりビーム兵器欲しいな……」
そう言いながら先程撃破したムラサメのビームライフルを拾い上げる。

 

接近戦においては無敵といっても良いグフクラッシャーだが、イグナイテッドのように固定火器が無い為、
中遠距離戦は苦手であった。
遮蔽物の多い市街戦や狭い室内戦、或いは山岳戦ではその真価を十二分に発揮する事ができたが、
平原や宇宙空間での戦闘では不満を感じることも多かった。
かつてはあらゆる状況に対応可能なインパルスや万能型のデスティニーに乗っていた為、
余計にそう感じていた。

 

「この仕事が終わったら持って帰るか、買うかするか」
(そうは言っても弾薬やら整備やらで結構掛かるんだよな)
現在は拾い物の重突撃機銃二丁を腰に仮設したラックに引っ掛けているのだが……力なく首を振るシン。
その瞬間、背後から来た砲撃に振り向くことなく反応し、横に飛び退く。
瞬時に振り返り、瓦礫の山に、隠れたザウートにビームライフルを連射するグフクラッシャー。
その隙を突く様に、バクゥハウンドがビルを突き破り襲い掛かる。
「クソッ! 邪魔すんな!」
馬乗りになり、コックピットにビームファングを突きたてようとするバクゥの頭部に
ビームライフルを叩きつけ、腹部にクラッシャーを叩き込んだ。
一瞬の内にスクラップと化したバクゥの頭部を掴むと、コックピットへと投げつける。
パイロットは息絶えたのか、気絶したのか。 バクゥハウンドは沈黙、動きを止めた。

 

「……これで本当に最後か?」
周囲を見渡し、使い物にならなくなったビームライフルを投げ捨てる。
機体特性上グフクラッシャーは接近戦をしないわけには行かず、
通常のライフルではどうしても接近された時の反応が鈍る為、
シンはビームライフルを装備する事に躊躇していた。
「遠距離戦も近距離戦も出来て、できれば弾倉式のビーム兵器なんて無いよなあ」
ここ暫く探してはいるのだがありそうでない。
センサーに目をやり熱源動体反応が無いのを確かめると、周囲をぐるりと見渡し、動く物が無いか確認する。
これで、取り敢えずMSは一掃した。
後は念の為に、2、3日滞在して様子を見た後、依頼主へ引き渡せば大丈夫だろう。
アフターケアも考えれば、1、2週間は近場で仕事する必要があるかもしれない
「傭兵ってのも色々と気を使わなければならなくて大変だな。 駆け出しはどこもそうかもしれないけど」
最近多くなった独り言を呟くとグフクラッシャーの機首を居住ブロックへと向ける。
「取り敢えず戻るか」
背部のバックパックを展開、スラスターに火を入れようとした瞬間、
コックピットに未確認機の接近を告げるアラームが鳴り響く。

 

『この荒れ具合……同業者か』

 

通信機を通して伝わる何気ない一言。
だが、シンは言葉の裏に隠された攻撃的な何かを本能的に感じ取っていた。
「なんだ? どこの機体だ?」
IFS、敵味方識別装置に対応機種はなし、シグナルはアクタイオン社所属である事を示していた。
「……所属はアクタイオン? 軍事企業がなんで?」
接近してくるのは白をベースに各部を濃い灰色に塗った低視認塗装が施された機体。
連合系の直線を主軸としたボディに黒い大きなバックパックを背負い、
頭部カメラはダガー系列のバイザー状のタイプ。
両脚の太腿、真横部分に角柱のビームサーベルの柄が一本づつ。
手首と肘の間に黄色の六角形状の物体。 
位置こそ違うが、かつての愛機デスティニーにも装備されていたビームシールドの基部だろうか。
その手にはサブマシンガンタイプのビーム兵器。
全体的な印象ではミハシラのデータベースで見たCAT-X……ハイペリオンに良く似ている。 
同系列の新型だろうか。

 

『出遅れたが……まぁ、良い。 やる事は変わらん』
「待て! 俺は傭兵だ。 住人からの依頼で仕事していただけで敵対の意思はない!」
構わず突っ込んでくるハイペリオン系列の機体にシンは慌てて通信を繋ぐ。
『フン、運が悪かったな、そっちに戦う意思が無くても俺にはある。 
 ここらにいた雑魚より余程試し甲斐がありそうだ。 
 量産型ハイペリオン、ヘリオスの性能……試させて貰おう!』
「……聞く耳無しかよ!」
変わらず、いや更に速度を上げ、こちらに突貫するヘリオスに
シンはグフクラッシャーを近くのビルの影へと入れ身を隠す。
『悪くない判断だ……だが!』
右背部のバインダーを機体前面へと展開、砲身が迫り出す。
『フォルファントリー最大出力、ファイア!』
砲口より大幅に太い閃光ビームが進路全てを焼き尽くさんとその牙を向く。
「チィッ!」
迫る高エネルギーの舌打ちを一つ。
同時にスラスターを吹かし、ヘリオスの左側に回り込むようにステップを踏む。
腰に引っ掛けて置いた二丁の重突撃機銃を掴み、撃ち放つ。
『甘い!』
ヘリオスの装甲に叩き込まれる筈だった無数の76mm砲弾は左腕の光の盾、
アルミューレ・リュミエールに阻まれた。

 

「クソッ! マシンガンじゃ歯が立たない! やっぱり接近するしかないか」
お返しとばかりに撃ち込まれたビームをギリギリで避けると、
シンはグフクラッシャーの右手首に仕舞われたスレイヤーウィップを伸ばす。
腹を括ったシンはウィングスラスターを広げ、ヘリオスの懐に飛び込むため一歩踏み込んだ。
赤い弾丸と化したグフクラッシャーは一直線にヘリオスへと突貫する。
その突進を阻まんとするヘリオスはスティグマトを連射。
「その程度で……止められるか!」
迫る無数の光弾にスレイヤーウィップを前面に向け、円を描くように振るう。
対ビームコーティングを施されたウィップに弾かれたビームが廃墟を砕いて、
粉塵や瓦礫を周囲に撒き散らす。
破片がグフの装甲を激しく打ちつける。
だが、グフクラッシャーは、シンは止まらない。

 

『止まらないなら、無理矢理にでも止めるだけだ!』
ヘリオスのパイロットは敢えて足を止め、フォルファントリーとスティグマトを連射するヘリオス。
グフクラッシャーは横っ飛びにフォルファントリーをかわしながら、
直撃しそうなサブマシンガンのみをウィップで弾き、ジグザグにヘリオスへと向かう。
ヘリオスが後退しようと瞬間、絶え間なかった弾幕が一瞬途切れた。
『チッ……ハイペリオンよりはマシだが、燃費が悪い……
 いや、ドレッドノートのつもりで無駄弾を撃ちすぎたか』
普段乗っているドレッドノートは武装と核動力と直結させている為、リロードを必要としない。
単一機種に乗り続けていた故についた癖、カナードは自らの愚行に舌打ちをした。
空になったパワーセルがフォルファントリーから排出される。
同時にスティグマトを投げ捨てると、バックパック左側のラッチから機関砲を引きぬき、
殆ど狙いもつけず乱射した。
だが、生まれた一瞬の隙を見逃す程、シンは甘くはなかった。
盾代わりに使っていたビルを踏み台にして、スラスターを全開、空へと舞い上がりヘリオスの上空を取る。
「貰った!」
しかし、突発的事態に反応出来ない程、カナードも素人ではない。
反射的に機関砲を持った右腕でシールドを張ると、フォルファントリーをグフクラッシャーへと向ける。
シンは胴体狙いだったウィップ先端を左腕へとシフトすると、シールドを迂回するように動かし、
右腕をアルミューレ・リュミエールごと絡め取った。
(アルミューレ・リュミエールで弾けん……ABC済みか!)
『クッ!』
右腕が持ち上げられ、ヘリオスが引き摺られる。
シンは勝利の予感を感じながらスレイヤーウィップの電流を流そうとした。
その瞬間、グフクラッシャーの右腕に掛かっていた負荷が無くなり、機体が浮き上がった。
「自分で右腕を切ったのか!?」
僅かな驚きと共にスレイヤーウィップを引き戻すと、肘から切断されたヘリオスの右腕を遠くへ放り投げる。
カナードは空いていたヘリオスの左手で大腿からビームナイフを引き抜き、
電流を流される前に右腕を捨てたのだ。

 

シンは自分の詰めの甘さに、心の中で罵り声を上げると、ウィップを背部の破砕球と接続。
今度こそヘリオスを粉砕すべく投擲した。
「……馬鹿の一つ覚えか? 何度も似た手が使えると思うな!」
左腕とバインダー二枚のシールドに阻まれ、破砕球はヘリオスから逸れて行く。
加速用のブースターを止め、破砕球を戻そうとした為、グフクラッシャーに隙が生まれる。
シンがそうだったように、カナードもまた隙を見逃す程甘くはない。
既にチャージの終わったフォルファントリーをグフクラッシャーへと向け、間髪入れずぶっ放した。
「うぐっ!」
光の奔流をなんとか避けようと全身のスラスターを無理矢理吹かし、落下寸前のバランスで身を捩る。
それでもグフクラッシャーの右腕が光に飲み込まれ、跡形もなく吹き飛んだ。
シンは半ば地面に叩きつけられたような形で何とか着陸すると、すぐさま体勢を立て直した。
胃の内容物を今すぐに吐き出したい衝動に襲われたが、なんとか耐える。
ザフト時代とは違い整備や掃除を自分でしなければならない関係上、
嘔吐物まみれのコックピットは是が非でも避けたい。
(これが終わったら、ロウさんに頼んで特注品のヘルメット作って貰おう……
 バキュームと変声機が付いて、偏光バイザーの奴)
何だか良くわからないフラグを立てると、深呼吸をする。
グフクラッシャーが墜落し、シンの深呼吸が終わるまで30秒ほど経っていたが、
幸いにもヘリオスからの追撃はなかった。
双方共に片腕を失い、遠距離ではヘリオスが、機動力ではこちらが有利、
状況は五分と五分と言っても良いだろう。
「仕切り直しだな」
操縦桿を握り直し、シンは再び対峙する

 
 

ところで、シンはさほど疑問には思わなかったが、
シンが体勢を立て直すまでの間カナードが追撃をかけなかったのには理由があった。

 

『カナード、貴方は何をやっているんですか!』

 

カナードが墜落したグフクラッシャーに追撃をかけようとした瞬間、
カナードにとって聞き慣れた女性の声がコックピットに響いた。
「此方の状況をモニターしているなら分かるだろう……戦闘中だ」
モニターに映る眼鏡をかけたショートカットの女性――
傭兵部隊X副隊長兼マネージャーメリオル・ピスティスに、
絶好の機会を逃したカナードは酷く不機嫌そうに答える。
『そう言う事ではありません!
 交戦目標以外の相手と戦っている上、片腕と手持ち火器を失っているんです、今すぐ撤退を……』
『いえいえ、アクタイオンアジア企画6課としては一向に構いませんよ』
メリオルの言葉は横から現れた東洋人風の温和そうな男に遮られた。
「話が分かる人間がいるようだな」
『実戦以上に効率の良い稼働データが取れる事はありませんからねぇ。
 ……ハイペリオン系列の扱いに世界一と言って良い程習熟している貴方を
 手こずらせる程の相手なら尚更。それに……』
東洋人風の男は、一旦言葉を区切る。
『アナタはまだ、負けてはいないのでしょう?』
見る者の背筋を凍り付かせるような不気味な笑みを浮かべ男は笑った。

 

「当然だ。 俺はまだ……まだ戦える。 メリオル」
『既に情報収集は終わっています……機種はグフクラッシャー。 ザフトの試作近接戦闘用MSです。
 機体から一切の火器を排除してはいますが、多彩な兵装の搭載で
 クロスレンジからミドルレンジまで対応しています。
 その格闘戦能力はテストパイロット、アンリ・ユージェニー自ら操ったヘブンズベースでの大立ち回りで
 証明済みです……分かっているとは思いますが、格闘戦ではこちらが不利です。』
課長の言葉に口元を吊り上げると、カナードはメリオルの名を呼んだ
メリオルにはそれだけで充分カナードの意図が掴めたのか、
僅かな間に集めた手元の資料をすらすらと読み上げる。
『パイロットについてはどうだ?」
モニターのグフクラッシャーから目を放すことなく、カナードはメリオルに続きを促す。
『ええ、特徴的な機体ですからすぐに分かりました。 ここ半年の間に名を上げ始めた傭兵です。
 通称赤鬼……正体経歴一切不明の男です』
「成る程、充分だ……早めにカタがつきそうだ。 回収の用意をしておいてくれ」
『カナード! 待ってくd』
メリオルからの情報に深く頷くと、カナードは一方的に通信を切った。

 

「久しぶりだ……こんな気分は」
「これほどの相手がいるなんて……世界は広いな」
心臓の鼓動が高鳴り、心がざわめく。

 

シンもカナードも戦闘狂ではない。
ただ強さ、力を追い求める求道者的な部分があった。
そう言う意味ではシンとカナードは良く似ていた。
シンが家族を失った事で力を求めたように、カナードは自らの存在を認めさせる為に力を求めた。
相手は互角、強者との戦いは己を高みへと導く道標だ。
理由は違えど、力を求めた者同士、お互い顔さえ知らずとも感じいるものがあったのかもしれない。

 

「…………」
シンは今にも発動しようとするSEEDを押さえつけようと奥歯を噛み締める。
一騎打ちを苦手とする自分では単純な力押しや反射神経の速度だけで勝てるような相手ではない。
かつてのシンならSEEDを躊躇いなく発動し、勢いに任せ突っ込んでいただろう。
自分が無意識の内にSEEDに頼り、何も考えない力押しが如何に多かったか。
月でのアスランと戦いや赤鬼と名乗り初めてからの半年間で嫌と言う程、それを思い知った。
読み合いが必要な相手に対して思考力の下がるSEEDは邪魔でしかない。
決着は一撃で就く。 本能的にそう感じたシンはグフクラッシャーの左腕―
―残った唯一にして最強の武器―をインパクトバイスへと切り換え、いつでも動けるように呼吸を整えた。

 

「…………」
左腕を変型させたグフクラッシャーを見たカナードはビームナイフを逆手で構え、決着の瞬間に備える。
恐らく技量は同等、条件はほぼ五分。
だとすれば勝負の行方を左右するのはパイロットの生む一瞬の隙。
堪えきれず先に動いた方の負けだ。
決着の時に備え、今はその時を待つ。

 

双方動きが無いまま時が過ぎて行く。
機体に降り積もる雪がモーターの熱で溶けていかなければ、まるで世界が凍りついたように思えただろう。
だが、この世界に永遠など有り得ない。
フォルファントリーを受け、崩れ欠けていたビルから瓦礫が地面へと落ちた。
それを切欠としたように、グフクラッシャーとヘリオスはほぼ同時に動いた。
先手を取ったのはダッシュ力の差でシン。
ウィングスラスターを開くと地を滑るかの如くヘリオスへと突撃する。

 

(貴様の左腕の武器の射程は読めている……この距離なら俺のビームナイフが先に届く!)
左腕のインパクトバイスを下からすくい上げるように突き出したグフクラッシャーに、
カナードは余裕をと自信を持ってビームナイフの刀身を伸ばし、振り下ろした。
次の瞬間、インパクトバイスを切り裂き、返す刀でコックピットを両断する筈だったビーム刃は
虚しく空を斬る。
コックピットに響いた右側面へのアラームにカナードは頭部を右に向けた。
カナードは目にしたのはグフクラッシャーの右足。
「喰らえっ!」
回避しようとするも間に合わず、グフクラッシャーのハイキックを受け、機体が左右に激しく揺れる。
「蹴り飛ばしただと……!?」
格闘戦向けに装甲が厚く、内部機器が衝撃に強いグフならだからこそ出来た荒技だった。
スーパーコーディネイターとして与えられた高い耐G能力がカナードの意識を保つ。
「舐めるな!」
吹き飛びながらもコントロールスティックを動かし、ヘリオスの右腕を動かす。
振り上げられた右腕、その手に握られたビームナイフにグフクラッシャーの右足が切り落とされる。
だが、それでもグフクラッシャーは止まらない。
残った左足を軸に立つとウィングスラスターを片側だけ吹かすとその場で半回転した。
倒れかかるヘリオスの頭部目掛け、ウィングがハンマーのように迫る。
(くっ……避けられんか!!)
覚悟を決めたカナードは直ぐ後に来る衝撃に備え、奥歯を噛み締めた。
左に倒れ込んだヘリオスの勢いとヘリオスの頭部を狙い放たれたウィングスラスターの勢いは
比例するかのように威力を増し、ヘリオスの頭部を弾き飛ばしただけでは飽きたらず
胸部上っ面の装甲まで持っていった。
「どうだ!?」
「まだだ! まだメインカメラがやられた程度で!」
グフクラッシャーのカメラを動かし、声を上げたシンの心をへし折ろうと、
カナードの叫びと共にグフクラッシャーの頭部に反撃の肘打ちが叩き込まれた。
「うっ!」 「くっ!」
倒れ込む二機。

 

「これで! 終わりだ!」
いち早く機体を立ち上がらしたカナードは嗚咽を上げたシンに追い討ちを、
トドメを刺そうとフォルファントリーをチャージする。
「させるかっ!」
光芒が砲口から漏れ、今まさに放たれようとした瞬間、残ったスラスター全てを全開にし、
倒れ伏せたグフクラッシャーがヘリオスの背後を取った。
「何っ!」
「……イグニッション!」
バックパックへと喰らい付いたグフクラッシャーの左腕、インパクトバイスが
PS装甲すら砕く圧搾力全てを叩き込む
瞬時に機関銃のような音が響き、カートリッジが排出され、バックパックを押し潰して行く。
発射間近だったフォルファントリーのエネルギーが行き場を失い、ウィングスラスターの残存燃料が誘爆、
爆発による火焔と粉塵が舞上げられた雪が二機を覆い隠した。

 
 

「痛っ……」
けたたましいアラームの音に意識を取り戻したシンは二、三度頭を振り、
意識をはっきりさせると正面モニターで機体コンディションをチェックする。
両腕は吹き飛び、右足は膝から先が無いしバックパックもガラクタと化している。
制御系は衝撃でシステムエラーを起こし、復旧には時間が懸かりそうだ。
「……良く持ってくれたな」
応えが返らない労いの言葉をグフクラッシャーへとかけると、
シンはシートの足元からサバイバルキットを取り出し、コックピットを解放した。

 

「糞っ! バッテリー切れだと? 認められるかこんな終わり方が!」
シンに数分遅れ意識を取り戻したカナードは辛うじて付いていた非常灯を頼りに
コントロールスティックやキーボードを操作する。
しかし、インパクトバイスによるウィングバインダー破壊の衝撃でバッテリーも吹き飛んだのか反応は無い。
電装系を繋ぎ変え、なんとか映ったモニターにはエンプティの文字。
一応、予備電源から救難信号は出ているようだ。
「安物めェ……」
試作品故の作りの安っぽさと己の運の無さを嘆きながら、
カナードはシートの後ろに固定されていたアサルトライフルを取り出した。
サイドボードから弾倉を取り出し、初弾を装填、安全装置に指を掛け、いつでも撃てるようにする。
緊急爆砕ボルトでハッチを吹き飛ばし、這いずるように外へと出た。

 

とぅーとぅーとぅー♪

 

周囲を警戒しながら、グフクラッシャーの方へと歩いていたカナードの耳に、調子外れな鼻歌が聞えた。
「なんだ?」
寒さに肩を震わしたカナードが目にした物はこのクソ寒い中、薪を集め、湯を沸かし、
インスタントコーヒーを飲む男の姿だった。
「ふ、ふざけるな!」
叫びと共に即時発砲。 カナードにしては我慢した方だろう。
「うわっ! まだ生きてたのかよ!」
足元に銃撃を受けたシンは左手で拳銃を、右手にコーヒーの入ったカップを持ち
グフクラッシャーの影に隠れる。
怒り心頭なカナードを見た瞬間、シンははっとして何かに気付いた顔をした。
「こ、コーヒーが飲みたいならまだあるぞ!?」
「そう言う事じゃねぇ!!」
「……ああ、紅茶派か?」
「だから、そういう事じゃないって言ってるだろうが!」
的外れなシンの言葉にカナードの怒りは更に増し、銃撃もまた激しさを増す。
「出て来い! 決着を付けるぞ!」
暫く膠着状態が続き、痺れを切らしたのか、カナードは叫び声を上げながらアサルトライフルを乱射する。

 

「アサルトライフル相手じゃキツいなぁ……
 こうなったらエドさんに教わった“アレ”でもやってみるか……」
グフクラッシャーの影から顔を出さないギリギリまで移動すると、シンは次の行動に備え、深呼吸をした。
「来いよ、ベネット! 銃なんか捨ててかかってこい!」
「誰がベネットだ。 そんな安い挑発に乗る奴がいるか……」
シンの安っぽいに呆れ顔を見せながらも、何処か心惹かれていた。
なんと言うか……こう、乗らなければいけないと言う義務感にも似たむず痒さを感じ、カナードは思い悩む。
「どうしたベネット? 怖いのか!?」
「……てめぇなんか怖くねぇ!! ぶっ殺してやる!」
最終的にカナードは半ば反射的に挑発に乗るとアサルトライフルを投げ捨てるとシンに殴りかかった。

 

「うおおぉぉぉぉぉぉ!!」 
「舐めるなぁぁぁぁっ!!」

 

シンとカナード、双方の獣の咆哮じみた雄叫びと共に、蹴りが飛び、拳が唸りを上げる。
二人の男の生身での殴り合いはいつ終るとも知れなかった。

 
 
 

「それで? その後、どうなったの?」
興味津々の様子でルナマリアはシンに続きを促す。
「……壮絶な殴り合いの末に力尽き、二人して雪に埋もれ、危うく凍死しかかった。
 偶々通りかかった地元の人に救助され、一命を取り留めましたとさ。めでたしめでたし」
これ以上はあまり話したくは無いのか、シンの口調は淡々とした棒読み。
「それで終わりか?」
「その後、お互いのことを話しながら……主に、お互いの本名と出自ですが。
 二人で震えてる所に向こう……傭兵部隊Xの副隊長メリオルさんとアクタイオンの人が来て
 カナードはお説教。 俺はグフクラッシャーの修理をどうするかで頭抱えてましたよ。
 まぁ、アクタイオン社で修理してくれる事になったんですけど。 
 修理代替わりに二ヶ月くらいテストパイロットやユーラシア軍相手のアグレッサー(仮想敵機)なんか
 してましたね」
観念したのか、シンは遠い目をしながら語る。
「……ん? 待て、アグレッサーだと? ユーラシア軍相手にか!?」
「そうですけど……何か?」
ユーラシアのアグレッサーと言う言葉に表情を変えたイザークにシンは首を傾げる。
「2、3年くらい前からユーラシアがザフトのMS機動や戦闘パターンにやたら詳しくなったから、
 なぜかと思えば……お前の仕業か!」
「あー、多分そうじゃないですかね」 
イザークの追求に目を逸らしながら、シンは言う。
「貴様の所為で、俺の隊は新兵向け教育プログラムやモーションパターンを組み直す羽目になったんだぞ!」
とは言え、それが今回の事変では幸いし、ザフトMSの全てを知り尽くす
ザフト教導隊有するネームレス相手に、緒戦をアーモリー1駐留部隊のみで対抗できたのだが。
「す、すみません」
怒りに肩を震わせ、運転すら危ういイザークにシンは素直に頭を下げる。
「イザーク隊長! 運転に集中して、落ち着いてください」
「まぁ、良い……迷惑料分働いてもらうだけだ。 む……着いたか」
ルナマリアの諌めが効いたかは分からないが大きく鼻を鳴らすと、
何時の間にか着いていたアーモリー1司令部エントランスに車を停めた。

 

「ルナマリア、悪いが車を戻しておいてくれ。 俺たちは直接ミーティングに行く」
「了解です」
「行くぞ、シン」
軍用4WDから降りたイザークはルナマリアの承諾を確認したし、シンを入り口へと促す。
「ルナ、悪いけど後よろしくな」
右手を軽く上げ、挨拶するとシンはイザークの後を着いて行こうとした。
「あ、シン!」
「? なんだよ?」
カナードの言葉をふと思い出したルナマリアは思わず声を上げ、シンがそれに反応し振り向く。
「…………気を付けて」
考えた末にでルナマリアの口から出たのはありふれた言葉。
「ああ、ありがとな」
シンはルナマリアの言葉に大きく頷き、踵を返す。

 

ルナマリアに出来る事は無事の帰還を心の中で祈る事だけだった。