SDガンダム大外伝 伝説の再臨
第一章 ~混乱のラクロア~
1.
現在とは違う時代、どこかにあるという《スダ・ド・アカ・ワールド》。
この世界では、人間とMSが平和に暮らしていた……ジオン族と呼ばれる者達を除いて。
遥か昔の戦いでユニオン族に敗れ、長きに渡り隠れ潜むようにして過ごしていたジオン族。
だが、ある時、一人のMS族が彼等を束ね、強大なザフト帝国を作りげ、自らを「天帝」と称した。
今、そのザフト帝国との戦いを繰り広げているのは、ラクロア王国。
ユニオン族とジオン族、それぞれの伝説のガンダムが戦いを繰り広げた地であった……。
その日、ラクロア城の玉座の間には、騎士団の代表格達が集っていた。
彼等ラクロアの騎士団は先に行われたエンデュミオン平原の戦いで、攻勢をかけてきたザフト帝国軍を追いかえす事に成功していた。
「此度の戦、御苦労であった。そなたらの活躍により、我が国はザフト帝国を退ける事が出来た」
ラクロア国王アルダは、玉座に間に居並ぶもの達に鷹揚に声を掛けた。
齢60に近いはずだが、20歳以上は若く見え、その声にはまだまだ張りがあった。
「お褒めの言葉、ありがたく思います」
並び、礼をする騎士団の中より、一人の人間族の騎士が進み出る。
「ムウよ、そなたもよく戦ってくれた」
ムウ王子。このラクロアの王子であるが、一人の騎士として前線で指揮をとり、自らも剣を揮っていた。
「さすがお兄様! ジオン族なんか敵じゃないわ」
王の隣より歓声をあげたのは、ラクロアのプリンセスであるフレイ姫だ。
「では、勲功第一位の者に褒美を取らせる」
王のその言葉に、ムウ王子は僅かな逡巡を見せるが、すぐに気を取り直して言葉を紡ぐ。
「はっ。騎士ストライク、前へ」
名を呼ばれたMS族の騎士は、やはり躊躇いを見せる。が、ムウと目が合うと、恭しく王の前へ進み出た。
「騎士ストライク、そなたの働きに対し、褒美を取らす。まずはこの勲章を受け取るがよい」
「はい、ありがとうございます」
歩み寄ってきた文官が差し出した勲章を受け取り、広間の者に見えるように高々と掲げた。
周囲から感嘆の声と、拍手が巻き起こる。
だが、分かるものには分かるだろう。彼の表情に、己が功績に対してあるべき誇りが無い事を。
「今度、伝説の騎士の称号、バーサル騎士の叙任を行おうという話が出ておる。お前ならその称号に相応しいやもしれぬ」
王の言葉に、ストライクはさらに複雑な表情を浮かべた。
その場にいる他のラクロア騎士団のMS族――騎士イージス、闘士デュエル、戦士バスター、隠密剣士ブリッツの四人も、一様に複雑そうな表情を浮かべていた。
王との謁見も終わり、集まっていた者達が退室して各々の仕事へと戻る中、ストライクは先に出た同僚に追いつく。
「すまない、イージス。これは君が受け取るべきだ」
そう言うと、受け取ったばかりの勲章を渡そうとする。が、押しとどめられた。
「いや、それはお前が授かったものだ。それに、私は勲章のために戦っているわけじゃない」
イージスは先日行われた戦いで、真に一番の成果をあげていた。
だが、彼は特殊な出自のため、どれほど活躍しようともそれは無いものとして扱われる。
「しかし……」
「ストライク殿、その勲章をあなたに授けた王の立場もお考え下さい。また、そこにかけられている期待も」
なおも食い下がろうとするストライクに、そばにいたブリッツが言葉をはさむ。
「そう、お前の力はその勲章や、バーサル騎士の称号を受けるに足るものだ。ただ、私が戦場で少し上手く立ち回ったに過ぎない。いや、私が勲章を受けられない理由こそが私の力そのものだ……」
「イージス殿、あなたも自己卑下を始めないで下さい」
やれやれ、と言った口調でブリッツは肩をすくめた。
ストライクは顔を落とす。が、それがよくなかった。
誰かの足が視界に入った途端、誰かと確認する前に頭を殴り付けられた。
「おぅわッ!?」
「騎士たるものがどこを見ている! 愚か者がぁッ!!」
ようやく顔を上げると、真紅の鎧を身に纏ったMS族の騎士が目に入った。
「あ、姉上……」
「下らぬ事で悩むなッ! ブリッツの言う通り、王に恥をかかせるつもりか!? 次は実力で文句無しの勲功第一位をとる、ぐらいの事は言って見せろ!」
紅騎士(クリムゾン・ナイト)ルージュ。ストライクが言う通り、彼の姉であり、王都の防衛を任務としている。
恐ろしい剣幕で怒鳴られ、ストライクは金縛りにあったように硬直する。
ルージュはその視線をイージスとブリッツに向ける。彼等は思わず後ずさった。
「今からこいつに稽古をつけてくる事にする。お前達は先に帰ってくれ」
「は、はい」
二人は逃げるようにその場を去って行った。
いや、気分的にはホントに姉上の恐ろしさから逃げてるのかも、などとストライクは思った。
なおも何事か怒鳴っているルージュの声を聞きながらイージスとブリッツが廊下を進んでいると、デュエルとバスターがいた。
「フン、つまらん問答をしやがって。自慢のつもりか?」
「まったく、俺達の分ももう少しとっておいてくれよな」
「デュエル、そんなつもりはない。バスター、戦いは狩りじゃないんだ。そんな余裕を持ってやるものじゃない」
皮肉たっぷりに言い放つ二人にイージスは言い返す。
「だが、いつまでも貴様らの次に甘んじる俺ではないぞ! 見ていろ! 次の戦いでは俺が勲功第一位をとってみせるぞ!」
指を突きつけて吼えるデュエル。偶然にもルージュが弟に対して言っていた事と同じであったため、イージス達は苦笑する。
「何を笑っている! いいか、バーサル騎士の称号を得てザフトの天帝を討ち取るのもこの俺だからな!!」
大口を叩き始めたデュエルにバスターも流石にあきれ始めた様子だったが、更に皮肉げな表情をとる。
「しかし、お前らも本音じゃ悔しがってるんじゃないか?」
「何?」
聞き捨てならない言葉だった。しかし、
「イージスは血筋が関係ないって示すために頑張ってんだろ? けど、活躍すればするほどその血筋に苦しめられる。ブリッツ、お前も工作だ支援だじゃなくて、もっと華々しい活躍をしたいんじゃないか?」
ニヤニヤ笑いながらそう言われて、一瞬言葉に詰まる。
「……何が言いたい? ストライクを追い落とそうとか、そういう話をするつもりじゃないだろうな?」
否定はせず、相手の真意をはかる。
「いや、別に何も。ちょっと言ってみただけだって」
手をひらひらさせ、はぐらかすように答えるバスター。
と、その時――
「なるほど。それぞれが心に抱えているものがあるようだな」
「!?」
突如4人に声が掛けられる。
「それは、十分な隙となってくれるよ」
暗がりの中から、仮面をつけた男が歩み寄ってくる。気がつけば、廊下に他の者の姿は無い。
「貴様、何者だッ!?」
「私か? 君たちの敵だよ。ただし、たった今から仲間になるのだがね……」
デュエルの誰何に答える男の手に、怪しい魔力の光が揺らめいた……
「しかし、姉上やムウ王子を差し置いて、私がバーサル騎士の称号を得るなど……」
廊下を進みながらストライクはそんな言葉を漏らす。
前を歩きながらその言葉を聞いたルージュは、ふむとうなずく。
「たしかに、お前はまだまだ未熟だ。私達には及ばん」
はっきりと肯定する。だが、
「だが、熟せばどうなるか分らん。お前の腕は近頃は戦の中でどんどん磨かれていて、私はすでに頭打ちに近いからな」
振り返らずに言ったため、かすかな笑みを浮かべていたのはストライクには見えなかった。
「姉上……」
「精進しろ。つまらん所で戦死などするなよ」
「はいッ!」
訓練室の近くまで来たとき、場内の雰囲気が変わった事に二人は気付く。
「何かあったか……?」
そうルージュがつぶやくと、すぐに喧騒がこの場にも届いてきた。
「西塔に火の手が上がったぞーっ!!」
「地下牢の方も火事だ!!」
「中庭の植物が燃えている! 次から次へと燃え移って手が付けられん!」
「こっちもだ! どうなっている!?」
二人は顔を見合わせた。
「火事……? それも一度に複数!?」
「と、なれば、人為的なものに違いあるまい! 賊が侵入した可能性が高い!」
二人は駆け出す。廊下を少し進んだ所で、イージスに遭遇する。
「……大変な事になってますね」
イージスはやけに落ち着いた雰囲気で言う。
だが、その態度を気にしている暇は無かった。
「よし、ここから別々に行動しよう。私は消火活動にあたる。ストライクは王の元へ行け。イージスは賊を探すんだ」
「分かりました!」
ルージュの指示に従い、ストライクは二人に背を向けて玉座の間の方へ向かおうとする。
その時、背後で激しい金属音が鳴った。
「えっ……?」
イージスの腕から鋭い刃が伸びて、ストライクの方へと振り下ろされんとしていたところを、ルージュの盾が受け止めていた。
「まさか、そちらが気配に気づくとは……流石ルージュさんですね」
イージスは後方に跳んで離れる。ルージュは鋭くその姿を睨みつける。
「貴様、何のつもりだ?」
「賊を探す必要が無いもので……。火を点けたのは、私ですから」
「火を点けたって……どういう事なんだ!?」
理解できずストライクは叫ぶ。
「簡単な事だ。この血が流れる限り私はこの国では認められない。ならば、この血を認めてくれる者の元につくんだ!」
左腕からも右腕と同じように刃が飛び出す。
ジオンモンスターの血が流れる……それこそが、イージスの優れた力の元であり、彼の苦しみの源であった。
「ザフト帝国につく気なのか!? 今日の賞与式が原因なのか!?」
「フッ……そう言う事になるね」
「そ、そんな……。頼む、考え直してくれ! 私からももっと君の事を評価するように頼んでみるから!」
ストライクはそう言いながら歩み寄ろうとするが、ルージュが押しとどめた。
「ストライクの言う通りだとしても、先刻と比べて急に態度を変わり過ぎだな。それに、火の手が複数である以上、お前だけがやったわけではあるまい」
「…………」
指摘され、イージスは押し黙る。
「賊はやはりいる。お前はそいつの口車に乗ったか、操られているか……。どちらにせよ、それはお前一人だけではないな?」
「フッ……」
イージスは薄く笑うと、身を翻して窓から外へと飛び出した。
「ま、待ってくれ、イージス!」
追いかけようとするが、またもルージュに止められる。
「落ち着け馬鹿者! 奴が何故ああなったか、冷静に考えられもせずに後を追おうとなどするな!」
「うっ……」
「追跡は私がする。お前は先に指示したとおり王の元へ行け!」
そう言うと、ルージュも窓から外へ飛び出した。
一人残されたストライクは、しばし悩んだが、姉に言われたとおりに今度こそ玉座の間へと走る。
玉座の間の奥、城の最奥とも言うべき場所にあるその部屋にアルダ王はいた。
中の会話が決して外に漏れないようにするための部屋であるので、逆に外の喧騒は彼の元には届いていなかった。
ここで、とある人物と大事な話があるため、人払いは済ませてある。
「遅いな……」
そんな事をつぶやいた時、部屋のすみに魔法陣が現れ、待ちかねていた人物――ローブを身にまとい、仮面を被った魔道士が現れた。
この部屋には通常の魔法では入り込めない結界があるのだが、転送魔法のポイントとして設定してあるので彼にはそれができた。
「おお、待っていたぞ。今日は大事な話があると聞いたが、一体何の用なのだ?」
アルダ王は椅子から立ちがり、魔道士を出迎える。
魔道士は、そんな王に向けて冷たい笑みを浮かべた。
「何、そろそろ契約を終わりにしようかと思ってね。お別れに来たのだよ」
「な、何だと……!?」
驚愕する王に向け、魔道士は魔力を込めた手を突き出した……
ストライクが玉座の間に到着して見渡すと、先に何人かの近衛兵がいた。
だが、肝心の王の姿が玉座にない。
「王はどこに?」
「はっ。それが、今日は客人にお会いになるという話で、人払いをして玉座の奥の部屋に入られているのです」
玉座の奥へと続く扉には、王族の者しか持っていない鍵があった。それ故近衛兵と言えども入る事は出来ない。
「奥の間ならば、賊も侵入出来ないか。ならば安全と見てよさそうだな」
ストライクはホッとため息をついたが、近衛兵は困った顔をしていた。
「ですが、火事の件はご報告申し上げねばなりません」
「はいはい、どいてどいてー!」
ムウ王子とフレイ姫が一緒に玉座の間に入ってきた。
「とりあえず、親父のところへ行く。念のため一番腕の立ちそうな……お、ストライクがいたか。ちょうどいい、お前も来い」
そう言いながら奥の間への鍵を開ける。
「はい。分かりました」
二人の後ろ、特にフレイ姫の背後を守る形でストライクも奥へと進んだ。
通路と階段を抜け、奥の部屋に入った時、最初に目に写ったものを見て三人は息の飲んだ。
そして、それが何であるかを理解した時、最初に声をあげたのはフレイだった。
「お……お父様!? いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「お、王が……」
血まみれになり、既にこと切れている王の姿。そして、その傍らに立つ仮面の魔道士。
「き、貴様! 一体、何者だ!?」
一早く気を取り直したムウは剣を抜いて魔道士へと向ける。
「ムウ王子とフレイ姫か……。そうだな、君達には私の名を教えておこう」
仮面の奥の視線をもはや動かぬ王からムウへと向ける。
(えっ……?)
その時フレイは、ある事に気づいて沈黙した。
「我が名はクルーゼ。ザフト帝国の魔道士クルーゼ!」
「ザフト帝国の魔道士!?」
驚くムウとストライクを尻目に、クルーゼは帰還のための転送魔法を起動させる。
「今日の所は時間も押しているので退散させてもらうよ。機会があればまた、戦場か、あるいはこの城を攻め落とす時にでも会おう!」
「待てッ!」
ムウが飛びかかって剣を振るが、一瞬遅く魔道士の姿は掻き消え、刃は空を切った。
「クソッ……こうも簡単に親父を暗殺されちまうなんて……」
「魔道士……まさかイージスは奴に操られて……?」
沈痛な面持ちでつぶやく二人の騎士をよそに、フレイは先ほど気付いた事について考えていた。
(お兄様達は気付いていない……それに、何か意味がある事なのかどうかも分からないけど……)
どうしても、その事が気になった。
(あの魔道士、声がお父様にそっくりだった……)
<続く>