SEED DESTINY × ΖGUNDAM ~コズミック・イラの三人~ ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第20話

Last-modified: 2013-10-30 (水) 02:58:45

 何度も通っている工廠は、最早、顔パスで入れるようになっていた。ハマーンは施設の
エントランスを抜けると、一直線に現場へと足を運んだ。
 油や金属が焼けた臭いが漂ってくる。この臭いにも、もう慣れたものだ。
 キュベレイは丁度、搬送されるところだった。
 姿を見せたハマーンに、技術主任が歩み寄ってくる。元オーブの技術者であるという彼
は、当初モルゲンレーテでもこんなものは見たことが無いと言って、キュベレイに甚く感
動していた。
 「おはようございます。いよいよですね」
 技術主任はやや興奮した様子で挨拶した。
 「機体そのものには自信を持っています。問題が出るとすれば、やはりサイコミュまわ
りだと思いますが……」
 「ファンネルが使えればいい」
 「それが一番の問題で……如何せん、サイコミュの運用試験は貴女がいなければでき
ないのですから。しかし、ドラグーンシステムの研究はモルゲンレーテでも行われていま
したし、試作型の一機に実装される予定でしたが、私は開発途中でオーブを焼け出され
たものですから、どうなっているのか気になっていたのです。それが、別の形とはいえ、
こうして関われたのは本当に幸運でした」
 彼らはハマーンが想像していた以上に優秀な技術者だった。異なる世界の技術にも積
極的に興味を示し、見る見るうちにその理論を理解していったのである。流石にミノフスキ
ーイヨネスコ型核融合炉を一から製作するのには長い年月が掛かりそうだったが、既存
のものを調整したり整備したりするだけであれば、難なくこなして見せた。
 「そうか」
 ハマーンは比して淡白に返すと、視線を別の方へと向けた。
 その目線の先には、金色の憎い奴が佇んでいる。百式もほぼ修復を終え、キュベレイ
には遅れているものの、最終段階に入っていた。
 (大したものだ……)
 百式に関しても、感心させられた。四肢がもげた百式を殆ど原型どおりに修復した手腕
は、素晴らしいの一言に尽きる。彼らは、百式のデータベースから引っ張り出した図面か
ら、ほぼ完璧な形で復元することに成功したのである。
 特殊な材質の装甲は既存のもので代用した。その影響で機体バランスが崩れたり、予
定スペックに届かないことが分かると、駆動系の効率化を図ったり、バーニアの出力調
整をしたり、或いはアポジモーターの増設をしたりなどして、あらゆる面で工夫を凝らして
見事に問題をクリアして見せた。
 その根気や情熱たるや、並大抵のものではなかった。流石はデュランダルが集めた精
鋭の技術者であろうか。ハマーンは、素直に感心していた。
 「楽しみですよ。ちゃんと動いてくれるかどうか、不安でもありますがね」
 「動くよ。見れば分かる」
 キュベレイは新品同様の輝きを放っているように見えた。アクシズの技術の粋を集めて
開発された機体である。コズミック・イラで運用できるように調整されていたが、その作業
にアドバイザーとして携わっていたハマーンも、仕上がりには満足していた。
 後は、実際に動かしてみてどうかというだけである。それを、これから試す。
 空間運用テストのために、練習艦のローラシア級でコロニーを発進する。テスト宙域に
到達すると、ハマーンはキュベレイへと乗り込んだ。
 「あの、パイロットスーツは?」
 「着ない主義だ」
 ハマーンは素っ気なく返事をすると、コックピットハッチを閉じた。
 久方ぶりのキュベレイのリニアシートである。球面の全天周スクリーンは、全面に外の
景色を映し出す。それはあたかも宙に浮いているような錯覚をパイロットに与える。初心
者はその浮遊感に戸惑うのだが、窮屈なザク・ウォーリアのコックピットよりも解放感が
あって、ハマーンは寧ろこちらの方が好みだった。
 ゆっくりとカタパルトデッキを進む。カタパルトに足を嵌めると、キュベレイは両肩の大
型バインダーに隠すように腕を広げた。
 「出るぞ」
 ハマーンが一言放った瞬間、膝を曲げたキュベレイは加速し、無重力の海へと躍り出
た。
 漆黒の宇宙に、キュベレイのホワイトカラーは映えた。見るものをウットリさせる流線型
のボディラインは、バーニアの光が尾を引くのも相まって、遠目からではさながら流れ星
のようであった。
 キュベレイは宇宙を縦横無尽に駆けた。大型バインダーのメインスラスターの調子は
良好で、加速も制動も申し分ない。その他の機体各所に点在するアポジモーターも問題
なく、小回りも非常に良く利いた。
 ローラシア級から大量のバルーン隕石が射出される。ハマーンはそこにキュベレイを
飛び込ませた。
 バルーンの隙間を縫うように進み、あっという間に抜け出る。接触は無い。
 主任が自信を覗かせるだけあって、機体そのものの仕上がりに文句は無かった。操縦
感覚にも違和感は無い。追従性も高く、ハマーンの思うように動いてくれる。
 「いかがですか?」
 「うん。問題ない。今のところ、サイコミュも機能しているようだ」
 「こちらでもデータは出ています。問題は、ここからです」
 機体制御の補助システムとしてのサイコミュは機能している。しかし、主任が言うように、
それが攻撃面で機能してくれるかどうかが肝要だった。それこそがキュベレイの生命線
でもあるのだから。
 引き続き、ドローンを相手にした攻撃性能試験が実施される。ドローンは航空機のよう
なデザインのメカで、それが大量にキュベレイの周りを飛び交った。
 キュベレイがハマーンの操縦に反応し、手を掲げる。袖下から覗く砲口から放たれたビ
ームは、高速で宇宙を飛行するドローンを一撃で粉砕した。
 立て続けに両腕でドローンを狙い撃つ。ビームは7割以上の確率でドローンに命中し、
次々と宇宙の藻屑に変えていった。
 「ビームガン、問題は無いようですね」
 「ファンネルを使う」
 「どうぞ」
 キュベレイの尾に当たる部分が、上を向く。ハマーンは集中力を高め、イメージを思い
描いた。
 「……行け!」
 号令を掛けると、尾の裏側から無数の光が飛び出した。その光は個々に散開すると、
次の瞬間、嵐のようなビームの光跡が縦横無尽に走った。それはあたかも張り巡らされ
た網の目のようで、たちまちの内にドローンは全て撃墜されてしまったのであった。
 攻撃を終えた光は、再び尾に戻ってきた。それらが全て再装填されると、ハマーンはサ
イコミュが無事に機能してくれたことに安堵し、一つ軽く息をついた。
 通信回線の向こう側では、技術者たちが歓喜の声を上げていた。同じモビルスーツと
はいえ、未知の技術が詰まった機械を相手に悪戦苦闘を重ね、ようやく実用化にこぎつ
けたのだ。喜びも一入であった。
 「おめでとうございます。テストは以上で終了です。これなら、実戦でも十分に通用しま
すよ」
 技術主任の表情は、まるで春が訪れたかのように華やいでいた。
 しかし、ハマーンに笑顔は微塵も無かった。喜色満面の主任には目もくれず、険しい表
情で遠くの宇宙へと意識を向けている。
 「あ、あの……何か?」
 特別気難しいわけではないが、無駄に威圧感を感じさせる女性だった。明らかに年下
なのだが、目上のような扱いをしなければならないような雰囲気が、ハマーンにはある。
そのハマーンが、喜びに沸く自分たちとは対照的に、無言のまま能面を晒しているので
ある。何か気に入らないことがあったに違いないと感じ、主任は肝が冷えていく感覚を
味わっていた。
 キュベレイが不意にローラシア級に背を向けた。そして、ハマーンは告げたのである。
 「これからキュベレイの最終テストに向かう」
 「へ?」
 「危険なテストになる。船はコロニーの近くまで退避させておけ」
 ハマーンはそう言い残すと、キュベレイを加速させた。
 「あ、あの、ちょっと!?」
 主任が問う間もなく、キュベレイは漆黒の彼方に吸い込まれていった。
 
 
 プラントコロニー群より程近い暗礁宙域に、サーモンピンクの艦船が浮かんでいた。周
囲はすっかり岩やスペースデブリに囲まれていて、時折それらが艦体を叩いた。その他
にも数隻のローラシア級が屯っていて、その周辺を二機のモビルスーツが飛び交ってい
る。
 一方は白を基調とし、青い草葉のようなウイングを背負っていた。その関節は黄金色の
輝きを放っている。ストライク・フリーダムは、キラの新たなモビルスーツだった。
 他方は赤を基調としていて、背部にリフターを背負っていた。その関節は対を成すよう
に銀色の輝きを放っている。インフィニット・ジャスティスを駆るのは、アスランだった。
 二機は絡み合うように暗礁宙域の中を駆け抜けた。互いにビームを撃ち合い、かと思え
ば協力して岩を破壊する。モビルスーツの訓練だった。
 スペースデブリは、止まっているように見えてその実、とんでもないスピードで動いてい
る。しかし、二機のモビルスーツはそのスピードを感じさせない程に良く動き、圧倒的な性
能と腕前を見せ付けた。
 サーモンピンクの艦船――エターナルの艦橋でその様子を観戦していた一同は、一様
に感心し切りの表情を浮かべていた。
 「お二方とも、実に素晴らしい!」
 一人の男が快哉を上げた。
 鼻筋とクロスする傷がある。目は鋭く釣り上がり、常に爛々とぎらつかせている。少し、
危険なにおいのする男だった。
 艦長席に座るバルトフェルドの目が、その男を疑わしげに見やった。
 男は、ロゴス動乱で世界が混迷を極める中、突然現れた。男はクライン派を名乗り、ア
スランたちの思想に共感したと言って、是非新たに作る組織に参加させて欲しいと申し出
てきたのである。
 新たな組織とは、ラクスを領袖とし、アスランを副首領に据えた、ラクス派とも呼べる新
たなクライン派である。デュランダルの政治手法に強い懸念や危機感を抱いた有志によ
って構成されていて、現プラント政権の監視、及び抑止力を目的としている。
 アスランは、そのメンバーを集めるために奔走していた。しかし、旧知であるイザークや
ディアッカには、理解こそ得られたものの、結局は協力を取り付けられなかった。彼らは
緘口を約束してくれたが、その態度が暗示していたように、メンバーは思うように集まらな
かった。
 スケジュールに、遅れが出ていた。男は、そんなアスランの前に現れた。
 正直、若干素性は怪しかった。だが、無碍に断わるわけにもいかない事情もあった。受
け入れを拒否した噂を広められてしまえば、これから賛同してくれるかもしれない人々の
心証にまで悪影響を及ぼしかねない。それでは大義は得られないし、何よりその時点で
事が明るみになるのは避けなければならなかった。もしデュランダルに知られれば、まだ
弱小組織であるアスランたちは、たちどころに捻り潰されてしまう。故に、男の申し出は受
け入れる他に無かった。
 だが、結果的にそれがラクス派の結成を早めた。男は、同じくデュランダルに不満を持
つ“本流のクライン派”と称する多くの人々を連れてきたのである。それには甚く驚かされ
たが、一気にシンパが増えたことは嬉しい誤算でもあった。それで、一先ずは男を信用
しようという運びになったのである。
 こうして、ラクスの父である、故シーゲル・クラインが立ち上げた秘密団体のターミナル
を母体とし、独自の開発機関であるファクトリーと、そこに集った有志たちによって、ラク
ス派は予定通りに門出を迎えられたのである。
 (だが、奴らは本当にクライン派なのか……?)
 ラクスに同調するだけあって、人当たりは良い。確かにデュランダルに不満は持ってい
るようだが、聞く限りでは特にカルト的な思想を持っているわけでもない。しかし、バルト
フェルドには、それが却って怪しく見えて仕方ない。
 役柄、他人を疑う癖を身に付けているバルトフェルドであるが、そればかりでも良くない
と思い、クライン派として潔白が証明されているヒルダたちに、内密に男のことを訊ねてみ
た。ところが、当の彼女たちも男の素性に関しては分からないと言う。
 「クライン派と言っても、色々あります。例えばギルバート・デュランダルもクライン派で
すが、彼は我々とは毛色が違いますし、彼を疎んじている同派閥の者は、意外と多いと
思います」
 ヒルダたちはそう言って、彼らはクライン派の分派なのではないかと推論を述べたが、
どうにもそれを信じる気にはなれなかった。バルトフェルドの目には、彼らが別の目的で
自分たちに擦り寄ってきたように見えてならなかったのである。
 しかし、現時点でそれは単なる勘でしかない。証拠が無い以上、迂闊に疑いを掛けるわ
けにはいかなかった。立ち上げたばかりのラクス派は、まだ基盤が脆い。ここで要らぬ論
争を巻き起こしては、たちどころに組織が分解してしまう恐れがあった。
 故に、今はその行動を監視し続けるしかなかった。念のため腹心であるマーチン・ダコ
スタには別行動を取らせ、彼らの裏を取らせているが、果たして。
 ――男は、サトーと名乗った。
 「ラクス様や彼らがいらっしゃれば、場合によってはデュランダルを議長の座から引き摺
り下ろすことも可能でありましょう」
 サトーはバルトフェルドの後ろで鎮座しているラクスに振り返り、言った。
 ラクスは、サトーのことをどう見ているのだろうか。ラクスがサトーについて言及している
場面を、バルトフェルドは知らない。果たして、ラクスも同じように見ているのではないかと
訝った。
 その表情からは、内面を窺い知ることはできない。ラクスは、ただ誰に対しても分け隔て
なく、常に毅然とした態度で臨むだけである。
 「いいえ、サトーさん。勘違いしてはなりません。わたくしたちの目的はクーデターなど
ではありません。武力を持つのは、あくまで緊急時に備えてのことなのですから」
 「これは申し訳ありません。少々、口が過ぎたかもしれません。勿論、ラクス様のお考
えは存じ上げているつもりです。ですが、事を未然に防ぐという意味においても、釘を刺
しておく必要はあるのではないかと思った次第で」
 「そのお考えは分かります。しかし、わたくしたちの立場を考えれば、積極的に動くのは
寧ろ誤り。わたくしたちは、常に謙虚であらねばなりません」
 「おっしゃる通りで」
 サトーはラクスの言葉に賛同の意を示した。だが、それは果たして心からの賛同なの
か。バルトフェルドは、ラクスの言葉を継ぐように「それに……」と口を挟んだ。
 「もしサトー殿の言うようなことをするにしても、時期尚早ってもんじゃないかい? 我々
はまだ、ようやく形になったばかりなんだぜ?」
 「それもそうですな」
 バルトフェルドの言葉にも、とぼけているのか、あっさりと同意する。
 (そう簡単に尻尾はつかませないってことか……)
 バルトフェルドは、サトーに対する疑念をますます深めたのであった。
 
 異変を察知したのは、それから間もなくだった。オペレーターが、訓練を行っている二人
――キラとアスランが何者かと接触したと伝えたのである。
 
 ストライク・フリーダムとインフィニット・ジャスティス――双方とも、同サイズのモビルス
ーツにおいては最高水準の性能を持ち、比肩し得るのはミネルバのデスティニーやレジ
ェンドくらいのものだと目されていた。そして、その二機にキラとアスランという成熟したパ
イロットが乗り込むことで、他を寄せ付けない圧倒的なパフォーマンスを得ていた。
 二人に敵う者など存在しない。二人の姿を見れば、誰もが裸足で逃げ出すだろう――
しかし、その自信は早くも露と消えることとなった。たった一人で二人に挑もうとする者が
現れたのである。
 訓練を続けていた二人を、一体のモビルスーツが待ち構えていた。見慣れないモビル
スーツで、最初はそれもラクス派の新型なのかと思った。
 それは人間さながら、女性的な細い指を持つ手を腰に添えていた。不思議と女性的な
印象を受ける、独特なフォルムを持つモビルスーツだった。
 「何なの?」
 戸惑うキラ。だが、突然そのモビルスーツの頭部で双眸が光ったかと思うと、いきなり
両肩のバインダーを広げた。
 火花が散った。その姿は、さながら白い悪魔とでも形容すべき威容だった。
――AMX-004キュベレイである。
 「そこのモビルスーツ。所属と姓名を名乗ってもらおうか」
 ジャスティスがビームライフルを構えた。識別も出来ない所属不明の正体不明機が、
突然現れたのである。当然、アスランは強い警戒感を滲ませた。
 だが、キュベレイは応じない。ただ、黙したまま佇むのみである。その様子に、言い知
れない不気味さを感じた。
 「キラ、気をつけろ。このモビルスーツ、どこかおかしい」
 「敵なの?」
 「分からない。だが、こんなモビルスーツはどの系統にも――」
 その時である。言葉を交わす二人の隙を突くように、キュベレイが突然襲ってきた。
 袖のビームガンが唸りを上げる。ビームの軌跡が伸び、二人を襲う。
 大胆、且つ緻密な射撃。だが、キラもアスランも、まるで分かっていたかのように容易
にかわしてみせる。
 「やはり敵か!」
 反撃のビームをキュベレイに見舞う。そのアスランに連動して、キラも二丁のビームラ
イフルでキュベレイを追い立てた。
 思わぬ反撃に、ハマーンは慌てて間合いを開いていた。機先を制したつもりが、よもや
このような苛烈な反撃を受けるとは思わなかったのだ。
 「想定以上か……!」
 二人の知識はあった。共にコーディネイターで、優秀なモビルスーツパイロットでもある
彼らは、フリーダムとジャスティスという規格外の性能のモビルスーツで以って二年前の
大戦を終結に導いた立役者だ。当時の彼らのスコアは、記録されているだけでも驚異的
な数字を持っていた。
 だが、所詮はモビルスーツ黎明期の記録。付け加えて搭乗機が異次元の性能を持って
いたとなれば、その記録は眉唾物であるに違いないと侮っていた。
 しかし、今それが間違いであったと気付いて、ハマーンはある思いを新たに強く抱いた。
 キュベレイは巧みに岩を利用して立ち回っていた。キラはそれを追いながらも、妙な感
覚に囚われていた。
 「あれは、本当に敵なんだろうか……?」
 攻撃をしてきた以上、当然敵であることは間違いない。だが、その動きがキラの記憶の
中の誰かとイメージが重なる。
 「誰だ……誰なんだ?」
 まだ思い出せない。しかし、確実に知っている誰か。――キラは思案を続ける。
 ずんぐりとした外見にそぐわない高性能機。攻撃の手段こそ乏しいものの、その高機
動力と高い運動性で、フリーダムとジャスティスの正確な攻撃をかわす。
 「並大抵のモビルスーツじゃない。それに、パイロットも……」
 キラは、モビルスーツの正体以上に、そのパイロットの素性が気になっていた。
 アスランと協力し、キュベレイを追い立てる。相当にモビルスーツの扱いに長けている
ようで、巧みにデブリを利用して狙いを絞らせない。その上、こちらの目を欺いてあらぬ
方向から反撃を見舞ってくる。
 「あのモビルスーツには、俺たちの動きが見えているのか?」
 アスランが言い、対抗するようにキラたちもデブリを利用する。だが、先手を取られるの
は常にこちら側で、その姿を捕捉することさえ儘ならない。
 嘲笑っている――キラは直感的にそう思った。キュベレイは、アスランの言葉通り自分
たちの動きを読んでいる。その動きは、それまでに遭遇したどんな敵とも違う、まったく
次元の違う質を持っていた。
 シン・アスカとも違う。純粋に強いのではなく、真綿で首を絞めるような、精神的に追い
詰めるいやらしさがある。
 ペースを握られたというより、絡め取られたといった感じだった。このまま翻弄され続け
ては、近い内に逃亡を許してしまうという懸念があった。
 「キラ!」
 ジャスティスの双眸がこちらを見ていた。キラは、「うん」と一つ頷いた。
 キュベレイの放ったビームがキラたちの隠れている岩を砕くと、それを合図として二人
は散開した。アスランは更にデブリを渡り、一方のキラは射線元に向かって突っ込む。
 しかし、案の定そこにキュベレイの姿は無い。身を晒したキラを、またも別方向からの
ビームが襲った。
 ビームシールドを展開し、防ぐ。反撃に腹部のカリドゥスを使ったが、射線元の岩が砕
けた跡には、やはり何も無かった。
 まるで幽霊のようだ。神出鬼没のキュベレイは、更にキラを死角から狙う。
 だが、そこまでだった。キラがキュベレイの攻撃を防いだ次の瞬間、ジャスティスのファ
トゥム01が射線元の岩を砕いたのである。
 流石に逃げる時間は無かった。キュベレイは、遂にその姿を晒したのである。
 好機と踏み、キラは二丁のビームライフルを連射した。その正確な射撃はキュベレイを
躍らせ、ジャスティスの接近を援護した。
 ジャスティスがビームサーベルを抜き、斬りかかる。キュベレイも袖からビームサーベ
ルの柄を滑り落とし、対抗した。ビームの刀身を固定するコロイド粒子とIフィールドが干
渉し合い、反発力を生んで眩い光が迸った。
 何度か切り結ぶと、キュベレイは更に左腕からもビームサーベルを取り出し、それで撫
で上げた。
 アスランは咄嗟に反応し、辛うじてかわした。そしてイーゲルシュテルンで牽制すると、
シールドの先端から大型のビームソードを発生させ、逆水平に振り抜いた。
 すると、今度はハマーンが鋭い反応を見せた。キュベレイはジャスティスの斬撃を上に
すれ違うようにかわし、その頭を踏みつけ、反動を足掛かりに一挙に間合いを離そうとし
た。
 だが、その目論見はキラが許さなかった。キュベレイのメインスラスターが点火した瞬
間、勢い良く横から飛び付いたのである。
 キラは咄嗟に呼び掛けていた。
 「モビルスーツのパイロット! 僕の知っている人じゃないんですか!」
 「触るな、下郎!」
 「えっ!?」
 接触回線から聞こえてきた声に、キラは動揺した。
 (何で……あの人が……!?)
 キュベレイは肘鉄でフリーダムを引き剥がした。そうしてビームガンで双方を牽制する
と、再びデブリに身を隠した。
 「彼奴め……!」
 ハマーンは、まるで自分の身体を触られたかのような嫌悪感を抱いていた。フリーダム
との接触は、モビルスーツの装甲を透過し、ハマーンの肉体に直接的な感触を錯覚させ
るほどの脅威を孕んでいた。
 接触を許した。ハマーンは、その事実に強い危惧を抱いた。あの瞬間、ハマーンの命運
はキラに握られていた。キラが惑っていたからこそ、命拾いしたと言っても過言ではなか
った。咄嗟に正体を明かしていなければ、今頃はジャスティスに止めを刺されていたに違
いない。
 デブリを利用していなければ、太刀打ちできない。モビルスーツの性能もさることながら、
あの二人もパイロットとして図抜けている。
 「私一人では分が悪いということか……!」
 ハマーンは忌々しげに呟きながら、確信を深めていた。
 しかし、その一方でキラも激しく当惑していた。ジャスティスがキュベレイの行方を捜し
続けているのに対し、フリーダムは棒立ちになったまま微動だにしていなかった。その様
子が、キラの受けたショックの大きさを物語っていた。
 「あの声は、確かにハマーンさんだった……でも、モビルスーツに乗るような人だったな
んて……!」
 キュベレイの動きに重なったイメージがハマーンのものだったことに、キラは気付いた。
それが、事の外ショックだった。
 その動きに、見覚えがあった。あれは確か、クレタ島に程近いエーゲ海でのことだ。ミ
ネルバの甲板で大砲を抱えるザク・ウォーリアがいた。一際気になったそのザク・ウォー
リアは奇跡的な精密射撃で、自分やアークエンジェルに向かってオルトロスを撃ってい
た。
 今さらになって、そのザク・ウォーリアのカラーリングとキュベレイのカラーリングが酷
似していることに気付いた。
 (何て間抜けだ、僕は! あれがハマーンさんだったなんて!)
 今になって判明した事実に、キラは驚きを禁じ得なかった。それならばあの時、ハマー
ンはラクスを攻撃していたということになる。
 (どうしてそんなことができるんだ! ラクスはあなたのことが好きなのに!)
 “鬱陶しい”と言っていた定期便での会話を思い出す。少し話しただけの人物であるが、
キラはハマーンのことを本質的には優しい人なのではないかと思い込んでいた。そして、
ラクスにとっても良き理解者になってくれるものと期待していた。
 しかし、その期待は最悪の形で裏切られた。ハマーンはかつて、ラクスを亡き者にしよ
うとし、そして、今も暗殺者よろしく敵として前に立ちはだかっている。
 腸が煮えくり返る思いがした。勝手にハマーンを信頼しかけていた自分と、何よりもラク
スの命を脅かそうとするハマーンの根性が許せなかった。
 「……ラ! キラ!」
 自分を呼ぶ声に気付き、顔を上げる。再三のアスランの呼びかけに、キラはようやく我
を取り戻した。
 呆然とするキラに、「どうしたんだ? 何かあったのか?」とアスランは心配そうに訊ね
た。
 キラは、「大丈夫、何でもないよ」と平然とした様子で答えた。しかし、旧知の仲である。
隠し事をしても、アスランはすぐに見抜いていた。
 (とは言っても……)
 キラにも強情なところがある。そこは姉のカガリに似ていて、不安があっても頑なに口
にしない意地っ張りな面がある。
 「……そうか。なら、いいんだ」
 だから、アスランはあえて追及しなかった。いずれキラから話してくれるだろうと、素知
らぬ振りをして親友を見逃した。
 そして、改めて「キラ、あれは逃がすわけには行かない」と呼び掛けた。
 「どこの誰だか知らないが、今俺たちの存在が明るみになるのは不味い」
 「うん。分かってる」
 キラは、自分の中でハマーンに対する容赦が薄れていくのを感じていた。ハマーンが
仕掛けてきたのは、ラクスを暗殺するためではないか――キラには最早、そのようにし
か思えなかった。
 ハマーンは、そんなキラの心の変遷に気付いて、「フフッ」と含み笑いを零していた。
 「少し内気な好青年……というだけでは、張り合いが無いものな? そういう貴様の方
が、こちらとしてもやり易いというものだ」
 しかし、威力偵察のつもりで仕掛けては見たものの、想定外の反撃を受け、ハマーン
には叩いた軽口ほどの余裕は無かった。ついでにラクスの様子も見ておこうと思ってい
たが、とんでもない。これ以上は、せっかくのキュベレイが台無しになりかねない。
 「チッ……潮時か」
 今は無駄に消耗している時ではない。ハマーンはキラたちの気配を探りつつ、再びデ
ブリを利用して逃走を図った。
 幸い、彼らはニュータイプではない。こちらの気配を辿るような真似は出来ないはずだ
し、これだけデブリが散在していれば、容易に撒くことができるだろう――そう思っていた。
 しかし、それはハマーンの驕りだった。
 「何っ!」
 一旦は撒いたかに見えた。だが、緊張を解いた瞬間、ハマーンの前に再びジャスティ
スが現れたのである。
 両肩から迫り出したフォルティスビーム砲のビームが、キュベレイを襲う。それを岩に
隠れてやり過ごしたハマーンであったが、直後、直上からの更なるビーム攻撃を受け、
面食らって飛び出した。
 そのキュベレイを追い掛け、ストライクフリーダムの背中から羽根が分離し、無線誘導
によって展開される。
 「噂のドラグーンとやらか!」
 キュベレイのファンネルと近似した、ドラグーンシステム。それが、一斉にキュベレイに
襲い掛かった。
 八基のドラグーンユニットによる、オールレンジ攻撃。付け加え、フリーダム本体やジャ
スティスからのビーム攻撃もある。砲撃の嵐がキュベレイを襲い、ハマーンは少しずつ追
い込まれていった。
 「――しかし!」
 ドラグーンのコントロールにまだ慣れていないせいか、フリーダムの動きから先ほどま
での鋭いキレが無くなっていた。付け入る隙はある――ハマーンの目が、ギラリと光った。
 遠隔操作されているとはいえ、攻撃には必ず使用者の思惟が宿る。ハマーンはそこか
ら読み取れる微かなキラの思惟を読み取り、鮮やかにビーム攻撃を避け続けた。
 「まだ児戯のレベルだな!」
 ハマーンは笑った。サイコミュシステムが、よりキュベレイの反応速度を上げている。い
くら手数を増やしても、相手の思惟が読み取れれば、反応が追いつく限り全て見切れる。
このような展開においては、ハマーンの独壇場だった。
 つたないドラグーンを使っている間は、キラは敵ではない。ジャスティス一機だけであれ
ば、十分に対抗できる自信がハマーンにはあった。
 華麗にビーム攻撃を避け、間隙を縫ってビームガンを撃つ。ジャスティスの肩の辺りを
掠め、火花が散った。
 装甲が焦げた程度で、何も問題は無い。だが、初めて受けたダメージにアスランの表
情が曇る。
 「フッ!」
 敵の動揺は、そのままハマーンの余裕へと繋がる。それを見せ付けるようにハマーン
は更にビームガンを二連射し、二枚のドラグーンを撃ち落して見せた。
 それでドラグーンが通用しないことを理解したのだろう。フリーダムは潔くドラグーンの
使用を諦め、再び通常攻撃による追い込みを掛けようとした。しかし、時すでに遅し。も
たもたしている間に、ハマーンは十分にキラたちとの距離を稼いでいた。
 「次に会う時までに、もう少し上手くなっておくのだな!」
 ハマーンは逃げ果せたことを確信し、高笑いをしていた。
 だが、そこへまたしてもビーム攻撃がキュベレイを襲った。それも、前方からである。
あり得ないと驚きながらも緩みかけた気を引き締め直し、デブリを渡って身を隠しながら
やり過ごす。
 そのビーム攻撃は狙撃というものではなく、弾幕のようなものだった。そして、巨大な岩
をも容易く砕く威力と数は、明らかにモビルスーツのものではなかった。
 「船だと……?」
 ハマーンの思惟の中に、知っている気配が飛び込んでくる。それに伴って無数の岩が
漂う彼方から姿を現したのは、先鋭的なカラーリングの戦艦だった。
 「ラクスが出てきたか……!」
 手間が省けた、と思うのは短絡的だと感じた。背後からは、キラたちが迫っているので
ある。ここで足止めを受けているようでは、状況は更に不利になる。そのことは、ハマー
ンも承知していた。
 しかし、ハマーンはエターナルの砲撃を避けながら、その艦橋付近を凝視していた。離
脱を躊躇っているのは、余計なものが見えてしまったからだ。
 ラクスのものと思しき純白のオーラが、脳内でイメージされた。そのオーラを、どす黒い
影のような瘴気が飲み込もうとしている。
 (あの連中か……)
 思い起こしたのは、定期便の宇宙港で目にした怪しい集団だった。ラクスが何を思って
あのような如何わしい連中を引き入れたのか知れないが、ラクスをそこまで鈍いと思って
ないハマーンは、何故このようなリスクを犯したのかが理解できなかった。
 そうして惑っている内に、エターナルから数機のモビルスーツが飛び出してきた。黒い
カラーリングのそれは、旧ジオン公国軍が使用していたMS-09のマイナーチェンジと言わ
れても信じられるデザインだった。
 ザク・ウォーリアやグフ・イグナイテッドを見てきた以上、今さらその程度で驚くようなハ
マーンではない。だが、ドム・トルーパーの性能は、少々おもしろくなかった。
 それに、フリーダムとジャスティスもそろそろ追いついてくる頃だ。
 「全く――」
 ハマーンは敵機をじろじろと目で追いながら、辟易したようにため息をついた。
 「私一人のためにご苦労なことだ。だが……」
 キュベレイの尾が上を向く。その裏側の複数の穴から、次々と飛び出してくる無数の漏
斗。そのままファンネルと呼ばれているそれらは、まるで生き物のように無重力を飛び交
い、一斉に辺りに展開された。
 強く念じ、ファンネルたちに号令を掛ける。ハマーンの思惟が四方八方に迸り、その波
に乗ってファンネルは一斉に牙を剥いた。
 たちどころにビームの嵐が吹き荒れた。ドラグーンよりも遥かに小型で視認も難しいフ
ァンネルは、殆どの者に何が起こっているのかさえ悟らせないままに敵を圧倒した。なす
術も無く被弾するドム・トルーパーは完全に出鼻を挫かれ、急ぎ後退してビームシールド
を展開し、攻撃に備えるしかない。
 その様子は、キュベレイを追撃していたキラとアスランの目にも見えていた。キュベレイ
の逃亡ルートに蓋をしていたエターナル艦隊の付近に、どこから発されているかも分か
らないような無数のビームが乱れ飛んでいるのが確認できた。
 「敵のドラグーンか!」
 アスランは叫んで、キラにも警戒を促した。しかし、いざ戦域に突入し、ファンネルの影
を追おうとも、はしっこく動き回るそれを正確に狙うことはできなかった。
 それはキラも同様だった。が、キラはアスランとは感じ方は違っていた。苛立ちを募ら
せながらも懸命にファンネルを捉えようとするアスランとは対照的に、キラはその動きを
目で追うことだけに集中していた。
 (僕とは次元が違う……!)
 それがキラの心底からの感想だった。洗練された動きと、鳥瞰図でも見ているかのよう
な隙の無い配置。キラは魅了されてしまったかのように、一心不乱にファンネルの影を追
って、観察し続けた。
 その気持ち悪さを、ハマーンは肌で感じていた。粟立つ感覚がある。キラの紫紺の瞳が、
自分の頭の中を覗いているようなおぞましさである。それはキラの強い向上心がやって
いることで、ハマーンは、こうしてファンネルを使い続けることが自ら脅威の芽を育ててい
くことに繋がっているのではないかと危惧した。
 そう考えると、これ以上ファンネルを使うのは危険だと思った。ハマーンは少しずつ間合
いを開きながら、ある程度距離を稼いだところで一気にファンネルを収容し、逃走を図った。
 だが、キラの目がそれを許さない。
 「逃がすものか!」
 キラはフリーダムのドラグーンを全てパージした。攻撃をするためではない。メインスラ
スターである光パルス高推力スラスター、ヴォワチュールリュミエールの力を解放するた
めに、あえて捨てたのである。
 ドラグーンをパージした事で、フリーダムの背部には放射状に伸びる棘のような骨組み
だけが残された。その骨組みの間を、淡い青い光が水かきのような膜となって広がり、や
がて一対の蝶の羽のような形をフリーダムの背中に模った。それがヴォワチュールリュ
ミエールの光である。
 「くうっ!」
 スロットルを入れた瞬間、キラの身体を急加速による強烈な負荷が襲った。フリーダム
は弾丸のように凄まじい勢いで加速し、瞬く間にキュベレイに肉薄した。
 「うっ!?」
 その信じられない加速に、ハマーンは目を見張った。咄嗟にビームガンを差し向けたが、
その前に腕を掴まれて、発射したビームは何も無い上方へと消えていった。
 「一度ならず二度までも……女の抱き方を知らんと見える!」
 フリーダムはキュベレイの両腕を制して、抵抗を許さなかった。正面から組み付き、グ
グッと顔を寄せてくる。その双眸が憤りに燃えているように瞬き、ハマーンを睨んだ。
 粗暴な態度が、気に食わなかった。
 「まだ何かあるのか!」
 叱り付けるように問い掛ける。
 「ハマーンさん! そうじゃない……そうじゃないんですよ!」
 キラは、少し声を詰まらせた。葛藤が滲んでいた。
 「あなたは、デュランダル議長に言われてここに来たんですよね!?」
 キラの声は、定期便で顔を合わせた時とは違って、酷く感情的だった。ハマーンは、キ
ラもこのように腹の底から声を出すことができるじゃないか、と内心で笑った。
 しかし、自分に何かを期待しているような声音は、不快だった。ラクスを思わせるのだ。
 (同類め……どんな答えを期待しているのか知らんが……!)
 ハマーンは、突き放すように「愚かな!」と言い放った。その声に少し驚いたのだろう。
キラは、喉を詰まらせたように「んっ……」と小さく呻いた。
 「この私が、デュランダル如きの言うことに従うわけが無かろう?」
 「じゃあ、あなたは自分の意思でラクスを……!?」
 「そうだ」
 「――っく!」
 一瞬、フリーダムの背中の羽が膨張したかと思うと、急に強い加速が掛かって、ハマー
ンは不意にリニアシートの前方へと投げ出された。
 「――んっ!」
 ハマーンはその粗野なキラの態度に腹を立てつつ、壁面を腕で押してリニアシートに戻
った。
 「……何故ですか?」
 感情を押し殺したようなキラの問い掛けに、ハマーンは眉根を寄せた。
 「彼女の好意がそんなに迷惑なんですか? だから、ラクスを殺すんですか?」
 「見くびられたものだな? 私がそんな低俗な理由で動くものか」
 「だったら何でっ!」
 思わず声を荒げてしまったようだった。キラはハッと息を呑むと、沈黙した。
 キラは心底からラクスの身を案じている。ハマーンにも、そのくらいのことは洞察できた。
そして、だからこそ、それでも満たされないラクスが贅沢な女だと思った。
 そういう意味では、キラも報われない男である。だから、もう少しだけ優しくしてやっても
良いのではないかと思えた。
 「お前たちは危険なのだ」
 ハマーンは、情に絆されて甘くなった自分が嫌だと思いつつもキラに告げる。
 「危険……?」
 キラはそう言われたことが余程意外だったらしく、微かに声音に動揺が表れていた。
 「僕達が……ですか?」
 「意味は自分で考えろ。だが、一つ言えることがあるとすれば、ラクスの周りには十分
注意することだな」
 「……!」
 何とはなしに思い当たる節があるのだろう。キラはハマーンの指摘に、身を強張らせた
ようだった。
 (そこに気付けるだけの洞察力は持っているか……)
 思ったよりも鈍くはないのだな、と思った。
 「あの娘は人を惹き付け過ぎる。善きにつけ悪しきにつけ、無差別にな。ならば、時には
身内に目を光らせる必要もあろう?」
 「けど……」
 キラは納得できないようだった。そういう反応を想定していなかったわけではないが、ハ
マーンからすればそれは単なる強情でしかなく、面白くない反応であった。
 「世の中は、奇麗事だけでは儘ならんよ。それが分からない内は――」
 「分かってます……」
 ため息混じりに言うハマーンの言葉を遮って、キラは言う。
 「でも、僕はそんな人たちとも何とか分かり合える道を、最後まで模索したいんです」
 「理想論だな」
 「……その通りです。けど、それを追い求めなくちゃ、戦争なんて永遠に繰り返されるだ
けで……みんな疲れるばかりで……」
 そう語る言葉の中に、傷だらけのキラの心が見えた気がした。ハマーンは、その状態で
戦い続けるキラの根性は、認めてあげるべきかも知れないと感じた。
 「お前に、最も重要なことを教えておく」
 「えっ……?」
 「それは、ラクスを裏切らないことだ。傍にいてやるのだな。さすれば、いずれ答えも見
つかろう」
 ハマーンの言葉に、キラは目を丸くしていた。白地に赤紫というカラーリングが、容貌も
相まって最初に見た時は酷く毒々しく見えたものだが、今は芸術的に感じられた。それは、
ハマーンから感じる雰囲気が変わったせいだ――キラには、そう直感できた。
 「ハマーンさん……!?」
 「今日はここまでだ。また、いずれな」
 耳を甘噛みされたようだった。或いは、優しくキスをされたかのような、若しくは吐息を
吹きかけられたかのような、とにかく甘ったるい耳触りだった。キラはその声音に思わず
ゾクッと背筋を震わせた。
 しかし、刹那、いつの間にか展開されていた数基のファンネルが自分を狙っていること
に気付いて肝を冷やし、慌ててキュベレイから離れた。
 キュベレイの双眸が妖しく光る。まるで、微笑んだかのようだった。
 (あなたは、本当は何を考えているんですか……?)
 キラの心の中の問いに答えることなく、キュベレイはその女性的な指をピッと立てて挨
拶をすると、ファンネルに何もさせずに戻し、そのまま宇宙の彼方に消えていった。
 キラは追わなかった。ヴォワチュールリュミエールを解放した状態のストライクフリー
ダムならば、確実に追いつける。だが、追わなかった。
 「僕は、ああいう繊細な女性(ひと)に乱暴に抱きついてしまった……」
 あれでは、まるでレイプではないか――キラは、そういう認識があったからこそ追えな
かったのだと思った。
 少しして、ジャスティスが追いついてきた。
 「キラ!」
 「ごめん、アスラン。逃げられてしまった」
 謝るキラに対して、アスランは「いや……」と寛容な態度を示した。
 「あの小型のドラグーンは想定外だった。仕方ないさ、キラ。今は、デュランダル議長が
どんなアクションを起こしてくるかを考えよう」
 「ありがとう。そうだね……」
 キラはエターナルを見た。ハマーンの言葉が気になっていた。
 
 ストライクフリーダムとインフィニットジャスティスの完成を以って、ラクスを旗頭とする
ラクス派は産声を上げた。
 そして、キュベレイの襲撃から数日後、期せずして早くも彼らが動く事態が起こった。
ザフトがオーブ連合首長国に対して侵攻する動きを見せ始めたという情報が舞い込ん
で来たのである。