SRW-SEED_11 ◆Qq8FjfPj1w氏_第18話

Last-modified: 2014-01-03 (金) 00:49:44

「マシンセルの脅威」

 

「そうですか。ではその新型の相手をすればいいんですね?」
「そうじゃ。できるだけ多くのデータを取ってくれ」
「データって、私の部下を何だと思ってるんです?」
「フェッフェッフェ、よくもその口がそんなことをいえたもんじゃな。補充と補給はこっちが責任を持つ。それでいいじゃろ」
「ならいいんですがね。しかし、ランドグリーズやエルアインス、ラーズアングリフと来てまた新型ですか。一体いつ作ったんですか?」
「それは言えんな。それにお前さんは自分が楽しめれば新型かどうかなんて関係ないじゃろう?」
「ま、それもそうですね」

 

アメリカ大陸の沿岸部に密かに停泊しているキラーホエールの中ではノイエDCのアーチボルド・グリムズとアギラ・セトメの通信が行なわれていた。
血の色をした紅茶をすすりつつ、アーチボルドは提供された機体のスペックデータに目を通す。
機体の外観はあえて言えばヒュッケバインやエルアインスに似ているが、武装は両手足のビームソードに、背部の機動性強化ユニットと今までのノイエDCの機体とはまた一味違い、出自は不明である。
新型機の強奪に、新型機のテスト。よくもまあこき使ってくれると文句の一言も言いたかったが、彼にとっては血が流れる戦場さえあれば他のことはどうだってよかった。

 

「さてユウキ君、君は生き延びられますか?」

 

口を横に広げながらアーチボルドは誰に言うでもなく呟いた。

 

テスラ研を脱出し、覇王の軍勢を退けた輸送機は無事にヒリュウ改に合流し、シンはレーツェルに連れられてギリアムの部屋に来ていた。

 

「そうか…ではこれからも君のことを当てにさせてくれ」
「はい」
「では、君にはハガネに戻ってもらうことになる。頼むぞ」
「わかりました」
「シン、急にこちらに呼んですまなかったな。だが君のおかげで無事に輸送機をヒリュウに合流させることができた。ありがとう、私やゼンガーもいずれ君達とともに戦うときが来るだろう。それまでしばしの別れだ」
「いえ、俺の方こそレーツェルさんのガーリオンを壊してしまいましたし、色々と面倒見てもらってありがとうございました」
「ヒリュウ改がハガネとの合流後、君の素性を皆に明かしてくれ。ダイテツ艦長には話が通っている」
「え、ギリアム少佐は一緒には来てくれないんですか?」

 

いくら素性を明かすことを決意したとはいえ、多少は心細いし不安なことは確かであり、保護者というわけではないが、
シンとしても事がことだけにそれなりに安心できる人物に同行して欲しいことは否定できない。

 

「私もいろいろと忙しくなってきてね。すまないが一緒に行くことはできない。だがヴィレッタ大尉やダイテツ艦長が上手く取り計らってくれるはずだから安心してくれ」
「そうですか…」
「ところでシン、君の機体のことなんだが…」
「ギリアム少佐、ここにいましたのね!彼がビルガーのテストをするんですの?」
「うわっ!?!?だ、誰ですか!っていうかテストぉ?」

 

3人がいる部屋に突然、白衣をまとった女性が釣り上げながら入ってきた。
静かな印象を与える白衣とは対称的に、その髪の色は情熱的な赤をしており、鋭くどことなく怒りを帯びているような目つきが、「テスト」という言葉とともにシンの不安感を煽り立てる

 

「うむ。紹介しよう。こちらはビルトビルガーの開発者の1人であるマリオン・ラドム博士だ」
「で、もう話は終わりまして!?」

 

「いきなりテストって…」

 

アメリカ大陸西海岸付近を飛行中のビルトビルガーのコックピットの中で、シンはため息混じりに呟いた。
というのも、乱入してきたマリオン・ラドムに言われるがまま、連れ去られるがままにシンはヒリュウ改の格納庫に置かれていた機体に乗せられ、テストを兼ねた偵察飛行をさせられていたからである。
ちなみに、艦長や他のクルーへの挨拶はしなくていいんですか?という、新しい出会いとか自己紹介とかをほんの少しだけ期待していたシンのささやかな抵抗は、燃え盛る炎のような勢いのマリオンに一蹴されてしまっている。
インスペクターが月のマオ社を襲撃し、命からがら脱出する羽目になってしまったせいでアルトアイゼン、ヴァイスリッターの後継機を作るというマリオンの計画は丸つぶれもいいところであり、軍からの納期繰上げ要求に応えるために、シンの要求は取り付く島もなく却下されるデスティニーであった。
彼女としても、次期主力機選考におけるゲシュペンストMK-Ⅲつまりアルトアイゼンの二の舞は真っ平御免であり、そのためにもビルガーをより早く、より完全に仕上げることが急務となっているのである。

 

「着脱式のジャケットアーマーに携帯型グラビトンランチャー、それに音声入力システム…」

 

ビルトビルガーのスペックをチェックするシンの顔はなおもさえない。
両腕の使用との干渉を軽減する腕部のガトリング砲、起動にエネルギーを必要としない実体剣のコールドメタルソード、通常戦闘時の機動性の耐久性の調整を図るためのジャケットアーマー、ビルトシュバインとは異なり最初から組み込まれているテスラ・ドライブ、携帯性と破壊力を両立するための連結型グラビトンランチャーの試作品といった具体に、粒ぞろいの武装が備わっているだけでなく、ビルトシュバインに比べてパワー、スピードともに上がっており、いい機体であるとは思っているが、いかんせん、付属のシステムと試作品のグラビトンランチャーがシンを心の中で泣かせた。前者は羞恥、後者は屈辱感によって。
戦闘中における武器選択の時間を少しでも短縮するという名目の下、ビルトビルガーには武装の選択において音声入力システムが試験的に搭載されていた。
ただ、それはあくまでも名目である。実際のところは当初、アルブレードのテストに続いてビルトビルガーのテストパイロットをすることが予定されていたリュウセイの強い希望と、それに応えようとするマリオンの技術者としての高いプライドに基づいて同システムは搭載されることとなっていた。
そして、希望したのがリュウセイであるということは、入力すべき音声のサンプルにはリュウセイの「個人的な」意向が強く反映した結果、他の者が叫ぶにはやや恥ずかしい台詞を口に出さなくてはならないことになっている。
できることならこの機体に乗っているうちは、このシステムに頼らずに済むような相手としか戦いたくないと密かにシンは願っていた。
もっともその願いは願ってすぐに叶わないことが確定してしまうのであったが。

 

連結型グラビトンランチャーは、元々PT用の大型携行火器であったグラビトンランチャーのサイズが、高速での接近戦を予定しているビルトビルガーの運用に支障が無いようにしつつ、砲撃戦闘能力を確保しようという試みから試しに作られたものである。
どうしてこのような砲撃用の武装がビルガーに搭載されたかというと、2機作られたビルトファルケンの内、1機は月面においてガルガウに破壊され、もう1機はDC残党(当時)であったユウキ達に奪われてしまったため、砲撃戦が主体となった新型が残っていないという事態になってしまっていた。
そこで、ビルガーにも砲撃戦の能力を幾分か加える試みが考えられた。その一環として作成されたのが、連結型グラビトンランチャーである。
通常は連射性を高めた銃身の短いグラビトンガンと、エネルギーを増幅させるパーツがバラされた状態で腰にマウントされるという形になっており、砲撃戦のときにはそれらを連結させるという形になっていた。
だが、この連結システムがシンにもう今は存在しないストライクフリーダムの連結型ビームライフルを連想させてしまい、憎き敵と似たような武装を使うことに苦々しさを感じざるを得なかったのである。

 

「しかも…色が…」

 

そしてシンのテンションを最も下げている原因は、このビルトビルガーが某生え際の侵攻が著しい元上司が乗る機体を思わせるような色をしていることだった。
確かにソードインパルス同様、セイバー・ジャスティスと異なり全身真っ赤というわけではないので、幾分かマシであるが、機会があればせめて機体の色だけは変えてもらおう、と決意していた。
では何色にするかというと、インパルスは白・青・赤・緑、デスティニーはそれに加え黒が色としてあったから今度は紫あたりがいいのではないかと考えてみるシンであった。
だが、意識をやや他の世界に飛ばしつつあったシンを現実に引き戻したのは突然鳴り出した機体のアラートであった。

 

「敵!?DCか!?」

 

シンはあわててレーダーをチェックし、あたりを見回す。
背部に大型の砲塔を背負い、実用性に特化し飾り気のない太目の腕部と脚部、頭部キャノピーから見えるコックピット、ミサイルを何基も備えた肩部という無骨なフォルムをした、砲撃戦用であることを全身で表現しているような機体が彼の瞳に映った。

 

「あの機体の色…まさか!」

 

そしてその機体の色は、シンの真紅の瞳と同じような色であり、
増・植毛が必要になりつつある元上司の乗っていたような全身真っ赤なものであった。

 

「あの機体は…確かファルケンのデータにあったビルトビルガー…ということは連邦の新型か…ラーズのテストにちょうどいいかもしれんな」

 

一方、アメリカ大陸に残ったDC残党の回収のために部隊を分けて、新たに乗ることになった機体を試しながら捜索にあたっていたユウキも、シンの乗るビルガーの存在を確認していた。
ユウキはビルガーがこちらに殺気と共に向かってくるのを見てラーズの実戦での性能テストを決めると、即座に機体各部のチェックを行なう。
そして、各武装に異常が無いことを確認すると、ヘルメットのバイザーを下ろし、意識を目の前の敵機に集中させ始めた。

 

「各機、指示があるまで下がっていろ!ラーズ…お前の実力、見せてもらうぞ!」

 

一方、引き連れていた5機のランドグリーズを置いて、赤い砲撃用の機体が自分に向かって真っ直ぐに向かってくるのを見て、その機体のパイロットを推測する。

 

「隊長機だけ向かってくる?ってことはやっぱりアスランか!」

 

シンにとっては、サイバスターによりストライクフリーダムが撃墜されたため、この世に存在するただ1人の自分の宿敵がアスラン・ザラである。
シンの認識は、アスラン・ザラは立ち塞がる耳障りで目障りな腕の立つパイロットで裏切り者程度くらいのものであり、キラ・ヤマトほどアスラン・ザラを敵視してはいないのだが。
だが向かって来る機体がDCの機体であるランドグリーズを連れているのだし、パイロットがアスランであるならば尚更倒すべき敵である。
ビルガーがコールドメタルソードを引き抜き、金属光沢を帯びた黒色の刃が太陽の光を反射して輝いて、斬る対象との接触を今か今かと待ち始めた。
そんな期待に応えるわけではないが、ビルガーは刃を構えて真っ直ぐに赤い機体、ラーズアングリフへと斬りかかって行った。
振り下ろされた剣に対し、赤い機体は自身の向きをずらして斬撃を回避しつつ、バックステップでビルガーとの距離を取る。

 

「その機体に乗ってるのはアスランか!?」
「!…貴様、ビルトシュバインの!?」

 

ビルガーとラーズ双方のコックピットから驚きの混じった声が上がった。

 

「アンタ!DCの!ややこしい色のに乗りやがって!」
「貴様だって似たような色だろうが!」
「好きでこんな色してる訳じゃない!それよりどうしてあんたがこんなところにいるんだ!」
「それを貴様に話す必要などない」
「そうかよ!じゃあアンタといたスクールのパイロットはどこに行った!?」
「スクール?…ゼオラ曹長のことか?それこそ貴様に話す必要などない!」
「ならアンタをとっ捕まえてから聞かせてもらう!」
「貴様に話す必要などないと言った!!」
「アンタの答えは聞いてない!!!」

 

シンは再びビルガーにコールドメタルソードを構えさせてラーズアングリフへと斬りかかって行く。
確かに敵はビルトシュバインに乗っているときも苦戦した強敵の1人だし、敵機は新型ではある。
だがこちらも新型の機体だし、運動性・機動性は明らかにビルガーの方が上でありスピードを生かした戦い方をすれば負けることはまずないはず、というのがシンの認識であった。
ビルガーはその機動性を生かして、ヒット&アウェイで斬撃を繰り出してラーズアングリフへと迫る。
それに対してラーズアングリフは反撃をせず、ただビルガーの攻撃をときには機体を後退させ、ときには機体を逸らしたりすることで回避を行なっていた。
端から見ればビルトビルガーに対してラーズアングリフが防戦一方である。しかし、実際にはそうでないことはシン自身が感じていた。
少なくともビルガーの機動性を生かした斬撃を休まずに繰り出しているし、自分が手加減をしているわけでもない。一撃一撃を必殺の一撃にすべく放っているのである。
にも拘らず、自分の攻撃は相手が受け止めることをしないばかりか、かすりもしない。徐々にシンの心の中に焦りが生まれ始めていた。

 

(!なんで攻撃が当たらないんだよ!?)

 

思わずシンは心の中で叫んでいた。

 

「お前の動きは見切っている。今のお前のままでは何をやっても無駄だぞ!」
「どういうことだよ!?」
「本気でこい、と言っているんだ。連邦のパイロット!以前の貴様はこんなものではなかっただろう!」

 

心中を見透かしたかのような、いつになく挑発的な台詞をユウキは発するが、これは無意識のうちに連邦軍の中でもブリット、そしてシンを自らのライバルと認識してのことである。そしてユウキにとってはシンに大きな借りがあった。
シンがこの世界に来てから初めて自身の真の実力を出したとき、つまりビルトシュバインとランドグリーズの死闘の後、シンの今までにない動きに対応し切れなかったユウは、アラドのMIA及び自らの無力を感じていた。
そこで、自らを追い詰めたシンの動きを連日のシミュレーターの訓練で研究し次の戦いに備えていたのである。
冷静な判断をするため熱さを自制しつつ、失う部下を少しでも減らすためには自らが強くなる他ない。それ故の行動であった。
ビルガーが剣をラーズアングリフに向けて突き出すが、ラーズアングリフは上体をわずかにそらし、剣は空を突く。
そして、それによりできた隙をユウは見逃すべくもなく、目の前にあるビルガーの顔面を、シザーズナイフを握った拳で殴りつけた。
とっさにシンも空いていたビルガーの左腕でそれをガードするが、ラーズアングリフの重量が載せられた拳に大きく吹き飛ばされてしまう。

 

「馬鹿にしやがって!」

 

シンはラーズアングリフと距離を取り、左腕の武装をコールドメタルソードからグラビトンガンへと持ち替える。
ビルガーは短い銃身をラーズアングリフに向けると、数回引鉄を引いた。
放たれたエネルギーは触れたものを呑み込んで離さないような真っ黒な光弾となってラーズアングリフへと迫っていく。
しかしラーズアングリフは脚部のローラーを駆動させて機体を左右に振ってビルガーの攻撃を回避すると、腰部のリニアミサイルランチャーに手をかけた。

 

「今度はこちらから仕掛けさせてもらうぞ!」

 

ユウキの声と共に今度はラーズが引鉄を引き、小型ミサイルが次々とビルガーへと向かっていった。
真っ直ぐにビルガーへと直進してくるミサイルをガトリング砲で叩き落しながらビルガーは上空へと逃れていく。
辺りを覆っている爆発により生じた煙から脱したビルガーはグラビトンガンを再びラーズへと向けて構えるが、そこには既に新たなミサイルが迫ってきていた。
シンは咄嗟に機体を降下させてミサイルを避けるが、今度はそれを待っていたかのようにいったん上空へと放たれ、大地へと戻ってきたファランクスミサイルと大型の対艦ミサイルがビルガーへと迫りつつあった。

 

「同じ過ちを犯すとは話にならんな!ならばここで消え果ろ!」
「しまった!?」

 

以前ユウキと戦ったときとほとんど同じような状況でミサイルが迫ってくる。
しかしミサイルの数は前回よりも多く、手持ちの火器で迎撃することはほぼ困難である。瞬時にそれを悟ったシンの脳裏に再び「死」という単語がよぎった。
そして、絶体絶命の危機にシンの真の力が発動した。

 

「ジャケットアーマー、パージ!高速戦闘モードオン!!」

 

シンの掛け声と共に、ビルトビルガーのボディ各部に装着された、耐久性を高めるための装甲板がそのボディから弾け飛んだ。
そしてわずかに空いているミサイル郡の穴を見つけると、そこにグラビトンガンを撃ち込み、生じた爆煙の中に真っ直ぐと突っ込んでいった。

 

「切り裂け!コールドメタルソード!!」

 

シンの発した音声が機体制御OSにより認識され、ビルガーは突っ込みながら機体バランスを取りつつも手持ちの武装を剣へと持ち替える。
そして爆煙から飛び出したビルガーはラーズアングリフを横薙ぎにせんと剣を横一文字に振り払った。
それをラーズアングリフはシザーズナイフを縦に構えて受け止めるが、急加速をつけたビルガーの斬撃の衝撃を重武装の機体をもってしても受け止めきれずに、後ろへ吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐっ!本気になったようだな!」

 

歯を食いしばりながらユウはラーズの機体の態勢を整えようとするが、その隙をビルガーは与えない。
ラーズアングリフのコックピットが警報を鳴らしてビルガーの接近をけたたましく告げると、横からビルガーの第二撃が繰り出されてきた。
ユウキはラーズの重心を落としそれを何とかシザーズナイフで受け止めるが、ビルガーは第三、第四の斬撃を繰り出して攻撃の手を休めない。
攻撃パターン自体は先ほどまでと同じで機体の機動性を生かしたヒット&アウェイによる斬撃の連続だが、機体・攻撃の速度が先ほどまでとは明らかに違うことをユウキは感じ取る。
シミュレーターで想定していた最高速度とほぼ同じ速度と重さの斬撃がラーズアングリフを次々と襲ってきて、ユウキはそれに必死に反応して攻撃を防ぐ。
しかし、相手がビルトシュバインではなく、最新型のPTであるビルトビルガーの、しかもジャケットアーマーを分離させた高速機動モードであったことが災いすることとなる。
攻撃が続くにつれて徐々にユウキの反応速度は、少しずつ、ほんの少しずつではあるものの落ち始めていた。

 

「どうした!少し反応が悪くなってるぞ!」

 

先ほどの挑発的な台詞に対してであろうか、やや悪態をついたシンの言葉が浴びせられる。
元々は砲撃戦の機体であるが、ラーズアングリフは自分の操縦に十分順応している。動き自体もある程度予測できる。
しかし、相手の動きがわかってはいても自分の体がそれについていけていなかった。

 

このままでは負ける

 

そう感じたユウは一か八か距離を取るべく、繰り出された斬撃をシザーズナイフで受け止める直前、ファランクスミサイルを上空へと打ち上げる。
そして斬撃による衝撃により機体を後ろに下げ、それと同時にマトリクスミサイルをリニアミサイルランチャーとともにビルガーに向けて発射した。

 

「くそっ!これじゃあ抜けきれない!」

 

先ほどよりも密度の濃いミサイル群を前に、シンは機体を後退させながらガトリング砲とグラビトンガンでミサイルを撃ち落しながら回避行動に移る。
しかし、これによりビルガーとラーズの間にはそれなりの距離が生まれていた。
シンがラーズアングリフを確認したとき、真紅の砲撃主は足を止め、背部の砲塔を起動させてビルガーに向けはじめている。
リニアカノンよりも威力、命中精度を高めた、いわばラーズアングリフの必殺武器ともいえるフォールディング・ソリッド・カノンがビルガーを捉えようとしていた。

 

「それならこっちも…!」

 

シンは再びビルガーの武器をグラビトンガンへと持ち替え、さらにグラビトンガンが設置されているのとは逆側にあるエネルギー増幅ユニットをグラビトンガンの先端へと接続した。
接続と同時に急速にエネルギーがチャージされ始め、砲身の先端では稲光のような輝きを纏った漆黒のエネルギーが収束し始める。
そして、一方のラーズアングリフは一足先に狙いを定め終え、ユウキは引鉄に手を伸ばした。

 

「照準補正完了!フォールディング・ソリッド・カノン、シュート!!」

 

それに一瞬遅れてチャージを完了させたシンも、羞恥を乗り越えて、リュウセイにより考え出された音声を声高に叫んだ。

 

「グラビトンランチャー、セット!…必殺!ワイルドシュート!!!」

 

両機から放たれた砲弾はともに真っ直ぐに相手の機体へと向かっていき、正面からぶつかりあう。
フォールディングソリッドカノンとグラビトンランチャーの双方が持っていたエネルギーが大きな爆発を生み出し、ビルトビルガー、ラーズアングリフをさらに後方へと吹き飛ばした。
そしてしばらくして爆煙が晴れると、シンもユウキも互いに相手の機体の存在を確認する。
エネルギーはほぼ相殺されたらしく、爆発の衝撃により吹き飛ばされたときの軽微なダメージがあるのみであり、両者の戦闘意欲はクライマックスに差しかかろうとしていた。

 

「やってくれるな、連邦のパイロット!だが次は仕留める!」
「その前に今度こそ斬る!」
「そう簡単にいくと…何!?……了解した、これより救援に向かう」

 

第二ラウンドともいうべき戦いが始まろうとした矢先、ラーズアングリフのユウキの元へ一本の通信が入った。
そしてラーズアングリフはこちらに対して警戒をしつつも後退を始める。

 

「どういうつもりだ?!」
「今の俺達の任務は貴様達と戦うことではない。だがこの決着はいずれ付けるぞ」
「このまま俺がアンタを逃がすと思うのか?」
「確かに俺が1人ならばそうは思わんが、いくら貴様の腕が立つと言っても俺の部下も一緒に相手にするほど愚かではあるまい。しかもインスペクターの勢力化となったこの地でな」
「…」

 

たしかにいくらシンの調子がよかったとしても、一度にユウのみならず他の機体も相手にするというのは難しいし、戦闘が長引けばインスペクターの追撃部隊に発見される可能性すらある。
それは実際にインスペクターと連続して戦ったシン自身が身を以ってわかっていることである。
これ以上戦えば自分だけでなく、ヒリュウ改や輸送機まで再び危険に晒すことになる。それ故、後退をしようとする相手とこれ以上の戦闘を継続しようとは思えなかった。

 

「…連邦のパイロット、名前を聞いておこう」

 

既に後退を開始し、機体の姿もだいぶ小さくなっていたラーズアングリフから通信が入ってきた。

 

「…シン・アスカだ。あんたは?」

 

シンはつい思わず答えてしまっていた。このDCのパイロットについては、幾度も戦っているうちにシンも他の敵とは異なり、どことなく気にかかる相手となってきていたのであった。
気になったり、名前を知っていた敵パイロットといえば、自分の世界では、そんな相手といえば家族や仲間の仇のキラ・ヤマト、裏切り者のアスラン・ザラ、そして守れなかったエクステンデットのステラ・ルーシェくらいであった。

 

「俺はユウキ・ジェグナンだ…それと、ゼオラ曹長は原隊に戻った。今、彼女がどこにいるのかは俺も知らん」
「!どうしてそれを?」
「今のは独り言だ…いずれまた戦場で会うこともあるだろう」
「ユウキ・ジェグナン…」

 

シンは後退していく敵の名前を静かに呟いた。
そいういえばよく考えると、アビスやカオスのパイロットとは結局、何回も戦ったのに気にもならなかったことが不思議に思えてこなくもない。
ただ、それは置いておくとしても、相手は仲間ではないが、この新西暦の世界で新しいつながりすらできた気もするシンであった。
一方、ユウキに救援要請が出された頃、アメリカ大陸に残っていた部隊と合流し撤退を始めていたノイエDCの別働隊は、所属不明のピンク色の戦艦を発見していた。
合流した部隊から味方でないことを伝えられ、その部隊の一部が攻撃を開始するのとほぼ同時に、覇王の居城たるそのピンクの戦艦からAM数十機が出撃してきて、なし崩し的に戦闘が始まる。
そしてその空域に、何よりも大切な仲間を救うべく、蘇ったジャスティスが近付きつつあった。

 

「まったくこいつら何なのよ!それにユウはまだなの!?」

 

インスペクターの勢力下となったアメリカ大陸に残っている旧DCの残党勢力と合流・回収すべくアメリカ西海岸に上陸したアーチボルド・グリムズ少佐指揮下の部隊の一部は、
残党勢力と合流を果たして間もなく、アメリカ大陸を根城に戦力を補強・拡大させつつあった覇王の軍勢との交戦を開始していた。
だが、偵察と機体テストを兼ねて部隊を分割していたノイエDCの部隊は、ストライクフリーダムとそのパイロットを失ったとはいえ、
覇王に絶対の忠誠と信仰を捧げ、極めて高い士気を誇る覇王の軍勢に思わぬ苦戦を強いられていた。

 

「もう!ユウの馬鹿!ノロマ!鈍感!不感症!」

 

アーチボルドの直接の部下で、機動兵器部隊の実質的隊長であるユウキ・ジェグナンに代わって指揮を行なうカーラが、誰に言うでもなく毒づく。
敵部隊のエース格であると思しき黒いガーリオン3機の、機動性を生かした攻撃は彼女が乗るランドグリーズでしのぐには少々厳しいものがあった。
彼女をここまで無事に生きながらえさせてきたのは、ランドグリーズの持つ強固な装甲と隠し持つ念動力に基づく直感的行動、そして彼女がダンスで身につけた運動センスに他ならない。
しかし、それらにも限界があった。
ガーリオンのレールガンがランドグリーズの足元付近に着弾し、その衝撃でカーラはバランスを崩してしまう。
そこを1機の量産型ヒュッケバインMK-Ⅱに目を付けられ、ヒュッケバインはビームソードを携えてランドグリーズへと迫っていく。

 

「しまった!?」
「誰が不感症だ」
「え?」

 

予期せぬところからランドグリーズのコックピットに聞きなれた声が響くとほぼ同時に、迫ってきていたヒュッケバインが爆発した。

 

「待たせたな。カルチェラタン1、これよりそちらに合流する」

 

機体のレーダーが隊長機であるラーズアングリフの存在を示すと同時に、カーラに安堵と喜びとほんの少しの後ろめたさが綯い交ぜとなった感情がわきあがってくる。
レーダーの示す方向へと目を向けると、薄い煙を上げるフォールデリングソリッドカノンの砲身を収納しつつ、携行火器に持ち替えを行なう赤い突撃戦車の姿が目に入った。

 

「ユウ!」
「すまない。連邦の新型と遭遇して時間を喰った。状況はどうなっている?」
「合流した部隊は離脱できたけどこっちが押されてる!相手の数は多いし、ガーリオンが早くて…」
「了解した。お前は部隊の態勢を整えなおしてくれ」

 

ユウはそう言って通信を切ると、一直線に3機のガーリオンへと向かっていく。
ガーリオンの方もラーズアングリフの存在を確認したのであろう。携行するレールガンやメガビームライフルをラーズに向けて打ち込んできた。
ユウはそれらの攻撃を、機体を左右させて難なく回して反撃を行なうべく態勢を整える。

 

「おや、隊長機さんのおでましってところかい?部下に別れの挨拶はすませたのかい?」
「なるほど、そちらの挨拶はもう済んでいたようだな」
「何だって!?」
「俺達に仕掛けたのが運の尽きだった、と言っている」
「フン!敗残兵どもの寄せ集めごときが何を言ってるんだい?」
「フッ…ならば、その敗残兵に負けるという貴様達の運命を受け入れさせてやろう」
「上等じゃないか!あたし達とラクス様に歯向かったことをあの世で後悔しな!マーズ、ヘルベルト、行くよ!」
「「「ラクス様のために!!!」

 

まず反撃にユウのラーズが手にしたリニアミサイルランチャーの引鉄を引く。
銃身からミサイルの弾丸が一直線にガーリオンへと向かっていくが、ガーリオンもそれは難なく回避した。
それに対してマーズのガーリオンがラーズの右側へと回りこんでレールガンを撃ち込む。
それはユウも見切っていたのか、ラーズアングリフは脚部のローラーを上手く使い、機体を後退させてかわしつつ、そちらへリニアミサイルランチャーを放つ。
さらに、ラーズの隙を突くべく左側にヘルベルトのガーリオンが回り込みアサルトブレードで切りかかるが、それはもう片方の腕に握られたシザーズナイフに阻まれてしまった。
だがヘルベルトのガーリオンはアサルトブレードを押し込んで行き、シザーズナイフとの鍔迫り合いが始まる。
これによりラーズアングリフの動きが一瞬止まってしまい、そこにヒルダが目をつける。
口ほどにもないと内心で思って顔をにやけさせたヒルダのガーリオンがレールガンを構えて照準内に無骨な戦車を捕らえた。しかし、ユウもそれは予想済みであった。

 

「隙を突いたつもりだろうがそう上手くいくと思うな!」

 

ヒルダが引鉄を引く前にラーズの肩部からファランクスミサイルが発射され、ヒルダのガーリオンへと向かってきた。
舌打ちをして機体を上昇させつつ、ヒルダのガーリオンはマシンキャノンでミサイルを迎撃し、いったんラーズアングリフと距離を置く。
攻撃が一旦止まった隙にユウは、ラーズの近くの地面に横たわって、動きを止めている、無人となっていると思しきリオンの付近に落ちていたメガビームライフルをラーズの手に取らせると、ガーリオンに向けて引鉄を引いた。
集結しつつあった3機のガーリオンはさらに距離を置きながら散開してビームを避けるのを見て、ユウは次に仕掛けてくる攻撃を予想して、ビームライフルを始めとする手持ち武器の残弾数を確認する。
一方でヒルダ達覇王のしもべは、自分達の連続攻撃を嘲笑うかのように避けきった敵機に対して強い警戒心を抱き、ストライクフリーダムなき現在、覇王に迫る脅威となる赤い戦車を睨みつけた。

 

「チッ!あの図体のくせに!ちとやっかいだね!」
「おい、どうした?ヒルダ様が随分弱気な発言をするじゃねーか」
「うっさいねぇ!相手はたかが1機なんだ、さっさと片付けるよ!?」
「アレをやるのか」
「まさかこの機体でもできるとは思わなかったけどな」
「わかったら黙ってやるんだよ!!」
「「「ジェットストリームアタック!!」」」

 

3機のガーリオンはラーズアングリフに向かっていきながら一直線に並ぶと、一斉にブレイクフィールドを展開させてユウに襲い掛かってきた。
ラーズアングリフはそれに対して機体を横に動かして回避する。
地表スレスレを飛ぶガーリオンは地表を抉りながらラーズアングリフから離れていくが、そこに次のガーリオンが向かってくる。
ラーズがそれを避けるが、さらにもう1機のガーリオンが三度ラーズアングリフを襲う。

 

「ソニックブレイカーによる時間差攻撃か!」

 

3機目のガーリオンの攻撃を避けたところでユウがヒルダ達の狙いを言い当てるが、それに対して反撃すべく
メガビームライフルの照準を合わせようとしたところにソニックブレイカーの旋回を終えたヒルダのガーリオンが再び牙をむく。
彼女達の攻撃は、単純なソニックブレイカーによる突撃攻撃を連続して行なっているだけであったが、それが複数機により行なわれることで、ユウに反撃の隙を与えずに防戦一方の戦いを強いていた。
連続した高速攻撃がさらにラーズアングリフを襲い続け、ユウは黙ってそれらを紙一重のところで避けるのと、特に狙いを定めることなく数発のビームを突っ込んでくるガーリオンに向けて撃つだけである。
しかしそのビームがブレイクフィールドに届いても、すぐさま弾かれてしまい、ガーリオンにダメージが通ることはない。

 

「なるほど、言うだけあってなかなかやるようだな」
「ほらほらさっきまでの勢いはどこいったんだい!?さっきからアンタの攻撃はちっともあたし達に効いてないよ!!」

 

何度目かの旋回を終え、ラーズアングリフに向けてガーリオンが迫っていく。
その突撃を避ければ次のガーリオンが、さらにそれを避けてもまたさらに3機目のガーリオンがラーズアングリフを襲う。

 

「ふん!逃げ足だけは早いみたいだね!でもいつまでもあたしたちの攻撃を…」
「……そこだ!」

 

3機目のガーリオンの攻撃を回避したラーズアングリフは、ヒルダが旋回を終えようとしたところで振り返るとそのまま手にしていたメガビームライフルの引鉄を引いた。

 

「そんな攻撃があたし達に!」

 

ブレイクフィールドを展開したガーリオンに攻撃は通らないことはわかっていながら、それでもなお攻撃を続ける目の前の愚かな指揮官機を嘲笑うかのようにヒルダが言い放つ。
だが、ラーズアングリフの放ったビームの光は、ヒルダのガーリオンではなくヘルベルトが乗る3機目の、旋回を始めるべく速度を落としていたガーリオンの腕部を貫いていた。
それによりガーリオンのバランスが崩れ、地上にいるラーズアングリフを攻撃すべく地表スレスレを飛行していたヘルベルトのガーリオンは地面に激突すると、機体各部のパーツをばら撒きながらさらに巨大な岩に激突して、爆発こそしなかったがその動きを止めた。

 

「ヘルベルト!」
「どうした?こんな攻撃お前達には効かない、と言いたかったのだろう?」
「フン!まぐれ当たりがいつまでも続くと思うんじゃないよ!?」
「フッ…お前達の攻撃は既に見切っている!!」
「舐めたことほざいてんじゃないよ!」

 

怒り心頭となったヒルダのガーリオンがユウに襲い掛かるが、それはまさに暖簾に腕押しだといわんばかりに、ラーズアングリフに避けられてしまう。
さらに避けたガーリオンに向かっていく、ジェットストリームアタックの第2波となるマーズのガーリオンのソニックブレイカーも空を切る。
旋回を始めようとしたところに放たれたビームが脚部を貫くと、マーズのガーリオンもバランスを崩してしまう。
ヘルベルトの二の舞にはなるまいと、マーズも必死にバランスを整えなおそうとするが、そのために動きを鈍らせたことが仇となってしまった。

 

「捕らえたぞ、完全にな!」

 

ユウは、ラーズアングリフがメガビームライフルを手にしているのとは逆の手に持っていたリニアミサイルランチャーをマーズのガーリオンに向けると、その引鉄を引く。
バランスを崩していたところに襲いかかってきたミサイルの一発目こそ、ガーリオンの上半身を反らせてやり過ごすが、2発目のミサイルが残った脚部に命中し、第3、第4のミサイルがガーリオンのボディに突き刺さり爆発した。

 

「言ったはずだぞ、見切ったとな?」
「何やってんだい!マーズ!!」
「…どうやら貴様はガーリオンという機体を何一つ理解していないようだな」
「知った風な口を聞くんじゃないよ!」

 

怒りで頭に血が上りきったヒルダは上空からレールガンを乱射しながらラーズアングリフに向かっていくが、それとは逆に、常に冷静でいることを心がけて戦っているユウにとってはもはやその攻撃は脅威はならない。
反撃にリニアミサイルランチャーの引鉄を引き、放たれたミサイルのうちの一発がガーリオンのレールガンと捉えると、そのレールガンはガーリオンの肘から下を巻き添えに爆発した。

 

「よくもこのあたしをコケにしてくれたね!!!」

 

ヒルダは仲間がやられた怒りと、キラ・ヤマトを除けば覇王の軍勢随一の実力を持つ覇王の側近としての自分のプライドを傷つけられた怒りを込めて、再びブレイクフィールドを展開させてラーズアングリフに突っ込んでいく。
機体の操縦を制御するための安全な速度を大幅に超えてもなお出力と速度を上げた攻撃であったが、その攻撃もユウにとっては、交戦した経験のある教導隊やATXチーム、そしてシン・アスカと比べても、予想の域を出るものではなかった。
ましてや覚醒状態のシンが乗った、ジャケットアーマーをパージしたビルトビルガーと交戦したばかりだったこともあってか、ヒルダの渾身の攻撃はユウの脅威とはならず、回避行動に苦労はなかった。

 

「ガーリオンのソニックブレイカーは確かに強力だ。だが…強固な盾となるブレイクフィールドは機体の前面にあるにすぎん。それにな…」

 

1機だけになっただけでなく、制御が困難になるほどのスピードを出したせいで、先ほどまでよりも長い時間、ユウに背中を向けることとなってしまったヒルダのガーリオンに対して、その隙を突くことなくユウは必殺の一撃を放つべく、背部大型砲塔を起動させる。

 

「ソニックブレイカーは突撃用の攻撃故にほとんど直進しかできん。貴様達はそれがどういうことかわかっていない」
「クソが!調子に乗るんじゃないよ!」

 

ガーリオンという機体は、戦闘機に手足をくっつけただけと酷評されることすらあるリオンとは異なり、DCが開発した人型アーマードモジュールであり、主にDCのエースクラスのパイロットや部隊の指揮官に配備された、DC戦争当時の最新型の機体である。
DC戦争中期からL5戦役のころにかけて連邦軍は、少数で戦局を変える高性能機を次々とロールアウトさせ、SRXチームやATXチームを擁するハガネが異星人エアロゲイターを引き付けた。
それだけにとどまらず、彼らがエアロゲイターの中枢戦力を殲滅させることで地球は守られた。
だが、そのような高性能機だけが勝利をもたらしたわけではない。それはハガネやヒリュウにおいても同じことである。確かにSRXのように、コンセプト自体が単機での超絶的戦力の実現である機体があることは間違いないが、SRXなどがいない戦場を支えたのは量産機とそれを駆るパイロットであることは言うまでもない。
ハガネの教導隊やヒリュウのオクトパス小隊のような、超高性能機無しに、操縦技術や経験というパイロットとしての能力を主としてエアロゲイターと戦い抜いたパイロットも多く存在する。
それはDCも同じである。L5戦役当時のユウも、ガーリオンでエアロゲイターの戦いを生き抜いたパイロットの1人であり、その性能や機体特性については熟知していた。
それはソニックブレイカーについてもあてはまる。
そして、ヒルダ達と対峙した時に交戦開始後まもなくメガビームライフルを手に取ったのも、
ソニックブレイカーを使用された場合、ブレイクフィールドの穴を突いて背後から狙撃するためには、弾速で劣るリニアミサイルランチャーでは難しいだろうと考えたために他ならない。

 

「機体を少しずらせば後ろから隙を突くことが簡単だということだ!そして!」

 

ラーズアングリフはガーリオンの突撃を造作もなく避け、同時にF・ソリッドカノンの起動を完了させて、旋回を終えて再び自分の下へと向かってくる敵機に照準を定めた。
ユウは自機の下へ真っ直ぐと直進してくるガーリオンに向けてラーズの砲塔を固定し、同時にその両足を止め、腰を落とす。

 

「ブレイクフィールドといえども、それを上回るエネルギーにより破ることができる!フォールデリングソリッドカノン、シュート!!!」

 

トリガーが引かれると同時に巨大な砲塔から放たれた鋼鉄の弾丸は、ガーリオンのブレイクフィールドに突き刺さり、一瞬その動きを止めるも弾丸のエネルギーは失われず、ブレイクフィールドを突き破るとそのままガーリオンを貫いた。

 

「ラ、ラクス様あぁぁぁぁ………!!!!!!」

 

ヒルダ・ハーケンの断末魔の叫び声が上がり、黒く塗られた最後のガーリオンは爆発の中へと姿を消す。
一方、それをモニター越しに見ていたエターナルのブリッジクルーの間にざわつきが生まれた。
覇王を信奉する者達にとっては、CE最強のパイロットことスーパーコーディネーターキラ・ヤマトと、CE最強の機体ストライクフリーダムが見たこともないような機体、
魔装機神サイバスターにまさかの敗北をきしたことはすさまじい衝撃であった。
そして、覇王の戦力の中枢が失われたことで彼らの心中はとても穏やかではいられなかった。
さらに、アスラン・ザラを欠く状態ではキラ・ヤマトに次ぐ実力を持つヒルダ達3人衆までもが撃墜されたことは覇王を守護する戦力が失われたことを意味しており、彼らの行く末に大きな不安が生まれてしまう。

 

「回収したブラックボックスを起動させてください」

 

静かに覇王が口を開いた。

 

その頃、偵察を終えてヒリュウ改に帰還したシンは、マリオンやギリアムへの報告を終え、格納庫へと再び戻ってきていた。
というのも、ヒリュウに戻ってきた彼の目に真っ先に映った、格納庫の一角にそびえ立つ一体の人型機動兵器が気になったからに他ならない。
そして、今、シンの目に映っているその機体は、決定的なことが他の人型機動兵器と異なる。
その機体の名前はヴァルシオーネというが、それをシンが知る由もない。
言うまでもないが、旧DCの総帥ビアン・ゾルダークがその天才的頭脳、極限まで燃え上がるスーパーロボットスピリッツ、
そして目に入れても痛くない愛娘へのやや歪みつつも深い愛情をもって作り上げた、究極ロボ・ヴァルシオンの2号機である。
頭部に2本の腕、2本の足という人型機動兵器の特徴にとどまらず、人の顔というよりも女の子のような…否、女の子の顔そのものをしているのだから。

 

「マユ…世界は広いな…あ、別世界だったか…いやそんな問題じゃない…………よな?」

 

目をこすっても目の前の光景は変わらない。頬をつねってみても確かに痛いという感覚がある。とどのつまり、これは現実なのだ。
この世界には女の子の顔をしたロボットがある。
こんな状態のシンが、もしもヴァルシーネが実際に戦う様を見ようものなら、ビームキャノンをぶちかます時のウインクや攻撃する時の空いた口などといった、
まるで人間そのものの表情によって多大な精神的ショックを与えていたかもしれない。しかし、今のシンはこの後、自らの身に降りかかる災厄をまだ知らない。
そんなシンが少々疲れたようにうつむいてため息とつくと、その目に2匹の猫、全身を黒い毛に覆われた猫と全身を白い毛で覆われた猫が映った。
それぞれ首輪をしているから誰かの飼い猫なのだろうが、偵察での戦闘、マリオンのインパクトで少し疲れたシンは、自分の心が、目の前にいる2匹の猫に癒しを求めていることに気付いた。

 

「ほ~ら、こっちにおいで~」

 

その場にしゃがみこみ、猫に手招きをする。すると2匹のうち、白い方の猫がシンの方へとやってきた。
シンは喉元を優しくさすりつつ、頭を撫でてから白い猫を持ち上げる。

 

「こんなところに来るまで自分の猫をほったらかしとはひどいご主人だなぁ」
「おいら達は猫じゃないにゃ!」
「!?ね、猫がしゃべったぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」

 

猫が喋る。
究極ロボ・ヴァルシオンの2号機ヴァルシオーネに続き、青い狸型風猫型ロボでもないのに喋る猫という、今まで持っていた常識と著しく乖離する事態の発生により生まれた心理的衝撃が、再びシン・アスカを襲った。
そして驚いた拍子に抱きかかえていた白猫を腕から落としてしまい、白猫は哀れ、床へとまっさかさまとなってしまった。

 

「痛!もう、急に離さにゃいでくれにゃ」
「なんかもうこのリアクションにも飽きたにゃ」
「新人さんにゃんだからしょうがにゃいでしょ。驚かしてごめんにゃさいね」

 

今度は黒い猫が喋り始めた。
なぜか相方と思しきその黒猫を床に落としてしまったことを糾弾することもない。
それだけにとどまらず、呆然としている自分に対して丁寧にフォローと謝罪まで入れている。
なんと律儀な猫であろうか。事情を知らない人間が見たら不思議な光景としか言いようがなかった。
そして、こんな光景を誰かに見られるわけにはいかない。もし見られたら自分はしばらくの間、『猫と喋っていた痛い新入りパイロット』という痛いレッテルを貼られかねない。
ミネルバにいた頃もシスコンだといわれていたことがなくもないが、シンにとって妹のマユ・アスカは目に入れても痛くないような存在だったので、シスコンと言われてもなんら苦痛はなかった。
他方、さすがにシンも猫と喋る痛いパイロットというのは勘弁して欲しかった。
それ故にそんな状況からは一日も早くその状況から離脱するか、目を覚ましてまともな意識を取り戻す他ない。

 

「…やっぱり痛い。これ、夢じゃないよな」

 

だが、再び抓った頬は確かに自分の脳に対して、痛いという感覚を伝えている。
まともな意識はあるらしい。つまり、目の前で猫が喋っているというのは現実の出来事だということである。
ということは、自分は喋る猫と喋っていたということになってしまう。
実際には、ヒリュウやハガネのクルーらにとってはシンの目の前にいるシロやクロは既に馴染みの存在であり、シンが危惧するような噂が流れるようなことはないのであるがそれはシンの知るところではないのであるが。
いくら頭の中を総動員しても、猫がしゃべるという事態にいかなるように対処すべきであるというような解決策は浮かんでこない。(シンにとって)正常な世界を取り戻す手は尽きてきていた。

 

「あ、シンく~ん」

 

後ろから名前を呼ばれたシンが振り向いた先にあったのは、たわわに育ったわがままな2つの超高級リンゴ…を胸部に実らせた、青みがかった髪の色をした女性であった。
テスラ研脱出から今までがバタバタしっぱなしだったためきちんと挨拶をしたことはなかったが、共に戦場で戦う中でなんとなしにではあるが顔と名前と体の一部が一致している。

 

「あ、クス「クスハ!久しぶりニャ!!」
「あらシロちゃん。元気そうね。またマサキ君とはぐれちゃったの?」
「違うニャ。マサキが勝手に道に迷っただけにゃ」
「ふふ、やっぱりそっか。クロちゃんも元気そうね」
「マサキが地球を何週もしにゃければ元気にゃんだけどにゃ」
「そ、それは大変だったわね…あ!シン君、おかえりなさい。偵察中にDCと接触したって聞いたけど大丈夫?」
「ええまあなんとか無事に」
「よかった。ところで最近ずっと戦闘続きだったでしょ?栄養ドリンクを作ったんだけど飲んでくれる?」
「え!本当ですか!?ありがとうございます」
「はい、どうぞ。今回のは自信作なの。シロちゃんとクロちゃんもどう?」
「え゙!オ、オイラたちはその…マサキをさがさにゃいと…」

 

そう言って、生命に危険を感じたシロとクロは、クスハの屈託のない笑みを他所に一目散にその場から逃げ去っていってしまった。
そして、このとき、いわゆる「クスハ汁」を受け取ったシンは逃げ去っていくシロとクロを見ていて、ドリンクの中身の色を確認しなかったのが、シンの不幸の始まりであった。
シンは口を開き上下の唇でチューブを甘噛みして加え、口内でチューブの先に舌を軽く沿えた。まるで、男の夢と希望とロマンが詰まった果実の先端にしゃぶりつくときのように。
そして少しずつチューブ内の空気を吸出し始め、中身を吸い上げる。このとき、もしシンが透明なチューブの中身を見ようとしていたならばこの後に起こる不幸は起きなかったであろう。
そう、もしシンがクスハの体に実ったリンゴを凝視したりしていなかったのならば…

 

「せっかく作ったのに…でもシン君もシロちゃんとクロちゃんにはビックリしたでしょ?」
「ははは…さすがに喋るネコなんてのは…あのネコは一体何なんです?」
「説明すると長くなるんだけど…」
「ん゙!!!!」
「シ、シン君!?」

 

クスハが説明をしようとしたその時、クスハ汁の中身がシンの口にとうとう侵入した。
クスハの果実の先端から夢や希望といった中身を吸い出すことをイメージして、甘くとろけるような気持ちよさを想像しながら吸い出したチューブの中身から出てきたのはまごうことなき絶望。
味わったことのない味覚にシンの脳は急遽、緊急警報を鳴らしだしたのであったが、時既に遅し。口内からクスハ汁に含まれた個々の成分は、急速にシンの体中を駆け巡り、侵していったのである。

 

「くぁwせdrftgyふじこlp;」
「シン君!?しっかりしてシン君!?」

 

そしてシンが奇声を上げると同時に、クスハ汁によるシン・アスカ制圧作戦はミッションコンプリートとなり、シンの意識は徐々に闇の中へと沈みだした。
物理的にも手からドリンクの容器をすべり落とし、前方へと倒れこんだシンの顔面は、なんら意図するものがなかったにも関わらず、
クスハのリンゴとリンゴの間、つまり神の谷間に向かって一直線に落下していったのである。遠くで自分を呼ぶ声がする気がするが、シンの意識はどんどん闇の奥深くへと沈んでいく。
しかしその闇は暖かく、柔かく、甘くとろけそうないい臭いがしていて、シンには闇に抗う術などはなかった。絶望と希望、快楽と苦痛。それらすべてに包まれながらシン・アスカの意識は闇に堕ちた。

 

「じょ、冗談を言うな!あれが何かはまだよくわかっていないんだぞ!」

 

一方、覇王の思いもよらぬ発言に、覇王の思うところを実現するための戦術と作戦立案を、珈琲片手に冷静に行なうバルトフェルドが食いついた。
広大なアメリカ大陸を彷徨う中で発見した未知なる機動兵器のおおよその能力くらいは調査の末判明したが、使用に耐えうるほどの調査などはまったく行なわれていないからである。

 

「ですが今の私達に残された手段はもうわずかしかないのです」
「しかし!」
「大丈夫です、エターナルは強い艦です。きっとうまく行きます」

 

覇王は自らの運を信じて疑わない。エターナルをプラントから強奪して敵に囲まれたときも、ストライクフリーダムが初めて出撃したときも覇王はエターナルでピンチに遭遇してきた。
しかし、いかなるときも最後には自らに弓引いた愚者どもは覇王の力に膝まずく結果となってきた。
とある妖怪の総大将は、天狗に捕らえられ、処刑を待つ身となったときも最後まで自らにある「悪運」を信じて疑わなかったと言われているが、覇王も同様に、最後には自分に仇なす者こそが滅びるのだという天運が備わっていると信じていた。

 

「所属不明艦に告ぐ。こちらはノイエDC、バン大佐直轄特殊部隊ユウキ・ジェグナン少尉だ。1分待つ。それまでに降伏するか選べ。降伏すれば手荒な措置はとらない」
「て、敵部隊の指揮官からのようです!」

 

敵からの降伏勧告にエターナルのブリッジを含めた艦内にあった混乱はさらに広がっていった。

 

「ラクス!」
「ラクス様!」
「どうするんですかラクス様!」

 

覇王の下僕達は口々に覇王の答えを求めはじめる。
宗教というものの権威が失われたCEの世界において、自らを新たな種と称するコーディネーター達は基本的に自らを絶対的に正しいと判断したうえでの行動を取るのだと言われる。
そこにはコーディネート技術により得られた高い身体的能力を持った自分達自身への信頼があるからに他ならない。
宗教というものが、伝統的歴史と厳しい戒律あるものから、出自の知れない得体の不明なものまで様々あるものの、長く人間の歴史に根付いていたのは、弱い人の心の拠り所や指針になっていたからに他ならない。
そしてコーディネーター達も、血のバレンタインから端を発する戦いの日々の中で徐々にその心をすり減らしていた。
それにとどまらず、当初こそ大勝利の連続であった、独立を掲げた戦争も敗北が増え始め、コーディネーター達は自分達自身への自身を失いつつあったのである。
そして、そこに現れたのは「穏健派」であると、少なくともコーディネーター達の中では考えられている、クライン派のトップの娘である覇王だった。

 

覇王は多くを語らない。

 

覇王は具体的なことを言わない。

 

覇王は期待を裏切らない。

 

異世界において追い詰められて絶体絶命の危機に陥った今回も、エターナルのブリッジにいるコーディネーター達の期待は覇王に一身に向けられている。
ユウにより決められた一分が経過しようとしたとき、自身の天運を信じて疑わない覇王が静かに口を開いた。

 

「メイリンさん、通信回線を開いてください」

 

他方、エターナルの正面よりもやや右側に陣取り、自身の砲塔をエターナルへ向けるラーズアングリフの中でユウは間近に迫った1分の経過を待っていた。
本来であれば所属不明のテロリストである覇王の軍勢にわざわざ降伏を勧告する必要などないのであるが、戦力を失った相手を嬲り殺すような真似は、ユウにはできない。
直属の上官であるアーチボルドならば躊躇無く引鉄を引くのであろうが、そもそもアーチボルドのやり方はユウにとっては到底好きになれるものではなかった。
にもかかわらず彼の部下をやっているのは軍人だから、という強い自律があったからに他ならない。
そして一分が経とうとして引鉄に手をかけたとき、所属不明の敵の軍勢から通信が入ってきた。

 

「わたくしはこの艦エターナルのラクス・クラインです」
「前置きはいい。降伏するか、しないか、聞かせてもらおうか」
「なぜあなた達は戦うのですか?」
「何?」
「あなた方はどうして戦うのです?」

 

降伏を勧告した相手から出てきた言葉は、自分がなぜ戦うのかを問うという、到底答えにはなっていないものであったことに、ユウの顔が一瞬引きつった。
だがこの手の相手を無視すればいい、とアーチボルドからはよく言われるのに応じてしまうところにユウが非常になりきれない部分がある。
そして、このような甘さが残っていたからこそブリットやシンと激しくぶつかり合うことになって、敵パイロットの心に火をつけてしまう、ということはユウの自覚するところではない。
それ故今回も、銃口を突きつけられて降伏を迫られながらもそれには答えずに、関係の無い問いに答えてしまうのであった。

 

「1つ言っておくぞ、所属不明のテロリスト。今ここで貴様達と問答をするつもりはない。降伏するか否かを答えろ」
「今、この世界は異星人の侵略という危機に晒されているのです。私達地球人がここで争うべきではないのではないですか?」
「こちらには、貴様達の襲撃を受けた者が多数いるとの情報がある。それらは貴様の言っていることと矛盾しないのか?」
「わたくしは地球人どうしの戦いをやめさせようとしただけです。矛盾するものなどありません」
「ならばどうして貴様は地求人どうしの戦いに介入して新たな戦いを引き起こす?貴様が行なう戦いも地球人どうしの戦いのはずだ。
 戦いをやめさせるために戦いを巻き起こすというのなら、貴様達は存在自体が矛盾しているぞ!さあ降伏するか、まだ戦うか答えてもらおうか」

 

ユウは直感で目の前にいる相手とは相容れないと確信しながら、相手の降伏の意思表示を待ちつつ再び引鉄に手をかけた。
しかしユウが、時間を与えて降伏するかを問うたにも拘らず、覇王に仕掛けられた問答に応じてしまったことを激しく後悔することとなってしまうのはまだずっと先のことである。
ともかく、降伏するか否かの返答を緊張状態の中待ち続けながら、額から垂れてきた一滴の汗が頬を通り顎に差し掛かる。
そしてその汗が重力に抗いきれずに顎から落ちたとき、ユウは引鉄に手をかけた指を引こうとしたが、次の瞬間、ユウが引鉄を引く前にエターナルを取り囲んでいたエルアインスとリオンが数条のビームに貫かれて爆発した。

 

「!?」

 

咄嗟にレーダーに目をやり敵の位置を確認するのだが、ユウの目に入ってきたのは見たこともない機体であった。
それはやや明るい赤色でボディを包み、頭部はヒュッケバインに近いような形をした機体であった。ラーズアングリフよりやや大きい、準特機クラスのサイズをしているその機体の頭部の先には、特徴的な銀色の鶏冠が太陽の光を反射させながら輝きを放っている。
新西暦の人間には知る由もないが、それは形こそかなり変わっている部分があるものの、間違いなくインフィニットジャスティスと呼ばれた、
―CEの世界で覇王の行く先に立ち塞がる者達を打ち砕き、斬り捨て、屈服させて覇王の行く道を作ってきた、ストライクフリーダムと双璧をなす覇王の剣の片割れである―機体であった。

 

「あの機体…まさかインスペクターか!?」

 

ユウキは誰に言うわけでもなく独り言を呟いた。突如現れた見たことのない機体の出現にユウキの警戒心が一気に高まる。少なくともエルアインスやリオンを攻撃したのであるから友軍機ではない。
かといって連邦軍かというとそうである確率はかなり低いはずである。なぜなら、情報によれば自分が今交戦しているピンク色の戦艦のテロリストは、連邦軍の部隊に対してもたびたびテロ行為を行なっているのだから。
そうだとすれば残っているのは、現在アメリカ大陸を支配下におさめたインスペクターとなる。
だがユウキが最悪の答えを導き出す前に赤いアンノウンはラーズアングリフに向かって一直線に突っ込んできた。

 

「何!?」

 

準特機クラスのスピードとは思えない速度のジャスティスにユウキは一瞬気後れしてしまう。それにより鈍った反応のため、ジャスティスは両腕を広げてラーズアングリフに組み付いてきた。
両の腕がラーズアングリフの肩をガッシリと掴み、ラーズアングリフが肩を動かそうとしても中々動かなくなってしまう。

 

「エターナルはやらせん!」
「!?言葉が通じるだと!貴様、何者だ!」
「そんなことはどうでもいい!ストライクフリーダムを…キラをやったのはお前か!?」
「キラだと!?そんな奴、俺は知らん!」

 

おそらくは人名であろうが聞いたことのない名前にユウキは少し苛立ちを覚えつつ、先ほどからラーズアングリフを押さえつけている赤い機体目掛けてファランクスミサイルを発射した。
とっさにジャスティスは後方に飛んでミサイルを回避するが、そこを狙ってラーズアングリフはフォールデリングソリッドカノンを収納すると同時にメガビームライフルの引鉄を引く。
数条のエネルギーがジャスティスのボディや肩を掠めるが、機体の中心に一条のビームが到達する前にジャスティスは腕に装備されているビームシールドを展開してそれを防いだ。
それに応酬すべくジャスティスも腰にマウントしてあるビームライフルを手に取り、ラーズアングリフへと向ける。そしてシールドを構えながらビームを発射しつつ、ラーズアングリフに向かっていった。
ユウキも何発かのビームは回避できたが、迫って来たジャスティスにライフルの銃口を向けたところで、ジャスティスが背部に背負ったリフターに備わったビームキャノンからもビームが放たれる。
その内の一発がラーズのビームライフルを撃ちぬき爆発させたが、そこに畳み込んでいこうとしたジャスティスが放ったビームの1発はラーズアングリフに命中する直前に、ラーズの前方の位置で拡散してしまった。
ラーズアングリフはビームコートで攻撃を防ぐと、直後に両上腕部付近に内蔵されたマトリクスミサイルを射出する。
2基の巨大なミサイルの中から小さいミサイルが数多く姿を現してジャスティスへと向かっていくのだが、それに対してはジャスティスもビームライフルでミサイルを撃ち落していった。
しかしユウキにとっては、マトリクスミサイルは囮に過ぎず、ラーズの手にしたリニアミサイルランチャーから放たれたミサイルがジャスティスへと迫る。
広域攻撃用のマトリクスミサイルは様々な曲線を描いてジャスティスへと向かっていくため、ジャスティスは様々な角度に向けてビームを放たざるを得ない。
そして、最後のマトリクスミサイルを撃ち落したビームライフルの砲身に、リニアミサイルランチャーから放たれた直線的な動きをするミサイルが突き刺さり爆発を起した。

 

「チッ!」

 

だがアスランはこれ以上は仕掛けようとはせず、ライフルの爆発に紛れていったんラーズアングリフから遠ざかりエターナルの方へと向かっていく。そして仲間達のいるエターナルへと通信を入れた。

 

「アスランだ!すまない!ようやくお前達を見つけられた!!」
「やはりアスランでしたか!無事だったのですね」
「ああ。だが今は挨拶をしてる場合じゃない。ところでキラはどうしたんだ!?ストライクフリーダムは!?」
「…」
「おい、ラクス!!」
「キラは…」
「まさかキラが!?まさかキラがあいつらにやられたのか?!
「そ、それは…」

 

一方、アスランの問いに覇王ははっきりと答えない。まさか真実を言うわけにはいかないのであるが、嘘を言っているわけでもない。
「キラ・ヤマト」という存在が、現在戦闘に供し得る状態でないことはまぎれもない真実である。
あいつら、つまりDCにやられた訳でもない。
端的に事実をいうのであれば、覇王は断片的真実を述べているのである。
だがそれこそが、覇王の持つ人心掌握術の中核であった。
疑問を持ち、迷い、苦しむ人間に覇王が接することは多いが、その迷う人間達の多くが抱えているのは、自分の中にある選択肢の選択に関する迷いである。
何をすべきかが全く白紙の人間はほとんどいない。
つまり彼らの心中には選択肢は存在している。そこに覇王は救いの言葉を差し出してきた。
その言葉は迷い人でなくても誤りではないと感じる内容であり、彼らの心の中に覇王の言葉は段階的に、順を追って深く染み込んでいくのである。
抽象的に述べられているが故に深く染み行く覇王の言葉が、迷い人の心の中に積み上げられていく中で、迷い人達はその言葉を頼りにしながら考え、1つの結論へと辿り着く。
そして、それが結果として覇王を最も利するものとなってきたのであった。
もっとも迷い人達はその答えは自分が考えた故に出したものであることから、自分が悩みぬいた末に自分が出した結論だと認識することが多いのだが。

 

「…………よくも…貴様ら…よくもキラをやったぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

覇王の言動から、キラ・ヤマトがノイエDCの部隊にやられたのだと判断したアスランが腹の底から怒声を発した。
その瞳は既に光彩を失い、グリーン一色となっており、全ての実力が引き出されうる状態となっている。
ジャスティスはビームサーベルを連結させると、全開にした推進力でラーズアングリフへと向かっていく。
振り下ろされたビームの刃をラーズアングリフはビームソードで受け止めるが、イーグレットの技術力とマシンセルにより
驚異的パワーアップを遂げたインフィニットジャスティスとの機体のパワー差は埋めがたく、ラーズの刃は徐々に押し込まれ出した。
それを察したユウは刃を押し込もうとするジャスティスの力を利用して機体をバックステップさせることで距離を確保するが、有効な打開策を閃く前にジャスティスはなおも連続した斬撃を繰り出してくる。
それらをラーズアングリフは、時にはビームソードで受け止め、又は機体を逸らしてかわして、なんとかジャスティスの猛攻をしのいでいた。
パワーとスピードが高いレベルで合わさった攻撃にユウも高い危機感を抱かざるを得ない。
ただユウにとって幸運だったのは、覚醒状態の全力のアスランを相手にする前に、同じ状態となったシン・アスカ及びそのシンが乗る高速戦闘形態のビルトビルガーと戦闘をしていたことにより、高速戦闘にユウの体が適応し続けている状態であったことであろう。
だからこそラーズアングリフでもインフィニットジャスティスの攻撃を辛うじてかわせていたのである。
しかしアスランもそう易々と攻撃をかわさせ続けるつもりはない。

 

「キラの仇は討たせてもらうぞ!!!!」
「誰かは知らんが貴様とて俺の部下を殺しただろうが!!」

 

ビームサーベルで右から斬り付けたジャスティスに対して、ユウはビームソードを持たない左腕をジャスティスに押し込みサーベルを持つ腕をとめることでガードをした。
だがさらにジャスティスは左足を振り上げて蹴撃を繰り出してくる。
振り上げられた足自体はとても無防備であり、そこにビームソードを突き立てれば、とユウは思ったが、同時にユウの体中を嫌な予感が突き抜けた。
根拠など何もない。まさに非常識な感覚であったが、このときばかりはユウも自身の本能に逆らおうとは思わなかった。結果としてその判断が彼を救うことになるのだが。
振り上げられたジャスティスの足の爪先にあるブレードはビームサーベル発生機となっており、振り上げられ、そして下ろされようとしている爪先のブレードの先端から伸びたビームサーベルはピンポイントにラーズアングリフのコックピットへと向かってくる。
一瞬、ユウの脳内と背中を冷たい感覚が走り、とっさにラーズの上半身を前方やや左に逸らしてコックピットへの直撃を防いだものの、上腕部のアームガードの一部が綺麗に切り落とされてしまった。

 

「くっ!」

 

あと少しでも反応が遅ければ命を落としていた事態に、常に冷静であることを心がけようとしているユウにも小さからぬ焦りが生まれ始めていた。
機体のパワーもスピードも、相手の機体の方が数段上であり、パイロットの能力も自分と同じかやや上と来れば、状況が悪いどころの話ではないからである。
そうであれば、これ以上戦闘を続ければ続けるほど追い詰められていくのは自分であり、隊長としてなすべきことはおのずと明らかになってくる。

 

「カーラ!態勢を立て直しつつ各機を後退させろ!赤い奴は俺が引受ける!」
「何言ってんの!1人であんなのの相手をするなんて無茶だよ!?」
「…そう簡単に俺はやられん。それにインスペクターが現れた今、俺達はここで倒れるわけにはいかないんだ…少なくとも異星人どもを叩き出すまではな」
「でも!」
「命令を復唱しろ」
「………」
「無理をするつもりはない。頼む…」
「…わかったよ、でも絶対無理はしないでね」

 

通信回線を切り、ユウキは再びジャスティスに目を向け、睨みつけた。目の前の機体に勝てる確率はお世辞にも高いとは言えない。
しかし、それができるのは、今は部隊の中で最も高性能の機体に乗っている自分以外にはいない。
命を安売りする気などないが、正に死力を尽くさねばこの場を切り抜けることはできないであろう。
そしてカーラに言った言葉は、彼女や通信を聞いていた部下達にだけいったのではない。自分に言い聞かせるように言ったものでもある。
目の前の赤い機体は、ラーズアングリフの方を向いたままであり、撤退を開始した味方部隊に追撃をかけられなかったのは幸いであった。
ユウキが機体のコンディションをチェックすべくコックピット内のパネルを操作し始める。
そして機体の状態を軽く確認する中で、さきほどまで戦っていたシン・アスカとビルトビルガーのことをふと思い出した。
そして即座に幾つかの操作をすると、左肩部のファランクスミサイルのポッドが薄い煙を上げながら地面に落下する。
さらに両肩のアームガード内にあるマトリクスミサイルもそれに続いて機体本体からパージされた。
その様子が相手には奇妙なものと写ったのであろうか、敵機からラーズアングリフへと通信が入ってくる。

 

「どうした?諦めたのか?」
「フッ…あきらめたかどうかは自分の目で確かめるんだな」
「ならばそうさせてもらう!」

 

連結させたビームサーベルを構えて再びジャスティスがラーズアングリフへと向かっていく。
だが、連結されている状態では現に向かってくる刃は一本であり、ユウキにとってはそれをかわすのはさほど困難なことではない。
それを見越してか、ジャスティスはサーベルの連結を解き、両腕にビームサーベルを持たせて切り込んできた。
それに対してラーズアングリフも、ビームソードとシザーズナイフで応戦し、幾度か刃を切り結ぶ。
そして鍔迫り合いが生じてもラーズアングリフはすぐにバックステップで距離をとり、ジャスティスの両足を使わせない。
だがジャスティスのサーベルがラーズの装甲を何度かかすめるのとは対照的に、ラーズアングリフの攻撃は決定打に欠き、
ジャスティスの攻撃の合間を縫って攻撃を仕掛けるのだが、それらは回避されるかサーベルで防がれてしまい、有効なダメージをなかなか与えられずにいた。

 

「奴のスピード…こちらの攻撃はそう何度も当たらんな…ならば!」

 

ユウは鍔迫り合いを、機体をバックステップさせて中断させ、後退しながらシザーズナイフをジャスティスの足元目掛けて投げつけた。
ジャスティスはジャンプしてそれをかわす。
他方、ラーズは着地してすぐに脚部のローラーを使い後退して、いったん距離を置きつつ、空いた左腕にビームソードを、そして右腕にリニアミサイルランチャーを構えさせた。
ユウキはジャスティスが着地する直前にリニアミサイルランチャーの引鉄を引き、数基のミサイルがまっすぐジャスティスへと向かっていく。
それと同時に今までは自分から距離を詰めていくことがなかったラーズアングリフがリニアミサイルランチャーを発射しながらジャスティスへと接近していった。

 

「さっきより速い!そうか!」

 

アスランはビームサーベルで幾つかのミサイルを斬り払いつつ、斬りこぼしたミサイルをシールドで受けながらユウキの狙いを理解した。
外見からして鈍重そうなラーズアングリフの生命線はその外観を見る限り、ストライクフリーダムすら上回る火力のはず。
その生命線を捨ててまでユウキが得ようとしたもの、それはスピードだったのである。
ユウキは火薬が詰まった夥しいミサイルを捨てて機体重量を減らすことで、ジャスティスに対応できる運動性を確保しようとしたのであった。
そのヒントとなったのがジャケットアーマーをパージしたビルトビルガーだったのである。
ジャスティスのサーベルを、再び右腕でジャスティスの左腕を弾くことでしのいだラーズは、次の攻撃が来る前に首を落とすべくビームソードの刃を振り下ろす。
ラーズの斬撃はジャスティスの右腕にあるサーベルで防がれてしまうが、そこで両機の動きは止まらなかった。
先ほど弾かれた左腕のサーベルでコックピットを貫こうとするジャスティスの突きを、ラーズは機体の上半身を左に逸らして回避する。
ファランクスミサイルポッドがあった辺りをかすめたサーベルを横目に、ユウキはラーズアングリフの重厚な脚部でジャスティスの腹部を蹴りつけた。
さすがにカウンター気味に当てた蹴りの衝撃は小さくなかったようでジャスティスはやや後ろに飛ばされる。
だがラーズはそれだけにとどまらず、その蹴りの反動でバックステップをして後ろに下がりながら、右手にもったリニアミサイルランチャーを至近距離からジャスティスのボディに叩き込んだ。
アスランも咄嗟にシールドを展開させるが、いくつかのミサイルの直撃を防ぎきれず、大きな衝撃がコックピットを激しく揺らす。
幸いコックピットへの直撃弾はなかったのだが、なおもラーズアングリフからはミサイルが打ち込まれ続けている。
マシンセルにより性能を高めたシールドは実弾の攻撃にも耐え続けており、いずれラーズアングリフが弾切れを起こすだろう、そうアスランは踏んだ。

 

「やってくれたな!だがこれくらいでジャスティスが落ちるか!」
「ほう。ならば自分の足元をよく見てみるのだな」
「!!!」

 

自分の足元の光景を目にしたアスランの目は大きく開き、驚きは全ての言葉を奪い去った。
熾烈な接近戦を繰り広げていたために気付かなかったが、ジャスティスの足元にあったもの、それはユウキがさきほどラーズアングリフから切り離した大小様々なミサイルであった。
ジャスティスにもミサイルランチャーが打ち込まれている中、いつ足元のミサイルが誘爆を起こしてもおかしくはない。
そしてラーズアングリフが銃口をやや下げてから間もなく、1つのミサイルが一基のマトリクスミサイルを直撃し、爆発が起こる。
さらにその爆発は他のミサイルをも巻き込んでさらなる爆発を生む。赤黒い炎と衝撃が四方八方からジャスティスを襲い、覆いつくしていった。

 

「くそおおおおおお!!!!」

 

感情を露わにしたアスランの絶叫とは対照的に、ユウキは冷静に追撃の準備を始めていた。
既に起動していた背部の巨大な砲塔の先端は太陽光を反射して輝き、照準がはっきりとジャスティスの姿を捉える。

 

「フォールディングドリッドカノン………発射!!」

 

夕焼けの光を浴びて茜色をしているようにも見える砲塔から射出された、最後の一発となった巨大な弾丸は一直線に爆煙の中へと向かっていく。
弾丸が炎の中に呑み込まれ、そして、残った全てのミサイルが誘爆を起こしたのであろうか、一際大きい爆発音と大量の煙が上がって、ジャスティスは姿を消した。

 

「カルチェラタン1…これより…帰還する」

 

爆発の中にジャスティスが姿を消したのを見て、普段のように冷静に、抑揚のあまりないようにユウキは呟いた。
だが冷静であろうとする内心とは裏腹に、少なからぬ汗が体から染み出し、呼吸は荒く、気付けば肩で息をしている始末。自分がどれほど追い詰められていたのかは明らかであった。
そして、敵戦艦であるエターナルはまだ健在であったものの、ラーズアングリフの武装はほとんど残っておらず、継戦能力はかなり低下していたので、ユウキは迷わずその場からの後退を始めた。
もともとの任務である残存部隊の回収は完了しているので、敵を殲滅する必要はなかったし、アメリカ大陸がインスペクターの手に落ちたことを考えれば自分達が手を出さずとも、
そのうちに目の前にいるテロリスト達が滅ぶことは容易に想像できたというのも理由である。

 

エース格の相手を三連続で相手にする結果となってしまったため、テストのはずだったラーズアングリフには少なからぬダメージを負わせてしまったことは想定外であったが、
おかげでラーズアングリフの長所・短所、改良すべき点を把握できたともいえる。
だが、帰還して、報告書に添付するラーズアングリフの改造プランを、紅茶を飲みながら考えようと思った矢先、悪寒がユウキの背筋に走った。

 

まさかと思い、ジャスティスを飲み込んだ炎の映像をカメラで拡大させると、炎の中にうっすらと何かの影が映ったような気がした。そして、徐々に嫌な予感が確信へと変わっていく。

 

「ば、馬鹿な!!」

 

段々と爆発により生まれた煙が晴れていくと、やがてその中から1つの立方体が姿を現した。
赤をベースに何本か銀色の筋が入っており、さきほどまで交戦していた機体の色にそっくりであるようにも思える。
するとその立方体の上蓋のような部分に立方体が収納され始め、その中からあの機体が姿を現した。
だだ、その両腕は抉り取られてショートを起こしており、オイルのような黒い液体が腕があったところから垂れ出し、
ボディ、足を伝って大地にこぼれ落ちている。顔面は右半分が内部のメカがむき出し状態となっており、天を突く鶏冠は跡形もない。
他方、上蓋のような部分はやがて、ジャスティスの背部に接続されていたリフター、ファトゥム01と呼ばれていたものに姿を戻した。
そして姿を戻し終えると従来どおりジャスティスの背部に接続し、ジャスティスがラーズアングリフを正面に見た。

 

「ファトゥムがなければやられていたぞ…残念だったな。マシンセル起動!」

 

アスランの言葉に呼応するかのように、ジャスティスの破損箇所が徐々に再生を始めた。
そして失われたはずの両腕や顔面まで形成されて、とうとう最初に見た姿へと戻ってしまったのである。

 

「な!再生だと!?これではまるで…」

 

エアロゲイターの機体ではないか、と言おうとしたが、それを言う前にジャスティスはラーズアングリフに向かってきた。
振り下ろされたビームサーベルこそ回避できたものの、腕を振り下ろしたジャスティスはそのまま上半身を屈め、ファトゥムをラーズアングリフに向けて射出した。
これにはユウキも不意をつかれ、先端部の鋭い刃に右腕もっていかれてしまう。

 

「ぐっ!」

 

うめき声が自然と上がるが、さらにジャスティスはラーズへ向かってくる。
そして、背後から戻ってきたファトゥムを辛うじてかわしたものの、頭上から迫ってきたジャスティスの攻撃により、ラーズの左足にビームサーベルが突き刺さってしまった。
再びファトゥムとドッキングしたジャスティスがさらにビームサーベルを構える。

 

「終わりだな」

 

そう言ってアスランは勝利を確信する。他方のユウキは必死に頭を働かせてこの場を脱する術を考えるが、焦りが頭を支配している状態ではそのような術が浮かばない。
そして静かにジャスティスがサーベルを持つ腕を振り上げる。だが、ジャスティスはそのまま動きを止めている。

 

「どういうことだ?」

 

訝しがるユウキであったが、コックピットのアスランはユウキ以上に現状が飲み込めない。
というのも、突然ジャスティスがコントロールを失い、一切の操縦を受け付けなくなってしまっていたからである。

 

「そこまでです、アスラン・ザラ君」
「だ、誰だ!」

 

そして、そこに通信が入ってくる。そしてこちらに一機のエルアインスが向かってきた。
アスランにとっては聞いたことのない声であったが、ユウキにとっては聞き覚えのあるものだ。

 

「私はアーチボルド・グリムズ少佐です。君の機体に停止コードを送信しました。もう君の機体は動きませんよ」
「停止コードだと!?どうしてお前がそんなものを!?」
「先ほど、セトメ博士、イーグレット博士から私達に命令が下りました。アスラン・ザラ君の仲間をゆりかごまで大事なゲストとしてお迎えするようにね」
「本当に博士達がそんなことをおっしゃったのか?それを俺に信じろと?」
「僕を信じてくださらなくてもいいですけど、その動けない機体で僕と戦いますか?」
「クソ!卑怯な…」
「構いません。せっかくのご招待です。遠慮なく受けましょう」

 

猛るアスランを尻目に、覇王が通信回線に加わってくる。

 

「ラクス!?でもこいつらは…」
「もしこの方達が私達を討とうとしていたら、もうそれを行なっているでしょう。それをしないということはわたくし達と戦う意思がないということではないですか?」
「君のいうこともわかるが…」
「的確なご理解に感謝しますよ。それでは僕の後に付いて来てください」

 

アーチボルドはそう言うと、脚部を損傷し、動けない状態のラーズアングリフを担ぎ上げ、キラーホエールのいる方向へとエターナルを誘導し始めた。

 

「危ないところでしたねぇ、ユウキ君」
「ありがとうございました、少佐。ですが奴は?」
「彼はどうやらアギラ博士やイーグレット博士の客分のようです。先ほど、データが送られてきました。あの機体も博士達のところで作った新型のようです」
「…そうですか」
「おや、何か?」
「………いえ」

 

(…嵌められたか)

 

ユウキの睨んだ通り、マシンセルとジャスティスのテストのために、アーチボルドが自分の部下とジャスティスを交戦させたというのが本当のところであった。
しかしそれをユウキが証明する術などない。
ただただジャスティスの性能と上官に大きな警戒感を抱くばかりであった。
そして今回の戦闘は、覇王の軍勢が、ノイエDCと接触し、新西暦の世界に新たなる戦いをもたらすことになるほんの幕開けに過ぎないのだということは今の時点では、誰も知らなかった。