SRW-SEED_660氏_ディバインSEED DESTINY_第15話

Last-modified: 2009-07-19 (日) 15:48:23
 

ディバインSEED DESTINY
第十五話 彼と彼女の訓練風景

 
 

 シミュレーターによって緻密に構築された仮想空間の中で、青色の、MSというにはいささか変わった外見の機体が、ディバイン・クルセイダーズ製のMS(後にアーマード・モジュール=AMと呼称される)ガーリオンから浴びせかけられる銃撃を必死に躱している。
 荒涼とした岩山と砂漠が地の果てまでも広がる仮想空間の地表すれすれを、バルゴラと名付けられたMSが足を止めずに動き回り続け、両手で支える様にして構えた長方形の箱の一端をガーリオンへと向ける。
 箱に丸く穿たれている穴から大口径の銃弾が正確な狙いと共に放たれて、バーストレールガンの弾幕を張っていたガーリオンが、銃撃を止めて回避行動をとる。立て続けに放たれるバルゴラの銃撃も、ガーリオンには弾道があらかじめ見えているように躱しつづける。
 紙一重と見えるガーリオンのかわし方だが、正確に弾道を見切っているから、銃弾が巻き起こす大気の乱れが装甲を叩く程度だろう。
 銃口の角度や向きから弾道を瞬時に予測し、防御するディフェンスロッドが敵国のフラッグやイナクトに装備されているが、それと同じような回避システムがガーリオンに搭載されているわけではない。
 銃撃に癖でもあるのか、単純に相手の技量によるものか、いずれにせよバルゴラ三号機を操るセツコ・オハラは、こちらが引き金を引くタイミングを見抜いているように動き、照準内に捉えきれぬガーリオンを、精一杯追い続けた。
 更に三発ストレイ・ターレットの銃弾を躱した時、回避行動を行っていたガーリオンが銃口を下げていたバーストレールガンを再びバルゴラへと向ける。

 

「来る!」

 

 セツコは特別、反応速度や目が良いわけではないが、グローリー・スター配属から血道を上げた努力で構築した観察力で、相手の攻撃のタイミングや呼吸を読み取りバルゴラの回避行動に反映させる。
 バルゴラの青い影が残る空間をバーストレールガンの弾丸が穿つ。至近の着弾判定でシミュレーターが衝撃に揺れた。それでもガーリオンを突き刺すように見つめるセツコの碧の視線が外れる事はない。
 かわし切れない超音速の弾丸を、長方形の箱――ガナリー・カーバーを盾にしつつセツコは耐える。バルゴラの主武装ガナリー・カーバーは、地球圏最強の機動兵器の一角グランゾンの装甲と同様に、素粒子レベルで超抗化処置を施したチタニウム製だ。
 高出力のビームや対艦ミサイルクラスの武装を用いても、破壊する事は困難だ。立て続けに三発、ガナリー・カーバーを通してバルゴラに衝撃が伝わる。
 完全に頭を押さえられたせいで、せっかくのテスラ・ドライヴを活かしての空中戦が行えない。戦っているガーリオンはバーストレールガンに、マシンキャノン、ディバインブレード、ブレイクフィールドとこれといって特殊な武装ではない。
 セツコのバルゴラ三号機が担当するガナリー・カーバー搭載の武装は、近接戦闘用のジャック・カーバーだ。空が飛べない事にはせっかくの武装も使い様が無い。
 当然、誰よりも時機の長所短所を理解しているセツコは、なんとかしてバルゴラに青い仮初の空を飛ばすか、ガーリオンを地に引きずり降ろそうと足掻いている。
 そんなセツコの試行錯誤も見抜かれているのだろう。ガーリオンのパイロットはあくまでクレバーに、頭を押さえた優位を崩さずに戦うつもりの様で、セツコが時に誘う為にバルゴラのバランスを崩したりしてみても、超音速の弾丸が降ってくるばかり。
 縄で吊るされて爪先から火で炙られている様な焦りが徐々に沸き起こり、状況を打破しようと逸る心を抑え込んでじっと耐える。
 しかし相手が隙を見せるようなタイプではないとセツコ自身理解している事が、耐えても無駄ではないかと囁き続けて、精神的負担を強いてくる。
 自機に不利な均衡状態を覆す為に勝負に出る事も選択肢の内の一つだが、これまでこの回避行動を行う事で撃墜を免れて来たのだ。それを変える事は撃墜される可能性を増す選択肢を選ぶ事にもなる。
 右や左にかわすことで相手がそれに合わせて射撃を修正してくるなら、こちらもそれにあわせて回避行動を修正し、互いの我慢の比べい合いを続ける。
 小口径弾頭を使うバーストレールガンの装弾数は多い。こちらのストレイ・ターレットは、ガナリー・カーバーの複雑な機構故に装弾数はあまり多くない。レイ・ピストルもあるが、それでも弾数に余裕があるとは言えない。
 となるとこちらも下手に反撃の弾幕を張るわけも行かず回避と防御に徹する他ない。バルゴラの左肩を弾丸がかすめて、警戒信号が音を立てる。前方にMSが隠れるのに十分な大きさの岩がある。
 その岩の影を目指して動いていることを、ガーリオンはとっくに見抜いていて回避に気を取られて大岩との距離はちっとも埋まらない。耐える耐える耐える、躱す躱す躱す、それでも事態は好転しない。

 

「まだ、バルゴラはこれくらい耐えられます」

 

 一分か、五分か、十分か、ひたらすらに耐えて待ち続けた機会は、弾幕が途切れるという形で訪れた。ストレイ・ターレットの残弾を温存してなで回避に徹した甲斐あって、ガーリオンがバーストレールガンのマガジンを交換する時が来たのだ。
 コンピューターに記録された動作であるから、マガジン交換を失敗する様な事はない。数秒とかからぬ間に終わる交換の隙に、セツコはストレイ・ターレットの引き金を連続して引き絞る。
 ガーリオンとてマガジン交換がバルゴラとセツコにとって希少な反撃の機会であり、それ見を逃すはずはないと分かっている。ブレイクフィールドを展開しながら回避行動をとり、狙いを絞らせない。
 がしゃ、と音を立ててマガジンを叩き込みストレイ・ターレットを向けているバルゴラと向き合う。しかしガーリオンがバーストレールガンを撃つ瞬間は、同時にバルゴラにとってもチャンスである。
 ガーリオンはブレイクフィールドを展開しながら、その内側から外側へと攻撃を通す事は出来ない。バーストレールガンを撃つ瞬間にはフィールドの解除が必要となる。
 このままブレイクフィールドで攻撃を仕掛ける事も出来るが、ガーリオンのジェネレーターでは長時間の展開は維持できないからいずれフィールド解除と、冷却が必要となる。どちらにせよバルゴラにもチャンスが生まれた。

 

「そこっ!」

 

 セツコは、ブレイクフィールドを解除し機体を瞬転させて、バーストレールガンを向けてくるガーリオンの姿を正面モニターのセンターマークに捉える。
 引き金を引く――引いた。あまりにも軽い引き金がガチンと音を立てた後、バルゴラを襲った衝撃にセツコは、大きく体を揺さぶられた。
 シミュレーターから降りたセツコは小さく溜息をついた。結局、バルゴラのストレイ・ターレットの弾丸はガーリオンの左腕を撃ち抜いたが、バーストレールガンは反対にバルゴラのコクピットを直撃して撃墜判定を叩きだした。
 対戦結果は五戦五敗。ぐぅの音も出ない完敗だ。しょんぼりと肩を落とすが相手がシミュレーター機から降りてきたのに気づいて、駆け寄って相手に礼を述べた。セツコと同年代の巻き毛の金髪の美少女レオナ・ガーシュタインである。
 流石にディバイン・ウォーズを戦い抜いた歴戦の猛者とあって、いまのセツコでは勝ちの目を出すには手厳しい相手であり、今回の対戦成績がそれを証明している。シミュレーターから降りて、レオナはセツコと向き合う。

 

「お疲れ様。セツコ、貴女また腕を上げたわね」
「ありがとう、でも、一度も貴女に勝ててないけど……」
「同じ手が二度通じない相手って、嫌なものよ」

 

 同じ相手と何度も邂逅する様な事は、戦場では珍しい事だけれど、とレオナは心の中で付け足した。今のところ、セツコの力量は水準以上エース未満といった程度だ。ただ、ゆっくりと確実に積み重ねた努力と経験がセツコの血肉に代わっているのが分かる。
 眼も眩むような輝きを放つタイプではないが、戦えば戦うほど生き残り続ければ続けるほど成長してゆく事だろう。あらゆるタイプの敵と戦って経験を積めば、最も厄介な相手になる。
 セツコ本人も自分の力量がクライ・ウルブズの一員としては心許ないものであること分かっているから賢明に強くなろうと、あるいは足手まといになるまいと懸命になっている。
 短期間での眼を見張る様な向上は見込めないかもしれないが、ゆくゆくは一級のパイロットになるのは間違いなしだ。
 ただ、そうなる前に戦争に耐えられないのではないかとレオナは危惧してもいた。セツコの気性は、けして争いごとに向いてはいない。
 今はまだ精神的外傷を負う様な事態には遭遇していないが、血と鉄の匂いのする暗雲がたちこみ始めた昨今では、これからもそう済むとは誰にも保証の出来ない事だ。

 

「貴女は熱心だし、努力を怠らないし、そう焦らなくても確実に力を得られるわ」
「そう言ってくれるけど、周りの皆と比べたら私なんて」
「謙虚と言うより、自虐的なのかしら? 決して美徳とは言えなくてよ」

 

 確かにセツコの周囲にいるのはどの陣営に居てもエースとして活躍できるパイロットばかり。元より気弱な自身の気性を考えて、軍人に向いているのかと自問することの多いセツコの言葉も、無理からん事ではある。
 うっすらと被虐的な色を帯びた影を負うセツコの雰囲気を払拭する様に明るい声が、掛けられた。シミュレータールームににこにこと陽気な笑みを浮かべて、レオナの自称パートナーであるタスク・シングウジが入室してきたのだ。

 

「レオナちゃ~ん、せっちゃ~ん、お疲れ様。よく冷えたドリンクなんてどう?」
「……はあ」

 

 底抜けに明るいタスクの声に、レオナはいつもの事とはいえ何度目になるか分からぬ溜息を吐き、セツコは“せっちゃん”? と聞き慣れぬ呼ばれ方に内心で首を捻りつつ、控え目に礼を言う。

 

「えっと、ありがとうございます」
「そんな堅苦しくしなくっていいって。渇いた喉を潤して欲しいだけだって」

 

 かねてより情熱と愛を注ぐレオナは勿論、客観的に見て十分に美人と形容し得るセツコを前にしてタスクは上機嫌そうに猫撫で声をだす。
 別に口説かれているわけでも何でもないのだが、こう、良く言えば屈託なく悪く言えば馴れ馴れしく、異性に声を掛けられるのは二人とも慣れていない。
 とはいえレオナはタスクの態度には慣れているので、たいして気にはしていないけれどもセツコの方は多少身を固くしている様子が見て取れた。
 タスクから受け取ったソフトドリンクのボトルから伸びるストローを、はむ、と花びらを何枚も重ねた様に可憐なセツコの唇が挟み込む。セツコに倣ってレオナもドリンクで喉を潤しはじめる。
 既にタマハガネはオノゴロ島を出航していて、ミネルバと共に波間をちゃぷちゃぷかき分けながら、はるかオーストラリア大陸はカーペンタリア基地を目指している。
 イグニスの駆るインペトゥスとの戦闘という思いがけない事態があって、数日予定より遅れはしたが、新型装備や機体をたっぷりと補充し各パイロットも英気を十分に養っている。
 特に休みの間も趣味のスイーツの食べ歩きを除けば、ひたすら訓練に明け暮れたセツコは着実に強くなっている。アメノミハシラでクライ・ウルブズに配属になった頃に比べれば驚くほどの成長を遂げている。
 同じくらい周囲の面々も成長しているから、どうにもセツコには自分が強くなったという自覚を抱きにくいから、セツコは変わらず自信なさげな様子だけれども。

 

「そういえば、シンの奴が、第三トレーニングルームで生身の方の訓練しているとさ。訓練を止めて見物してきたら? せっちゃんさ、シンの奴がMS降りて生身の時、どれだけ動けるかまだ見たことないっしょ。へたなカンフー映画より見ものだぜ」

 

 タスクの言葉をレオナも首肯している。最近までシンは感覚が完全に戻るまでは、本格的な体術や剣術の訓練を控えていたから、新しいクライ・ウルブズのメンバー達は、直にシンの生身での訓練や戦闘の様子を目にしていない。
 MS戦での高い戦闘能力は知っていても、あの女の様に白い肌に細い体の少年が見た目にそぐわぬ武力の持ち主である事を、セツコはまだ知らない。

 

   *   *   *

 

 格闘技術の訓練に用いられるトレーニングルームで、黒い半袖のシャツに着替えたシン・アスカと、愛用しているメカニック・ウェアを着こんだアウル・ニーダとが切り結んでいた。
 ギャラリーはかなりの数がいたが、二人の邪魔にならない為と巻き込まれないようにと室外のモニターで様子を眺めている。
 シンとアウル共に少女とも見まごう顔立ちだが、トレーニングルームの中で行われている行為を見ればそんな印象ははるか彼方に吹き飛ぶ。
 色白の肌が映える黒シャツ姿のシンは木刀一本を片手に握っているだけといつもの姿であるが、相対しているアウルは、牛どころか象の首さえ落とせそうな鍔なしの巨大な出刃包丁を手に、夜の闇を切り取って衣服の生地にしたような墨染の袴姿だ。
 およそ考えうるあらゆる防御処置を施した特殊な繊維と極小のメカニズムを組み込んだメカニック・ウェアだ。人間が着こむ軍用兵器のパワード・スーツをさらに小型軽量化した次世代兵器の一つである。
 MSの重装甲も布切れのように切り裂く大刀ムーン・スラッシャーを、メカニック・ウェアに増幅された筋力に任せて、アウルは大上段からシンを叩き潰す様に振り下ろす。およそ訓練とは信じられぬ、到底止め切れぬ勢いの一刀である。
 見物人から少なくない悲鳴が上がりかけ、優しく添えられた木刀の切っ先が魔法の様にムーン・スラッシャーの刀身を操り上方に跳ねあげる。木刀“阿修羅”、シンにとって飛鳥の二つ名を継ぐMSと同様に幾多の戦いをくぐり抜けた相棒だ。
 刃に込めた力の全てを虚空に吸い取られたような感覚に、アウルはまじぃ、と口の中で呟く。数年前はシンがゼオルートや最初の師を相手に幾度も味合わされた感覚である。
 ムーン・スラッシャーに添えられていた阿修羅の切っ先が、いつのまにか消失している事に、アウルが気付く。何度も対戦しているが、どうしてもシンの剣戟の初動を見切る事が、未だにできずにいる。
 剥き出しのアウルの頭部に走る茶色の閃光。閃光としか捉えられぬシンの一撃だ。
 通常のエクステンデッドのはるか数十倍にまで高められたアウルの思考と肉体が、かろうじて回避を成功させる。通常人の網膜に残るアウルの影を、阿修羅が縦に割った時には、すでにアウルは阿修羅を振り下ろしたシンの背後へ。
 草鞋型のメカニック・ウェアの靴底が、ゴム製であったら高速移動によって生じた摩擦熱で、焼けた匂いを漂わせるだろう。時速数百キロ単位での高速移動だ。 
 柄尻から切っ先まで百五十センチは優にあるムーン・スラッシャーが、刃の形をした死となってシンの背へと振るわれる。
 ボディ・アーマーどころかパワード・スーツを着用していても、呆気なく両断され背骨と内臓を露出することを強要される一撃だ。全くの手加減なし。
 訓練にかこつけて、アウルがシンを殺そうとしていると勘違いされても仕方ないどころか、本当に殺そうとしているとしか見えない。
 シンの着こんでいる黒シャツに刃が触れるか否かまで迫った時、水に沈むようにしてシンはしゃがみこみ、旋風が足に変わったような回し蹴りが、床すれすれを這いながらアウルの両足を刈り取った。
 右半身から宙を回転させられたアウルはぐるんと回る視界の中で、回し蹴りの勢いをそのままに、こちらに正面から向き合うシンの顔が見える。
 この野郎! と歯噛みするアウルの表情を読み取ったシンがにや、と口の端を吊り上げる。お互い負けん気の強い者同士、相手の胸の内が手に取るように分かるのだろう。ついでに考えや感情が顔にも出やすい。
 わずかに回し蹴りに遅れて、風を巻いた阿修羅がアウルの右側頭部へと襲いかかる。プロレスラーが鉄パイプを全力で振り回した一撃が、可愛く思える破壊力を秘めていることを、アウルはよく知っていた。断じて受けるわけには行かない一撃である。
 回転の勢いであらぬ方を向いていたムーン・スラッシャーを、混乱している三半規管をねじ伏せて勘頼りに振るい、断頭台の刃よりも分厚く長い刃が垂直に阿修羅へと落下して、その切っ先を受け止めた。
 材質的にはただの木に過ぎない筈の阿修羅がムーン・スラッシャーと刃を合わせても、斬り落とされないのは軽く常識を無視している光景だが、斬り結ぶ両者にとっては当然の光景である。
 アウルに阿修羅を止められたシンはすぐさま阿修羅を握る手を引き戻し、アウルの喉めがけて突きこむ。呵責の無い一撃は、容易くアウルの喉を潰すだけに留まらず、突きぬけて赤く濡れた切っ先をアウルの背から伸ばすだろう。
 短い吐息と共に銃弾に匹敵する速度と威力で突きだされた阿修羅の切っ先を、アウルの左腕が盾の代わりとなって受け止めた。メカニック・ウェアの対戦車ライフルも受け止める特殊な生地でも相殺しきれぬ不可思議な痛みが、アウルの左腕に広がる。
 着用者の身体異常を察知したメカニック・ウェアのマイクロチップコンピューターが、即座に痛み止めを始めとした対抗剤をアウルの体内に投与する。効果は、雀の涙に等しい。
 阿修羅に込められたシンの思念が、物理法則を無視したダメージをアウルの肉体とメカニック・ウェアに及ぼし有機物無機物を問わず、機能不全を引き起こしている。
 高価なメカニック・ウェアをお釈迦にするわけには行かないから、シンもある程度は手加減しているのだろう。何百匹もの蟻が骨を直接齧っているような激痛が強く残る左腕の感覚に、アウルは眉を顰めつつ、着地と同時に後方に跳躍して距離を置いた。
 シンは阿修羅を青眼に構えて、呼吸を整えている。リハビリで体を相当鈍らせていた筈だが、三人目の師匠から学んだ戴天流剣法の功夫も取り入れた戦闘技法はメカニック・ウェアを着こまなければ相手が出来ないまでに昇華されている。

 

「シン、こっからは手加減なしだぜ?」
「こっちもその気でいくさ」
「へ、泣きっ面に変えてやる!!」

 

 アウルが痺れを残す左手を眼前に持って行き、メカニック・ウェアの管制コンピューターに高機動戦闘形態へのシフトを命じた。墨染の袴の上に、解れの目立つ紐で止めた着物が一枚、羽織るようにして生じる。
 剥き出しの頭部を保護する仮面を構成する流体金属が襟から溢れて、瞬く間にアウルの顔を覆いつくした。コンマ一秒とかからずにアウルの顔を覆った流体金属は白い髑髏の様な形を成し、炎を焼きつけた様な文様を浮かべた。
 唇をはぎ取り歯肉を削いだ後の様に、真っ白い歯列に見える仮面の口元の奥から、ややくぐもったアウルの声が聞こえた。

 

『一瞬でも目を離したら、お前の負けだかんな』
「分かってる。でも油断したら負けるのはアウルだぜ。そこんとこ、分かってんのか?」
『上等ぉ……』

 

 ガチ、と撃鉄を上げる時と同じような音がムーン・スラッシャーの柄からした。出刃包丁型の刃が、刀身内部のロックを外されて床に落ちる。
 出刃包丁の中に隠されていた真っ黒い刀身の刃が卍型の鍔と共に現れて、アウルが重量の変化に慣れる為に一度だけ振るった。
 剣風だけで木立を断てるのではと思うほど鋭い風切り音がする。柄尻から切っ先まで乾いた血液にも似た色合いの黒い刀だ。超重量を生かした出刃包丁型とは異なり、刃の鋭さで対象物を切り裂く日本刀タイプ。
 高機動戦闘形態に移行したアウルのメカニック・ウェアに最適の形状を追求した結果、ああいう形になったと、シンは耳にした事があった。
 アウルは感情を隠そうとはしない。敵意も破壊衝動も殺気も、すべて燃え盛る火の熱と共に噴出している。シンにはそのように感じ取れた。
 シンがこれまで会得してきた武術や戦闘経験は、そう言った感情や“気”の揺らめきを敏感に悟り、実際の攻撃より先に放たれる意識を感じ取って後の先を取ることを可能としている。
 どれだけ速い攻撃であろうとも、先んじて放たれる意識さえ感じ取れれば回避や防御はそう難しい事ではない。機動兵器越しではなく生身で相対している今の様な状況ならなおさら容易だ。
 だが、アウルとシンが先ほど言ったとおり、今の状態になったアウルは剥き出しの敵意を発してなお、捕捉が困難な強敵と変わる。意識を先読みしても対応しきることが難しいほど、単純に速いのだ。
 実際の速度は銃弾の雨よりは劣るだろうが、無数のバリエーションに富んだ攻撃と敵意の連続は、学んだ三流派のどれも免許皆伝には達していないシンには、捌ききるには難易度がいささか高い。
 無造作に右手のムーン・スラッシャーを下げていたアウルの呼吸が、仮面の奥でわずかに乱れたのをシンは見抜いた。喉にひたりと氷を当てられた感覚がしたのも同時だ。

 

「いきなり首かよっ!」

 

 初っ端から致命の一撃を狙って来たアウルへの愚痴は、実際には言葉にはなっていない思考である。時速八百キロの踏み込みで懐に飛び込んできたアウルが、わずかに阿修羅よりも長い黒刀を振るっている。
 かん、とも、ぎん、とも聞こえる音と共に火花が散った。迎え撃った阿修羅と黒刀が噛み合って生じた音と火花だ。シンよりわずかに早くアウルが刃を引いた。引かれた刃は黒い軌跡を残してシンの右太ももを狙って斜めに振り下ろされている。
 アウルの殺気に反応してシンの右半身が引かれる。黒い光が視界を横断した、とシンの思考が理解した時には手の中の阿修羅が動いていた。
 戦闘経験と技術と生物としての本能が混ざり合って構築した戦闘用の神経が、シンの思考よりも早く肉体を動かしていた。すでに剣をして意、意をして剣――“一刀如意”の境地になかば足を踏み込んだシンの本領である。
 両手で握ったムーン・スラッシャーを振り下ろした姿勢のアウルの首めがけて、阿修羅が横一文字で振るわれている。
 頭部保護用の仮面のレンズ越しに見える阿修羅の刀身を、アウルは咄嗟に頭を下げて、前方に転がって回避した。メカニック・ウェアで増強された反応速度でなければ、アウルはそのまま首をしたたかに打ちすえられて昏倒していただろう。
 シンの動きは十分に眼で追える範囲だ。自分の方がはるかに速く動いている。なのにシンの方が先に動き始めている。あるいは先に動いた筈の自分に追いつき追いぬいている。この理不尽な現実にアウルはすでに慣れ切っていた。
 シンが体は前方を向いたまま、右腕が別個の生き物の様な反応を見せて振り返ったアウルに襲い掛かっていた。縦に構えたムーン・スラッシャーで受け、そのままの勢いを利用して、阿修羅の刀身を絡め取る様に巻き込んで捩じ伏せた。
 ムーン・スラッシャーが阿修羅に重なって抑え込む形だ。右足で阿修羅を抑え込み、自由になったムーン・スラッシャーでシンの首を落としにかかったアウルは、抑え込んだ筈の阿修羅がぐんと持ちあがって、宙に放られていた。
 手の中の黒刀での一撃にわずかに注意を逸らした時、重心のバランスが微妙に崩れた隙を狙われたと、アウルは悟った。こちらが気付かぬほどの油断やミスを一切見逃さないから、シンとやり合うのは本当に面倒くさい。
 シンとアウルの二人の手元から、茶と黒の二つの閃光が、二人の中間地点で交差した。五十トン強、時速六十キロで走る自動車の衝突に匹敵する荷重を、阿修羅の刀身と内気功を施したシンの両腕の筋肉が吸収し、吸収しきれぬ衝撃は足を通して床に逃がす。
 メカニズムの保護を受けたアウルと違い、あくまで自前の肉体と技術で襲いかかるあらゆる負荷に対応するしかないシンが、必要に迫られて会得した技術である。
 シンの思考の片隅で三人目の師匠から習った、サイバネ武芸家用に中国内家武術が生み出した外法奥義の使用が囁かれた。
 肉体の大部分を機械化したサイボーグを、ただ一撃でもって絶命させる奥義。サイボーグ化した為に生身の肉体では決して味わう筈のなかった苦痛と共に死への旅路に追い落とす、中国数千年の功夫が生み出した魔性の技。
 もちろん対象が仲間であるアウルでは、そんな物騒な技を使うわけには行かない。それにアウルの場合は、肉体をメカニズム化しているのではなく、あくまでメカニック・ウェアを着込んでいるに過ぎない。
 メカニック・ウェアの機能を完全に停止させる事は出来るだろうが、着用者のアウルに傷は着くまい。ただ、機能が停止したメカニック・ウェアがそのまま強靭な拘束具となってアウルの動きを封じることには成功する。
 威力絶大な一撃なのだが、仮にアウルが敵であったとしても今の状況では使うわけには行かない奥義でもある。一度でも使えば臓腑に重大な内傷を負って、一か月近く体を休ませることを強要されるからだ。
 少数超精鋭のクライ・ウルブズは個々の戦闘能力が高いために、一人の欠員で大幅に総合戦力が減少する。前大戦時にウォーダンとの戦いで瀕死の重傷を負った時が、丁度該当する。
 特に最強の一人であるシンが長期間欠員となれば、これは手痛い事態となる。たとえ実戦であっても使い所を見極めなければならない奥義なのだ。
 師匠とその友人のみが習得した外法奥技の使用を早々に諦めた。見やればアウルが空の左手をシンへと向けて突き出している。
 二年の間にDC技術陣が変な具合に熱を入れて追加した、メカニック・ウェアの新機能をアウルは使おうとしていた。
 その新機能を知らぬシンは、訝しげに眉根を寄せたが、前後左右上下あらゆる方向へ動けるように軽く踵を浮かせる。きゅいぃん、とかすかに耳障りな高音がアウルの着こむメカニック・ウェアから漏れ聞こえた。
 やばい、やばい! 
 これから襲い来る未知の攻撃に対する警戒の叫びがシンの鼓膜の内に生じる。車に爆弾が仕掛けられていても悪意の残滓を感じ取って、確実に回避できるシンの危機察知本能が、これほど大きい叫びを放つのは久方ぶりの事。
 眼を焼く眩しい黒い光がアウルの軽く開いた掌に生まれる。あらゆる分野で地球圏の最先端を行くDC技術陣が生み出した、おそらくはこの世界の地球圏では初の光学兵装。
 シンとアウルとを、黒い光の洪水が繋いだ。アウルの腕をはるかに上回る太さの光線である。出力の程は定かではないがいくらなんでも船内で使用していい兵装ではないだろう。
 装甲の薄い所を狙えばMSを撃墜できる出力を誇るのだ。ギャラリーのほぼ全員がとっさに目を庇い、場所を弁えなかったアウルの一撃に驚愕が度を越えて言葉を失う。
 メカニック・ウェア内の小型バッテリーが蓄えた大部分のエネルギーを消費した一撃の成果をアウルが確認しようと、仮面内に表示されている各種センサーの反応に目をやった時である。
 後方警戒信号が電気信号となってアウルの脳を刺激した。アウルの胴を左から右へと抜ける一刀が、既に襲い掛かっていた。
 脳から発せられた信号が光の速さとなってアウルの体を動かし、右手のムーン・スラッシャーを脇の下から突き出して、かろうじて阿修羅の刀身を受けた。
 左脇の下から突き出た黒刀で阿修羅を弾く動作に合わせて左足を軸に体を回転させ、弾かれた勢いを利用して後方に飛ぶシンと相対する。
 アウルの左網膜に黒い光線を凌いだ瞬間のシンの姿が投影される。そこにはある意味で回避よりも凄まじい行為が映し出されていた。
 前大戦でも時折見られた行為ではあったが、放たれた光線を両手で握った阿修羅で切り裂いてみせたのだ。最初は回避の動きを見せていたのだが、かわし切れぬと途中で察して切り替えたらしい。
 シンがほとんど切り裂いたおかげか、後方に散った光線は分厚いトレーニングルームの壁面をかるく焦がしただけだ。
 MS戦では目にした事はあるのだが、生身で――いや、生身て、どこからどうみても生身だけど――ビームを切り裂いた人間を目にしたのは、これで初めてである。
 なんだかもうエクステンデッドとかコーディネイターとか、そーゆー括りが虚しくなる所業であった。
 そんな真似をしてのけるシンが手も足も出ずにぼこぼこにされるのが、師匠連中三人とその友人含めて四人はいるのだ。しかも全員ナチュラル。純度百パーセント混じりっ気なしの天然モノの人間さんである。
 いやまあ、シンだけというかその師匠連中があれなんだよ、きっと変態という名前の超人なんだろうなあ、とアウルはどこか現実逃避する様にぼんやり考えた。
 とはいえ、そんな隙をシンが見逃すわけもなくて、片手で握ったムーン・スラッシャーを右下段に垂らしていたアウル目掛け、シンが床を蹴って挑みかかる。
 『驟雨雹風(しゅううひょうふう)』『鳳凰吼鳴(ほうおうこうめい)』『貫光迅雷(かんこうじんらい)』の三手に目晦ましの虚手を交えた五連撃に及ぶ連環套路がアウルへと襲い来る。
 一度に留まらず二度、三度と敵対者を切り裂き、死体と変えてなお更に殺し尽す塵殺の剣である。
 人間相手にビームを使ったアウルに対して怒りでシンの脳みそが沸騰したのか、明らかに殺しにかかった一連の剣戟である。
 メカニック・ウェア内部のコンピューターがプラーナ感知機能と相手の脳部位の熱量の変化や筋肉表面の動きなどから、シンの繰り出す連続斬撃を予測し、アウルの思考へとフィードバックする。
 シンの成長は著しいが、それと同じくらいに技術の進歩も加速度的に行われているのだ。五手の内三手が殺し技のシンの連撃を、ムーン・スラッシャーの刀身が見事凌ぎ切る。必殺・絶殺の気迫で繰り出した剣が無為に終わり、シンの顔にはっきりと苦いものが浮かぶ。
 少なくとも二手は浅くても入ると確信していたのだ。見事アウルの肉体を守りきったムーン・スラッシャーが右袈裟に振るわれた。大振りな一撃はシンと距離を置く為のもので、体の重心をわずかに崩していたシンは、反撃の一手を繰り出すよりも一足飛びで下がった。
 アウルの体が、やや前傾になり重心が低くとられる。黒袴の中のアウルの脚部の筋肉が、ぐっと撓む。地上最速の動物チーターが走り出す前の、最高速度へ最短の時間で辿り着く為の準備動作である。
 高機動形態に移行したメカニック・ウェアの最大加速後の戦闘速度は軽く音の壁を破る。肺腑に空気を溜め込み、アウルは一陣の風となって走った。
 目の前で消失したかの如き超高速度で動くアウルを前に、シンは瞼を閉じた。
 床や壁、天井を蹴り三百六十度あらゆる方向から襲い来る漆黒の刃を捉えるには、人間が最も多くの情報を得る視覚を封じ、原始の危機回避能力と鍛錬によって磨き抜いた後天の超直感を研ぎ澄ませて頼る他ない。
 アウル自身が音速を超え振るう刃もまた音速を超えたマッハ2の速度で、シンをぐるりとあらゆる方向から襲い掛かる。アウルの増強・保護された筋力と心肺機能によって繰り出されるは、秒間五十撃を越える超音速の連続斬撃。
 人体の限界に挑み、細胞一つ一つ、神経一本一本がすべて悲鳴を上げているような苦痛に襲われる中、シンは数えるのが追いつかぬ無数の斬撃の半数を回避、残る半数をすべて阿修羅で受ける。
 ギャラリーには黒い無数の残像としか見えないアウルに対し、根を張った大樹の様にその場に留まるシンの体は、ぼうと霞んでいた。目に捉えきれぬ小さく細かな動きが絶えずに行われ、輪郭がぼやけているように見えているのだ。
 腹腔に熱い感覚が生じた。アウルの次の一撃がここに来る。肺に溜めていた空気をわずかに吐き、迎え撃つだけだった阿修羅が、瞬間、稲光と変わった。
 丸二秒間――百度目の斬撃が両腕を根元から引きちぎられるような衝撃と共に弾かれ、アウルは歯を砕かんばかりに噛み締めて耐えねばならなかった。
 尋常な人間には反応しきれぬ攻撃を察知し、防戦一方の状態から起死回生の一撃を必ず放ってくる。これがあるから、シンとの戦いは厄介だ。
 大きく万歳をする体勢にさせられたアウルが仮面の奥の瞳に、やられるかよ、と烈火の戦意を滾らせ、シンも等しく闘志の炉に新たな薪をくべた。

 

『うおおおおおお!!!』

 

 二十倍に増幅された圧倒的な膂力に後押しされたアウルの唐竹割の一刀に、シンの肉体と思考、剣鬼と呼べるまでに研ぎ澄まされた本能が応じた。
 無形なる事霞の如く、柔靭なること柳の如し。切っ先を青眼の高さまで持ち上げた静かな構えの中に、無限の変化を秘めたカウンター狙いの防御型『雲霞渺々(うんかびょうびょう)』。シンの手の中で重さを失った阿修羅が閃く。

 

「でやああっ!!」

 

 まさしく裂帛の気合いと共に放たれた阿修羅の切っ先が、漆黒の風と変わった黒刀の刀身と交差する。

 

   *   *   *

 

「…………」

 

 創作物の中の出来事としか見えないシンとアウルの戦闘の様相を、はじめて目の当たりにした新規のクルー達は呆然と眼を丸くして見ていた。高速移動に伴う衝撃波が乱舞し、トレーニングルームの中で荒れ狂っている。
 あの場に同席していたら到底立ってはいられず、木の葉の様に吹き散らされて壁面や床に衝突して赤黒い染みをまき散らしていたに違いない。
 タスクに誘われてシンの様子を見にきたセツコも、呆気に囚われて見学していた者達の一人だった。モニターの向こうでは絶叫と共に渾身の一撃を振るいあった二人が、相討ちになったのか、床の上に大の字になって転がっている。
 ロケット・ランチャーの直撃を受けても着用者へのダメージはほぼ完全にシャットアウトするメカニック・ウェアの保護を受けているアウルはともかく、持前の血肉と骨と皮膚しかないシンの安否を、誰もが気にする。
 高機動戦闘形態を解いたアウルが仮面を剥ぎ、彼方に転がっていた出刃包丁に黒刀を納め、阿修羅を杖代わりにして縋りつき、シンものろのろと立ち上がる。出血や肉が爆ぜ割れていたりする様子もない。どういう理由でか無傷の様だ。
 そのまま二人して互いの感想を言い合っているのか、身ぶり手ぶりを交えて何か言いあっている。傍目には何かのスポーツの試合後に、互いの健闘をたたえ合う青少年の様に見える。互いに頭のてっぺんまで昇っていた沸騰した血の気は引いたらしい。
 先ほどまでの馬鹿げた戦いを見ていなければ、清々しい光景と見えなくもなかったが、生憎と戦闘を目撃していたセツコはあんな戦いの後に、どうしてそんなさわやかな顔をしていられるのかしら? と首を捻りたくなった。
 眼にした一連の光景にちょっと現実が認められず、セツコは上手く思考をまとめる事が出来なかった。周囲では「人間じゃない」「サイボーグ?」「いやいやいやいや」、とか主にシンに対しての様々な感想が乱れかっていた。
 それぞれの獲物を肩に担いだ二人が、あー、疲れだぁあああ、と言った感じでトレーニングルームを出て、ギャラリー達の所へ顔を覗かせた。新規クルー達の呆気に取られた顔に、アウルとシンがあー、やっちまったか、という顔になった。
 以前はゼオルートやシン、スティング、アウル、ステラ達位しか知らなかった訓練風景が、一般常識人にとっては非常識なものである事をつい忘れて、模擬戦に熱中してしまった。
 なんと声をかけていいのか戸惑っている様子のセツコと眼があったシンは、美味しく頂かれてしまったあの悪夢を思い出して、ひっと叫びそうになるのを堪えた。背筋に冷たく粘々とした気色悪い汗が流れて、シャツをしとどに濡らしている。
 その様子を別の方向に勘違いしたアウルは、にやにやと笑いながら足音を立てずにシンから離れる。自然とセツコとシン二人だけの空間が出来上がる。

 

「えっと、その、お疲れ様、シン君」
「えー、あー……。は、はい」
「すごいね。あんな風に動ける人初めて見た。昔からああいう事を習っていたの?」
「ま、前の大戦の途中からです。おれが、その接近戦ばっかりやるもんだから、生身でもある程度できる様にしとけって、言われたのが始まりです」
「そう」

 

 なんだか緊張している、おかしいな、とセツコは思いながら忙しなく視線を泳がせているシンの顔を見つめる。セツコ自身に非はないのだがこの様子では今日明日の内は、シンはまともにセツコと接する事は出来なさそうだ。
 心の片隅で申し訳なく思いながら、シンもぎこちなく唇を動かして会話を試みる。

 

「せ、せセツコさんはどうしたんですか?」
「私はレオナにシミュレーターの相手をしてもらった帰りよ。タスク君にシン君がトレーニングルームにいるから来ないか、って誘われたの」
「そうですか、見ててもつまんなかったでしょ?」
「ううん、本当にすごくて息をするのも忘れちゃった。シン君はMSの操縦もすごいけどMSを降りてもすごいのね」
「いや、それ位しか取り柄が無くて。はは、でも褒められるとやっぱり嬉しいもんですね。ちょっとくすぐったいです」
「謙遜なんかしなくてもいいのに」

 

 朗らかに笑うセツコに見惚れたのか、シンのぎこちなさが少しずつ解れていた。その様子をこっそりのぞいていたアウルは、けけけ、と底意地の悪い笑いを浮かべていた。

 

「シンの奴、三年目の浮気か? ステラとセツコとどっち選ぶつもりだ、あの野郎」
「確かに、最近仲いいよな。ステラもセツコ少尉に懐いているけどよ」
「うおっ!? スティング、急に後ろから声掛けてくんなよ、驚くだろっ」
「おれは船内でビーム使う方が驚きだよ」
「!?」

 

 背後に立つスティング・オークレーが醸し出す冷たい雰囲気にようやく気付き、アウルがさっと顔色を青に変えた。ぎぎぎ、と長い事油の注されていないブリキ人形みたいに背後を振り返る。
 腕を組み、やや胸を反らして仁王立ちしながらアウルを冷た~い眼で見下すオクレ兄さんがそこにいた。

 

「いやあ、つい」
「ほう? “つい”でビームを撃つのかよ。安全装置はどうした? かけ忘れたのか、それともわざわざ解除して撃ったのか? ああ?」
「わ、若さゆえの過ちって奴だよ」

 

 じりじりとスティングから摺り足で離れつつ、どうやって逃げ出すかタイミングを計っていたアウルの背後に、いつのまにかスティングがいた。この動き、スティングも軍服の下にメカニック・ウェアを着込んでいたのであろう。
 驚きに目を見張る間こそあれぐっと襟を掴まれた上に、ムーン・スラッシャーを取り上げられてアウルはとっ捕まえられた。

 

「ぐえ」
「おれもちょっと体動かしたい気分でよ。付き合えや。後始末書書くのも忘れんなよ? 減給で済むなら御の字だからな」
「いや、そこはほら兄弟同然のよしみで誤魔化してくれよ」
「だ・め・だ」

 

 ずるずると売られてゆく子牛の様にアウルは再びトレーニングルームの中へと引っ張り込まれてゆく。アウルとスティングのやり取りがまったく視界に入っていないようで、シンとセツコは、どことなく甘酸っぱい世界を構築していた。

 

「軋れ、豹王《バンテラ》!!」
「ちょ、スティング!? おれのウェア、まだ冷却中で再起動出来ねえんだよ。てか、刀返せよ! おれ素手じゃん!? …………………………………………………………………ぎゃああああああああああ!!!!!」

 
 

―――つづく。