SRW-SEED_660氏_ディバインSEED DESTINY_第14話

Last-modified: 2009-08-15 (土) 22:55:16
 

【注意!】
 今回のSSは一部にNice Boatで猟奇的な表現があります。
 生理的に受け付けない方は  こちら よりお戻り下さい。
 OKばっちこーいという方は↓↓↓↓↓ スクロール ↓↓↓↓↓を。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ディバインSEED DESTINY
第十四話 四神覚醒

 
 

 太陽の無い空を白い装甲を纏った虫達が覆い尽くそうとしている。甲虫らしい六本足の見える腹めがけて、絶え間なくビームの矢を撃ち続けるティエレンタオツーとティエレン高機動型のパイロット達は、十数倍の敵を相手にして未だ無傷であった。
 東アジア共和国の威信をかけて開発された最新鋭の機体ティエレンの、特別仕様機としての優れた性能とそれに見合ったパイロット達の驚嘆すべき力量の賜物だ。まもなく彼ら“頂武”の本隊が到着する事も考えれば、十分にこの事態を乗り切る事は出来る。
 彼らが相手をしているメギロートと呼ばれる無人機動兵器は、この単機種だけで外宇宙進出程度の科学技術水準を持つ惑星を制圧できるだけの戦闘能力を持つ優秀な兵器である。
 それらを相手にして互角以上に戦っているのは、地球人という種族が極めて戦闘能力が高く、かつその地球人の中でも特に優れた実力者がティエレンを駆っているためだ。
 ティエレン高機動型の立座式コクピットの中で、メギロートの吐き出すリング状のレーザーの射線を冷静に見極めて回避しながら、セルゲイ・スミルノフは四人の部下達の動きも常にモニタリングしていた。
 生存者の姿がいまだ見えない事がセルゲイに眉間に深い皺を刻んでいたが、戦闘それ自体は油断さえしなければ、あるいは予期せぬ事態が勃発しなければこのまま勝利を得る事は間違いない。
 あくまで沈着冷静に状況を見極めている――それしか知らないような――セルゲイだからこそ、ティエレン高機動型の計器類に何の反応も与えずに出現した機影に気づくことができた。

 

「何だ、あの機体は?」

 

 オレンジ色の装甲に、両肩に二連の砲身を持ち、左手には上下にホイールを備えた長方形の装備を携えている。サイズは平均十八メートルのMSよりやや大型か。ゼ・バルマリィ帝国の使用する機動兵器ヴァルク・ベン。
 帝国の特殊な部隊であるゴラー・ゴレム隊でのみ運用されていた高性能量産機である。それらの中に黒と黄金に彩られ、上端のホイールの代わりにブレードを備えた装備とウィング・バインダーを背負った指揮官機の姿があった。
 漆の様な黒を主色に、額を飾る鶏冠とV字を組み合わせたブレードアンテナに両肩や腰部のアーマーや胸部は金色だ。ゼ・バルマリィ帝国の技術の粋に異世界の地球の軍事技術を盛り込んだ野心的な高性能機である。
 ヴァルク・バアルと呼ばれる指揮官機の中で、顔の上半分をマスクで覆ったキャリコ・マクレディという青年がマスク越しに、メギロートの大群を相手に善戦するティエレン部隊を見下ろしている。
 地球人は種族として平均的に銀河有数の戦闘能力を持っていたが、今戦っている東アジア共和国の部隊は、かの銀河最強の名を欲しいままにした部隊に名を連ねるに十分なほどだ。

 

「次元は違っても地球人は地球人と言う事か」

 

 機械で合成したような、感情の起伏に乏しい声であった。キャリコは合成人間達がパイロットを務めるヴァルク・ベン部隊に、ティエレンの破壊命令を出した。
 ティエレンのパイロット達が優秀である事は認めるが、求めているのは彼らではなくこの地に眠るモノなのだから、その邪魔をするティエレン部隊に破壊以外の選択肢を与える気はない。
 ビームライフルのトリガーを引くのと同じ数だけメギロートを撃墜していたハレルヤとソーマが、同時に襲いかかるヴェルク・ベンに気づき、撃ち掛けられたキャノンを回避する。
 データベースに照合する機種はなく識別信号も出していない謎の敵性部隊だ。地球圏各国で劇的な速度で開発されている新型機のどれとも違う外見をしているが、ハレルヤはさして気にする素振りもなくモニターの映るセンターマークにヴァルク・ベンを捉える。

 

「おい、中佐! こいつら敵だろぉ? 撃ち落とすぜぇっ!!」
「ハレルヤ、中佐はまだ撃墜命令を出していない!」
「はっ! なんの通達もなくいきなり撃ち掛けてくるような連中だ。この虫どもの御同輩って所だろうぜ」

 

 ハレルヤの言い分を認めつつ、あくまでソーマはセルゲイの指示を待つ。アレルヤとマリーも同様に、メギロートやヴァルク・ベンからの攻撃を回避しつつセルゲイの判断を待っていた。
 頂武本隊の到着までの予想時刻を視界の端に入れつつ、セルゲイは素早く判断を下した。

 

「各機、アンノウンを迎撃しろ」
「そうこなくっちゃな」

 

 嬉しげな声でハレルヤは呟き、ハレルヤタオツーに搭載されているテスラ・ドライヴの出力を一気に上げて、ヴァルク・ベンの部隊へと突っかける。橙色の弾丸と見間違える殺人的な加速で飛翔する兄弟のフォローに入るべく、アレルヤもその後に続いた。

 

「アレルヤ、ハレルヤ! もう、ソーマ貴女まで行ってはだめよ!」
「っ、分かっている」

 

 つられてピンク色のタオツーも突撃を敢行しようとしていたのに気づいたマリーが、とっさにソーマを制止する。ハレルヤと反目する事が多いせいか、ソーマは戦闘や訓練でハレルヤに負けじと張り合おうとする傾向がある。
 今回も、その癖を発揮しかけていた。生存者の救出を一時的に諦めたセルゲイのティエレン高機動型に合流し、ソーマ・マリー・セルゲイの三人はハレルヤとアレルヤの穴が抜けて迎撃する数の増えたメギロート部隊へと銃口を向けた。
 戦闘開始から随分な数のメギロートを撃墜したはずなのだが、まだまだ層を成すほどの数が上空を埋めている。
 容易く撃墜こそしているものの、性能は決して悪くなはないしこの規模の部隊を同時に複数展開可能ならば、鋼の虫達を運用する組織はかなりの脅威となるだろう。
 地球連合を構成する三大国家間で深まりつつある見えざる軋轢、急速に国力を増大し軍事力をさらに高めているDC、休戦がいよいよ終わるかと懸念されているプラント。彼ら以外の全く新しい組織が存在するのか?
 各地で部隊単位での謎の失踪など不可解な事態も起きているが、それもこのアンノウン達の仕業であろうか。
 腰から引き抜いたカーボンブレイドで体当たりを敢行してきたメギロートを一機二機と、足を斬りおとし頭を叩き潰し、セルゲイは頂武本隊まで五人が無事に生き残る事が出来るかどうか、冷静に分析していた。
 後方に置き去りにしてきたソーマやマリー達の事を忘れ、ハレルヤは思う存分その高い戦闘能力を発揮していた。無人機であったメギロートと違い、合成人間の乗るヴァルク・ベンは、反応速度が向上し攻撃パターンも複雑化している。
 歯ごたえはぐっと増した。ハレルヤの口端が凶悪な形に吊り上がった。見なかった方が良かったと、見た者の胸に後悔を覚えさせる笑みを、はたして何と形容すべきか。
 ヴァルク・ベンが振り上げて、ハレルヤタオツーの頭部へ叩きつけてきた高速回転するホイールを、ハレルヤは余裕を持ってカーボンブレイドで受けた。ホイールと接触したカーボンの刃が無数の火花を散らし角ばったハレルヤタオツーの機体を赤々と照らす。
 カーボンブレイドが削り取られるよりも早く、ハレルヤはカーボンブレイドを手放しバランスを崩したヴァルク・ベンの胸部へとビームライフルを押し付けた。機体の体勢を立て直す一瞬の隙を狙い澄まして、ハレルヤはトリガーを引く。
 ヴァルク・ベンの重装甲は例えプラズマジェネレーターからエネルギー供給を受けるビームライフルでも簡単には撃ち抜けないが、ほとんど密着状態からの一撃は機体の機能を停止に追い込むには十分な威力を持っていた。
 大気による減衰はあったが、ハレルヤタオツーの銃口から飛び出た光の矢はヴァルク・ベンの胸の内に深々と突き刺さり、内部からの爆発によって空中に毒々しい炎の鼻を咲かせる。
 通常の射撃でヴァルク・ベンを撃墜するには、タオツーの持つビームライフルでは二、三度は直撃させねばなるまい。コクピット部や機関部はもっとも装甲が厚いだろうし、そもそもコクピットがどこにあるかもわからない。
 ま、痛ぶる楽しみがあると前向きに考えておこうと、ハレルヤはハレルヤタオツーを操り、四方から襲いかかってきたホイールをかわす。ホイールを繋ぐ細いワイヤーをライフルで撃ち切り、それぞれのホイールを持つヴァルク・ベンへとビームを飛ばす。
 頭部のメインカメラやホイールバスター、腹部に直撃を受けたヴァルク・ベンの内数機が機能不全を起こして落下してゆく。直後、自分の背後で生じた爆発にハレルヤはかっ、と短く息を吐きだした。

 

「良く見ているじゃねえか、アレルヤ!」
「まったく、少しは身の危険と言うものを考えたらどうなんだい?」
「お前を信頼してんだよ」
「言い様に使われているような気がするけどね」

 

 苦笑交じりのアレルヤのセリフが、たぶんこの二人の関係を最も適切に言い表しているのかもしれない。
 左右の肩の装甲の色が違うだけのティエレンタオツーは、互いの死角をカバーしあう様に、目まぐるしく機動し性能的には互角かそれ以上のヴァルク・ベンを相手に、数の不利を覆す戦いぶりを見せはじめる。
 ヴァルク・ベンの胸部に刃毀れで切れ味の劣化した――元から切断よりも叩き潰す事を目的とした武器だが――カーボンブレイドを無理やり突き込み、六機目のヴァルク・ベンを高価なガラクタへと変える。
 相当連射を重ねたビームの熱によって、ライフルの銃身が歪み始め照準が少しずつ狂い始めている。まだ十分に手動で補佐できる範囲だが、これからはビームサーベルでの戦闘に切り替えた方がよさそうだと、ハレルヤは判断した。
 機体の方はまだオーバーヒートするまでには若干の余裕がある。ビームライフルよりは保つだろう。

 

「ユーラシアや大西洋の連中よりは歯ごたえはあるな。しかしこいつら画一的な動きをしやがる。……おれらと同じ作りものかぁ?」
「確かに妙だね。パイロットの操縦の癖や機体の動きがあまりに均一的過ぎる」

 

 ヴァルク・ベンを操るパイロット達がすべて同一規格の合成人間である事は知らずとも、戦闘を行う事によってすべて同一人物が乗っているかの様な動きを体験した二人が、同じ意見を述べる。
 正解に近い考えに至った二人への褒美は、突如二人のタオツーを囲んだ黒に金の装いを纏った機影であった。ウィング・バインダーを魔鳥の翼の如く広げた何機ものヴァルク・バアルが、同時にブレードの切っ先を向けて突進してくる。

 

「本命のご登場かよ」
「指揮官機か!」

 

 楽しげなハレルヤとさらなる強敵の出現を認めたアレルヤが、それぞれ一言発するのと同時に、タオツーは上下に分かれて円形の包囲網から突撃してきたヴァルク・バアルをかわす。
 あわや激突して自滅かと思われたヴァルク・バアルだが、一機を残して他の機影が全て霞の様に消え去り、一瞬前まで二機のタオツーが滞空していた空間には、幻影を解除したヴァルク・バアル一機の姿があるのみであった。

 

「ミラージュ・コロイドの応用か? つまらねえ手品しやがるぜ」
「油断は禁物だ、ハレルヤ。あのフェイク、タオツーのセンサー類でも判別が難しい。実体を誤れば落とされるのはぼくらの方だ」
「そーいう時はどうすればいいか、知っているか、アレルヤ?」
「いや、何か秘策でも?」

 

 訝しげにハレルヤにアレルヤが問うた時、ヴァルク・バアルが再び動きを見せた。機体各所に内蔵しているミサイルが一斉に白煙を噴いてタオツーに群がり、発射したミサイルを引き連れてヴァルク・バアルがこちらへと向かってくる。
 先ほどの幻影を投射するシステムも使用しているようで、ハレルヤとアレルヤの眼には何機ものヴァルク・バアルの姿が映し出されている。ミサイルの噴出する白煙に紛れ、深い霧の中の様に見え隠れする敵機の姿を見失わないようにするのも一苦労だ。
 緩やかな弧を描いて襲い来るミサイルを躱したハレルヤが、アレルヤが尋ねた秘策を口にした。

 

「全部本物だと思って戦えばいいんだよ!」
「……君らしいよ、ハレルヤ」

 

 有言実行と言う事なのか、ハレルヤは乱れ飛ぶヴァルク・バアルを次々に照準内に納めてトリガーを引き続ける。超兵の反応速度に対応する高速情報処理システムを搭載したタオツーは、ハレルヤの意思に遅れる事無く対応して動く。
 アレルヤもまた、ハレルヤ同様にモニターに映る複数のヴァルク・バアル全てが実体のある存在という過程で対処し始めている。
 それまで相手にしていたヴァルク・ベンとはスピードも動きもパワーもケタ違いだ。機体を操るパイロットの技量も一つ上のものだろう。

 

 ワイヤーで繋がれたホイールが生きた蛇のように自在に襲い掛かってくるのを交わす事に気を取られれば、高速で距離を詰めたヴァルク・バアルの振り上げたブレードが襲いかかってくる。
 ヤラー・イリュージョンによって無数の幻と共に襲い来るヴァルク・バアルを次々と捕えてビームを撃ち掛けるが、ほとんどはするりと幻をすり抜けるだけだ。
 ハレルヤとアレルヤの迎撃をくぐり抜けたヴァルク・バアルが大上段に振り下ろしたブレードを、アレルヤはカーボンブレイドで受けたが、タオツーを圧倒するパワーに機体を一気に押し込まれる。

 

「タオツーよりもパワーがあるなんて、ガルムレイドと同じかそれ以上だ」
「ふっ」

 

 嘲弄の笑みを薄く浮かべたキャリコは、鍔競り合った体勢からアレルヤタオツーの胸部を蹴り飛ばし、その反動を生かしてヴァルク・バアルに半円を描かせて、背後から放たれたハレルヤタオツーのビームをかわす。

 

「ちっ、後ろも見えてやがるか」
「攻撃に感情を乗せ過ぎている。まるで獣だな」

 

 溢れる殺意を隠さぬハレルヤの攻撃を、キャリコはあくまで冷静に見極めて受け、躱す。ビームライフルを腰部にマウントし、ハレルヤは自機にビームサーベルを二本抜かせた。
 二刀を構え猛攻を仕掛けるハレルヤタオツーを、キャリコはブレード・ホイール・バスターの刀身とホイール部分でうまく受けている。

 

「勢いがあるのは結構だが、敵はおれだけではあるまい?」

 

   *   *   *

 

 両手に握ったビームサーベルを振り上げていたハレルヤタオツーへ、生き残りのヴァルク・ベンからのカティフ・キャノンが集中していた。
 ヴァルク・バアルにはかすりもせずにハレルヤタオツーのみを撃つ完璧な位置からの砲撃だったが、だからこそハレルヤは攻撃コースを予測し回避する事が出来た。
 四肢を振り乱しての重心移動と各所のスラスター、テスラ・ドライヴを組み合わせた繊細な回避機動を細かく行い、機体へのダメージを最小限に抑える。
 ホイールの一つを右手のビームサーベルで受けた瞬間の僅かな隙を突かれ、ハレルヤはヴァルク・バアルのショット・シザーに機体の右肩を抉られていた。厚い装甲を貫きフレームまで到達したダメージが、ハレルヤタオツーの右腕を機能停止に追い込む。

 

「やろう、やってくれるじゃねえか!!」
「ハレルヤ!」

 

 地面に衝突する寸前で機体を立て直したアレルヤも、残るヴァルク・ベン達の砲撃を浴びせ掛けられ、思うように動けない。胸部への蹴りは装甲板をへこませてはいたが機体に深刻なダメージを与えるまでには至らなかった。
 地上を這うように動き回るアレルヤタオツーの周囲に着弾の土煙がいくつも巻き起こり、這いまわる蛇の通った軌跡の様に地面が抉れて行く。完全に頭を抑えられ上空から一方的に撃ちかけられる態勢になっている。

 

「中佐、アレルヤとハレルヤが」
「く、こちらの予想を超えた戦力か」

 

 メギロートとは異なる人型と指揮官機の戦闘能力は、セルゲイの予想を大きく越えてハレルヤとアレルヤの二人を完全に抑え込んでいる。いや、徐々に追い詰めつつある。頂武本隊の到着まであと十分。果てしなく長い十分になると、セルゲイは覚悟した。
 いざとなったら自分が囮になってでもソーマ達四人を生き残らせなければならない。一指揮官に過ぎない自分の代わりは居ても、超兵たる彼女らの代わりはいない。
 いや、それ以上にまだ自分の子供程度の年齢でしかない若者たちを死なせたくないという、セルゲイの軍人ではない部分の感情が強かった事は否めない。
 ハレルヤタオツーを劣勢に追い込んだキャリコは、最後の一撃を加えるべくハレルヤタオツーの見せる一瞬の隙を待っていた。今はまだ機体がハレルヤの操縦に追従しているが、やがて関節や駆動系が摩耗し悲鳴を上げるだろう。
 手持ちの戦力は半数が撃墜されていたが、十分に補充できる程度の損害だ。ここで手に入れる予定の機体に比べれば、大海と井戸を比べるに等しい。

 

「大した戦闘能力だが、相手が悪――」

 

 キャリコは、最後まで口にはしなかった。曇天の空に唐突に一塊の肉腫の様な黒雲が生じるや、たちまちのうちに広がり見渡す限りの空を埋め尽くしてゆく。

 

「これは……強念者が既に乗り込んだのか」

 

 最悪の可能性に思い至りキャリコがマスクの奥に隠された端正な鼻梁に深い皺を刻む。超機人の操者として認められるほどの――しかもこの地に眠るのは四神の位階にある高位の機体――強念者となれば、確実に自分達の障害となる。
 黒雲に煌めく稲光が一層激しさを増し、それらは意思を持つ様に絡みあって意味ある言葉の形をとる。天は唸り大地は鳴動して世界そのものが叫びを上げているかのよう。網膜に焼き付く白い光は四つの名を黒雲に示す。
 メギロートの爆撃によって厚く積み上げられた岸壁と岩盤を吹き飛ばし、四っつの巨大な影が猛々しく雄々しいその姿を暗雲の下に露わにする。

 

 蒼い鱗が連なり背には白い刃を重ねた様な一対の翼。首元に赤く輝く鱗を備えた最強の龍が飛び立ち、雷光を背に翼を広げ悠然とメギロートやヴァルク・バアルと対峙する。
 天に描かれる雷光の文字は『龍王機』。

 

 いかなる闇の中でもおのずから輝きを放つ様な漆黒の毛並みに黒い縞模様の走る巨躯で、ひらりと軽やかに跳躍し音もなく地に立って、寧猛な唸り声を上げるは無敵の虎。
 白虎の超機人『虎王機』。

 

 龍王機と並び立ち暗雲の下でさえも美麗に映る翼を広げ、天の果てまで届くだろう高い嘶きを上げるは、赤々と燃える炎から生まれた様な朱雀の超機人『雀王機』。

 

 虎王機の傍らで巨山の如き巨大な存在感と共に構えるのは、漆黒の甲羅を持ち岩壁を荒々しく削りだし角のように鋭い頭部の、玄武の超機人『武王機』。

 

 東西南北の四方を守る四聖獣を模して古代中国の人々によって造り出された人界の守護達が、数百年あるいは数千年の時の流れを越えて深く重かった眠りから遂に目覚めたのだ。
 四体の超機人達はそれぞれのモデルとなった神話の幻獣達のものと思える声を上げて、天を埋め尽くすゴラー・ゴレムの軍勢にはっきりとした敵対の意思を明示する。

 

   *   *   *

 

 その超機人達の声で、それぞれのコクピットに居た四人の男女が目を覚ました。

 

「……スハ、クスハ!」
「う、ブリット君?」
「良かった。目が覚めたか、怪我はないか?」
「うん、大丈夫。……ここは」

 

 クスハは自分の体が固定されている事、椅子の上に座っている事は分かったが自分のいる場所がどこなのか判別がつかず、重い瞼を開いて周囲を見回す。どうやらコクピットとかろうじて言える様な場所らしいと思い至る。
 巨大な生物の爪で捕まえられているように背後から延びる巨大な爪で、自分の体が抑えられていて、右側に同じような状態のブリットの顔が映し出されていた。徐々にクスハの意識が鮮明さを増し、前後の記憶が戻ってくる。
 頭の中に直接響いてきた謎の声に導かれるまま襲撃を受けた蚩尤塚を逃げ回り、その途中で崩落に巻き込まれて、暗闇の中で自分達四人は声の主と出会ったのだ。そうだ、この子が、声の主だ。自分達を導いた存在だ。そして問いかけてきたのだ。
 人界の救済を望むのかと。答えた。自分もブリットもリョウトもリオも。望むと、力を欲すると。
 頭の中にこの巨大な守護者たちについての情報が、水がゆっくりと岩肌を伝う様にして沁み込んできた。操縦方法や、超機人の力を引き出す為には念者と呼ばれるものでなければならない事など。

 

「貴方が、私たちを助けてくれたのね。ありがとう……龍王機」

 

 ぐおう、と岩と岩とが擦れ合った軋みに似た声が返ってきた。律儀な所があるらしい。龍王機のコクピットのモニターに、雀王機からリョウト、武王機からリオと全員の顔が映し出された。
 クスハを含めて全員に怪我をした様子はない。救済を望むかという鮮明な声がした後、一際激しい爆撃によって崩れた岩盤に巻き込まれた筈だが、超機人達が助けてくれたのだろう。

 

「リョウト君、リオも無事?」
「うん。雀王機が助けてくれたからね。それよりも、発掘部隊の皆があいつらに」

 

 いつもは穏やかなリョウトの声が悲痛さと怒りとに揺れている事に気づき、クスハは龍王機の視界を通じて見た蚩尤塚の今の状況に息を呑む。もはや発掘現場の面影もなく爆撃と戦闘によって吹き飛ばされ、大小のクレーターや崩落した岩がいくつも山となっている。
 押し潰された人間の体から零れた血の染みがあちらこちらに認められ、破壊されたMSの砕けた四肢や穴のあいた胴体が無造作に転がっている。

 

「ひどい」
「クスハ、上だ」

 

 ブリットの声と同時に龍王機からの警告の声が脳裏に響き、クスハは上方を映し出したモニターを見つめた。そこには東アジア共和国の識別信号を出している橙色のティエレンと戦っている、識別不明の人型機動兵器の姿があった。
 全部で五機いるティエレンの部隊は、蚩尤塚から発せられた救難信号を捉えて駆けつけた味方だろう。その彼らと敵対している機体――ヴァルク・バアルやヴァルク・ベンは、襲撃してきた連中側に違いない。
 それに龍王機をはじめ四体の超機人すべてが頭上のヴァルク・バアルに対して、闇夜に燃え盛る炎の如く明瞭な敵意を抱いている。その敵意が操者であるクスハやリョウト達にも伝わっていた。
 超機人達から浴びせかけられる剥き出しの悪意をそよ風のように受け流して、キャリコはわずかに思案した。このまま超機人を破壊して持ち帰るか、それともこの場は見逃して強念者共々育った所を刈り取るべきか。

 

「……ふっ、いまはその命、貴様らに預けておくか」

 

 地球圏は戦いと混乱に満ち溢れて混沌としている。わざわざ自分達が手を下さずとも強念者達は戦いに巻き込まれてその力を覚醒させてゆくだろう。今は自分達という温室の下ではなく野に育つがままに任せてみよう。
 超機人と様子を伺っているティエレン部隊への警戒はそのままに、ヴァルク・バアルをはじめとしたゴラー・ゴレム隊各機が上昇し、後退してゆく。
 敵の影が急速に小さくなってゆくのを見ながらソーマが口を開いた。

 

「中佐、よろしいのですか」
「あとを追うだけの余力は我々にはない。それに、あの奇妙な機体の事もある」

 

 セルゲイの言葉につられてソーマとその傍らのマリーも、大地の中から出現した巨大な鋼の神獣達を見つめる。大型のMAを思わせる巨体は、中国の神話に語られる幻想世界の存在を模している。出現の仕方もその姿も、到底今の地球圏の産物とは思えない。
 あるいはDCならこんな突拍子もないものを作るかもしれないが、この蚩尤塚の調査は正式に軍の上層部から命じられたものだ。上層部が欲していたものはおそらくあの謎の動物型機動兵器と言う事になるだろう。
 発掘部隊に同伴していた監査官ならなにか知っていたかもしれないが、黒焦げの死体になるか岩の下で赤い染みに変わってしまっているのでは、問いただしようもない。
 幸いと言うべきか、向こうにはこちらに攻撃を仕掛ける素振りが無い。セルゲイは自分の目で見たものしか信じないが、逆に自分で見たものであるならばそれがどんなに荒唐無稽で非現実的な代物だろうと信じる。
 機体が悲鳴を上げているハレルヤをアレルヤに任せて後退させて、頂武本隊がもう二、三分で到着する事を考慮して時間稼ぎの意味も含めてセルゲイはコンタクトを取った。

 

「聞こえるか、こちらは東アジア共和国独立遊撃部隊“頂武”のセルゲイ・スミルノフ中佐だ。こちらに交戦の意思はない。繰り返す、こちらに交戦の意思は……」

 

 ウィンダムとは別に自国で開発されたティエレン高機動型からの通信の内容に、超機人のパイロット達は多かれ少なかれ驚いた。プラントとの戦争が勃発する以前から”ロシアの荒熊”の異名をとるセルゲイ・スミルノフの名前は軍内では広く伝わっていた。
 地球連合構成国の超エリートで構成された教導隊のメンバーと同じくらいのネームバリューがあるから、軍内部には尊敬のまなざしを隠さぬ者も多い。
 いきなり現われた超機人を警戒しているのは明らかで、急いで誤解を解くべくブリットとリオの二人がセルゲイに自分達もまた東アジア共和国の人間だと伝えようと、それぞれ虎王機と武王機のコクピットで奮闘する。
 その様子が他の超機人に中継されているのに気付いていない二人の様子を見ながら、雀王機の中でリョウトは言いしれぬ不安に、やや細すぎる顔容に暗い影を落としていた。

 

「なんだろう、あの敵の指揮官機からとてつもなく暗くて冷たい何かを感じた」

 

 ヴァルク・バアルとそのパイロット、キャリコ・マクレディ。はたしてリョウトが彼らに感じたものが何なのか。その正体をリョウト達が知る事になるのは、まだ随分と先の話である。

 

   *   *   *

 

 四体の超機人達が長い長い眠りから覚醒した頃――
 ステラ・ルーシェは同僚のセツコ・オハラに招かれて、オノゴロ島に用意された軍関係者用の住宅施設を訪ねていた。高級マンションワンルームクラスの一室は、セツコの性格を反映してかあまり飾りっ気が無い。
 軍人と言っても年若い少女なのだから化粧品やアクセサリー、ファッション雑誌、好きなアーティストのポスター位は飾ってあってもよさそうなものなのに、小さな本棚とCDラックに、幾色かのまんまるいクッションと質素なベッド位しか目に付かない。
 私生活に潤いを求めるタイプではないという事だろうか。1LDKの造りで、ふわふわと柔らかなソファにもたれてクッションを抱きかかえながら、ステラはキッチンに入ったセツコを待っていた。
 今日はセツコが手料理を振舞ってくれるというのである。普段、実の姉を慕う様にセツコに懐いているステラだから拒否の選択肢などある筈もなく、しっぽがあったら勢いよく振っていそうな勢いで行く! と答えていた。
 セツコがキッチンに入ってからリビングにまで香ってきたいい匂いに、ステラの小さなお腹は、くぅ、と可愛らしい音を立ててステラは少し恥ずかしくてほんのり頬を赤くした。

 

「ステラちゃん、おまたせ」
「うん」

 

 切り分けたバゲットがいっぱいの籠にフルーツサラダ、たっぷりとチェダーチーズを使ったチーズオムレツ、焼き野菜を添えた白身魚のグリル、特にステラのお腹の具合を刺激したのは食欲をそそる匂いのするビーフシチューだ。
 おいしそう、とにこにこ笑顔を浮かべて並べるのを手伝うステラを、セツコは微笑みと共に見つめている。
 柔らかく控え目で静かな微笑み。黄金の太陽よりも朧に輝く月の様な笑み。けれど、今その笑みはどこか雲に覆われた様に影を帯びていた。ステラはそれに気づかない。
 ナイフやフォークも並び終えて食事を始める。今は東アジア共和国の経済特区になった日本国の風習や風俗を色濃く伝えるオーブであった為、食事前に手を合わせていただきます、と揃って言う。
 一口食べてすぐに美味しい美味しい、とぱくぱく健啖な調子で平らげて行くステラを、セツコはやはり微笑のまま、とても笑っているとは見えない、それでも極上の微笑を浮かべたまま。セツコは自分が作った料理はシチュー以外手をつけていない。
 ステラがサラダやオムレツをどんどん食べて行く間にも、セツコはシチューと自分の口との間を往復させるだけだ。赤いシチューをスプーンですくってゆっくりと噛み締めて味わって、一口一口愛しむように食べている。
 特にシチューが気に入ったのかステラはよくお代わりをした。ステラがお代わりをする度にセツコはキッチンへと戻って、皿いっぱいにシチューをよそって戻ってくる。
 ふと、ステラはセツコがキッチンに戻っている間、嗅ぎ慣れた匂いの粒子がわずかに漂っている事に気づいた。多分、魚かシチューに使う肉から零れた匂いだろうと、ステラは気にしなかった。それを考えてはいけない気もした。

 

「お代わり持ってきたよ、ステラちゃん」
「うん」

 

 目の前に置かれたシチューを見て、ステラはふと赤い外見が血の色に見えて息を呑んだ。その様子にセツコは不思議そうに首をかしげて、ステラの大粒の瞳を覗き込んだ。

 

「どうかしたの? もうお腹いっぱいになっちゃった? まだたくさんあるから遠慮しないでね」
「ううん。ねえ、セツコ」
「なあに」

 

 ステラはスプーンでシチューに浮かぶ肉の塊を突き、それをすくって見つめる。ステラは視界の端に見慣れたDCの軍服の裾が映っている事に気づいた。セツコはグローリースターの制服を着用しているとはいえ持っていてもおかしくはない。
 だがなぜそれがキッチンに、しかも男性用のものがあるのだろう。リビングに広がっている袖口には赤い染みが点々と付着しているのだろう。先ほど鼻先で感じた匂いが急に気になった。
 ステラからは見えないがキッチンの排水溝には、真っ赤に濡れた元は黒い繊維の様なものが何千本も絡まりあっていた。床は真っ赤に濡れていて、立ち込める錆びた鉄の匂いを消す為に消臭剤がブチ撒かれている。
 巨大な肉塊を切り分ける為の巨大な肉斬り包丁や鋸、鉈が同じように真っ赤に濡れて無造作に転がっていた。まるでつい先程まで心臓が脈打っていた生き物をこの場で解体した後の様な惨状だった。
 寸胴鍋にいっぱい作られたシチューに、ぽこりと浮かび上がるものがあった。白い表面に赤い小さな円が描かれた球体だ。半ばまで裂かれたものが一つ浮かびあがり、無機質な“視線”を天井に向けている。
 粉々に砕かれた白い破片が時折熱によってできた対流で表面に浮かび上がってくる。牛骨かなにかだろうか。

 

「このお肉、なんのお肉?」
「ふふ、ステラちゃんのだぁい好きなお肉だよ。私も大好きなのよ、このお肉」
「……それってウシさん?」
「ううん」
「ブタさん? トリさん?」
「どっちもはずれ。そっか、分かんないか」

 

 仕方が無いなあ、と小さな子供にどう教えればいいかな、と悩んでいるような仕草でセツコは苦笑した。シチューに浮かぶ肉をスプーンの先で突くと、グチュ、と水音を立てて肉の中に残っていた赤い液体がわずかにしみ出した。
 その肉の塊をすくって口に運び、口内に溢れる肉汁と歯に伝わる肉の繊維がぶちぶちと千切れて行く音と感触を、セツコは至福の面持ちで堪能する。ステラは法悦境に入ったようなセツコの顔が、わけもなく恐ろしかった。
 自分が今まで口に入れたものがなんなのか、ステラは恐ろしくなって体が震えだすのを抑えられない。
 ごくん、と生々しい音をたてながらセツコが口の中の肉のなれの果てを呑みこみ、あふっと艶めいた吐息を零し、食道を通って胃の腑に到達した肉を愛おしむ様に自分の腹を撫でた。

 

「分かってもらえないって辛いよね。好きで好きで仕方ないのに、好きな人に自分の事を分かってもらえないって、辛いよね、苦しいよね、痛いよね、悲しいよね。……ねえ、シン、君」

 

 シチューに濡れたセツコの唇はまるで血を塗りたくった様に赤かった。

 

――終わり

 

ディバインSEED DESTINY 

セツコ・ステラ ルート 最終話 『キミとひとつになる』 END 

 
 

                完

 

・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・

 

「おぎゃああああああああああーーーーーーーーーー!?!?!?!?」

 

 金毛白面九尾の狐みたいな悲鳴と共にシン・アスカはベッドの上から跳び起きた。寝間着代わりのタンクトップどころか寝癖が爆発している黒髪やシーツまで、ぐっしょりと寝汗に濡れていて、肌に張り付いて来て不快だった。
 はー、はー、とゼオルート=ザン=ゼノサキスや鬼眼麗人の異名を持つ師匠達に手加減抜きで叩きのめされた後の様に、息を吐きだしては吸い込んでいる。そのまま肺や胃を吐き出すんじゃないかと言う位の勢いだ。
 実際、最初の師匠との鍛錬では血まみれの内臓を口から吐きだして砂に塗れたそれを、自分で掴んで口の中に戻したこともあるが、それ以上の苦痛をシンの心は覚えていた。
 それほどまでにシンが見た夢は途方もない精神的負荷を与えていたらしい。夢の内容があまりにも凄惨だった所為で、今も夢から醒めたのかこれが現実なのかの判別がつかないほど思考が錯乱して恐怖に混乱している。
 寝込みを襲われても、目覚めると同時に体が戦闘態勢を整えるままでに徹底的に鍛え抜かれた戦士として育て上げられたシンであったが、今度ばかりはその戦士としての本能をかなぐり捨てて、怯える子犬の様に自分の体を抱きしめる。

 

「ああ、うぁ、ああああ!? はあ、はー、はー、ゆ、夢だよな? そうだよ、夢さ、夢だ」

 

 枕元に立てかけてある木刀・阿修羅を手に取る事も忘れて、シンはびくびくと怯えながら部屋の中を見回した。二十mmグレネードランチャー、レーザーガン、7.7mm口径機関銃内臓の複合銃よりも頼みにする阿修羅の存在さえ忘れているようだ。
 今となっては対テロリスト用の軍の特殊部隊の隊員が完全装備で挑んでも、一個小隊位なら真正面から勝利できる。不意をつけば一個中隊位はなんとかできるだろう。
 その時の戦闘の様子をモニタリングしていた、軍高官の一部では“総帥の作った人型サイズの戦術兵器”とか“ソード・ターミネーター”“見た目は人間、中身は小型MS”とか完全に人間扱いはされずに化け物扱いされている。
 そのシンが、身も蓋もなく怯えきり、もし今誰かが部屋を訪ねたら恥も外聞もなく縋りついて泣きながら抱きしめるだろう。震え続ける事二十分、ようやくシンは先程まで自分を恐怖の洪水に飲み込んだ光景が、夢であると認識して震えを治めはじめる。

 

「気持ち悪い、喉も渇いたな。くそ、なんて夢を見たんだ。セツコさんとどんな顔して会えばいいんだよ」

 

 タンクトップやズボンを乱暴に脱ぎ棄てて士官用個室に備え付けてあるバスルームに向かう。乱暴にコルクを捻って火傷しそうな位熱いシャワーと、震えが来そうな位冷たいシャワーを交互に五度ずつ浴びる。
 熱と冷気とがシンの体から奪い取られた活力を取り戻してくれる。焼けるような熱湯と凍えるような冷水を交互に浴び鋭敏になる肌と神経を鮮明に感じ、シンは落ち着いて呼吸を整える。
 心臓に戻り、また新しく送り出される血流に気脈から生じる気を練り混ぜて体中に通わせて心身の平静を取り戻す。正直まだビビっていたのは内緒だ。股間にぶら下がっているご立派様が縮こまっているのがその証拠である。
 ビームやミサイルが飛び交う戦場に躊躇なく飛びこむ度胸はあっても、女関係の恐ろしさには対抗できないらしい。

 

「……なんであんな夢見たかな。ほんと」

 

 夢の中で、夜中に呼び出してきたセツコの振り上げた鉈に首を落とされた瞬間を思い出して、シンは思わず自分の首筋を撫でた。手で撫でる首筋が嫌に冷たい様な気がして、また一つ大きく体を震わせる。
 ひょっとしたら、前大戦ディバインウォーズの最中クォヴレー・ゴードンの導きで接触した、異世界の自分の誰かがそんな目に遭った経験があり、この世界のシンにはそうなるなと警告したのかもしれない。
 ひとっ風呂浴びて体だけはさっぱりしたシンは、軍服に袖を通し絹の袋に阿修羅を入れて部屋を出た。現在タマハガネは再びオノゴロのドックに戻り、ミネルバと共にオーストラリア大陸のカーペンタリア基地を目指して出航する準備中だ。
 体はさっぱりしても心はちっともさっぱりしていないシンは、船内の廊下を歩きながらう~、あ~と唸っていた。時折すれ違うクルーが、若いエースの奇行に不思議そうな眼を向けるが、当のシンにはそれに気づく余裕が無かった。

 

   *   *   *

 

 頭を抱えながら歩くシンはそのうちに格納庫へと到着した。自分の足音が変化した事でようやく自分が格納庫に辿り着いた事に気づく。ふと顔を上げるとキャットウォークにもたれてサキガケ7Sを凝視している刹那・F・セイエイに気づく。
 刹那は一心にサキガケ7Sを見つめている。真紅の武者兜の様なサキガケ7Sの頭部には細長い長方形の目が二つずつ左右に斜めに並んでいる。それからややずんぐりとした機体のシルエット。
 分かっている。分かってはいるのだ。アヘッドの近接戦闘特化型のカスタム機であるサキガケの性能はかなりのものだ。刹那もこれまでマティアスの下でMSに乗る機会に恵まれていたが、このサキガケ7Sほどの機体はなかった。
 いかにマティアスといえどもDCの最新鋭機に匹敵する機体を用意できなかっただろう事を考慮しても、サキガケ7Sに文句をつける気にはならない。そう頭では分かっていた。
 だが、サキガケ7Sは――

 

「ガンダムではない」

 

 外見は、だが。刹那にとってのガンダムとは外見のみをさすのではないが、周囲にかつて刹那が崇拝に近い感情で見上げたあの、謎のガンダムに酷似した機体があると、どうしても外見が気になってしまう。
 ティエリア・アーデの乗るヴァーチェも顔はガンダムだ。スティング・オークレーのアカツキも金色に輝いているがガンダムだ。シンの乗るインパルスなどVPS装甲起動時のトリコロールカラーやスタイリッシュな細身の姿と言いまさしくガンダムだ。

 

「刹那、どうしたんだ?」
「シンか。……顔色が悪いぞ」

 

 かけられた声に振り向くと、紙の様にまっ白な顔色のシンがこちらに近づいてきた。シンと知り合って一か月くらいが経ったが、これほど顔色の悪いシンを見るのは初めての事だ。このままぽっくり逝ってしまうんじゃないかと、刹那は本気で心配した。
 顔色が悪いと言われて自分の頬を撫で、びっくりするほど冷たい事に気づいてシンは手を引っ込める。氷に触れた様な冷たさが指先に残っている。

 

「そうみたいだな。後でレントンのコンビニで栄養ドリンクでも買うか。はは……」

 

 乾いた笑い声にまったく覇気が無く、かえって刹那はシンの容態がまったく良くない事が分かった。一体何があったというのか、棺桶に片足を突っ込んだかすぐ傍らに死神が立っていそうな位の絶不調ぶりだ。

 

「それで、サキガケを見つめてどうしたんだ?」
「いや、なんでもない」
「そっか。そうだ、刹那朝飯食いに行こうぜ。まだだろう?」
「……ああ。しかし、食べられるのか? とても食事が取れそうには見えないが」
「あー、肉はダメだな。肉は」
「そうか、肉はダメか」
「ダメだな。あとシチューとか汁物も無理っぽい」

 

 そんなやりとりをしながら二人は食堂へと向けて歩き始めた、その途中、ぽつりと刹那が呟いた。

 

「シン」
「ん?」
「インパルスはガンダムだ」
「……ああ、Gタイプの事か。そうだなガンダムタイプだな。それがどうかしたのか?」
「いや、忘れてくれ」
「???」

 

 それなりに付き合いは重ねたけど、いまでも分けのわからない時があるよなあ、とシンは死人みたいな顔色のままで歩き続けた。

 
 

――つづく。