Seed-NANOHA_129氏_第01話

Last-modified: 2009-10-26 (月) 15:13:59

───負けたのか、俺は。



視界にあったのは、傷一つない緋色の機体。

かつて憧れ、共に戦い。裏切り、刃を向け合った男の駆るMSだ。

月の重力に引かれるのを感じながら、意識が朦朧となっていく。

『シン!!』

誰かが、呼んでいる。

慣れ親しんだ以前の愛機が左腕を伸ばし、追いかけてきていた。

だとすればきっとこの声は、愛する彼女のもののはずだ。

(くそ……くそ……)

計器のスパークが、コックピット内に飛び散る。

戦闘の衝撃で脳震盪でも起こしたのか、彼の頭脳は一向にクリアにはなってくれない。

(こんなはずじゃ……こんな……じゃ、……のに……)

意識が次第に途切れ、彼の瞼はその真紅の瞳を塞いだ。

通信機のスピーカーから聞こえるルナマリアの声を、子守唄にして、シンは眠りに落ちる。

夢うつつの真っ白な世界が、彼を包んでいた。

四肢の大半を喪失した機体の中で、シン・アスカは落下によるものとは根本的に違う、

何か別の浮揚感を感じていた。

彼はそのまま、どこかにいってしまいそうな感覚を覚えた。



結果、それは事実となった。





第一話 転移するもの





桜色の魔力の光が、杖の先端に収束する。

その魔力の持ち主たる少女は、茶色の髪を左右で結っていた。

「ディバイン……ッ!!バスターッ!!」

『extension』

津波の如き光の噴流が、傀儡兵と呼ばれる機械の兵士達を巻き込み、破壊していく。

光の放出が終わり、爆発やショートによる煙が漂うそこに残ったのは、

破壊した張本人の少女と、あちこちに散らばる傀儡兵たちの残骸だけ。



「ふうっ」

『ふう、じゃない!!なにやってるんだ、君は!!』

「はいっ!?」

『建物まで壊れるとこだったぞ!!ただでさえ経年劣化で脆いんだ、この遺跡は!!』

やり遂げた、といった満足の表情で杖を地面へとついた少女は、突如耳元に届いた通信の怒鳴り声に


あたふたとなる。続けて聞こえるのは、通信機の向こうの溜息。

『全く……。小隊を任せられるようになったんだろう?もっとしっかりしてくれ』

「ごめんなさーい……。やりすぎちゃった?やっぱり」

少女の名は、高町なのはという。年齢は、10歳。時空管理局武装隊所属の士官でもある。

魔法の概念が存在しない世界に生まれながら、とある事情から自分に魔法を行使する才能があるということを知り、


愛機である桜色の魔導の杖・インテリジェントデバイス『レイジングハート・エクセリオン』とともに、


魔法使いとして働く道を選んだ若き天才魔導士である。

もっともこの場合の魔法使いは、どちらかといえば軍人や警官といったものに近い

いわゆる『戦闘魔導士』のことを指すのだが。



『やっぱりどころか。もう少し出力を抑えてくれ』

「はーい。フェイトちゃんは?」

『だいぶん先の位置を先行してるな。このまま追って合流してくれ』

「了解しましたー」



高い天井の廊下に、白い戦闘服、『バリアジャケット』に身を包んだ彼女の澄んだ声がよく響いた。




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「やれやれ……。あの子も武装隊で鍛えられてるはずなんだが」

「まあ、なのはちゃんらしいといえばなのはちゃんらしいんじゃない?」

ショートヘアーの女性が、彼の呆れた声に苦笑しつつ振り向く。

ぼやいたのは時空間航行艦『アースラ』所属執務官、クロノ・ハラオウン。

女性のほうは彼の副官たる執務官補佐、エイミィ・リミエッタ。



「はいはい、話はそれくらいにしておきなさい。なのはさんもフェイトも順調なんだから」

そして二人のやりとりを諌めたのが、艦長たるリンディ・ハラオウンであった。

「そうですよねー、あいかわらずクロノくん、小言が多いっていうか」



リンディの苦言に便乗するかのようにクロノを揶揄するエイミィ。

彼女の手元のパネルには、遺跡内に侵入した二人の魔導士を示す、

二つの光点が光っている。

「お?艦長、ロストロギアによるものと思われますが、遺跡中心部の魔力濃度が徐々に上がってます」


キイを叩いたエイミィにより、それらの画像ともうひとつ、

じわじわと上昇していく赤い棒グラフがブリッジの大モニターに場所を変えて映された。

「フェイトとなのはさんの到達予想時は?」

「大体あと、3分ってとこですか。それくらいなら問題ないと思います」

「そうね。……一応念のため、クロノも準備をしておくように」

「はい」

クロノが手元の銀色のカードを掲げて見せた。

それでも一同には、さほど緊迫した様子は見られない。

潜入した二人の魔導士を、クルー一同信頼していたから。



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「……っと、ここが、中心部かな?」

時空管理局執務官候補生こと、フェイト・T・ハラオウンは

広間のようなところへと降り立ち、きょろきょろと辺りを見回した。

手持ちの相棒、黒い斧のようなデバイス『バルディッシュ・アサルト』によって

表示されるマップでも、間違いなかった。



「フェイトちゃーん」

「あ、なのは」

「守ってた傀儡兵は大体機能停止させたよ。ここが中心?」

「うん、多分。アルフは?」

「一応、他に変な所がないかどうか回ってくるって。武装隊の人たち数人連れて行っちゃった」

「そう」



なのはもフェイトも、同い年の若きエース。

すでにいくつもの実戦を経験しており、その実力や評価も高い。

公私共に親しい、親友同士でもあった。

二人とも正式に局に勤務するようになって以来同じ任務に就くことは

以前に比べて減ったが、それでもこうして二人組んで行う任務では、

絶妙の愛称とコンビネーションを見せる。

なのはが後衛、フェイトが前衛。戦闘スタイルが丁度分担されている点も大きい。

「多分、ここが中心なんだけど……。あれかな?ロストロギア」

黒手袋に包まれた右手で、フェイトが指を刺す。

彼女のバリアジャケットは、なのはのそれとは正反対の漆黒。

ロングスカートのなのはとは逆に、動きやすさを重視したデザインだ。



「どれ?あ、ほんとだ」

なるほど。彼女の言うとおり、

広すぎるほど広々とした部屋の中心に設けられた祭壇らしきものに、青い宝石が祀られていた。

ロストロギア、それは古代の失われた文明の遺産。

幸い、暴走はしていないらしくその周囲から感じる魔力は濃密だが穏やかだ。

「漏れてくる魔力だけでもあれだけ傀儡兵動かしてたんだね」

「うん、結構大変かも」

でも、二人でやるなら大丈夫。

そう思えるほど、二人の間には絶対の信頼があった。

「レイジングハート。エクセリオンモード」

「バルディッシュ。ザンバーフォーム、お願い」

互いの手に持つデバイスの、フルドライブモードを起動。

あとは二人の魔力を、ロストロギアにぶつける。

ぶつけて強制的に、停止させる。



言葉を交わさずともわかりきった作業のために、

二人が黙ってデバイスの先端──フェイトは閃光の大剣の切っ先を、なのはは黄金の長槍の穂先を、


ロストロギアに向けようとしたそのとき。

「え!?」

「何!?」

宝石が突如として輝き出す。

どこまでも深く蒼いブルーに。



「暴走!?いや、違う……!?」

「なん、なの!?」

青き光が、広大な部屋の中を満たしていく。

次第に視界はそれだけで埋め尽くされ、何も見えなくなり。

目がつぶれてしまいそうな光量に、二人は目を閉じた。



「っく……」

「おさ、まった?」

時間にすれば、ほんの数十秒に満たない時間であったのかもしれないが、

それはとても長い時間であったように思えた。

なのはとフェイトは強い光を見すぎてくらくらする頭を押さえながら、

ようやくのことで目を開けて立ち上がり。



「「────え?」」



それを、見た。



宝石の安置されていた祭壇、それを二人の立つ位置から、挟むようにして膝を折る、一体の灰色の巨人。


いや。

正確に言えば、青や赤のカラーリングを失い、次第に灰色になっていく巨人の姿が、

天井にも届きそうなその巨躯を彼女達の前に晒していたのだから。



「なに、これ……?」

「わからない。傀儡兵?」

「───っていうより、ロボットみたい、かも……」



物言わぬ、ほんの一歩たりとも動かぬ巨人を前に。

なのはとフェイトは呆然と立ち尽くすしかなかった。

中に人が乗っているなど、思いもよらなかった。