Seed-NANOHA_129氏_第06話

Last-modified: 2007-12-23 (日) 02:00:58

「これでいいのか?」

署名を終えた書類を手渡しながら、シンが言った。

局のほうに呼ばれ、シャマルとともに来たはいいが、

彼女から案内を引き継いだなのはと共に通されたドック前の控え室にて

数十枚に及ぶ書類に彼はサインをさせられる羽目になった。



ようやく最後の一枚にサインし終えたところである。

受け取ったなのははぱらぱらと一通り書類に目を通すと、

控えているクロノに頷いてみせる。

それを受けたクロノは、彼女の差し出す書類をフォルダにしまい頷くように頭をさげた。



「OKだよ、クロノくん」

「わかった。すまないな、きみに手伝わせて」

「ううん。エイミィさんもフェイトちゃんも別の仕事入ってるんだし。 

 ユーノくんのところにも行こうと思ってたし、このくらいでよければ」

「いや、助かる。ユーノにさっき送ったデータの件、よろしく言っておいてくれ」

「はーい」



小さくシンとクロノに手を振り、部屋を辞していく彼女を見送ると、

彼はシンへと振り向いた。

「さて、シン」

「おう」

「これで君は一応何をしようと自由だ。これといって局から呼びつけることもない。ひとまずお疲れ様」

過剰な多次元への干渉をしなければだが、と条件付けて言うクロノ。

やれやれと、シンは少しばかり緊張を和らげた。

堅苦しいのは、どうも苦手だ。

「きみのやってきた次元座標がわかるまでは、好きに暮らしていてくれ」

あとはひたすら、待つだけである。





魔法少女リリカルなのはA’sdestiny



第六話 烈火の将と赤き瞳(上)





好きなように暮らしてくれ。

なるほど。

それは素敵な言葉だ。

慌ててどうなるものでもないし、精神衛生上ゆったりと暮らすべきだろう。



だが。



「はやて、俺の着替えは───……」

「シャマルに訊けばいいだろう、主はやては部屋だ」

「っぐ」



約一名の女性との関係性のおかげで、なんともぎすぎすしたものとなっていて。



「……なんなんだよ、ほんとに……」

「なにか言ったか」

「いーえ!!なにも!!」



例えば、食事の最中にはやてと談笑しているところを釘を刺されたり。

例えば、いい匂いに気付いて料理をしているはやての手元を覗こうとしたところに、

光速の勢いで竹刀が眼前に振り下ろされてきたりで。



「俺、なんか悪いことしたか?はやてを守ろうとしてるだけ、つったって」

あれは異常だぞ?

部屋のベッドに寝転がって、溜息をつく。

とんとんとん、と階段をあがってくる足音が聞こえ、シンの部屋の前で止まる。

音の大きさからしてヴィータかな、と思っていると、案の定の声がドアごしにくぐもって響いた。

「シン、いるかー?」

「ああ、いるよ」

「ゲームしよーぜ、ゲームー」

「またかぁ?」



一日何時間やってるんだ。

昨日だってやりすぎでシャマルとはやてからこっぴどく雷を落とされていたというのに。

呆れた声を返すと、断りもなしにヴィータが入室してくる。



「いーじゃん、やろーぜ、やろーぜ」

「……まあ、いいけどさぁ」

「んだよ、元気ねーな」

「そりゃあーな。シグナムさんがなぁ……」



頭を掻き毟るシンに、きょとんとした様子で首を傾げるヴィータ。

彼女には二人の緊張した状態が伝わっていなかったようだ。

「なんだ?シグナムと仲悪いのか?」

「……見て気付いてくれ、それは……」

「なあなあ、なんでシグナムと仲悪いんだよ?」

「俺が知りたい」

「仲良くしないのはだめだって、はやてが言ってたぞー」

言ってた、と言われても。

こちらを一方的に敵視しているのは、あちらのほうなのだが。

(……あれ。一方的に嫌ってる?これってなんか身に覚えがあるような……)



深紅の機体。銀色の徽章を胸につけた年上の青年のことが頭に浮かぶ。

(……そっか)

まだ、袂が分かたれる前。

オーブからザフトに戻ってきたアスランに対して自分がとっていたのも、

こんな一方的な嫌悪だったっけ。



思えば、色んなことがあったものだ。



インド洋での戦い。

ガルナハン攻略戦。

けっして数は多くはなかったが、彼とともに駆けた戦場は苦しいながらも充実していたように思う。



そういった評価を下せるのも今自分が戦から遠い世界にいて、過去の自分を思い返す余裕ができたからで。

当時の自分だったらそのように感じていたことに気付いた瞬間、自分を罵倒していただろう。



(なのに、なんでなんだよ。……アスラン)



考えに没入していく彼に、幾度かヴィータが話しかけていたが、シンはそのことに気付くことなく。

つまらなそうに頭の後ろで腕を組むと、シンが思考から戻ってくる前に彼女は部屋をあとにしたのだった。



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「ふーむ、それは問題やね」

「だろ?」



キッチンでは、はやてがシチューの鍋をかき回しながらヴィータの話を聞いていた。

はやて自身も薄々感じ取ってはいたが、家長として家の中に存在する不和を、放ってはおけない。

「うし、ほんなら私らが一肌脱ごうか」

「ってーと?」

「シンさんとシグナムを、仲直りさせるんや。ごっつ楽しいこと一緒にすれば、

 きっと二人の仲も、こっちが心配せんでもええくらいにようなる」

「ほんと!?どーやんの!?」

目を輝かせてぴょんと飛び跳ねたヴィータの鼻先に、はやてが意味深に指先をつきつけて言った。



「シグナムのいっちゃん楽しいことゆうたら……もちろん、お風呂やろ?」



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「はぁ……」



立ちこめる湯気が視界を多い、彼女の心地よい吐息を吸い込んでいく。

両手で湯船から水をすくって顔を洗うとそれは一日でもっとも、満ち足りた時間となる。

「……」



風呂は良いものだと、シグナムは思う。



特に今日のように剣道場で小さな子供たちやひたむきに強くなろうとする剣道少年といった、

格下の腕の者たちに指導を施してきたあとは。

気疲れが、すっと癒されていくのを感じる。

この感覚が、シグナムは好きだった。

至福と言っていいかもしれない。



『────!!』

「?」



と、不意にその快い感覚が邪魔をされる。

脱衣場のほうから、騒々しい物音と、人の気配がしたからだ。



「……?」



覗き?いや、そんなものがこの家に侵入できるわけなどないし。

気配が複数ということは、ヴィータとはやてであろう。

シグナムは一瞬身構えた警戒を解き、浮かせかけた腰を、再び湯船の底に下ろす。

「───って。騒がしいな。何事だ?」

「あ、シグナム。ちょっとええか?」

やはり上がって確認すべきだろうか。そう思ったところに、

摩りガラス越しのはやての声が届く。



「は?ああ、はい。なんでしょう」

「わたしらからの、お届けものや。たーんと受け取ってや」

「は?」

 『やめ!!やめろ!!ザフィーラ、お前まで!!頼む、やめて!!』

  『……すまん』

重なって、騒々しいやりとりがシグナムの耳にも入ってくる。



一体、なんなんだ。彼女が首を傾げた、その時。



「がんばってねー♪」

「……許せ、シン・アスカ」

「うわあああぁぁっ!?やめろおぉぉぉっ!?」

「!?」



浴場の引き戸が、勢いよく開かれて。

全身をバインドで縛られた涙目の海水パンツ姿のシン・アスカが、

シャマルとザフィーラ(人間体)の手によって、浴槽の中に派手に放り込まれたのであった。



呆然とシグナムは、顔面にかかった水しぶきも拭わず、

水中に落ちた少年を見下ろしていた。



つづく。