Sin-Jule-IF_101氏_第19話

Last-modified: 2007-12-26 (水) 20:41:23

「まったく迷惑極まりない話だ」

 

 ようやく現れた標的を追わんとするときに下った命令は、意気の高まったジュール隊
に脱力と苛立ちを与えるものだった。
 DSSD――深宇宙探査開発機構が開発した新型MSのテスト起動を行うのに、是非
ともザフトの力を借りたいとのことだ。ミネルバの航行できない今、地球圏内で自由に
動ける部隊はジュール隊しかない。

 

「でも、何故ザフトに」
「もう連合に断られちゃったんだろ? で、うちが二番手」

 

 シホが口にした疑問をディアッカが茶化す。直後に睨まれディアッカは肩を竦めた。
 シンは思案する。OSの改善が行われた今、MSの操縦という点においては既にどち
らにおいても優位性は存在しない。即ち連合に手が回っていないのは、DSSDには都
合の悪いものがあるからに相違ない。

 

「断ることは可能だ。あくまでも任意であって強制というわけではないからな」
「行きましょう」

 

 イザークの口ぶりは拒否の意思を多分に含んでいたが、シンは構わず断言する。

 

「ほう? そう言う理由を聞かせてもらおうか」

 

 言ってから機嫌を損ねるかと思ったシンだったが、イザークは逆にその答えに興味を
示していた。困惑して他の二人に目をやれば、ディアッカもシホも似たような視線をシ
ンに送っている。彼らもシンが任務の履行を阻害する依頼を受けた理由が気になったら
しい。

 

「連合に依頼しなかった理由があると思うからです。例えば、知られたくないことがあ
るとか」
「知られたくないことだと?」
「あくまでも俺の勘ですけど、その新型に連合が興味を持つような機能があるとか」
「ふむ。お前たちはどう思う?」

 

 イザークは視線を残りの二人に移した。連合にとって有益な何かがあるならば、ザフ
トにとっても同じように有益なはずだ。シンと似た感想を抱いていたシホは是を唱え、
むしろ民間の新型MSに興味のあるディアッカも同じ答えを示す。
 隊長はしばし考え――、一つの結論を口にした。

 

 当日、シンは早くも言い出したことを後悔した。
 DSSDは中立の民間組織だ。危険を孕んだMSテストとはいえ、そこに多くの軍人
を送り込むわけには行かない。シンは架空の企業からの派遣という形でたった一人でD
SSDに赴くことになった。

 

「言い出しっぺが行くのは当然でしょう」
「貴様はインパルスの時もテストパイロットをやったのだろう?」
「心配するなよ。インパルスは大事に預かっててやるって」

 

 特に最後のが危ない。そういえば以前にもブラストシルエットに興味深々だった。部
隊に帰ってきたらインパルスはブラストに完全に固定されているのではないか。そんな
妄想が一瞬浮かび、シンはひとり苦笑いした。
 とはいえ、命懸けの戦闘の日々に比べて格段に気楽な任務なのは変わりない。気難し
い上司もいなければ、どこかズレた日本舞踊を踊る先輩もいない。思考を転じてみれば
静かに過ごすのにもってこいの環境が提供されたようなものだ。相手が民間機ならば、
軍のMSのテストよりも遥かに楽だろう。

 

「DSSD惑星探査MS開発部門、セレーネ・マクグリフよ。協力、感謝するわ」
「同じくソル・リューネ・ランジュです。勉強させてもらいます」
「あ、……ジュール隊、シン・アスカです」

 

 シンは一歩遅れて挨拶に応じる。出迎えに現れた二人は、思っていたよりもかなり若
い。シンは偏見は持っていないつもりだったが、ステレオタイプな老人か、もしくは気
難しい中高年の技術者の姿を想像していただけに呆気に取られた。コーディネーターな
らば、若くして高度な技術を使いこなす人間も珍しくはない。事実、セレーネもソルも
整った容貌の持ち主だ。
 少ない言葉の中に引っかかりを感じ、その場でそれを口にする。

 

「勉強?」
「ええ、ソルは401、今回テストに使うMSのテストパイロットなの」
「でも機体の強度を測るとなると、さすがに一人じゃ負担が大きいらしくて」

 

 ああ、とシンは頷く。合点がいった。要するに、乗り手に大きな負荷を与えるレベル
のテストを行うということだ。テストパイロットが一人ではもしもの事態が発生した場
合に対応ができない可能性がある。MSに慣れた強靭な軍人が控えているのならば、心
強いことこの上ないだろう。
 口ぶりから判断すると、シンではなくソルの方が補欠なのだろうか。操縦技術を期待
されていると思えば、悪くない心地だった。

 

「いいですけど、壊れても文句は言わないでくださいよ」

 

 シンはMSドッグまでの道すがらザフトになぜ協力を要請したのか尋ねる。

 

「DSSDは地球連合ともプラントとも相互協力関係にある、だけじゃ不十分ね」
「こっちで実験をするなら連合に協力してもらった方がよっぽど安全ですよね」
「あら? じゃあ君は危険なのかしら?」
「え?」

 

 思わず目をぱっちりと見開いたシンに、セレーネは「冗談よ」と軽く笑って流す。
 途中の強化ガラス張りの渡り廊下から外を見れば、赤と白を基調としたMSが何機か
並んでいる。宇宙服をアレンジしたかのような奇抜な装甲は、シンの記憶にはないもの
だった。

 

「連合ともザフトとも違う……」
「ええ。シビリアンアストレイと呼ばれる機体よ。DSSDの最大戦力ね」
「もしかして俺が乗るのってあれですか?」
「いえ、あれはもう完成品。もとはオーブの機体だったのを譲ってもらったらしいわ」

 

 シンはオーブという単語に思わず身を固める。幸いセレーネは気に留めていないよう
だった。現在のオーブがプラントの敵であるからだろう。
 数分後、着いた目的地でシンは言葉を失う。
 ライトアップされた全身を覆う純白の装甲の上に、血管のような黒いラインが全身を
走っている。背負った巨大な“円”は、御伽噺にでも出てきそうな神や天使を連想させ
た。そこにあった機体はMSというにはあまりにも美しく、また異形だった。

 

「GX-401FW “スターゲイザー”」

 

 シンは口の中でセレーネが呼んだその名を反芻する。星を見上げる者の名は、その機
体にぴったりだと思えた。小さく身震いするシンに、セレーネがさらに声をかける。

 

「さっきの質問に答えましょうか。この子には、他のMSと絶対的に違う点があるの」

 

 DSSDは連合やプラントから技術、資金の提供を受ける代わりに、開発成果を両者
に報告する義務をもっている。その中で、MSに搭載できる学習型AIの開発に、連合
は大きな興味をもっていた。そのAIユニットに唯一対応できるのが、目の前のスター
ゲイザーである。
 この学習型AIに無数の戦闘データを蓄積させれば、最強の殺戮マシーンとなるだろ
う。ザフトに協力を求めたのは、AIは対象を知覚する次世代のドラグーンシステムに
端を発するためだ。すでに存在する機構ならば、奪われる心配もない。
 いわば、これは子供の教育だ。シン・アスカに課せられた任は極めて重い。
 亡き妹の面影が、脳裏を掠めていた。

 
 

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