Sin-Jule-IF_101氏_第23話

Last-modified: 2007-12-26 (水) 20:42:20

 スターゲイザーのテストは、その後は驚くほど何もなく順調に進んでいった。負傷者
こそあるものの、幸いにして死者は一人としていない。DSSDの中には生命を省みな
いものだったと批判的な声もあったが、言う通りにして助かったという保障もない。そ
のため、シンの判断は概ね正しかったと判断されている。
 その日もソルは自室で首を何度もかしげながらディスプレイと向き合っていた。ファ
ントムペインの襲撃以降、スターゲイザーから言葉らしい言葉の一切は発せられたこと
はない。四語だけの言葉をセレーネをはじめとする技術者たちに相談もしてみたが、有
り得ないと簡単に判断されて終わった。
 あれは幻だったのだろうか、ソルは結論付けることができないでいる。

 

「今日もデータ入力だけか?」
「仕方ないだろ。誰のせいで怪我なんてしたんだ」
「……悪かったな。荒っぽい操縦で」

 

 ソルの部屋に訪れたのはテストの終わったシンだった。
 戦闘後のソルはMSのシートに座ることを止められていた。原因は先の襲撃だ。一方
のシンがピンピンしているあたり、やはり鍛え方が違うと言うことらしい。本来ならば
最も近い場所で教育に携われたのに、とソルは口を尖らせていた。複座型の後部座席は
今ではすっかり空きシートになってしまっている。

 

「セレーネさん、どこにいるかわかるか? MSのことで相談があったんだけど」
「あれ、司令部にいなかった?」

 

 ソルは意外そうな声色で質問を返した。ソルの記憶にある限りでは、セレーネは他の
研究を抱えている時でさえ、必ず機体テストに立ち会っている。テストもほぼ終わろう
としているとはいえ、放任するとは考えにくい。
 特に思い当たる場所もなく、ソルはシンの話の方に興味を移した。
 
「ところで、MSの相談って?」
「ああ、ヴォワチュール・リュミエールって他のMSにも搭載できないかって」

 

 シンの言葉を聞き、ソルは顔を曇らせた。学習型AIとは別物とはいえ、DSSDの
技術を戦争に使われるのには抵抗がある。VLシステムはあくまでも名の示す通り運び
手であって、戦場を駆ける脚ではない。
 それをシンに告げようとしたところで、次の来訪者が部屋を訪ねてきた。現れたのは
捜していた当のセレーネだ。

 

「シン君はこっちにいたのね。ちょうどよかったわ」
「え、俺、ですか?」
「そう。あなたに会いたいって人がいるのよ。来てくれる?」

 

 シンに断る理由はない。わざわざ呼び出すと言えば隊長だろうか、と思いながらもソ
ルに一言だけ告げ、セレーネの後に着いて部屋を出た。

 

「無理ね」

 

 道すがら、シンはヴォワチュール・リュミエールを他のMSでも使えないかとセレー
ネに尋ねてみた。結果は短く断言されたとおりである。セレーネは肩を落とすシンに向
け、簡単に言葉を付け加える。

 

「運用自体は可能よ。ただ、初速のきわめて遅い今のVLをあなたのMSに積んだとし
て、それは役に立つのかしら?」

 

 シンは考える。セレーネの言う通りだ。戦場での動きの鈍い機体がただの的でしかな
いことは、イザークとの訓練で嫌と言うほど身に染みている。
 ならば通常のブースターと一緒に積むならば仕様に耐え得るのではないか。そう思い、
次にそれを口にしてみる。下された結論は全く変化しなかった。二種類の推進力を同時
に発動させれば、それだけ消耗も速くなる。無限の動力を持っている訳ではないインパ
ルスに積んだところで、デュートリオンのチャージ数を多くするだけだろう。さらにミ
ネルバのような精密な照射のできない環境では、速度の高まったインパルスに効率的に
チャージできるとは考えにくい。バッテリーと言う制限がある限り、まともな運用は期
待できそうになかった。
 いい思い付きだと考えていたものが浅はかだったことを思い知らされ、シンはますま
す肩を落とす。その様子を見、セレーネは付け加えた。

 

「発想は悪くないわ。NJCの効いた機体なら戦力にできるでしょうね」

 

 セレーネの言葉が気遣いなのは明らかだった。だからこそ、余計に惨めに感じる。

 

「はあ……、ところで俺に会いたいって人は誰なんです?」

 

 何も考えずに付いて来たが、やけに廊下の照明が暗くなっているような印象をシンは
受ける。こんな印象の場所を、自分は知っている。どこだっただろうかと考えながら、
シンはぼやくように口にした。
 それが営倉だ、と思い当たるまでに時間はかからなかった。
 セレーネは若干頬を引き締め、言った。

 

「あなたと戦ったパイロットよ」

 

 DSSDのMSハンガーで、イザーク・ジュールは半壊したブルデュエルを前に思案
していた。
 完全に取り潰されたストライクノワールとは違い、ブルデュエル、ヴェルデバスター
の二機はまだ機体自体は修復可能な状態にあるらしい。もしも使うつもりがあるのなら
ば修復のおまけつきで引き渡してくれるという。もとは型落ちのMSとはいえ、グフや
ザクを相手に渡り合ったほどに強化された機体だ。興味がないと言えば嘘になる。
 グフに不満があるわけではない。むしろまだカスタマイズの余地があり、機体の性能
を引き出せる領域にある。
 さらに付け加えれば、デュエルには苦い思い出が付き纏っている。感情に任せて民間
の船を撃ち抜いたことや幾度にも渡る敗北、親友と袂を分かち戦ったこと、本国で裁判
にかけられたことまで様々だ。思い返してみて、悪い思い出しかないのではないかと考
えて気分が悪くなった。
 ブルデュエルを選ぶ理由などないはずだった。
 だというのに、イザークはブルデュエルを前に思案する。

 

「よ、やっぱりここにいたのか」
「ディアッカか」

 

 彼もまた、幾度となくヴェルデバスターのもとへ足を運んでいた。興味を示していた
シビリアンアストレイやスターゲイザーのもとへも訪れていたが、最後には決まってバ
スターの前に現れている。気持ちが分からないでもないイザークは、その決まりきった
行動に口を挟むことはしなかった。

 

「スペック、見たか?」
「ああ」
「すっげえよな」

 

 二年もの間があったとはいえ、彼らの知りうる元の機体に比べ、それらの性能は大き
く変化していた。根っこである基本構造こそ変わっていないが、兵装、機動力、稼働時
間などは当時のそれとは比べようもないほど強化されている。時と供に進歩した技術の
力には、ただただ嘆息するしかない。
 一方で乗り手としての自分はどうなのだろうか。仮に強くなったデュエルに乗ったと
して、付き纏っている悪い思い出を払拭できるほどに戦えるのだろうか。
 ひしゃげたブルデュエルの無機質な瞳は答えない。当たり前の話だ。同じ姿をしてい
ても、かつてともに戦い抜いた愛機とは別の機体なのだから。

 

「俺は乗るぞ、こいつに」
「ああ?」

 

 急に宣言され、ディアッカは少し戸惑う。直後、愉快そうに唇の端を吊り上げた。
 考えは、同じだ。

 

「さっそく報告と手続きだ。ついて来い、ディアッカ!」

 

 颯爽と、かつ居丈高にイザークは歩を進める。

 
 

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