Sin-Jule-IF_101氏_第26話

Last-modified: 2007-12-26 (水) 20:43:10

 幾日か経った後、ジュール隊に新たな指令が通達された。内容は以下のとおりになる。
 旗艦ミネルバに合流し、合同で作戦を遂行すること。尚、アスラン・ザラ追討の任務
についてはこれを最優先事項とし、現れた場合にはいかなる状況においてでも行うこと。

 

「複雑そうな顔だな」

 

 ブリーフィングの後でディアッカはシンに声をかけた。無理も無いか、と返事を聞く
よりも先にディアッカはうそぶく。ジュール隊をミネルバの救援に回すということは、
ザラの一派を追うに当たっての効力を発揮していないと見なされたからだ。地球で幾度
かジャスティスの姿は目撃されたが、ジンを引き連れたジャスティスはいくらか戦闘に
参加してはすぐに消えていく。地球でのザフトの力を借り捜索したが、それ以上の詳細
は未だ掴めずにいた。
 シンが不満に思うのも無理からぬことだった。広い地球のどこに潜んでいるのかも分
からない相手に対し、こちらの捜索能力は限られている。さらには連合という操作の妨
害までいる始末だ。条件は最初から不利なのだ。理不尽極まりない。
 一方で、今のシンは理不尽な指令の理由をある程度は納得できてしまう。戦場は常に
変化し続けるものだ。こうしている間にも、どこかでは新しい武器が生まれ、別の場所
ではそれを扱う人間が消えていく。プラントのもつ戦力を自由に投下できるわけではな
い以上、使える力を遊ばせるのがいかに非効率かは考えるまでもない。

 

「俺たちがミネルバに協力すれば、戦いは少しでも早く終わるんですよね」
「ま、ここらでブラついてるよりはマシだろうな」
「だったら……」

 

 行くしかない。拳を固め、シンは一度だけ強く瞼を閉じる。
 戦力はMSたった四機。数にしてみれば取るに足らないものだが、ジュール隊の持つ
名前の重みは少なからず敵味方に影響することだろう。同じく少ない戦力で奇跡的な快
進撃を続けているミネルバにとって、それは大きな力となる。
 それでもシンが釈然としない表情でいるのを、ディアッカは見逃さなかった。かつて
シンに昔のイザークの面影を見ただけに、その顔の表す意味をディアッカは嫌でも見抜
いてしまった。

 

「イザークのことなら、気にしなくていいぜ」
「え?」
「たぶん、あいつも割り切ってる。俺たちは二度と命令に逆らえない立場だしな」

 

 イザークがアスランを追うことにどれだけ集中しているのか知っているだけに、シン
は素直に喜ぶことができないでいた。
 仲間との再会を目の前にしているというのに、心は全く躍らない。隊長が抱えている
であろう無念さ、敵である連合のもつ闇の部分、新しく知ったことが次々にシンを絡め
取り、どうしていいのかわからなくさせた。冷静にして聡明な友ならば、飛来する疑問
の一つ一つに適切な解を与えることができたのだろうか。
 シンが知恵熱で倒れたのは、もう少し後のことだ。

 

 個室とは名ばかりの営倉じみた部屋の中で、アウル・ニーダは深々と溜息をついた。
 ロドニアで捕らえられた彼は、どういう意図があってのことか未だミネルバで過ごし
ている。
 部屋の外に出られるのは検査など医務に関るときだけだ。プラントに引き渡されれば
どうなるかわかったものではないことを考えれば幸運であったのかもしれないが、彼の
性分は元来じっとしていられないものである。一つところに留まるということは拷問に
近い。
 外に向けて何度も叫んでみたり、検査の時に暴れたりなどは既に試みた。アウルが何
事か起こせば、いけすかない金髪の赤服が真っ先に動き、取り押さえる。まるで全てが
決まりきっているかのように鮮やかな動作の流れは、何度味わっても見切れそうにはな
かった。バスケットボールでの勝負だったら、彼はさぞかし嫌なディフェンスをしてく
れることだろう。暇潰しに脳内でいくらかシミュレートしてみたが、自分が万全のコン
ディションだったとしても確実に勝てるとは思えなかった。負けを一瞬でも意識してし
まい、頭を大きく振ったのは嫌な思い出だ。

 

「つまんねーの」
「敵の軍艦に楽しみを見出そうとするのもどうかと思うがな」

 

 独り言をぼやいたつもりがドアの向こうから声が返ってきて、アウルは思わず背筋を
伸ばした。聡明なレイ・ザ・バレルの視線がドア越しに突き刺さる。それが錯覚だとは
理解していたが、それでも気分のいいものではなかった。
 気勢を削がれぬよう、アウルはふたたび腹の底に力を込めた。

 

「また検査? それともただの監視? だったらずいぶん暇なんだな。ザフトって!」

 

 悪態をついてみたものの、本心では密やかに心は躍った。アビスを奪った時に不意打
ちとはいえ何人ものコーディネーターを死に追いやったというのに、レイには何度も組
み伏せられている。検査のたびに飛び掛るのは、短い期間ながら習慣の一つと化してい
た。派手好きなハイネなどは逆にはやし立てている始末だ。

 

「今度こそ僕が勝ってやるッ!」

 

 敵の仕事の事情なんてどうでもいいけど。心の中で付け足して、アウルは膝を浅く落
とした。舌なめずりをする欲求は、強敵を欲して鼓動を鳴り止ませようとしない。
 鍵を開けた瞬間が勝負だ。強化された聴覚はドアロックの解除を素早く拾い上げる。

 

「攻撃の宣言はしないほうが効果的だな」

 

 レイが扉を空けた瞬間に突進したアウルだが、素早く足払いをかけられ盛大にすっ転
んだ。鼻から床に激突し、鉄の味が嗅覚から脳に侵入した。痛みよりも呼吸の苦しさか
ら鼻血が出たと認識したが、時は既に遅かった。倒れている間に腕は捻り上げられ、下
手に抵抗でもしようものなら激痛が走る。その絶妙な力加減は、同時に相手に力量差を
叩き込むのに十分な威力だ。
 ミネルバの機体に変化が生じたのは、その時だった。アラート音が響き、レイは思わ
ず力を緩める。
 アウルは、その隙をついて逃げ出した。

 

「あれは!」
「ミネルバ……?」

 

 現れた謎の艦に、ミネルバのクルーたちは全員混乱した。自分らの乗る戦艦と全く同
じ型の戦艦が前方より迫ってくる。艦長のタリアもFAITHのハイネも目を見開いた
まま僅かの間驚愕し、硬直する。
 そのミネルバと同じ戦艦は、見た目の点で一つだけ違う点があった。ミネルバの外部
装甲が白と赤を基調としているのに対し、謎の戦艦は黒いラミネートを施している。
 アーサーの大仰なリアクションに自分を取り戻したハイネが真っ先に正体不明の艦へ
の通信を命じた。仮に参加するジュール隊のものだったとしても悪い冗談だ。デュート
リオンのシステムを連合が解明したのかとも思ったが、だとしてもミネルバを模す必要
はない。

 

 艦橋のモニターから現れた顔は、誰もが想像していないものだった。誰ともなく、現
れたものの名を呼ぶ。

 

「アスラン・ザラ……」

 

 黒い戦艦、名を『パトリック』。以前に宇宙でジュール隊と戦った折、アスランたち
が逃亡に使ったのがこの戦艦である。その時は未完成だったために逃亡にしか使用でき
なかったが、地球での隠密活動はこれを完成させるのに十分な時間を与えていた。
 やられた。ハイネはアスランが囮だったことを読み取り、唇を噛む。ジャスティスが
度々戦場に現れていたのは、パトリックの完成を隠すためでもあったに相違ない。核動
力に加えて陽電子砲まで敵にあるとしたら、脅威どころの騒ぎではない。滲む汗を拭う
こともせず、ハイネは画面を睨みつけた。

 

『ミネルバに告ぐ。今すぐMS戦力をこちらに引渡し、地球より撤退せよ』

 

 画面の向こうのアスランは表情を崩さずに言葉を述べる。断ればどうなるかを述べな
いのは、余裕の表れだろうか。そう考えて、ハイネはふと気が楽になるのを感じた。
 ユニウスセブンの時と今とでは、根本的に事情が違う。

 

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」

 

 ハイネが視線をやると、タリアも同じく不敵な視線を返す。考えは同じようだった。
 MSを要求するということは、敵は未だジンを主力としている可能性が高い。ジャス
ティスだけが突出した戦力ならば、勝ち目のない戦いではない。

 

「レイとルナマリアに出撃用意を!」
「グフの整備は終わってるんだろうな!?」

 

 迎撃。それがミネルバの答えだ。

 
 

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