Sin-Jule-IF_101氏_第31話

Last-modified: 2007-12-26 (水) 20:44:34

 焼けた空気が一瞬にして静まり、凍てつく。出鱈目な広がりを見せていた戦線は、そ
の瞬間だけは動きを止めていた。敵も味方もない瞬間の中、GFAS-X1――デスト
ロイと名付けられた破壊の権化は頭部の口部分から巨大なエネルギーを放射した。
 五十メートルをゆうに超える“それ”は人を乗せる通常のMSさえも小人に見せる。
空を制するバビやディンが爆弾を落とし、鉄の雨を降らせた。地を駆けるバクゥHが飛
び掛り、ザクがビームを次々に打ち込み、グフが隙間を縫って鞭を振るう。戦艦とて無
事には済まない砲火の中、デストロイは虫でも払うかのようにのっそりと腕を動かした。
その指先から光が放たれるたび、MSが撃ち抜かれ爆風が飛ぶ。
 撃てども巨兵は倒れず、逆に巨兵はただの一薙ぎでいくつもの命を奪った。漆黒にし
て強大なその姿は、さながら、

 

「悪魔だ……」

 

 誰ともなく呟いたその一言が、水面に落とした雫のごとく全体に広がる。いくらコー
ディネーターが優性の種であろうとも、ヒトの身であることには変わらない。ただの一
言が抑制されていた恐怖を業火のごとく燃え上がらせ、銃を持つつわものに次々に怯え
を抱かせた。
 デストロイは進行方向を逆に変えたバクゥを踏み潰し、ザフトのMS群へとゆっくり
と進む。背部に背負った円盤からはミサイルの嵐が吹きすさび、胸部の三門の砲口はM
Sを消し飛ばす大口径ビーム砲を放出した。

 

「くそッ! 貴様ら、怯むなッ!」

 

 リトラクタブルビームガンの連射を浴びせながら、イザークは引け腰の味方に対し腹
の底から怒号を飛ばした。恐れられてはいるが、敵がMS、もしくはMAであることに
違いはない。ヒトの創り出したモノならば、他のMSでも条件は同じだ。
 ヴェルデバスターの強力な砲撃が援護し、装備をガナーに切り替えたザクウォーリア
のオルトロスがそれに続いた。小山が倒れる気配など一向にないが、ジュール隊の勇士
は隊長の闘志を他の誰よりも理解していた。
 地にいるジュール隊の面々はデストロイの両の足に狙いを定めた。その巨体ゆえに、
脚を崩せばデストロイは自重で自滅する。下手に飛び上がってコクピットがあるであろ
う胸部を狙っても、三門のビーム砲の格好の的になるしかない。超重量を支えているだ
けに強度も高いであろうが、脚を狙うのがもっとも効果的だとイザークは判断した。

 

 シンは上空でウィンダムの相手をしながらデストロイの猛攻を観察していた。火力ば
かりに目が行きがちだったが、距離を置くと一つの事実に気付く。

 

「あいつ、足元が見えてないのか!?」

 

 逃げ切れないMSは踏み潰されているが、他の被害は火力によるものばかりだった。
胸や頭部の兵器群は威力こそ大きいが、構造的にそれが足元に向くことは無い。
 サイズの格差は戦う相手に脅威をもたらすが、同時に弱点も生み出している。シンは
即座にイザークたちに通信を繋いだ。

 

「そうか。貴様にしては上出来だ」

 

 サブモニタの先のイザークは不敵に笑った。勇猛なる三機のMSが、デストロイに向
けて突進する。

 

 地を駆けるガイアのコクピットから、スティング・オークレーは舌を打った。視線の
先にあるのはもともと彼の愛機だったカオスの残骸だ。逃げ惑うザフトのMSの間を縫
い、装甲を灰色に染めたそれに向かって駆け抜ける。

 

「何やってんだよテメェは」
「おお、スティングか。助かった」

 

 亀裂の入った仮面から飛び出した声は、戦場の真っ只中だというのにのんびりしてい
た。スティングはもう一度舌を打ち、鋼の四足獣の背にカオスを乗せる。

 

「すまんな、手間をかける」
「人の死んだシートになんか座りたくねえだけだ」

 

 ぶっきらぼうに言い放ち、ガイアは元来た道を戻った。セカンドステージが戦線を離
れるのは好ましいことではないが、デストロイに任せておけば大丈夫だろうとスティン
グは判断する。中には逃走するガイアを狙うMSもいたが、ガイアはビームブレイドを
振るい、それらを退けた。
 撤退など彼の望むところではない。戦況が優勢に傾こうとしている状態では尚更だ。
 何かが足りない。欠け落ちている。それが埋まっているならば、カオスを貸してやる
こともなかった。募る違和感は、スティングをさらに苛立たせる。
 その苛立ちを全てぶつけられるような、強い敵が欲しかった。

 

 シンは逃げ回りながらも、少しずつ敵を散らしていた。できるだけウィンダムに近い
距離に位置し、デストロイからの攻撃を抑制する。敵を引き連れては巨大な頭に射撃を
見舞い、攻撃のチャージが始まると見れば踵を返し敵陣に突っ込む。敵を苛立たせ、デ
ストロイの意識をインパルスに向けさせるのがシンの狙いだった。
 雨あられと降り注ぐミサイルは回避とPS装甲で十分にカバーでき、口や胸、指先か
らのビームは前動作と口径が大きいゆえに射角を見切りやすい。命懸けではあるが、自
分ならばやれるとシンは確信していた。

 

「……おまえ、うるさいッ!」

 

 デストロイが腕を前方に向けた。両の腕が飛び、片方がインパルスを追う。

 

「って、なんだよそれッ!」

 

 予想外の反撃に、シンはインパルスのスラスターの出力を更に上げた。ウィンダムを
巻き込むことを厭わず、飛行する手先はビームを乱射する。
 逃げるシンが次に気付いたのは突撃したイザークたちのことだ。オールレンジの攻撃
が可能ならば足元すら死角ではない。

 

「隊長! こいつ、ドラグーンを!」

 

 繋がってるかも確かめず、シンはモニターに向かって叫んだ。
 刹那、戦線とはまったく別の方向から五色の光の束が奔る。天よりの一撃が悪魔の手
を撃ち落し、それを放った一機のMSは、仄暗い天空で青き翼を広げた。

 

『こちらフリーダム! これよりザフトを援護します!』

 

「援護だと!? 貴様、どういうことだ!」

 

 イザークは、ザフトに友軍信号を発信するフリーダムに向けて真っ先に叫んだ。助け
られながらも居丈高な態度にディアッカは苦笑し、並ぶシホは怪訝な表情を浮かべた。
 耳をつんざくようながなり声にも表情を崩さず、最強のパイロットであるキラ・ヤマ
トは静かに言い放った。

 

「説明はあとでします。――ここは僕に任せて」

 

 言い切った時が、フリーダムの猛攻の始まりだった。
 擦れ違うダガーLやウィンダムの翼や腕を次々に切り裂き、銃口を向けたゲルズゲー
は手足を撃たれ動きを封じられ、ザムザザーはMSさえも掴むクローと砲門を潰された。
 フリーダムの攻撃は急所だけをあえて外していた。圧倒的な力量差を見せ付けるよう
な戦い方は、全ての敵の戦意を奪う。一度は萎えかけたザフトの士気は、青い双翼の羽
ばたきによって再び蘇った。
 鮮やかささえ思わせる手腕に、シンは口をぽかんと開けて見入る。いくら無限の動力
をもつフリーダムとはいえ、その手管は自分には無いものだ。スターゲイザーに搭乗し
たときを思い返すが、天災のごとく通り道の障害物を全て薙ぎ払うような速さはどう足
掻いても出せなかった。
 フリーダムがデストロイに向かうのを見、ようやくシンは意識を戻す。俊敏さの一点
ではフリーダムが勝っているが、装甲や火力の面で明らかにデストロイはフリーダムを
上回っている。たとえ最強のMSとパイロットといえど、あの巨大なMS相手では意識
を集中せざるを得ないだろう。

 

 ――即ち、背を撃つことも難しくは無い。

 

 即座にシンは自身の脳裏に浮かんだ邪な考えを捨てるべく頭を振った。ザフトの友軍
として援護をすると現れた者を撃つなど、外道以外の何者でもない。フリーダムとてヤ
キンの戦いを生きて勝った猛者だ。ここで落ちるはずが無い。
 つけるべき決着は、後でいい。
 舌なめずりをする復讐心に、シンは一度蓋をした。
 軍人として、速やかな手順で通信をセットする。インパルスをフリーダムと同じ方向
に向け、デストロイへと照準を合わせた。

 
 

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