W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第35話(3)

Last-modified: 2007-11-11 (日) 13:12:01

 騒動の輪から、一人はずれていたのはシン・アスカだった。
驚くべき事に彼はホテルを移動する最中、未だにテロリストの一人にも出会していなかった。
これは武器を持たない彼にとっては幸運だったが、他の問題もある。
 シンはホテルの構造を知らないし、当然地図も持ってない。
暗闇の中、ほぼ当てずっぽうで進んでいるのだ。
それで敵と遭遇しないのだから、まったく大したものであるが、今、シンの足下にはあるものが転がっている。
 
 死体だった。

「これ、ザフトのSPだよな……?」
 死体を見るのは初めてではない。嫌というほど、脳裏に焼き付いてるものもある。
それでも、慣れるということはないらしい。
 シンは震える手で死体を触り、まだ温かいことを確認する。
「ここで、銃撃戦が行われたのか?」
 死者に悪いと思いながらも、シンは死体から拳銃を奪った。
この近くにテロリストがいるというのなら、少なくとも銃は必要だろう。
 シンが銃を懐にしまおうとしたとき、銃撃音が聞こえてきた。近い。
「近くで、誰か戦ってるのか?」
 音は激しく、数人による銃撃戦のようだった。

 シンは拳銃を構えながら、ゆっくりと音のする方向に歩いていく。
近づくにつれ、銃撃音が小さくなり、代わりに人の悲鳴や、呻き声のようなものが聞こえてくる。
 意を決して、シンは暗闇の廊下に飛び出した。
「うっ――」
 そこは、屍だらけだった。
ザフト兵とも、テロリストとも判らない死体が、無数に転がっている。
よほど激しい銃撃戦だったのだろう。
 シンが銃を構えた方向に、人影があった。
窓のある廊下だというのに、闇夜は相手の姿を視認させてはくれない。
「!?」
 人影が動いた、何かが空を切るような感じがすると共に、シンの腕から拳銃が弾き飛ばされていた。
「手投げナイフか!?」
 見れば、転がる死体には、幾本ものナイフが刺さっていた。
恐らく、ナイフ専門の殺し屋といったところだろう。
 武器を失ったシンを後目に、人影は大振りのナイフを取り出した。
ギラリとした僅かな銀光と、刃物の音が鳴り響く。
シンは、その場に転がっている兵士の死体から、戦闘用の軍用ナイフをもぎ取った。
 
 靴音が鳴り響き、屍を飛び越えるように二人は跳んだ。
ナイフ同士がぶつかり、激しい金属音が生じる。
ギチギチ、ギリギリとナイフの刃を這わせ、火花が飛び散る。
 シンがナイフで斬り裂けば、相手はそれを打ち返し、突き刺さそうと迫り、
それを薙ぎ払えば、相手はそれを受け止め巻き込もうとする。
弾き飛ばし、距離を取ったシンは、相手が恐るべき使い手であることを悟る。
「強い……」
 暗闇での戦闘とはいえ、シンは自分の腕に、ナイフを使った接近戦において自信があった。
彼はアカデミー時代、その実力を持って同級生のトップに立ち、殺しの教官とあだ名されるナイフのフレッドと、
最も強い生徒としか戦わないと評判の教官と戦った経験すらある。
 そんな自分と互角の勝負を繰り広げる、一体どんな奴なのだ?
 気付いたのは、相手の攻撃に重さがないということだ。
素早く撃ち込まれる一撃は、鋭さにおいてシンを圧倒していたが、不思議と重さがなかった。
そのおかげもあって、シンは何とか防ぐことが出来ているのだが、これではまるで……

「えっ――」

 偶然、だった。
 
 シンとテロリストが一騎打ちを行っている、まさにその時。
 分厚い雲の切れ目から、月明かりが、ホテルへと差し込んだ。
 
 僅かな光だった。だが、それまで暗闇にいたものにとっては、それはこの上ない光であり、
 
 そして――少女の姿を映し出す。

「ステラ……?」
 
 光によって映し出される、眼前の敵。
 血濡れのナイフを握りしめ、返り血が飛び散ったのだろう顔は、シンのよく知るそれ。

「……シン?」

 シン・アスカと、ステラ・ルーシェは、たった数時間で再会した。
 
 だが、本人たちはこの再会を、とても喜べそうになかった。

 ロッシェとミーア、そして青年兵の三人は、ホテルから脱出しつつあった。
彼らは非常階段の一つから外に出ることに成功し、今、地面へと降り立ったのである。
「この先に林にグフがある。そこまで行けば、とりあえずは安全だ」
 コクピットには三人も入れないので、申し訳ないが青年兵にはグフの腕にでも乗って貰うしかない。
まあ、ディオキア基地まで行くだけなので、その辺りは大丈夫だろう。
 ロッシェがそんなことを考えながら、辺りを見回す。

 その心配は、すぐにする必要が無くなった。

 無くなって、しまったのだ。

「危ない!」
 突如、青年兵がミーアの前に飛び出してきた。
 
 瞬間、銃声が鳴り響いた。
 
 ロッシェはすぐに音のした方向に銃を向けた。見れば、手負いのテロリストがそこにいた。
「貴様ァァァァァァァッ!!!」
 
 ロッシェが放った銃火は、テロリストを一撃の下に倒した。
 そして、ミーアの方を振り返るが、彼女はしゃがんでいた。
 しゃがみ込んで、倒れた青年兵の手を握っていた。

 胸から血を流す、その手を。

「どうして、どうして!」
 ミーアは泣き、叫び、声を掛ける。
 青年兵は、そんなミーアを、今やうっすらとしか開いていない瞳で、確認する。
「ラクス様……ご無事ですか?」
 ミーアは答えられない。目の前で、彼女が手を握りしめる相手の命が、失われようとしている。
 それが、とても怖かった。
「無事だ。君が、君が守った」
 代わりに、ロッシェが答えた。青年兵は、良かったと呟くと、安堵のため息を吐こうとした。
 だが、口から出たのは血塊だった。
「……何か、言い残すことはないか」
 自分がどれほど、残酷なことをいっているのか、ロッシェは知っていた。
だが、ミーアを守ってくれた相手に対し、せめてこれぐらいはしなければならないと思った。

「自分は……アカデミーを出てません。出世コースなんて、とても縁遠い場所にいて、
 今まで、そういった連中への、意地だけで、生きてきました」
 
 弱々しい、今にも消え入りそうな声。

「だけど、最後に、ラクス様を、ラクス・クラインを守れた。
 守って、死ぬことが出来る。うれ、しいです」
 
 その言葉に、ミーアは顔色を変えた。
「違う、あたしは……あたしはラクスじゃない。あたしのためになんか、死んじゃ、死んじゃダメよ!」
 
 衝撃の告白のはずだった。だが、死に行く青年兵は、全く動じていない。

「……例え、貴女が何処の誰であろうと、貴女の平和を訴え、願い、歌う姿は、本物だった。
 それを守れた、だけでも、俺は」

 満足です。その言葉を、最後までいうことは出来なかった。

 青年兵は、ゆっくりと目を閉じ、ミーアに手を握りしめられながら、死んだ。

「ミーア……」
 ロッシェは深い悲しみに心を満たされながらも、彼女に声を掛ける。
 この青年兵は、彼女の正体を知っていたのか? それとも、知らない上で、あの発言が出来たのか。
「ミーア、立ってくれ。そして、歩くんだ。彼が守ってくれた命、無駄には出来ない」
 言われて、ミーアは青年兵の腕を胸の前で組ませると、黙って立ちあがった。

 涙で濡れ汚れた顔には、決意の表情が浮かんでいた。
 彼女は、ロッシェ以外の自分の理解者をはじめて得ると同時に、その場で失ったのだ。
「ロッシェ、あたし頑張る……頑張るから」
 止まらない涙を振り切りながら、ミーアはロッシェと共に駆けた。
 事件は、いよいよ終幕を迎えようとしている。

 ホテルの外で、未だ膠着状態にあるハイネとヨップ。
ハイネはまさか、相手が数時間前にアスランと一緒にいた男だと思ってもいなかったが、このままでは埒があかない。
「オデル……まだか」
 この緊迫した状況、一分が一時間にも感じるなかで、ハイネは賢明に援軍を待った。
 だが、ヨップは、そんなハイネを待ってはいなかった。
「なっ、ホテルの外壁を」
 ヨップはディンレイヴンの手で、ホテルの外壁を崩しに掛かったのだ。
早く止めさせなければ、ホテルは倒壊してしまうが、下手に手を出せば、それを早めるだけである。
「一か八か、斬りかかるしないのか!」
 ビームサーベルを抜き放つハイネ、それに気付き、ホテルへの攻撃を強めようとするヨップ、

 その両者を、

「うぁっ!?」
 
 悲鳴を上げたのは、ヨップの方だった。
 突然、目の前のセイバーとは全くの別方向から攻撃を受けたのだ。
「な、なんだ」
 攻撃が来た方向を見ると、凄まじい勢いで、モビルスーツが一機、突っ込んでくる。
 
 そう、ロッシェ・ナトゥーノがグフへと辿りつき、ハイネの援護をしたのだ。

「こ、この!」
 ヨップはディンレイヴンのライフルを向けるが、グフから飛び出したスレイヤーウィップに絡め取られ、破壊されてしまった。
 ヨップはそのあり得ない出来事にまた動揺し、恐怖を憶える。
「何なんだよ、こいつは!」
 機体を動かし、急速上昇させる。こうなったら逃げるしかない。
ステルス機能をフル活用し、この場から逃げ切るしかない。
 
 しかし、それが実現することはなかった。

『逃がすか!』
 ロッシェとハイネは、ほぼ同時に叫んでいた。
 ロッシェは機体を上昇させ、逃げる敵の足にスレイヤーウィップを絡ませた。

「貴様さえ来なければ、死なずに済んだ者がいたのだ! その罪、命を持って償え!」

 勘違いであったが、ヨップは十分今回の事件に関わり、原因の一つとなっている。
「くそ、離せ、離せよ! 俺は、俺は――!」
 こんなところで終わる人間じゃない。
 未だにそんな自意識過剰なプライドを振り回すヨップに、
「テメェもこれまでだぁっ!」
 それを真っ向から打ち砕かんとするハイネのセイバーが迫り、二刀のビームサーベルによって斬り裂かれた。
 ヨップは、最後まで自分の正しさ、優秀さを信じて、死んだ。
 今宵起きた事件の、幕切れの一つだった。

 

 
 大きな衝撃音と爆発音が、今度はホテルの上空で起こった。
 だが、そんなことも、今この場で対峙する二人には聞こえない。

「ステラ……どうして君が……テロリスト?」
 分けが分からなかった。つい数時間前に知り合い、語らった少女。
 守ると誓った少女が、目の前にいる。
 それも、血濡れのナイフを握りしめて。

「シン、軍人、なの?」
 ステラもまた、混乱していた。自分を守ると、はじめていってくれた少年。
 初対面だったが、好意を持った少年が、目の前にいる。
 ザフト軍の、赤服を着て。
 
 二人は動かない。いや、動けなかった。目の前の状況が、理解できない。
判っているのは、先ほどまで自分たちはナイフで殺しあいをしており、今はその続きということだった。

「こんな、こんなことって」
 だが、シンは動くことが出来ない。それどころか、ナイフを取り落としてしまった。
 ステラにしてみれば、シンを殺す絶好のチャンスだったが、彼女もまた、動かない。
 足が震え、動けないのだ。
 
 そんな状況を打ち破ったのは、ステラに届いたスティングからの連絡だった。
『もうダメだ、撤退するぞ! ステラ、周りに敵はいるか?』
 通信機器を持つステラの手は震えていた。目に、涙を溜めながら、シンの方を見てる。
「いない、誰も、いないよ……」
 その声に、若干嗚咽が混じっていたことに、スティングは気付かなかった。
 すぐに脱出しろといい、そのルートを端末に送信して、通信を切った。
「ステラ……行ってくれ」
 シンは、ステラにそう言った。それしか、言えなかった。
「シン……」
「良いから! 早く行ってくれ!」
 シンは俯き、そう叫ぶことしかできなかった。駆け足と共に、ステラはその場を走り去った。
 シンは、グッタリとその場に膝をつき、叫んだ。

「なんで、なんでこんなことに、こんなことになるんだよっ!!!」
 
 涙の混じったその叫びに、答える者は誰も、誰もいなかった。