X-Seed◆EDNw4MHoHg氏 第25話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 13:55:43

第25話「でも、私、後悔したくないの」

デュランダルを乗せたままジブラルタルに到着するまでの間、アークエンジェルではアスランに対する尋問が連日続けられていた。
しかし、ルナマリア及び背景約1名の提出した、キラ達との会話を傍受・録音したテープが完全な決め手となっており、
アスランがスパイ容疑に対して実りある弁解することはできなかった。

「それではアスラン、君は我が軍の情報を集め、それをテロリストであるキラ・ヤマト達に提供すべく、
 ザフトに潜入していた、ということについて何か異論はあるかね?」
「…キラ達を襲わせたのは議長やセイランではないのですか」
「ふぅ、それは何度も言っただろう、私やセイラン代表代行は関係ないと」
「・・・・・・・・」
「何か関係があるのなら証拠を出してくれたまえ。私が、その襲撃に関係していたという証拠を」
「ですが、議長は何かあったらご自分を止めることを私に期待するとおっしゃいました」
「それで私が何かしたのかい?君が繰り返し言っているキラ・ヤマト襲撃のことを
 疑うのは勝手だが、罪がある、というのなら、ある、という側がそれを証明するのが当然のことだよ?
 君がスパイ活動を行なうつもりであった、ということを私が証明してみせたことのようにね」
「ミーアのことはどう説明なさるのですか」
「彼女には核攻撃で過激に報復を求めた市民をなだめて全面戦争となることを避けるため、
そして各地で連合の圧制と命を掛けて戦っているザフトの兵士達を励ます仕事をしてもらっていただけだよ。
 私がキラ・ヤマトやラクス・クラインの命を狙う動機としては弱いのではないかな?」
「・・・・・・・」

アスランは完全にデュランダルに先手を打たれていたことに愕然とした。
確かに彼らにとっては、デュランダルとユウナが黒幕であるという推論が確立していた。
しかし、その推論に合理性があったとしても、それを証明する証拠は何一つない。
他方で提出された会話記録によって、アスランがザフトでキラ達のためにスパイ活動をすべく
アークエンジェルにいたことは明らかとなっている。

「ジブラルタルに到着したら君は裁判にかけられることになる。それまでは独房にいてもらうよ」
「・・・・・・・はい」

アスランは憲兵の手により艦長室から連れ出されていった。
その光景を見ているデュランダルとしては、アスランをもう少し利用したかった。
彼の戦士としての能力の高さは、ザフトの兵士の中でもトップクラスのものであり、
連合及び背後のロゴスとの戦いでその力を使わせたいと願うのは当然のことであろう。

「随分早期に手を打ちましたね、議長。フリーダムのパイロットが生きている可能性が高いからですか?」
「ああ、コックピット部分が発見されなかったらしいからね。専門家の話によると、どうやら
 爆発の衝撃でコックピット部分が大きく吹き飛ばされ、ドム2機に回収された、と考えられるらしい。
 さすが最高のコーディネーターだね。素晴しいほどの生命力だよ」
「シンには伝えないのですか?」
「彼には後々、きちんと伝えるつもりさ。キラ・ヤマトの生存はシンの戦意を高めるのにうってつけだからね」
デュランダルにとってキラ・ヤマト生存の可能性は忌々しいことこの上ない。
おそらく彼はいかなる事態になろうともラクス・クラインの意に従い、デュランダルの前に立ち塞がってくるであろう。
ロゴスを倒し、ナチュラルとコーディネーターの融和を実現して歴史の勝利者となることが目的であるデュランダルは、
現在は宇宙のどこかに潜伏しているであろうラクス・クラインも倒さなければならないことはわかっている。
しかし、彼がその目的を実現するためには、まずはロゴスを倒して
自らがナチュラル、コーディネーターの双方の支持を得ることが不可欠であり、
ロゴスを倒すことを焦り始めていた。そして彼のロゴス打倒のための焦りは2つのミスを生んでしまうのだった。

その頃、宇宙のとある宙域でデブリに擬装していたエターナルでは1人の男が艦内を歩き回っていた。
その男はエターナルのブリッジに入ってくると、少し肩を落とす。

「どうなされたのですか、バルトフェルド隊長?」
「ああ、ラクスか。ダコスタ君がどこ行ったか知らないか?」
「ダコスタさんでしたら地球に降りて頂いております。ダコスタさんに何か御用ですか?」
「…いや、大した用じゃない。ところでそのノートはメンデルに残されていたやつか?」
「ええ、どうやらデュランダル議長をこのまま放って置くことはできないようです」
「そうか、それは忙しくなるねえ」

そう言ってバルトフェルドはブリッジを後にした。
(ドム・トルーパーの横流しに、キラの援護、メンデルの調査、いやエターナル強奪の仕込みからか。
 ここまで動ける能力を僕の部下だったときに発揮してくれればアークエンジェルも落とせたんじゃないのかねぇ…)

ジブラルタル基地へ到着したアークエンジェルでは、アスランがジブラルタル基地へと連行されていた。
艦内の通路を憲兵に囲まれながらアスランが連行されていく。シン、レイ、ガロードもその光景を眺めている。

「アスランの奴、なんでスパイなんて真似…」
「戻ったザフトをわざわざ裏切るくらいだ。それだけキラ・ヤマトが大切なんだろ」
「いや違うな。裏切ったのでなく、最初からキラ・ヤマト、ラクス・クラインから送り込まれたスパイだっただけだ」
「まー、シンに銃口向けてたことはあるからな…でもあいつ、なんでそんなにキラを信じてるんだ?
 いくら昔の仲間でも、カガリさんを攫って返さない連中に入れ込んで…
 ユウナさんだってカガリさんのことを探してるのに、どうしてだよ」
「ガロード、これはあくまで俺の見解に過ぎんが、アスラン・ザラという男は極めて自主性がない男だ。
 奴は前大戦の時にも敵として連合にいたキラ・ヤマトを幾度となく味方に引き入れようとした上、
 受領した当時の新型機ジャスティスを持って、オーブ防衛線に参加した上、
 ラクス・クライン率いる私兵団に加わった。無論、そこにはフリーダムのキラ・ヤマトがいた」
「結局、アスランは何がしたかったんだろうな…」
「奴らに言わせると、世界のため、とのことらしい」

ガロードにはどうにもアスランの、いやアスラン「達」の行動原理が理解できなかった。
プラントに降り注がんとする核ミサイルからプラントを守ろうとした行為は大きく間違いとは言いにくい。
フリーダム強奪も、前提となる奪った状況や世界情勢が大きく異なる戦後世界においてとはいえ、
ガロードがダブルエックスを新連邦から強奪したことは事実であり、状況によっては正当化される余地が不存在とまでは言えないとも思える。
だが、ユウナの目指す所を知り、背中にツインサテライトキャノンを突きつけられた上で世界滅亡を防ぐ、と約束したユウナに比べて
今、カガリを拉致し、シャトルを強奪すべく基地を襲撃したキラ・ヤマト一行を信用することは難しかった。

ガロードがこのように考えていると、アスランはガロード達の近くを通過しようとしていた。
「へっ、ざまあねーな、ザラ隊長殿?」
キラの生存を知らないシンであるが、アスランへの不信感が消えた訳ではない。
むしろアスランがスパイ容疑で拘束された今ではその不信感は確信となっているといえよう。

「満足か?議長に従ってキラを討ったことが満足か!」
「ああ、もちろんだよ」
「キラは…お前を殺そうとはしてなかった!いつだってあいつはそんな…」
「はあ?何を訳の分からないことを言ってるだ、あんたは?」
「そ、それは…」
「そうだと言えばいいじゃないですか、キラ・ヤマトのスパイのアスラン・ザラ?
 それと1ついいことを教えて差し上げましょう。奴はインパルスのコックピットをはっきりと狙いましたよ?
 疑うのでしたら『証拠』をお見せしましょうか、戦闘記録にはっきりと残っていますから」
「レイ、貴様あ!」
「何をしている!止せ」

拘束具が付いたままのアスランが殴りかかろうとするが、それは憲兵に阻まれてしまい、そのまま連行されていく。
ガロード、レイ、シンはそれを冷ややかな目で見ていたが、それとは対照的にアスランを心配そうに見ている者がいた。
ルナマリア・ホークである。
彼女は元々アスランに惹かれていたのだが、彼女が提出したテープによりアスランがスパイ容疑で逮捕されたこと、
軍務とはいえ彼の親友であるフリーダムのパイロットをシンが倒すのに手を貸したことを後ろめたく感じていた。
アスランが連行された後、シンとレイはデュランダルに基地の奥へと連れて来られていた。
そこでは通路部分のみにライトがついており周囲には何があるのかが全く見えない。

「シン、レイ、フリーダムの撃墜、実に見事だった。特にシンは色々と思うところがあるだろう」
「いえ、そんな…」
「君達を呼んだのは他でもない、これを見せたくてね」

デュランダルがそう言うと、一斉にライトが点灯し、彼らの目の前に2機のMSが姿をした。
「今回の件についての私からのせめてもの褒美、とでも思ってくれると嬉しいのだが、これを君達に託したい。
 詳しい話は後で専門家に説明させるが、これらはセカンドシリーズのMSの戦闘データ等や
 新しい技術等をふんだんに取り入れて作り上げた新型MSだ。右手がデスティニー、左がレジェンドという」
「俺達の…それに新型…」
「特にデスティニーには君が乗ることを前提とした調整が加えてある」
「ってことは俺の専用機ってことですか!?」
「そう思ってもらっても構わない。私には君の力がぜひとも必要だからね。
 なにせ、君には酷な話かもしれないが、おそらくキラ・ヤマトは生きている」
「あいつが!?」

シンにとっては寝耳に水である。死闘の末に討ち取った家族の、
そしてステラの仇が生きていると聞かされたのでは落ち着いていられるはずがないのであろうが。
歯を食いしばりながら、シンの中には再びキラ・ヤマトへの憎しみが燃え上がってきていた。

「もちろん、君達ばかりに戦わせるつもりはない。ベルリンの一件でようやく私にも決心が付いたよ、
 私はロゴスの存在を公表して、彼らと正面から戦うことを決意したよ。
 これはシン、君がフリーダムを討ち取った姿に勇気をもらったからでもある。
 これから世界に向けてそのための演説をすることになっている。是非、聞いて欲しい」
「わかりました、ありがとうございます!」
「了解です」

デュランダルがその場を去った後もシンはデスティニーを見上げていた。
自分のために作られた最新鋭の機体であり、今度こそキラ・ヤマトを葬るための力、そして平和な世界を作るための力。
これらは、今までシンが背負ったもののなかで最も大きいものであったといえよう。
そして、機体に込められた想いをシンは正面から全て受け止めることを決意したのであった。
だが、デスティニーに込められたもう1つの、そしてもっとも強い想いを彼が知るのはまだ先のことである。
その頃、ルナマリアはアスランへの面会をすべく基地内の拘束施設に赴いたが、それはあっさりと拒否されてしまい、途方に暮れていた。
その時、彼女の背中に突然背中に何かが押し当てられる。
だが、そこに現れたのは彼女にとっては救世主であった。

「ルナマリア・ホークさんですね、折り入ってお話があるのですが」
「そうですけど、あなたは?」

マーティン・ダコスタ。砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルドの部下であり、彼をクライン派に引き込んだ張本人である。

「クライン派の者といえばおわかりでしょう」
「・・・・・・・」
「単刀直入に申しますと、アスラン・ザラを連れ出していただきたいのです」
「アスランを?」
「はい、このままではアスラン・ザラは殺されてしまいます。ですがあの人はここで死んではならない人です」
「でも…どうして私なんです?」
「今、アスランさんを助けられるのは僕達とあなただけだからです。
 彼をここから脱出させるまでの準備はほとんどできたのですが、『足』の確保に手間取ってまして貴方に協力をして欲しいんです」

ルナマリアにとって、この提案はザフトを裏切れ、というものである。
当然、本来であればその場で拒否しなければならないし、ルナマリアも迷うこともなかったはずである。
だが、ここでレイの配慮が完全に裏目に出てしまうことになる。
ルナマリアの気持ちを察したレイは、アスランとの関係が上手くいくように、そして、
アスランに関する情報を獲得させるために、アドバイスを行なったり、
ルナマリアをザラ小隊に配置になるよう自分の小隊を編成するなどの後押しする行動に出ていたが
(もっともレイのそれらの目的は純粋にルナマリアを応援するというものでもなかったが)
逆にルナマリア自身がアスランに入れ込んでしまいつつあった。
そして、彼女に裏切りの決断をさせてしまう決定打は彼女の行なった尾行・盗聴とフリーダム撃破のシンへの協力であった。

「・・・教えてください、私が何をすればいいのか」

数時間後、デュランダルの演説が始まった。
アスランがいる独房にもその映像は入って来ているが、彼はそれを見る気にはなれなかった。
キラは生きている、ということを知らされ、今のアスランには生きる気力が溢れてきている。
そのために脳内で脱走のシミュレーションを何度も行い、
最短かつもっともリスクの少ない経路のイメージを確実に彼は頭に叩き込んでいたのである。
予めクライン派に抱きこまれていた看守達から脱走のための計画を聞かされていたアスランは
独房の扉が開けられたのを確認すると、前もって渡されていた一般兵の軍服に身を包み、カツラとヘルメットを被って独房から脱出した。
まさかアスランも看守が皆、クライン派だとは思っていなかったが、その根回しのよさに感心せざるを得なかった。
彼がジャスティスを置いてプラントに戻った時も助けに来たのはクライン派であったことを考えると、
その力の大きさ、構成員の数の多さは恐るべきものであると思えたのである。

そして、予定通り、基地内の人気のないところで大きな爆発が起き、基地内が間もなく騒然となる。
デュランダルは演説を止めることなく、この爆発もロゴスの仕業、と機転を利かせて混乱拡大を防いだが、
合図である爆発音を聞いたルナマリアは、ロックの掛けられたセイバーを諦め、
基地での整備を終えたばかりであろうグフに乗り込もうとした。
彼女に与えられて役割は、爆発を調べに行くふりをしてMSを調達して、アスランを回収するというものである。

だが、その時彼女はある声に呼び止められた。
「待って…ください」
ルナマリアが後ろを振り向くと、そこには普段ガロードが連れている少女、ティファ・アディールの姿があった。
ティファはルナマリアがこうした行動に出ることを予知しており、それを止めに来たのである。

「行かないで下さい。行ったらきっとよくないことになってしまいます」
ルナマリアはティファとあまり会話をする機会がなかったが、不思議な人間だとは思っていた。
戦艦に軍人でもない女の子が乗っていれば不思議と言うよりは不自然なのかもしれないが。

「やっぱあんた不思議な子ね…なんでわかっちゃったのかしら。…ありがとね。
 確かに私がやろうとしてることは最低のことだわ。それを止めようとしてくれたあんたの気持ちはとっても嬉しい。
 でも、私、後悔したくないの。このまま何も言えずにアスランさんが処刑されたらきっと私、
 自分のやったことをずっと後悔しつづけちゃう。もう私はもう道ならぬ恋、って奴になっちゃってるんだと思う。
 だから私…自分でも自分を止められない。だって、許されないから夢中になっちゃったんだから…ごめんね」

ルナマリアはポンとティファの頭を軽く叩くと、グフに乗り込んでいった。
レイの配慮、ルナマリアの後ろめたさ、全てが悪い方に作用してしまったという意味では彼女は不幸な人間であろう。
だが、それを不幸だとルナマリアは思っていない。
道ならぬ恋の意味を少し誤解して解釈してしまっていたことは不幸であろうが、
それも彼女の中では行動を抑制する方向には作用していなかったのである。
爆発を調査する、とだけ言ってグフを出撃させたルナマリアは予め指定されていたポイントでアスランを発見する。
アスランは差し出されたグフの腕に乗ると、開いたコックピットをから見えた元部下の顔に驚きを隠しえなかった。
「ルナマリア!?どうして君が!」
「早く乗ってください。話は後です!」
なぜルナマリアがいるのかわからないが、それは後回しにしてアスランがコックピットに乗ろうとしたとき、一発の銃弾が近くを掠めた。

「そうは行かん!逃がさんぞアスラン・ザラ!」
そこにいたのはレイであった。
爆発の後、自身もその調査に向かおうと思った彼は偶然、爆発場所とはまったく逆の方向へ向かうグフを目撃していたのである。

「ルナマリア、ザフトを裏切るのか?」
レイの言葉は最後の確認である。レイはザフトに、そして何よりもデュランダルに忠実である。
それ故、レイはザフトに仇なす者を決して許さない。そのレイに聞かれているのであることをルナマリアはよくわかっている。
しかし、彼女はもう迷っていなかった。

「今までありがとう」

そう言ってコックピットは閉まり、グフは飛び立っていく。
だが、グフが視界から消えることを確認することなくレイは近くの通信機器を使って
シンとガロードに通信を入れて今起きた出来事を伝えた。

その後、まもなくGX、レジェンド、そしてデスティニーが出撃していく。
「シン、ガロード、アスランとルナマリアがMSを奪って逃走した。
 おそらくキラ・ヤマト、ラクス・クラインの一派と合流するつもりだ」

改めて聞かされる事実に2人はショックを隠しきれなかった。
特にアカデミーで同期だったシンには今まで共に戦ってきた仲間が裏切ったと言う事実に大きな衝撃を受けていた。
「どうしてルナまで…」
「…大方クライン派のスパイどもに唆されたのだろうが、ルナマリアは女である道を選んだようだ。
 だが、このまま放置することはできん。逃がしたら奴らはまた気の向くままに破壊を繰り返す」

「俺はアスランの奴が裏切ったってのも信じたくはねえよ…」
「…なら確かめてみろ。お前にはフリーダムを倒すために力を貸してもらったからな」

ガロードにはアスラン・ザラという人間が、キラ・ヤマトに執着している人間だと思っていたし、
ガロード自身にとってあまり信用できる人物だとは思えていなかった。
しかし、どうしてカガリ救出を願っているはずのアスランが、カガリを拉致した連中の側に裏切るのかが理解できなかった。
もしかしたら、キラ達の側に潜り込んでカガリを救出する作戦なのではないか、
ということを疑念が溢れる心のどこか片隅では信じたかったのである。
やがて3機の前方に青いグフが見えてくる。決断のときであった。
「いたぞ、アスランのグフだ。シン、ガロード、いいな?」
「了解だ!」
「…わかった」

まっさきにデスティニーがライフルを構えて突っ込んでいく。
しかし、アスランもそう易々と攻撃を受けることはなく、攻撃を回避する。

「やめろ、シン!」
「お前は黙ってろアスラン!用があるのはルナだけだ!」
「何!?」
「ルナ!どうしてこんな奴なんかを助ける!?」

悲痛なシンの声がグフのコックピットに響き渡った。

「…私はアスランと行きたいと思ったの。こうしたことを後悔してないわ」
「ルナマリア、俺はキラ・ヤマトを倒す邪魔をするなら容赦はしないぞ。それはシンも同じだ。
 俺達は理由こそ違うが、奴を倒すことには躊躇はない」
「ええ、わかってる」
「くっそおおお!」

デスティニーがライフルをさらに発射する。だがグフに命中することはなく、
グフから放たれたスレイヤーウィップがデスティニーのライフルに巻きついた。

「しまった!」
そしてアスランはそのままデスティニーのライフルを破壊しようとする。
しかし、スレイヤーウィップはGXから放たれたビームマシンガンにより吹き飛ばされてしまった。
そのままGXはサーベルを引き抜き、グフもビームソードを引き抜きそれに応戦する。

「アスラン!お前、カガリさんを助けたいんじゃないのかよ!」
「ガロードか!そうだ、カガリはオーブに連れ帰る!セイランを排除してな!」
「なんでだよ!ユウナさんがお前らに何したってんだ!」
「奴は議長と繋がっている!きっと何かをするつもりだ、俺はその時に備えなくてはならないんだ、カガリのために!」
「ユウナさんは何もしねえよ!あの人がしたいのはオーブを守るのと、世界を滅ぼさないことだけだ」
「どうしてお前はそんなにセイランを信用できるんだ!?世界を守りたいのは俺やキラ、ラクスだって同じだ!」
「あの人はサテライトキャノン突きつけさせるほどの覚悟をしてる!
 訳も分からず暴れまわってるキラなんかよりよっぽど俺は信用できるぜ!」

もはや会話は平行線を行くだけであった。
キラ・ヤマトを断じて信用できないガロード、ユウナを信用できないアスラン、2人は相容れない者同士であった。
もはやこれ以上の口論は無意味となっていたといえよう。

「お前にキラの何がわかる!あいつは優しくて、でも不器用で…」
「それならMSに乗って戦場に出てくんじゃねえ!」
「大体お前は一体何者だ!あのダブルエックスは何なんだ!あんな力を持ったMSがあれば人はまた滅びの道を…」
「そうならないために俺はダブルエックスに乗ったんだ!過ちを繰り返させないためにな!
 力なんて使いようだろうが!」
ここでも完全に平行線であった。
ジェネシスを手にして世界を滅ぼそうとした父を持つアスランは力を大きすぎる持つことに危機感を隠しえない。
この考え方はキラ・ヤマトやラクス・クラインとほぼ同じ考え方であるといえよう。
他方のガロードは滅んだ世界を知っているからこそ、再び世界を滅ぼさないために力を持つことを選んだのである。
そしてガロードがキラ達を信用できない根本的な理由に、キラ達もフリーダムという条約により
禁じられた技術が用いられたMSを持ち出して暴れまわっていることがあり、アスランの言葉に中身がないと感じていた。

ちょうど2人の会話が途切れたところでアスランのグフに束になったビームが襲い掛かり、グフはそれを咄嗟に回避する。
レジェンドが背部に備えたドラグーンのビームを一斉に放ったのである。

「悪いがそろそろお喋りは終わりにしてくれ。もうわかっただろう?」
「・・・・・・・」
「なあアスラン…あんた逃げ切ってどうすんだ?」

シンが絞り出したような声を出した。

「俺達は議長を止めなければならない!議長の言葉は心地よく聞こえるかもしれない、だが議長はきっと世界を滅ぼす!」
「何の根拠があってそんなことを言ってんだ、あんたは!」
「議長はラクスやキラを狙った!」
「シン!アスランはすでに錯乱している!これ以上はムダだ」

レイはシンにアスランとこれ以上会話をさせるべきではないと思っていた。
しかし、アスランの言葉にキレかけていたシンにはその言葉は届かない。
「…それだけか?なんだ、それだけか?」
「それだけとは何だ!」

アスランにとってはそれが万事であったのかもしれない。だが、シンの中には怒りがこみ上げてくる。

アスランはラクス・クライン襲撃とデュランダルやユウナへの不信感を結び付けている。
だが、アスランの言葉にシンを説き伏せるだけの具体性はなかった。
シンだけではない、レイは当然として、ラクス・クラインが襲撃されたことと、デュランダルがそれに関与していることはおろか、
デュランダルの行動が世界を滅亡させることに結び付くとはガロードにも考えられなかった。

ラクス・クラインが襲撃されたから、と世界で暴れまわったキラ・ヤマトに対してシンは、
それを身勝手と感じ、家族とステラを奪われたことを合わせて怒りを覚えた。
そして今、ラクス・クライン襲撃とデュランダルの関与を結び付け、それが世界を滅亡させると断じたアスランに怒りを感じていた。
その怒りの内容は、ラクス・クライン襲撃から世界滅亡までを結び付けることで
ナチュラルとコーディネーター融和が実現した世界を作ることを目指すデュランダルを黒幕と看做し、
彼の邪魔をしようとすることが、シンには連合がオーブやベルリンに攻め込んだことと同じだとしか思えなかったことである。
「ふざけるな…そうやってまた関係ない人達まで傷付けて回る気か…ふざけるな…ふざっけるなああああ!!」

シンはSEEDを発動させた。
アスランは残った方のスレイヤーウィップを放つが、デスティニーの目がエメラルドに輝き、
その手で受け止めると、パルマフィオキーナでそれを撃ち抜く。
そして背部のアロンダイトを引き抜くと、背中の翼を展開し、残像を残しながらグフに向けて構えて斬りかかった。
そのスピードにアスランは対応しきれず、グフの腕を切り落とされ、その勢いで吹き飛ばされる。
アスランは接近戦は不利と判断し、機体を下げて残された腕から4連装ビームを放つ。
デスティニーはそれを回避しながら徐々に接近してくるが、
そのときデスティニーの前にビームシールドを構えたレジェンドが、グフの4連装ビームを防ぐべく立ちはだかる。
デスティニーはアロンダイトの切っ先をグフに向けて突撃をしかけるが、アロンダイトをシールドを構えたレジェンドも支えていた。
「レイ!?」
「仲間殺しの業は俺も背負う。ルナマリアへのせめてもの情けだ、一気に決めるぞ」
「ああ!」

レイもルナマリアの裏切りに責任を感じていた。
そのため、仲間であり友であるシン1人に仲間殺しの重責を負わせることはできなかったのである。

「「うおおおおお!!!」」

2機はアロンダイトを構えたままグフに突っ込んで行き、アスランの迎撃も虚しく、刃はグフのコックピットの近くを貫いた。そしてグフはいつのまにか鳴り始めた雷をBGMにして暗い海へと沈んでいく。
(さよなら、ルナマリア)
シンは心の中で仲間に別れを告げた。少しずつ、ぼんやりとではあるが、シンは自分がすべきことが見えてきていた。
もっともそれを貫くために、シンはルナマリアを殺めることの業を背負う決意ができたのだということを、
まだはっきりと認識してはいなかったのだが。

「もう戻ろう…」
力なく呟いたガロードに特に返事をすることなく、3機はジブラルタル基地へと戻っていった。
だが彼らはこの海域にいた小さな軍用クルーザーの存在に気付くことはなかった。
それほどにルナマリアを、仲間を殺めたという事実は彼らに重くのしかかっていたのである。

基地に戻った彼らを見る仲間の目は複雑なものがあったが、
仲間を殺したことが一番辛いのはシン達であることはわかっており、残ったわだかまりは大きくはなかった。

デュランダルが世間に公表したロゴスの存在とその悪行の数々は世界を大きく動かした。
特にベルリン等の都市への侵攻への反感が決め手となったのか、
ロゴスの構成員とだと言われた人物の下には怒りに震える民衆が迫り、その多くが命を落とした。
同時に、連合内部でもロゴス派と反ロゴス派に分離することになったが、地球上でロゴスに怒れる拳を振り上げた多くの一般人はザフト、デュランダルを支持しはじめ、
反ロゴス派のほとんどはザフトへと合流した結果、地球上では、
ナチュラルとコーディネーターという対立構図が、ロゴスと反ロゴスという構図へと姿を変えつつあった。

同時にデストロイに無理矢理乗せられた少女の救出を妨害し、ザフトによる連合の侵攻防止を混乱させたとして
キラ・ヤマト、そしてその背後にいるとされるラクス・クラインに新たな罪状が加わったのだった。
これにより、地球上のナチュラルに反ラクス・クラインの感情が、ロゴス憎しの影で少しずつ芽生え始めたのである。

他方、ヘブンズベースではあのMSの調整が完了していた。
ナチュラル対コーディネーターの構図を消すというデュランダルの目的を達成すべく苦しい戦いが今、始まろうとしていた…