X-Seed◆EDNw4MHoHg氏 第26話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 13:55:54

第26話「…ここが勝負時か」

「ふう…」

ジブラルタル基地の執務室で書類と睨めっこをしていた。
ロゴスを糾弾してから、連合軍の多くがデュランダルの下に集ってきており、ロゴスの構成員とされた
人物の多くは怒れる民衆の手にかかり殺害された結果、残りのロゴス構成員とロゴス派の連合軍は
ヘブンズベース基地に立てこもり決戦に備えている最中である。
ただそれでもヘブンズベースを落とすには不十分であった。

厳密に言えば、地上のザフト軍と加わった連合軍の勢力を合わせれば、戦力としては十分である。
しかし、デュランダルの敵はロゴスだけではない。宇宙に上がったラクス・クラインとその手足となるクライン派も敵なのだ。
彼がロゴスを糾弾することを急ぎ、アスランの抹殺を後回しにしたせいで、クライン派に侵食を許し、
アスラン・ザラの逃亡を許してしまったことは、ロゴスを倒すことを焦ってしまったことによる失敗の1つであったといえよう。

そのクライン派、正確に言えばラクス信者とでもいうべきであったが、
ザフト、プラントの中に深く根付いている彼らの勢力を
押さえておくために自分の息のかかった勢力をキープしておかねばならず、ヘブンズベース攻略に使う部隊の数が足らなかった。
それはプラント本国の方でも同じであり、信頼のおける部下をクライン派への牽制のために残さなければならず、
デュランダルは自分が優勢でありながらも動きたくても動けない、という状況に置かれている。
彼は今の状況が非常に悩ましかった。

だが、彼には一枚のカードがある。しかし、そのカードは諸刃の剣である。
そのカードを使いながらヘブンズベース攻略が失敗に終われば今の世界中からの支持を失ってしまう。
しかし、使わずにヘブンズベース攻略戦に敗北してしまったのでは、
今の世界中に広がりつつある反ロゴスの勢いを殺すことになってしまうのだ。
そして、アスラン・ザラ、キラ・ヤマトが合流して自分に牙を向くまでにそんなに残された時間がないことも彼を悩ませていた。

デュランダルは時間をかけることも出来ない一方で、時間をかけずに正攻法でヘブンズベースを落とすことも出来なかった。

「…ここが勝負時か」

ここでデュランダルは大きな賭けに出ることにした。
それは要塞メサイアに新設されたネオ・ジェネシスの使用である。
このカードを切れば、おそらくクライン派の行動は多少早まるであろう。
しかし、時間を掛けても連合に、そしてクライン派に準備の時間を与えることにも繋がってしまう。
そうだとすれば、彼はもう動くしかなかったのである。

デュランダルは1つの命令を発し、宇宙にある機動要塞メサイアが慌しくなる。
そしてネオジェネシスが起動し、かつて連合軍の艦隊を焼き払ったジェネシスの名を継ぐ兵器が月面のダイダロス基地を焼き払った。
ダイダロス基地が失われたことはロゴス盟主ロード・ジブリールの秘密兵器レクイエムが失われたことを意味している。
この事実はヘブンズベースに避難していた残りのロゴス構成員や連合の軍人に大きな衝撃を与えた。
レクイエムが失われたということは、ヘブンズベースを守りきれなければ、ザフトを押し返すことができず、
自分達はデュランダルのいうがままに罪を着せられて処刑されるだけとなる。
彼らには、デュランダルがクライン派とロゴスの板ばさみになっていることなど知る由もないため、
生きる希望を失ったまま、基地の中でうなだれているだけであった。

そしてそこに、ザフトから、投降すれば命は助けるとの通告がされれば、
もう先が長くないメンバーの多くの取る行動は想像するに難くない。
彼らはザフトやプラントをよく思っていない。とはいえ、若く気力に溢れたムルタ・アズラエルやロード・ジブリールと異なり
年老いた彼らは時代の流れと勢いを既に読取っており、戦い抜くという選択肢を選ぶことはなかった。

同時に、ネオ・ジェネシスの脅威はヘブンズベースの連合兵も大きな衝撃を与えていた。
前大戦を生き延びた連合兵の目にはジェネシスの恐怖が強く残されていることは言うまでもない。
そのような強力な兵器が自分達の頭の上から、自分達を狙っていると知れば、戦う気力は失われてしまったのであった。

ネオ・ジェネシス発射の結果、ヘブンズベースに立てこもっていた連合兵の半分が、ザフト・反ロゴス同盟軍の側につき、
デュランダルが動かせる戦力でも辛うじてなんとか落とせるといえるまで、ヘブンズベースの戦力は低下していた。

当然、デュランダルはネオ・ジェネシス発射と同時に、自分が入手していたレクイエムの情報のほとんどを公開し、
レクイエムが偏光装置によってどこの地域に向けて発射することが可能な兵器であったことを発表した。
これにより、市民の中に少なからぬ動揺が生じたものの、それをデュランダルが予期していないはずがなく、
投降したロゴス構成員はレクイエムの存在を口々に証言し、
それがロゴス盟主であるロード・ジブリールの仕業だと印象付けることに成功したのであった。

「随分派手に出ましたね、議長」
執務室の机でさらに積みあがった書類の山に立ち向かっているデュランダルに向けて、男が言い放つ。
カガリが拉致されて以降、オーブの代表代行をしているユウナ・ロマ・セイランである。
今回もデュランダルがユウナを呼びつけたのであるが、
ユウナにとってもデュランダルと定期的に意見交換をしておくことは望むところであり、
化かしあいをすべく、ジブラルタルまでやってきたのであった。

「何せナチュラルに好かれたのはいいが、私はコーディネーターからも嫌われてますから」
「そんなことだと思いましたよ。お互い苦労しますね、クライン派には」
「そういうユウナ殿もお国元ではクライン派の関係団体に色々とガサを入れて牽制していると聞きましたよ」
「いえ、別に違法なことをしている訳じゃありませんよ、幸い、ホコリには事欠かない連中ですから」

軽く近況報告を終えた2人は顔を引き締めた。話題が本題に移るのである。
「そろそろ貴方の計画を発表する時期ですかね?大規模な失業対策計画を」
「デスティニープランと言って下さい。これでも私がロゴス亡き後、世界経済の混乱を防ぐための奥の手なのですから」
「内容はディオキアで伺ったときと同じ、ということですか?」
「もちろんですよ、この計画を強制してはそれこそ世界は大幅な先祖帰りをしてしまう。職を固定したら経済は停滞するだけだ。
 それにただでさえクライン派につけこませる隙にもなりえるものなのですから」
「そういえばアスランとキラ・ヤマトはどうなさったのですか?」
「キラ・ヤマトの方はフリーダムこそ破壊したものの、生きているようです。
 アスランも生きているのでしょうな、海中から機体の残骸は見つからなかったし、一隻、ボートが行方不明らしい」
「奴らが動くのはそう先ではないでしょうね」
「ええ、ですから、アークエンジェルを今のうちに修理していただけますかな?代金は払いますから」
「それは構いませんが、それでは母艦をどうなさるおつもりで?」
「ようやく女神の修理が完了しましてね。我々の精鋭部隊を乗せて、新たな不沈艦を目指しますよ」

ユウナにとって、アスランの裏切りは予想していなかったわけではない。
とはいえ、自分ができる譲歩をしていたユウナも、アスランが寝返ったことがショックではあった。
カガリを救出してオーブを守っていくという道は同じだと思っていたからである。
だが、目的は同じなのであるが、しかし、手段が大きく違うのだと、すぐに気付いた。
アスランがキラ・ヤマトとラクス・クラインを案の定選んだということは特段驚くことではなく、想定の範囲内ではあった。

そして、デュランダルが「クライン派」との決戦を予想していることは、アスラン達と戦うことを予想しているというものであり、
カガリの安否を案ずるユウナとしてはどうしたものかと内心ではため息が尽きなかった。
それは「クライン派」は何をするかわからないのが最も怖いものだからである。
コーディネーターを受け入れている国を統治する人間には、クライン派はブルーコスモスと並んで厄介極まりない集団であった。

ヘブンズベース攻略のための準備と機体になれるための訓練に明け暮れていたシンとガロードも
ネオ・ジェネシス発射を聞いて当然、衝撃を受けていた。

ガロードとしては改めてデュランダルの政治家として油断がならない一面があることを認識していたし
シンも、デスティニーをデュランダルから受け取った手前、彼を疑うまでには至らなかったものの、
以前ガロードに言われた、デュランダルが喰えない、油断のならない人間だという言葉が、
ステラを連合に返したときに取引を持ちかけてきた時の状況とあいまって再びシンの中に聞こえてきた。
彼らも、ロゴス幹部同様、デュランダルの苦しみを知る由もなかったため、彼への疑問が生まれざるを得なかったのである。
そして、そんな彼らの元に、懐かしい顔の男がやってきた。
「やあガロードにシン君、元気だったかい?」
「ユウナさん!?」
「ユウナ・ロマ・セイラン!」

今現在ガロードがCEの世界で最も信頼している人間の1人である、ユウナ・ロマ・セイランである。

「ユウナさん、あんたザフトの基地で何やってんだよ?」
「ん?そりゃ今この基地にこっそり来ている連合のお偉いさん達とお話に来たに決まってるじゃないか」
「そんなことサラリと言うなよ!」
「いや、だって君には僕が持ってる情報は開示しておかないと、後が怖いからね」

ユウナが少し意地悪そうな顔を浮かべて答える。
そこにシンが少し呆れているような顔をして会話に加わった。
ガロードがユウナを信用している理由は理解できなくもないが、やや仲がよすぎるような気もしなくはなかったのである。
「ザフトの軍人の俺の前でそんなことサラリということはいいのか?」
「心配無用さ。僕がここに来てるのは議長もご存知だし、目的もわかっているだろうし」
「じゃあ何しに来たんだよ?」
「そんなもの政治家の僕が来てるんだから悪企みが目的に決まってるじゃないか?」

デュランダルとは異なる、一見すると軽く見える態度と、どこか掴み所がない振る舞いに、シンは毒気を抜かれていた。
ここでシンが学んだのは、政治家というのは多かれ少なかれ胡散臭いということだと言えよう。
あとは、どれだけその者の腹の中を読むことができるか、ということである。
もっともガロードとユウナの場合には、個人的な友情と共に、あえて目的と手の内を見せ合うことで共存共栄、
もしくは互いの目的を達成しようとするものであったが。

「んで、その悪企みって何なんだ?」
「ああ、一言で言えば金貸しかな。ロゴスは国際的な企業のお偉いさん達が構成員となってたから、
 今は、各国の経済に混乱が生じ始めていてね。それに戦争やっちゃったせいでみんな復興資金が必要なのさ。
 どこもすぐに手を着けられるキャッシュが欲しくて仕方ないんだよ。
 だから幸い半分国営の企業が多くてロゴス壊滅の影響が少なく、戦争に巻き込まれないおかげでお金に余裕のあるオーブが、
 お金を貸してあげることになったんだよ」
「…なんか台詞が説明臭くねえか?」
「気にするな、俺は気にしてない、ってレイなら言いそうだな」
「そりゃそうだ」
ここでシンには1つのことが引っ掛かった。
各国の経済が混乱するような手段にデュランダルがわざわざ及んだことが、
世界の平和を目指す、と言ったデュランダルの行動に矛盾があるのではないかと感じたためである。

「じゃあ議長は世界の経済が混乱することをわかっててロゴスのことを発表したってことすか?」
「…なるほど、まあ色々あったからね。大丈夫、議長はそれも考えてるよ、
 たぶんヘブンズベースを落とした後にきちんと発表されるはずだ」

なかなか重い話題を軽く話すユウナに、シンとは別のことを1つガロードは聞きたいことがあった。
それはもちろん、ネオ・ジェネシスのことである。
レクイエムの存在こそあれ、サテライトキャノンにも劣らない強大な力を使ったことにはガロードも思うところがあったのだ。

「じゃああのネオ・ジェネシスってのを使ったのはどういうことなんだ?
 俺も全体がわかるわけじゃねえが、今のザフトならあんなもんで脅しをかけなくても…」

だが、ガロードの言葉を聞いた瞬間、ユウナの顔が強張り、ガロードの口に手を当てた。
そしてそのまま静かにガロードとシンに耳を出すよう求める仕草をして耳打ちをする。
「シッ!これはあまり大きな声じゃ言えないんだ。アスランを脱走させたクライン派がどこで聞いてるかわからないからね。
 今、実はデュランダル議長の使えるコマは多くないんだよ。
 議長は本格的に活動を始めたとおぼしきクライン派の動きを抑えるために多くの戦力をキープしておかないとならないんだ。
 クライン派っていうのはコーディネーターがいるところには必ずいるから僕も議長も困ってるのさ。
 まあもちろん、議長が油断ならない人物であることに変わりはないけどね」

これらはシンやガロードにとってはあまり考えたことがない世界の出来事であった。
ただ、ユウナの話は2人が抱いたデュランダルへの不信感を緩和したことは間違いない。
そして、ネオ・ジェネシスのような兵器まで持ち出しても勝とうとする次の戦いが
決戦になるのであるということを2人は強く認識したのだった。

「あ、そうだ、シン君。いい知らせだ。ミネルバの修理がようやく終わったらしい。
 足自慢のミネルバで君達精鋭部隊の機体を運んで、到着し次第、先行している部隊と合流して決戦だそうだ」
「え、じゃあアークエンジェルはどうすんだ?」
「僕が乗って帰って本格的に修理することになる。議長の視線の先に何がいるかわかるだろう?」

「キラ・ヤマト」
シンが小さな、小さな声で呟いた。考えたわけではない、直感でそう感じたのである。
ユウナはそれを見て小さく笑っていた。ディオキアで会ったときとは一皮向けたという感想を抱いたからである。
ユウナも、シンがフリーダムを撃墜し、知り合ったという連合兵を助けられなかったとの話を聞いており、
これらの出来事がシンを成長させたのだろうと感じていた。
おそらくその陰にはガロードの協力があったのであろうことを、自分が変わるきっかけがガロードとの出会いであることから察していたが。

そしてユウナはシンに聞いてみたいことがあった。

「カガリと会ったそうだね。今のオーブを、カガリをどう思ったか聞かせてくれないかな」

この質問はシンにとって過去―オーブを憎んで力を求めていた頃の自分―との決別を意味していた。
シンは少し黙ってうつむいていたが、やがて口を開いた。

「前ほど憎んじゃいないよ、アスハも奇麗事を言ってなかった。あんたと似たようなことを言ってた。
 ガロードもあんたのことを信用してるし、今のオーブなら少しは好きになれそうだな」
「そうか…ありがとう。君とはまた話がしたいよ、ガロードとともにね。健闘を祈ってるよ」
「・・・・・・・どうも」

ユウナはシンの言葉が素直に嬉しかった。
それはガロードと出会うことにより彼が選んだ道が、1人の人間の憎しみを消すことができたこと、
その人間と少しかもしれないが確実にわかりあうことができたことがはっきりと認識できたからである。
そしてそれと同時にユウナ自身を変えるきっかけとなったガロードへの感謝の気持ちが溢れていたのであった。

こうして復活したミネルバに乗り、ガロード達はヘブンズベースへ向かうこととなった。
その頃、宇宙では彼らが行動を開始し始め、ヘブンズ・ベースではジブリールの切り札が今や遅しとガロード達を待っていた。
そしてミネルバは、ガロード、レイ、シン達を乗せて、ジブラルタルを出発した。
アーサーが新しく赴任してきたオペレーターに気を取られることなく仕事に専念することができるかというタリアの不安も一緒に乗せて。