第39話「オーブの青き嵐」
バルトフェルドの撤退の指示は、ガロードのダブルエックス、ウィッツのエアマスターバーストと交戦していた
イザーク、ディアッカ達の下にも届いていた。
だが、エアマスターバーストと交戦していたイザークはウィッツとの戦いをやめる気配がなかった。
「おいイザーク、撤退命令だ!」
「横から口を挟むな、ディアッカ!」
「落ち着けよ!俺達の任務は親衛隊の連中がオーブを制圧するまでウィッツの旦那やダブルエックスを足止めすることだろ!」
「だが今奴らを撃っておけばいいだろうが!」
「それより味方の撤退を援護することの方が重要だろ!こっちの方が戦力削られてんだぞ!
それにカーペンタリアの防衛用の戦力をこれ以上減らしちまうわけにはいかねーだろ!?」
ディアッカはそう言いながら自分の損な役回りに内心ため息をつきたくて仕方なかった。
ディアッカの言うとおり、オーブ軍とカーペンタリア軍の数は後者の方が多かったが、カーペンタリア軍は被った損害の方が遥かに大きかったことは確かだったのである。
海上の戦闘では、イザーク達の参戦が、ダブルエックスやエアマスターバーストの部隊の猛攻で数でやや劣るオーブ軍の優勢であった戦況を五分五分にまで戻していた。
しかし海中での戦闘はカーペンタリア軍が圧倒的に劣勢となっていた。
というのも、水中戦専用仕様のレオパルドデストロイや、海中でも戦えるように改造されたアークエンジェルだけでもカーペンタリア軍にとっては十分すぎるほど脅威的だったのであるが、そして意外な伏兵となったフォビドゥン・ヴォーテクスやディープ・フォビドゥンの部隊が海中でアッシュやゾノ、グーン、潜水母艦を次々と海の藻屑へと変えていったのである。
これらの水中戦専用MSは、面子を保つために復興支援金の代償といわんばかりに連合を構成する各国が提供したものであった。
「わかった!お前の言うとおりにする!各機、俺達が一斉攻撃を仕掛けたら一気に後退しろ!」
イザークのかけ声と同時にフリーダムとジャスティスは全砲門を展開して、オーブ軍目掛けて文字通り砲撃を乱射してオーブ軍の多くを混乱に陥らせることができたため、カーペンタリア軍は撤退による大きな損害を被ることなくカーペンタリアへ戻ることができたのだった。
他方で連合の艦隊を撃破したキラ・ヤマト率いるザフト軍はバルトフェルドの艦隊と合流して戦力を補充した後、そのまま月面アルザッヘル基地へと降下して同基地を攻め落としていた。
この場面でバルトフェルドがアルザッヘル基地を狙った理由は、物資を運ぶためのジブラルタルやスカンジナビアとプラントを結ぶ航路を確保するために連合宇宙軍の戦力を殺いでおきたかったことのほかにもう1つあった。
それは、逃亡中であったロード・ジブリールが秘密裏にアルザッヘルへと逃げ込んだ、との情報を掴んだためである。
確かにロード・ジブリールは既に時代から取り残された人間であり、彼を討つことの意義は世界の中でも決して大きいとはいえないし、本来であれば連合に引渡すのが筋であることをバルトフェルドは重々承知していた。
だがバルトフェルドには、地球の各国やプラント国内で息を潜めるデュランダル派の人間の評価を焼け石に水かも知れないが、ジブリールを討ったことを示すことで、地球の各国からのラクス・クラインのプラントへの厳しい評判ないし評価を多少なりとも緩和すること、そして物資確保のために連合宇宙軍と交戦したことの大義を作るという狙いがあったのである。
バルトフェルドの狙いはともかくとして、アルザッヘル基地がジブリールの引渡し要求に応じることはなく、結果的にジブリールが脱出に使おうとした艦は、ミネルバのタンホイザーによって沈められ、プラントは(他の国から見て)初めてわずかながらの正義を得ることができたのであった。
そして、アルザッヘル陥落の結果として、連合宇宙軍の勢力範囲は月の一部及び地球上空宙域にまで縮小することとなった。
とはいえ、ザフトの正規軍はこれにより大きく体力を消耗することとなり、即座に次の行動に移ることは出来なくなった。
そのため、連合・プラントは火種を残したまま双方息切れ状態となってしまったのであった。
アルザッヘルが陥落した頃、カーペンタリア軍との交戦を終えたアークエンジェルやタケミカズチは、カーペンタリア軍の撤退を確認してからオーブに戻ってきた。
そしてガロード達は戻ったその足でダブルエックスに乗ったまま行政府に赴き、その一室に案内されていた。
「やあガロード、お疲れ様だったね。大活躍だったそうじゃないか」
「いやオーブの方こそビックリしたぜ。いきなり宇宙からザフトが降ってきやがったって聞いたときにはたまげたぜ」
「それはシンやキャプテンジャミルがなんとかしてくれたからね。
それにしてもまさかキャプテンジャミルがここまでの実力を持っていたとは思わなかったよ」
「多分ジャミルは俺より強いぜ、きっと」
「まったくキャプテンも人が悪いよ、今までそんな力を隠しているなんて。
まさに君たちの世界で言うヴァルチャー、しかも優秀なハゲ鷹だったよ。
能ある鷹は爪を隠すとはよく言ったものだ。なあシン?」
「…ええまあ…そうっすね」
本土をなんとか守りきったことで、一時的にテンションが上がっているユウナとは対称的に、シンはかなりブルーになっていた。
「なんだよシン、まだ体調悪いのか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど…」
「じゃあデスティニー、じゃなかったデスティニーガンダムがイマイチ直ってなかったとか?」
「いや、完璧だった。キッドのやつ、本当にナチュラルかよって思うくらいに。むしろ前よりしっくり来る」
「じゃあ何でそんなに落ち込んでんだよ?」
するとガロードの下にユウナがやって来てそっと耳打ちした。
(いやね、君達が戻ってくるまでにキャプテンジャミルに頼み込んで訓練に付き合ってもらったみたいなんだ。
シミュレーションで1勝10敗のボロ負けだったらしいんだよ。)
(ははは…ジャミルの奴も容赦ねーからな…)
ユウナの言うとおりシンは、来るべきキラ・ヤマトとの決戦に向け、ジャミルに徹底的に訓練をつけてもらっていたが、やはり実力差、実戦経験の差を身を以って感じざるを得なかった。
もちろんそれで得たものも極めて大きかったことは確かであったが。
キラ・ヤマトとシン・アスカの間に存在する差の1つとして実戦経験の差がある。
仮にもキラ・ヤマトは前の大戦を戦い抜いた人間であり、シンが実戦経験を
これまでの戦いで積んできたといっても、なおその差が存在することは否定できない。
そしてもう1つの差はキラ・ヤマトが、最高のコーディネーターつまりスーパーコーディネーターであることにより両者の間には埋めようのない基本能力の差が存在する。
その差を別の点で補うためにシンが選んだのは、強敵との戦いの場数を踏むことと応用力・適応能力の強化であった。
かつてシンはレイと共にガロードとキラ・ヤマト打倒に向けて訓練を重ねていたが、要はその相手を今度はジャミルにしてもらっていた、というわけである。
「ところでユウナさん、俺やガロードをこんなところに呼び出して何の用なんです?」
「お、そういやそうだな、戦勝祝いって言うにはここに並んでる機材やら施設やらは? それに何でチャンドラさんが機材を弄くってるんだ?」
ガロードの視線がチャンドラと、その脇で暇そうに煎餅を食べているノイマンに向けられる。
「ははは、それはこの後すぐわかるよ」
「でも何でオーブで運送業やってたノイマンさんやチャンドラさんがまだアークエンジェルに乗ってんです?」
しかし、実は前から不思議にシンの放った何気ない一言がノイマンを硬化させた。
「一体誰のせいでアークエンジェル操縦してると思ってんだ、お前は?」
「へ?」
明らかに怒りに震えるノイマンがシンを睨みつけながら言う。
「お前がエクステンデットの子を連合に返したときに手ぇ貸したときに、無罪にしてもらうために俺もデュランダル議長に約束させられたんだぞ。セイラン代表代行の気が済むまでアークエンジェルに乗れ、って!」
「そ、そうなんすか?」
「そうだよ!」
「お前にわかるか!平凡に静かに運送業やって生きてたのにいきなりプラントの議長に約束させられた平凡な一市民の気持ちが!?
デュランダル議長、顔は笑ってたけど、目は全然笑ってなかったんだぞ!」
「それはその…あ、ありがとうございました。でも議長はもう…」
「お前なあ、俺とチャンドラの奴が大天使急便始めるのにどんだけの金を市場調査やら開業準備やらに注ぎ込んだと思ってんだ!?
あのピンク達の好きに攻め込ませたらその金が無駄になっちまうじゃないかよ!」
「そ、そうなんですか…」
「はいはい、ストップストップ。そろそろ始まる頃だよ」
普段静かな人間を怒らせてはいけない、という世の中の暗黙のルールをシンが身を以って味わっていると、ユウナがノイマンを制止した。
「だから何が始まるんだよユウナさん?」
ガロードの質問にユウナはテレビを指差すと、やがてテレビにラクス・クラインの姿が映し出された。
「ラクス・クラインがジブリールを討ったことについて演説するらしくてね。
オーブについてもきっと何か言うはず、っていうかこっちが本命だと思うけど」
「ジブリールが!?」
「だから静かにしてよシン、聞こえないじゃないか」
やや緊張感に欠ける雰囲気の中、スクリーンに映し出されたラクス・クラインは静かに演説を始めた。
「皆様、私はプラント最高評議会議長ラクス・クラインです。私どもプラントは過日、ロゴスの盟主として戦争を陰で操ってきたジブリール氏を討つことができました。
そして私達は、オーブ首長国代表であるカガリ・ユラ・アスハ代表の手にオーブを返して差し上げるべく現在オーブを我が物として好きなようにしているセイランを排除しオーブを解放するために戦いました。
私達は平和の種を植えるためにオーブを解放しようとしたのです。
ですが、セイランは平和を心から願う私達の言葉をかたくなに拒んだだけでなく、凶悪な破壊兵器であるダブルエックスを保有し続け、平和の花を植えようとする私達をテロリストなどと呼びプラントの人々が苦しむことを知りながら物資の流れを止めております。
このような非道が許されてよいのでしょうか?どうしてこのような愚かな行いをするのでしょうか?
ですが私達はその答えを存じております。ユウナ・ロマ・セイランはギルバート・デュランダルと結託して世界を滅ぼそうとしている人類の敵なのです。
そして、私達は彼の魔の手からアスハ代表を守るべく、彼女をオーブから救い出したのです……。
平和の花を植えようとしている私達が、『拉致』だなどということをするはずがないのです…」
その時、ユウナの手元にあったグラスが音を立てて割れた。
ラクス・クラインの言葉に怒りが沸点を通り越していた。早い話が、キレていたのである。
「チャンドラ君、頼む」
「は、ハイ!」
そう言ってユウナはカメラの正面に用意された椅子に腰掛けた。
そして、チャンドラや技術士官達が機材やコンピューターの操作を終えると、ユウナの姿が全世界に映し出されたのだった。
「世界の皆様、このような形でお話をさせていただくことをどうかご容赦願いたい。
私はオーブ首長国代表代行、ユウナ・ロマ・セイランです。
先日、オーブはプラント最高評議会議長を騙るラクス・クラインの侵略を受けました。
まず皆様に申し上げておかねばならないことは、私はあくまでラクス・クラインやキラ・ヤマトによって不法に連れ去られた我が国の代表カガリ・ユラ・アスハに代わってオーブを治めているに過ぎない、ということです。
アスハ代表がテロリスト達に拉致されたとき、我々は、オーブは他国の争いに介入しない、オーブは他国を侵略しない、というウズミ・ナラ・アスハ前代表の掲げたオーブの理念に従い、連合との同盟締結の白紙撤回を発表するつもりであった、ということは以前に申し上げた通りであり、私がオーブという国を、私物化しているなどということは断じて有り得ません。
故に私はラクス・クラインにアスハ代表の速やかな解放を強く、真摯に求めます!
そして、我々オーブ首長国が世界に対して何を行なってきたのかは、世界の皆様方が最もよくご存知のはずです。
復興支援金の融資、連合・プラントの停戦条約締結の立会いに条約内容履行の審査、どれもこれも、世界を滅ぼすなどということとは程遠いものであることは明白です。
そもそもラクス・クラインは各地でテロ活動を行なった卑劣な犯罪者であり、
ナチュラルとコーディネーターの真の融和を願ったギルバート・デュランダル議長を武装蜂起の末に殺害してプラントを占領したテロリスト以外の何者でもありません!
我々人間は、人と接するときにまずは話し合いをするものです。話し合って解決することこそが、気に喰わないからといって相手を力で捻じ伏せたり討ったりして物事を解決するという獣と我々人類を隔てるものであると言えましょう。
しかし、ラクス・クラインは我が国の代表を突如として拉致し、ザフト軍に様々なテロ活動を行い、挙句に自由と平和を求めて独立したプラントという国を乗っ取ってしまいました。
そして今度はオーブに、ユニウスセブン落下の危機から地球を救ったダブルエックスの破棄を突然求め、私の辞任を何らの根拠なく要求し、彼女らの卑劣な武力行使によって傷付き、オーブへ逃れてきた、人類の平和を願いながらも志半ばで命を奪われたデュランダル議長の信念に従った勇者達の引渡しを要求し、これらの不当な要求を当然のことながら拒否したオーブに軍勢を向けてきました。
我々人類は、互いの意見を述べ、互いの意見を聞いて話し合う生き物です。
何か絶対的に正しいものというのはありません。だからこそ、我々は話し合いをするのです。
故に、絶対的に正しいものがなくとも絶対的に間違いであることがあるとすれば、それは、誰の話を聞くこともなく自分のみが正しいと盲信して己のエゴを押し付けることだといえましょう。
そう、常に己の要求を武力で実現してきたラクス・クラインのような行いが!
平和を求めて相互に理解を深めるべく対話を行い、他者の意見、気持ち、痛みを決して知ろうとしないラクス・クラインこそが我々人類の敵なのです!
だから僕は、オーブは他国の侵略を許さない、との理念の下にここで宣言する!
ラクス・クラインが、破壊とエゴイズムに満ちた平和の名を騙った大地を腐らす毒花を何度植えようとも、何度でも僕の力が尽きるまで、僕は嵐となって人類を脅かす毒花を吹き飛ばす!」
ユウナはそう言い終えて、電波ジャックを終えた。
自分がしたことは、デュランダルと同様に歴史の表舞台に上がって戦うことを宣言したことに他ならない。
今、この時を以ってユウナは世界の中心人物になったのである。
翌日のとある新聞の一面はこの出来事にこのような見出しを付けていた。
オーブの青き嵐、吹き荒れる!
そしてこのユウナの宣言が同時に、「終わりの始まり」を告げるものとなったのである。