X-seed◆mGmRyCfjPw氏 第26話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 12:08:59

機動新世紀ガンダムXSEED 第二十六話「各員の奮闘を期待する」

「た……助かったのか、俺達…… ? 」
ブリッツのコクピットでガロードは完全に脱力しきったように呟いた。
乗ってからOS調整の為に必死に動かしていた手が汗で濡れている。
脱出する際にいきなり始まった集中砲火は、幾ら自分がフェイズシフトの働く機体に乗っていたとはいえ背筋に寒気が走ったからだ。
『追撃は無いですから……そう思っても良いかもしれません。』
カリスも自身では完璧に抑制した声で応対しているつもりだったのだろう。
が、言葉の端々に隠しきれていない息の荒さが出ていた。
「そうか……それにしてもよぉ……」
一息吐いた後に出てきたガロードの声は彼らしいとても明るい声だった。
「ひっさしぶりだなぁ、カリス !! まさかおめえもこっちに来てたなんて思ってもいなかったぜ !! 」
『それはこちらも同じですよ、ガロード。この世界に来てから僕は元の世界の仲間たちを探し続けていましたから。』
それから彼は、あの最終決戦以降自分の身に何が起こったのか一通りの事を説明し始める。
『僕がこの世界に来たのは今から丁度一年程前のC.E70年、2月13日の事でした。
見知らぬスペースコロニーの近くで漂っていたのを、他のコロニーから帰ってきたある学者に拾われて……勿論最初は何が何なのか右も左もさっぱり分からない状況でしたから、急いで情報を集めようとしたんです。
でも……その次の日に血のバレンタインという出来事があって……分かりますか ? 』
「あ、ああ……アークエンジェルの皆から何が起こったかは聞いたし、実際それがあった場所にも行った事があるけど。」
C.E70年の2月14日、プラントにとって貴重な食料生産地であったユニウス市に属するユニウスセブンに地球連合軍は核ミサイルを撃ち込んだ。
それも何の警告も無しに一方的に、一般人しかいない唯の農業用プラントに。
核による業火で一瞬にして散った人々の数は、アークエンジェルクルーから推計でしかないといわれたがおよそ24万人あまりと聞かされた。
ここに来る前、過去の事とは言っても、一度ばかりそんな事をやった軍に加担している事をアークエンジェルにいた時後悔した事もあったが、
報酬や安全な生活がかかった傭兵稼業、またこの世界でいえば自分もナチュラル且つ乗りかかった船だけに今更陣営を変えるわけにもいかなかった。
しみじみそれを思い出している間にもカリスは話を続ける。
『三日三晩意識を失ったまま寝込みました……とても言葉なんかでは表現できないあんな状態になったのは生まれて初めてです。あの場にティファが居たらと考えると……』
そう。カリスも人工的に付けられた物ではあるがティファと似た力を持っている。
彼女のそれには及ばないまでも他人の心を感じ取る事が出来るのだ。
その彼が三日三晩意識を失うほどの災厄だったのだ。
A.W世界でサテライトキャノンを初めて撃った時、直後に気絶したティファが数日は安静にしなければならなかったと後で知らされたガロードは、そんな瞬間に彼女がその場にいたらと考えてぞっとした。
無意識の内に考えないようにしていたが、あれを初めて撃った時と血のバレンタインの時では、明らかに一瞬で失われた命の数に雲泥の差がある。
数日気を失うだけではすまないだろう。

暫く続いた沈黙はカリスの方から破られた。
『ともかく、それからある程度回復した僕は、知り合いにザフトでも高名なパイロットがいた事を使って、僕を正規の手段をやり過ごした方法でザフトに組み入れようとする案を、引き取った学者さんから聞かされたんです。
僕としては知らない世界の争い事に介入するのは不味いと思っていましたし、百歩譲って自分がそれでしか当座の間食べていく道が無いと言われても、そんなずるい事をするのは気が引けたんですが、高官の側で武勲を立てて出世すれば人探しも容易になると言われて……
勿論ちゃんと自分なりにこれが正しいのかと考えました ! 元の世界の、フォートセバーンの事もありましたから余計に慎重にならざるを得ませんでしたが……』
そこで一旦カリスは言葉を切る。
まるで捻り出せる言葉を捜している様でもあった。
やがてアフリカ大陸側の荒涼な岸がモニターに見えてきた。
『でもその時僕はとにかく早く皆と合流したい一心で入隊する事を決意しました。それから事は半月もしないうちに手続きが終わって、ヴェルティゴもそのまま渡されました。
気づいた時にはカーペンタリア、カサブランカ沖、スエズ、そして数日前のビクトリア……確かに出世や昇進を重ねるごとに自分の権限も大きくなっていきました。
ですがそれに合わせて捜索網を布いたのですが、一向に事態が打開に向かわないので困っていたんです。でもまさかこんな形で再会できるなんて……本当に良かった。』
カリスの長い身の上話が終わりを告げる。
ガロードは全く知らぬ世界で各地の戦線を転々としながらも、自分達を探していた事にただ純粋に感心した。
傭兵とはいえ、自身もそれに近い運命を辿る事になるだろうとは薄々感づいてはいたが。
安心した様な表情を浮かべ、ガロードはそれに答える。
「ホントだぜ。俺達の所にもティファとテクスはいるけど、まだ他の仲間たちは見つかってねえんだ。話をすればアークエンジェルの皆もお前がザフトにいたって言っても、俺達の仲間だって説明すれば分かってくれると思うからよ。」
『そうですね……』
それから再びOSの調整に戻ろうとしたガロードはティファの方に一旦目をやる。
髪を縛っていた紐が拭きとばされ、ガロードに道を示したティファは長くたゆたう豊かな栗色の髪を大きく広げたまま、彼の膝元で軽い寝息を立てていた。
それを見ているとふっと頭の中にアスランとその同僚の顔が過ぎる。
アスランはティファに危害を加える事を自分に面と向かって言ったばかりか、実際に銃まで撃ってきた。
当たりはしなかったものの、あと少しずれていたらどちらかの首の直撃コースを辿っていただろう。
おまけにもう一人の方は、自分が捕まっている時に自分達の身の安全の保証を約束するような事をのたまっていた。
それだけにティファの下腹にマジの力っぽい一発まで喰らわせたのが許せなかった。
ついもっと他にやりようがあっただろと思ってしまう。
二人揃って一発殴ったとて気がすまない。
ガロードは直感的に思ってしまう。あの二人、もしかしたらこの世界でのフロスト兄弟みたいなもんになりかねないな、と。

「それにしても、っきしょう……次に会ったらあんの二人唯で帰さねえからな ! 覚えてろよ ! 」
腹立ち紛れに呟くその声にカリスが答える。
『君が拘束されていた部屋にいたあの二人の事ですね ? こんな事を言ってはなんですが……アスランの母親は先程話した血のバレンタインの犠牲者の一人です。
もう一人のニコルという少年に関しては純粋に国防の為に尽力したいという雰囲気でしたし、ティファへの一撃も殆ど不可抗力と言っても過言ではないでしょう。』
あっ、という風にガロードはOS調整の手を止め通信機の方に気を取られる。
通信機からは淡々とカリスの語る言葉が出ていた。
『アスランの母親は知り合いのナチュラルにも理解を示していただけに、彼女の死以降、彼のナチュラルに対して生まれた憎悪や不信感は並大抵の物ではなかったでしょう。
裏切られたという言葉でも不似合いかもしれません。』
「それさ、本人の口から直接聞いたのか ? 」
『いえ……心から感じ取りました。染み渡る様に侵入して来たといった方が正しいのか……とても冷たく重い感情でしたよ。』
それを聞いてガロードはしばしの間押し黙ってしまう。
アスランが狂気とも取れかねない雰囲気で自分達を殺そうとしていたのには、そういった経緯があったと改めて思い知らされる。
お互いの立場もあってか、彼とまともに言葉を交わした事など無いにも等しかったが、彼と血のバレンタインについての関係性は大体のあらましをアークエンジェルにいた時にキラから聞かされていたからだ。
その時、荒涼とした大地が広がっていたのを映していたモニターがついに目的の場所を捉えた。
「カリス、あれだ ! あれが俺達の乗ってきたアークエンジェルだ ! 」
周辺に比べて少し窪んだ場所にいる白亜の戦艦。
その後二機は徐々に高度を下げながらそこへ向かう。
だがそれとほぼ同時に、アークエンジェルからそこまで離れていない前方、そして自分達の遥か後方から敵機が飛来している事を、コクピット内の警告音が知らせる。
「 ?! おいおい、やっと皆と合流できるっていうのにこんな所で敵かよ ! どれぐらいいるんだ…… ? 」
『待ってください。今こちらで調べます。』
その間にもセンサーに探知される熱源の数はどんどん増えていく。
後ろから来た機体が自分達を追撃しにジブラルタル基地から発進した機体というのは分かった。パッと見ただけでも結構な数に上る
だが、前方から来ている機体は一体何なのだろうか ?
あっ、という声が通信機から聞こえて来た。
カリスが何かに気づいたのだろうが、ガロードが彼にどうしたんだと訊いても何の答えも返って来ない。
暫くしてから、からからに乾いたような声でカリスはやっと一言だけ発する。
『総司令官殿…… !! 』
間が悪いと言えばあまりにも間が悪い。
レジスタンスの様子を十数機のMSを連れて視察に行った司令官が、道中アークエンジェルの存在に気づいたのだろう。
更に追い討ちをかける様に後方の追撃部隊の大きさがデータとして合わせて報告される。
『戦力は……レセップス級一、ピートリー級二、ザウート三、バクゥ五、ジンオーカー四、アジャイル四、インフェトゥス三……後ろからディン三、ジン四、アジャイル五、インフェトゥス五……』
データを何かに取り付かれたかの如く抑揚の無い声でつらつらと読み上げるカリス。
それは司令官のいる部隊と合わせれば、戦艦一隻と数機のMSで相手をするにはあまりにも不利過ぎる数だった。
分からない単語が並んで困惑するガロードにも自分達が極めて危機的な状況に陥っている事ぐらいは分かる。
「なあ、こっちからアークエンジェルの方に通信を入れてみる。遅いかもしれねえけど二手に分かれるか合流してから両方を同時に迎え撃つかどうするかはその時に決めねえか ? 」
『分かりました。』
一応カリスの反応を訊いたガロードは自分の手で最大限調整したOSを使ってアークエンジェルに通信を入れた。

そこから遡る事五分ほど前。
アークエンジェルでは今後の方針について、ブリッジクルーも含めた話し合いがなされていた。
ジブラルタル基地の真正面にいる事、ザフト制圧下の北部アフリカにいる事、宇宙で先遣隊や第八艦隊と合流したとはいえ資材や物資は標準から見れば相変わらず少ないままであるという事からプランとしては四つ程が上がっていた。
一つはアフリカの北岸に程近い所を辿りつつ紅海に抜けるといった物。
ユーラシアが地中海を挟んで睨みを利かせている事から、いかにザフトが北部を制圧しているとはいえ、あまり大きなアクションは取れないだろうという算段があった。
しかしその途中には砂漠の虎と称されるザフト軍地上部隊の名将、アンドリュー・バルトフェルドとの拠点とものの見事にぶつかる事になる。
戦闘は必至となるだろうがアークエンジェル、スカイグラスパー、そしてストライクだけで抜け切れるかどうかが怪しい。いや、ほぼ無理と言ってもいい。
それに万が一その後上手くインド洋、太平洋に抜けられたとしても、補給抜きで一気に行ける訳が無い。
何がしかの形でそれを受けなければ、ザフト側に与している大洋州連合の近くをおめおめと通る事は出来ない。
スカンジナビア王国やオーブと同じく中立の立場にある赤道連合が手を差し伸べてくれるのかどうか。
そしてもしそれが不可能だった場合東アジア共同体に向かうか、オーブに向かうか。
カオシュン基地が墜とされた事を考慮するとオーブに向かった方がまだマシなのかもしれない。
元々この艦もG兵器もオーブが所有していたヘリオポリスコロニーで作られた物なのだから。
二つ目のルートは大気圏内では高空を飛べないアークエンジェルではあるが、山岳地帯を避けて何とかビクトリアまで辿り着けないかという物。
確かに現時点では自分達にとって一番近い基地であったが、こちらは砂漠やその先に構えるジャングルを何日もかけて突き進む為に現地協力はとてもではないが得られない。
それどころか、先述の様にアフリカ北部はザフト側の支配下なので完全に敵陣のど真ん中を行く事になる。
砂漠の虎よりは小規模かもしれないが複数回の戦闘が起きるだろう。
回数によれば進軍は途中で破綻しかねない。
おまけに今からルート検索をしなければいけないので何とも言えないが、場合によっては一つ目のルートより長い道程になるかもしれない。

三つ目に関しては西海岸を辿りつつ、南米に抜けた後南極経由でアラスカを目指すといった物。
こちらも補給が受けられない点、海に出るまではザフトの制圧下を延々と行かなくてはいけない点等については二つ目と似たり寄ったりの具合である。
おまけに南米に当たる南アメリカ合衆国は元々親プラント国家で、傘下のパナマはマスドライバーを保有していたため、血のバレンタインを契機としたコーディネイターとナチュラルの開戦直後のC.E70年2月19日、
地球連合に属する大西洋連邦に併合されたといった経緯を持っている。
その為に連合の支配下というのは殆ど名目上の物となっており、連合に追従しようとする者、プラント側に戻ろうとする者、
そして両陣営どちらにも属さずに分離独立した姿勢を築こうとする者の三勢力が入り乱れ、場所によっては混迷の様相を呈している。
そこに自分達が半ば首を突っ込むという様な形で向かうのだ。
抵抗勢力等もいるだろうから、自軍の基地へ行っても確実に補給が得られる事は保障されていない。
尤もそれを恐れていては戦場では何のアクションも取れない事になるが。
そして密林の多い南米では酸素供給の問題で焼いてはいけない場所が必然的に出る為おいそれとビーム・火炎放射系・ナパーム系・燃料系・爆弾系は戦闘で使用するのは禁止されてる。
戦闘は全て格闘かナイフ、機銃などを用いらねばならない。
更に南極まで出てしまえば敵との戦闘は無いものの、このルート最大の問題は異常なまでに距離が長大だということだ。
寧ろ北に向かってパナマに行っても良さそうだが、目標の地がアラスカなのでそれなりの待遇は受けそうである。
そして最後のルートがジブラルタルを突破しそのまま北大西洋に出た後アラスカに向かうという物。
このルートに関しては無理も無茶もあったものではない。
まともな思考回路で考えたなら、無謀としか言いようの無いルートだった。
最短ルートであるという事だけが唯一の強みで、敵の襲撃に会う事は無いだろうがその代わりに補給も受けられないどころか、その条件の中で近接する陸地が無い大海を延々と進まなければならない。
抜けられれば殆ど無条件で補給と安全を約束されたも同然だが。
いやその前に、ヨーロッパとアフリカ大陸侵攻の足がかりとして存在するザフトの前線基地であるジブラルタルを、アークエンジェル一隻と艦載機だけで突破できる訳が無い。
先述した砂漠の虎が挟撃でも仕掛けてきたら、笑い話にもならないのだ。

「んで、どうすんの ? 艦長さん ? 」
相変わらず飄々とした感じのムウからマリューに質問が飛ぶ。
自分でもどれが最善かと考えている最中なのに、唐突にどうすんのと訊かれても答えられる訳が無い。
「それを今考えている最中なんです、少佐。色々と八方塞に近い状況だというのは私でも分かります。」
彼女が彼を少佐と呼ぶのには理由がある。
あの低軌道会戦の後月のプトレマイオス基地まで行く事の出来たハルバートン提督が、クルーの階級を軒並み昇進させてくれたのだ。
ザフト相手に大戦果を挙げ、自分達を守りきった者達に対してのせめてもの親心といったところだろうか。
そういった訳で質問に答えたマリューも今では彼と同じ少佐である。
彼女も慕っていた上官から直々に昇進の報せを受け取った時は一瞬喜びもしたが直ぐに現実に引き戻された。
補充要員が追加されたとはいえ、クルーの殆どが実戦経験の無い下士官か兵卒ばかりで、マリューやムウすらもここまで深刻な状況など経験した事が無い。
「ともかく、本艦の目的及び目的地に変更はありません。」
自分の意識をしっかりさせる為の判断とはいえそれは重過ぎる程の判断だった。
茨の道は避けられないという事か……
三人が頭を抱えているとCICからトノムラが一言進言する。
「太平洋に赤道連合っていう頼り手がいるんなら紅海に抜けた方が良いのではないですか ? 」
「中立に属しているだけで頼り手ではない。それに必ずしも我々に援助をしてくれるとは限らんぞ。南からは大洋州連合が睨みを利かせ、東アジアは数日前にカオシュン基地が墜とされたばかりだ。
周囲の不安定な鬩ぎ合いの中で下手にどちらかの陣営に手を貸すような事をすれば今の南米と似た状態になりかねんからな。」
淡い期待とばかりにナタルはその考えを一蹴する。
「それに、向かうにしても暫くは敵陣の真っ只中を進む事になるわ。おまけに海までの道中の中央には砂漠の虎の拠点があるわけだし。現地からの協力も得がたいし。」
「砂漠の虎 ? 砂漠の虎って何ですか ? 」
ナタルの考えにダメ押ししたマリューに対し、レーダーからの警戒を続けていたチャンドラから質問がかかる。
彼等の様な殆ど新兵で構成されているこの場では出てもおかしくない質問だった。
「砂漠の虎っていうのは……」
彼女が説明をしようかといったその時、警告音が鳴り、チャンドラと共に警戒に当たっていたパルが突然声を上げる。
「本艦、レーザー照射されています ! 照合……測定照準と確認 !! 」
その報せに全員がぎくりとしてしまう。
測定照準を使うという事は当然敵に狙われているという事である。大急ぎで自分の持ち場に戻る者達。
マリューは急きこむ様に訊いた。
「数は ?! 」
「待ってください……こ、これは…… !! 」

「どうした ?!! 」
言葉に詰まったパルに思わず怒鳴り込んでしまうようにナタルが訊ねた。
その答えは震えるような声をもって返される。
「前方よりレセップス級一、ピートリー級二、ザウート三、バクゥ五、ジンオーカー四、アジャイル四、インフェトゥス三……後方よりディン三、ジン四、アジャイル五、インフェトゥス五 !! それと……ブリッツと、アンノウンです !!! 」
一瞬にしてその場の空気が凍りつき、ブリッジクルーには全身を厳寒の海に投げ出された様な感覚が襲う。
兵器の種類の垣根を越えて全て含めれば敵機は38機。死刑宣告も同然だった。
これで終わりなのか…… ? 友軍に消息を知らせる事も出来ず、満足に抵抗する事も出来ずに人知れずこんな地で散るのだろうか ?
だからと言って戦わなくて良いわけでも、逃げても良いわけでもない。
そのどちらをしたとしても何処にも行けない状況が好転する訳でもない。
自分達は軍人だ。戦い続けなければならない。
マリューの頭にはちらと降伏の二文字が浮かんだが、慌てて頭を降ってそれを消す。
この戦闘に勝利し、このアークエンジェルと今格納庫にあるストライクとイージスをアラスカまで無事に届けきり、生産ラインにそれが乗るのを見届けなくてはならない。
だがその勝利というものは何らかの奇跡でもない限り到底起こるものではないというのも彼女の頭にはあった。
彼女は全員に冷ややかに、しかし勢いよくきっぱりと告げる。
「総員第一戦闘配備 ! 繰り返す ! 総員第一戦闘配備 ! 」
その直ぐ後に艦内全体にアラートが鳴り響く。
敗北は許されない。そして降伏も撤退も。
それを意識したマリューは通信機に向かい、再び口を開く。
「艦長マリュー・ラミアスより、アークエンジェル全クルーへ通達します。現在本艦の前方にはザフト地上艦三隻を主とするMS部隊が、また後方からはジブラルタルにて本艦の存在を知ったと思われる同じくMS部隊が接近中である。
我々には両部隊を殲滅する以外道は無い。これより開始される戦闘はこれまでに無い程激しいものになると思われるが、我々はなんとしてもこれを突破せねばならない ! 」
そこで一息入れ、気つけと言わんばかりに大声でその熱弁を締める。
「各員の奮闘を期待する !! 」
ブリッジの空気が完全に張り詰め、一片の油断も許さぬ雰囲気へと変貌した。
口上を言い終えたマリューはふと思う。恐らく艦内全体が今のブリッジと同じ空気になっていることだろう。
冷静に考えれば戦闘ヘリ17機、MS21機そしてそれらを指揮するであろう地上艦3隻……合流すれば大部隊ともなるそれに戦艦一隻と戦闘機とMS1機が敵う訳が無い。
それでも絶望的な状況だから敵に死ね等と言われるのはごめんだ。諦めてはならない !
「ラミアス艦長 ! 」
「……っ、何 ? 」
繰り返しその文言を頭の中で響かせたマリューは通信席からの一報を理解するのに暫くかかってしまう。
「先程からこちらに向けて通信を繋いでいる者がいるのですが……」
「発信元、特定出来る ? 」
「待ってください……出ました !! 後方にいるブリッツからです !! 」
「ブリッツから ?!! 」
今は敵の陣営にいるブリッツが何用でこちらに通信を入れるのだろう。
降伏勧告でもする気なのだろうか ?
しかしその見当は良い意味で外れる。
通信自体は途切れ途切れではあったが、聞こえて来た声に彼女は驚かされるのと同時に確かな希望の光を感じた。
『……えてるか ?! ……こちら、ガロード……アークエ……応答してく……繰り返すっ !! こ……ガロード・ラン !!! 』