XXXⅣスレ422 氏_第3話

Last-modified: 2009-09-29 (火) 03:14:11

アルバート・グラディスの目の前に広がる光景。それはモビルスーツの群――
ダガータイプが計6機、左右に3機ずつ並んでいる。どれも色は漆黒。
旧式のダガーと比べると、胸部や脚部、腕部の装甲が強化されているようだ。
しかしアルバートは、別のモビルスーツに眼を奪われていた。
両端に並んだダガーの中央部に聳え立つ、2機のモビルスーツを。
そのうちの一機は、漆黒のダガータイプとは真逆の配色。純白に輝くモビルスーツ。
彼は、その機体を知っていた。最初の大戦で、最強の名を冠した名をつぶやく。

 

「――! あれは、まさか……ストライク!?」
軍人を志し、戦史を愛読していたアルバートは知っていた。その機体の名を。

 

そして、純白のMSの隣に聳え立つ灰色の機体の名も知っていた。
その機体は、母を撃った機体。忌むべき機体。
その名を「自由」の名で称えられる機体。

 

アルバートは、歩き出す。彼の心の赴くまま、純白の機体の方へと――

 
 

機動戦士ガンダムSEED ブルーブラッド 第3話「蒼き記憶」

 
 

シンとダコスタは、相変わらず防火壁の間に留まっていた。
相変わらず赤色ランプが点灯していた。しかし、それが突如止む。
「何でしょう?」と問いかけるダコスタに、シンは「さぁ?」とだけ応える。
クーデターでもテロでも、事態が容易ならざることだけは、容易に想像できた。
ならば、あとは流れに身を任せるだけ。どのみちシンは丸腰だった。
……ダコスタはというと、なにやらジャケットの下から拳銃を取り出す。
彼が拳銃を取り出したのと、片方の防火壁が開くのが、同時だった。

 

人が、いた。ノーマルスーツを着た3人組。どれもマシンガンを持っている。
彼らのノーマルスーツは、どれも黒のフィルターがかかっていて人相は見えない。
彼らの姿を見た哀れな軍人は、拳銃を投げ捨て両手を挙げる。シンもそれに習う。
3人組からの銃撃は、なかった。

 

そのままシンとダコスタはボディチェックを受け、拘束される。
二人は手に錠をかけられると、そのまま3人の前を歩くよう促される。
一連の流れに、ダコスタは不安げに呟く。

 

「このあと、僕たちはどうなるんでしょう?」
「知らないよ。ただこいつら、俺たちをすぐに殺す気は、ないらしい」

 

シンの言葉通り、たしかに拘束されただけだった。まだこの時点では――

 
 
 

アルバート・グラディスが通風口から降り立ったのは、格納庫の3階だった。
3階からは、ちょうどモビルスーツの胸の辺り、コクピットに通じる道があった。
純白の機体に誘われるように、アルバートはコクピットに向かう。
やがて、彼はコクピットの正面に立つ。コクピット右側にある開閉スイッチを押す。
……そこには、まっさらなビニールシートに包まれた、未使用の操縦席が覗いた。
プチモビルスーツと、要領は同じだった。そのまま、少年はコクピットに滑り込む。

 

機体の駆動スイッチを押す。ブゥン……という鈍い電子音とともに、モニターが展開する。
しかし突如として、アルバートは宙に浮いたかのような錯覚を覚える。
見えるのだ。 コクピットから外の景色が。
コクピット内の壁に、周囲の光景が映し出される。

 

「……何、これ!?」

 

思わず、素っ頓狂な声を上げるアルバート。無理もなかった。
純白の機体に搭載されたモニターは、全天候型オールビューモニター。
球状のコクピットから周囲の光景が見渡せる、ザフト最新鋭技術の産物の一つ。
アルバートは、しばしその光景に魅入ってしまう。だが……

 

機体のモニターから、人が歩いてくるのが見えた。男性、のようだ。
身長は180cmほどもあろうか。奇妙ないでたちだった。真っ青なコートを着ている。
コートの周囲は金で刺繍されている。金髪のロングヘアーの男。なにより彼は……
奇妙な、仮面のようなものを付けている。鼻から額にかけて、掛かっているような仮面。
その仮面は、かつてのザフトのエース、ラウ・ル・クルーゼのそれと酷似していた。

 

彼は次第に近づいてくる。アルバートのいるコクピットへと。
アルバートは、仮面の男のいでたちに気を奪われ、男が右手に持つものに気づかなかった。
仮面の男が開放状態のコクピットの前に来て、それを突きつけたとき、ようやく気づく。

 

――銃だ! アルバートの心臓が、高鳴る。殺される、と。
シンが言っていた。相手は、テロリストかクーデター犯かもしれない、と。
しかし、仮面の男は拳銃を突きつけながらも……アルバートの姿を認めるや、声を上げる。
「……子供だと? 坊や、何でこんなところに?」
仮面が、首をかしげる。仮面の男は、すぐに突きつけていた拳銃をおろす。

 

敵意はない。とりあえずは殺さない、ということだろうか。アルバートは、意を決し問う。
「僕は、アルバート。アルバート・グラディス。貴方は、テロリスト?」

 

「……いいや、まだだ。テロリストになるのは、もう少し後の話だよ」
男の仮面に覆われていない口元が、怪しくゆがんでいた。

 

男の声は、ハスキーだが妙に軽い。その軽さが、アルバートの気を緩める。
「僕は、名前を名乗りました。貴方の、名前は?」
「……これは失礼、坊や。私の名はシオン。古い地球の言葉で、"理想郷"という意味だ」

 

シオンと名乗る仮面の男は、アルバートにコクピットから出るよう指示する。
男の右手に拳銃が握られている以上、撥ね付ける勇気もなく、アルバートは従った。
ただ、シオンはアルバートを拘束しなかった。自分の前を歩くよう、促されただけ。
シオンは、道すがらアルバートに問う。なぜ、この場所にいるのかと。

 

「この艦は、7年前に僕の母さんが艦長を務めていた艦です。だから、ここにいます」
「なんと! すると坊やは、あのタリア・グラディス殿のご子息というわけか? 」
頷くアルバートに男は感嘆の声をあげる。男は、アルバートの母親の名前を知っていた。

 

タリア・グラディスは有名だった。戦後のプラントには、デュランダル派が存在した。
彼らは、クーデター同然に政権を奪い去ったラクス・クラインに対する抵抗勢力だった。
彼らは、戦争直後のプラントで約半数にまで及び、彼らの中でタリアは英雄だった。
最後の最後まで、デュランダルに尽くした忠臣。いわゆる、判官びいきというやつだ。
敗者にこそ、栄光あれ――それは、旧ミネルバのクルーも同じだった。
シン・アスカをはじめ、クルーたちは戦後軍を離れ、それぞれの生活を始める。
影に日向に彼らを支援するものは後を絶たず、シンも警察で一応は厚遇を受けていた。
比較的残業の少ない部署を回らされ、署内でもぞんざいに扱われることはなかった。
賢明なラクスは、7年の政権運営でデュランダル派を排斥することなく治世を続ける。
その甲斐あって、クライン派とデュランダル派は、表立った対立はなかった。

 

二人は艦内通路歩き続ける。アルバートは、気のせいか上へ移動しているような気がした。
少年は、後ろを振り返り、仮面の男を不安げに振り返る。
男はフッと笑い、応えた。「タリア・グラディス殿のご子息に、危害は加えない」と。
その言葉を信じて安心してよいのか……このときのアルバートには、分からなかった。

 

やがて、二人は艦の最上部にまで到達する。アルバートの目の前に、扉が広がっていた。
その扉の上方には、部屋の名前が刻んであった。ブリッジ、すなわち艦橋の意味。
アルバートは、自分がいる場所を悟り呟く。

 

「ここが、母さんが働いていた場所――」

 

ミネルバ艦橋は狭い。初代の頃から、最低限の人員で艦を運用できるよう設計されていた。
少数のコーディネーターで構成されるザフトが、地球連合に勝つための方策。
戦後7年経って建造されたミネルバ2にも、その意匠は踏襲されていた。
狭い艦橋の艦長席付近に、男二人と、黒いノーマルスーツを着た3人組がいた。
アルバートとシオンの登場に、5人は振り返る。
アルバートは二人が生きていたことに安堵するが、シンとダコスタは……
二人は、アルバートの後ろに控える奇妙ないでたちの仮面の男を凝視していた。
一方、仮面の男――シオンは、シンの方をじっと見つめている……ように見える。
やがて、仮面の口元が動き出す。

 

「はじめまして、シン・アスカ。ミネルバへようこそ。いや、お帰りなさい……かな?」
「……クーデターの首謀者か? それともテロリストの片割れか?」

 

シンの問いかけに、仮面の男は笑い出す。それから、言った。
「テロリストが元首を務める国に反逆する者は、果たしてテロリストなのですか?」と。
彼は名乗る。自分たちが、ある目的のために結成された集団である事を。
シンは「その目的とは?」と問うが、答えは返ってこない。
ふいに、仮面の男の右手が上がり、指を鳴らす。同時に……
シンとダコスタを拘束している3人が、黒のフィルターの掛かったヘルメットを脱ぐ。

 

そこには、二人の少年と、一人の金髪の少女がいた。
その少女の名を、シンは知っていた。

 

記憶が奔流となって蘇る。7年前、シンは出会った。少女は、連合のエクステンデッド。
ディオキアの浜辺で知り合い、戦争の中つかの間の安息を得た二人。
しかし、運命は彼らに非情なまでの対決を迫る。
ベルリンでの邂逅。そのとき、彼女は一の兵器として、シンを襲った。
何も出来ぬシンを尻目に、フリーダムの介入によって彼女は息絶えた。
彼女の最期は、シンが看取った筈だった。ベルリンの湖畔で。シンは、少女の名を叫ぶ。

 

「ステラ! どうして!? あの時、君は確かに――!」

 

――死んだはずだった。だが、7年前と変わらぬ姿で、彼女はシンの目の前にいる。

 

「それは、ステラ・ルーシェのクローンだ」と、声が飛ぶ。仮面の口元が、嗤っている。
仮面の男は、ゆっくりとシンの前まで近づき、ある提案をする。

 

「シン・アスカ。貴方が我々に協力してくれるなら、このステラを貴方の自由にしていい」
仮面の口元から発せられる声は、次第に嘲笑に変わっていた。

 

刹那--仮面の顔面が、弾かれる。
拘束を受けていたシンは、腕は使えなかった。
しかし、両足は健在だった。左脚を軸足に、残った右脚でハイキックを見舞ったのだ。
シンの瞳には、普段の彼とは違う色が宿っていた。
怒りに染まった紅が、燃えていた。

 

――カラン。音がする。男が身につけていた仮面が取れた音。
その音が艦橋に響き渡る直前、シンはステラと同じ少女に組み伏せられ……
二人の少年にマシンガンを突きつけられる。童顔の少年と、鋭い目つきの少年に。
7年前ディオキアでステラと会ったとき、彼女を迎えに来た二人組みと同じ顔だった。
それでも、シンはすぐに仮面の男に視線を移す。彼の素顔が、露になる。
シンは、その男の顔にも見覚えがあった。記録で見たことがあった。

 

「お前は、ムルタ・アズラエルか?」

 

かつてのブルーコスモスの盟主の顔と、良く似ていた。だが、男はそれを否定する。
無言で首を振り、シンの蹴りで外された仮面を取り付けてから、シンに向きなおる。
シンは知っていた。ムルタ・アズラエルが、かつての故郷オーブを焼いた張本人だと。
だが、アズラエルに良く似た男は被りを振る。吐き捨てるように言い捨て、否定する。

 

「たとえ血はつながっていても、あんな大量殺人鬼の父親と一緒にしないで欲しい」

 

確かに、目鼻といった顔立ちは似ていたものの、生前のアズラエルより一回り若く見える。
ムルタ・アズラエルと比べて、10年ほど若い。せいぜい、二十歳かそこらといったところ。
――ならこいつは、アズラエルの息子か! 告げられた事実にシンは瞠目した。
再び仮面をつけた男は呟く。
「仲間にしたいと思っていたけど、怒らせちゃったらしい」と。
また、仮面の口元が嗤う。シンから視線を外し、アルバートに視線を移す。
アルバートを見ながら、仮面の男――シオン・アズラエルは言った。
「ま、いいか。代役は、さっき見つけたし」と。

 

アルバート・グラディスには、何がなんだか分からなかった。
シンと金髪の少女の関係、そしてムルタ・アズラエルという名も、良く分からない。
それでも、たった一つだけ分かった。シオンは、自分をシンの代わりにするらしい。
だから、少年は問う。「貴方は、僕に味方になれと言うんですか」と。
シオンは、鷹揚に頷く。そして、言った。

 

「我々の目的は、ただ一つ。君の母上の仇――ラクス・クラインを、抹殺することだ」

 

かつてのテロリストを撃つために、過去から生まれた新しきテロリスト。
その名は、シオン・アズラエル。
彼の言葉に、アルバートの心は大きく揺らいだ。

 
 

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