XXXIXスレ513 氏_シン・アスカは歩いて行く_第1話

Last-modified: 2011-07-20 (水) 23:20:58

「で、そんなしがない回収業者に毎週律儀に電話してくるとは、評議会も随分とお暇なようですね。
 それとも、アスハとの遠距離恋愛がそろそろ限界に来てます?」 

『そう虐めるな、シン。俺だって分不相応と分かっていながらもプラント復興の為に頑張っている訳だし。
 後、カガリの事はあまり突っ込まないでくれ。今は、お互い色々と微妙な立場なんでな』

 

 週末、慣例化してきたアスラン・ザラ“新プラント政府 最高評議会議員”との電話は、
大体がいつもこんな始まり方だ。
俺自身、ここまでアスランと砕けた会話が出来るようになるとは思ってもみなかったが、
人は成長するものだ。
嫌みな事を言ってはいるが、この定時連絡のお陰で今の大まかなプラントの
情勢が分るのはありがたかった。

 

 アスラン自身、戦後のプラント立て直しや終戦処理に携わっていこうとしていた矢先、
復興までのプラント最高評議会議員の臨時議員の一人として選出された。
選ばれた当初は随分と悩んでいたようだが、クライン派とザラ派の橋渡し役としてだけでなく、
この戦争に直接関わった自分が、傷ついたプラント復興の為にに尽力する事は、
自らの行いを省みる為のものであり、また、パトリック・ザラの息子としての義務を今こそ果たす時だと、
プラントの機能が一通り元通りになるまでという条件で引き受ける事になったらしい。

 

『とりあえず、ミネルバクルーの最終的な配属先が決まったぞ。
 大体が多少の降格や減給を受けたが、概ねまともな部署へ転属される事になった』

「そりゃよかった。俺だけ先に再就職して他の皆が宙ぶらりんなままは後味悪かったですからね」

 

 俺の場合は、プラントからの強制退去だったわけで好きで先に再就職した訳ではないんだが、
他のミネルバクルーの去就がどうなるかは、ずっと気にかけていた。

 

『まあ、お前の場合は再就職するしか道はなかった訳だし例外中の例外ではあるがな。
 とりあえず主なところだと、トライン副長がプラント間シャトルの船長に。
 ヴィーノは随分愚痴っていたが、結局地球のディオキア基地へ転属。
 アビー管制官は、交易船が発着するプラント港の管制室オペレイターに決まった』

 

 トライン副長とアビーは、本人の能力からみても十分妥当な配属先だ。
 ヴィーノに関しては、少し可哀そうな気もするが、直ぐに慣れて手紙でも送ってくれるだろう。

 

『後、ルナマリアとメイリンが正式に除隊届を提出して来て、つい先日その受理を行った。
 近々、二人揃って一度実家に戻ってから新しい仕事を見つけるそうだ』

「そうですか。よかった・・・」

 
 

 終戦後、ルナとはほとんど会う機会が無かった。
俺自身が、裁判所と独房を往復する生活だったし、その後すぐにプラントからの退去処分。
久しぶりに会ったえたのは、俺が月へ行く直前だったのだから、何とも忙しない事この上なかった。
おまけに、久しぶりに会ったと思ったら、ちゃんと食事は取っているか、睡眠は取れているのか等、
お前はおれのお袋か!と言いたくなるような事ばかり聞いてきた。

 

 だが、俺の事を心から心配して言ってくれているルナのその言葉が嬉しかった。
メサイア攻防戦の前は、俺自身がステラの事や再び現れたアスランの事、
デスティニープランの事などで頭の中はごちゃごちゃになっていて、他人を省みる余裕も無かった。
そんな中、ルナは多少緊張した顔はしていたが、何時も通りに俺たちに接してくれて、出撃していった。
今思うと、自分だってメイリンを残して死ぬかもしれないというのに、
俺たちの気配に気づいてあんな言葉を掛けてくるとは、女とはつくづく強いものだと後々気付いた。

 

 そんなルナだったが、別れる直前に自分とメイリンが近々軍を辞める予定だと俺に告げた。
やはり、ルナにとってもメイリンにとっても今回の終戦が一つの転換点だったようで、
ルナと一緒に見送りに来てくれていたメイリンも、軍に残ってルナと離れ離れになるよりかは、
自分たちで新しい仕事を始めた方が、良いと判断したのだろう。
一応、ここの番号は教えてあるので落ち着いたら向こうからけたたましい声と共に掛けてくるに違いない。
その時にでも、改めてお互いの近況を伝え合えれば十分だ。
ルナとメイリンだったら、きっとうまくやっていける。

 

『そのルナマリアとつい先ほど会ったんだが、お前に電話をすると言ったら伝言を頼まれた』

「ルナから?連絡先教えているんだから直接連絡くれればいいのに。何て言ってきたんです?」

 

 そう聞くと、アスランは少し苦笑いを浮かべた。俺が不思議そうにしていると、

 

『じゃあ言うぞ。
 「シン、新しい仕事にはもう慣れた?あんたは、一度に幾つもの事を出来るほど器用じゃないんだから、
  じっくり落ち着いてやっていきなさいよ。
  唯でさえ、不器用なんだしもう私やレイは居ないんだからね。
  それと、監督官さんには迷惑かけないようにしなさいね。
  あの人はあんたと違って色々と立場がある人なんだから、
  絶対にぜーったいに変な気起こして取り返しのつかない事だけはしないように!」 』

 

「あいつに、うちの監督官様の本当の姿をレポート用紙100枚にまとめて読ませてやりたいな。
 あの人の真の姿を知ったら、間違いなんて・・・」

『最後に 「自分の事を一番に考えて、無茶だけはしないようにね」 とな』

 

 かなりの言いたい放題に不満の声が喉から飛び出そうになったが、最後の一言で何も言えなくなった。
 相変わらず、くだらない事になると無駄口が多いのに、伝えたい事は本当にシンプルな言葉で伝えてくる。

 

『まあ、彼女らしいじゃないか。面と向かって言い辛かったから、俺に伝言として頼んだんだろう』 

「ルナのやつ・・・悪いんですけどアスラン、ルナの奴にこっちからも伝言頼めますか?」

『俺は伝書鳩じゃないんだがな。まあ、今回は特別だぞ』

 

「じゃあ・・・
 『そっちの方こそ、メイリンの足引っ張らないように注意しろよ。
  お前は女のくせに大雑把なところがあるから、一つ一つ確認してやるようにな』
 ・・・後、 『色々気にかけてくれてサンキューな』 って、何ですその顔はなんですかアスラン」

『いや、お前も大分成長したなと思って。これは回収業者“インパルス商会”の未来も明るいかな?』

 

 全く、この人に伝言なんて頼むんじゃなかった。
あの月面の一件から、完全に俺の保護者気分だ。
それでも、誰かに気にかけて貰っているという事が、悪いことじゃないと
感じられている自分にも驚いている。
アスランの言うように、良い意味でも悪い意味でも人間として成長してきたって事なのかもしれない。

 

 しかし、次にアスランから放たれた言葉で、俺の思考は現実に引き戻された。

 

『ところでシン。その監督官についてなんだが・・・最近の様子はどうだ?』

「どうもこうも無いですよ。あの人が来てから3ヶ月経ちますけど、
 いい加減、俺の仕事を増やすのはやめて欲しいんですよね!てか、何であんな事するかな!!」

『あ~、その様子だと今週も何かやらかしたようだな』

「生卵を電子レンジで調理する人、初めて見ましたよ。唯のネタ話だと思っていたのに・・・」

 

 俺の愚痴を聞いて、アスランが引き攣った笑いを浮かべたが、俺としては全く笑えない。
あのせいで、レンジはおろかキッチン周りの電気回路が一時ショートして、
危うく冷蔵庫までオシャカになりそうだった。

 

『まあ、彼女は今までそういう事はやった事無かったろうし、
 一緒に居るお前に年長者としていいところを見せたかったんだろう』

「出来ないなら出来ないで聞いて欲しいんですけどね。というか、誰か別の人に代えられないんですか?」

『残念だが、それは出来ない。今、彼女はプラントにもオーブにもその身を置く事が出来ない。
 お前には苦労をかけるが、お前と一緒に居る事が彼女の身を守る為でもあるし、
 ひいてはお前を守る事にもなる』

「・・・彼女が監督官というより、俺が彼女のボディーガードみたいな扱いになっちゃってますよね」

『それは否定出来ないが、今回の事に関しては彼女が率先して言い出してくれて助かっているのも事実だ。
 戦後、あのままプラントに残っていたらクライン派の議員共にどう利用されていたか』

「その辺りの詳しい事情はあまりツッコミませんけどね。
 まあ何だかんだいって、彼女がいるお陰で俺の安全が保障されているのは事実ですし」

 

 急にシリアスになったアスランだが、色々と込み入った事情があるのはもう理解している。
俺だって、まさか彼女が監督官としてやって来るとは夢にも思わなかったが、、
同行してきたアスランとキラ・ヤマトの説得という名を被った脅迫に押し負けて、不承不承受け入れた。
そのお陰で、俺の居るローレンツ・クレーター上空には監視衛星と緊急時の攻撃衛星が合計30機、
昼夜を問わずうちを見守っているというか、監視している。
そいつらが配備されている要因がうちの監督官様なのは明白で、もし彼女が居なくなったら、
その攻撃衛星のターゲットがどこに向けられるかは考えるまでもない。

皮肉な話だが、プラントから追い出された俺がプラントにとってある意味で最も重要な
キーマンと共に居るというのは、俺を追い出した奴らにしてみれば、発狂しかねない事だろう。

 
 

《シーーーン!!ちょっと来て下さいましーー!!》

 

「と、ちょうど話していたらその監督官様がお呼びだ。じゃあ、今日はこれで切りますよ」

『ああ、お前には苦労をかけるが彼女に宜しくな』

「そう思うなら、回収したMSパーツの査定をもう少し上げるように言ってください。じゃ」

 

 そう言って、アスランとの定時連絡を打ち切り、声がした方へ歩いて行く。

 

「さーて、今度は何の用事なのか・・・って、風呂じゃねぇか!何考えてんだあんたは!!」

《シン?何がとはなんですの?》

「何がもこうもないでしょ!あんた無自覚過ぎて心臓に悪いんだよ!」

《仰っている意味がよく分かりませんが。
 そんな事より、私の部屋から新しいシャンプーを持ってきて下さいませんか?》

「あ~、何を言っても無駄なんですね。はいはい分かりましたよ、取ってきますよ」

《あ、お待ちになって下さい。今、部屋の鍵を渡しますので》

「え?」

 

  【プシューッ】

 

 俺が居住スペースの方へ向きを変えようとしたら、突如風呂の扉が開きそこから出てきたのは・・・

 

「シン、この鍵で開きますので。シャンプーは鏡台の右下ですわ」

 

「ちょ、ちょっと待てって・・・だから前隠してから出て来いー!
 あんたは、一体何なんだーーー!!!」

 

「ラクス・クラインですわ?シン、ボケたんですの?」

 

「あーー!相変わらず空気読んでくれないよこの女!!」

 
 

 そこに立っていたのは、

 

 かつて『歌姫の騎士団』と呼ばれた最強の武装集団の象徴であり、

 

 『プラントの歌姫』として多くのプラントのコーディネーターから愛され、

 

 今は『シン・アスカ矯正監督指導員』として俺の所へ転がり込んできている

 

 ラクス・クラインその人であった。

 
 

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