XXXIXスレ513 氏_シン・アスカは歩いて行く_第5話

Last-modified: 2011-09-29 (木) 01:34:11
 

「こんちは~、インパルス商会のシン・アスカです」
《お疲れ様です。今、ハッチを開けますので少々お待ちください》

 

 週末、回収したジャンクパーツ等の査定を行うプラントの業者が牽引するコンテナの入り口へ
俺は自分のゲイツと回収したパーツの入った収納ボックスを横付けした。
ゲイツを固定しコクピットを開けると、タイミングよく目の前のハッチが開いた。
少し待って乗船許可の連絡が入ったのを確認して、俺は体を泳がせ船内へと入って行った。

 

「いつもご苦労様です。あなたのように、プラントの復興の為に
 まじめに働いて下さる回収屋さんは少ないので、とても助かっております」
「それはいいんですけど、その真面目なインパルス商会がこれからも安定して働いていく為にも、
 もう少し査定額に色をつけてくれたら、俺はうれしいんですけどねぇ」
「そこはご容赦ください。私たちは、プラントが定めた正しい基準に則って査定を行っております。
 アスカさんのお気持ちも分りますが、秩序を守るべき立場の私たちが法から外れるような事を
 してしまっては、プラントに属さない違法なジャンク屋共に対して示しがつきません」

 

 この仕事を始めてからそこそこになるが、俺はこの回収業者の査定員がどうも苦手だ。
回収物の査定は厳しく、融通は全然利かない。そのくせ、ちょっとしたミスにこっちが突っ込んでも、
絶対に非を認めようとはしない頑固頭。そして何よりも、

 

「ところでアスカさん。今週もラクス様はお元気でいらっしゃいますでしょうか」
「ええ、元気元気。食欲も旺盛で、今朝も寝ぼけながらトースト2枚にゆで卵なんて3つも食べてましたよ」
「何ということを!アスカさん、あなたが付いていながら何故そのような暴食を御許しになったのです。
 我らがラクス様の御身体にもしも何かあったら、あなたはどうするのですか!」

 

 またこれだ。この男は、クライン派の議員共へ俺の行動をチェックし報告する仕事も担っており、
どうでもいい小さな事を一々挙げ連って、俺に難癖を付けてくる。
正直、鬱陶しくて堪らないのだが、神輿を失った宗教団体なんてこんなもんなんだろうなと思うと、
いい気なもんだと笑ってやりたいが、その矢面に自分が立たされているとなると全くもって笑えない。

 

「いいですか。ラクス様はこれからの世界平和の為に絶対に必要な御方なのです。
 それが、あなたのようなただの敗残兵と一緒に居て御身体を壊されたなんて事になったら、
 あなたはどう責任を取るおつもりですか」
「分りましたよ。そこら辺は、これからちゃんと注意していきますから。
 プラントのアイドルが、いつの間にやらドラム缶みたいになってたら笑えませんからね」
「またあなたはそのような物言いを!あなたには、ラクス様を敬うお気持ちがないのですか!?」

 

 正直、普段のラクスさんを見ていると自堕落でマイペース、家事全般出来ないポンコツっぷりで
敬うなんて気持ちは全く湧いてこないが、逆に親近感は湧いてきている。
まあ、こんな事をこの男に言ったら、また余計な御説教が始まりそうなので黙っておく。

 

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「では、今週分の支払いは来週の頭には振り込まれておりますので、ご確認ください」
「分りました。じゃあ、俺は物資運搬コンテナの方で買い物がありますので失礼します」
「ああ、アスカさん。少しお待ちください」

 

 その後、多少の小言は続いたが無事に査定も終わり、俺は一週間分の物資を買おうと
隣の生活物資が積み込まれているコンテナへ体を向けようとしたところで呼び止められた。

 

「まだ何か?」
「いえ、あなたにではないのですが、是非こちらをラクス様にと思いまして」

 

 そう言って、その男が持ってきたのはワインだった。しかも、ご丁寧に綺麗な化粧箱に入れられた。
酒の事なんて全く分らない俺から見ても、それが超が付くほど高級な一品であるのは見て取れた。

 

「ラクスさんに渡しておけばいいんですか?あの人、お酒なんて飲めたかなぁ」
「そのような事気になさらなくて結構。貴重な品なので、細心の注意を払ってお願いします。
 それと、これはラクス様への献上品ですので、あなたごときが飲んでいい品ではない事もお忘れずに」

 

 一々言う事に腹がたつが、ここで言い返してもまた面倒臭いので、俺は適当に相槌をうって受け取り、
自分の買い物をするべく隣のコンテナへと移って行った。

 

……

………

 

「で、これがそのワインです」
「お疲れ様ですわシン。それにしても、随分と豪華な箱に入ったワインですわねぁ」

 

 買い物を終えて戻ってきた俺からそのワインを受け取ったラクスさんだが、
その反応からみると、あまり興味がないようだった。

 

「それで、このワインはどうすればよいのでしょうか。私、お酒は飲めませんのに」
「まあ、俺も飲めませんからね。でも、ワインって寝かせておくとおいしくなるっていいますし、
 しばらくはどこかに保管しておけばいいんじゃないですか?」
「そうですわね。では、どこかに置いておいて下さいな。
 そんな事よりもシン。今週はちゃんと買えたのでしょうね」
「先週買えなかった時にちゃんと予約してたから大丈夫ですよ。はい、牛乳プリン」
「まぁ、しかも6つもですか。嬉しいですわ!!」

 

 俺の稼ぎなんて一瞬で吹っ飛ばすような高級ワインより、1個120円程度の牛乳プリンを
大喜びする彼女を見ていると、さっきの億劫なやり取りなんてどうでもよくなってくる。
戦時中に見た演説をしている彼女とは程遠い姿ではあるが、この飾らない今の姿こそが
勝利を導く聖女と祭り上げられていた時とは違う、本当のラクス・クラインの姿なのだろう。

 

「そうですわ。このワイン、シンが成人した時の御祝いの時に開ける事にしましょう」
「いや、俺は絶対に飲むなって言われたんですけど」
「そんな事、私は知りません。それに私の物になった以上それをどうしようと私の勝手なのですから、
 それをシンと一緒に飲んだとしても何も問題ありませんわ」

 

 何か凄まじいラクス理論を聞いたような気がするが、気にしたら負けだ。
 今度、あの男にワインの事を聞かれたら適当に誤魔化しておこう。

 

「と、ワインの事は置いておいて、先週食べられなかったプリンを早速頂きましょうか」
「好きですねぇその牛乳プリン。まあ、程よい甘さで俺も嫌いじゃないですけどね」
「あら、シンもお好きだったんですの?ごめんなさい気付かなくて」
「俺というよりも、妹が好きだったんですよそれ。オーブでも売っていましたからね。
 よく、妹が食べているのを一口貰ったりしてたんですよ」

 

 マユも、買い物に出かけた時はよく買ってもらっていたなぁと、俺が昔の思い出に浸っていると、
何を思ったのか、ラクスさんはプリンを掬ったスプーンをこちらに向けてきた。

 

「そうだったのですね。ではシン、あーん」
「はい?」
「ですから、シンにも一口と思いまして。はい、あーん」
「俺はいいですよ。ラクスさんが食べちゃって下さい」
「いえ、シンにとっても懐かしい味というのでしたら、是非一口」
「あ~、分りましたよ。ありがたく頂きます」

 

 そう言って口にした牛乳プリンは、とても懐かしい味がしてオーブに住んでいた頃を思い出した。
今でもやるせない気持ちや複雑な思いは残っているけど、ある程度落ち着いたら一度オーブに行って、
父さんと母さんとマユに、俺の近況を報告するのもいいかもしれない。
その時は、マユの好きだったこのプリンも持って行こう。きっと天国のマユも喜んでくれるだろう。

 
 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 
 

《導師様!やはりシン・アスカはラクス様の重要性を全く理解しておりません。
 このままでは、ラクス様がどんどんと世俗にまみれダメになってしまいます。
 来るべき時に備えて、一刻も早くラクス様を奪還した方が良いと私は進言致します》

 

「あなたの言い分も分りますが、あまり早急に物事を考えてはいけませんよ。
 確かにラクス嬢は我々の目指す世界平和の為に必要な御人ですが、シン・アスカ君も彼女と同様に
 “SEED”を持つ者なのです。出来うる事なら、彼も我々の計画に協力して頂きたいのです」

 

《しかし導師様。シン・アスカは、あまりにも粗暴で直情的で向こう見ずです。
 MSのパイロットとしてはキラ様やアスラン・ザラに並ぶエースかもしれませんが、
 果たしてあのような男が、我々の目指す崇高な世界を理解できるかどうか・・・》

 

「彼だからこそですよ。オーブでの戦乱で家族を失った彼ならば、我々の目指す世界平和の為に
 きっと手を貸して下さるでしょう
 そして、彼はとても情に厚い若者でもあると聞きます。
 今回のラクス嬢の行動は我々にとっても計算外ではありますが、
 その結果として、彼がラクス嬢との生活によって彼女に対して親愛の情を持ってくれるのなら、
 ラクス嬢を迎え入れると同時に、最高のMSパイロットである彼も我々の下に来てくれるはずです」

 

《なるほど!ラクス様の慈愛の御心に触れれば、シン・アスカも我々の崇高な使命を理解してくれると。
 さすがは導師様。そこまで御考えだったとは》

 

「いえ、全ては世界の為です。では、あなたは引き続き彼とラクス嬢の監視をお願い致します」

 

《承知致しました。全ては、正しき世界の為に》

 
 

「ふん、相変わらず見事だな。横で聞いていると、あまりのペテン師ぶりに寒気がしてくる」
「これは異な事をおっしゃる。私は、彼のように信仰に熱い信徒を導いているだけなのです。
 それに、あくまで彼はラクス嬢への忠誠心で動いているだけで、私はその後押しをしているだけですよ」
「私には、前を断崖絶壁と気付かせずに突っ走らせているようにしか見えんがね」
「まあ、失敗したらその時ですが、彼がシン・アスカ君とラクス嬢を私の下へ連れてきて下されば、
 私達の思い描く平和な世界に大きく近付けるでしょう」
「平和な世界か。貴様が操りやすい世界の間違いだろう?
 それで、どうやってその二人を手に入れる気だ。クラインの娘が勝手気ままに行動してくれたお陰で
 随分と面倒な事態になってしまっているが、ちゃんと考えてはいるんだろうな」
「もちろんです。現在のプラント政権は我々の息のかかっていない方たちが実権を握っていますが、
 その中心人物さえ居なくなってしまえば、内部を掌握してしまう事など容易いこと」
「アスラン・ザラだな。しかし、あの小僧をどうにか出来たとして、まだ問題は残っている。
 ユーレンが残していったあの完成品は何としてでも手に入れなければならんだろう」
「分っています。ですから、その二人が地球圏へ降りてこざるを得ない状況を作り出すのです」
「・・・オーブか」
「はい。プラントと友好関係にあるオーブで“突然”クーデターが起きれば、その鎮圧の為に
 彼らはきっと駆けつけてくれます。いえ、駆けつけざるをえない。
 何せ、彼らの大切な女性が統治している国なのですからね」

 

「サディストだな。よくもまあ、そんな考えがポンポン浮かんでくるものだ」
「そういうあなたも、その体を得るまでに随分と悪行を積まれたのではないですか?」
「必要悪と言ってもらおう。あの“失敗作”と“出来そこない”には心底ガッカリさせられたが、
 その失敗のお陰で、私は生まれ変わる事が出来たのだからな」
「一度戦死されたご子息までその為の実験に使われて。人の生への執着とは恐ろしいものですねぇ」
「あのバカも、多少とはいえ私の役に立てて本望だろう。
 もっとも、碌な戦果も上げられず預けたエクステンデッドも全てダメにしてしまうとは思わんかったが。
 クローンまでもが、私を失望させてくれるとはつくづくダメな男だったよ」

 

「では、あなたにはそろそろ宇宙に上がっていただきましょうか。
 私がお迎えに行ってもよいのですが、地球に降下してきた彼らを説得する仕事がありますので」
「“脅迫”の間違いではないのか?まあいい。
 私としても、出来そこないのあいつが肩入れしていたシン・アスカがどのような男なのか興味がある」
「必ず、ラクス嬢と共に生きた状態で連れてきて下さいね。“SEED”の複製はまだ出来ないのですから」
「奴は非武装のゲイツしか持っていないのだろう?ならば、捕らえるのは容易い事だ」

 

「それを聞いて安心しました。では、頼みましたよ『アル・ダ・フラガ』」
「貴様の方もな、『マルキオ』」

 
 

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