XXXIXスレ513 氏_シン・アスカは歩いて行く_第6話

Last-modified: 2011-10-26 (水) 19:03:45
 

「シン。あそこに漂っているものはなんですか?」
「あれは連合のドレイク級ですね。その横っ腹に刺さっているのはザフトのナスカ級。
 多分、最後の戦闘の時に特攻をかけたんだと思います」
「あんなに大きなものも、未だに処理されていないんですのね」
「完全なスクラップ状態の物ならさすがに回収しますけど、ああいった原型が残っている物は
 戦死者の遺品が回収出来る見込みがあるので、定期的に調査隊が調べているんですよ」

 

 今、俺はピンクのパイロットスーツに身を包んだラクスさんと並んで
ローレンツ・クレーターの縁を歩いている。
とてもメルヘンチックな雰囲気に思えるかもしれないが、
お互いの腰に安全用のロープが結ばれているという、
何ともマヌケな格好を見れば、どんなメルヘンチックな言葉も吹き飛んでしまう。
しかし、ラクスさんはそんな事にはお構いなくキョロキョロと子供の様に辺りを見回しては
俺に色々と聞いてくる。

 

 そもそも、何故こんな事になったのかと言えば、
それは俺が朝食のお皿を洗っている時の会話から始まった。

 

「シン、今日はこの後に何か予定がありますか?」
「今日は仕事も休みの予定ですから、今のところ何もありませんよ」
「そうですか・・・ではシン、私ひとつお願いがあるのですが聞いて頂けませんか?」
「お金がかかるものはダメですよ。うちの財政は火の車なんですから」
「そこは問題ありませんわ。何か買って欲しいというようなお願いではありませんから」
「ならいいですよ。それで、一体何ですか?」

 
 

「とまあ、そんな事があったんですが、俺一人では判断しかねるんでアスランの意見をお願いします」
『随分といきなりだな、シン。とはいえ、大体の事情は分った。
 こちらとしても彼女の言い分は分るし、何とかしてやりたいところではあるが・・・』

 

 朝食後にラクスさんが俺に言ってきたお願いというものは、
 “偶には自分も、外を歩きたい” という、とてもシンプルな願いだった。
しかし、今の月面はお世辞にも綺麗とは言えず、スペースデブリやMSや戦艦のスクラップが
飛来してくる為、安全面において非常に危険な状態だ。
そして何より、ラクス・クラインがローレンツ・クレーターから出たという事が知れれば、
彼女を狙う有象無象の輩を呼び寄せてしまうという危険性も孕んでくる。

 

『月面上空の衛星の攻撃対象を、その時間だけ外部からの侵入者に向けるよう出来ればいいんだが。
 そこら辺に関して俺はノータッチだったんで、キラにでも聞かないと何とも言えんな』
「なら、キラさんに頼んで下さいよ。あの人、基本的に暇なようですし」
『お前の所で喋っている時以外は割と真面目に仕事しているようだぞ?・・・多分だがな。
 まあいい、キラにも繋げて聞いてみるとするか』

 

……

………

 

《衛星のセキュリティへのハッキング?大丈夫、出来るよ》
「本当ですか?あれってクライン派の奴らに管理されてるって聞いてますけど」
《そんなの僕にかかれば朝飯前だよ。
 あの人達、御大層な防壁作ってガードしているつもりのようだけど、
 僕から言わせればザル過ぎて壁にさえなってないね。
 お陰で、彼らが何かしようとしても筒抜けさ》
『・・・物凄く聞いてはいけないような言葉が聞こえた気がするが、出来るんだな?キラ』
《任せてよ。ただ、幾らザルなシステムとはいえ3時間に1回はチェックが入るようになっているから、
 出歩くにしてもその時間内って事になるね》
「3時間もあれば、クレーター周辺歩き回るには十分ですよ。
 問題はそれでラクスさんが満足してくれればですけど」
『まあ、そこはお前がうまく説明して納得してもらうんだな。
 後、もしもの事があるといけないからロープでお互いを繋いでおくなどの処置はしておいた方がいいな』
「そんな、犬の散歩じゃないんですから。でも、まあ何かあるといけないですし付けておきますか」
《話は纏まったようだね。
 それじゃあ、これから1時間後に衛星のシステムをハッキングしておくから宜しく》
「1時間後ですね。了解しました」

 
 

 で、現在に至る訳だが・・・俺の後ろを歩いているラクスさんはといえば、とても楽しそうだ。
確かに、ここに来てからずっとあの穴倉の様な居住区から出る事はなかったし、
息が詰まってもいただろう。
これからは、定期的にキラさんにお願いして外出できるようにならないかなと考えていると、
腰のロープが引っ張られた。

 

「っと、急に引っ張ると危ないですよ。どうしたんですか?」
「シン、今日はありがとうございました。お陰さまで、とても素敵な散歩が出来ましたわ」
「まだ時間もありますし、もう少し歩きませんか?
 俺も普段はMSに乗りっ放しで月面歩くのは久し振りですし」
「いえ、その前にあなたにはお聞きしたい事があります」

 

 その言葉を聞き、俺が振り返るとそこには何かを決意した眼をしたラクスさんが俺を見つめていた。

 

「ラクスさん?」
「ここに来てから、いつかは聞こうと思っておりましたが・・・
 シン、あなたはこの私が憎くはないのですか?」
「それは、どういう・・・」
「シンのご家族が亡くなられた原因でもあるフリーダム。その強奪の手引きをしたのは私です。
 その事は、あなたもキラやアスランから聞いているでしょう。
 ならば、フリーダムの起こした戦いで亡くなられたご家族の死の元凶はキラよりもむしろ私にあります。
 ですからシン、あなたには私に対して、ご家族の無念を晴らす権利があります」

 

「シン。私はあなたの下へ来る時に、自らの罪を償うため、この命をも捧げる覚悟で参りました。
 どのような罵倒も覚悟しておりましたし、如何なる辱めを与えられたとしても、受け止めるつもりでした」
「・・・」
「でも、あなたは私に何も言わなかった、何もしなかった。
 その事が逆に私を不安にさせました。あなたの心はもう、死んでしまったのではないかと」

 

「随分と改まって何を言うかと思ったら、そんな事ですか。全く、馬鹿馬鹿しい。
 というか、俺の監督官として来ているあなたがそんな犯罪を推奨しちゃダメでしょう」
「シン、私は真面目に聞いているのですよ。
 何故あなたは敵を前にして、そんなにも普通に振る舞えるのですか!」
「じゃあ、逆に質問しますけど、俺がラクスさんを手に掛けたとして、俺の家族が戻ってくるんですか?」
「それは・・・」

 

 俺の質問に対して言い淀んでしまったラクスさんを前に、俺はとつとつと語り始めた。

 

「オノゴロ島で死んだ家族の事は一生忘れません。
 戦争の道具にされて死んでいったステラの事も、ずっと心に留めていくつもりです。
 でも、その事に囚われ続けてしまったら、きっと俺は前には進めない」

 

「あなたの言うとおり、フリーダムは家族とステラの敵です。
 今でも憎いし、撃墜した時なんかはついにやってやったぞ!と、歓喜もしました。
 そのフリーダムをキラさんに託したのがラクスさんだというのなら、あなたも敵なのかもしれません。
 だけど、それであなたを殺したとして俺に何が残りますか?」
「シン・・・」
「きっと何も残りません。僅かな復讐心は満たされるかもしれませんけど、それで終わりです。
 ラクスさんの自己犠牲の精神は立派なものですけど、
 そんな事をしたって俺の家族もステラも救われない」

 

「それに、いきなり戦争に介入してきて勝利したあなたが、
 その責任を取らずに死に逃げるなんて許しません。
 あなたにはあの三隻同盟を率いた者として、この世界がどうなっていくかを見届ける義務があります。
 そして、俺に対して本当に申し訳ないと思っているのなら、
 絶対に途中で投げ出すような事はしないで下さい。
 だからラクスさん。これから先、どんな事があっても生きて下さい。
 生きて生きて生き抜いて、この世界がどう変わっていくのかを俺に見せて下さい。
 それが、俺から多くのモノを奪ったあなたが生涯を賭して為さねばならない仕事です」

 

 そう俺が話し終えると、俯いていたラクスさんはゆっくり顔を上げた。
その顔は、先程までの悲痛な表情ではなく、どこか晴れやかで何かに納得した表情が見てとれた。

 

「随分と言いたい放題言って下されましたわね、シン。
 私、ここまで他人に言われ放題されたり、好き勝手指図されたりしたのは初めてですわ」
「そりゃよかった。この調子で、家事やら色々な事に関しても意見させて貰いましょうかね」
「全く、あなたと言う人は。でも、そうですわね」
「そんなシンだからこそ、私はあなたという人間がどうなっていくのか見届けたいと想ったのでしょう」

 

「シン、先ほど述べたようにあなたに対しての贖罪をしたい気持ちに嘘偽りはありません。
 ですが、それと同じくらい私がシン・アスカという存在に心惹かれたのも事実です。
 ですから、私はラクス・クラインの名においてこの世界の行く末を
 あなたにお見せする事をお約束致します。
 その代わり、私にシン・アスカという男の生き様を存分に見せて下さい」
「こんな俺の人生なんてたかが知れると思いますけど、それで良いのならご自由に」

 
 

 こうして、俺たちは初めての散歩を終わらせ家路に着いた。
奪った者と奪われた者。その両者が横に並び、お互いの未来を監察していく。
傍から見れば何ともおかしな関係かもしれないが、今はこれでいい。今はまだ。

 
 

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「どうやら彼も、無事に宇宙へあがったようですねぇ。事は全て順調に運んでいます。
 それではこちらの準備も、始めましょうか」

 

「ほど良く成長した“種達”を収穫する為の準備を」

 
 

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