Z-Seed_カミーユ In C.E. 73 ◆x/lz6TqR1w氏_第42話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 12:43:02

第四十二話「言葉は宇宙(ソラ)を飛んで」

ミネルバからのタンホイザーがダイダロス基地を焼き、それに慌てた基地から敵のMSが出撃してくる。その中に、まだ残っていたデストロイも数機含まれていた。
シンはヘブンズベースでの事を思い出したが、レクイエム発射という緊急事態が迫っている事もあり、力でそれを捻じ伏せていく。
 
「相も変わらず俺はこんな事をしている……させたのはあいつらだ……!」
 
言い訳をしなければやっていられない。シンは自分に言い聞かせるように独り言を呟きながらデストロイを破壊していく。
 
「シン、出すぎだ!俺達は敵をダイダロスから引き離せればいい!」
 
ハイネが叫ぶが、シンは聞こえていないのか、徐々に敵陣の深いところへ食い込んでいく。
 
『ハイネ、シンは俺に任せろ』
「レイ…しかし、あれは敵の奥だぞ?シンが戻るまで待った方が…」
『俺が連れ戻す。ハイネとカミーユは作戦通りに』
 
ハイネにそう告げるとレイはレジェンドをデスティニーの方向に向けて飛んでいった。
 
『行こう、ハイネ。ルナマリアの出撃を遅らせるわけにはいかない』
「カミーユも分かっているだろ!?レイはシンを自分の所に引き寄せようとしている!」
 
ハイネはレイの存在を警戒していた。デュランダルの意思に最も忠実であると思われるレイが、自分がキーパーソンに挙げたシンをデュランダルの側に取り込もうとしている事に懸念を抱いていた。
その事はカミーユにも引っ掛かる所があったのだろう、ハイネの言葉に納得しながらも言葉を返す。
 
『その事は俺にも分かる。けど、今は時間が無いだろ?』
「しかしな…後の事を考えると……」
『あんな物をのさばらせて置く訳には行かないじゃないか!あれは憎しみの光だ!』
 
カミーユがハイネに檄を飛ばす。
出撃前には吹っ切れたような台詞を出していたが、やはりハイネも人の子だろう。
どうやらシンとレイの動向が気になって仕方ないらしい。
 
『まだここでどうにかなる問題じゃない!それよりも今はレクイエムの方が先だ、議長の意志に振り回されるなよ?』
「そうだな…済まない、カミーユ……敵を手繰り寄せる!」
 
カミーユとハイネは連れ立って敵の目を引き付ける為に砲撃を放つ。
狙撃された敵MSは二機のMSに向かって攻撃を仕掛け、それを一手に引き受ける形になった二人は徐々に敵MSを引き寄せていった。
 
 
「こいつも、こいつも、こいつもぉっ!」
 
デスティニーは大剣アロンダイトを振り回し、ダイダロス基地の守備隊を一撃の下に粉砕していく。その様は、まるで一般大衆の中で凶器を振り回す危ない人と同じであった。
 
『シン、焦るな!俺達の役目は敵を倒す事じゃない、レクイエムの阻止だ!』
 
レイがドラグーンを放ってデスティニーを囲う敵を散らす。

「ここでもたついてちゃ、次の戦いに勝てないだろ!?」
 
シンはハイネの言葉を忘れられなかった。
この作戦の前、情緒が不安定なのはルナマリアだけではなく、シンもその一人だったのだ。二人のラクスの出現がシンの心の中に穴を空け、それがハイネの言葉によって拡げられていた。
混乱するシンは目の前の相手と、その先に居る敵を見据えている。それがシンに焦りを与えていた。
 
「先ずはロゴス、そして次はオーブだろ!?」
『……!』
 
興奮しているシンはレイにハイネとの会話の一端を話してしまう。レイはそれに動揺する事無く、しかし言葉は出てこなかった。
 
「やっぱりそうなんだな……!レイは議長の考えを知っているのか!?」
 
大半の敵をカミーユとハイネが引き付けた分、シンとレイの周りの敵は二人のコンビネーションによって殆ど無力化されていた。いくらザフトの最新鋭とはいえ、圧倒的である。
その中でシンはレイに核心に迫る質問を投げかける。
 
『知らないな。俺はザフトの命令に従って動いているだけだ。お前の思うような事実は知っていない』
「嘘だな……!一介の兵士が直接議長に口が利けるものか!」
 
シンは初めてデスティニーに乗ってカミーユと模擬戦をした時の事を思い出していた。あの時は不自然に思わなかったが、今になって思い返してみればどう考えてもおかしかった。
レイはデュランダルと親しすぎる。
この事実がどの様な意味を持つかというと、いくらシンでもその推測は容易であった。
 
「本当は議長の思っている事、知ってんだろ!?それで今まで俺を騙して利用して……!」
『何を勘違いしているのかは知らんが落ち着け、まだ作戦は継続中だ』
「世界を平和にするだなんて言って俺をその気にさせて…そんな気も無いくせに都合のいい事ばかり言って肝心の真実を隠して……!」
『何を言っている?』
「本当はレイは俺の事を馬鹿にしてるんだろ!それで都合よく俺を誘導して…それを裏でせせら笑って!」
『何を馬鹿な事を言っているのだ?そんな事は…』
「嘘をつくな!分かるんだよ、現にこうして俺が怒っているってのに、お前は全然動揺してないじゃないか!」
『お前が何を言っているか分からないからだろ?急に怒り出してどうしたのだ?』
「レイは俺を利用しているだけだろ!」
 
シンの頭の中は倒錯していた。オーブの事、アスランの事、デュランダルの事、それらがシンの精神的余裕を奪い、心の許容量を超えていた。
そんなシンの激情を止めるにはどうすればよいか、レイは自身の秘密を唐突に語りだす。
 
『聞け、シン!俺はある男のクローンだ!』
「それで…それで……え……?」
 
思いつくままにしゃべり倒していたシンだが、レイの意外な告白で我に返る。
しかし、シンにとってこの告白は衝撃的だった。

『俺はクローン人間だ。ある男に造られ、何体か居た実験体の中の一人だ』
「な……!」
『だが、クローンは欠陥を持っていて』
「ちょっと待ってくれ!俺はそんな……」
『テロメアが極端に短くてな、もう既に老いが始まっている…それを少しでも抑制する為に薬が必要なんだ』
 
シンの言葉に遮られる事無くレイは続ける。シンは戸惑うが、いつもと雰囲気の違うレイの語りを聴くことにした。
 
『薬の効き目も大分薄くなってきた……俺にはもうそんなに時間は残されていない。だから、俺が死ぬ前に俺はギルの創る世界を見たい。その為に俺はお前の協力が必要だと思ったまでなんだ』
「そ…そうか……レイ……けど、どうしてそんなに議長の事……?」
『…俺が物心付いた頃、既に俺はギルの下に居た。最初は分からなかったが、俺がクローンである事をギルに聞かされた時はショックだった。だが、そんな俺にもギルとラウは優しくしてくれた。テロメアが短くても、自然の摂理に反した存在の俺を許してくれたんだ。
だから、そんなギルの想いに俺は報いたい…恩返しがしたいんだ……!』
 
普段とは違う人間味のあるレイの言葉にシンは納得する。勿論、レイの話に偽りは無いが、シンはいつもはもっと機械的な事しかしゃべらないレイの珍しい一面に本質を見抜けないでいた。
ギャップの効果はシンの情に訴えかけ、その心を上手く掌握する。
 
「正直、俺には何が本当で何が嘘か分からないけど……」
『俺を否定したいのならそれでも構わない。だが、今はまだ俺が存在する事を認めていて欲しい。せめてギルが目的を果たすまでのもう少しの間だけ……』
 
レイが唐突に身の上話を始めたのは、シンの中の疑惑の芽を小さい内に摘んでおきたかったからだった。激情に身を任せがちなシンに落ち着きを取り戻させるには、その激情を超えるショッキングな話をするしかない。
それがレイにとって自分がクローンであるという告白だった。
 
レイにとって自分の存在が誰かに否定されようが何だろうがどうでも良かった。
寧ろ否定される事を望んでいる節もある。それは、彼が自分を自然の摂理に反する存在であると認識していたからでもある。
だから、シンに自分を容認してもらおうなどとは思っていないし、シンに伝える事で同情を得たいわけでもなかった。ただ、シンの心証を自分が望む方向に向かわせたかっただけ、レイもまたシンを重要な人物であると考えていた。
 
レイはシンに訴えかける。
 
『その為にはレクイエムを何とかしなければならない、そうしなければギルは死ぬ』
「分かった…やってみる……」
 
心の中で整理できていないシンであったが、目の前の現実からは目を逸らせない。
眼前の脅威を取り除く事が先ずやらなければならない事だった。

 
その頃カミーユとハイネは順調に敵をおびき寄せていた。
そんな時、ハイネは宇宙に出たカミーユとΖガンダムの真価を目の当たりにする。
 
動きが全く違う。
宇宙に出た事により戦闘フィールドの制約が無くなり、無駄にウェイブライダーに変形する必要が無くなったΖガンダムは面白いぐらいに攻撃を当てる。
相手のフィールドに合わせる必要が無い為に、攻撃に割ける時間が圧倒的に増えたからだ。
 
(空間戦になった途端にあれだ…カミーユの世界のパイロットは皆あんなに動くのか?)
 
ハイネの推測はあながち間違いではない。
この世界のMSと同じ様に、カミーユの暮らしていた世界のMSには一般的に基本兵装となるビームライフルとビームサーベルの装備が殆どである。副兵装としてバルカンやメガ粒子砲を装備しているMSもあるが、それはあくまで副次的なものであり、主力として使う場面はあまり無い。
加えてフリーダムのような複数の敵に対して驚異的な力を持ったMSが存在しない上、ミノフスキー粒子の影響でどうしても有視界戦になりがちであるが故に、MSのパイロットには俊敏な操縦が要求される。
更にこの世界のパイロットと決定的に違うのは、カミーユがニュータイプとして優れた資質を有しているという点である。ある程度相手の動きを感知することが出来るカミーユは、宇宙に出たことによってその感性に更に磨きが掛かる。
それは、この世界で言う"強い"という意味とは違った意味で強い。
 
Ζガンダムに敵が襲い掛かる。
数珠繋ぎのように並んで向かってくるウインダムを先ずビームライフルで牽制して散らし、火力を分散させる。
次に散開したウインダムが放ったビームをシールドと回避でいなし、正面の敵をバルカンで牽制しながら接近して銃剣で切り伏せる。
そして下に回り込んだウインダムの攻撃をバックステップで外し、明後日の方向を向きながらも放たれたグレネードランチャーで不意を突いて撃墜する。
その間の隙を突いてビームサーベルを片手に接近してきたウインダムのメインカメラをビームライフルで吹き飛ばし、そのまま背中を踏みつけてその後ろから接近してきたダガーLにビームサーベルを投げつけてコックピットに突き刺す。
これらの出来事がハイネが少し目を放した隙に行われ、再びΖガンダムに目を向けたハイネは驚く。
 
「こりゃあわざわざおびき寄せるなんて事しなくても良かったか……?」
 
ミネルバから寄せられる情報を聞き、敵戦力のダイダロス基地における空洞化をほぼ成し遂げた事に軽く辟易し、自らの指揮する部隊の力の強さに多少の恐怖感を覚えた。
シンもレイもカミーユも、他の一般兵とは比較にならない力を有している。
ハイネは彼等が敵でない事にホッとしていた。
 
『そろそろじゃないか、ハイネ?』
「ん……?」
『合図だよ!』
「お…そうか!」
『しっかりしてくれ、失敗は許されないんだからな!』
 
内心で気を緩めていたハイネはカミーユに叱咤される。ハイネは気を取り直してミネルバに通信を繋げる。
 
 

インパルスのコックピットの中、ルナマリアは必死に気持ちの整理をつけようと試みていた。アスランが死んだと思っていた時よりも、彼が裏切った事実の方がルナマリアにとっては複雑な問題であった。
アスランの放った言葉を心の中で反芻する。
 
《なら、俺と来い!ザフトに居れば、いずれ君のような考えを持った人間は殺される!》
「……!」 
 
複雑である。聞こえもしない声に、ルナマリアはヘルメットの上から耳を塞ぐ意味の無い行為をする。
ルナマリアはアスランに初めて会った時から憧れを持っていた。それが時を重ねるにつれて恋愛感情に変わり、いつしかアスランを自分のモノにしたいと思うようになっていた。
しかし、それは遂に表に出す事は無く、クレタ島沖の戦いでアスランは消息を断った。そして次に彼が姿を現した時、彼はルナマリアの敵になった。
もう一度アスランの言葉を思い出す。
 
「何で……」
 
目をぎゅっと瞑り、首を横に振る。アスランの言葉はルナマリアにとって卑怯とも言える選択だった。
アスランに好意を抱いていたわけだから、当然彼と共に行きたかった気持ちはあった。しかし、ここまで苦楽を共にしてきた仲間を裏切れるわけもなく、何よりミネルバには妹のメイリンが居る。
かつて不甲斐無い自分を励まして勇気付けてくれたかけがえの無い妹を置いてミネルバを離れられるわけが無い。
 
(あたしにはメイリンが必要よ……あの子を置いて行くなんて……)
 
思い悩むルナマリアは頭を両手で抱える。
アスランの誘惑…彼自身にそのつもりが無いにせよ、それはルナマリアの心を傷付けた。オーブから撤退した時、インパルスの手を引くデスティニーに抵抗しなかったのは、その事で放心してしまったからであった。
 
ふと気付くと通信回線が開いていて、ルナマリアを眺めるメイリンの顔が映されていた。
 
「え……?」
『お姉ちゃん、大丈夫……?』
 
開口一番、メイリンがルナマリアの元気の無い様子に心配そうに語りかけた。
 
「あ、だ…大丈夫よ。来たの?」
『うん、出撃お願いね』
「分かったわ……!」
 
急に現実に引き戻された気分になり、ルナマリアは臨戦態勢のインパルスをカタパルトへ移動させる。
ブラストシルエットが装備され、カタパルトハッチがゆっくりと開き、目の前に広がる虚空を見つめるルナマリアは不思議な高揚感を得ていた。
そうなる事で、先程まで悩んでいたアスランの言葉に激しい怒りを覚える。
 
「あんたとメイリンを引き合いになんか……!」
 
口を固く結び、発進の際の重圧に備える。
それは同時にルナマリアの決意の表れでもあった。

 
一方、ハイネは無事にルナマリアが出撃した事を知る。
内心ではルナマリアはもしかしたら出撃を拒むのではないかと心配していたが、それが杞憂に終わった事に胸を撫で下ろす。
 
「ダイダロスの敵は全部こっちに来たのか!?」
 
ハイネがミネルバのメイリンに問いかける。
 
『いえ、まだ数機残っています!』
 
ハイネが周りの状況を見ると、カミーユはまだ敵と交戦していた。
ミネルバとの通信を切り、今度はシンに通信を繋げる。
 
「そっちはどうなった!?」
『こっちは片付け終わった!ルナは!?』
「今出した!終わったんなら、お前たちもダイダロスに向かってくれ!」
『了解!』
 
ハイネはシンとの通信を終え、後少し残っている敵に向かっていく。
 
「カミーユ、こちらはこのまま陽動を続行だ!ダイダロスを叩くまで俺達で持たせるぞ!」
『了解、ルナマリアは出したんだな!?』
「ああ!」
 
話しながらもハイネはウインダムをまた一機撃墜する。
カミーユもビームライフルで二機まとめて撃ち落した。
 
『上手く行くか、ルナマリアは……?』
「行くさ、シンとレイを向かわせた」
『あの二人が行くなら大丈夫か……』
「……」
 
今はまだ気にする事じゃないとハイネは自分に言い聞かせる。先を考えても、レクイエムが発射されてしまえば全ては無意味になる。
Ζガンダムとセイバーは背中合わせになる。
 
「レクイエムを沈黙させるまでは決して気を抜くなよ、カミーユ」
『分かってる。ハイネこそ…』
「俺は隊長だ、言われるまでも無い!」
 
残りの敵を相手にする為、二機は再び敵に躍りかかる。
 
 
出撃したルナマリアはダイダロス基地の近辺に到達する。先発隊が敵を上手く引き離してくれたお陰でここまでは容易に接近する事が出来た。
しかし問題はこの先、最低限の守備力は残したダイダロス基地を単機で叩かねばならない。いつ発射するとも知れないレクイエムに恐怖を感じつつも、腹を括ってルナマリアはダイダロス基地に仕掛ける。

「時間はまだ……!」
 
ダイダロス基地に残っていたウインダム五機を相手にブラストインパルスがケルベロスで攻撃する。しかし、パイロットとして射撃に弱点を持つルナマリアの攻撃は敵を散開させるだけで掠りもしない。
散開した五機のウインダムに余計に手強い布陣を取らせてしまった。
 
「やっぱり、あたしの腕じゃ当たってやれないっての!?」
 
こんな事ならもっと射撃訓練をして置けば良かったと、ルナマリアは後悔した。
単機のブラストインパルスを囲うようにウインダムが間合いを詰めてくる。ルナマリアは完全に囲まれる前に一旦後ろに退いた。
 
「く……!あたしだって当たってやれない!」
 
必死に機動性の低いブラスト装備でウインダムのビームライフルを回避する。
打つ手の無いルナマリアは徐々にダイダロス基地から追いやられて行ってしまう。
 
「このままじゃどんどん離れていっちゃう……!何でハイネはあたしにこの役を任せたの!?」
 
最も重要な役割を分担されたルナマリアは、今になって指示を出したハイネを恨んだ。適正は分かっている筈なのにこの役回りを任されたのは、ハイネの意地悪なのではないのかと疑ってしまう。
ルナマリアはハイネの真意に気付いていない。
 
「ハイネ…あたしに死んでもいいからレクイエムだけは止めろって事なの……!?」
 
疑問は疑惑を呼び、一度思い込んだらそれは誤解を呼び寄せる。
ミネルバのMS隊の中でもいまいち役に立っていないのではないかという実感を持っているルナマリアは、ハイネが自分を捨石にしたのではないかと勘繰ってしまう。
しかし、正確ではないにせよ、ハイネの意図はルナマリアの推測の対極に位置している。ハイネはルナマリアに自信を植え付け、ミネルバのMSパイロットであるという自覚を再認識させたかったのだ。
 
「いいわよ……ハイネがそのつもりなら、意地でも…死んだってレクイエムを止めてやるんだから!」
 
やけくそになったルナマリアは迫ってくるウインダム部隊の中にブラストインパルスを突撃させる。その唐突な行動に、ウインダムのパイロット達は虚を突かれて戸惑う。
ルナマリアはそんな事は露知らず、自分から囲まれていったウインダム部隊の中心で回転しながら背部のケルベロスを脇に抱えて乱射する。遠くから狙って当たらないなら、近くで適当に撃ってやる…そう考えていた。
本当ならこの行為は自殺行動に等しいのだが、半分キレかけているルナマリアのバッテリーの容量を無視した砲撃の結果が功を奏し、思っている以上の量のビームを乱射されたウインダム部隊は対応しきれずに壊滅した。
偶然が生んだ結果か、火事場の馬鹿力を発揮したルナマリアは呆然とする。
 
「何よ…当たったじゃない……」
 
ホッとするルナマリアであったが、すぐに気を取り直し、本命のダイダロス基地へ向かう。

しかし、その時ルナマリアは絶望に包まれた。
ダイダロス基地の守備隊を全滅させ、後はレクイエムのコントロールルームのあるダイダロス基地本体を叩けばいいだけと思っていたルナマリアだが、その眼前に今まで何処に隠れていたのか、デストロイが現れる。
 
「デストロイ…大きい……」
 
事がイージーに進むかと思われた矢先の出来事なだけにルナマリアは落胆する。
彼女はデストロイとの交戦経験が無い故に、その圧倒的な威容を見つめると喉下にナイフを突き付けられた気分になる。
 
「でも、あたしはこんなところでは……!」
 
覚悟を決める。
ブラストインパルスの特徴である背部のケルベロスを外し、少しでも装備重量を軽くする。何とか目の前のデストロイをやり過ごし、ダイダロス基地を破壊しなければアスランを問い詰める事も出来ないのだ。
 
「メイリンはあたしが守ってみせる……!」
 
大事な妹を思い浮かべ、それを気持ちの勢いに変換させる。レバーを固く握り締め、そのまま勢い良くスロットルを掛けた。
パーツを外した分、機体の姿勢制御バランスは崩れていたが、そのお陰で水準以上の機動力を発揮する。
 
「真っ直ぐ…進みなさい!」
 
ぶれるブラストインパルスの加速を必死に修正しながら、ルナマリアはデストロイを飛び越そうとスロットルレバーを離さない。
そんな、あちこちから姿勢制御用のアポジモーターを蒸かしながら向かってくるブラストインパルスにデストロイが攻撃を仕掛ける。
 
「くぅっ……!…まだ落ちないわ!」
 
何発かの攻撃を受け、ブラストインパルスの両腕と頭部が吹き飛んだが、気合を発してそれでもルナマリアは進む。
しかし、あと少しでデストロイを通り向けられると思った瞬間、サブモニターに映るデストロイの砲門がルナマリアの視線と合った。
ルナマリアは凍りつく。
時間の流れが遅く感じられ、徐々に火が灯るデストロイの砲門に恐怖した。
 
(駄目ッ!あたし、まだ死にたくない……!)
 
絶望が頭を支配する中、急に動き出した時間の中でルナマリアは変な振動を感知する。それと同時にサブモニターの景色からデストロイの砲門が消え、宇宙の星の輝きが高速で流れた。
 
「え……!?」
『大丈夫か、ルナ?』
 
妙に厭味のある声…しかし、ただの厭味声ではない。
 
「レイ!」
『勝手に死に急ぐな。ここまで来て結末を知らないのは損だ』
 
急いで駆けつけてきたレジェンドがブラストインパルスを後ろから抱えてデストロイの攻撃から逃がしてくれたのだ。片や一緒に駆けつけてきたデスティニーはアロンダイトを構えてデストロイ相手に戦っている。

レイの言葉は無愛想な言い方ではあるが、いつものような厭味には聞こえない。
純粋に自分の事を心配してくれたものだと分かる。
 
「でも、あたしの役目は……!」
『そんな損傷では無理だな…お前はミネルバへ戻れ。ここは俺達が引き受ける』
 
そうルナマリアに告げると、レジェンドはダイダロスに向かってバー二アを蒸かしていく。
 
「ま、待って!あたしはまだ出来る!」
 
慌ててレイを追いかけようとしたが、ルナマリアの耳に警告音が聞こえてくる。
 
「え…なによ、こんな時に……!」
 
警告の内容を確認し、ルナマリアは愕然とした。
先程ウインダムと交戦した時に後先考えずにケルベロスを乱射した結果、エネルギーが殆ど尽きかけてしまったのだ。加えて今のインパルスには腕もメインカメラも無い。二人と協力したところで足手纏いになるのは明白であった。
 
「なんで…なんであたしはいつもこうなのよ……!ちっとも役に立てないじゃない……!」
 
悔しさがルナマリアを責め立てる。肝心な所で足を引っ張る自分自身に苛立っていた。
 
 
「ええい!どういう事だ、何故奴等を落とせん!?」
 
ダイダロス基地のレクイエムコントロールルームでジブリールは劣勢に立たされている自軍の不甲斐無さに激怒していた。
 
「相手はたったの五機だろう!それなのに、その何倍もの戦力を有する我等が押されている……!何てザマだ!」
 
怒れるジブリールは近くのパネルに拳を叩きつける。レクイエムの最初の一発をアプリリウスに当てられなかった事が彼の運の尽きだった。
 
「軌道の修正作業は終わっているのだろう!?何故さっさと撃たんのだ!」
「第二射に必要なエネルギーがまだチャージできてません!もう暫く掛りそうなのです!」
「今はどの位なのだ!?」
「現在充填率60%です!」
「それだけあれば十分ではないか!」
「ですが、このままでは予定していた成果は得られません!」
「構わん、撃て!アプリリウスに…ギルバート=デュランダルに当てられさえすれば良い、撃て!」
 
額に冷や汗を浮かべ、飛び出さんばかりに目を剥くジブリールの表情は鬼のようであった。しかし、鬼のようであるとはいえ、力強さは微塵も感じられず、御伽噺に出てくる懲らしめられた鬼のそれであった。
ジブリールはここでレクイエムを失ってしまうと、彼の手段は全て尽きた事になってしまう。ヘブンズベースを失い、オーブからやっとの思いでダイダロス基地に辿り着いたジブリールにとっては、これが最後の望みだった。
それがたった一隻の軍艦によって脆くも崩されようとしている。
ジブリールが見続けた夢の終わりが近付いていた。

「私は脱出する!お前達はここでレクイエムの発射を続けろ!」
「なっ……!それは私たちを見捨てるという事ですか!?」
「うるさい!発射さえすれば私の勝ちだ!万が一に備えて避難するだけ……私に何かあれば諸君等に給料さえ払えないのだぞ!」
「で…ですが……!」
「いいな、勝手な行動は慎むのだ!諸君等は私の言った通りにレクイエムを発射させてれば良い、それで我々の勝利、我々の望む未来がやって来る!」
 
彼の目的は勝利ではなく戦争の継続によって利益を得ることだったが、この場を何とか言いくるめようと必死だった。利用できる言葉は何でも利用する、それがジブリールがこれまで遣り繰りしてきた処世術であった。
ジブリールは職員に一方的に指示を与え、そのまま脱出シャトルの下へ向かう。
ヘブンズベース、オーブに続き、三度目の逃走を試みようとしていた。
 
「ロゴスの盟主であるロード=ジブリールともあろう私が何たるザマだ……!」
 
悔しさに歯噛みするジブリールに余裕は無い。これまで何とか逃げ延びてきたが、これまでと違うのはその心境であった。
今までは次に用意してある手段があったため、ある程度の余裕を以って逃走していたが、今回は完全にネタ切れである。
ジブリールは必死に保身に奔っていた。

 
交戦を続けるシン達。
デスティニーがアロンダイトを振りかぶる。接近されてしまったデストロイは慌てて弾幕を張ろうとするが、その瞬間にデスティニーは残像を残して正面モニターの視界から消える。
デストロイのパイロットは急いでデスティニーの位置を確認し、正面から背後に移動したデスティニーに向けてビームを放とうとするが、そこからも姿を消し、再び位置確認を行おうとしたその時、既にデストロイは傾いていた。
定石通り、デストロイのウィークポイントを攻め、巨体を一撃で黙らせる為にレジェンドがコックピットをビームサーベルで貫く。
 
「行け、シン!」
 
ダイダロス基地の防衛機能は完全に停止している。シンがデストロイと交戦している間、レイはドラグーンでダイダロス基地周辺のトーチカを破壊していた。
そのレイがシンに止めを刺すよう告げる。
 
「う…うわぁぁぁぁ!?」
「く、来る!奴等が来る!」
 
遠くから接近する光る羽はさながら悪魔の羽に見えただろう。ダイダロス基地のレクイエムコントロールルームで職員達は迫り来るデスティニーに恐怖し、悲鳴を上げた。
 
「喰らえよ、お前らぁっ!」
 
プラントコロニーを沈められた怒りをその瞳に宿し、シンはデスティニーの持てる力を全て振り絞ってダイダロス基地に攻撃を仕掛ける。
右手ににアロンダイトを携え、左の腕には高エネルギー砲を構えさせる。
挨拶代わりと言わんばかりに放たれたその強力な一撃がダイダロス基地の外殻を直撃し、大きな爆発を起こす。
すぐにシンはデスティニーを接近させ、アロンダイトで所構わずに切り刻む。
時折パルマフィオキーナを織り交ぜ、デスティニーは次々とダイダロス基地の司令部を破壊していく。
夥しいまでの煙が立ちこめ、尚も暴れまわるデスティニーの姿も外からでは殆ど確認できない。時折顔を出すデスティニーの特徴的な羽の様なスラスターの光だけがその存在を確かにしている。
ダイダロス基地に最早基地としての機能は殆ど残されていなかった。

その時、一機のシャトルが鼠の様にそそくさと出て行く。
ジブリールの搭乗するシャトルであった。
 
「何て化物どもだ…やはりコーディネイター等と共存などできるはずも無い……!」
 
ギリギリのタイミングで逃げ出せたジブリールであったが、肝心のレクイエムの発射が行われる前にダイダロス基地を沈黙させられたのは彼にとって大きな誤算であった。
 
「く……!レクイエムを発射出来んとは……!」
 
その時、シャトルを大きな振動が襲った。
その揺れにジブリールは椅子から転げ落ちそうになるが、着用していたシートベルトのお陰で何とか踏み止まった。しかし、大きく揺さぶられたジブリールに締められたシートベルトが痛かった。
 
「何事だ!?」
 
大声で機長を怒鳴りつける。しかし、ジブリールが問い掛けても機長からはうろたえの声しか聞こえてこなかった。
仕方なしにジブリールはシートベルトを外し、コックピットへと向かう。
 
「な…何だと!?」
 
目の前の前面窓に広がるのは灰銀のMS。それはシャトルを包み込むように体で進行を押さえていた。
 
「ば…馬鹿な……!」
 
ジブリールは膝から崩れ落ちる。いくら往生際の悪い彼でも、この状況はもうどうしようもない事が分かっていた。
 
シャトルを捕まえているMS、フェイズシフトの切れたブラストインパルスのコックピットの中でルナマリアは必死にレイを呼んだ。
 
『早…!エ……ギー切れのインパル……は長くは持たないわ!』
 
レイの耳にノイズで聞き取り辛いルナマリアの声が聞こえてくる。
 
「ルナ……ミネルバに戻ったのではなかったのか!?」
 
レイもジブリールの逃走を警戒していたが、その場所は的外れだった。結果的にミネルバに戻れと言ったルナマリアがジブリールを捕えた。
 
(二度ある事は三度あるか……だが、しかしルナ…お前のそのインパルスでは……!)
 
急いでレイはルナマリアの下へ向かう。少し戻った所に彼等は居た。
 
「ルナ、何故あのままミネルバへ戻らなかった!?機体の状況が分かっているのか!?」
『お説教は後で聞いてあげるから、早く代わって!』
 
シャトルは徐々にインパルスからすり抜けようとしていた。
レイは慌ててそこへ近付く。

「あっ!」
 
ルナマリアは痛恨の声を上げる。レジェンドが辿り着く前に、ほんのタッチの差でシャトルはインパルスの妨害から脱出してしまう。
シャトルは尻尾を巻いてさっさと加速を掛けて逃げ出そうとしていた。
 
「逃がさん!」
 
レジェンドのバックパックからドラグーンが勢い良く射出される。
 
「次があると思うな、ロード=ジブリール!これで終わりだ!」
 
空間認識能力を持つレイの操るドラグーンは正確にシャトルとの相対距離を詰め、その八基の銃口をシャトルに向ける。
 
「ふ…ぬぅ!」
 
取り乱すジブリールに最早ロゴスの盟主としての威厳は無い。唇を震わせ、力に怯える唯の人間に成り下がっていた。
生への執着が人一倍強い彼は最後まで抵抗を続けようとしたが、彼が今まで踏みにじってきた人々の報いを受ける時が来たのだ。
ドラグーンから発せられた八条の光はシャトルを全方位から貫く。そして、エンジンに直撃したシャトルはそのジブリールの惨めな最後と共に、漆黒の宇宙の塵となった。
 
「お…終わった……?」
 
インパルスのコックピットの中で安堵の溜息を吐くルナマリア。しかし、サブモニターを見ると、ドラグーンも回収せずにレジェンドが急いで近寄ってきていた。
 
『…ナ!急いでチェストフライ……とレッグ……ヤーを分離させろ!』
「え、何レイ?説教はミネルバに帰ってからにしてよ……」
 
通信回線に不調をきたしたのか、レイの声が良く聞こえなかった。
 
『いいか……くコアスプレンダーを分離させろ!爆発が始まるぞ!』
 
ようやくレイの声が聞き取れた。
しかし、ルナマリアにとっては緊急事態であった。
 
「ば、爆発!?……きゃあっ!」
 
放心から我に返った瞬間だった。急に吹き飛んだ左肩の損傷部分で小さな爆発が起こる。
 
「早くパーツを切り離せ!」
 
レイは必死に呼び掛けるが、インパルスは分離する気配を見せない。

「どうした!……む!?」
 
そうこうしている内に右肩からも先程より大きな爆発が起こる。
コックピットの中でルナマリアは必死に分離操作を行っていた。
 
「どうして…何で受け付けないのよ!?ハッチ…これも駄目なの!?」
 
焦るルナマリアだが、何度操作を行ってもパネルに表示されるのはエラーの文字だけだった。それでも諦めずに操作を続けていたが、やがてパネルの画面も消えてしまう。遂に完全にバッテリーが切れたのだ。
 
「そ…そんな……!せっかく生き残れたのに…あたし、こんな状況で死んじゃうの……!?」
 
ルナマリアの頭の中にメイリンの笑顔が浮かぶ。せめて彼女だけは平和な世界を生きて欲しいと思った。
ここで朽ち果てる自分の分まで、メイリンに未来を預ける。
 
(貴方はきっと素敵な女性になれる…けど…お姉ちゃんの事、忘れないでね……)
 
ルナマリアの想いは宇宙を駆け、未だ陽動として戦闘を継続中のカミーユの下に届いた。カミーユのニュータイプとしての直感がサイコフレームの使い方を教え、Ζガンダムのコックピット周辺から緑の光を放ってカミーユの意思を運ぶ。
 
《諦めるな……!まだ、君は生きている……!》
「え…カミーユ……?」
 
カミーユの声がルナマリアに届く。
インパルスのバッテリーは既に尽きているので、それは通信回線による声ではない事は明らかである。
だが、それは幻聴の様に、しかし確実にルナマリアの耳に聞こえてきた。
 
《彼女を引っ張り出すんだ……!》
「こ、これは…カミーユの声なのか……!?くっ!」
 
側で狼狽していたレイにもカミーユの声が聞こえてきた。不思議な声だったが、それに構っている場合ではない事をレイは承知する。
すぐさまインパルスを掴み、何とかコアスプレンダーだけを取り出そうと力任せに引っ張る。
 
「く……中々外れん……!」
 
ルナマリアにできる事は残されていない。しかし、コックピットに伝わってくる振動は、明らかに爆発による振動だけではなかった。
直感でレジェンドがインパルスの上半身を引っ張っている事を知る。
 
「レイ…もういい!あたしはもう無理よ!」
《命は繋げるものだ……!断ち切るものじゃない……!》
「カミーユ…でも!」
 
何とかインパルスを力尽くで分離させようとするレイだが、インパルス自体のフレームに歪みがあるのか、レジェンドのパワーを以ってしても中々上手く行かない。

「まだだ……!……ぬぅっ!?」
 
躍起になって掴んでいたが、その時インパルスから今までの中で一番大きな爆発が起こった。その爆発でレジェンドのマニピュレーターが破壊され、爆風でインパルスから引き離されてしまった。
 
「ルナッ!?」
 
爆発の煙に視界を汚され、一瞬インパルスを見失う。咄嗟に機体のバランスを取り、インパルスのあった方向に目を向けた。
しかし、そこにはインパルスのレッグパーツだけが滑稽に漂っているだけだった。
 
「間に…合わなかったのか……」
 
レジェンドのコックピットの中、レイはルナマリアを救えなかった事に肩を落とし、顔を俯けた。
 
《後方斜め下40度……四時の方向だ……》
「……!」
 
ハッとしてレイは聞こえた通りの方角にレーダーを向ける。すると、そこには確かにデータに登録されている反応が点滅していた。
意外と近い。レイがレジェンドを少しその方向に向かわせると、すぐにその存在を確認出来た。
レイは安堵の表情を浮かべ、それを回収する為に更に接近していった。
 
 
(何とかなった……?)
 
ルナマリアは気絶しているのか、その感覚を感知することは出来ない。しかし、レイの安堵を感じられたカミーユはルナマリアが救われた事を暗に理解した。
 
『よし、カミーユ!引き上げだ!』
 
作戦成功の報告を受けたハイネからの通信が入る。
まだ残る敵に牽制のビームライフルを放ち、人差し指の第一関節からダミーバルーンを射出する。
二機はMAに変形してミネルバに帰還する……