Z-Seed_カミーユ In C.E. 73 ◆x/lz6TqR1w氏_第43話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 12:43:26

第四十三話「対立」

ミネルバのシンとレイの船室の中、レイは自分の机からケースに入った薬を取り出していた。片手にはコップに入った水。レイは苦しそうな表情で薬を口に放り込むと、持っていたコップの中身を一気に飲み干した。
苦痛に歪むレイの表情を見てシンは戸惑いを浮かべていたが、やがて薬が効き始めたのかレイの表情に落ち着きが戻り、いつもの様に背筋を伸ばした。
 
「こういう事だ、シン……」
 
シンはレイに何と言ったらよいか分からなかった。レイの抱える問題は、自分の直面する問題状況とは余りにも掛け離れていた。
 
「俺はこの薬が無ければ生きられない体なんだ。…いや、もうこの薬では長くは持たないだろう、効いている時間も大分短くなった……」
「本当に……そうなのか……?」
 
シンはまだ信じられずにいた。これまでそんなレイの苦しみなど気付く事など無かった。
 
「だってお前、そんな素振り一度も……」

あった。
エクステンデットの研究施設に調査しに行った時、明らかに不自然なレイの急変を思い出した。
シンは顔色を変える。
 
「まさか…あの時のは……」
「そういう事だ」
 
視界がぼやける。レイの表情が上手く見て取れなかった。
 
「でもお前、何でそんな大事な事を言わなかったんだ……!?」
「お前達に気を遣わせたくなかったからな。特にお前やルナマリアの精神には細心の注意を払いたかった」
「それも議長の為か……?お前…そんな事で俺達が態度を変えると思ったのか?」
 
足が地に付いているかいないかの感覚が今のシンには分からない。目の前のレイですらその存在が果たして実在しているのかどうか判断出来ないほどだった。
しかし、それでも何とかレイの存在を認めようとシンは意識の淵で踏ん張る。
 
「俺達、仲間じゃないか?仲間は見捨てられないだろ?」
 
レイに語り掛ける言葉も、シンは自分に言い聞かせるように語る。何とかレイの実像を手繰り寄せたかった。
その意図を理解したのかしないのか、レイはそんな必死な表情のシンに向かって微笑んでみせる。
 
「お前のその純粋な気持ちは、未来に必要な意思だ。…その気持ちを忘れないなら、お前がどうなろうと俺は安心してお前に未来を預けられる」
「何言って……」
「俺は…俺の存在はこの時代が終わると同時に消える運命だ。この先の時代に俺の様な存在は害をもたらすだけで何の意味も持たない。だから…」
「分からない…分かりたくない、そんな理屈!一人でそんな事勝手に決めるな!クローンが何だ、レイはレイじゃないか!?ちゃんとした一個人の意思を持った……それなのに自分を機械の様に言うな!」
「人形は所詮人形…造られた存在である俺に、ましてや誰かのクローンである俺に確固たる意思は持ち合わせていない」
 
吐き捨てるようにシンに告げると、レイは船室を出て行った。残されたシンはただ呆然と立ち尽くす。

「勘違いするなよ…レイ……。俺たちと過ごした時間はレイだけのものじゃないのか…?なら、それとクローンである事は関係ないじゃないか……」
 
気障なシンからは想像出来ない細い声で、崩れるようにベッドに腰を下ろして頭を抱える。
この事を誰にも相談出来ないもどかしさがシンを追い詰めていた……
 
 
 
宇宙に浮かぶザフトの機動要塞メサイヤ…デュランダルの最後の切り札でもあるその中で、彼は遂に全世界に向けてデスティニープランの発動を公言する。
遺伝子情報からコンピューターが割り出した個人個人の適正に従って世界を運営するその計画に、世界は戸惑った。
各国がその答えを保留する中、カガリの居るオーブ首長国連合と、その友好国であるスカンジナビア王国は即拒否する意向を発表する。
 
「あれの発射はこちらでも出来るようにしてあるな?」
「はっ、解析班に確認を取らせた所、認証コードの解読に成功したと報告がありました」
「うむ……」
 
デスティニープランの発動に於いて、全世界の協力が必要であると考えていたデュランダルは、全世界の意思の統一の為の力を確保していた。
先の戦闘でミネルバが沈黙させたレクイエムである。
デュランダルはそれを接収し、再び使えるようにした彼は、先ず最初に不穏な動きを見せたアルザッヘル基地に向けて撃つ。意思を持たない無機質な光の筋が、月から地上へ向かってアルザッヘル基地を正確に狙撃し、破壊した。
その問答無用の凄惨な行為に世界は恐怖する。
 
「何て事を……!こんなやり方が許されるはずがない!」
 
デュランダルの行為に恐慌するカガリ。
 
「デュランダル議長と緊急の会談を開きたいと打診しろ!」
「は!」
 
カガリはデュランダルと直接話すことで解決を図ろうとする。
兵士がメサイヤへと通信を繋げた。
 
一方のメサイヤでは通信士がオーブからの通信を受信していた。
 
「議長、オーブのカガリ=ユラ=アスハ様から緊急の会談の要請が来ております」
「拒否しろ。無条件でデスティニープランに賛同しない限り会談は無いと伝えろ」
 
デュランダルはカガリの要求を無視してレクイエムの次の目標をオーブに定める。
 
「オーブに打診しろ。デスティニープランに賛同しない場合、このレクイエムをオーブに向けて撃つとな」
「了解いたしました」
 
メサイヤから送られてきた内容にカガリは戦慄する。レクイエムを向けられては話し合いどころではない。そもそもデスティニープランを受け入れなければ、話し合いも取り付く島は無かったのだ。
こうなる事はある意味必然であっただろう。

「受け入れるしか…無いのか……!」
 
カガリは唇を噛む。折角ユウナから任されても、結局は何も出来ない自らの無力さに絶望した。
力が無ければ身につければよいのだが、その時間は圧倒的に不足している。
 
「しかし、何でこんな急に……国民の避難はさせているな?」
「はっ。しかし、私から提案させて頂きます」
 
ソガがカガリに提案する。それは、オーブの理念を破る内容だった。
 
「何をするつもりなのだ?」
「我がオーブ艦隊をザフトに投降させましょう。その中にアークエンジェル、エターナル両艦を組み込ませればより確実です」
「投降?どういう事だ、デスティニープランを受け入れればそんな事しなくても済む筈だ」
「問題はレクイエムです」
「レクイエム…奇襲を掛けようと言うのか……」
「はい。理念に反する行為である事は承知しております。しかしながら、他の大西洋もユーラシアもデスティニープランに不満を持っているのは確かのはずです。ならば、レクイエムさえ何とかすれば道は開けるはずです」
「……」
 
カガリは考える。これまで大事にしてきた理念を捨てるという事は、自分の元首としての立場を放棄する事になる。
しかし、オーブの事を考えれば、理念など唯の言葉に過ぎないとも考えた。
 
「作戦後の私の処遇はどうなっても構いません。処刑も覚悟しております。しかし、このようなザフトの…」
「聞かせてくれ」
 
カガリの一言は、自らの国家元首としての立場が終わる事を示していた。
カガリは、この時の決断を一生忘れないようにと誓う。
 
「は……まず、同盟を結んでいる連合の各国家に連絡をし、連合艦隊を我が艦隊の進むルートに配置してもらいます。位置はなるべく近い方が良いでしょう」
「しかし、連合とてわざわざレクイエムに狙われるような行動は取りたくないだろう?」
「ですから、それはザフトに気取られないギリギリの位置取りが求められます。その辺は我々で調整を加えます」
「ん…そうか……それで?」
「次に、アークエンジェル、エターナルを含む我が艦隊を月のメサイヤまで投降する振りをさせて向かわせます。そして、そこを配置していた連合艦隊に攻撃する振りをしてもらいます」
「芝居をさせるのは議長の考えを私たちの本音から遠ざける為だとは分かる。そして、連合の戦力もレクイエムの攻略に加えたいのも理解できる。しかし、彼等は乗ってくるのか?」
「彼等もプラントの言いなりになる様な事は望んではいないでしょう。なので、そこは代表の腕の見せ所となります」
「だが、そこまでは良いとしてもアークエンジェルは…」
「この際使えるものは何でも使うべきです。強力な戦力であるアークエンジェルを遊ばせておくのはもったいないでしょう」
 
ここでまたアークエンジェルに頼らざるを得ないのは自分の無力さゆえだな、とカガリは自嘲する。しかし、失敗を許されない状況では仕方ないとも思う。

「……わかった。それで?」
「ギリギリまで接近した所で一気にレクイエムに奇襲を掛け、これを殲滅します。芝居をしてもらった連合艦隊もこの時点で戦闘に参加してもらい、共にレクイエム破壊を手伝ってもらいます」
「同盟がここで生きてくるか…連合との共同作業になるな。しかし、相手はあのデュランダル議長だ、こんな小芝居はすぐにバレると思うのだが意味はあるのか?」
「はい。しかし、我々がデスティニープランを受け入れると知れば、デュランダル議長は我々にコンタクトを求めてくるでしょう。そうなれば、カガリ様の交渉次第ではオーブ艦隊だけでもザフトの防衛線を抜けられる可能性が出てきます」
「どういうことだ?」
「オーブ艦隊は投降する艦隊です。自軍に投降してくる艦隊が攻撃を受けていれば、ザフトもそれを守る為に動くかもしれません」
「そうか、連合に芝居をさせる本当の目的はそれか!」
「その通りですが、単なる気休め程度に考えておくのが良いでしょう。カガリ様も仰ったとおり、相手はデュランダル議長ですから」
「そ、そうだな……」
「確率としてはザフトに気付かれる可能性の方が圧倒的に高いでしょう。その場合は強攻策になります。可能性としてはこちらの方が高いので、恐らくは月まで接近した後はスピード勝負となります。それ故、強力な戦力であるアークエンジェルとエターナルは外せません」
「戦力だけではないだろう?エターナルも加えるお前の本当の目的はラクスだ」
「……その通りです」
「気を遣わなくてもいい。私とて同じ事を考えていた」
「カガリ様……」
「直ぐに連絡を入れる。これ以上デュランダル議長の好きにはさせない」
 
カガリは同盟を結んでいる同盟各国に連絡を入れる。その提案に度肝を抜かれたが、デュランダルの横暴を許しておけない各国の代表は、そのカガリの提案に賛成する。
他の国の代表は分かっていた。どうせこの戦闘がオーブの勝利に終わったとしても、理念を破る事になるカガリは唯では済まないことを。その場合、戦後の主導権は連合が握る事となるだろう。
その逆に、例え敗北したとしてもカガリにそそのかされたとして責任を全て押し付けてしまえば良いのである。その後でデュランダルに従えば、最悪レクイエムの発射だけは免れられるだろうと踏んだのだ。
どちらにしろ、デスティニープランを受け入れるかレクイエムを撃たれるかの二択しかないのだ。ザフトと交戦中の連合は、カガリの提案を受け入れない理由が無かった。
そして、それはカガリが蒔いた捨て身の"餌"だった。
 
デュランダルはレクイエムを躊躇い無く撃った。
それは単に独裁者の様に従わない者を悪として切り捨てたわけではなく、デスティニープランという突飛な計画を世界に認めさせる為であった。
丁度良く接収できたレクイエムは、デスティニープラン成功の為には最も手っ取り早い手段だった。事を急ぐデュランダルは、今までの懐柔政策を放棄し、恐怖で世界を従わせることで自らの目的を達成させようとしていた。彼としては時間は出来るだけ掛けたくなかった。
更に、簡単には行かないだろうがレクイエムを突きつければオーブとて従わざるを得ないだろう。
これまでの路線を変更し、自らを悪に仕立て上げることによって、デスティニープランを成功させようとデュランダルは考えていた。
そして、デスティニープランには彼の思想の他にもう一つの本音が込められている。

「デュランダル議長、オーブがデスティニープランを受け入れるようです」
「何?」
 
突然の報告にデュランダルは疑問を感じざるを得ない。ある意味虚を突かれた彼は直ぐに罠の可能性を考慮した。
 
「オーブと繋げ。話がしたい」
「はっ」
 
 
カガリの元にデュランダルからの通信がやって来る。そのデュランダルの反応にカガリは内心でしめたと思った。会談を開かせれば、後は自分がうまくやるだけである。
 
『デスティニープランを受け入れていただけるようですね?』
「ええ」
『どのようなお考えで?』
「平和を築くには一番手っ取り早く、確実な方法です。同じ平和を目指す者としてデュランダル議長の案に賛成しただけです」
 
そんな事など微塵も思っていないカガリだが、表向きは賛同している風に見せなければ余計な警戒をさせてしまう。
本当なら"レクイエムを向けられてれば受け入れるしかないだろ!"くらいは言ってやりたい気分だったが、我慢した。ここで対立姿勢を強調すれば、警戒を与える事になってしまうだろう。
尤も、デュランダル自身もカガリのこの発言が心よりの言葉とは思わないだろう。
これは、少しでもデュランダルに考えさせる時間を与えるのが肝なのだ。
 
『それはありがたい。代表のような方に賛同していただければ、デスティニープランのいい宣伝になりましょう』
「私にその様な効果を期待されても困ります。私の信用は決して高くない。それで、一つ今までの経緯も含めて提案があります」
『提案…何でしょう?』
「この度議会で同盟を結んでいた大西洋連合と縁を切ることが決定しました。それで…」
『同盟の破棄、ですか。何故です?』
 
続きを喋りかけたカガリの発言を遮ってデュランダルが言葉を挟んでくる。少しでも疑問に思ったことは聞いておかなければ気が済まないのだろう。
しかし、そんな態度にもカガリは不満を出さず、必要以上に言葉を発しないように心掛けて口を開く。
 
「連合と同盟を結んでいる我々ではデュランダル議長もお嫌でしょう?同盟の破棄は心からプラントの意思に従う事の証明でもあります」
 
自分のキャラクターを考え、笑顔は見せないで置いた。ここで笑顔なんて見せてしまったら、逆に裏があるように思われてしまうだろう。
唯でさえ不審な行動を取っているのに、これ以上はこちらの意図が透けて見えてしまうかもしれないのだ。
 
『こちらにお気を遣って貰った訳ですね。これは失礼しました、お続け下さい』
「いえ、構いません。…それで、プラントとは今まで複雑な間柄でしたが、こちらから艦隊を投降させる事で全てを水に流していただきたいのです」
『投降ですか?』
「信用の証です。我がオーブ艦隊の一部、それと現在拘束中のアークエンジェルも一緒に向かわせます」
『それはアークエンジェルの処罰をこちらに任せて貰えると受け取って宜しいですね?』
「そうです」
『我々の心境を理解していただけて嬉しく思います。しかし、艦隊がこちらへ辿り着くまではレクイエムの狙いは外せません。それで宜しいでしょうか?』

デュランダルの言葉はカガリに対する牽制の意味を含んでいた。投降させるとはいえ、オーブは艦隊を向かわせてくる。それならば、用心の為にレクイエムはオーブから照準を外せない。
更には、何かを企んでいるならばこの一言でカガリが何かアクションを見せるのではないかと期待していたのもあった。
 
「…仕方ありません。その代わり…」
『承知しております、対価は何でしょう?』
 
あっさりとしたカガリの対応。本当に裏がないのか、それとも演技が上手くなったのか分からないが、カガリのリアクションはデュランダルの期待を裏切った。
 
「察していただけて助かります。この度の同盟破棄により、オーブは連合から恨みを買うでしょう」
『分かりました。ザフトはオーブをお守りします』
「ありがとうございます」
 
通信が切れる。途端にカガリは喉を掻き毟った。あのような他人を欺く言動は、彼女にとっては虫も好かん事だった。
それに、今の話し合いはオーブがプラントに屈服したという意味である。例え演技だとしても、気持ちのいいものではなかった。
 
「レクイエムの照準を外す事は出来なかったか……」
「いえ、カガリ様。恐らく火は入れいれてないでしょう。それだけでも作戦の成功率は飛躍的に高くなります」
「そうか?…そう上手く行くものか……」
「レクイエムのエネルギーチャージに時間が掛かることは、先のザフトによる攻略戦で証明済みです。それならば、作戦時間は延びます」
 
ソガの言葉はカガリを勇気付けるためのものだろう。それに気付いてか、カガリは少しだけ笑顔を見せた。
しかし、そのまま部屋を退室すると、表情を曇らせる。
 
「慣れないものだ…私は政治家には向いてないのかもな……」
 
自らを嘲笑う。先程のデュランダルとのやりとりでは、自分でもビックリするほどすらすらと言葉が出てきた。それが自分が汚れてしまった証と勘違いし、皮肉で誤魔化そうとしていた。
 
その直ぐ後に、今決定した事を伝える為にカガリはキラの居る拘束部屋を訪れていた。理念を破るという決意を決めた今の勢いが持続している間に、やることは済ませておかなければならない。
自分をまだ完全に信用し切れないカガリは、今の自分の気持ちが醒めて悩みださない前に伝えておく必要があった。悩んでからではキラ達の言葉に惑わされてしまうと思ったからだ。
そこは質素な部屋で、最低限の物意外は何も無い窮屈な部屋だった。
 
「何しに来たの、カガリ?」
 
いくらか不満げな視線で問い掛けるキラ。アスランも同じ部屋に容れられていたので、その視線も同時に受ける。
 
「お前たちをプラントに引き渡す事が決定した」
「……それは僕達を見捨てるって事?」
「待て、キラ」
 
普段は温厚なキラだが、強い言葉を投げ掛ける。ナチュラルとコーディネイターとはいえ、カガリはキラにとっては双子の姉である。この間の姉弟喧嘩の続きとも言わんばかりに食いかかった。
しかし、そんな恨めしげなキラをアスランが制する。

「カガリ、確かに俺達のやってきた事は愚かな事だったのかもしれない。しかし、その想いはお前も知っているだろ?」
「知っているさ」
「なら、何故……?プラントに俺達を引き渡すという事は、デュランダル議長に従うということになる。それはカガリの考えに背く事になるはずだ」
「待て。表向きはプラントに従う振りをするだけだ」
「…どういう事?」
 
カガリの説明に納得いかない二人。怪訝な顔をしてキラが再び問う。
 
「今障害になっているのはレクイエムだ。だからそれを破壊する事が出来れば、デュランダル議長に従う理由は無くなる。その為にお前たちを使いたい」
「そうだったのか…カガリ」
「ちょ、ちょっと待て!」
 
納得するキラとは逆に、慌てるアスラン。何かに気付いてカガリに詰め寄る。
 
「それ以上は私に近付くな、衛兵を呼ぶぞ」
「う……」
「アスランが何を言いたいのかは分かる。しかしな…」
「理念を破る事になるって言う事は、カガリが元首でなくなってしまうんだぞ!それで良いのか、お前は!オーブを守るのがお前の望みだったんじゃないのか!?」
「あ……!」
 
アスランの言葉に、キラはハッとした。その通りである。カガリの言っている事が実行されれば、カガリの掲げるオーブの理念は崩れ去る事になる。
それは即ち、カガリの最大の信用を失くす事に繋がってしまう。カガリはオーブの国家元首で居るのは難しくなるはずだ。
 
「カガリ!もっと他の方法を探そう!こんな事、やるべきじゃないよ!」
「時間が無いのだ。相手はレクイエムを使うと言ってきている」
「でも、それじゃあ…今までやって来た事は一体なんだったの?全てを無駄にするつもりなの、カガリは……?」
「キラ…そうではない」
「じゃあ、一体……」
「カガリ、何を考えているんだ?」
 
アスランの問い掛けにカガリは深呼吸してから応える。
 
「……ユウナに言われた事の本当の意味を今になって理解できたんだ。どんな理念も、結局は言葉に過ぎないって事が…こんな現実を突きつけられてようやく気付けた。私は、それを振り回すだけで何とかなると思っていたんだ……」
「カガリ……」
 
寂しそうに話すカガリは、二人の中のカガリとは違っていた。
そんな彼女の言葉は、以前よりも説得力に満ちているように思えた。
 
「しかし、結果は何の解決にもならなかった。それどころか、余計な混乱を撒き散らすだけだった。私にユウナを非難する権利など何処にも無かったんだ……」

ユウナの姿を思い出すと、今でも胸が苦しくなる。彼は最後まで自分の事を考えてくれていた。そして、自分はその事に最後になってやっとそれに気付く事が出来た。
もっと時間があれば、とも思う。しかし、失われた時間は既に手の届かない遥か後方にある事も、カガリには分かっていた。
 
「ユウナが何故連合に軍を提供していたのか、今なら理解できるよ。理念が通じない相手には、ああやって従うことも一つの選択肢として意味があるって事なんだ。
だから、私も今度それをやる」
「しかし、それではカガリは……」
「オーブを守る為なら私は何でもやる。例えお父様を裏切る事になっても、私はお父様の為に元首になったのではない。オーブの…私の大好きなこの国の為に私は元首になったんだ。だから、後悔はしない」
 
カガリの決意は二人を呑み込んだ。ここまで固い決意ならば、二人はもう何も言う事は無い。逆に感化された二人はカガリに協力する考えを持たされた。
 
「分かったよ。僕はカガリに協力する。それが君の為になるのなら、僕は精一杯頑張るよ」
「カガリ…君の気持ちは分かった……。俺に何処まで出来るか分からないが、キラと同じ気持ちだ」
 
そんな二人に笑顔を見せて、カガリは退室していった。
その帰り際の通路で、カガリは表情を落とす。
先程の二人への通告は、つまるところ死地へ行って来いという事なのだ。それは、今までの付き合いの長さを考えれば、彼等を欺いている事になるだろう。
しかし、ここで情けを掛けては政治にならない。時には冷徹に決断を下さなければならないことを彼女は学んだ。
使えるものを使わなければならない時に使わなければ、それは唯のお荷物になってしまうのだ。
自分がどんどん変わっていっている事が実感できる。今までが今までだっただけに、現在の自分の有様が信じられなかった。
しかし、これが終わればカガリは元首を辞退することを決意していた。そして、そこからは一からのスタートとなるだろう。理想の政治家を目指すのなら、そこからもう一度捜し始めればよい。
だから今は、力の無い自分なりに出来る方法でオーブを守らなければならないと、カガリは考えていた。
 
「次はラクスか……」
 
次の決戦、ラクス=クラインというカリスマを用意しなければ、あっという間に負けてしまうだろう。それだけ彼女の象徴としての影響力は凄まじく、そして魅力的だった。
デュランダルが何故わざわざ偽者を用意してまでその力を欲したのか、今なら理解できる。
しかし、先のデュランダルとの論戦でもそうだったが、またもや彼女を利用する事になる事をカガリは申し訳なく思っていた。
カガリも、ラクスが象徴として担がれる事を由としていないことは知っている。それでも、この緊急の事態ではそうしなければならない事を認めるしかない。
 
「すまないラクス…もう一度"戦乙女"になってくれ……」
 
懺悔のように呟く。彼女を変えたのは紛れもなくユウナの死だった。そして、そこから無理をして変わろうとした結果、今のように極端に冷徹になろうとしている。
頭の中の甘い考えを無理やり払拭し、鋭い目つきでラクスの部屋へと向かって行った。

一方のデュランダルは考えていた。
先程のカガリの提案、それが本気なのか裏があるのか決めかねていた。決定するには判断材料が少なすぎる。カガリの言葉は決して多くなかった。
 
「何かを企んでいるのは確かなんだろうが…彼女も嘘をつくのが上手くなった」
 
窓から外に広がる漆黒を眺めた。月面は太陽の光でハッキリと見えるのに、大気が無いのでその空は地球の様に青くない。きっと自分の気持ちと同じだろうと感じた。
 
「警戒はしなければならんな…勝つ為には……」
 
デュランダルの目的は勝つ事。全てはそこに集約される。それは、彼の人生における最大の目標であり、常に続けていかなければならない事なのだ。
 
思惑が宇宙に溢れ、対立していく。
そんな想いとは関係無しに、宇宙は決戦の前の静けさを保っていた……