Zion-Seed_257_第02話

Last-modified: 2008-10-12 (日) 13:36:35

世界樹戦役#2

先の奇襲作戦により、エンデュミオン基地とプトレマイウス基地という2大拠点を失った連合は、月での勢力縮小を余儀なくされた。
小規模な基地はいくつか残っているものの、駐留する艦隊の規模は小さく、とても2基地を奪還することは不可能であった。
これによって連合は月面における戦略的な活動拠点を喪失。月はジオンの勢力下に置かれることになる。

<C.E.0070年1月10日  ラグランジュ1 "世界樹" >

ジオンとプラントとの交渉が失敗に終わろうとしていたその頃、"世界樹"には連合艦隊が入港していた。
第8艦隊の入港により傾きかけていた世論を決定づける、第1・第2艦隊の入港である。
これによって現在、"世界樹"には地球連合の正規3個艦隊が集結していた。

その桁違いな物量はコロニーに収まりきれるものではなく、浮きドッグなどで繋留されている。それでもまだ多くの艦艇がコロニー
周囲に陣形を敷き、見る者を圧倒させている。

戦艦・巡洋艦といった主力艦艇のみでも200隻を超え、ジオン総軍を大きく上回っている。さらに掃海艇、輸送艦、砲撃艦などを
加えれば500隻を超えようかという大艦隊であった。MAなどの機動兵器はもはや数えるのすら億劫である。

これだけの巨大戦力を目前にし、それでもジオン派を唱える者は皆無に近かった。

第5艦隊の消滅、月での敗北、それらの事実を吹き飛ばしてなお余るほどの威容が"世界樹"には溢れていたのだ。

地球連合艦隊総旗艦《アガメムノン》

連合の戦艦、アガメムノン級。そのネームシップとなったこの艦では、各艦隊の指揮官が集まり決戦前の会議を行っていた。

「例の人型兵器、エンデュミオンで発生した電波障害、この2つがジオンの切り札だ!」

中心となるのは第8艦隊のハルバートン少将。"智将"として知られる勇将であり、艦隊も勇猛で錬度・士気ともに高い。

さらにホフマン大佐、サザーランド大佐、コープランド大佐などが顔を揃える。
艦隊司令以上のみが集まった会議ではあるが、それでも多数の左官・将官が集っていた。
その周囲では情報士官が資料の配布などを行い、会議室は喧噪に満ちている。

「戦力比は3:1、しかしこの際、その差はないと思ってもらいたい」
「少将、いくらなんでもそれはジオンを過大評価しすぎではありませんか?」

慇懃無礼な口調でサザーランドが反論する。地球連合内でも派閥が存在し、それぞれ穏健派とタカ派の筆頭である2人の仲は
決して良いものではない。

「あくまで心構えの問題だ。プトレマイオス、エンデュミオン、共にジオンより多くの戦力を有しながら負けているのだぞ」
「それは奇襲を受けたからでは?今回とは違いますぞ」
「民間コロニーである"世界樹"と軍事基地、同等に考えないでもらいたい」
「地の利は期待できない、そういうことですな」

ここでハルバートンと争うことは益にならない。そう判断した彼はあっさりと身を引いた。
サザーランドも決して無能ではない。過激派でありながら艦隊司令の地位に就くということは、より実戦的能力が求められるという
ことでもある。どこの世界でも無能な働き者は嫌われるものなのだ。

「…メビウス・ゼロ部隊の生き残りがいたのは幸運ですな」

発言したのはコープランド大佐。ネルソン級戦艦《モントゴメリィ》の艦長であり、第8艦隊に属している。

「うむ」
「ガンバレルの動作に問題がなかったのであれば、通信網よりも宙域そのものが攪乱された可能性が極めて高い」

エンデュミオンに配属されていたゼロ部隊。わずか15名しかいこの部隊は連合でも精鋭で、先の戦闘でも大きな戦果を挙げて
いる。もっとも部隊は壊滅してしまったのだが、それでも生き残りが1人だけいたのだ。
彼の機体から持ち帰られたデータの価値は非常に大きい。MSとの交戦記録などはその最たるものだ。

「確か、ムウ・ラ・フラガ少尉、でしたかな?」
「大尉に昇進している。残念なことにな」

ホフマンは一瞬顔をしかめたが、すぐに意図を理解した。確かに自軍の敗戦をごまかすプロパガンダなど、めでたいものではない。

「有線通信ならば可能か…」

それは明るい情報とは言えなかった。まさか艦同士をワイヤーで繋ぐわけにもいかないし、いまさらそんな通信網を構築することは
不可能だ。

「レーダーも使えなくなったのだな?他のセンサーは?」
「レーザー通信、赤外線センサーは異常ありません」

裏を返せばそれ以外は全滅ということである。

「特定空間に重度の電波障害を引き起こす新物質、それが件の異常の正体か」

この結論に対し連合首脳部は頭を抱えた。宇宙戦に限らず、現在の戦闘行動は高度の通信管制技術によって根幹を成している。
それらが使用不可能になるということは、第二次大戦レベルの戦闘まで退化せざるをえない。

「ジオンめ、厄介なものを………!」

ハルバートンは思わず歯噛みする。これでは艦隊の連携など不可能だ。相互通信すら行えないなど、技術部ですら相定していない。
レーザー通信は可能といっても、いざ戦闘に突入すればまともな通信環境は望めないだろう。赤外線も同様だ。
それにジオンがそれらに対して補助策を打ってこないとは思えない。

「しかし、そう自由に使えるものではないはずです」

情報をまとめていた士官が口にする。

「なぜだ?」

一同はそちらに顔を向けながら、

「月面の戦闘ではこちらは13隻の艦艇と17機の人型、35機のMAを撃破しています。
そしてこれらの戦果は、ほとんどが例の障害確認以前に挙げられたものです」

確かに連合もただやられていたわけではない。ゼロ部隊の戦果も合わせて決して少なくない損害をジオンに与えている。
しかしそれは不明粒子―ミノフスキー粒子―の散布以前に成されたもので、その後の展開は知ってのとおり散々たるものだ。

「当然ではないか!だからこそ未確認粒子が厄介なのだ!」

当然、そんなことはここにいる全員が認識している。
今さら何を言うのか、サザーランドは口出しこそしないもののあからさまに顔を歪めていた。

「だからこそです。総戦力に乏しいジオンとしてはこの損害も無視できないハズです」

連合が把握しているジオンの戦力は連合と比して決して十分とは言えない。この程度の損害は連合なら誤差の範囲ですむが、
ジオンならば1個艦隊が壊滅したのと同等の損害となる。

「切り札の温存という線は?」

おそらくこの粒子はモビルスーツ以上にジオンになくてはならないもののはずだ。モビルスーツならばプラントが既に実用化に
達しているし、ならば粒子の方をギリギリまで温存していたという可能性もある。

「発覚が1~2時間早まった程度で大勢に影響はないでしょう」

しかし情報士官はあっさりとその可能性を否定する。

「…そうだな。むしろ我が軍の被害が増えていただろうな」
「遅らせた理由はなんだ?」

これによって再び会議は紛糾する。

「…!その当時の戦況推移を!スクリーンに!!」

会議を見守っていたハルバートンだったが急に席を立ち、叫んだ。
突然の剣幕に下士官は驚いたが、すぐに指示通りに中央スクリーンに投影する。

序盤は数の利、地の利を有する連合側が優勢を保ち、ジオンが攻めあぐねている。
しかしMSの投入で情勢がジオン側に徐々に傾いていき、ジオン艦隊が防空圏内へ侵入するのと前後して通信障害領域が発生。
次第にエリアを拡大していき、戦況が完全にジオンに傾くのとほぼ同じくして宙域全体が障害を起こしている。

「発生源は艦艇だ…!」

それもムサイ級、チベ級などの大型艦。事前に投入されたコムサイ、HLVなどからは粒子の発生は確認されていない。

「発生装置が巨大で機動兵器には搭載できない、もしくはそれを作動させるだけのエネルギーを供給できない」

事実、この当時のミノフスキー粒子発生装置はまだ巨大なもので、実質的に艦艇でしか運用できないものであった。

「時間差投入はそれが原因か」
「それも、おそらくこれはそう広範囲には散布できない」
「なぜ?」
「ジオンのムサイ級、装甲も薄く砲戦能力も低いこの艦がここまで突出してきているのはおかしい」

映像には、基地からの対空射撃によって船体を引きちぎられたムサイ級が映っていた。
周囲にはメビウスなども飛び交い、まだ艦隊が突入するには早いと言える。

「なるほど、妙に艦艇の撃沈数が多いと思えばそういうことか」

人型の撃墜数1に対し艦艇0.8という数字はいささか大きすぎた。

「初手の艦隊戦が決め手ですな」
「うむ、砲撃戦ならばこちらに分がある」

アガメムノン級の射程距離は長大で、これに対抗できるのはジオンにはグワジン級しかない。
さらに主力であるネルソン級はムサイ、チベ級より射程が長く、砲戦では圧倒的に連合に分があると言えた。

会議室にわずかではあるが平穏な空気が流れる。こちらに分があると分った将官が安堵の溜息を洩らす。

「人型…モビルスーツといったか、あれはどう捉えますかな?」

サザーランドがもう一つの事項を口にする。

「技術部の話ではプラントのものに酷似した、少なくとも同等の運用思想のもと開発されたものであると」
「やはりか…。」

サザーランドの懸念はそれであった。
ジオンには、ハーフ及びクォーターを含め少なくないコーディネーターが存在する。それらが敵に回るとなると苦戦は免れない、
そう彼は考えていた。もとよりコーディネーターはナチュラルの手によって生まれ、使役されてきた者達である。その能力の高さは
ある意味でコーディネーター本人よりも彼らが知っていた。加えてサザーランドはブルーコスモスでもある。

ジオンとプラント、この2国がほぼ同時期に似た新兵器を開発したのは偶然ではないのだろう。おそらくコーディネーターが開発に
関わっている。となると、兵力にも組み込まれていると考えるのが妥当か。

「メビウスとのキルレシオは5:1、悲惨なものだな」

先の戦闘で連合は17機のモビルスーツを撃破している。単純計算となるとそのために85機のメビウスが犠牲になったのだ。
数値上で語るならば、3倍の戦力でもなお足りないということである。

「だが、やつらも艦載機である以上は艦隊とセットで運用されているはずだ」

対策としては粒子と同じ。圧倒的な戦力にモノを言わせ、艦隊戦でケリをつける。

それが会議の結論であった。

「"世界樹"は要衝、ここを失うわけにはいかん」

L2に位置するジオン公国に対し、月を挟むL1の"世界樹"は地球を防衛する要となる。
月に戦力が展開できない以上、ここを失うことは宇宙をジオンに明け渡すこととほぼ同義となる。
"アルテミス"こそ未だ健在だが、これはジオン・プラント双方から離れた位置にあるため、前線基地となりえない。

「今回の作戦、地球連合の存亡がかかっているつもりで臨んでいただきたい」

最後にハルバートンがそう締め括り、会議はこれで終了する。