ザビ家の個人的な指導力が軍の命令系統を飛び越えるような体制は、独立宣言当初、あるいは独立戦争開始以前の
ような急激な軍の拡張や軍備の充実が必要だった時期には有効な一面もあった。
さまざまな問題が少数の個人によって指導されるため、各部署間の膨大な予算折衝などの問題を速やかに解消できる
からである。
公国軍が開戦前に強力なMS部隊を配備できた事も、強引とも言える奇襲攻撃を敢行できたことも、ザビ家独裁体制
であるがゆえである。
だが、プラスの面も大きいがマイナスの面もまた大きい。
少数の個人による指導はたやすく軍内の派閥形成につながるのだ。
独裁者のつくりあげた縦割りの権力構造と複合する事により、派閥間の権力抗争などの余波で、部隊間の不和や
士官同士の相互不信を生み出していく事になる。
特に宇宙攻撃軍と突撃機動軍の不和はその創設時から有名であった。
開戦前のMS配備の件で、宇宙艦艇派のドズルとMS推進派のキシリアがその進退問題に発展するまで揉めたため、
MS主体の突撃機動軍と、艦艇中心の宇宙攻撃軍に分割する事で決着している。
兄妹仲は決して悪くは無い二人ではあったが、こと自身の主張は押し通すザビ家の家風か、公国軍の運営に関しては
互いに一歩も引かなかった。
結果、情報機関の指揮権はキシリア、つまり突撃機動軍の管轄にあるため、ドズルの宇宙攻撃軍はすでにキシリア配下の
部隊が情報を熟知しているにもかかわらず、独自の偵察、あるいは諜報部隊を編成しなければならなかったのである。
現在、ソロモンを拠点とするドズルの宇宙攻撃軍は、月のエンディミオン基地を拠点とするキシリアの突撃機動軍からの
情報封鎖に近い扱いをうけている。このため宇宙攻撃軍は、艦隊の半数をパトロール艦隊に用いねばならなかった。
幸いにして、地上での情報網は現地の赤道連合ら3ヶ国が受け持った為、大きな混乱はおこらなかった。
それでも、ドズル派とキシリア派の不仲は無視できるレベルではあったが、少ないものではなかった。
(ドズル派の白狼と、キシリア派の真紅の稲妻との交友関係は非常に珍しい部類にはいる)
これらの問題を解決する為に、デラーズらギレン派の将校により公国軍再編、つまり宇宙攻撃軍と突撃機動軍の解体が
提案されたのである。
無論、軍部からの反対は凄まじいものがあった。しかし、ギレンは独立戦争で得た圧倒的な国民の支持と、現状を憂う
良識派、非主流派の軍人を味方につけ再編計画を強行する。
この再編計画が進む中、これに反対する軍人は派閥を問わず、ある人物の元に集結し決起の時を待っていた。
■ 悪巧み ■
「クーデターだって!!」
「クーデターですと!?」
「そう、クーデターだ。年明けとともに行われる公国軍再編、これに反対する一部の将校、士官、それにダイクン派残党が
加わり、ひそかに国家転覆を狙い蠢動している。幸い奴らの動向はある程度把握している為、このように対策が取れるわけだが」
「しかし、そうであるならば、その首謀者をクーデター実行前にどうにかできないのですか?」
「できないわけでもない。が、この際、公国軍の膿は徹底的に搾り出す事にする。我々が言えた事ではないが、ザビ家の
私兵化がこれ以上進むのは望ましくない」
「……クーデター鎮圧における我々の任務とは?」
「クーデター発生の日時をこちらでコントロールする為、親衛隊と本国防空隊は来月の10日、ア・バオア・クーにて
合同演習を行う。そして書類上、諸君らの部隊はそれと同行する事になっている」
「なるほど、書類上はその日、首都は軍事的空白地帯になる。ということですか」
「そうだ。諸君らの部隊がクーデター部隊を足止めしている間に、我々が取って返し一挙に制圧する」
「(所謂、捨て駒かい? わたしらは……)それで、クーデター部隊の規模はいかほどで?」
「こちらでも軍を首都から遠ざけている以上、兵員が5千を超える事はない。MSは最低10機から最大で30機相当」
「ソレは……なかなか。どこからMSを、しかもそれだけの数を?」
「書類上、訓練中での喪失や、改修中の事故による破棄などとされているが、あからさまに怪しいのが10件ほど、
それにその後の記録が紛失しているものが更に10件、記録自体に不明瞭な記載が多いものが10件ほどあった」
「なるほど。我々は最大3倍のMS部隊を敵に回し、あなた方が取って返すまでの数時間、これを防がねばならぬ訳ですな」
「そういうことになる」
「……クーデター鎮圧後の我々の処遇について聞いときたい。書類上、命令違反ということだけど?」
「無論、軍機違反で拘束される。その後、クーデターを察知したため敢えて命令に背いた。この理由で情緒酌量され、
クーデター防止に貢献した事により、総帥直々に恩赦が与えられる事になる」
「その保障は?」
「……あとで書類にし、渡しておこう」
「最後に一つお聞きしたい。なぜ海兵隊や我ら外人部隊にこの役を? 他にも適役はいくらでもいたでしょう」
「……総帥」
「それには私が答えておこう。一言で言えば政治だ。諸君らも知っての通り、いま我がジオンは大量の宇宙移民に備え
多くのコロニーを建造している。そして、ジオン国民はプラントのコーディネイターほどではないがプライドが高い。
……諸君らが知っての通りな」
「それをある程度打開する。諸君らが軍機違反にも拘らず、クーデター防止に尽力した。これを大いに宣伝する事で、
新規の宇宙移民とジオン国民の融和を図る。無論、これは諸君らがクーデターを阻止する事が、最大の前提であるが」
「つまり、君らの部隊は、英雄になってもらう」
「……(政治の道具にされるのは、癪だねえ。……が、その後の待遇自体は悪くなさそうだね)」
「……(部下の立場も考えれば、この任務必ず成功させねばなるまい!)」
「以上だ。他になにか質問は?」
「いえ。任務、了解しました!」
「いえ。任務、了解であります!」
C.E.70年、11月10日。
この日、首都の住人は聞きなれぬ銃声によって眼を覚ます事になる。
10日未明、5隻の認識不明艦から発進した10機のザクは、完全な後方であるため緩みきった監視網を突破、
首都ズムシティに進入する。
既に潜入を果たしていた内通者の手引きで、迅速に宇宙港を制圧したMS部隊は目標を仕留めるため、ジオン
政庁を目指し進撃を開始する。
総帥親衛隊も本国防空隊も不在、彼らは作戦の成功を確信し、無尽の荒野を行くがごとく進んでいた。
■ マッチモニード ■
「少佐、どうやら上手くいきそうですな?」
「当然じゃない♪ 閣下も心配性よね? あのバカ兄妹なんか使う必要なんてないでしょうに……」
「まったくでs……ぐわっ!」
「サカキ!?」
だが、彼らの予想外の伏兵によってその進撃は止められることになる。
■ 兄と妹 ■
「兄上、一体何事ですか?」
「キシリアか……。どうやらクーデターのようだな。まあ、既に対策は取ってある。まもなく鎮圧されるだろう。
……どうした?」
「……」
「フッ、冗談はよせ、キシリア」
「兄上はこの状況を、全く考えなかったので?」
「真逆。だが、キシリア。お前には撃てんだろう?」
「兄上も甘いようで……」
銃声――――。