Zion-Seed_51_第二部第5話

Last-modified: 2008-06-22 (日) 00:22:52

 L3宙域に存在したコロニー“ヘリオポリス”。
 嘗てザフトの攻撃で崩壊したこのコロニーに、誰にもその存在を把握されていない勢力があった。

 

「ラクス様。クルーゼ隊長の部隊が帰還するとの事です」
「それで、アスランは!?」
「残念ながらアスラン・ザラの協力は求められなかったようです」
「……そうですか」

 

 アスランがいないことにラクスは酷く消沈した顔をして俯いてしまった。彼女はアスランは当然自分に協力
してくれるものと考えていた。そして久しぶりに婚約者に会えるのだと信じていた。だからこそ協力を得れな
かった事へのショックは大きい。

 

「ああ、どうしてアスランは私の許に来てくださらないのでしょう」

 

 ラクスは、机の引き出しからアスランの生写真を取り出すと、恋する乙女の様に呟いた。

 

「本当なら今頃は、プラントで盛大な結婚式を挙げていた筈でしたのに……」

 

 自分の夢見ていた未来はもう亡くなってしまったのだろうか。時代は若い二人を切り裂き、まるでロミオと
ジュリエットのように離れ離れにしている。何とかしようにもジオン公国という名の強大な敵が立ちはだかる。
 そう、ジオン公国。そもそもの躓きはこの国が存在していることなのかもしれない。
 勝手にスペースノイドの救済を掲げ、プラントを戦争に巻き込み、ユニウスセブンへの攻撃を正当化させた。
更には言葉巧みに父シーゲルを騙してユニウスセブンを地上に落下させた。どれもこれもプラントの思惑から
外れたことばかりだ。
 おかげで父はやりたくもない戦争に踏み切ってしまった。パトリックが愛する妻レノアの為に奮起したのは
彼女の心に響いたが、自決という形で暗殺され、その為にアスランが言われのない中傷を受けている。

 

「どれもこれもジオンの陰謀ですわ。そうに違いありません!」

 

 そう断言するラクス。そこに根拠などというものは存在しない。彼女は様々な人物からの入れ知恵により、
ジオンこそが倒すべき敵と断定している。
 プラントを取り戻し、ナチュラルとコーディネイターを和解させ、彼らと共に悪のジオン公国を成敗する。
 まるでアニメやマンガの設定のようだが、彼女は実現できると信じきっていた。マルキオ導師が政治面で、
クルーゼが軍事面で協力してくれる。また、マルキオの繋がりでオーブやジャンク屋組合も援助をしてくれる。
この協力と、アスランへの偏った感情。そして自身の“純粋さ”が、彼女を在らぬ方向に進めつつあった。

 

「ねえフレイ。あなたもそう思いますでしょう?」
「は? はぁ……」

 

 唐突に振られたフレイは、頷くことでしか意思を表現できなかった。
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――――第2部 第5話
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「ヒマねぇ~……」

 

 そう呟くのは、アークエンジェルに加わったジェーン・ヒューストン少尉である。オデッサ作戦で共に戦った
彼女は、水中戦用MSの開発にテストパイロットとして拘っていた。その後正式量産機が完成すると、彼女は
連合初の水中用MS部隊を指揮する事になり、ザフト残党軍基地の探索任務を受けたアークエンジェルと合流
したのだった。
 嘗ての戦友の登場に皆が驚きつつも、ナタルは彼女が駆けつけた事に感謝した。これでアークエンジェルは
フォビドゥンブルー一機にディープフォビドゥン三機という水中戦力を得たのである。しかし……。

 

「私は一体何しに来たのかしら」
「だからって甲板で釣りをしないでください!」

 

 そんなナタルの注意も無視気にせずに釣りを満喫していた。

 

「だったら私に仕事をくれます?」
「哨戒任務なら……」
「さっき行ったばかりですけど」
「…………」

 

 ビクトリア基地を出立したアークエンジェルは、一先ず赤道連合に程近いシンガポール基地を目指していた。
何時ザフト残党が現れるか分からない為、随時レーダーに注意を払わなければならないのだが、敵機が現れる
雰囲気は皆無。ザフト残党の基地が本当に在れば、一度くらいは襲撃が遭ってもいいのだが……。

 

「仕方ありませんよ。この海域に来て三日、何の異状も見られないんですから」

 

 そう。現在は攻撃を受ける事無く、平穏な日々が流れているのだった。

 

「ほーう、ノイマン中尉。だから貴官も小説を読みふけっているというのか?」

 

 他の面々もジェーンと同じように、空いた時間を有効活用しようと各々が好きな事に終始していた。本当な
ら任務中であっても、これだけ何も起きないと暇を持て余すしかない。
 それでも、もしもの時を考えて艦橋とCICは随時待機しているのだが、流石に限界が見え始めた。

 

「ああ、ええっと……これはですね……操舵の参考にしてるんですよ!」

 

 なんでも某潜水艦に乗る某提督を真似ているらしい。

 

「怪しげな火葬戦記が操舵の参考になるのか!!?」

 

 声を荒げ叱咤する彼女に、格納庫からマードック曹長の内線が入る。

 

「バジルール艦長! すいませんが格納庫まで来てください!!」
「どうした。一体なんだ!?」
「ラミアス大尉がフォビドゥン分解するって言い出して、海兵の連中と揉めてんでさあ!!」

 

 この報告にナタルは本当にどうしたらいいのかと頭を抱えた。何故この艦は次から次へと問題が起こるのだ。
民間人を受け入れてからというもの、アークエンジェルは軍艦らしくない軍艦になってしまっている。再三に
亘って副長を着けてほしいと人事部に問い合わしているが、それすらも音沙汰がないのである。お陰でナタル
の胃は悪くなる一方だ。

 

「……そっちで対応しろっ!!!!」

 

 ナタルは、任務が終わったら胃の洗浄でもしようかな、と思うようになり始めた。そんな彼女に追い討ちを
かけるが如く、CICのトノムラ軍曹から声が上がる。

 

「艦長!」
「今度は何だ!!?」

 

 もはや自棄である。ナタルは矢でも鉄砲でも来るなら来いとばかりに構えた。だが、トノムラからの報告は
意外なものだった。

 

「レーダーに反応、戦闘の模様です!」
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               *     *     *
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 そこにいたのはジオン公国軍の艦隊であった。戦艦が五隻に潜水艦が五隻で構成されたこの艦隊は、オーブ
訪問の為に一路インド洋を進んでいた途中、ザフト残党の奇襲を受けてしまった。艦隊の旗艦である大型陸上
戦艦レセップスを中心にピートリー級戦艦は輪形陣を施し、濃密な対空砲火を空中を闊歩するのディンに対し
放っている。一見、ジオンの艦隊がディンを寄せ付けないように見えるが、敵機は撃っては離れを繰り返し、
機銃を一つ一つ確実に破壊していた。

 

「右舷に損傷! 対空火力は70%に落ちました!」
「敵機3機、右翼から来ます!」
「大佐、バグリィーが被弾しました。後方に下がります」

 

 次々と入る損害報告にもバルトフェルドは動じず、冷静に周囲に問いかける。

 

「ヘンリー・カーターで援護したまえ。ハルトマン中佐はどうした?」
「中佐は敵の水中部隊と交戦中です。性能ではこちらのハイゴックが上回っていますが……」
「海の銀狼といえど、やはり数の差はどうにも出来んか」

 

 海の銀狼の異名を持つエーリッヒ・ハルトマン中佐は潜水艦隊を率いて、襲い掛かるグーンとゾノの群れに
対応している。ハイゴックには“闇夜のフェンリル隊”が搭乗しているが、如何に彼らでもこの状況では守りに
徹するしかない。

 

「空と海からの同時攻撃。さすがは同胞、なかなかやるねぇ~」
「感心している場合ですか!」

 

 バルトフェルドの横で呆れるのはマーチン・ダコスタ大尉だ。

 

「……迎撃機は出さないのですか」

 

 ダコスタの進言も当然だった。如何に対空砲を増設した改良型レセップスでも限界がある。制空権を支配さ
れたままでは劣勢は必至。しかし……

 

「まだ出さなくていいよ」
「しかしこのままではジリ貧です」
「分かってるよ。そんな事は……」

 

 当然ながらバルトフェルドもその点は理解している。彼はチラリと艦長席の隣に座る人物――地上攻撃軍総
司令官ガルマ・ザビ中将に目をやった。

 

「中将殿、何か策はありませんかね?」
「あいにくと海戦は専門外だ」
「……そうですか」

 

 気にも留めない様子でバルトフェルドはその場を流すが、内心はガルマに怒っていた。
 プラント敗北後のバルトフェルドは、捕虜生活を終え、恋人のアイシャと共にコーヒー喫茶でも開こうかと
今後の身の振り方を考えていた。そんな時マ・クベ中将から呼び出され、入隊を勧められたのである。初めは
断ろうとした彼だが「ガルマを補佐してほしい」というマ・クベに似つかわしくない頼みに興味が引かれた。
 あのアフリカの大地で、ガルマの指揮する部隊と戦ったのは記憶に新しい。あの時はガルマも世辞にも良い
指揮官とは言えなかった。バルトフェルドには言えた事ではないが、指揮官自らが戦闘機に乗り、前線に赴く
など軍人としては考えられないからだ。それでも彼は周囲からの信頼を得ていた。将官から末端の兵士まで、
ガルマ・ザビを信じ戦っていた。プロバガンダの影響もあるのだろうが、まるで後の活躍ぶりを予期したかの
ようだ。ここまで兵士に信頼される指揮官もいないだろう。
 そんなガルマがどうしたことか。まるで抜け殻のようになっている。一度ガルマに敗北している身としては、
“砂漠の虎”バルトフェルドはこんな男に負けたのか、と腹が立って仕方がなかった。

 

(コイツは思ったより厳しいな。参謀長殿は無理難題を押し付けてくれる)

 

 そうしてジオン軍大佐の地位を得た彼は、オーブ遠征に参加し、ガルマを奮い立たせるよう命令を受けた。
マ・クベは、嘗ての敵将を横に置けば不甲斐ない姿を晒すことは無いとの思惑だったようだが、あまり効果は
ないようだ。
 そこでバルトフェルドに考えたのは、自軍を若干危機に陥らせてガルマ自身に反撃の一手を考えてもらう、
というものだった。しかし、結果は聞いてのとおりだ。

 

(こりゃあ、別方向から喝を入れなきゃ無理だね)

 

 諦めたバルトフェルドは思考を戦闘に向ける。そして格納庫に待機しているMS隊に内線を繋げ、発艦準備
に取り掛かるよう指示した。敵の攻撃を受けている途中で発艦すなど自殺行為であるが、MS隊を指揮してい
るのは砂漠の虎が好敵手と認めた人物――ランバ・ラル中佐である。

 

「こちらはダメだ。すまないが出てくれたまえ」
「だから言ったのだ。わざわざガルマ様を危機に遭わせて……」
「貴方がいるから安心して出来るんですよ」
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「まあ、よいわ……。全員聞け! まずはワシが囮になる。敵の目がワシに集中する間に、お前達も出撃しろ」

 

 そしてレセップスの正面ゲートが開き、青いMSが姿を表した。そのMSはゲートが開くと空中に飛び出し、
スラスターを吹かせて遥か頭上にいるディン目掛けて突貫する。それを見たディンのパイロットは、この行動
を中傷しながら迎え撃った。

 

「バカな奴だ。陸戦機如きが空戦など出来るわけがない」

 

 ところが次の瞬間、彼は奇妙な体験をする。艦上にいたMSが何時の間にか自分の目の前にいるのだ。

 

「なっ!?」

 

 パイロットの考えは確かに正しい。空戦用MSや戦闘機が相手だと、常に頭上を取られて戦うことになる。
戦う前から相手は優位な立場にいるのだから、陸戦用MSで空戦用MSに勝つのは難しい。
 だが、それは並みのパイロットとMSである場合。彼が相対しているのは“青い巨星のランバ・ラル”なのだ。

 

「零距離! 取ったぞ!!」

 

 そして彼の乗る機体も凄まじい性能を持っている。
 ――MS-18E“ケンプファー”
 ヤキン・ドゥーエ攻防戦でイレブン・ソキウスに貸し与えていた強襲用MSである。大推力のスラスター及び
姿勢制御用バーニアを全身に装備、前傾姿勢で滑走すら可能な推進力を有している。例え敵機が空中にいても
瞬時にして懐へ飛び込み、ビームサーベルを突き刺す事すら可能な機体であった。

 

「ちとじゃじゃ馬だが、いい機体だ」

 

 ラルは動かなくなったディンを蹴飛ばし、そのままレセップスの艦上へ着地する。そして再び上空へと飛び
上がった。彼が手強いと知った敵は追い撃ちが来るが、ケンプファーは構わずに上昇していく。加速力の一点
なら例え空戦用MSであってもケンプファーには及ばない。ある程度上ると機体を反転、降下しながら眼下の
ディンに向けショットガンを撃った。放たれた散弾は隊列を組んだディンを次々と撃破していく。

 

「さて次はどやつだ!」

 

 本来ショットガンは、対MSを想定している代物ではないが、防弾性が皆無のディンならこれで十分だった。
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 形成がジオン優位になり始めるが、敵は一層攻勢を強めてくる。どうやらレセップスにガルマが乗っている
事を知っているらしい。ザフト残党にとって、ガルマは祖国を蹂躙したザビ家の人間だ。是が非でも討ち取る
のに拘っているのだろう。

 

「敵、新たな反応!」
「おやおや、まだ来るのかい?」
「向こうも必死なんですよ」

 

 増援が現れたが、バルトフェルドは余裕だった。敵の第一波はラル隊が殲滅しかけている。海中では互角の
戦いだが、ハルトマンが指揮を取っている以上、勝つのは時間の問題だ。

 

「敵は下駄付きのジンばかりですね」
「ラル中佐に任せるよ」

 

 勝利を確信したその時、それまで沈黙を守っていたガルマが口を開いた。

 

「……バルトフェルド大佐。勝ったのか?」
「ええ、最早負けはありません」
「余裕だな。その割には“苦戦”したようだが……」

 

 瞬間、小さく息を呑む。

 

「い、いやはや、我が隊の者が同胞を攻撃するのに抵抗がありましてね」
「……そうか」

 

 それでもバルトフェルドは持ち前のポーカーフェイスで切り抜けた。苦戦――素っ気ない言い方ではあるが、
心臓を鷲づかみにされる気分とはまさにこのことだろう。まさか自分の意図を見抜いたのではあるまい。

 

「部下には私から言っておきます。どうか心配なさらぬよう」
「隊長、第三波の接近を確認しました」

 

 三度、戦闘に意識を移す。

 

「ふむ、落とすのは容易だが、中佐に任せてばかりなのはねぇ……」

 

 青い巨星とて永久に戦い続けることはできない。機体も補給が必要になる。
 さて、どうしたものかと考えていると、ダコスタが新手の存在に気が付いた。

 

「左翼より大型の艦艇が接近してきます。敵第三波の真横に向かっています」
「何だって?」

 

 大型の艦艇とはなんだ。味方ならばザンジバルなのだろうが、そんなものがこの海域を飛んでいる訳がない。
シーマのリリー・マルレーンは大陸経由で極東に向かっている筈だし、他の艦は全て宇宙に出払っている。
 一体何者なのかと構えていると、艦艇から強力なビームが放たれた。

 

「敵を攻撃してるよ。味方なのかな?」
「いえ、違います。これは……」

 

 モニターに映った艦艇を見ると、バルトフェルドの部下たちはその正体を知った。

 

「隊長、これは“足つき”です!」

 

 そう。ザフト残党を蹴散らす姿は、間違いなくアークエンジェルであった。
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「好かったんですか?」
「ジオンに加勢したことか?」

 

 ノイマンの疑問に疑問で答えるナタル。

 

「……ええ、まあ」

 

 休戦中とはいえ、ジオン軍を援護するのは複雑である。しかしそれ以上にザフト残党と初めての接触なのだ。
今回の命令を受け、やっと軍人らしい事が出来、尚且つ無駄に空いた時間をやっと潰すことが出来る。そんな
思いでジオンの援護を慣行したのだ。

 

「本よりも実戦の方が身に付くぞ!!」

 

 ナタルは艦長席から降り、興奮気味に出撃命令を出した。

 

「MS隊、全機出撃だ!」

 

 アークエンジェルの介入によってザフト残党の勝利は不可能となった。ジオンだけでも手を焼いていたのだ。
そこにXナンバーを有するMS部隊と戦うなど、無駄に命を散らすだけである。ザフト残党は反転し、逃げる
ように去っていった。
 それを見たナタルはスカイグラスパーを発進させ、逃げ去るザフト残党MSの後を追わせるのだった。