Zion-Seed_51_第23話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 18:05:59

 アークエンジェルの左舷格納庫の一角で、少年達が口々に興奮した声を発していた。
「ああっ!」
「やられちゃった……」
「でも凄いぜサイ! 七機落とした!」
 彼らが熱中しているのは戦闘シミュレータである。MS運用艦として造られたアークエンジェルに
備えられたこのシミュレータは、連合のXナンバーはもちろん、ザフトのジンからジオンのザクまで
様々な機体が登録されていた。OSは鹵獲したザクから組み込まれている。本来はパイロットが
練度を高める為のものだが、彼らの前ではゲーム機も同然だった。
「よーしっ! 次は私だっ!!」
 サイの成績に発奮したのか、カガリが意気揚々とシミュレータに入った。そんな様子を通りかかった
トールが近づいて声をかける。
「なにやってるの?」
「あ、トール見て! サイったらMSで七機もジンを落としたのよ」
「バスターで遠距離からチマチマ撃ってただけだよ」
 シミュレータから出てきたサイが謙遜するように言う。実戦において五機撃墜すればエースの称号を
得られるのだから、素人としては十分すぎる成績だ。
「でもすごいじゃん! 俺なんか、戦場入ったとたんに落とされたもん」
「私も……」
 情けなさそうに笑うカズィとミリアリアに見ていたセイラが言う。
「二人は機体の特性を生かせなかったのね」
 カズィはイージスで敵陣に突っ込みハチの巣にされ、ミリアリアはブリッツで姿を隠し奮闘したが、
ミラージュコロイドを展開しながらではエネルギー消費が激しく最後は行動不能となり終了した。
「え、なになに、もうみんなやったの!? 次、俺やってもいい?」
「ゲーム機じゃないのよ」
「そうだぜトール。それに次はセイラさんなんだから」
「セイラさんがっ!?」
 トールは意外そうな声を出す。こういった事にセイラが興味を持つとは思えないのだが。
「ええ、もしかしたら乗る機会があるかもしれないしね……」
「どうだ! 十六機撃墜したぞ!!」
 セイラの声をさえぎってカガリが声高々に叫ぶ。見るとシミュレーションを終えた彼女が得意げな顔で
腕組みをしていた。被験者の成績の中で断トツのトップに表示されている。
「二発くらっちゃったかな!」
 自慢げに言うカガリだったが、この成績は数分後にセイラによって覆されるのであった。

「なんでザウートなんか寄越すかね、ジブラルタルの連中は……」
 バルトフェルドは苛立つように吐き捨て、書類をデスクに放り投げた。
「バクゥは品切れか!?」
「はあ。なんでもユーラシアが戦力を集結させているようで、バクゥは回せないと……」
 ダコスタも内心は上官と同じ感想だったが、まさか“砂漠の虎”が三機のバクゥを失うとは上層部も
予想していなかったのだろう。
「その代わりにザウートとジン・オーカーかい? うれしくて涙が出るね!」
「期待されているのですよ。隊長なら、これだけの戦力でもやっていけます」
 ダコスタはおだてるように言った。バルトフェルドはその言葉にいささか驚いた表情をするものの、
すぐに肩をすくめ、いつもの笑みを浮かべてみせる。
「ああ……そうだね。ジオンを相手にするより楽だよ」

 自室に戻ったバルトフェルドは、先程の副官とのやり取りを思い出しながらコーヒーを入れる。
「ジオンを相手にするより楽……か」
 つぶやくと、カップを口にする。
 ――苦い。
 普通の人間なら飲めるものではない。
「まったく。凄い奴だよ“砂漠の虎”は……」
「アンディ」
 柔らかな声が彼の名を呼んだ。ここで彼をそう呼ぶ者は一人しかいない。バルトフェルドは、
懐からビンを取り出し、カップに注がれたコーヒーへ中身を混ぜると、しなやかな腕が背後から
首に回されるのを感じて微笑んだ。
「アンディ、何をしているの?」
「ブランデーを垂らしてるのさ」
 アイシャはいつも口うるさくコーヒーについて語っていた男が、酒を混ぜている事に驚いた。
「おかしいかい? 僕はコーヒーよりもお酒の方が好きなんだ」
 そしてバルトフェルドはコーヒーの香りを楽しむこともなく、一気にカップの中身を飲み干す。
「どうしたのアンディ? 貴方ヘンよ」
「ヘンなんかじゃないよ。これが僕さ……“砂漠の虎”なんて英雄じゃない僕は、こんな男さ」

 開戦以来、ザフトは敗北の連続だった。即座に制宙権をジオンに奪われた。三度にわたって
ソロモンを攻めたが、全てが負け戦。NJ投下時の戦勝気分など直に吹き飛んだ。ならば地上では、
と上層部はかなりの規模の侵攻作戦を行なった。カーペンタリアとジブラルタル。連合軍基地を狙った
これらの作戦は成功した。自分に“砂漠の虎”などという大それた名を付けられたのは、この頃からだ。
「アイシャ。僕は確信したよ」
 ところが、その侵攻も停滞する。ジオンがアフリカへ侵攻してきたのだ。
 ガルマ・ザビが指揮するアフリカ方面軍は精強だった。ジン・オーカー部隊は手も足も出なかったし、
ダコスタのザウート部隊も、ジオン脅威のメカニズム前ではのれんに腕押し。打つ手なし、という所に
バクゥという光明が出てきた。バクゥがいなければアフリカは瞬く間にジオンの占領下だっただろう。
「この戦争。ザフトは、いやプラントは負ける」
「え……?」
 寝る間も惜しんで戦略を練り、戦術を構築する。ジオンの新型MSが出るたびにその繰り返しだった。
コーヒーも初めは眠気を覚ますためだけに飲んでいた。それが知らないうちに“砂漠の虎”のシンボル
となってたときは呆れるしかなかった。
 アフリカに来てからの一年間。バルトフェルドにとっては地獄の毎日とでも言えた。
「キンバライトが落ちたらしい。ジオンの新型MS三機に、バクゥ一個中隊が全滅したそうだ」
 そこにきて今回の報告だ。
 ――MS三機にバクゥ一個中隊が全滅
 誤認かとも思ったが、事実だった。そんなMSを持つジオン軍に、我々がどうやって勝てというのだ。
“砂漠の虎”なら何とかしてくれるとでも思ったか。冗談じゃない。自分はそんな有能な将ではない。
最前線でジオンと戦ってきたからこそ分かる。ジオンの将は有能だ。特にガルマの周囲にいる者達は……。
 彼らと比べれば自分がどれだけの将なのか、バルトフェルドは嫌というほど分かった。
 自分はどうしようもない愚将だ。たった一両の戦車にバクゥ三機を破壊されるような指揮官だ。
「僕は、もう疲れた」
 バルトフェルドに、“砂漠の虎”という英雄を演じるのは限界だった。

 砂漠に降り立ってから色々なことがあったが、遂にアークエンジェルはレセップス突破作戦を
決行することにした。
「レ、レーダーがっ……!」
「一時半の方向でミノフスキー粒子濃度増大! 敵と思われますが数は補足不能!」
 カズィが慌しく口を開き、舌をもつれさせる。彼のモニターに映されたレーダーは、一部分が白く
覆われている。チャンドラの報告を聞く限り、ザフトはミノフスキー粒子の散布に成功したようだ。
「落ち着け! 敵戦力は少ない筈だ!」
 周囲が慌しい中で、ナタルは冷静に予想できた。いくら新型MSを有した艦とはいえ、砂漠の虎が
そこまで大戦力をつぎ込むとは思えない。おそらく二、三隻だろうとナタルは読んだ。
「対空、対艦、対MS戦闘を開始する! イージス、スカイグラスパー発進!」
「キラ君は出さないの?」
 戦闘指示を命じるナタルにセイラが言った。キラは今でも営倉にいるからだ。無期限の営倉入りは
今でも継続していた。そのおかげでストライクが出せないのはセイラにとって納得のいくものではない。
「マッケンジー中尉は敵艦をっ! フラガ大尉はMSの迎撃をお願いします!」
 ナタルはセイラの苦言に“無視”を選択した。

 一方のレセップスでは、指揮する男が想定外の事態に合っていた。
「何故君がここにいるんだ!?」
「私は射撃手だから」
「そんなことを聞いてるんじゃない! 君はバナディーヤに残ったはずだ!」
 ラゴゥのコックピットに乗り込んだバルトフェルドは、射撃手が座る前席にアイシャがいるのに驚き、
うろたえた。自分の弱い部分を晒し、彼女をバナディーヤにおいてきた筈なのに、ちゃっかり座っている
ことが信じられない。
「今すぐ降りろ! アイシャはレセップスに……」
「いやよ」
「ダメだ! 君を危険に晒すなど」
「私を置いてくのは許さないわ」
 アイシャは頬を膨らましながらバルトフェルドに詰め寄る。
「アンディ、死ぬ気でしょ」
 彼女はバルトフェルドの本心を言い当てる。まさにバルトフェルドはこの戦いで死ぬつもりだったのだ。
 どんなに策を練ろうとジオンの侵攻は防げない。玉砕の末に戦死するのもいいが、それは“砂漠の虎”
の役割だ。自分はもう演じるつもりはない。しかし、このまま生きていても惨めなだけ。それならば、
一番あり得ない相手に討たれよう。それが自分らしいと言うもの、そう思っていた。
「何故、わかった?」
「あなたバカ? あんなこといったらわかるに決まってるでしょ」
 しかしバルトフェルドの考えなど、アイシャにとってはただの男の勝手でしかない。自分を助けた
つもりだろうが完全に逆効果である。
「私がいればアンディは生きようとする。だから……」
<バルトフェルド隊長。イージスと戦闘機が出ました。ストライクの姿はありません……?>
 いい所でモニターにダコスタが映る。苦りきった表情を作った副官は、邪魔をしてしまったことにも
気づかずに、不可思議そうにしている。その余りにもバカバカしさに、バルトフェルドは笑い出した。
「クッ……ハハハッ!」
<隊長……?>
 いい意味で吹っ切れたのだ。
「またストライクは温存か。僕をなめてるのかな……?」
 バルトフェルドは前方を睨み据えた。決して演技ではない、バルトフェルド自身の顔。
「いいだろう。この僕の実力……見せてやろう!!」

「でえぇぇぇい!!」
 ムウはイージスを跳躍させ、上空から一体のバクゥを撃ち抜いた。空中での隙を狙った他のバクゥが、
イージス目掛けレールガンを放つ。
「バカめ! 空中なら狙い撃ちだ!」
 だがそれは空を切った。MAに変形したイージスは体勢を立て直すと、撃ってきたバクゥ目掛けて
ビームサーベルを展開したまま突っ込んだ。予想外の攻撃にバクゥは散開するものの、ムウはその
一体を鉤爪で捕捉、そのまま零距離でスキュラを撃つ。
「あまいんだよ」
 そしてイージスは空中でMS形態に戻ると、落下しながら残りのバクゥを切り下ろした。
「これで三機っ……!!」
 それでもムウは敵の戦力が減ったようには思えなかった。遠距離からはザウート、空中からは戦闘ヘリの
アジャイルにVTOL戦闘機のインフェストゥスの援護射撃が降り注ぐ。バクゥも数機残っているようだ。
「ええい、うざったい!」
 ムウは苛立ちながらアジャイルをイーゲルシュテルンで撃ち落した。

「ゴッドフリート、バリアント、てぇーっ!」
 ナタルの号令がブリッジに響く。ピートリーの激しい砲撃が向けられ艦体を大小の衝撃が襲うが、
それ以上にアークエンジェルの砲撃が敵艦に被害を与えている。しかし副砲のバリアントは、連続使用すると
砲身温度が上昇し使用出来なくなってしまう可能性がある。現に砲身温度は危険域に近づきつつある。
「艦長! フラガ大尉から援護の要請がっ!」
 それを受けたナタルは言い放つ。
「航空戦力を一掃する! ローエングリン発射用意!」
「はい! ……って、よろしいのですか?」
 ローエングリンはアークエンジェルで最も強力な兵器であるが、大気圏内で使用すると大気との干渉により、
深刻な放射能汚染をもたらしてしまう。だがナタルにとって、連合の勢力圏でないアフリカがどうなろうと
知ったことではなかった。
「構わん、てぇーっ!!」
 放たれた赤い閃光はザフトの航空戦力をなぎ払った。
 エネルギーの渦が誘爆を引き起こし、衝撃波が姿勢を狂わせて戦闘ヘリ同士が衝突する。
「やった……!」
 その光景に一瞬だけピートリーの対空砲火が弱くなった。その隙にスカイグラスパーがアグニを発射する。
強烈なビームは艦上のザウートを貫き、艦体に突き刺さった。ブリッジでは歓声が上がる。
「よし……コレであの敵艦は艦隊から脱落する」
 だが喜んでもいられなかった。
「ろ、六時方向に艦影っ! こんな近くまでっ……!!」
「もう一隻伏せてたのか!?」
 レセップスがミノフスキー粒子を散布したことに気をとられ、従来の索敵が行なわなかった。そのために
敵艦の接近を許してしまったのである。
「艦砲、直撃コース!」
「撃ち落せ!!」
 だがそれはかなわず、数発が直撃する。
 被弾したアークエンジェルは大きく傾き、工場跡地に突っ込んで、そのまま動かなくなった。

 そんなアークエンジェルに、容赦なく敵の砲撃が集中した。ゆれる艦の格納庫では、マードック達が
エンジンを修理しようと走り回っている。すると、その格納庫へカガリが駆け込んできた。
「おい、なんだ――嬢ちゃん!?」
 今回の作戦は“明けの砂漠”が参加したがっていた。しかしナタルはコレを断り、代わりにカガリを
見届け人として乗せることになった。
 そんなカガリはマードックに目もやらず、ストライクのコックピットまでタラップを昇る。
「なにすんだ!? おい、嬢ちゃん!」
「機体を遊ばせていられる状況か!? 私がストライクで出る!」
「バカなこと言わないで! 素人には無理よ!!」
 昇り終えたカガリだったが、コックピットにいたマリューが静止した。
「しかし……!」
「ダメです! 第一、今のストライクを動かせるのはヤマト少尉だけよ!」
「だったら!」

「スラスター全開、上昇! ゴットフリートの斜線を取る!」
「ダメです! 船体に何か引っかかって……」
 墜落時、建物の骨組みに翼が入り込んだのだった。
「なんとかしろっ! 狙い撃ちにされるぞ!!」
「艦長。営倉から通信が入ってます」
「なんだこんな時にっ!?」
 苛立つナタルがインカムを怒鳴ると、答えたのはカガリだった。
<おい、聞こえるか! 聞こえるなら暗証コードを教えろ! キラを出す!>
 何を思ったかキラを営倉から出そうとしているらしい
<ストライク出さないとまずいだろ!>
「艦長、私もキラを出すべきと思うわ」
 ナタルとて今がどういった状況なのか理解している。だが彼女は、この窮地をキラに頼らずに乗り切る
ことで、彼も少しは自分を信頼するのではないかと考えていた。キラとは最悪に近い出会いだったが、
さすがにあそこまで嫌悪を表されては彼女としてもいい気分ではない。しかし――
「バクゥらしきMSが三機、接近して来ます」
 ――このままでは負ける。
 そう思ったナタルは、カガリとセイラの押しに折れた。
「……F36タイプだ」
「艦長!」
「フラガ大尉を呼び戻せ! 体勢を立て直すぞ!」

 営倉から出られたキラは、カガリから簡単な説明を受けながら格納庫に飛び込むと、マードックが
険しい表情で近づいてきた。
「来たか坊主……」
「マードックさん! ストライクは!?」
「その前にやっておく事がある」
 マードックは言い終えるとキラの腹に拳を突き立てた。突然のことに避ける間もない。
「おい! なにをしてる!!」
 腹を押さえながら床に崩れ落ちるキラにカガリが駆寄る。
「何で殴ったか分かるか? 見てみろアレを」
 言いながらあるものを指差した。その先にはキラが家出したときに使ったスカイグラスパーがある。
「いいかよく聞け。俺達メカマンは、人手が足らなくても命懸けで整備をする。なぜなら一つのミスが
パイロットの命に関わるからだ。なのにお前は、せっかくの機体を砂まみれにしやがった」
「……す、すみません」
「謝罪はいい。今の一発でチャラにしてやる。だからよく聞け!」
 太い腕で引き寄せながら、マードックはストライクの方にキラを押した。
「二度と機体を雑に扱うな!」
「はいっ!」
 目をパチクリしながら、タラップを昇ると今度はマリューが気を使う。
「ヤマト少尉、大丈夫?」
「ええ……それよりストライクは?」
「軍曹が完璧に仕上げてくれたわ。OSも変わってないわよ」
 驚きながらストライクのOSを立ち上げる。そこには砂漠戦用に修正された自分のOSがあった。
「バジルール艦長がOSを変える必要はないって言ったのよ。何気に信用してるみたい、彼女」
<ストライクはまだか!>
 通信機からナタルの声が聞こえる。
「……いつでも出れます」
<キラ・ヤマト少尉、マッケンジー中尉が前方のレセップスを、フラガ大尉が後方の敵艦を叩く。その間に、
お前はアークエンジェルに接近するバクゥを迎撃するんだ>
「分かりました」
<戦果を上げれば、脱走の件を不問にしてやる…………期待してるぞ>
 最後の一言にキラは面食らったが、その言葉はキラに力強く響いた。
「……キラ・ヤマト、ストライク出ます!」

「ほう……遂に真打の登場か」
 画面に映ったエールストライクを見ながら、バルトフェルドは感嘆の声をあげる。
「さて、行こうかアイシャ」
「ええ」
 バルトフェルドは前方を睨み据えた。
「バルトフェルド、ラゴゥ出る」

<やっと来たか!>
「ムウさん!」
<いいか! 前にも言ったが、熱くなるなよ!>
 ムウの言葉に頷き、キラはストライクを敵機に向けた。高みから照準を覗くキラの目は冷静だ。
地球軌道のように慌ててはいない。伸ばしたビームライフルの砲口が火を噴き、バクゥを襲う。
敵パイロットはとっさにミサイルポッドを離脱させた。
<大丈夫みたいだな……坊主、ここは頼んだぜ!>
「はい!」
 ムウはイージスを可変させると、機体を反転した。
 キラは今一度、敵機を確認する。バクゥは二機、内一機は武装が無い。機体を着地させると同時に
バクゥがミサイルを連射した。キラはそれをかわしジャンプすると、もう一機がそれを追って高く
跳び上がる。武装が無いので、格闘戦を仕掛けたのだろう。しかしそれはあまりにも無謀な挑戦だった。
キラは体当たりをシールドではじき返すと、サーベルで斬りつける。そして振り向きざまに手にした
サーベルをもう一機のバクゥに投げ、怯んだところをライフルで狙撃した。バクゥはビームが貫き、
激しい誘爆を起こしながら散った。
「よし、後は……」
 アークエンジェルの援護に向かおうとしたキラだったが、突如放たれたビームにさらされた。
「なにっ……!?」
 間一髪のところでシールドで受け止め振り向くと、バクゥに似たオレンジの機体を目にした。
「あれは……? あの機体は……っ!?」
 頭部には鶏冠が突き出し、口にはビームサーベル。
 それはキラにとって忘れられない機体、ソンネンを殺したザフトの新型MSだった。

 ムウは駆逐艦とザウートから放たれる対空砲火を避けながら、一気に敵艦まで機体を加速させる。
そして艦上に降り立つと、護衛機のジン・オーカーを見た。
「一気に決めさせてもらう!」
 ムウはジン・オーカーに接近戦を仕掛ける。相手はビーム兵器は持たないが、今のイージスには
エネルギーの残量が残り少なかった。
「おりゃぁぁぁっっ!!!」
 ビームサーベルを抜くと、そのまま正面に突っ込んだ。

「なるほど、いい腕だ」
 ビームを避けながらバルトフェルドが淡々と言った。
「だが熱くなってるな。先程のクールな戦いはどうした?」
 このときキラはラゴゥの存在に周りが見えなくなっていた。敵なのに自分の話を聞き、接してくれた
ソンネンの仇なのだ。冷静ではいられない。
「お前がソンネンさんをっ!!」
 叫びながらビームを連射する。ラゴゥを捉えようとするが、逆に撃たれ、構えていたライフルが
爆発した。間一髪のところで手放したから無傷だったが、ライフルを失ったのは大きい。
「くそーっ!」
<冷静になりなさい! エネルギー残量に注意して!!>
 セイラがたしなめると、幾分か冷静さを取り戻す。だが手持ちの武器はビームサーベルと機関砲のみ、
今のストライクには飛び道具がない。接近するにしてもラゴゥはかなりの速度で動いており、さらには
ビーム砲まで装備している。エールストライカーとはいえ、牽制無しに近づくことは容易ではない。
「……バジルール艦長、聞こえますか」
 キラは思い切ってナタルを呼んだ。
<こちらの援護は期待しないでくれ。アレだけ速い機体では捉えられん>
「いえ、僕に考えがあります」
<……何をする気だ?>
 キラは疑問符を浮かべるナタルに手短に説明した。
<バカな! 一つミスをすればお前もっ!!>
「ストライクには武器がないんです! お願いします!!」

 戦況はほぼ互角だった。駆逐艦ピートリーは中破したが、レセップスとヘンリー・カーターは健在。
両艦とも猛攻を受けているものの、残りの航空部隊とMSが凌いでいる。残りのバクゥもバッテリー
残量を考え引かせている。後から出撃したストライクにはバッテリーに余裕があるためだ。それは
ラゴゥも同じ事だが、決定的に違うのは飛び道具がないということだ。
「さーて、そろそろ止めといこうか……んっ?」
 決着をつけようとするバルトフェルドは、ストライクが奇妙な行動をするのを目にした。シールドを捨て、
さらにはエールストライカーを離脱し、挑発するようにビームサーベルを抜く。
「誘ってるのかい、接近戦なら勝てると」
「アンディ……」
 アイシャは不安そうにつぶやく。
「いいだろう。その誘いに乗ってやる!」
「やめてアンディ! 悪い予感がするわ!」
「大丈夫だ。それに戦士として同じ土俵で闘いたい!」
 バルトフェルドは回りこみ、ストライクの正面にラゴゥを走らせる。ビームサーベルを展開すると
同じくサーベルを構えるストライクに向き合った。
「“青い巨星”は僕の一撃を受け止めたけど、君はどうだい!?」
 ラゴゥは突っ込んだ。しかしストライクはその一撃を受けることはせず、上空に跳び上がった。
「装備を捨てた機体では、姿勢制御できまい!!」
「アンディ、前っ!!」
 アイシャの叫びに振り向くと、目の前には110センチと言う馬鹿げた口径のリニアガンが迫っていた。
「クッ!!!」
 咄嗟に上へ跳躍する。そこに先に跳んでいたストライクがラゴゥに振りかぶった。皮肉なことに、
それはバルトフェルドがヒルドルブに使った戦法の応用だった。
 両者の影はひとつになった。キラは射出したビームコーティングされたアーマーシュナイダーで
サーベルを受け止める。そして――
「なん……て……ことだ……」

<隊ちょ……!>
「撤……退しろ……ダコスタ……」
 このときのバルトフェルドは戦士だった。だからこそ飛び道具を持たないストライクに格闘戦を
仕掛けたのである。しかしそれは軍人としての行動ではなかった。
「“砂漠の”……“虎”なら……撃って……たのかな……ハハッ」
「アンディ!?」
 アイシャは愛する男に問い掛ける。
「君は……脱出……し……」
「そんなことするくらいなら死んだほうがマシね」
 思わずバルトフェルドは微笑んだ。
「君も……バカだな」
 ラゴゥは四散しながら地面に崩れ落ちた。

 レセップスから撃ち上げられる撤退信号を確認し、ナタルはやっと安堵した。
 キラの作戦は困難なものだった。正規軍人の少ないアークエンジェルに、ストライクが跳躍する瞬間に
バリアントを撃てなど正気の沙汰ではなかい。、タイミングがずれればストライクが只ではすまないのだ。
「終わった……」
「いや、まだだ」
 ナタルを遮ってキサカがブリッジにやって来た。
「ジオンがこちらに近づいている」
 キサカの言葉にクルーの目の色が変わる。
「どう言うことだ!?」
「レジスタンスがジオンに話したのだ」
 サイーブは初めからアークエンジェルをジオンに密告するつもりでいた。カガリが人質でも、ジオンの
特殊部隊が救出すると読んだのである。
「我々を降ろし、このまま地中海に向かえ」
「……何故話した? 黙っていれば、ジオンに恩を売れるものの」
「カガリはお前達とこの艦を気に入っている。だからだ」
 この後、ナタルは黙ったままMSとスカイグラスパーの回収を命じる。そしてカガリとキサカを降ろし、
アークエンジェルはユーラシアに向けて進路をとった。
 熱砂の戦いは、こうして終わった。