どちらかといえば、クラナガンとは違い自然の多いミッドチルダ北部。
そんなところに位置する第四陸士訓練校もまた、夜になると闇に包まれる。
夜闇に包まれた白亜の訓練校は、練習場という名の自然に囲まれ、学舎や宿舎から漏れる明かりが、ひっそりと自分達の存在を主張していた。
そんな、明かりを漏らす元となる一室。横一線の二列に並べられた机の一つで、橙色の髪をした男が、モニターに目を投じていた。
日付が変わる時間だが、頬に当てられた手は彼が眠っているのを支えているのではなく、悩み事があるといったところだろう。
物憂げにモニターを眺めていたハイネ・ヴェステンフルスは、がしがしと頭を掻くと小さなため息をついた。
「なんでいきなり、こいつらの成績が急落してんだか……」
モニターに映るのは、ある生徒達に対するここ最近の教官の評価であった。
一言で言うなら理解不能。
一期試験の結果発表以降、トップグループであった生徒達の評価が急落しているのだ。その中には、余りの集中力の欠如故に講義を追い出された者もいる。
どんなに優秀でも、スランプなどで成績が落ち込むことはよくあることだ。教導隊で指導したこともあるハイネは、当然それを理解している。
だが、複数が一度にということは、未だ経験したことがない。
画面をスクロールさせ、正式なコンビ編成を眺めながらも、ハイネは考え続けていた。
(アスランにイザークにティアナ。それににスバルとニコル……ディアッカが休み始めたのが試験発表の日ってことは……)
彼らの仲介役ともいえるディアッカの不在。それと時同じくしての、この事態。考えられることは一つしかない。
(何かあったわけか)
ハイネがそう結論づけていた時、ちょうどドアが開き、壮年の女性が顔を出した。
「そろそろ寝たほうがいいんじゃないかしら」
部屋に入りながら、その女性――ファーン・コラードは穏やかに話しかける。
突然の来訪者だが、
「学長もですよ」
ハイネはいつものポーカーフェイスを浮かべ、すぐに立ち上がっていた。
「相変わらずね。初めて会った時からあなたは、表情を使い分けるのが上手いわ」
「兵士でしたから」
「そうだったわね」
魔導師ではなく兵士だったと返すハイネ。だがファーンは気にすることなく、ハイネに向き合う形で腰を下ろした。
「こんな時間まで起きているなんて、何か悩み事かしら?」
「あくまでも、私的なことです」
「それでもかまわないわ」
「でしたら……先日決まった正式なコンビについてなんですが、変更して頂けませんか」
ハイネは、若干の迷いを含みながらも、アスラン・ザラ以下5名の現時点での状態、成績についての説明を始めた。
僅かばかり眉間に皺を寄せながら、ファーンはその話に耳を傾け、起動されたモニターに映る各教官の報告書に目を通していく。
「先日決まったコンビは、一期試験までの成績を踏まえたものです。現状でのあいつらは」「ひとつ、いいかしら」
ハイネの主張を手で遮ると、ファーンは顔を上げた。
「あなたは、こうなった理由がわかっていますか」
「いえ……、わかっていません」
「なら、あなたの意見を認めるわけにはいきません。たしかにあなただけじゃなく、多くの教官があの子たちの状態に驚いています。あなたと同じようなことを言う人も何人かいたわ。それでも、原因が……そうね、今の状態がずっと続くのかもわからない以上は、変えられないとだけ言っておきましょうか。あなたもそれはわかっていたでしょう?」
淡々と語りかけながら、ファーンはハイネのことを見続けている。
「しかし……俺には」
「……あなたが今見るのは、あの子達の成績ではないわ。表情を、心を見てあげなさい」
ファーンはまったくハイネから眼を逸らさず、
「正式なコンビになるまで、まだ時間はあるわ。それに、あなたは一人というわけじゃないでしょう?」
静かに、諭すように言い終えた。
一言で表すなら、静寂。
面会時間がそろそろ終わる病院の待合室は、誰かが行き交うわけでもなく、どこか閑散としていた。
「どうするか……だな」
その一角、受付のソファーに座る少年――少し前まで友を見舞っていたアスラン・ザラは、目の前で広げた雑誌に目を落としていた。
といっても、雑誌の内容が頭に入ってはいない。
めくられたことのないページと、焦点があっていない彼の瞳が、それを物語る。
「コーディネーターっていうのがやっぱりなのか……それとも」「どないしたんや? こないなとこで黄昏れて」
背後、聞こえてきたのは、独り言を遮った声と足音。
曇り、光を灯すことをやめた翡翠の眼は、首を傾けた八神はやてを捕らえる。
「はやてか」
「心ここに在らずやな。その雑誌逆さまやで」
彼女が向けた指の先――アスランの手に持たれたテキストは、はやての言葉の通り、逆さまだった。
「あっ!」
「困ったことがあったら、わたしが聞くよ」
胸を張り、えいっとはやては自分の胸を叩いてみせた。
◇
「そないなことがあってんな」
アスランの隣に腰を落としたはやては、考え深げに呟いた。
アスランが話したのは、テラスでの一件とティアナがまず来ることをやめ、イザークも来ることをやめた自習室でのこと。
そして、なぜ自分が今此処にいるのか。
「スバルは週に二日は来てくれるけど、あんまり俺達と関わらないほうがいいんじゃないか? って最近思う」
思わず口に出た言葉は、スバルへの配慮。あれ以来、ティアナはあからさまにアスラン達を避けている。そんなときに、スバルが自分達といることは、アスランには気が引けた。
だが、
「けどアスランくんは、皆がまたおんなじ机で勉強して欲しいんやろ」
「それは……そうだな」
「スバルも、アスランくんとおんなじとちゃうかな。今は無理かもしれへんけど、いつかまた、ってな」
「……」
「そやから、スバルがまだ来てくれる間は続けてみたらどないや?」
はやてから返ってきたのは、前を向いた言葉と優しい笑顔。
アスランは、ぐるぐると同じことを考えて気を滅入らす自分と、彼女の違いがわからなかった。
「なあ、はやて」
「ん?」
「はやてはどう思ってるんだ? 遺伝子操作でコーディネートされた俺達――」
思わず頭の中に浮かんだ疑問がこぼれ落ち、とっさにアスランは言葉を切った。
あまりにも馬鹿なことを聞いた――と、アスランは唇を噛んだ。
何を言ってほしかったのか、とアスランは自分に問う。
彼はティアナの“コーディネーターに勝てるわけがない”発言をずっと気にしていた。
だからまず浮かぶのは、コーディネーターの存在を肯定して貰うこと。
そして、それ以外は浮かばなかった。
今の自分を見れば、はっきりと“否”とはやてが言えないだろう。それなのに、是非を問うてしまった自分がアスランは恨めしかった。
“否”という言葉を聞きたくない、受け入れられない自分の幼さが許せなかった。
アスランが自己嫌悪に捕われる中、躊躇いがちにはやては口を開いた。
「正直に言ったら……コーディネーターは凄いて思うよ。身体能力の高さもそうやし、ハイネくんから聞いたんやけど、飲み込みが速いからなぁ」
アスランがすぐに謝った訳は、なんとなくわかる。だからこそ、できるだけ他の皆がどう思うのかも考えて口を開いたのだ。
そして二呼吸ほどの静寂が続いた後、はやては再び口を開く。
「ニコルくんのことやって……」
はやては、アスランが此処にいるきっかけとなった――彼から聞かされた降下訓練でのことを口に出した。
◇
飛行魔法を持たない陸戦魔導師は、高所落下時のフォロー方法の習得が義務づけられている。
訓練生であるニコルもまた、落下緩和魔法の実地訓練を受けていたのだが、
――うらやましいわね。コーディネーターって。
なんの前触れもなく脳内で再生された言葉が、ニコルにあのときの情景を――嫌悪を浮かべたティアナの顔を鮮やかに甦らせた。
時間にして、ほんの一瞬。
だが、我に帰ったニコルが減速をかけはじめた時には、すでに、遅すぎた。
◇
「3階の高さから、ほとんど減速無しで大怪我やないんは、身体能力がほんまに高いってことやろ? それはやっぱり、魔導師としてうらやましいことやと思う……」
ただ、安静のために一日入院することになったニコルを思ってか、はやての言葉は尻すぼみに終わっていく。
「やっぱりそう思うよな」
「けど……」
「ん?」
コーディネーターとナチュラルの身体能力差を指摘したはやて。その彼女が、躊躇いがちにアスランを見上げた。
「ディアッカくんが軽い風邪で入院することになったんは……」
抵抗力が強いはずのコーディネーターが、世間一般で言うただの風邪を引いて入院したのだ。はやてが疑問に思ったのは、きっと仕方ないだろう。
「顔を出したときは元気そうだった。けど、本当ならすぐに治るはずなんだ……」
思い詰めたように呟くアスランの手は、いつのまにか強く握られ、小刻みに震えている。
ミッドに来てからの彼らは、年に一度、精密検査を受けている。当然、ディアッカも体調管理には余念が無かったはずだ。
「コーディネーターは、病気になりにくい……抵抗力の強い身体を手に入れたけど……きっとそれは、C.E.での話だと思う。この世界は違う。大気も大地も水も……俺達はC.E.の世界で一番いい状態にコーディネートされた。だから、この世界で何が起きるかはわからないんだ」
普通は二三日で治るただの風邪で、ディアッカは今も微熱が続いている。
そして原因がはっきりしない以上、不安が無いと言えば嘘になる。
そんなことをはやてに話しながら、アスランは首を振った。
そう、今話すことは他にある。
「今までの話の流れを切ってしまうけど、ランスターさんについてはどうしたら――え……?」
今一番の悩みの種、ティアナ達とのことを話そうとしたアスランは、急に柔らかい何かに包まれていた。
はやてに抱きしめられていたことを気づくまで、数秒。
「な!? はやて、何を」
慌ててはやてから離れようとするが、
「大丈夫や……無理したらあかん」
やさしくかけられた言葉に、アスランは動きを止めた。
「いつもアスランくんは皆のことを考えてくれるけど――」
はやての胸から伝わる鼓動が、アスランの心を落ち着かせ、
「――自分のことも大切にせんとな」
なだめるように背中を叩く手が……暖かさが……ひどく心地よいもので――
アスランは目を閉じると身体の力を抜き、その優しくて暖かい感触に身をゆだねたのだった。
「落ち着いた?」
時間にすれば、数分も経っていない。それでもアスランは、何時間も抱きしめられていたような不思議な感覚に囚われていた。
目を開ければそこに、じっと自分を見つめるはやての顔がある。
「……大分落ち着いた」
照れと恥ずかしさ故か、アスランは目を逸らす。
一方のはやては、アスランが落ち着いたことが嬉しかったのか、表情は明るい。
「うちの胸でよかったら、いつでも貸すよ」
「今は……もう大丈夫だ」
「ほんまに?」
「ああ」
小さく息をつくと、アスランは立ち上がった。
「そろそろ面会時間も終わりだ。もう出たほうがいい」
「あ、そうやね」
彼らが病院を出たときには、すでに夜。
僅かな朱に染まるミッド地上本部の頂上以外は、街の光と全天に渡るの闇が攻めぎあい、両者の仲裁をするかのように、月が青白い光を放つ。
「アスランくんも電車やっけ?」
「ああ」
月明かりと街灯の光で浮かび上がる道を、二人は駅へと歩き始めた。
アスランはいつもより少し遅く。
はやてはいつもより少し速く。
「俺は、いつも迷惑ばかりかけてるな」
「ほんまやね」
先に口を開いたのはアスラン。
はやては小さな胸の前で腕組みして歩きながら、コクコクと可愛らしく首を縦に振った。
「否定しないのか」
アスランが苦笑を浮かべると、はやては穏やかな笑顔でアスランを見つめ、ツンとその額を軽くつついた。
「困ったときはお互い様や」
「そうだな」
「アスランくんはもっと誰かを頼ったらええんとちゃうかな? ハイネくんや同期のみんな。もちろん、うちらでもオーケーや」
「ああ、そうする」
二人がしていることは、ただの会話。
だが、
(久しぶりだな。)
アスランは、ふと、最近の自分がこうして肩の力を抜いて話していなかったことに気づく。
いい考えが浮かぶわけでもないのに悩み続け、最後は考え始めたときよりも気落ちしていたついさっきまでの自分。
(いつも助けて貰ってばかりだ……)
はやてに会わなければ、今日も寝るまでグルグル悩んでいただろう。
グルグルグルグル。
まるで、ネズミ車を走るハツカネズミのように……
(ハツカネズミ?)
なぜ、ハムスターではなくハツカネズミが出てきたのか。
まるで、誰かにそう言われたことがあるかのような既視感に、アスランは首を傾げた。
「どないしたん?」
はやてに呼びかけられ、アスランは自分が立ち止まっていたことに気づく。
なんでもない、と答えるが、疑わしげな視線を投げかけるはやて。
それほどわかりやすい顔をしているのか? と考えるが、はやての表情を見れば、すぐに答えはでる。
ごまかすように歩くことを再開するが、それだけではなんの意味もない。
そう考えたアスランは、とっさに話題を変えようとして、小さな疑問が浮かんだ。
「そういえば、なんではやては病院に居たんだ?」
それは、なぜはやてが病院に居たのかということ。彼女は、包帯を巻かれているわけでもなく、血色もいい。
「えっと……それは」
刹那、はやての顔に影が射す。
「すまない。立ち入りすぎた」
「あ、ちゃうんよ。シャマルにちょっと頼まれてな」
「……?」
いきなりシャマルの名前が出たことで、どういうことかわからず、はてなマークを浮かべるアスラン。すると、はやてはアスランから目を逸らした。
「少し前まで、シャマルはさっきの病院で働いとったんや。そのときに作ったレシピ帳が見つかってな……」
「レシピ帳!? じゃあ、シャマルは病院食も作ってたのか」
思わず止まりそうになる足を叱咤して、アスランははやてに追いついた。
「病院食というか……病院食が足りひんっていう人に作ってあげてたみたいやねんな」
少しだけ肩をすくめて、はやては言った。つまり、病院食が飽きたと嘆く患者を見かね、シャマルがこっそりと作ったらしい。
そしてシャマルの差し入れが始まって以来、病院食に対する不平不満は減っていった。
患者いわく、食べるときにあまり噛まなければ大丈夫かもしれないということ。
元同僚いわく、間食として食べるなら、人手が足りているときでのこと。
院長いわく、栄養バランスとカロリーの低さは極めて優れていること。
だが各々の感想がどうであれ、レシピ帳が戻ってきたシャマルは、嬉々として料理の腕を振るうだろう。八神家が食べ切れないほどに――
「シャマルが料理を頑張るんはいいことやねんけど……」
彼女の料理は未知の味。もしかすれば、千年後の味を先取りか、千年前の味を復元させているのかもしれない。だが、それが奇妙な味ということに変わりわない。今現在の美味しいものではないのだ。
苦笑いを浮かべるはやてを見て、アスランは考えた。
◇
湯呑みが置かれたちゃぶ台を挟み、2匹のハツカネズミが向き合っていた。
1匹は蒼い帽子をかぶり、もう1匹は紅い帽子をかぶっている。
「僕は、はやてのところへ行って、シャマルさんの料理を食べるべきだと思うんだ」
最初に口を開いたのは蒼帽子のハツカネズミ。だが、即座に紅帽子のハツカネズミが反対した。
「あんたって人はァ!」
ちゃぶ台を叩いた拍子に、自分のお茶をこぼすが、紅帽子は気にすることなく、まくし立てる。
「いいか、あのシャマルの料理なんだぞ。食感、後味、味付けetcの全てが未知の世界! あんなものをアスランに食べさせていいと思ってるのかよ、あんたは!」
「けどここは、日頃のお礼をこめて、はやてのダメージ減を優先させるべきじゃないかな。それに、明日から訓練は休み。なんの問題もないじゃない?」
紅帽子がなんのその。
蒼帽子は髭をヒクヒクと動かすと、湯気の昇る粗茶を啜った。
ズズズ……
「あんたは、アスランが心配じゃないのかよ」
「べつに、毒を食べるわけじゃないでしょ」
「それでも……っていうかあんた、毒以外なら食べさせるつもりですか」
紅帽子は、アスランを心配していた。シャマルの料理は、まずさではなく、予測不能なことに問題があるのだ。
アスランを救うのかはやてを救うのか。
睨み合う2匹。アメジストと深紅の瞳がぶつかり合う。
沈黙を嫌ってか、蒼帽子がゆっくりと話し始めた。
「人は、助けあって生きているんだ。はやてが言ったでしょ? 困ったときはお互い様だってことを……たしかに、シャマルの料理は酷いと思う。それは認めるよ。けど、嫌なことや辛いことから逃げるのは駄目なんだ」
ね? とばかりに再び髭をひくつかせる蒼帽子。
一方の紅帽子のハツカネズミは、目の前に置かれた湯呑みをじっと見つめていた。
言っている内容は正しいかもしれない。だが、なぜか紅帽子は頷くことができないのだ。
考え込む紅帽子をどう思ったのか、蒼帽子が決定的なことを告げる。
「それにさ、たまにはアスランに大変な目にあって貰うのもいいじゃない? 僕たちはこんなのだし」
「あっ、そうか」
蒼い帽子の言葉を聞き、紅帽子は頷き納得。
2匹はかたい握手を交わすと、ちゃぶ台の下に置かれているボタンをなんの躊躇いもなく押したのであった。
ポチっとな。
◇
(どうする。どうすればいい)
悩み続けるアスラン。頭を抱えた状態で、彼の唇がひとりでに動いた。
「今日、夕食をご馳走になってもいいか?」
◇
アスラン・ザラが未知の味に遭遇しているのと、ほぼ同時刻……
アスランからの連絡を受けたハイネ・ヴェステンフルスは、夕食もそこそこに射撃場を訪れていた。ティアナと接触するには、そこしかないと踏んでの行動だ。
パシュッパシュッ
射撃場への扉を開けたハイネを出迎えたのは、小気味よい連射音。
目をこらし、奥から順に視線を動かしたハイネの瞳は、見覚えのあるオレンジのツインテールを捉えた。
「よ、調子はどうだ」
「何かようですか。ハイネ教官」
「ただの様子見だ」
「そうですか」
自主トレに集中したいのか、ティアナの返事はそっけない。振り向くこともなく、彼女は魔力弾を形成し、放つ。その動きに淀みはない。
一方のハイネはティアナの後ろ、休憩用のイスに腰を落とした。
「アスランとかは誘わないのか」
「独りでやりたいんです」
「少し前までは、よく一緒だったよな」
「そうでしたね」
ハイネはため息をつくと、小さく首を振る。取り付く島もない。
(言い方を変えるか)
ハイネは一度目を瞑って軽く深呼吸し、少し違った語調で話しかけた。
「なあ」
「はい」
「最近のお前ら、調子悪すぎだな」
「あたしは大丈夫です。あいつらのことは知りませんが」
一拍。
待ち望んでいた言葉を聞けたのか、ハイネの口角が静かに上がる。
「“あいつら”ってのは誰のことだ」
一瞬、止まる射撃音。
すぐさま再開されるが、ハイネの目はティアナがびくんと肩を揺らしたことを見逃すはずがない。
「質問の意味がわかりません」
振り向くことはないが、ティアナはハイネに問うた。
「“お前ら”ってのはティアナとスバルのことだぜ。なのになんで“あいつら”ってなるんだ」
狙いを大きく逸れた魔力弾が、壁にぶつかり霧散した。
「ああ」
ハイネはわざと大袈裟に言うと、
「ティアナは俺の言葉が、イザーク達を含めてだと思ったわけだ」
「あたしは今までの流れからそう思っただけです」
「やけに、むきになるな」
ティアナは何も答えないが、幾度も放たれた魔力弾は、的の中央を避けるように当たる。
「だいたい。なんでイザーク達の調子が悪いってわかる?」
射撃音が、ぴたりと止んだ。
「それに、ミッド射撃型のお前とベルカ近接型のイザークは接点なんてないはずだろ」
「スバルが話したんです」
「で、それを覚えているのか」
一拍。
ハイネはティアナの言葉を待つが、彼女は何も言わなかった。
振り向くこともなかった。
「自分の言ったことで気にしてるんなら、さっさと謝ればどうだ」
「あんな奴に、謝る必要はないと思います」
「あんな奴……ねぇ」
一度言葉を切ると、ハイネは小さなため息をひとつ。
頑としたティアナに、ハイネは頭を押さえた。おそらく、イザークに聞いたとしても、同じような反応を返されるだろう。
――ディアッカの苦労がわかるな。
そんなことが浮かび、慌て首を振った。
無い物ねだりをする気はさらさらない。
額に手を当て、吐息を一つつき、
「お前が謝ったらイザークも謝るんじゃねーか」
「例えそうだとしても、あたしは先に謝るつもりはありません」
「だったら、イザークに先に謝らせたらどうだ」
半ばやけで言っただけだが、それを聞いたティアナは銃を置いて振り向いた。
「……あいつが自分から謝る可能性なんてありません」
ティアナが口にした言葉は、推測ではなく、断定。どこか悟ったかのような表情をしながら、彼女はハイネの目を見て言ったのだ。
交錯する視線。
――何故、そんなことがわかる?
きっと自分がそんな顔をしているだろうと思いつつも、ハイネはティアナから目を逸らすことはなかった。
ハイネには、ティアナが断言する理由がわからない。手持ちのイザークとティアナに関する情報が乏しいことも影響しているが、それはそれ。今更どうしようもないことだ。
ゆえに、彼は問うた。
「お前はそれでいいのか」
それは、ティアナにイザークを許せるのかということ。
ほんの一瞬、視線を逸らせたティアナは、胸に手を当て、目を閉じる。
沈黙。
「許せるわけ、ありません。……けど、あいつが先に謝るような奴なら、あたしは許せない。きっと……今よりもっと」
ただそれだけを言うと、ティアナは足早に射撃場を後にした。