「何をする! シン・アスカ!」
「みんな! シン君を押さえて!」
俺は、自分のした事に呆然とした。
女に手を上げるなんてな……マユ、お兄ちゃんは汚れちまったよ……
じりじりとみんなが、ちょっと怯えた表情を見せながら俺に近づいて来る。
俺は両手を広げて肩をすくめた。
「騒がないでも、もう何もしませんよ」
「後で、事情は聞かせてもらいますからね」
「了解です! 艦長」
「じゃあ、あなた、こちらへ。事情を聞かせてもらいます」
ラクス・クラインは、艦長に連れられていった。
「いきなり女の子を殴るなんて、どうしたんだ? シン。お前らしくないぞ」
「ごめんよ、カガリ。つい、感情が抑えられなくなってな。もうしないよ」
「深い事情は聞かないけどな。もし話したくなったら話せよ」
「ああ、ありがと。一つだけ。あいつの言う言葉には耳を貸すな。いくら耳触りが良くてもな」
…
「で、君がラクスさんを殴った理由を聞かせてもらうわ」
ラクス・クラインが、事情を聞かれ終わったのだろう、部屋から出てきて、あてがわれた個室に入れられた後、今度は俺が呼ばれた。
どう答えりゃいいかな。俺は懸命に考えた。
「……俺には、アスラン・ザラって月の幼年学校からの友人がいます」
「ザラ!? 続けて頂戴」
「でも、久しぶりに会った彼は、ザフトに入ってて、奪われたイージスでアークエンジェルを襲ってきました」
「なんですって!?」
「でも、でも、アスランは、あいつは優しくて、軍隊なんて、そんな事できる奴じゃないんだ! あの女に誑かされてるんだ! そう思ったら、身体が動いていました。反省してます。もうしません」
「何故、ラクス嬢に君の友人がだまされていると思ったんだい?」
「それは……二人が婚約者だからです。きっと、あの女が、アスランに軍に入るように勧めたんだ!」
「「……!」」
「やれやれ。もしかして、そのアスラン君のお父上は……」
「プラント国防委員長、パトリック・ザラです」
「……はぁ。」
マリューさん、ナタルさん、フラガ大尉の三人は困ったように顔を見合わせている。
「すまなかったな、坊主。事情を知らんとは言え、友人と戦わせるなんて事しちまって」
「いえ、ヘリオポリスを守りたかったのも本当ですし、ここにいる友人だって大切です」
「……事情はわかりました。もう女の子に手を上げるなんてしちゃだめよ? これでお終い」
俺はやっと解放された。
「嫌よ!」
……? なんだ?食堂の方でフレイの声が聞こえる。
「フレイたらー!」
「ミリアリアがいくら言っても嫌ったら嫌!」
「なんでよ~」
「おい、どうしたんだ?」
「……ん。あの女の子の食事だよ。ミリィがフレイに持ってって、って言ったら、フレイが嫌だって。それで揉めてるだけさ」
「私はやーよ! コーディネイターの子のところに行くなんて。怖くって……」
「フレイ!」
「……あ! も、もちろん、シンは別よ。それは分かってるわ。でもあの子はザフトの子でしょ?コーディネイターって、頭いいだけじゃなくて、運動神経とかも凄くいいのよ? 何かあったらどうするのよ! ねぇ?」
「…えー…あぁ…え…」
「フレイ! シン泣いちゃったじゃない!」
え? 目元に手をやると、涙が……ステラの声で言われるとショックが大きかったらしい。
だめだ、意識すると余計に……
「ひっく…えっぐ……」
「もう、しょうがない子ねぇ。シンは別って言ったでしょ?」
おずおずとフレイの手が俺の髪を撫でる。
気持ちいいな。落ち着く……
「……気持ちいいな。もっとやってくれ」
「――! 調子に乗らないの!」
ぷいと、フレイは向こうを向いてしまった。ちぇっ。残念。
「でも、あの子はいきなり君に飛びかかったりはしないと思うけど……」
カズイ? それは俺に対する嫌味か?
「ははは、カズイもきついなぁ」
「……そんなの分からないじゃない!コーディネイターの能力なんて、見かけじゃ全然分からないんだもの。凄く強かったらどうするの? ねぇシン、代わりに持ってってくれない?」
「いいよフレイ。俺が持ってくよ。謝りがてらにね」
そう言えば、ラクス・クラインがフリーダムをキラ・ヤマトに横流ししたんだよな? 仲良くしておいて、フリーダムをもらう方がマユを守るのには好都合かもしれない!
「まぁ!誰が凄く強いんですの?」
「ハーロー。ゲンキ!オマエモナ!」
「「あっ!」」
「わぁー……驚かせてしまったのならすみません。私、喉が渇いて……それに笑わないで下さいね、大分お腹も空いてしまいましたの。こちらは食堂ですか?なにか頂けると嬉しいのですけど……」
「あれ? カズイ、この子の部屋って鍵とかしてなかったのか」
「いや、掛かってたと思ったけど……?」
「やだ! なんでザフトの子が勝手に歩き回ってんの?」
「あら? 勝手にではありませんわ。私、ちゃんとお部屋で聞きましたのよ。出かけても良いですかー?って。それも3度も」
あどけない顔しながらその裏で何企んでいるんだ? もうフリーダムを横流しする準備はできてるのか? いや、まだ完成してないか。はは。
「それに、私はザフトではありません。ザフトは軍の名称で、正式にはゾディアック アライアンス オブ フリーダム……」
「な、なんだって一緒よ! コーディネイターなんだから!」
「同じではありませんわ。確かに私はコーディネイターですが、軍の人間ではありませんもの」
「……」
「貴方も軍の方ではないのでしょう? でしたら、私と貴方は同じですわね。御挨拶が遅れました。私は……」
「……ちょっとやだ!止めてよ!」
「え……?」
「冗談じゃないわ、なんで私があんたなんかと握手しなきゃなんないのよ! コーディネイターのくせに! 馴れ馴れしくしないで!」
あー……。キラの記憶にはなかったが、このフレイって奴、ブルコスだったのか。キラも可哀想にな。
「フレイ! シンまた泣いちゃったじゃない!」
あれ? 泣き癖ついたのかな。頬を涙が流れるのがわかる。
「ええ!? ……しょうがないわねぇ。ほら、いい子いい子」
そう言うとフレイはまた10回ばかり俺の頭を撫でてくれた。ラッキー?
ラクスはちょっとびっくりした顔でこの様子を見ている。
「ああ、ラクスさん。先ほどはどうもすみませんでした」
「え、あ……い、いえ。お気になさらないでください」
俺が挨拶すると、ちょっと怯えた感じでラクスが答えた。まぁしょうがないやな。
「さあ、部屋に戻りましょう。怒られますよ。食事もお持ちしますから」
そう言って俺がトレイを持って歩き出すと、ラクスもしぶしぶと言った様子で付いてきた。
…
「またここに居なくてはいけませんの?」
「ああ、すまないけどな」
「つまりませんわー。ずーっと一人で。私も向こうで皆さんとお話しながら頂きたいのに……」
「これは地球軍の船だからな。さっきみたいにコーディネイターの事を好かん連中もいる。ここにいた方が安全だよ」
「残念ですわねぇ……でも! 貴方は優しいんですのね! ありがとう」
「……はぁ!?」
「ふふ」
「……最初の時は、殴って悪かったな」
「ふふ。その事はもう謝って頂きましたわ」
「そうか」
調子が狂う。だが、この女がいずれ世界を惑わす!
「怖い顔をして、どうなさったのですか?」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
「あなたも、コーディネイターはお嫌いですか?」
「ははは。いや。俺もコーディネイターさ。オーブのね。ヘリオポリス崩壊に巻き込まれて、いつの間にか地球軍のモビルスーツなんか操縦する羽目になってる」
「まぁ。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
どうする? なんと答える?
「キラ・ヤマト。だが、今は訳あって地球軍の連中の前ではシン・アスカと名乗っている。そう呼んでくれ」
「はい。シン様ですね」
「様はいらないよ」
「はい、シン」
「よろしい」
「一つ、聞いてもよろしいですか?」
「なんだい?」
「最初の時、確か、アスラン、とおっしゃったような。アスランを知っていらっしゃるのですか?」
来たよ。この質問が。俺は悲しそうな顔を作って言う。
「……アスランは、月の幼年学校で親友だったんだ」
「それで、何故私を殴ろうとされたのですか?」
「俺のアスランが、女に取られちまったのかと思ったら腹が立ってね」
「……」
「冗談だ」
「まぁ! 腐ふふふ」
「ははは」
「で、本当はどんな理由ですの?」
しかたないから、俺はマリューさん用に用意した言い訳をここでも使った。
……俺達は打ち解けたと言っていいだろう。だがどうする? このままではラクスは月の地球軍本部へ連れて行かれちまうぞ? フリーダムが手に入らなくなる! いや、確か低軌道会戦前にアスランに救出されていたはずだ。でもこのままだとそれは無理か……どうする? 俺は迷いながら部屋を出た。
部屋を出ると、サイが近づいてきた。
「キラ! ミリィから聞いた」
「……? ああ」
「あんまり、気にすんな。フレイには後で言っとく」
「気にしてないよ。相手がブルコスだってんなら、最初からこっちも心の持ち様があるからな」
「フレイはブルーコスモスなんかじゃない! ……いや、すまん。そう思われても仕方ないよな」
「いいさ。気にすんな」
部屋の中から、歌声が流れてきた。ラクスが歌っているのだろう。
「あの子が歌ってるのか?綺麗な声だなー」
「ああ」
「でもやっぱ、それも遺伝子弄って、そうなったもんなのかな?」
「さあなぁ。でも俺が親なら、ピンク色の髪の毛にはしないぞ。コーディネート技術もそれほど万能じゃない証拠だろう」
「それもそうだな。お前もカガリに腕相撲で負ける位だものな」
「言ったな、こいつ!」
「さ、行こうぜ!俺達も飯食わなきゃな」
「ああ!」
食堂に戻った俺達に朗報が待っていた。
第8艦隊先遣隊と連絡が取れたというのだ!
避難民の人たちも、ほっとしてるようだ。給水制限が取れた事もあって、まるでお祭りで酒でも飲んでいるかのようだ。
みんな、ハイキングの前日みたいにうきうきしていた。
だが俺は……歴史を知ってる俺は、浮かれる事が出来なかった。
「…よっ……んっ…ほぉー……」
「なんすか?」
「いや、どうかなぁって思って」
「オフセット値に合わせて、他もちょっと調整してるだけだよ。まだ何があるか、わからんから」
「はっはっはっは。その通りだ! 坊主は感心だなぁ。やっとけやっとけ。無事合流するまでは、お前さんの仕事だよ。何ならその後の志願して、残ったっていいんだぜ?」
「はは…」
俺は、歴史を変えられるだろうか? このストライク一機で? ここしばらく、俺の眠りは浅かった。
『総員、第一戦闘配備!繰り返す!総員、第一戦闘配備!』
来たか! 俺は格納庫に走った! 目の前にラクスが!?
「何ですの? 急に賑やかに……」
「放送が聞こえないか! 戦闘が始まったんだよ! 中に入ってろ!」
俺はラクスを部屋に押し込むと、さらに走る。っと、フレイが出てきやがった!
「シン! 戦闘配備ってどういうこと? 先遣隊は?」
「知らんよ、どけ!」
「ご、ごめんなさい! パパの船、やられたりしないわよね? ね!?」
「だから急がんと手遅れになると言っている!」
そう言うと俺は呆けているフレイを押しのけて格納庫へ走った。
「遅いぞ! 坊主!」
「すみません!」
急いでコクピットに飛び乗る。
「敵は、ナスカ級に、ジン3機。それとイージスが居るわ。気を付けてね」
「シン、先遣隊にはフレイのお父さんが居るんだ。頼む!」
「……分かった!」
「カタパルト、接続! エールストライカー、スタンバイ! システム、オールグリーン! 進路クリア! ストライク、どうぞ!」
「シン・アスカ、ストライク、行きます!」
◇◇◇
『う、後ろに白い奴が! うわぁ……』
『助けてくれ! どこにいるんだ!? アスラン! 助け……』
なんて腕前だ! なぜお前がこんな腕前を持っている!? その事に最初から気づくべきだった! あっという間に2機のジンを片付けられた。俺がモビルアーマー形態になって接近しようと思うとすぐ方向転換して逃げる。子供のようにあしらわれている。もう残りの一機のジンもメビウスゼロに殺られた様だ。どうする!? どうしたらいい!? キラ! お前はいったい!?
「キラ! 話を聞け! キラ! 何故お前が地球軍なんかにいるんだ! いいかげんナチュラルに騙されるのはやめろ!」
俺がいくら通信しても、キラは答えず逃げるのみだった。
本当にキラなのか? そんな疑問まで湧いてくる。
『覚悟はいいか! 裏切り者のアスラン・ザラ!』
――! 突然通信が入る! 紛れもないキラの声だ! ストライクは今までが嘘のように逃げるのをやめると、いきなり両手でビームサーベルを抜き放ちながら斬撃を放ってきた!
……対応、できなかった。嘘だろ? モビルアーマー形態で手足の先を切り取られた俺には、もう攻撃手段はスキュラしか残っていなかった。
その時だった。天の声が聞こえて来たのは。
『これを見なさい! こっちはプラント最高評議会議長、シーゲル・クラインの娘のラクス・クラインを保護しているわ! この艦を落とせば、この子も一緒に死ぬわよ! ザフトは戦闘をやめなさい!』
◇◇◇