Pz.IV F2 1233

Last-modified: 2025-11-14 (金) 08:50:48

DEU_MT_Pz.IV F2 1233.png

概要

スターリングラードキャンペーン枢軸軍側兵站のBattlepass Unique Vehicleから金チケット1枚と交換して入手できる車両。
通常のPz.IV F2戦車とは迷彩が異なるほか、フル改修済みとなっている。

BR・Tier

項目数値
Tier
BR
旧使用可能キャンペーン

使用可能キャンペーン

モスクワノルマンディーベルリンチュニジアスターリングラード
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車両性能

項目数値
乗員(人)5
砲塔旋回速度(°/C)14°/ C
俯角/仰角(°)-10 / +20
リロード速度(秒)5.9
車体装甲厚
(前/側/後/底)(mm)
50 / 30 / 20 / 10
砲塔装甲厚
(前/側/後/上)(mm)
50 / 30 / 10 / 10
馬力300hp at 3000rpm
重量(t)22.7
視界(%)△△
速度(km/h)42.76

武装

名称搭載数弾薬数貫徹力
(前/側/後)(mm)
主砲75mm KwK 40 L/43187(AP44:HE43)△△ / △△ / △△
同軸機銃7.92mm機関銃MG34(同軸機銃)12850△△ / △△ / △△

解説

特徴

ーー加筆求むーー

 

【火力】
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【装甲】
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【機動性】
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【総論】
ーー詳細な解説はPz.IV F2を参照のこと。ーー

史実

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【車輌】
Pzkpfw IV Ausf.F2 Nr."1233"は「1233」の車輌番号と第24装甲師団所属を示す同師団の記章が塗装してある。
【部隊】
第24戦車連隊は1941年12月3日、第I軍管区シュタブラック演習場で第24装甲師団唯一の戦車連隊として編成が開始された。連隊司令部は騎兵連隊第2連隊の司令部から編成され、3個大隊はそれぞれ2個軽中隊と1個中戦車中隊で構成され、騎兵連隊第2、第21連隊および装甲大隊第101の部隊から編成された。連隊の補充は第15装甲補充大隊が担当した。初代連隊長はグスタフ=アドルフ・リーベル大佐(1942年1月3日~)であった。
1942年5月、連隊は鉄道で東部戦線へ移送され、クルスク地域で6月28日に初めて実戦に投入された。この時点で連隊はII号戦車32輌、III号戦車短砲身型54輌、III号戦車長砲身型56輌、IV号戦車短砲身型20輌、IV号戦車長砲身型12輌、指揮戦車7輌を保有していた。連隊は第24装甲師団の一部としてヴォロネジとビコヴォを経てスターリングラードまで進撃したが、包囲網内で壊滅した。
1943年2月17日、残存兵力と休暇中の帰還兵、補充部隊からノルマンディーのコルメイユ地域で連隊の再編成が開始された。当初は第II大隊のみが編成され、5月22日に装甲大隊第127が第III大隊に改称され連隊に編入された。7月12日、第II大隊は装甲突撃砲大隊へ改編され2個突撃砲中隊と1個中戦車中隊で構成された後、12月に解散された。同日、第I大隊がパンター大隊へ改編されたが、この大隊は7月12日に第58予備装甲軍団に転属され、後に第116装甲師団指揮下に入り、連隊本体とは別行動をとった。再編成後の連隊は第III大隊のみでIV号戦車長砲身型49輌、突撃砲44輌、指揮戦車9輌、火炎放射戦車14輌を装備していた。7月から8月にかけて連隊主力はイタリア北部のモデナ=ボローニャ=フィレンツェ=ピサ=リヴォルノ地域へ鉄道輸送され警備任務に就いたが、10月に東部戦線へ戻された。連隊はノヴァヤ・プラハとクリヴォイ・ログ地域で戦闘を展開しニコポリ橋頭堡に到達、その後北ハンガリー、ガリツィア、スロヴァキア、ハンガリーを経て東プロイセンへ後退した。連隊はフリッシェス・ハーフで壊滅し、残存部隊はネールングを経てシュレースヴィヒ=ホルシュタインへ到達した。

小ネタ

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出典/参考文献

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