
概要
スターリングラードキャンペーン枢軸軍側兵站のBattlepass Unique Vehicleから金チケット1枚と交換して入手できる車両。
通常のPz.IV F2戦車とは迷彩が異なるほか、フル改修済みとなっている。
BR・Tier
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| Tier | |
| BR |
車両性能
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 乗員(人) | 5 |
| 砲塔旋回速度(°/C) | 14°/ C |
| 俯角/仰角(°) | -10 / +20 |
| リロード速度(秒) | 5.9 |
| 車体装甲厚 (前/側/後/底)(mm) | 50 / 30 / 20 / 10 |
| 砲塔装甲厚 (前/側/後/上)(mm) | 50 / 30 / 10 / 10 |
| 馬力 | 300hp at 3000rpm |
| 重量(t) | 22.7 |
| 視界(%) | △△ |
| 速度(km/h) | 42.76 |
武装
| 名称 | 搭載数 | 弾薬数 | 貫徹力 (前/側/後)(mm) | |
|---|---|---|---|---|
| 主砲 | 75mm KwK 40 L/43 | 1 | 87(AP44:HE43) | △△ / △△ / △△ |
| 同軸機銃 | 7.92mm機関銃MG34(同軸機銃) | 1 | 2850 | △△ / △△ / △△ |
解説
特徴
ーー加筆求むーー
【火力】
ーー加筆求むーー
【装甲】
ーー加筆求むーー
【機動性】
ーー加筆求むーー
【総論】
ーー詳細な解説はPz.IV F2を参照のこと。ーー
史実
【車輌】
Pzkpfw IV Ausf.F2 Nr."1233"は「1233」の車輌番号と第24装甲師団所属を示す同師団の記章が塗装してある。
【部隊】
第24戦車連隊は1941年12月3日、第I軍管区シュタブラック演習場で第24装甲師団唯一の戦車連隊として編成が開始された。連隊司令部は騎兵連隊第2連隊の司令部から編成され、3個大隊はそれぞれ2個軽中隊と1個中戦車中隊で構成され、騎兵連隊第2、第21連隊および装甲大隊第101の部隊から編成された。連隊の補充は第15装甲補充大隊が担当した。初代連隊長はグスタフ=アドルフ・リーベル大佐(1942年1月3日~)であった。
1942年5月、連隊は鉄道で東部戦線へ移送され、クルスク地域で6月28日に初めて実戦に投入された。この時点で連隊はII号戦車32輌、III号戦車短砲身型54輌、III号戦車長砲身型56輌、IV号戦車短砲身型20輌、IV号戦車長砲身型12輌、指揮戦車7輌を保有していた。連隊は第24装甲師団の一部としてヴォロネジとビコヴォを経てスターリングラードまで進撃したが、包囲網内で壊滅した。
1943年2月17日、残存兵力と休暇中の帰還兵、補充部隊からノルマンディーのコルメイユ地域で連隊の再編成が開始された。当初は第II大隊のみが編成され、5月22日に装甲大隊第127が第III大隊に改称され連隊に編入された。7月12日、第II大隊は装甲突撃砲大隊へ改編され2個突撃砲中隊と1個中戦車中隊で構成された後、12月に解散された。同日、第I大隊がパンター大隊へ改編されたが、この大隊は7月12日に第58予備装甲軍団に転属され、後に第116装甲師団指揮下に入り、連隊本体とは別行動をとった。再編成後の連隊は第III大隊のみでIV号戦車長砲身型49輌、突撃砲44輌、指揮戦車9輌、火炎放射戦車14輌を装備していた。7月から8月にかけて連隊主力はイタリア北部のモデナ=ボローニャ=フィレンツェ=ピサ=リヴォルノ地域へ鉄道輸送され警備任務に就いたが、10月に東部戦線へ戻された。連隊はノヴァヤ・プラハとクリヴォイ・ログ地域で戦闘を展開しニコポリ橋頭堡に到達、その後北ハンガリー、ガリツィア、スロヴァキア、ハンガリーを経て東プロイセンへ後退した。連隊はフリッシェス・ハーフで壊滅し、残存部隊はネールングを経てシュレースヴィヒ=ホルシュタインへ到達した。
小ネタ
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