プロローグ
それらは無数に存在し、無限の可能性を秘めている。
あの時あの行動をしていたら。
あの行動をしなかったら。
あの時あの人と出会っていたら。
あの人と話していたら。
あの場所を訪れていなかったら。
あの人と出会っていなかったら。
………
一人の少女が歩んでいたかもしれない
「無限の可能性」の一欠片。
その可能性の先には、何が待っているのだろうか。
夢か、希望か。それとも残酷な現実か。
その目で確かめてみよう。
登場キャラ
- キリカ・エスパーダ
ケントの姉。一家の土産物屋をほぼワンマンで経営している。
紆余曲折あって共に偶像を目指すこととなったアオイとケントにアドバイスを与える。
コメント
- wktk
アオイちゃん偶像化IFキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! -- 雑魚 2024-01-24 (水) 20:14:00 - めっちゃ面白いです!これからも頑張ってください!
あと、僕の作った偶像自由に使ってもらって構いません。設定も自由でいいです! -- ドードー鳥(コテハン) 2024-02-10 (土) 17:18:39 - ありがとうございます!貴方のSSにも私の作った偶像は自由に出してokですよ!(ここで言うな)
あと比較のために正史の略図書いときます(誰得)
アオイ来訪、シロンに助けられライブへ招待される→魔物に襲われたところを偶像就任前のケントに助けられる*1→アオイ、美里の店を訪れる→アオイ「ここで働かせてください!」(無事永住)→ケント、姉に言いくるめられ偶像デビュー→遙&五十鈴、ケントに助けられる*2 -- てぃろるーな 2024-02-11 (日) 08:55:54- なるほど、わかりやすいですね!
それはそうと遥ちゃんの志望理由は全く考えてなかったな…() -- ドードー鳥(コテハン) 2024-02-11 (日) 11:46:01
- なるほど、わかりやすいですね!
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Tag: 【SS】
第一章 【開演】
#1
「とりあえずで人の流れに乗ってきてしまった…」
人が行き交う中、道のど真ん中で途方に暮れる少女。
祖国が解体されたことで身寄りを失い、住める場所を探して世界中を彷徨っているのだ。
そんな彼女がなぜ繁華街のど真ん中で途方に暮れているのか。
答えは至極単純。道に迷ってしまったのだ。
「温泉街へ行くつもりが全く違う所に来ちゃったよぉ…ホントどーしよぉ…」
…いちおう地図があれば道に迷うことも少ないので、方向音痴ではない。多分。
そんなアオイだが、どこかに看板とかないかな…と思い周囲を見回すと、路地裏へ入っていく人物を目撃する。
(路地裏への抵抗とかを感じさせない…近道とか抜け穴とか、そういう感じで使ってるのかな…?)
希望的観測から、その人物を追いかける形でアオイも路地裏へと入っていく。
路地裏へ入っていったのが、違法薬物の密売人だとは知らずに。
「おいおい、いくらオリハルコンったって鉱石のまんまじゃあ価値下がるからやめてくれって言ったじゃねぇか」
「そーだったけか? 記憶に御座いませーん」
二人の男性の話し声が聞こえる…何かの取引?
状況を整理すべくその場に立ち止まって考えていると、路地裏から出てきた人物とぶつかってしまう。
「あっ、ごめんなさ「なんだ、小娘か。丁度いい。」えっ…?」
私がぶつかってしまった男性は、袋に入った白い粉を持っていた。
待ってこれ…まさか違法薬物の取引とか…
「痛っ!?」
「叫んだり暴れたりすんなよ。さもなきゃ殺す。」
「いや……」
「おいおい、金がないからってその辺の女を身売りするってか?w」
「いいだろ別に。国内でも見ない顔だし、どうせ流れ者だろ」
ちょっと待って…人身売買!?
どうしよう逃げなきゃ…でも首の後ろを強く掴まれて身動きが取れない…
「それに人手も足りてないんだろ?俺は薬が、おたくは働き手が手に入る。Win-Winダルルォ?」
「まあ…顔立ちは悪くないしな」
終わった……私風俗店の備品として人生終えるんだ……
…でも、どこか知らない土地で野垂れ死ぬよりはいいかな……そう思わなきゃ……
アオイが人生終了を覚悟した次の瞬間。
誰か他の女の子の声が聞こえて、薄暗かったはずの路地裏が閃光に包まれた。
「「あああああ~~っ!目がぁぁ~!目がぁぁぁぁあっ!!」」
唐突な閃光に目が眩んで錯乱状態のアングラ2名はさておき。
「うっ、眩し……ひぇぇっ!?」
アオイも唐突かつ身に覚えのない浮遊感を感じたことで軽く混乱していた。
…否、ホントに宙に浮いていた。
それも、魔法少女のような姿の人物にお姫様抱っこされた状態で。
「大丈夫?怪我はない?」
「えっ……え?」
「あっ…ごめんね、びっくりさせちゃって。」
そう言うと、アオイを抱えた少女は近くの建物の屋根へと降下し、着地する。
「えーっと…自力で立てそう?」
「は、はい…大丈夫だと思います…」
返答を聞いた少女は「よかった」と言って、アオイを屋根の上に立たせる。
「そ、そういえば…さっき空を飛んで…」
「あっ、それは…そういう魔法って言えばいいのかな? さっきの光だってあたしのだし」
「えっ、そうだったんですか?」
「うん、そうだよ。」
「す、すごいです…まさに魔法少女って感じで…。
あの…助けてくれて…。ありがとう…ございます」
「お礼ならいいよ!あたしは『みんな』のために偶像になったようなものだし」
「…?」
魔法少女がアイドル…?
アオイの脳内にハテナマークが大量に浮かぶ。
「…あ、もしかして知らない感じ?」
「は、はい…ごめんなさい…」
「いいのいいの!ここにはそういう人も一定数来るから、気にしないで!」
「え、あ、はい……」
「まず、この国は娯楽の力で回っているの。健全なものから不健全なものまで、ここにはありとあらゆる享楽が揃っているんだ。」
「なるほど…だからここは遊郭みたいになってて…」
「まぁ、そういうこと。…で、その娯楽の中心としてこの国を回しているのが、私たち偶像。普段はライブとかでみんなを楽しませているし、一部は政治家としても活動してるの。そして、素養がある人はあたしみたいに国内のパトロールもやっているんだ。」
「へぇ…」
それに、と彼女は続ける。
「魔法少女に助けられる体験なんて、普通ならアニメの中くらいでしかあり得ないでしょ?」
「た、確かに…!」
「だから言ったでしょ?『ここにはありとあらゆる享楽が揃ってる』って。」
「なるほどです…。」
確かに、悪い気はしなかった…
望んでいたかは別として。
「…ってやっば!これからスーパードームで初めての単独公演があるんだった!」
「え?スーパードーム…?」
「うん。人助けしてたとはいえ遅刻したら、またマネージャーに怒られちゃう…おやつ抜きはもう勘弁だよー…」
「は、はぁ……。」
アイドルのライブと聞いて、ちょっと気になるかも…と思ったアオイ。
その心境を知ってか知らずか、彼女はとある提案を持ちかける。
「…そうだ!ここで会ったのも何かの縁だし、あたしのライブ見ていかない?」
「えっ…?」
「ギリギリまで人助けしてましたーっていう証明にもなるし、折角会えたんだから楽しんでもらいたいなーって!」
「い…いいんですか?」
「もちろん!」
彼女は立ち上がり、アオイに向けて手を差し出す。
「さ、掴まって。あたしの魔法ならひとっ飛びだから。」
「は、はい…」
アオイが彼女の手を取ると、二人の身体が宙に浮く。
「わっ…」
二人は軽々と建物の屋根を飛び越えていき、1分と経たないうちにスーパードーム前に辿り着く。
「これが…スーパードーム…」
「うん。で、あの大きいのがウルトラドーム。いつかあそこでも単独公演、やってみたいなぁ…」
雑談をしながらも二人はゆっくりと降下し、着地する。
「じゃあ、またライブでね。」
「あ…」
恩人の名前をうっかり聞きそびれてしまったアオイ。
いずれここを離れる日が来るかもしれない。それでも離れるまでの間、せめて名前だけでも覚えておきたい…
「あっそうだ。あたしの名前、言ってなかったっけ。」
彼女は読心能力でも持っているのだろうか。いや、ない。(反語)
…そのはずだ。多分。
「あたしは天祢シロン。この国で一番の甘党偶像!
…なーんてね☆」
パッチーン☆と効果音が聞こえてきそうな程キレのいいウィンクをアオイに向けて放ち、足早にドームの裏口へと消えていく天祢シロン。
「シロン…さん…。」
アオイは、今日の出来事を生涯忘れないであろう。
この日を境に、彼女の人生は目まぐるしく変わっていくのだから。
#2
「ありがとうございましたー」「気をつけてお帰りください」
開場から2時間後、スーパードーム周辺は天祢シロンのライブを堪能して帰路に着く人でごった返していた。
「やば…いろいろありすぎて宿とり忘れちゃった…。」
そして安定(?)のドジっ娘弥上アオイである。
「今から空いてるところ探すのは厳しいだろうし…野宿できる場所あればいいけど…」
周囲の人々は各々の自宅へと帰っているのだが、帰るべき場所がアオイにはまだない。
せめて事前に宿をとっておけば… 今更後悔しても仕方のないことなのだが。
「それにしても…」
ステージの上でシロンが歌い、華麗に踊るあの姿。
今までの旅で見てきた人々の中で、彼女が誰よりも何よりも輝いて見えた。
「シロンさん、すごかったなぁ…私もいつか…」
って、何を考えているのだ弥上アオイ!まだ宿のひとつすら取れていない身で!
それに定住するならば家と稼ぎ口も探さなければいけないではないか!
「うー…。とりあえず人の流れに乗って移動してみよ…」
頭の中がごちゃごちゃしている上に、今は疲れた身体を休ませるのが先決だ。
定住の準備をするのは明日からでも遅くないはず。
アオイは疲れた身体に鞭打って、一歩一歩足を進めていく。
「魔物の群れがいるぞーー!みんな逃げろーー!!」
アオイが睡魔と戦いながら足を進めていると、そんな叫び声や逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえてきた。
「えっ、魔物…?ここ街中だよね…?」
アオイは知らなかったのだが、偶像の国にはしばしば魔物が自然湧きする。
無害なやつから凶暴なやつまで、固有種も含めいろんな種類の魔物がいるのだ。
そして、今商店街で群れをなし暴れているのが…
「…ナンカイルンデスケド」
アオイが恐怖のあまり片言になったのではない。そういう名前の魔物である。
「嫌だー!死にたくないよぉー!
助けてお兄ちゃぁ''ー!」
「…!」
逃げ惑う人々の悲鳴に混じって、幼い女の子が泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
その子は逃げ遅れてしまったのか、魔物に囲まれていた。その子の兄であろう少年は遠くから彼女を宥めようとしている。
「チアキ!きっとすぐ助けが来る!兄ちゃんが言うんだから絶対大丈夫だ!」
…助けなきゃ!
アオイは反射的に護身用ナイフを取り出し、魔物へと斬りかかる。
「お嬢ちゃん!?偶像姫士じゃないなら逃げないと!」
「普通の人よりは戦えます…!皆さんも早く逃げて!」
祖国が解体されて以降、伊達に旅人をやってきたわけではないのだから。
「その子から…離れてください!」
「ギャッ!?」
魔物はナイフで斬られた痛みで一瞬だけ怯む。
その隙を逃さず、アオイは女の子の元へと駈け寄る。
「大丈夫!?」
「お、おねーさん…?」
助けが来たことで安心したのか、女の子は縋るようにアオイの腕を掴む。
「怪我はない?立てる?」
「………っ」
恐怖からか足がすくんでいるらしく、なかなか立ち上がれない女の子。
いくら助けが来たとは言え、魔物に囲まれている状況であることに変わりはない。
「大丈夫…助けが来るまで私が守…い''っ!?」
「おねーさん!?」
死角からの強い衝撃で転倒してしまうアオイ。
ナイフで斬ったのとは別の個体が、アオイに向けてタックルしてきたのだ。
「おねーさん!しっかりしてよぉ!」
「うぅ…」
気合いだけでなんとか立ち上がるアオイ。
おそらく出血はしていないけど、全身がかなり痛い…
魔物の数も多すぎるので、今のアオイではまともに応戦できないだろう。
「どうしよう…」
思わずそう呟いた次の瞬間。
「か弱い女の子を傷つけようだなんて、感心できないね。」
近くの建物の屋根の上から、剣を持った一人の少年が魔物へと斬りかかってきた。
パッと見年齢はアオイと同じくらいだろうか。服装も至って普通の格好である。
その手に剣を持ち、背中に黒塗りの鞘を背負っていることを除けば、だが。
「あ…あなたは…?」
「…通りすがりのアマチュア剣士とでも名乗っておきます。」
その少年が両断した魔物は、芸術的なまでに綺麗な状態のまま消えていった。
「二人とも。危ないのでそこから動かないでください。」
「あ…わかりました」
アオイは女の子を庇うように抱き寄せ、少年は華麗な剣捌きでどんどん魔物を屠っていく。
死んだら消滅する魔物が相手とはいえ、スプラッタ映像である事に違いはないはず。
そういったものはどちらかというと苦手な部類なのだが、なぜか見入ってしまう。
…そんなことを考えている間にも魔物は倒されていき、気づいた時にはすでに全て倒されていた。
「大丈夫ですか?」
背中に背負った黒塗りの鞘に剣を仕舞い、呆気にとられるアオイ達に声をかける少年。
「は、はい…」
「チアキー!」
「あ…」
アオイの腕からチアキと呼ばれた女の子が抜け出し、兄と思わしき少年へと駆け寄っていく。
「大丈夫だったか?」
「うん、剣のおにーさんと眼鏡のおねーさんが助けてくれたの。」
「そうだったな。…妹を助けてくれてありがとな!」
満面の笑みでアオイに礼を述べる少年。
「あ、うん…」
そして当然というか…
「あの量の魔物を一瞬で…」
「それに何かすごかったよね。ただ強いだけじゃないっていうか…」
「綺麗というか映えるというか」
「彼ってもしや…偶像なのか!?」
「偶像騎士に違いない!」
唐突な救世主の出現にどよめきを隠せない野次馬達。
確かに彼はとても強かったし、凄かった…
そして、ただ凄いだけじゃない。人を惹きつける何かがある。
シロンさんもそうだった。
あれが偶像…?
「…何か勘違いされているようですけど、僕は偶像じゃありません。この国に住んでるだけのアマチュア剣士です。」
この国に住んでる……
「てか剣技だけでこんだけ注目されるだなんてびっくりだわ。お前のネーチャンが偶像に激推しすんのもなんか分かるわー。」
「ちょ、ダイスケまで…!」
「ジョーダンだってのw」
偶像……
「あ、あの…!」
それは、ほぼ無意識での行動だった。
「ん?」
「なんだ?」
「えっと…。
どうすれば、『偶像』になれるんですか…?」
#3
「…で、キミがその現場に居合わせた偶像志望者と。」
「は、はい…」
さて、今の状況を説明しなければなるまい。
テーブルを挟んでアオイの前にいる女性はキリカ・エスパーダ。商店街の一角で土産物屋を経営する一家の長女である。
その隣にいる少年はケント・エスパーダ。キリカの弟にして、先程アオイ達を襲った魔物を殲滅したアマチュア剣士その人である。
そして今アオイがいるのは、魔物が大量発生した現場の近くにあり、キリカとケントが共同で経営しているという土産物屋の店内である。
「にしてもようやくケントが彼女さん連れてきたと思ったら、ただ通りすがっただけの旅人だったなんてね。ホントぬか喜びさせてくれちゃって!」
「なんか、ごめんなさい…」
「大丈夫、弥上さんは悪くない。姉さんが勝手に舞い上がって勝手に落胆してるだけだから」
「容赦ないですね…(汗)」
「僕は淡々と事実を述べているだけだよ」
「は、はぁ…」
思わず困惑するアオイ。
その後数秒間、場を沈黙が支配する。
「それじゃあ!」
ぱん、とキリカが手を叩くと同時に、やや大袈裟な声を上げたことで沈黙が破られる。
「弥上アオイちゃん、だよね?」
「はい、合ってます。」
「せっかく偶像志望者が来てくれたんだからね。これから私が偶像についていろいろ教えたげるから、耳の穴かっぽじってよーく聞いておくこと!いいね?」
「は、はい!よろしくお願いします!」
「…と勢いよく切り出したはいいけど、どこから説明すべきかなぁ…
偶像がこの国の中心として国を回しているってのは知ってる?」
「あ、はい。この国にはあらゆる娯楽が揃っていて、それらの中心として偶像が存在する…ですよね?」
「お、流れ者って割には結構知ってんじゃん。」
「路地裏で助けてくれた偶像の方に教えてもらったんです。中には街をパトロールしたり、政治家として国政に携わったりする人もいるって…」
「ほうほう。じゃあ、逆にわからないことってある?」
「えーっと…さっき誰かが私に言っていた、アイドリックなんちゃら?っていうのは…?」
「…え、偶像に助けられたっていうのに知らないの?」
キリカは驚いたように声を上げる。
偶像について教えてもらったのであれば、そのついでに教えてもらってるはず*3なんだけどなぁ…?とでも思っているのだろう。
「あ、はい…ごめんなさい」
「怒ってないっての。そんな弱腰でいると偶像やってけないぞ?」
「ごめんなさい…」
「だからそれ。最近はハラスメントの種類も増えてるんだし…」
「ちょっと姉さん…!」
キリカの苦言に自己肯定感を下げてしまうアオイ、その態度に苦言を呈するキリカ…という悪循環を察知したケントが止めに入る。
とはいえキリカが言うように、自己肯定感が低いままでは偶像が務まらないというのも事実ではあるのだが。
「もーー…。
…話を戻すけど、偶像の中には治安維持を目的として活動する『偶像姫士』っていうのもいるのよ。多分だけど、アオイちゃんのことを助けたって人もそれだね。」
「偶像姫士……。」
シロンの姿がアオイの脳裏をよぎる。
素養がある人は、あたしみたいに国内のパトロールもやっているんだ。
「……。」
「ちなみにだけど、男性形は偶像騎士。偶像は女性が多いから、相対的に数も少ないんだけど…」
と、ケントの方に視線を向けるキリカ。
「ここにいるのがちょうどいい例だね。騎士の如く剣使って戦うんだし。」
「だから僕は偶像じゃないんだってば……」
そう呟くケントは、路上で野次馬達に偶像扱いされた時よりも明確に嫌そうな顔をしている。
「そもそも僕は偶像になれるような人じゃない。ただ踊るだけならともかく、人前で歌うことなんか絶対にできない…
偶像として大衆の前で歌うだなんて論外だ!」
肉親から偶像扱いされるのが相当嫌なのか、大声で訴えるケント。
その声の大きさには思わずアオイもびっくりしてしまった。
「…はぁ、こりゃ根本的なところから履き違えてるわね」
一方のキリカは「またか」とでも言わんばかりにため息をつくだけである。
…姉というだけあって慣れっこなのだろう。多分。
「いい?ケント。あとアオイちゃんも。」
キリカは右手の人差し指を立て、大人が子供に何かを言い聞かせるような口調で話し始める。
「偶像に求められているのは『いかに歌と踊りが上手いか』じゃない。
『いかに大衆の注目を集められるか』なの。」
「えっ?でも普通の偶像はステージの上で歌って踊って…違うの?」
アオイは「そうなのか…」と言う表情で話に聞き入る一方、ケントは困惑を隠せずにいる。
「確かに、多くの偶像は『ライブ公演』という形で大衆の注目を集めているわね。
でも偶像からすれば、お客様は採点者。どれだけスキルが高くても、注目されなければ意味がない。採点者がいなかったら点数もつかないでしょ?」
「それは、そうだけど…なんで急に?」
「…私が言いたいのは、『偶像として注目を集める方法が必ずしも『ライブ公演』である必要はない』ってこと。
重要なのは『どれだけ人々から注目してもらえるか』。ステージに立つだけが偶像じゃないのよ。」
「そうなんですか?」
声を上げたのはアオイの方だった。
偶像についてもっと知りたい…アオイは今やそう思うようになっていた。
「ええ。アオイちゃんがどんな偶像になりたいかは知らないけど、少なくとも今のケントなら一発で偶像になれるはず。この辺での知名度も抜群だからね!」
「へぇ…すごいです!」
「……はぁ」
キラキラした目でアオイに見つめられ、キリカにも無言の圧をかけられるケント。
「…わかったよ!やるだけやってみるから二人ともその目はやめて!頼むから!」
「…そういえば、アオイちゃんって旅人なんでしょ?これからこの国に住もうとしてる感じ?」
「あ、はい…そうですね。
どこに住むかは…まだ…」
「…え、まさか目星すら付けてないの??」
「……はぃ…」
今にも消え入りそうな声で肯定するアオイ。
今も頭の中では「どうしようどうしよう」と思案しているのだろう。
それを察知してか、キリカはアオイに「ある提案」を持ちかける。
「…じゃあ、偶像になれるまでここに居候しない?」
「居候?」
「えっ姉さん…?どういうつもり?」
この唐突な提案にはケントも困惑を隠せない。
そりゃそうだ。自分と同い年くらいの異性といきなり共同生活をしろと言われたようなものなのだから。
「人の話は最後まで聞きなさいって。
…流石に無条件ってわけにはいかないけど、衣食住は保証してあげる。そして私が見てあげられる範囲内にはなるけど、簡易的なレッスンもしてあげられるわ。」
「そ、そんな破格の条件で…いいんですか?」
「ええ、構わないわ。だって私はここの実質的なオーナーなのよ?」
「それを免罪符にこれまた突拍子もなく物事を決めて…」
こう愚痴ってこそいるが、どうやらケントにとってキリカの独壇場は慣れたものらしい。
「それで、お家賃は…」
「…はぁ、私だって無一文の旅人に借金させる程鬼畜じゃないって。お金はいらないわ。
その代わり、私の出す条件にしっかりと従うこと!」
「条件…?」
「そう、条件。ズバリ…」
「ズバリ…?」
少し間をおいて、キリカが堂々と「条件」を述べる。
「店の経営者たるこの私に文句ひとつ垂れずこき使われること!」
「「えっ」」
流石にこれはアオイのみならず、弟のケントまでも間抜けな声を上げてしまう。
「いや、こっちとしては衣食住を保証してあげるんだから、これくらいやってもらわないと。働かざる者食うべからずって言うでしょ?」
「それは…そうですけど…」
「というわけで、明日からキリキリ働いてもらうわ。今のうちにしっっっかり休んでおきなさい?(暗黒微笑)」
「あ…ハイ…」
と、ケントが何かを思い出したように口を開く。
「ちょうど倉庫として使ってる空き部屋があったはずだから…僕が片付けてくる」
「お、じゃあお願いね~」
「わざわざ個室まで…ありがとうございます」
かくして、アオイが偶像の国で偶像を目指す日々が始まった……。
#4
…夢を見ていた。
雨が降り注ぐ夜の街。
そこにあるビルの屋上らしき場所に立つ、一人の少女。
彼女は街の上空に浮かぶ、巨大な火球のようなものを見つめていた。
いや、あれは火球というよりは…炎でできた巨大生物?
それよりこの人の姿…どこかで見たことあるような…
「すぅ…」
………
「 起 っ っ き ろ ぉ ー ー ー ー ! ! ! 」
「ひぇぇっ!?」
いつの間にか先程までの情景は消え失せ、目の前には紫色の瞳を持った女性の姿。
「…キリカ…さん?」
「なに、まだ寝ぼけてんの?とっくに朝ごはんできてるし冷め始めてるから、さっさと食べてさっさとお店の準備!ほら、ボケッとしない!」
「は、はい…」
…アオイが見た不思議な夢の記憶は、諸々の身支度を終えて店の準備に取り掛かる頃にはすっかり彼女の記憶から消え失せていた。
(あの朝ごはん、キリカさんが作ってくれたのかな…久々に美味しいものを食べられた気がするし、私も頑張らないと)
そしてアオイが自室の鏡の前で寝癖を整えていると、ふと目をやった棚の奥に一つの小物入れが入っているのを見つける。
(片付け忘れかな?)
しかし片付け忘れだとすれば、不自然なまでに埃を被った様子がない。
まるで、昨日の今日にそこへ置かれたような…アオイに見つけてもらうのを待っていたかのような…
「アオイちゃん?ここの雑巾掛けが甘いわよ?」
「あ…ごめんなさい!すぐやります!」
「…汚部屋に住んでたら自然と容姿も汚くなるものなのよ。そうなったら偶像失格、ウルトラドーム寮からも追い出されて路頭に迷うしかなくなるわ。」
「えぇ…魔物が湧く街で野宿なんて真っ平御免です……」
「でしょ?それに、ただでさえこの辺りは砂埃が舞ってくるんだから。埃まみれのお店に来たい人なんかいないんだし、掃除はしっかりとね!」
「はい、わかりました!」
…掃除の指導だけでこの通りである。
一方、ケントは黙々と商品棚を掃除している。
アオイがすでにへばり始めている中、ケントはアオイの二倍近くの面積を掃除して尚、少しも疲れた様子を見せていない。
「これ…疲れないんですか…?」
「そうかな?」
「え?」
思わず泣き言をこぼすアオイと、思わずそれを疑問視してしまうケント。
「ヒントは『これ』。」
「…?」
キリカがどこからともなくケントの愛剣を取り出し、アオイに差し出す。
「ちょっ、姉さん!?」
「大丈夫よ、ケント以外の人でこれを抜刀できた人が周囲にいたかしら?」
「それは、そうだけどさ…」
一方のアオイは、両手で剣を持っているのがやっとである模様。
「こんなに重いのを武器として振っているんですか…?」
「どうも、僕以外の人物では簡単に扱えないみたいだから…それもあるかも。
…とはいえ一応は剣だから、勿論扱うにあたってそれなりの技量は必要だよ。」
僕以外の人物では簡単に扱えない、という言葉が引っかかるが、アオイが聞き返す間もなくケントは話を続ける。
「腕の筋肉の強さはもちろんなんだけど、その持続力…スタミナも重要なんだ。戦ってすぐにバテるようだと、すぐ返り討ちに遭う。
…何も、これは剣士に限った話じゃない。偶像だって、踊り続けるには体力がいるし、それに加えて歌うとなれば肺活量も求められる。そうだよね、姉さん?」
「まあ、そうね。だからケントこそ偶像になるべきだって何度も…」
「もうその話はいいだろ(呆)
…それで、弥上さんは旅人だったんだよね?」
「あ、はい…一応」
「じゃあ、あとで僕と模擬戦をしてみよう。
もし弥上さんが偶像姫士になる気があるなら、強い相手と戦う可能性も出てくるだろうし。ならないにしても、体力作りとして身体を鍛えておくに越したことはないからね。」
「あ…はい」
既に勝てる気がしない…と心の中で嘆くアオイであった。