お岩さん

Last-modified: 2006-01-19 (木) 14:22:26

おいわさん

お岩さんは江戸時代の初期に実際に四谷左門町で健気な人生を送った女性のこと。

お岩は徳川家の御家人の娘で夫とは、人も羨む仲のいい夫婦だった。ところが年の棒給は十六石足らず。
そこでお岩夫婦は家計を支えるため商家に奉公に出た。
そしてお岩が日頃から田宮家の庭にある屋敷社を信仰していたおかげで、夫婦の蓄えも増え、田宮家はかつての盛んな時代に戻ることができたといわれている。

その話はたちまち評判になり、近隣の人々はお岩の幸運にあやかろうとして、
屋敷社を「お岩稲荷」と呼んで信仰するようになったそうだ。

それからは、「於岩稲荷」「大厳稲荷」「四谷稲荷」「左門町稲荷」などいろいろ呼ばれたが、
家内安全、無病息災、商売繁昌、開運、さらに悪事や災難除けの神として
江戸の人気を集めるようになった。

江戸時代後期、お岩さんが死んでから二百年以上も経っているのにお岩さんは根強い人気があった。
そこに目をつけた歌舞伎作家の鶴屋南北は「お岩」の名前を使って歌舞伎にすれば、大当たり
間違いないと考えた。

しかし、お岩が善人では面白くないと考えた南北は、田宮家には怨霊がいたことにして、
いろいろな事件を元に脚本を書き上げたのがお岩の怨霊劇だったのだ。

これが有名な『東海道四谷怪談』。
四谷は甲州街道筋なのに「東海道」という題名がついているのは、
四谷の於岩稲荷の事実とは無関係な創作であることを示している。