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Type 61

Last-modified: 2018-01-14 (日) 23:19:11

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Tier 9 日本 中戦車 Edit

公式紹介ページ

スペック Edit

車体

HP1,600
車体装甲厚(mm)55/35/25
最高速度(km/h)48
重量(初期/最終)(t)34,55/34,7
本体価格(シルバー)3,600,000
修理費(シルバー)

戦車パッケージ Edit

パッケージ名
(必要経験値/購入シルバー)
STB-1
(255,000/6,100,000)
Type 61
(169,000/3,600,000)
Type 61 (90mm)
(49,000/126,000)
Type 61 (105mm)
(131,500/498,000)
Type 61 (90mm) Late
(76,500/000,000)

詳細 Edit

パッケージ名エンジン武装履帯砲塔
出力弾種貫通力ダメージ総弾数弾代発射速度
照準時間
精度
旋回速度砲塔装甲旋回速度視認範囲HP通信範囲
Type 61Mitsubishi 12HM20WT90 mm Gun Type 61STA-4STA-41,600JAN/GRC-3Z
570AP
APCR
HE
219
275
45
240
240
320
50380
11G
240
10
2.10
0.36
4470/60/3542390720
Type 61 (90mm)Mitsubishi 12HM20WT90 mm Gun Type 61Type 61Type 61JAN/GRC-4Z
570AP
HEAT
HE
219
275
45
240
240
320
50380
11G
240
12
1.70
0.36
4870/60/3542400750
Type 61 (105mm)Mitsubishi 12HM21WT105 mm Rifled GunType 61Type 61JAN/GRC-4Z
604APCR
HEAT
HE
258
330
53
390
390
480
321200
12G
880
6
2.29
0.36
4870/60/3542400750
Type 61 (90mm) LateMitsubishi 12HM21WT90 mm Gun Type 61Type 61Type 61JAN/GRC-4Z
604AP
HEAT
HE
219
275
45
240
240
320
50380
11G
240
12
1.70
0.36
4870/60/3542400750

解説 Edit

史実 Edit

61式戦車(61TK)は、敗戦10年の戦車産業の技術開発の空白期間を乗り越えるために、必死に研究・試作を繰り返し1961年4月に61式戦車として制式化された初の国産戦車です。
しかし、戦後からのブランクのため、当時の最新型というわけには行かず、88mm砲搭載型五式中戦車の改良型に似ているとも言われ、各所に旧陸軍の技術を引きずっていたり、他国の主力戦車の主砲が105mm砲主流の時代になっているのに対し、日本は山がちなので90mmで十分であるとされ、性能的には当時の他国主力戦車から少しズレた存在になっていました。
それでも、朝鮮戦争での米軍のM26などを修理した際の経験や、供与されたM4中特車(一応戦車という名目が使えないための便宜上の呼称)やM47やM48などのアメリカ戦車の技術と、旧陸軍の技術者の意見も参考に作られており、戦中・戦後の日米技術の融合の成果であるともいわれていて、実際、車体のフォルムはパーシングやパットンのデザインの影響を強く受けています。
日本の国情に合わせ、旧国鉄貨物輸送を考慮した車幅を3mに抑えることや、水田でも踏破できる不整地踏破能力が要求に盛り込まれていました。
ただし、水田を踏破出来るとされた能力も完全ではなかったようで、北海道の駐屯地へ訓練に来た他県の隊は軟弱地のある訓練場で、行軍訓練中に雨上がりの泥濘にはまり込んでしまい、車体底部が乗り上げてしまう「カメ」や、スタック寸前になった事もあるそうで、「田植えをしに来たんじゃない」と搭乗員が漏らしたとか…。
エンジンは三菱12HM-21WT空冷4サイクルV型12気筒直接噴射式ターボ・ブロアー付きディーゼルエンジン(570馬力)、当初予定していたエンジンの出力が想定値より不足気味だったので、軽量化の為に装甲も設計段階より薄くなってしまいました。
車体は均質圧延鋼板の溶接製、砲塔は鋼板鋳造一体構造です。 
車体前部左はトランスミッション室で、前面左にはトランスミッション整備用パネルがボルト止めされており、防御上かなり不利で、実際にHEAT弾(対戦車形成炸薬弾)を撃ち込んだところ、ボルトが弾け飛んでパネルが外れてしまったという記録もあります。 
トランスミッション前方配置は車体全長を短縮できる、不整地走行能力が高くなるという利点もあるらしいのですが、ギア変換には慣れが必要で、発進ギア(大型車なので2速発進)を入れるだけでも難しく、トランスミッションはエンジンの回転数が少しでも合わないとギアチェンジが出来ずに、ギアに弾かれたチェンジレバーに直撃されて左手をグローブの様に腫らす操縦手が続出、腕時計の文字盤ガラスも粉々になってしまうため、右手に時計を填めておくと良いとされました。
増速はもっと難しく、ダブルクラッチでやっと変速したと思ったら、戦車がエンストを起こして止まっていることもしばしばだったそうです。
中には無理矢理チェンジレバーを押し込もうとした挙げ句、直径30mmくらいの鉄のレバーを折ってしまう豪腕な訓練生の隊員もいたという記録もあります。
こういう場合、教官から拳骨が飛んでくることが日常的でした。
また、常時噛合歯車方式のため通常走行中にもトランスミッションのトラブルが起きる事もあり、オーバーレブ(エンジン過回転)によるオーバーヒートを避けての走行は操縦手の腕の見せ所でした。
初期の車両には、富士戦車教導隊で訓練中の61式がエンジン室の発電ダイナモの異常回転から高熱が発生しコードに着火、機関部全体が炎に包まれ戦闘室から砲塔のハッチを通り黒煙を上げ、エンジン室にある自動消火器の動作弁(F型自動弁)が動作不良を起こし炎上、訓練に当たっていた部隊員全員が必死の消火作業で消し止められました。
この時、補助のM型手動弁も作動しなかった事から、全国に配備していた同型車を調べたところ、ほとんどの車両が両消火装置の動作圧の不良を発見、直ちに改善が施されたそうです、ちなみに、派手に炎上した車両のエンジンはコードと塗装が燃えた程度で本体は破損すらしていなく、そのまま整備を受けて再生エンジンとして、また元のエンジン室に戻されたのですが、エンジンの頑丈さに感心したと共に、ガソリンエンジンで無かった事に感謝したものの、「心なしか機関室に再鎮座した再生エンジンがパワーダウンしているように感じたのに心が痛んだ」と当時の車長(小隊長)は記しています。
これは炎上時、搭乗員は戦車の周りで土砂をかけて一次消火、他車隊員も携帯消火器で加勢していた為、ガソリンエンジンの場合、爆発の危険性がある為でした。
61式のエンジンは一基500万円(当時の値段)とも言われたそうです。
その操縦特性の難しさのせいか、他の科の隊員は演習でまず、「坂道では猛スピードで下ってくる61式に気をつけろ!」と教えられたといわれます。 特に、ハイマンガン・スチール製のシングルピン・シングルブロック式の履帯はキュラキュラという独特の音がして、猛スピードで突っ込んでくる事があったため、鮮明に記憶に残っている隊員もいるそうです。
主砲は61式52口径90mm戦車砲1門で、装弾数50発、M47の90mm砲を参考にAPDS(高速徹甲弾)の仕様を主眼におかれ開発されましたが、他に使用できる弾種は榴弾、曳光対戦車榴弾、黄燐発煙弾、曳光被帽徹甲弾で、アメリカ軍の90mm砲弾も使えるそうです。 砲口初速毎秒1,160m/sで、最大射程19,455m、発射速度最大毎分10〜15発、これで、T-54/55の56口径100mm戦車砲D-10Tを上回る威力があったと言われています。 
照準器は61式直接照準眼鏡、61式車上1m測遠機(測距範囲200-10,000m、俯仰角マイナス10度からプラス13度、倍率12倍、視野3度)、61式照準潜望鏡で、測遠機は車長用キューポラに装着されており、この部分だけ出して敵の距離を測定した後、砲塔を出して射撃、すぐに退避するという一撃離脱戦法を行うように、とされていました。
ただし、これが徹底して行われるようになったのは、後にバトラー(Battle Training Apparatus:戦闘訓練装置の意)と呼ばれる赤外線レーザー射撃訓練装置、所謂レーザー光線銃の様なものが導入され、それまでの審判による曖昧な判定から一転、シビアになり対戦車ミサイルや攻撃ヘリが台頭して来た頃の為、ハルダウンや一射後退などが徹底する必要が迫られたそうです。
当初、レーザー発射にタイムラグが無く、発射後、即命中というシビアな判定に現実の攻撃との乖離があり過ぎて、戦車不要論まで起こる論争に発展してしまいます。また、判定にヒビり過ぎて、訓練生が動けなくなることが問題になることがありました。 後に、射速を考慮したタイムラグが盛り込まれることになるきっかけになって、更に高度になったバトラー2が開発されています。
当初、暗視装置は搭載されておらず、立ち遅れていたため、昭和40年頃にやっと試作品がテストされています、ただ、2〜3発の射撃で衝撃波が投光器のガラスを割ってしまい、直されるまで少し時間がかかったそうです。

最大速度45km/h、航続距離200kmを発揮し、乗員4名。 車体後部に車内と通話できる電話が装備されていました。
一部に63式暗視装置を主砲左上部に設置した車両があるそうです。 昭和40〜45年にマインローラー式の地雷処理器材(幅の狭い小型ローラーを前後に2列配置している)が試作されましたが、処理漏れが起きたり、ローラーが変形して接地しなくなったり、事故が起きたりして採用されませんでした。 また、演習対抗部隊として登場した際には、車体前部に履帯幅地雷除去鋤や、ドラム缶を利用した地雷処理ローラーを装備していたこともありますが、接地させる装置が見当たらないので、単に仮想敵であるソ連戦車の外見を真似ただけと思われます。
1962年度から1975年2月までに560両が生産され、2000年9月末まで、実に40年も現役であり、実戦を経験せずに全車両退役しました。

昭和40年頃に観閲式で都心をパレードする為に、朝霞駐屯地から新宿御苑の往復ルートを走行した事もありましたが、その際、前車の排ガスで後続の車長の目が真っ赤、顔は煤で真っ黒だったそうですが、広報のためとにこやかに手を振っていました、その実は、学生運動で荒れていた都心部で火炎ビンを投げ込まれないかとヒヤヒヤしたとか…。

初の国産戦車のためか、メディア露出率も多く、ゴジラなどの怪獣映画・特撮ものや、僕らの七日間戦争などにも出演していました。

コメント Edit

最新の5件を表示しています。 コメントページを参照

  • 105mm砲だとTier10ばかりの猛獣部屋に叩き込まれる気がする。90mmだとTierトップになることが多い。気のせいかな? -- 2015-04-14 (火) 18:55:08
    • 気のせいです。DPM高いとはいえ貫通微妙すぎるのでわざと90mmにするのは味方に迷惑なのでやめておきましょう。 -- 2015-04-15 (水) 07:40:08
      • と思ったけど90mmは照準速度がやたら速いからありといえばありなのか -- 2015-04-15 (水) 07:41:15
  • 砲は安定感のある105mmを選択べきではあるが、90mmとて初期砲の一言で片付けるには惜しい性能を有している。5秒 -- 2015-05-07 (木) 15:32:11
    • 5秒の高速装填は高いDPMを誇るだけでなく、ターン制バトルにおいては「お前のターンも俺のターン!」が可能なレベル。また1.7秒の超速照準は撃ち逃げがしやすく、俯角や装填速度と併せると、嫌がらせするには最適とも言えるバランスになる。さらに照準が速いせいか、オートエイムを使った行進間射撃やクイックショットが驚くほどに良く当たる。貫通力や単発ダメージの低さに泣く場面も多いが、使い方次第では105mm以上の爆発力を持っていることは、覚えておいて損はないだろう。 -- 2015-05-07 (木) 16:54:26
  • オートローダーLTが涎垂らして走ってくるほどの紙装甲の車体…は日本車の宿命と思い諦められる。だがデカすぎるキューポラ、お前はダメだ。砲塔正面が硬くても、俯角が優れていても、このキューポラが全て台無しにしてくれる。おかげで強気に撃ちに行ける場面が少なく、常に受け身の戦い方を強いられる。カタログスペック的には悪くはないし、実際に弱いというほどでもないのだが、モヤモヤ感が常につきまとうような車両である。 -- 2015-06-16 (火) 13:43:28
  • Tier9レベルの自走の火力になると、61式にとっては、あたれば即死、かすっても6〜8割もっていかれる。とにかくMTなのにやたら狙われる。 -- 2015-07-15 (水) 14:06:13
  • 90mm4.30秒まで短縮できてる。装填時間のストレスはほぼないかなあ。 -- 2016-07-28 (木) 00:13:29
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