クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第043話

Last-modified: 2016-02-16 (火) 00:07:06

第四十三話 『僕は仕方の無い人だよ』
 
 
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フッ、フッ、フッ、フッ・・・・・

独房の中で自分の息遣いが聞こえる。他人のもののようだ
キラは腕立てを繰り返しながら、ふとそう思った。もう、何回やったのか。数えていない
汗が体をつたい、シャツにはりつく

夜だった。すでに消灯であり、部屋は真っ暗である。それでもキラは体を動かすのをやめられなかった

「ご精が出ますな」

不意に、独房の外から声がかかった。男の声。だが、いつもの警備兵の声ではない
キラは腕立てをやめ、座り込む

「誰・・・・・・?」
「クライン派、ドムトルーパーパイロット、マーズ・シメオンです」
「・・・・僕を助けに?」
「はい。ですが、まだ機は熟していません。しばらくは独房暮らしをしていただくことになります」
「そう・・・・・。焦るなって、言ってるんだね?」
「はい。ですが、ラクス様にお会いすることはできます」
「なんだって!」

思わず、キラは跳ね起きた。それから扉に近づき、耳をそばだてる

「ラクス様が毒を盛られたことは、許せぬことです。犯人は万死に値します
  しかし、おかげでラクス様は警備の厳重な監獄から外に出て、病院に移送されました
  その病院に、わずかずつ、わずかずつ、クライン派が潜入しております
  ある者は医師として、ある者は看護婦として、ある者は警備兵として、病院にいます
  そして私は、キラ様をここからお連れすることができます」
「・・・・・・・わかった、僕を出してくれる?」

キラが言うと、独房が開いた。マーズと名乗った男はメガネをかけていて、軍人にしてはインテリに見える
マーズは黙ってキラの体をチェックし、両足にはめられた爆弾などを外した

「このように、クライン派はあちこちに潜入しています
  他のエターナルクルーも、その気になれば連れ出せるのです
  ですが今は、表立った行動はお控えください、キラ様」

そう言いながら、マーズはキラを連れ出す。どういうわけかほとんど見張りはおらず、
途中に出会った警備兵も、キラたちを見てみぬフリをした

外に出た。久しぶりの、オーブの夜空。星が綺麗だったが、キラはそんなもの、目に入らなかった
用意された車に乗り込む。どこにでもあるような黒い乗用車で、中に入ると白衣が一着用意されていた

「それにお着替えください。それから、用意された伊達メガネと、帽子、付けヒゲを
  発見される可能性はありませんが、念のためです」
「うん」

キラは言われたとおりに衣服を変えた。それから、夜のオーブを行く
何度か検問に止められてひやりとしたが、マーズがIDカードを見せるとほとんどフリーパスで通れた

「オーブ軍の内部や閣僚に、クライン派がいるのですよ。おかげでこういうこともできます
  今の、ユウナ代表に不満を持つ人間たちも少なくありません
  元々、ユウナ代表はカガリ様暗殺をきっかけに、なし崩し的に代表の地位に就きましたから
  オーブ代表の地位は、世襲制に近い形で継承されますからね。おかしいのですよ、ユウナが代表であるというのは」
「そうだよね・・・・・。元々、オーブはカガリの国なんだ」

言って、キラは想う。カガリは無念だったろう。こんなことになってしまって
アスランがタカマガハラという部隊を率いて、ザフトのために、デュランダルのために戦う。馬鹿げたことだった
そんなことが、カガリのためになるはずが無い。戦争を止めるために、アスランは戦うべきだった

病院の周囲を、M1アストレイやムラサメが警備している。物々しい雰囲気だった
それでも、マーズの車はたいした検問も受けず、病院に入れた

車を降りる。マーズの先導を受け、病院の勝手口から中に入る
病院の中は電気が落ちていて、ところどころ警備兵が歩いているが、やはりキラを無視していた
非常灯の、緑色の明かりがひどく頼りない

「お会いするのは、夜しか無理でしょう。昼は人目が多すぎます」
「・・・・・・わかった」
「こちらがラクス様の病室です。中にはお一人で」
「うん・・・・・」

キラはマーズを置き去りにして、案内された部屋に入る
ぱたんと、扉が閉じられた

「ラクス・・・・・」

キラは少し、息を呑んだ。大き目のベッド、備え付けられた生命維持装置
就寝時間のため、病室の中は非常灯しか明かりがなく、暗い
しかし、ベッドの上、ラクスは上半身だけ起き上がっていたのだ
確か、意識不明の重体だったはずだ

「キラ・・・・きてくださいましたのね?」

それから、彼女はにっこりと笑った。途端に、苦しげに胸を押さえる

「ラクス!」
「うっ・・・・あ・・・・・!」
「大丈夫!?」
「・・・・ハァッ、ハァッ・・・・だ、大丈夫ですわ・・・・・。心配かけて申し訳ありません・・・・・」
「お医者さんを呼ばなきゃ・・・・」
「・・・・うっ・・・あっ・・・ハァッ・・・だ、駄目ですわ。キラは・・・黙って出てきて来られたのでしょう?
  ふぅ・・・・・。大丈夫です、落ち着きましたわ。人を呼ばなくても結構です・・・・」
「・・・・・・・・・・・でも」
「キラ。野暮なことを言わないでくださいね? 二人っきりになるのも、久しぶりでしょう?」
「・・・・・・・ごめん。こんなことになっちゃって・・・・」

そっと、キラはラクスの頬をなでた。つやがない。肌は荒れていた
しかしラクスは、頬をなでるキラの手を、そっと両手で包んでくる
その手も、細くなっていて、骨が浮いていた

「キラの手、わたくしは好きですわ。暖かくて、優しくて、とても強くて・・・・・
  握っていると、わたくしに勇気がわきますもの」
「大丈夫なの? 意識不明って聞いたけど・・・・」
「キラが来てくださるって、わかったから起きられたのですわ
  フフッ、できればキスで起こしてほしかったですわね。王子様のキスで」
「ラクス・・・・・」
「・・・・・なーんて、嘘ですわ。実は少し前から目を覚ましてましたの
  ちょっとキラをびっくりさせたくて、マーズさんには黙っていただきました」

また、ラクスはにっこりと笑う。無理をしている。それがはっきりとわかる、
見ているこっちが辛い笑みだった

「ラクス」
「はい、キラ?」
「キスしていい?」

キラが言うとラクスは、少し戸惑った顔をして、しかしそっと目をつぶった
あごを手であげさせ、キラは静かに口づける。触れるだけのキスだった

「眠り姫は、キスなしで起きてますわよ? 仕方の無い人ですわね、キラは?」
「うん。僕は仕方の無い人だよ。・・・・だからね、ラクス。死なないでね?」

言うと、ラクスは目をそらした。それからかすかにうつむく。明かりが少ないため、顔色はわからない

「キラ、世界は・・・・・いつになったら、過ちに気づくのでしょう? このオーブも、
  結局、ギルバート・デュランダルのために戦って・・・・。アスランも・・・・・」
「ラクス、だから僕たちがいるんでしょ? 大丈夫だよ、きっと・・・・・
  世界も、命も、僕が汚させはしないから」

言って、キラはラクスの手を取った。その手が軽くて、とても軽くて・・・・だからとても悲しかった

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ヘブンズベースは陥落した。決め手はサザビーネグザスがデストロイ五機を撃破したことで、
後はザフトが優位になり、やがてロゴスは白旗をあげた
ただし、ロゴスの黒幕的存在であるジブリールは逃亡し、月に逃れたと言う

「ちょっと、なにこれ・・・・・。凄くない・・・・?」

ルナマリアが大型モニターを見て驚嘆の声をあげる
モニターには、デストロイを破壊するサザビーの録画映像が出ていた
激戦を終え、ヤタガラスの休憩室にパイロットは集まっていた。とは言っても、戦闘したのはアスランぐらいで、
後は待機していたのだから、さほどの疲労は無い

「なぁ、レイ。議長ってMSに乗れたっけ? つーか、あのサザビーネグザスっていったいなんだ?」
シンがスポーツドリンクで水分補給しながら、レイに聞く
「サザビーは、ザクやグフの上位機種として開発されたものだ。性能は見ての通りだな
  OSに手を加えられているため、素人でも扱えるらしい」

レイは、サザビーネグザスの映像を見つめながら、シンに説明する。
サザビーの戦いに興奮しているのか、レイの顔は珍しく、紅潮していた

「OSにねぇ・・・・。しかしとんでもない化け物だなぁ、サザビーって・・・・
  キラのストライクフリーダムに勝てるんじゃないか?」
「ああ。もしかしたら議長は、キラを倒すためにサザビーをお造りになられたのかもしれん」
「そっか。だよなぁ、いつまでもキラを最強にしておくわけにもいかないしな
  ま、キラは捕まってるから、心配いらないんだろうけど」

言いながら、シンはサザビーネグザスを見つめる。素晴らしい性能のMSだった
単純な性能なら、アカツキを上回るだろう。正直に言えば、一度乗ってみたい

くい、くいっ。シンのそでが引かれる

「シン・・・・・」
「ん。なんだ、ステラ?」
「あのMS、こわい・・・・」
「サザビーネグザスが?」

シンが大型モニターの、サザビーネグザスを指差す。ステラはこっくりとうなずいた

「うん・・・・・」
「大丈夫だよ、敵じゃないんだから。頼もしい味方だよ」

そっとシンがステラをなだめていると、休憩室の扉が開いた
アスランが中に入ってくる

「ここにいたのか、シン、レイ、ルナマリア、ステラ」
「「「艦長」」」

シン、レイ、ルナマリアが敬礼する。いいよという風に、アスランは手を振った

「これからデュランダル議長が演説をされるらしい。全世界に向かってだ
  ヘブンズベースが陥落したから、その勝利を大々的に宣伝されるのかな?
  とにかく、あと少しで放送が始まるそうだ」
「へぇ・・・・・。もうザフトの完全勝利は間違いないですもんねぇ・・・
  ところで艦長、インフィニットジャスティスはどうですか?」
「ああ、シン。どうも被弾したリフターの調子がよくないらしい。まぁ、すぐにオーブへ帰るから、
  心配はないだろうが・・・・しばらく出撃は無理だな」

そう告げて、アスランは身をひるがえし、休憩室から出て行く
どうやらそれだけが言いたかったらしい

シンはまた、サザビーネグザスを見つめた。ステラの影響か、今度は少し恐ろしく見えた

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ミネルバで臨時に作られた、会見場でデュランダルが演説している
いくつものテレビカメラが、そちらに向けられている
ハイネは護衛として、デュランダルの真後ろに付き添っていた
と言ってもこの場合、ハイネ自身は護衛というよりテレビ中継の飾りに近い

「・・・・・私達はつい先年にも大きな戦争を経験しました
  そしてその時にも誓ったはずでした。こんなことはもう二度と繰り返さないと」

デュランダルが目の前で演説している。これが偽者なのか。ウィッツの言葉はとうてい信じられない
どこからどう見てもデュランダルそのものである。しかし、ハイネの胸から疑念が消えない

しかし今日の演説は奇妙だった。てっきり、デュランダルはヘブンズベース陥落を大々的に宣伝するものかと思っていたが、
ヘブンズベースの陥落はたんたんと伝えられるだけで、どうも雰囲気が違う。確かに、ジブリールが逃亡したため、
まだ完全勝利ではないが・・・・・。上手く言えないが、士気高揚のための演説ではなく、議会での演説のように見える

「皆さんにも既にお解りのことでしょう。有史以来、人類の歴史から戦いのなくならぬわけ
  常に存在する最大の敵、それはいつになっても克服できない我等自身の無知と欲望だということを」

ふと、デュランダルの言葉にハイネは違和感を感じた。いや、確かにおかしい
戦いのなくならぬ理由を、『このデュランダル』は、我ら人間自身のせいだと言った
しかし・・・・オーブ会談を行う前、デュランダルはハイネに、
戦争をなくすには人々が『人を殺さない理由』を持てばいいと言ったはずだ
つまり、コーディネイターとナチュラルが互いに支えあう世界を作ればいいと、語ったのだ

(・・・・・・・・・)

ハイネの胸に、灰色の疑惑が広がる。もしもウィッツの言葉が真実なら、自分は途方も無く危険な場所にいることとなる
もしもデュランダルが偽者なら、その正体はなんとしても隠したいものだろう
つまり、ハイネがほんのわずかでも疑念を見せれば、消されるということだ

デュランダルの演説は続く。悪いのは、人の中にある欲望と、未来や己を知らぬという不安だと
人は己の本当の役割を知らずにいる。そうであるがゆえに、戦争は行われるのだと
だが、そんな不幸はもう終わりにすべきだと。すべての答えは、人々の中にあるのだと

「これこそが繰り返される悲劇を止める唯一の方法です。平和の手段は、人々の中にあります
  私は人類存亡を賭けた最後の防衛策として『デスティニープラン』の導入実行を、今ここに宣言いたします!
  人は、遺伝子を解析して己を知り、適切な職業につき、役割を果たすべきなのです」

ハイネは自分の顔色をできるだけ変えないようにつとめた
やはり、おかしい。『このデュランダル』は。ナチュラルのガロードがキラを撃破したことに驚嘆し、
遺伝子ですべてが決まるわけではないと語ったあの議長が、
遺伝子がさも万能であるかのように、公けの場で語るだろうか?

突如、提示されたデュランダルのデスティニープランに会見場の人々は戸惑っている
これもおかしい。デュランダルのデスティニープランの雛形は、こんなものではなかったはずだ

(どうする・・・・? 議長が偽者だとして、俺は・・・・・)

ハイネは考える。ストライクノワール一機で、できることなどたかが知れている
この議長を糾弾するにしても、そう叫ぶのがハイネだけでは誰も相手にしてくれないだろう
力が、いる。この議長を排除し、本物を呼び戻し、世界をきちんとしたものに還すためには、力がいる

ふと、目の奥に蘇る。オーブ防衛戦で発射された、一筋の巨光。そして、一羽の黒き神鳥
ただあれだけが、大国の軍事力と互角に戦えるだろう

(DX・・・・ヤタガラス・・・・)

会見が終わる。ハイネは顔色を変えないように、演説を終えたデュランダルに付き添った

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ヤタガラスの医務室である。薬品の匂いがきついが、それがどこか落ち着く
アスランの前に、一杯のコーヒーが差し出された。それを受け取り、目を閉じて匂いを味わう
テクスは、医者のくせにコーヒーを入れるのが本当に上手い。バルトフェルドといい勝負だろう

「艦長。私に話とは?」

テクスも同じくコーヒーを楽しみつつ、アスランに聞いてきた

「・・・・・デスティニープランのことです」
「ふむ・・・・・」
「あれはいったい、どういうことなんでしょうか。議長はこれで世界を平和に導くと、おっしゃってますが・・・
  正直なところ、具体的にどういうことなのかよくわかりません」
「それは、私も同じだよ、艦長。だが・・・大まかなところではわかる」
「つまり?」
「うむ。職業紹介所だな。それも、途方も無く大掛かりな」
「・・・・・」
「火星圏には、あらかじめ職業に合うように適切な調整をほどこされたコーディネイターがいるそうだね
  つまり、それと逆のことだよ」
「逆・・・・ということは、その人間に合うように、適切な職業を紹介する?」
「そうだ。人が、自分にとって適切な職業を知ることは難しい
  例えば、旧世紀の偉大なボクサー、マイク・タイソンなどは幼い頃、いじめられっ子だった
  彼はいじめっ子にかわいがっていたハトを殺されたことで、逆上し、
  いじめっ子を叩きのめしたことをきっかけに、自分の強さを自覚し、ボクサーの道を歩むことになる。
  しかしタイソンは、ペットのハトを殺されなければどうなったかな?
  ボクサーという適切な職業には出会えず、平凡な一生を送っていたのかもしれないね」
「なるほど・・・・・」

デュランダルの言う、自分を知るとはそういうことだろう。誰もが自分の才能に気づくとは限らない
だから遺伝子を解析して、自分に合った職業につくことで、人は幸福になり、満足感を得られる
つまり、そういうことなのだろうか・・・・

「だが、矛盾があるな、これは・・・・」

テクスがコーヒーを飲む手を休め、腕を組んだ

「矛盾、と言うと?」
「ああ。職業に貴賎は無いと人はいうが、それは間違いだ。人は心のどこかで、職業に貴賎を持っている
  例えばきつい、汚い仕事は、見下される傾向にある。そして、政治家や弁護士といった職業は、
  他の職に比べて尊敬されるだろう。ここに矛盾がある」
「・・・・・・つまり、見下されるような仕事が適切だと言われた人間は、不幸になるということですか?」
「ああ。いかに合っている仕事でも、他人からの評価が低ければ、不幸になりやすくなる
  問題はそれだけではない。この世界にナチュラルとコーディネイターがいるということだ」
「そう・・・ですね。なんと言っても、コーディネイターはナチュラルより頭脳的に、身体的に優れています
  つまり、たいていのナチュラルはコーディネイターの下につくことになる・・・・」
「その通りだ、艦長。そしてもう一つ、『得意な仕事』と『好きな仕事』は違うということだ
  計算が得意だからと言っても、計算が好きだとは限らない。早く走れるからと言って、
  走ることが好きだとは限らない。逆に、歌が下手でも、歌うことが好きな人間も多い・・・・・」
「・・・・大まかに言って、その三点が大きな問題点ですか?」
「この三点どころではないよ。正直言って、デスティニープランとは穴だらけの政策だ
  まぁ、あくまでもこれは、デスティニープランに強制力がある場合の話だがね
  遺伝子の解析を義務付けず、気が向いた人だけがふらっと立ち寄って、
  自分に合った職業を紹介される。そういう形なら、それほど悪いプランでもない」
「・・・・・でも」
「そう、でも、だ。このタイミングで、しかも全世界に対してデスティニープランの導入を宣言し、
  かつ地球連合の諸国家にその導入を提案したということは、強制力のある政策にすると言うことだ
  全人類に対して、遺伝子の解析を提案しているのだからね、デュランダル議長は・・・・」

アスランは、コーヒーに口をつけた。味がわからない。いったい、デュランダルはなにを考えているのか
当然、オーブにもデスティニープランの導入が提案されているだろう
提案と言ってもそれは事実上の強制で、従わなければなんらかのペナルティが課せられる恐れがあった

「デュランダル議長は、本気でそんなことを考えているのでしょうか?」
「・・・・・どうだろうな。私の意見には予測も入っているし、正直に言えば、さほど悪いプランではないのだよ
  あくまでもただの職業紹介所として機能するならばね。一番の問題は、プランの強制にある」
「・・・・・・・・・顔も知らない女と、いきなり結婚しろと言われるようなものですか」
「上手いことを言うな、艦長は。そうだな、確かにそんなことを言われれば、たいていの男は戸惑うだろう
  男女の仲には、お互いを理解する期間が必要なように、このプランも扱い方をよく考えるべきだ
  少なくとも、本気で導入するならこんな強制的な手段をとらず、ゆっくり導入すべきだな」 
「・・・・・・・・・」

アスランはコーヒーをゆっくりと飲み干した
もしもデスティニープランが本格的に導入されれば、一番困るのがオーブだろう
オーブはナチュラルとコーディネイターが共存している。
そのため、遺伝子解析で職業を割り振れば、所得格差が広がってしまうだろう
これにナチュラルたちは大きな不満を持つはずだ

(早めにオーブへ戻るか)

ユウナは、おそらくデスティニープランを導入しないだろう
しかし問題はどういう形でデスティニープランを拒絶するかだった
ザフトとの戦争がこの場合、もっとも愚かな選択である。その最悪を避けるためには、どうすればいいのか
とにかく、ヤタガラスはオーブにいた方がいい

おそらく、わざわざヤタガラスを待機させて、サザビーネグザスの戦闘を見せ付けたのは、
無言の恫喝だろう。これほどのMSがザフトにいることを、オーブに・・・いや、全世界に見せ付けているのだ

「艦長、お客様が見えていますが・・・・」

医務室から艦長室に戻ると、ノックがあった。メイリンだ

「客・・・・? まぁいい。入れ、メイリン」
「失礼します、どうぞ・・・・・」

メイリンをともない、艦長室に一人の男が入ってくる。金髪の男性、胸には『F』の紋章があった
見たことのある男だ

「こうやって、じっくり顔を合わせるのは初めてかな、ザラ艦長?
  ミネルバ所属、『FAITH』、ハイネ・ヴェステンフルスだ」
「ハイネ・・・・。ああ、オーブ防衛戦で少しだけ顔を合わせた、あの・・・・
  ザフトのエースで、今回もストライクノワールを敵から奪取したという・・・・」
「アスラン・ザラにエースと言われるとは、光栄だな」
「なにか・・・・?」

アスランは言いながら、頭を動かす。ハイネ・ヴェステンフルス
デュランダル議長がもっとも信頼している男の一人と、言われている
デュランダルの息がかかった男が、なにをしにヤタガラスへ来たのか

「今回は公務じゃないよ。まぁ、散歩がてらに、ヤタガラスへ立ち寄っただけさ」
「はぁ・・・・・」
「そう緊張するなって。そうだアスラン、せっかくだから外に出ないか? オーロラが見えるかもしれないぞ?」
「オーロラはともかく・・・・・。まぁ、いいか。『FAITH』の誘いを断るのも、無礼かな」

なにを考えているのか知らないが、話に乗ってやろうという気にアスランはなった
どちらにしろこれから、デュランダルとは微妙なせめぎ合いをすることになるだろうからだ

ハイネを連れて、ヤタガラスの甲板に出る。吹雪はおさまったが、やはり外に出ると寒い
陽が暮れてあたりは暗くなってきていたが、オーロラは見えなかった

「いい船だな、ヤタガラスは。世界最強の戦艦というのも、うなずける話だ」

ハイネが言いながら、空を見つめている。澄んだ空気がそこにあった

「ミネルバも、いい戦艦だよ。イザークや、ディアッカは元気でいるのか?」
「相変わらずさ。そうそう、イザークをどうにかしてくれよ。アイツ、おまえへのライバル意識で、
  ガチガチに固まってるぜ? この間も危ないところでさぁ・・・・」

ハイネはそれから、少しヘブンズベース戦の話をした。ストライクノワールは、
苦労して奪取したらしい。そして、デスティニーと戦った話もした

「ニコルか・・・・」
「あれはいったいなんなんだ? 軍属でもないのに、あんな高性能MSを使ってる・・・・
  ロゴスの犬かと、俺は思ってたんだけどな・・・・・」
「黒幕は関係ない。あれは、俺が殺す」
「・・・・・カガリ代表か」

ハイネが神妙な面持ちで告げる。自分がニコルを追いかけているのは、有名な話なのかもしれない
しかしそんなことはどうでもよく、ニコルを殺せればよかった

「あれは、許せないことだからな。俺にとって・・・・」

言いながら、アスランは右腕のベールに触れた。風に、たなびいている

「もったいないなぁ、おまえ」

不意に、ハイネがそんなことを言った

「もったいない?」
「だって、アスラン。おまえはパトリック・ザラの息子だろ? なんで政治家にならないんだ?
  外野が、復讐なんてくだらないとか、勝手なこと言えないけど、参政しないのはもったいないと思うぜ?」
「それは無理な話だよ、ハイネ。俺は前大戦でザフトを裏切ってるんだ
  こうやってザフトと共に戦えるだけでも、俺は十分だよ」
「人にはおのずから役割がある。それを知るのがデスティニープラン、か。それ・・・・!」

いきなり、ハイネはベンチの上に飛び乗り、歌いだした
それは夏を唄う歌で、情熱的な、こっちまで熱くなるような歌だった
意外なことに、上手い。しかも曲はオリジナルらしく、聴いたことのない歌だった

「驚いたよ・・・・歌、上手いんだな」
「本当はさ、俺、歌手になりたかったんだよ。家の都合で軍人になったけどな
  で、もしもさ、遺伝子解析されて、歌手に向いてるって言われたら、俺は今からでも歌手になれるのかな?」
「・・・・・さぁ?」

微妙な話だった。ハイネは『FAITH』であり、ザフトのエースだ

「だよな? デスティニープランがそんなことを許すプランなら、ザフトはめちゃくちゃになる」
「・・・・・・・」

うかつには乗れないと、アスランは思った。ハイネはわざとデスティニープランを叩き、
アスランの反応を確かめているだけかもしれないのだ

「遺伝子ですべてが決まるわけじゃないってさ」
「?」
「議長がさ、言ってたんだよ。ほら、ナチュラルなのにキラに勝っただろ、ガロード
  だからさ、遺伝子ですべてが決まるわけじゃないって・・・・・」
「ガロードがナチュラルだって、知っているのか・・・・?」
「アスラン。敵を見るような目で、俺を見ないでくれ」

不意に、そんなことをハイネは言ってくる。思わず、アスランはどきりとした

「俺は・・・・・・」
「わかってるよ。結局、おまえはオーブの人間だもんなぁ・・・・。ザフトに軍籍は置いてるけど」
「・・・・・・・・・・・いや」
「いいんだって、別に。言い訳するなよ? 堂々としてればいいんだ
  アスラン、おまえはなんのためにオーブの軍服着てるんだよ?」
「ハイネ」
「いいか、遺伝子ですべては決まらない。議長はそうおっしゃられたんだ
  ・・・・・・・俺は、それだけを言いたかった。パトリック・ザラの息子であるおまえにな」
「・・・・・まだ、なにか言いたそうだぞ、ハイネ」
「すべてを話す時期じゃないし、確信もない話だ・・・・。
  ま、俺はこれで帰るよ。・・・・・オーロラは見れなかったな」

ハイネが振り返り、空を見つめる
確かに、オーロラの影はどこにもなく、澄んだ空気だけがあった