クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第095話

Last-modified: 2016-02-23 (火) 00:04:08

第九十五話 『キラなのですね』
 
 
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可変MSを二機、相手にする。うっとうしいことだった
エアマスターバーストに、インフィニットジャスティス。オルバが相手にしている二機、変形が可能である
そして変形されれば、なかなか追いつくことができない。
オルバのガンダムアシュタロンハーミットクラブも変形可能だが、相手二機ほどの推力はない

「チィ」

オルバは舌打ちした
AWにいた頃、アシュタロンでエアマスターバーストを翻弄したことがある
しかし今は、改良したアシュタロンHCに乗ってすら、追い詰めることができない

アシュタロンの脇を、ヤタガラスからのビームがかすめる。艦砲での援護射撃
ヤタガラスを落とすことさえできれば、こちらが勝てる。ただ、どういう構造なのか
艦砲射撃以外は、ヤタガラスはその身を海中に沈めるのだ。これではビームが効かない

『ジャスティスとエアマスターは相手にするな。クラウダ隊はヤタガラス攻撃に専念!』

シャギアが懸命に指示を飛ばしている。しかし、エアマスターとジャスティス二機相手に押されていた

『エスタルドの時ァ世話になったな、ゲテモノガンダム!』
エアマスターの、連続射撃。空戦特化だけに、機動性は鋭い。右へ。機体を寄せ、かわす
「雑魚が……。いきがるなよ!」
オルバの、いらだち。アシュタロンがクロービームを放つも、まるで当たらない

衝撃。エアマスターが一気に接近し、アシュタロンを蹴り飛ばしたのだ
コクピットに体を打ちつけられ、息が止まりそうになる。オルバははっと、息を吐いた

(あんな小娘のために、どうして)

また、腹の底から苛立ちがやってくる。ラクスのために戦うというのがどうしても許せない
こうやってオルバが感じる痛みも、ラクスのためにやっていることだと思うと腹が煮えたぎってくる

(兄さん)

本当なら、ジャスティスもエアマスターも敵ではないはずだ
オルバとシャギアが生まれながらに持つ、ツインズシンクロ能力による寸分たがわぬコンビネーションならば、圧倒できる
まして機体は新型なのだ。全盛期のジャミルか、キラ・ヤマトでもない限り遅れを取るわけが無い

しかし、今のオルバとシャギアは他人だった。シャギアがシンクロ能力を完全に喪失してしまっている
これではただのエース二人だ。
かつてはDXさえ翻弄していたというのに、この現実はあまりに情けない

『撤退だ、オルバ』
唐突にシャギアが告げた。オルバはそれで現実に引き戻される
「なにかありましたか?」
他人行儀の口調で、オルバは問い返した。兄弟に戻るまでは他人でいようと、そう思っているのだ

『キサカがやられた。やはりヤタガラスは陽動だったようだな
 オーブ本島にタカマガハラ、ミネルバの本隊が終結しつつある
 ラクスの親衛隊もいるようだが、このまま戦力の分散を続けるのはまずい』
「了解しました」

クライン派も終わりか。オルバはコクピットの中で、自分の唇をなでた
いずれにせよ、クーデターの直後、一気にプラントの制圧を行えなかった時点でクライン派の敗北は決まったようなものだ

クライン派の行方など知ったことではないが、シャギアだけはどうにかしておきたかった
記憶さえ戻れば、たとえ見知らぬ世界だろうと生きていける
同じことだ。兄弟二人だけで、今まで生きてきたのだから。世界が変わろうと、絆だけは変わらない

だからわずかでもその絆に触れたラクスだけは許せないのだ

エアマスターに向かって、ビームを放ちつつ後退する。クラウダ隊と共に連携をとりつつ、徐々にヤタガラスから離れた
しかし相手も甘くはない。こちらが退くと見るや、執拗な追撃を行ってくる

『動きが悪いぞ、オルバ。そのままでは落とされる!』

シャギアが声をかけてくる。舌打ちしたい気分に、オルバはなった
ラクスのために必死で戦うつもりなどさらさらない。とりあえず生き延びられて、アシュタロンに致命的なダメージでももらわなければいい
そういう気分で自分は戦場にいた

(兄さん)

シャギアのヴァサーゴが、インフィニットジャスティスと交戦している。それも退きながらだ
撤退しながらの戦闘は困難であるが、それを懸命に成し遂げているシャギアの姿がたまらなく嫌だった

瞬間、がくんとオルバの体が落ちるような感触があった
不意に、ヤタガラスやエアマスターのいる場所とは逆方向からビームが飛んできたのだ。
アシュタロンのバックパックが、被弾を告げている

『久しぶりじゃねーか、オルバ』

ごくり、とオルバはのどを鳴らした。眼前に一機のMSが立ちふさがっている
ガンダムダブルエックス。
異世界において悪魔と『称賛』されるMSは、傷つきながらも堂々とした威風をこちらに見せ付けていた
今までとは違い、シールドがGXのディバイダーに取り替えられている

「ガロード!」
『なにがどうなって、おまえらがラクスについてるのかは知らねぇけどな
 ちょっと遊んでってもらうぜ』
「チッ……」

アシュタロン、変形。一直線に距離をつめ、クローを放つ。手ごたえ。
いや、はずれ。ディバイダーを『つかまされた』。DXが笑った、そんな気がした

DXの、ディバイダーが光る。爆裂、アシュタロンのクローが吹き飛びそうになる
とっさに引いたので、クローは飛ばされずにすんだが、出力が一気に低下する。
同時に、DXのハイパービームソードが舞い、アシュタロンのコクピットすれすれで止まった

『命一つ。これで貸し借りなしだぜ、オルバ』
「なに……?」
『おまえは知らないだろうけど、一応おまえのおかげで助かったこともあるからよ
 へへっ、義理堅いだろ俺』
借りとガロードに言われても、心当たりは無かった。あるいは、DXが飛ばされた当初のことか
「クッ、いい気になるなよ……ガロード!」

アシュタロンがビームサーベルを引き抜く。DXもハイパービームソードを構えている

『へっ。なぁ、オルバ。くだらねぇとは思わねぇか?
 なんで俺たちは、違う世界にまで来て戦ってるんだろうな』
「……黙れ。この世界は僕にとって不幸の元凶でしかない」
兄を奪われた。それもかなり理不尽な形でだ。オルバにとってコズミック・イラは憎むべきものでしかない
『同感だぜ。俺もよ、結構散々な目にあった
 ティファはやべぇところだったし、悪魔呼ばわりされるし挙句の果てに英雄扱いだ
 気分悪いったらありゃしねぇ……けどよ』
「……」
『まだこの世界は滅びちゃいねぇぜ……俺たちの世界みたいにな!』

DX。ハイパービームソード。刺突。ビームサーベルで払いのける
衝撃、DXの蹴り。体勢を崩す。瞬間、再び衝撃。DXの右手、ディバイダー。アシュタロンの左足が吹っ飛ぶ

(なんだ……!)

ガロードの動きが段違いにいい。AW世界の頃をはるか上回っている

「成長した……ということか」

『ユニウスの悪魔』として、激戦に次ぐ激戦をくぐりぬけ、キラ・ヤマトなど己より力量を上回る敵とも戦ってきた
明らかにこれまで手を抜いて戦ってきた自分との差がここで出た

(兄さん抜きじゃ……)

ツインズシンクロ無しでは、勝てない。じりじりとDXに押されながら、オルバは歯噛みした
こんなところで死ぬのか。ラクスなどのために戦い、兄を取り戻せずに死ぬのか

ラクスめ。口の中でオルバはその名をつぶやく

兄との絆を断ち切ったあの女を、殺してやりたい。いや、殺すだけでは気がすまない
めちゃくちゃにしてやりたい。思うがままにあの女を傷つけ、壊し、犯し、ひざまずかせてやりたい
そして最後に、その肉を生きながら喰らってやりたい。あのラクスの白い首筋は、どれほど甘いだろうか

戦闘中にもかかわらず、オルバの頭をそういう狂気が埋め尽くしていく

どけ、DX。なにが悪魔だ。僕はこれからラクスを殺しにいく。邪魔をするな

『オルバ、下がれ! DXをなめるな!』

誰かの声が聞こえる。かまうものか。ラクスをこれから殺しに行くのだ

「兄さん……僕は!」
アシュタロンが変形し、DXに向かって突っ込む
『やめないか! 一時の感情に流されるなと『言った』はずだ!』
「……え」

DX、ディバイダーのハモニカ砲が火を吹く。13条の火線
本来、アシュタロンを襲うはずだったそれは、ヴァサーゴの体を貫いていく

「兄さん!?」

かつて、これと同じ光景があった。AW世界、雪国で、初めてディバイダーを装備したGXと戦ったときのこと
同じく一人で突撃しようとしたオルバを、シャギアがかばい、重傷を負った

『だから……DXをなめるなと……』

ヴァサーゴがバランスを崩す。ゆらりと落ちていく。海面へ
アシュタロンは変形し、クローを伸ばすと、海面ぎりぎりでそれをキャッチした

すぐに出力を全開にして、ヤラファスとは逆方向へ。ヤラファスに向かいさえしなければ、ヤタガラスも追撃してこないはず

冷静に考えればどうということはないことだ。しかし、心がかき乱された。ラクスを意識したからか
クラウダ隊も追ってくる。オルバはそれにかまわなかった

(兄さん……兄さん……)

オルバは泣きたくなった。二度目である。自分の未熟さで、また兄を危険にさらしてしまった

(どうか死なないで)

祈った。神というものがあるのなら、いくらでも祈ってやる。ささげろと言うなら、命さえくれてやる
これで兄が死ぬのは、やりきれない。自分も生きてはいけない

『ぶ……』

瞬間、声が聞こえた。なにか。通信を介していない、クリアな声

「にいさ……」
『無事か、オルバ……』
オルバの背中を、ぞわっと衝撃が駆け抜けていく。頭に響く声
「兄さん……」
『頭に血をのぼらすのは、おまえの悪い癖だ……オルバよ』
「あ……」

『思い出した、ぞ……』

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一つ
それは世界が変わる風景だったのかもしれない

まるで怖くない。こうしてエターナルを前にしても、震えどころか緊張一つ無い
今ならわかる。ユウナは息を吸って、前を見た

そう、自分はラクス・クラインと対等の位置まで駆け上がったのだ
開戦以来の苦難と、絶望と、希望が、自分をここまで鍛え上げた

対峙。
オーブ宮殿を守っている民衆に、明らかなおびえがあった
向こうと違い、こちらは徐々に人が集まってきている
難民が合流してきているのだ

シンのアカツキが、そして彼の率いるムラサメ隊がこちらの守りについた
静寂が空間を支配している。いい風だ。ユウナはなぜか、そんなことを考えた

ひときわ、大きな影が浮いた。ヤタガラスである。エアマスターと、インフィニットジャスティス
そしてダブルエックスがユウナのそばに舞い降りる。彼らが巻き起こす風を、ユウナは体に受けた

『代表』

ユウナの耳に取り付けた回線から、声が聞こえた。アスランからだ

「なんだい?」
『今ならエターナルを沈められます』
「もう少し待ってくれないか、アスラン」
『なぜです? こっちが今なら圧倒的に有利ですよ』
「圧倒的有利……だからこそ、さ。
 ヤタガラスの通信開いて、メサイアのバルトフェルドに言ってやれ
 すぐに撤退しない場合、総攻撃をかけると」

バルトフェルドとは和平をやっていた。
彼自身はこの戦争に見切りをつけていて、どこかでうまく落としどころを見つけられないかと考えている
つまり、勝利にはこだわっていないということだ。ラクスはともかく、バルトフェルドなら撤退を呑むだろう

ポケットに手を入れた。ユウナはじっとエターナルを見つめている
MSや民衆同士で対峙しているにもかかわらず、静かだ。まるで空気が凍ったような雰囲気さえある

ただラクスが応じるかどうか。クライン派にとって、オーブの喪失は計り知れない損失となり、メサイアは孤立する
それにしても、なんのためにクライン派はメサイアを取ったのか。
ネオジェネシスを撃たないのならば、補給を断たれて自滅するのは目に見えていた

消えろ、ラクス。口の中でつぶやいてみた。風が、一陣吹き抜けた

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なにが、起こっているのだろうか
ラクスはエターナルの艦長席で呆然としていた

改めて見ると、凄い戦力だった
テンメイアカツキガンダム、ガンダムDX、エアマスター、インフィニットジャスティス、ガイア、ムラサメ隊、そしてヤタガラス
他にもミネルバらザフトの精鋭が、ユウナとは協力関係にある

これを打ち破ることなどできそうもない。
打ち破れなければ、民の声を味方につけられればとラクスは思うが、それすらできない

「これは……」

ラクスはつぶやいた。狭い狭い箱の中に閉じ込められたかのようだ
前へ進むこともできず、後ろに下がることもできない。そして、空を飛ぶこともできない
初めてだった。今までラクス自身が感じたことの無い感覚が、全身を包んでいく

これが絶望感というものだろうか。しかし、まだ何一つ終わったわけではなかった
自分がここで戦うことを放棄するわけにはいかない

『ここはひとまずお下がりください、ラクス様。総攻撃を受ければひとたまりもありません』

エターナルのブリッジ、そのモニタにヒルダが映っている。
彼女が率いている兵の数は、精鋭ではあるが、決して多くは無い
ラクスは唇を噛んだ。想いが届かない。こんなのは初めてだった

エターナルではあわただしく、クルーが動いている。ロアビィだけが二つ、三つとなにか指示をしていた

ラクスは、モニタの向こう側にいるアカツキを見た
翼の生えた、黄金。まるで太陽のようだ。アカツキとは、日の出をあらわす言葉だという
誰が命名したかは知らないが、似合っている名前だった

「シン・アスカ」

ラクスはその名を小声でつぶやいた。欲しい。なんとしてでも欲しい
理屈ではなく、魂が彼を求めている。人を欲しいと思うのは久しぶりだった
右にキラ、左にアスラン、中にシンとそろえば、向かう所に怖いものなど無くなるだろう

「歌姫さん」
唐突にロアビィがこちらを見上げてきた
「……なんでしょうか、ロアビィさん?」
「虎のおっさんから連絡が来た。全軍撤退だとさ」
「いけません。ここを退いてはなりませんわ、ロアビィさん」
するとロアビィは、少し考える顔になった
「でもさぁ……。切り札のキラちゃんはいないんだぜ?
 キサカのおっさんもやられたし、フロストの兄貴の方はDXにやられたらしいし、
 いまヤタガラスの連中に総攻撃かけられちゃまずいっしょ」
「退いてはなりません。ここで退けば、誰がデスティニープランを止めるのです」

あれは、悪魔の計画だ。あんなものが施行されれば、世界から希望は無くなる
やがて人々は自由をなくし、顔の無い民で世界は埋め尽くされる
それがあの議長の望みなのだ。自分にはわかる。会ったことも話したことも無いが、わかる
それはロゴス以上の非道であり、これから生くるすべての人を殺す行為だった

「……」
ロアビィが考える表情をしている。ラクスはその目を見つめながら、もう一度口を開いた
「退いてはなりません」
「歌姫さん」
「わたくしは……」
「とりあえず、汗、ふきなよ」

いきなりロアビィが、ハンカチを投げてよこした。純白のハンカチで、香水がふってあるのか、いいにおいがする
(なに……これ……)
そしてラクスは、自分の体が汗で濡れていることにようやく気づいた。冷たい汗である

—————オーブに負けた気分はどうか、ラクス・クライン

一瞬、初老の男が現れて消えた。

(ウナト・エマ・セイラン)

ラクスはごくりと生唾を飲んだ。オーブ奪取の際に、やむを得ず殺すことになったオーブ宰相
その亡霊がわずかに顔を出して消えた

かたかた、と、両手が震えだしている。怖いのか。エターナルの先に、タカマガハラを率いてこちらを見つめるユウナがいる
なぜなのか。彼に私は負けたのだろうか。今まで、まるで問題にしなかった小さな人なのに

今は、まるで巨人のように見える。彼が腕を振り下ろせば、自分はこの場で死ぬのではないだろうか

(いけません)

ラクスは首を振った。自分がこんな弱気では、皆が不安になってしまう

「ロアビィさん。回線をわたくしに。呼びかけてみますわ。声さえ届けば、戦いを避けられるかもしれません」
「やるだけのことは、やってみるってわけね」

ロアビィは言って、回線をまわしてきた。それを手に取り、ラクスは口を開く

頭の中で『種』が割れる。ラクスの中で意識がクリアになっていく。意識は言葉となり、己が心より外へと運ばれる

「こちらはエターナル、ラクス・クラインです
 お聞きになっておられますでしょうか、ヤタガラスの皆様、オーブ国民の皆様、そしてユウナ・ロマ・セイランさん」

静寂が再び落ちる。世界を埋め尽くす。声よ、届け。そう願って、ラクスは言葉をつむいでいく

「ここでわたくしたちが戦うことに意味はありません。本来であればわれわれは敵ではないのです。
 デスティニープラン阻止のため、わたくしは非常手段をとりましたが、
 それは私利のためではなく、またオーブを敵とすることを目的としたわけではありません
 そう。わたくしにとって、ザフトですら敵ではないのです。ただ、デスティニープラン阻止。それのみがわたくしの願いです
 もしもあなた方が、同じくデスティニープランを拒否し、デュランダル議長の暴走を止めるという志をお持ちであれば、
 わたくしは願います。共に手をとり、これより歩んでいくことを」

想いを吐き出した。吐き切った。共に歩むことができるなら
それなら、あの議長を倒すこともできる。世界を平和にすることも困難ではない
ヤタガラスが自分の味方になるなら、正しい想いと正しい力、その両輪がそろう事になる

後はキラさえ……

『一言もないんだね』

声が聞こえた。携帯回線によるものか、決して大きな声ではないが、はっきりとした意志を感じる声だ
なぜかまたラクスの手が震えだした。なにかが壊れそうになっている。けれども、必死で自分は堤防の決壊を食い止めている

『ユウナ・ロマ・アスハの名においてあなたに問おうか、ラクス・クライン』
「……はい」
ユウナの声に、ラクスは応じた
『オーブ本土の荒廃、ならびにおびただしい死傷者。食糧不足、勝手気ままな宣戦布告
 オーブを勝手に引きずり回し、国民から生きる糧を奪ったあなたはその罪をどうお考えか!』
「わたくしの……罪……?」

瞬間、どぅんと、衝撃が来た。ブリッジが激しく揺れる
手すりにつかまると、インフィニットジャスティスがビームライフルを構えているのが見えた

『おまえのわがままで人が死んだ。おまえのわがままでオーブが廃れた
 今さら協力しろだと!? ふざけるなよラクス!
 俺は貴様を許さん……かつておまえと共に歩んだ記憶さえ、もう俺には忌まわしい!』
「アス……ラン」
『おまえは世界を混乱させただけだ! 勝手な力で、勝手な想いで、どれだけ人に涙を流させた!
 おまえに自覚が無いのはわかっている……いまだに自分が正しいことをやってると思ってるんだろう!』
「おやめなさい、アスラン! あなたはそんなことを言う方ではないはずです。
 あなたは、優しさをどこに忘れたのですか?」
『貴様に都合のいい優しさなどとうに捨てた! ここにいるのは女一人守れなかった無様な男だ……
 おまえを殺すのにもうためらいも良心の呵責もない!』

アスランが叫んでいる。インフィニットジャスティスの銃口は、ぴたりとエターナルのブリッジに合わせられていた

『ここで撤退するなら、無理な追撃はしない。こちらも戦力の無駄使いはしたくないからね』

ユウナの声は対照的に落ち着いていた。しかし、激情にかられているアスランよりずっと怖い気がする

(怖い……?)

ラクスははっとした。まさか、自分が恐怖を感じているのか。信じられない。しかし、手の震えは止まっていない

『あんたまだわかんねぇのかよ?』
今度はDX。そこから声が聞こえる
「……ガロード・ラン?」
『とっくに負けてんだ、あんたは。じたばたすんな。年貢の納め時って奴さ』

ぐさりと、その言葉はラクスの胸に突き刺さった

(わたくしが……?)

負ける? 負け? 負けとはいったい、どういうことだろうか?
心が折れなければ、負けではないと思う。なら私に負けはないはずだ。なら……

反射的にラクスは、アカツキを見た。シンなら。シン・アスカなら自分を受け入れてくれるような気がした

『そうだ。まだわからないのか? あんたは負けたんだ、ラクス』
アカツキからの声。それが、トゲとなってまたラクスを刺す

負け……? 負けた? 誰に? なにに? 運命?

いや、もしも運命なら、乗り越えてみせる。変えてみせる。そうだ、運命こそ乗り越えるべきものだ
まだなにも私は成し遂げてはいない。なら……

「エターナル、全砲門開け」

静かにラクスは口を開く。

「歌姫さん!」
ロアビィがなにか言おうとしたが、無視した
「ヒルダさん、一斉射撃後にクラウダ隊で突撃。エターナルはMS隊の後方まで後退
 しかしオーブの民に犠牲を出してはなりません。よろしいですね?」
『……はっ!』
ヒルダの威勢の良い声が聞こえる

撃て。そう告げようとしたとき、ラクスの頭をなにかがかすめた
右側。そこになにかが来た。懐かしいもの。かげがえのないもの

『こちら、キラ・ヤマト。クライン、ならびにオーブ全軍に告ぐ。ただちにカグヤ島まで撤退せよ
 オーブ連合首長国代表キラ・ヤマトの名において命ず。ただちに撤退せよ』

「キラ!」

ラクスは叫んだ。反射的に、自分のお腹に手を当てた
新しい命。そこにそれがあることが、少しだけ信じられない気がした

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海岸のあたりになぜか降下ポッドが捨てられていた。
その中のバッテリーでジンのエネルギーを補充し、キラはヤラファスまで駆けた。
見つからぬよう索敵に気を使ったが、敵に見つからないように進むことができた。それが、できた

(これが、ニュータイプ、か……)

自分が強い理由。それをまざまざと思い知らされる。キラ・ヤマトはなにもかも手にして生まれてきた
その事実を突きつけられるとき、わけのわからない想いにとらわれる

ヤラファスまでつくと、エターナルとヤタガラスは一触即発の状態だった
すぐに撤退を叫んだが、遅かった。ドムトルーパーが発砲したのだ

「間に合わなかったか、クソッ!」

叫び、ジンは駆けた。キラは痛恨の想いにとらわれる
この状況でヤタガラスに喧嘩を売ればどうなるかわからないのか

『キラ! キラなのですね。キラ!』

通信が入る。ラクスだった。彼女は涙を浮かべて、叫んでいた

「ラクス、撤退!」
『え……?』
ラクスの目が、大きく見開かれている。多分、変わり果てた自分の姿に戸惑っているのだろう
「全軍をカグヤ島まで! すぐに戦闘行為を中止して……ええい!」

オーブ国民が逃げ惑っている。これで終わりだ。ラクスはみずから、民の支持を放棄した
明白に、攻撃をしたのはクライン側だった。

長くラクスと離れすぎた。自分がいないことで、ラクスは少しずつ狂って行ったのだ
比翼の鳥だな。お互いがいなければ、飛ぶこともできない。ジャミルにそう言われたのを思い出す

「ラクス、指揮権をよこせ!」
『え……あ……』
「早くしろ!」
『は、はい……。全軍、これよりキラ・ヤマトの指揮下に入りなさい』
「エターナル、チャンネル合わせ! 全軍にコード3476で固定、ジンの通信をエターナル介して全軍へ
 コネクト……よし」

キーボードを目にも止まらぬ速さでたたき、キラは通信の接続を行った
それから全軍に伝達する

「オーブを守ることにもう意味は無い。オーブにすでに価値は無い
 オーブを捨てろ、全軍、オーブを捨てろ」

叫んだ瞬間、かすかな動揺が広がったような気がした
当たり前だ。名目上のものとはいえオーブの代表が、オーブに価値は無いから捨てろと叫んだのだ

『キラ……なにを考えている』
「……アスラン!」

頭上より、ビームが降り注ぐ。インフィニットジャスティスが舞い降りてくる。

『チッ、まぁいい。メイリン、相手側に流せ! キラがオーブ代表を辞任するといった例の映像だ』

言いながらも、さらにジャスティスはビームを撃ってくる。飛行能力の無いジンでは、右へ左へ交わすのが精一杯だった

やがてクライン派についていたムラサメやM1アストレイなどが、武器を投げ捨て始めた
それを見てキラはにやりと笑った。そうやってどんどん、自分に失望すればいいのだ

「邪魔だよ、アスラン。どけッ!」
『ジンで今さらなにをするつもりだ……キラ!』
「ただ、ケリをつけるだけさ。ドム隊、なにをしているんだ、食い止めるんだよ!」

叫んだ。エターナルの守備についていたドム隊が、明らかに戸惑っている

『キラ・ヤマト。しかし……』
ドム隊を率いるヒルダの声
「なにより僕が大事だろ。ここで死なせるつもりか! 身を盾にして食い止めろ!」
『う……キラ・ヤマト、貴様!』

すると、通信に割って入ってきた。エターナルからである

『お願いします、ヒルダさん。キラを守ってください……』
「あ……は、了解しました」

ドムトルーパーが三機、編隊を組んでアスランのインフィニットジャスティスに挑みかかっていく

『行くよ野郎ども! ジャスティスにジェットストリームアタックだ!』
『おう!』
『やるか!』

ヒルダのドムが先駆け、マーズ、ヘルベルトと続く
必殺の隊形、ジェットストリームアタック。しかしキラはそれを無視して、エターナルに向かってジンを走らせた

『こんなもので俺を止められるか!』

アスランが叫び、インフィニットジャスティスが五本のビームサーベルを開放
一機のドムが、それで五体を切り裂かれ、最後にコクピットを貫かれていた
さすがにアスランである。一気に切り裂いておきながら、核爆発を起こさせていない

『マーズ!』

ヒルダが叫ぶが、キラにとって遠い声だった。どうせこれからもっと人が死ぬ

エターナルがワイヤーをたらしてくる。ジンはそれに捕まり、宙ぶらりんの格好になる
そのままでいた。しんがりとなった部隊が五体を盾にエターナルを逃がしている
しかし、元オーブ軍の連中はほとんどが武器を捨てて降伏していた

向かう先のカグヤ島には、打ち上げ施設のマスドライバーがある
ひとまずエターナルをそれで宇宙まであげる。メサイアまで戻らなくてはならない
クライン派を崩壊させる。そして、自分も死ぬ。今の自分にできるのはその程度のものだ
後は、シン・アスカかガロード・ランに任せればいい。今さら共同戦線など虫が良すぎるだろう

カグヤ島につく。ジンはワイヤーを離し、地上に降り立った
エターナルに要請して、重斬刀だけを補給してもらった。キラのジンはそれを取ると、残った右腕にぶらさげる
左腕は吹っ飛んで、もう無い

『キラ、無事なのですか?』
ラクスが問いかけてくる。キラは少し目を閉じ、開いた
「……エターナルはすぐにマスドライバーで宇宙へ。ザフトは多分、攻撃してこないよ」
『はい……』

なにか物足りなさそうにラクスがうつむく。優しい言葉の一つも、かけて欲しかったのかもしれない
しかし今はそれどころではなかった。重斬刀の握りを確かめる

マスドライバーはザフトの侵攻で破壊されたのか、応急処置が施されているだけで、ひどく頼りなげだ
これでは一隻宇宙にあげられるかどうかだろう

「やっぱり、ね」

キラは前を見た。マスドライバーの前、広場から3機のMSがそこを守っている
ブルデュエル、ヴェルデバスター、カオス。タカマガハラ側が手を打っていて当たり前だ。
重要拠点であるマスドライバーの制圧を、アスランが見逃すわけがない

『初めまして、ラクス・クライン。元ジュール隊隊長、イザーク・ジュールです』
ブルデュエルがゆっくりとビームサーベルを引き抜く
『……ロアビィさん? あ、はい。こちら、ラクス・クラインですわ』
『どうか降伏してください。でなければ、俺はあなたをここで殺さねばなりません』
『できませんわ。それだけは』
『では、殺さざるを得ません。申し訳ありませんが……』

キラはイザークの言葉が終わらぬうちに、重斬刀でブルデュエルに斬りつけた

「邪魔だ、君は!」
『なに……ストライク……いや、キラ・ヤマト! ジンだとぉ!?』
「雑魚が……どけぇ!」
重斬刀をブルデュエルの腹に叩き込む。しかしフェイズシフト。火花が散るだけで終わる
『きっさまぁ……なめているのか!』

ブルデュエルがビームサーベルを振り回すのを、転がってかわす。
かわすと同時に、腹に蹴りを見舞った。デュエルは軽くよろめくが、それだけのダメージしか与えられない

すると数発、足元にビームがたたきつけられた。ヴェルデバスターが砲身をこちらに向けている

『よせよ、キラ。ストライクフリーダムならともかく、ジンでなにするつもりよ?』
「ディアッカ……君か」
『懐かしいけど、感動の再会って感じじゃないね。俺は別におまえに恨み無いけど、降伏しないと殺しちゃうよ?』

—————いいじゃないですか、感動の再会やりましょうよ?

瞬間、空から一機のMSが舞い降りてきた。デスティニー
なに。キラは全身に鳥肌が立った。巨大な対艦刀を構えたそれは、一気にエターナルへ突っ込んで行く

音が消える。なにも聞こえなくなる。ただ、ゆっくりとスローモーションのように、エターナルを切り裂くデスティニーが見える
やめろ、殺すな。ラクスだけは。ダメだ。殺す……あ……

『ヒャハハハハ! 千載一遇のこ・う・き、ゲットォォォ! 死ねぇあっははははははぁぁぁあああああん!』

ラクスが、死ぬ。死ぬ、のか?
デスティニーはゆっくりと、ゆっくりとラクスを殺していく。エターナルは胴から対艦刀で切り裂かれ、やがてそれがブリッジに到達する

そして、ブリッジは舞い降りた『運命』によって切り裂かれ、炎に包まれ、消えた

「ラクスが……?」

エターナルがゆっくりと崩壊し、崩れていく。それはなにかの終わりを告げていた
確実になにかが終わって行っている。自分は終わりを早めることしかできないのだけれども

『はいはい、俺って、なんて仕事熱心なんでしょ
 歌姫さんちゃんとつかまっててよ!』

瞬間、ブルデュエル目掛けて数十発のビームが降り注いぐ
ガンダムレオパルドデストロイが、静かにエターナルから舞い降りた