クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第114話

Last-modified: 2016-02-26 (金) 01:13:44

第114話 『ラクスは死んだ』
 
 
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そもそも、人を撃った経験が無かった。
バルトフェルドに、護身程度の訓練を受けたぐらいで、しかも拳銃での戦い方だった。

アサルトライフルの衝撃に、キラの肩がしびれる。
通路の物陰越しに、応戦する。

アークエンジェルへの道のりだが、裏切った兵と出くわしてしまった。
だから慣れない白兵戦をする羽目になる。

「グレネードだ、キラ!」
「え……」
「アンダーバレルだ、使い方も知らないのかい!」

ヒルダが、キラから銃をひったくって、なにか設定する。
同時に下部の銃口からグレネードが飛び立った。

瞬時に、爆音と衝撃。顔をしかめる。

「今だ、突破するよ!」

ヒルダが手を上げる。悔しいが、こういう白兵戦ではあまり自分は役に立たない。

足音が近づいてくる。咄嗟に身構えたが、同時に安心する感じがあった。

「ラクスか!」
「シャギアさん」

シャギアが、数名の兵と共にやって来た。
彼が名指すラクスは、護衛の侍女にかつがれ、力無くうなだれている。

「キラ、状況を説明している暇は無いな。
 アークエンジェルに行けば助かるというのは、本当か?」
「今の状況では、それが一番確率が高いと思います」
「わかった。
 聞いたか、志願しろ」

シャギアが、付き従っていた兵に声をかけた。
3人ほどが手をあげる。
シャギアが軽くうなずくと、その3人は来ていた方向に戻っていった。

自分たちを逃すための、しんがりだ。
しかも、捨て兵である。
これほど人が死んでいいのか、自問する。
この戦争を始めたのは自分とラクスだという事実が、胸の奥に落ちていく。

「急いでください」

ティファが、荒い息を吐きながら、キラのそでをつかむ。
彼女は驚くほど体力がない。しかし、弱音を吐かず、走っていた。

シャギアと合流し、兵を増やした状況でまた走る。
状況状況で、シャギアは簡単なトラップを仕掛けている。

それでも後ろの方から銃声と怒号が近づくのを感じていた。

追いつかれれば、終わりだ。
その想いで余計に焦る。克服したと思っていた死の恐怖は、大蛇のように鎌首をもたげ、良く光る目でこちらを見つめている。

「くうッ!」
「ティファ!」

ティファの肩を銃弾が貫いた。
鮮血が舞う。彼女がつまづく。

「放っておけ、キラ」

シャギアが声をかけるが、キラは黙ってティファを背負った。

「僕の勝手だ」
「そうか、好きにしろ」

シャギアは構わなかったし、他の誰も構わなかった。
同情の目線はなく、愚者を見つめるような目で、皆がこちらを見ている。
とっくにキラ・ヤマトは人望を失っている。

それでも、この胸にあるものだけは。
この暖かさだけは、裏切りたくない。
戦闘が、キラ・ヤマトの根源だとは思いたくない……最後までなにかを救う意志があるなら

走った。
ティファが、ひどい息の仕方をしている。
銃に撃たれなくても、体力的にはとっくの昔に限界だったのだ。

銃声が追ってくる。
シャギアやラクスたちと距離が開く。

このままだと、背負っていたティファに銃弾が当たる。
振り返り、拳銃を何発か見舞う。

なにをやっているんだ、ガロード・ラン。
早く来い……。
愛しの姫は、ここにい……

すると、いきなり壁が割れた。
モノアイがぎょろりと顔を出す。

『おー、キラじゃねぇか』

通信が走る。巨大な手が、追っていた敵兵を押し戻している。
安堵の余り、腰が抜けそうになった。

「遅い……」
『てめぇ、司令部には誰もいなかったじゃねぇか。
 いい加減なこと……って』
「ティファだ、肩を撃たれた!
 早く!」
『マジか!』
「アークエンジェルへ君が連れて行くんだ!」
『わかった……!』

ドムトルーパーが動き、腹部を見せる。
ハッチが開き、ガロードが駆け下りて、ティファを抱き上げる。
キラはそれを見守ると、ラクスたちを追おうとした。

「おめぇ、どこ行くんだよ」

呼び止められた。

「え?」
「おまえも乗るんだよ、キラ。
 止血作業ぐらいできっだろ、狭いのは我慢しろよな」
「僕は……」
「ごちゃごちゃ言うんじゃねぇ、さっさとしろよ、ぶっ殺すぞ!」

ロアビィ、ジャミル、ティファ、そしてガロード。
AWの人間は……まったく……

「お節介ばかりだ」

泣きたくなるのをごまかして、うつむいた。

同じくドムトルーパーのコクピットに乗り込み、備え付けの医療キットでティファの服を切り裂き、消毒して包帯を巻いた。
幸い、弾丸は綺麗に抜けている。
骨に達しているかどうかは、確認できない。

「応急処置はできた」
「おう、すまねぇ……後よ」

いきなり、衝撃が来た。ガロードにぶん殴られたのだ。
狭いコクピットの壁に、背中を打つ。

「あー、すっきりした。とりあえずこれでもやもやしたもんは晴れたぜ」
「君は……」
「俺はこれで終わりだから、後は勝手にしろよキラ。
 一応忠告しとくけどな、アスランや代表さんに見つかるんじゃねぇぞ。
 あ、別に殴り返してもいいけどよ、俺はケンカもそんな弱くねぇぜ」
「まったく……」

ため息をついて、頭を抑えた。
オーブクーデターのことか。

殴り返す気分には、ならなかった。

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「ルナマリア!」

見知った顔を見て、ガロードはほっとした。
アークエンジェルのMSデッキで、ドムトルーパーから駆け下りる。

「ガロード! ティファは!?」
「命に別状はねぇと思うけどよ、とりあえず医務室に運んでくれ」

駆け寄ってくる、ルナマリア。
それに気を失っているティファを渡す。

「私はいいけど、付き添わないの、ガロード?」
「決着をつけなきゃならねぇことがあるんだよ。死ぬつもりは、ねぇけどさ」
「わかったわ」

ルナマリアが、ティファを運んでいく。
もう少しじっくりと再会がしたいのに……なんでまったくこんなことばかりなのか。

胸の中の拳銃を抜く。
殺すかどうかは、決めていなかったが、ケリをつけるべきことだった。

「シャギア」

MSデッキにいる、長身の男に声をかける。

「ガロード・ランか」

シャギアは、ゆらりと立ち上がった。
そこに拳銃を突きつける。
周りにいるクラインの兵が、色めき立ったが、シャギアはそれを制して同じように拳銃を抜いた。

「私を殺すか、ガロード・ラン」
「いい加減、そうした方がすっきりするんじゃねぇかと思ってな」
「許しを乞うつもりは無い……すでに、クラインと貴様らタカマガハラの戦力差は逆転した。
 その気になれば貴様らは、我らを滅ぼすことができるようになったな」
「ああ、ここまで来るのは、嫌ってほど長い道のりだったぜ。
 これでもかってほど、泥を食ってきたんだ。
 だからこそケリはつけなきゃならねぇんだよ」

拳銃に引き金をかける。
ここでシャギアを殺せば、クラインの恨みを買うだろうが、フロスト兄弟とは決着をつけなければならない。

「私を殺して気が済むのなら、やれ。
 もうクラインは終わりだ、ラクスがあのザマではな」

殊勝なことを言っているが、シャギアの目には闘志が消えていない。
隙を見せれば、拳銃を弾くだろう。

「やめろ、ガロード」

背中から声がかかる。
それでも拳銃は降ろさなかった。

「やめろ、ガロード。意味は無いぞ、決着はAWに帰ってからでもいいだろう」
「ジャミル」

サングラスの男が、ガロードの拳銃に触れ、銃口に指を当てる。
それから、ゆるやかに力をかけてきて、無理に拳銃を降ろさせる。

「フロスト兄弟をかばうのかよ、ジャミル」

ジャミルの横には、オルバが居た。
この男が無事にアークエンジェルへ帰ってきたという安堵と、ニュータイプというだけでラクスの肩を持ち続ける不快さが、混じっていた。

ジャミルが軽く腕をひねり、拳銃は取り上げられた

「フロスト兄弟と戦えば、おまえが死ぬ可能性もある。
 まだコズミック・イラの戦いがすべて終わったわけではないだろう」
「けどよ……」
「シン・アスカを1人で戦わせるつもりか?」
「……卑怯な言い方するな、ジャミルは」

フロスト兄弟より、偽者の方が火急の相手だった。
冷静に考えればそうで、きっとジャミルの言うことの方が正しいんだろう。

「なぁ、ジャミル。ニュータイプって、そんなにも救いたいモンなのか?
 ラクスがそんなに大切ならさ、デュランダルのオッサンに協力するのやめて、クライン派に走れよバカヤロウ」

ため息をついて、悪態をつく。
サングラス越しのジャミルは、今日も仏頂面で、表情は読めない。

「そんなことを言わないでくれ」

キラが、間に入ってきた。白髪と、血走った目。
清らかな少年だった彼は、ひどい変貌を遂げていて、しかしなぜか落ち着いている。

「わーったよ。もう、おまえらはどこにでも行けよ。
 俺はもう知らねぇから……ただ、邪魔だけはすんなよ」

なにか、割り切れない。
クーデターされた頃は、戦争の果てにラクスを倒し、キラを倒せると思っていたが……今は振り上げたこぶしの下ろしどころを見失っている。
こんな敗残兵相手に、本気で戦おうなんて気になれるわけもなかった。

視線の向こう側で、ラクスがひどい泣き顔を浮かべている。
オルバや、隻眼の女性が、声をかけている。
ラクスはうめくだけで、ろくな返事もできていないようだ。
昔は彼女をぶちのめしたくてしょうがなかったが、こんなのぶちのめしてどうしようっていうのか。

MSデッキが、閉じた。
エンジン音。
振り返ると、レオパルドだった。

「衛生兵、早く!」

小柄な軍人が、中から出てくる。
ぐったりとしている、ロアビィを担いでいた。
とっさに、ガロードは走り、その身体を取った。
同じようにジャミルも、ロアビィの身体をつかんでいた。

「オイ、ロアビィはどうしたってんだよ!?」

追従していた軍人に尋ねる。

「出血多量による貧血です。
 応急処置はしていますが、輸血を急いでください」
「わかった、運ぶぞガロード」
「ああ」

土気色をした、ロアビィの顔。
バカヤロウ、なんで敵になったんだ。
こんな風にしか、俺たちは再会できなかったのか?

「ごめんな……」

ロアビィが、かすれた声でうめいている。
目はうつろで、なにも見えていないようだ。

ただ、言葉は胸をかきむしるほど悲しく、そして絶望的だった。
星型の髪飾りを、免罪符のように握りしめている。

ロアビィの全身に、血がにじんでいることに気付く。
いつも、嫌になるほどスマートな男だった。
汚れるのを、ひどく嫌がっている色男だった。
ティファにどう接したらいいか、こっそり聞いたこともある。
そのたびに、茶化しながらもアドバイスをくれたりしたものだ。

こんなボロボロになるまで、戦わなければならない理由が、ロアビィにはあったのか。
この男は、フリーデンから離れて、どんな光景をコズミック・イラで見たのだろうか。

どうして、いつものように軽薄な笑みを浮かべたまま、帰って来てくれなかったのか。
聞きたいことはいくらでもあったが、今はただ生きて欲しかった。

恨みが、どうでもいいものになっていく。
それは、ラクスたちクライン一派への同情なのかもしれない。
ユウナは彼女への恨みを生涯抱いて行くだろうが、ガロード・ランはもうどうでもよくなってきていた。

アークエンジェルの医務室まで運ぶ。
並んでベッドに眠る、ロアビィとティファ。
背中を壁に預けて、ガロードはそれを見つめていた。

「そろそろらしいわ」

隣にいるルナマリアが、声をかけてくる。

「そろそろって……」
「砂漠の虎、最後の秘策」
「ああ……無事に逃げ出せるんだろうな、俺たち」

事態は、悲しいぐらいに深刻なのだ。
いろいろありすぎて、それを忘れていた。

「大丈夫よ、きっと。
 これだけ死んだんだもの。一つぐらいは、いいことあるわ」
「ああ……そうだな
 一個ぐらいは、ねぇとな……」
「ホント……」

ルナマリアが、天井を見上げている。
つられて見上げた病室の明かりは、うっすらとぼやけていた。

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空母ゴンドワナに、ジョージは戻っていた。
制圧戦にサザビーネグザスで付き合うつもりはない。

「ラクスの生死はまだわからんか?」

付き従い、同じくゴンドワナのブリッジに上がっているサトーに尋ねる。

「今入った情報によれば、銃殺されたと……」
「本当か?」
「レオパルドに邪魔され、死体の確認はできておりませんが。
 目撃者がいます。確かに心臓を撃ち抜かれたと」
「うむ……」

NTの感応能力で調べる限り、確かにラクスの輝きが無くなっている。
遠くにいても感じられた、凄惨なまでの光は、もう感じ取れないほどだ。

ならば、本当にラクスは死んだのかもしれない。
ただ、死体が見つかるまで断定は出来なかった。

唐突に、メサイアの腹部が動いた。
姿を見せたのは、ネオジェネシスである。

「ネオジェネシス……!?」

サトーが、絶句している。
まさかの最終兵器である。破壊されていたはずだが……

「大事ない。今のメサイアはコントロールを失っている。
 射線上に立たなければ、損害は出ぬ」

ネオジェネシスは、ザフト艦隊とはまったくあらぬ方向を向いている。
これならMS一機落とすことはできないだろう。

それにしても趣味の悪いことだ。
ラクスは、大量破壊兵器を拒否し続けてきた。
そんな集団が、最後の悪あがきにこんなものを持ち出して来るとは

「いや……」

ぴんと、一つ閃くものがあった。
途端に気付いて、思わず笑い出した。
完全に思考の死角を突かれていた。

「どうされたのですか?」

サトーが、笑うジョージを見て、怪訝な顔をしていた。

「見事だ、アンドリュー・バルトフェルド。
 君はこの一事において、愚将と史家から断じられることをまぬがれよう」
「それはどういう意味で……」
「ネオジェネシスを最大望遠で映せ。
 阻止が間に合わないのなら、男の意地をせめて見届けようではないか」

ネオジェネシスが光る。その砲身へ、ゆっくりとアークエンジェルが移動する。
サトーはますます怪訝な顔をしている。

ネオジェネシスのエネルギーが集う。
反射し、増幅していく。
それに押されるように、アークエンジェルが砲身の中央へ吸い込まれる。

振動。
光の波が、宇宙を流れていく。
なに一つ巻き込まぬ、死の光。

アークエンジェルがその波に乗って、走り、消えていく。

「アークエンジェルが……!」

ブリッジがざわめく。

「知らぬ人間も多いが、ジェネシスは元々惑星間航行を行うための、宇宙船加速装置だ。
 大量破壊兵器としての使い方の方が外道なのだよ。
 我々は戦争のしすぎで、そのことをいつの間にか忘れてしまっていた」
「……ではラクスは逃げたと」
「いや。ラクスは死んだ」
「はっ……?」
「目撃者もいる、そういうことにしておこう。
 ああいう逃げ方をしたということは、もう地球圏に戻ってこないつもりかもしれない……それに」
「それに?」
「いや……」

仮にラクスが生きていたとしても。
ラクスの光は、無くなっているということだ。
プレッシャーを全く感じなかった。
ならば、再起したとしても、労せず叩き潰せるだろう。

それはニュータイプだからわかることで、他の人間にはわからないことだ。

「軍の再編を急げ。最後の敵が待っているぞ」

背もたれに、身体を預けた。
シナップスシンドロームの苦しみが襲ってくるには、まだ時間があった。