中身 氏_red eyes_第1話

Last-modified: 2009-07-14 (火) 00:29:20

自由の聖剣編

 
 

ビビビビビビビビビビビッ

 

真っ暗な部屋の中、機械仕掛けの鶏がけたたましい鳴き声を上げる。
気だるそうに動き、暫く宙を彷徨った右手がそれの鶏冠を叩いて黙らせた。
(煩い・・・。全く、こいつが起きたらどうするんだ)
覚めきらない目で自分の胸の中で寝息をたてる赤毛のお姫様を見る。
(また負け戦か・・・)
シミレーションでも実戦でも、勿論恋愛に関しても彼女をリードしている自信のある彼だが、
ベッドの中では未だに勝ち戦は経験したことがなかった。
毎晩毎晩自分を搾り尽くす彼女にはどうやっても勝てない。

 

「んー・・・」
お姫様が寝返りを打つ。
ベッドでは、勿論いつも暴君な彼女だが、こうして寝顔を見ていると可愛いなと思う。
まぁいつも可愛いが。
これも惚れた弱みだろうか。
どちらにしろ、アラームがなったということは、依頼された目的地到着まで
後2時間を切ったということだ。
「・・・ねみい」
それだけ言うとシーツをかけ直す。
昨日素っ裸で何時間運動したと思ってるんだと見当違いなことを考えながら、
それでも本心では眠る彼女、ルナマリアとまだまだ離れたくなくて、
青年、シンは再び睡魔に身を委ねた。

 
 

「やっぱり君らは隔離した方が良いのかな?」
「「ほんっと、スイマセンでした!」」
グリッグスブリッジ、レッドアイズ傭兵団司令は珍しく不機嫌だった。
クライアントとの大事な初顔合わせに、肝心のMSパイロットが
「昨日のナニが激し過ぎて寝坊しました」
なんて理由で遅刻したのだ。
クライアントの町長は柔和な人柄だったから良かったものの、
下手をすれば契約がおじゃんになるかもしれなかったのだ。

 

「全く・・・罰として依頼が完了するまでの1ヶ月間、君達のシフトを完全に分ける」
「「えっー!」」
「えー、じゃない。それにシン、君ゴム付けないだろ。
 あんまりヤってると、いくら妊娠しにくいコーディネーターでも万が一もありえる。
 それは傭兵団として非常に困るんだよねぇ」
今までミスをして嫌味を言われたことは多々あったが、今日は一味違う。
どうやら相当怒らせてしまったようだ。
シンは恥ずかしさやら怒りやらよく分からない感情から体をプルプルさせている。
ルナマリアもルナマリアでアーサーの正論にぐうの音も出ない。場に嫌な沈黙が降りる。
しかし、沈黙を降ろしたのがアーサーなら、それを破ったのもまたアーサーだった。
「反省した?」
「「はっはい!」」
覗き込むように首を傾げるアーサーに、2人は反射的に背を伸ばして答えた。
さっきからハモってばかりの2人の姿は実に可笑しい。
「まぁ、僕も鬼じゃない。それにストレスで優秀なクルーの能力を害するのも本意じゃない」
「「じゃあっ!?」」
「少しは2人の時間を取れるよう調整しよう。
 でも、MSパイロットは君達しかいないから、更に大変になると思うよ」
「よっしゃっー!」
「やったー!」
ブリッジで初めて別々の声を上げた2人だが、周りのクルーの「このバカップルは」という声が
聞こえそうな程熱い抱擁を交わして飛び跳ねている。
やっぱり隔離した方がいいのかと本気で検討するアーサーであった。

 
 
 

キラ・ヤマト、恐らくC.E.史上最も有名なMSパイロットである。
ただ1人神に選ばれたスーパーコーディネーターという存在であり、
また平和を乱す者に振り下ろされる自由の聖剣。
しかし、輝かしい数々の名とは裏腹にメサイア戦後の彼は殆どメディアに顔を出さなくなった。

 

政権成立後、ラクス・クラインはザフトの再編、軍縮に努め、代わりに福祉厚生に力を入れていた。
その政策の煽りを受けた軍人達も、そちらの仕事を斡旋することで失業者を減らした。
同じく政策の煽りを受けたザフトは規模の収縮に加えて極端な精鋭化、専門化を求められた。
規模が小さくなったとはいえ、プラントの防衛からテロの撲滅、紛争の解決と、
役割は依然多かったからである。

 

現在のザフトは大きく2つのグループに分かれる。
1つは歌姫の騎士団を擁する、凄まじい防衛力を誇るプラント防衛隊。
これはザフト全体の7割を占める主力部隊であり、国家間での所謂戦争をする部隊である。
彼らは特別な命令が無い限り先制攻撃が禁止されており、
反撃にのみ戦闘能力を発揮することを許されたザフトの盾である。
2つ目は機動力を至上の武器とし、ザフト内でも精鋭中の精鋭であり、
1機から4機の少数の戦闘単位でテロリスト排除や紛争への介入を主な任務とし、
時には公に出来ない様な任務にも従事する攻撃性の高い特殊作戦群、通称SOCOMである。
その戦闘能力は圧倒的で、核動力MSを保有するだけでなく、1機のSOCOM所属MSを撃破するには
同性能のMSが10機必要といわれる程パイロットの錬度も高い。
その戦闘能力と比例して非常に困難な任務に就くことが常である為、
SOCOMに所属するとベッドでは死ねないと言われ、相当な覚悟の元振り下ろされるザフトの剣である。
両者共に言えることは、厳正な階級が設けられ、
プラントの為ならいつ死ぬことも厭わない殉教者の集団ということである。

 

その中でも死傷率が最も高いSOCOM第1戦闘騎兵群の名簿、
その筆頭にキラ・ヤマトその人は存在していた。
多くの者に止められ、ラクス及び首都アプリリウス・ワンの防衛を主な任務とする
歌姫の騎士団に所属するようにと再三言われた。
しかし、キラはここにいる。
少将の座と、いつでも最愛の人と会える居場所を蹴ってでも、デュランダルに宣言した覚悟を守る為に。

 

「ラクス・・・」
見渡す限りの荒涼とした大地、夕日に照らされたその空を飛ぶ機械仕掛けの天使が1機。
その中で、もう半年も会っていない最愛の人の写真を見る1人の青年。
きっと今も執務室で山の様な書類と格闘しているのだろう彼女を思うと胸が苦しくなる。
こんな甲斐性の無い自分を、今でも浮気の1つもせず待っていてくれる感謝と、
不甲斐無い自分への憤りで胸が張り裂けそうになる。
ビビッビビッ
「次の任務か」
狭いコクピット内にアラートが響き、ディスプレイに新しい任務が表示される。
ずっと任務漬けで、3日目もMSの中で終わろうとしていた青年、キラ・ヤマト大佐であったが、
文句一つ垂れずに目的地に進路を向けた。

 
 
 

○月×日、天気は晴れ時々鉄の雨。
哀れにも深紅の狩人の初めの獲物に選ばれた、ダガーLだった物が宙を舞う。
ビームアックスとテンペストによって細切れにされたその破片は雨の様だ。
「まず1機」
この惨劇を生み出した深紅のグフ、ルナマリア専用グフは、その白い雨が降り注ぐ中、
ビームアックスを地面に突き刺し、柄の部分に手を預け、テンペストを左肩に担いでいる。
正に女王の風格といった所か。しかしそこは未だ戦場、ポーズを取るなど愚の骨頂である。
それを思い知らせようと、後方の岩場からザクがビームライフルを構えて踊り出る。
今度は自分が狩る側だと言わんばかりに、ザクが深紅のグフに狙いを定めたのと同時に、
グフがテンペストから手を離した。
突然の行動に、ザクの引き金を引く指が一瞬遅れる。しかしその一瞬が致命的だった。
グフは左腰のスカートに手を伸ばしたと思うと、上半身のみ後方に捻り
ビームサーベル2本を投擲してきたのだ。
1本は構えていたビームライフルに、もう1本はコクピットに、吸い込まれる様にして突き刺さる。
主を失ったザクが倒れるのと、テンペストが地面に突き刺さったのはほぼ同時。
「2機」
しかし同時に動いた物体はこれだけでは無かった。
仲間を次々と討ち取られた怒りに燃えるシビリアンアストレイが2機、
左右からビームサーベルを手に突っ込んでくる。
左右から串刺しにする、その意気込みは良かった、
相手がレッドアイズのルナマリアでなければ。

 

深紅のグフはアストレイ2機のビームサーベルが装甲に触れる瞬間、
機体を右回転させると同時に、ビームアックスの刃と柄によって2機のビームサーベルを叩き落とす。
敵の技量に唖然とするアストレイのパイロット。しかし深紅の削岩機の回転は止まらない。
そのままの勢いで姿勢を低くしたグフは、地面から引き抜いたテンペストで
アストレイ2機の膝から下を切断する。
遠心力で綺麗に円状に吹き飛び、地面に転がる計4本の脚。
しかしその主は生きたまま地面に接することも許されない。
未だ低い姿勢のグフは、両手から近接武装を手放したと思うと、それぞれの腕をアストレイ2機に向ける、
そして躊躇い無く光弾を撃ち込んだ。
「これで、最後」

 

見るも無残なMS4機分の残骸、その中央に立つグフに通信が入る。
『ルナ、大丈夫か!?』
「遅い、戦闘が始まってからジャスト5分。もう終わっちゃったわよ」
『ごっごめん』
グリッグスからの通信、その中でしょげる年下の恋人に自然と笑みが浮かぶ。
寝癖が酷く、今し方叩き起こされたのは明白だ。
シフト外なのだから当然なのだが、しょげているシンはまるで犬の様で、少し苛めたくなる。

 

画面に向けてそれを実行しようとした時。
遥か彼方の天空から、4本の雷が深紅のグフを貫いた。
「あうっ!!」
四肢を全て破壊されたグフが山にめり込む。

 

『ルナッ!』
コクピットの中にシンの必死な叫びが木霊す。
『大丈夫かルナッ!?』
「だっ大丈夫、コクピットに損傷は無いわ」
『わかった、俺もグフで出る!』
そう言いながら通信を切るシン。ルナマリアはビームが来た方の上空を最大望遠で見た。

 

そこには昔見た姿とは若干形の変わった、死神の様な天使が太陽を背負う様に滞空していた。
こちらを見ている、止めを刺す気だろうか。彼女は目を硬く瞑り、死を覚悟した。
しかし天使はそのままルナマリアを放置し、グリッグスの方へと飛んでいく。
ルナマリアは、戦闘能力だけを奪い止めを刺さないこの戦い方に見覚えがあった。
「まさか、キラ・ヤマトなの?」
今や残骸の仲間入りを果たした愛機の中で、ルナマリアは一人ごちた。