中身 氏_red eyes_第32話

Last-modified: 2010-03-21 (日) 01:03:16

次で最後だ」と言い放ったクローンのアスランが姿を消して凡そ一分。
背後から攻撃を受けては堪らないと、アスランはMS大のデブリを背に辺りを警戒していた。
障害物が多い中で、自分より機動力がある相手に下手に動き回っても仕方ない。
今考えれば、小惑星群に入ったのは完全に下策だった。
自分の分身もそれが分かっていて小惑星群に戦場を移したのだろう。
予想以上に強い自分の分身に焦った結果である。MS用兵学に長けるなど、お笑い草だ。

 

「これではシンに笑われるな」

 

いや、あの男の場合は怒るかもしれないな。全神経を緊張させなければならない場面で、そんな事を考える。
ジャスティスフリーダムは仕掛けてこない。
こちらが頑丈なデブリを背に守りを固めているのを見て躊躇しているのか。
宙域を見渡して、そう予想を立てる。しかしそれでは困る。
一刻も早くキラの援護に向かいたいアスランは、この戦いを早く終わらせなければならない。
さもなくばキラがラクスを手に掛ける事になる。
あのガラス細工の様に脆い親友に、そんな十字架を背負わせる訳にはいかない。
シンが聞いたら激昂しそうな考え方だが、親友としてキラを心配しての事だった。多少過保護ではあるが。
要するに、アスランはこの戦いに集中し切れずにいたのだ。
彼のミスの数々の原因はこれに起因する。
そしてまた、ミスを犯した。

 

「なっなんだ!?」
ナイトジャスティスが激しい震動に包まれる。
慌ててモニターに目をやるが、機体にダメージを受けた訳では無かった。
断続的な振動は、ナイトジャスティスが背にしていたデブリからだった。
デブリは激しい震動を起こした直後にひび割れ、遂には粉々に砕ける。
そこから突き出てきたのは、高出力の光刃。
アスラン自身よく知っているファトゥムの機首に装備された突撃用のビームサーベルである。
「ちぃっ!」
背後からナイトジャスティスを串刺しにする為に放たれた無人兵器は、
しかし事前の振動で機体を動かしていたアスランを殺す事は叶わなかった。
ナイトジャスティスは飛び出して来たファトゥムの機首を腕を上げて脇に通すと、
手にしていたトツカノツルギを逆手に持ち直しファトゥムに勢い良く突き立てた。
一瞬紫電に包まれたファトゥムが爆発する。しかしそれはただの爆発では無かった。
砕けた無数のデブリが、爆発によって辺りに吹き飛ぶ。それはまるで巨大な手榴弾だ。
無数の散弾と化したデブリが、容赦無くナイトジャスティスを襲う。
頑強なアーマーに覆われたナイトジャスティスは然したるダメージを受けない。
しかし、背負っている巨大なバーニアはその限りでは無かった。
無数のデブリに蜂の巣にされたバーニアが更なる爆発を起こす。
背後からの爆風に煽られて制御が効かないナイトジャスティスに、今度は正面からの衝撃が襲う。
シールドを構えたジャスティスフリーダムがこの機を逃すまいと突撃してきたのだ。
迎撃も回避も出来ないナイトジャスティスは、正面からの衝撃に
左手に保持したトツカノツルギを取りこぼした。

 

「くそっ、なんて馬鹿なんだ俺は・・・!」
歯を食いしばりながら自分を罵倒する。
ミネルバのメインエンジンを易々と貫通するファトゥムなら、デブリ越しに攻撃出来る事ぐらい分かる筈だ。
その存在を忘れてデブリを背に背後への警戒を怠った自分は、どうしようもない馬鹿者だ。
バーニアを吹かしながらナイトジャスティスに組みつくジャスティスフリーダムが
ビームサーベルを振り上げる。
しかし、メインバーニアを失って身動きが取れないナイトジャスティスを斬り裂こうとした一撃は、
寸での所で防がれた。
振り下ろされたビームサーベルの柄を、それを保持するジャスティスフリーダムの右手ごと受け止めたのだ。
予想しない事に、ジャスティスフリーダムの動きが一瞬鈍る。
その隙に馬力に物を言わせて右手を握り潰した。
腕部に強化バッテリーを搭載したナイトジャスティスだから出来る芸当である。
それの事態に焦ったのか、ジャスティスフリーダムが加速した。
更にキツくなったGに、歯を食いしばるアスラン。
しかしその苦痛は、次の瞬間には終わっていた。
先程砕けたデブリとは比にならない程巨大な、資源採掘途中のデブリに衝突したのだ。
「がはっ!!?」
前からのGに耐えていたアスランにとって、後ろからの突然の衝撃は致命的なダメージになった。
激突による衝撃がダイレクトにアスランを襲う。激痛に視界が霞む。
いや、視界が霞むのは激突の衝撃で吐いた胃液のせいでもあった。
朦朧とする意識の中で、どうやらデブリに叩き付けられたらしい事だけは分かった。

 

終わりだ

 

モニターに移るジャスティスフリーダムが残った左手でビームサーベルを抜く。
その姿を認めても、体が言う事を聞かない。
アバラも何本か折れた様だ。しかし、耳だけは何故か冴えていた。もう一人の自分の勝利宣言が聞こえる。

 

この戦いも、お前の偽の人生も

 

耳が動いても脳は未だはっきりしない。しかし、そんな脳でも彼の言葉の一部を正確に認識した。

 

―――偽の人生―――
その言葉は、容赦無くアスランの脳を、体を叩き起こした。覚醒した脳が、目まぐるしく思考する。

 

―――俺の人生が偽物だと?―――
激しく痛めつけられた腕が動く。

 

―――キラと親友になったのも―――
足も動いた。

 

―――カガリに恋をしたのも―――
操縦桿を握る。フットペダルにも足が乗った。

 

―――父を見捨てたのも―――

 

ゆっくりとビームサーベルを振り上げるジャスティスフリーダムが目に入った。
それに反応して、ナイトジャスティスにトツカノツルギで迎撃する様に操作する。
しかし、ナイトジャスティスは身じろぎをしただけで、動作を実行しない。
無駄だぞ。お前からは分からないだろうが、その機体はもう動けない
冷たい声が、アスランの耳を叩いた。彼の言う通り、ナイトジャスティスは身動きが取れない状態であった。
資源採掘用にデブリに設置されていた機材が、ナイトジャスティスの右腕に絡みついていたのだ。
しかし頭に血が上ったアスランにはそんな事は関係無い。

 

「・・・俺の・・・」
んっ?

 

微かにスピーカーを震わせたアスランの声に、クローンであるアスランの手が止まる。

 

「俺の人生は・・・俺の記憶は、俺の物だ。ハイネを裏切ったのも・・・シンを裏切ったのも!!
 他の誰のでも無い、俺の罪だ!貴様なんかにはやれない!!!」

 

叫んだアスランは操縦桿を我武者羅に動かす。
もがく様に動くナイトジャスティスに、ジャスティスフリーダムがビームサーベルを振り下ろした。
コクピットを狙った斬撃は、しかし焦っていた事もあって滅茶苦茶に動くナイトジャスティスの
左肩を切り裂くに留まる。

 

「カガリを、守るんだ・・・自分を一人だなんて言う貴様に、負けて・・・たまるかっ!!」

 

既に機体も体も死に体である。しかし生への執念が、ナイトジャスティスを動かしていた。
その執念の中に、ビームサーベルを振り下ろしたジャスティスフリーダムが見たのは、
先程自分が斬り裂いたナイトジャスティスの左足。脛の装甲が斬り裂かれ、内部が見える。

 

内部にも、装甲?

 

クローンのアスランは、ナイトジャスティスの中にIジャスティスが入っている事を知らない。
それが仇となった。
内部に見えるIジャスティスの装甲。そこにピンク色の光が走る。良く目にするその光に、彼は戦慄した。
まさか・・・!?
グリフォンビームブレイド。メサイア戦役にて、シン・アスカのデスティニーに止めを刺した兵器。
次の瞬間、それがジャスティスフリーダムの腰に真っ直ぐと蹴り上げられた。
焦ってビームサーベルを振り下ろしたジャスティスフリーダムにそれを回避する事は叶わず、
アスランの放った蹴りはジャスティスフリーダムを切り裂いた。

 
 

「ゴホッ・・・ゴホッ・・」
頭に上っていた血が冷めると、体が再び痛みを思い出す。
ヘルメットが煩わしかったが、指一本動かすのも億劫だ。
アスランの目の前には、ナイトジャスティスの最後の一撃を受けて
腰からコクピットを切り裂かれたジャスティスフリーダムが浮いている。
断末魔さえ上げる暇の無かったもう一人の自分は、どんな事を思いながら逝ったのだろう。
焼け焦げて真っ黒になっているコクピットを見ながら、そんな事を考える。
「しかし、こんな体たらくじゃキラの援護にはいけないな・・・」
視線だけ動す事で機体状況をチェックして、軽く溜息を吐く。
トツカノツルギとビームガトリング砲以外の武装は全てオフライン。
左腕も肩から先が無くなっていて、何よりメインバーニアが全損しているのが痛かった。
馬鹿デカいメインバーニアを使わなければ、この重い機体は鈍亀も良い所である。
こんな機体ではキラの足手纏いになる事は目に見えて明らかだ。
「ルナマリアは大丈夫だろうか・・・」
取り合えず救難信号を出して思考を切り替える。
思い浮かべるのはデスティニーフリーダムを相手にする事になったルナマリアだ。
シンについては全く心配しない。
今のシンは、昔の様な不安定さが無くなっている。彼ならキラにも勝てるだろう。
それに、自分が心配しても余計なお世話と怒鳴るだけなのが容易に想像出来る。
しかし、ルナマリアは別だ。黒い三連星が付いているとはいえ、
クローンの戦闘能力は本物と遜色無いレベルだ。
とうの昔に上司失格になっていると分かっていても、
意外と精神的に脆いルナマリアがシンを倒せるか心配だった。

 
 
 

必中の筈だった。
マーズ機の狙撃に合わせて、デスティニーフリーダムと鍔迫り合いを演じていたレイヴンが後ろに飛ぶ。
突然離れた敵機に、デスティニーフリーダムの動きが一瞬遅れた。
そこにマーズ機のビーム砲が撃ちこまれる。
回避の間に合わないタイミングである。狙撃に関しては門外漢であるマーズが放った完璧な一撃は、
しかしデスティニーフリーダムに当たる直前で掻き消える。
『なっなんだ!?』
狙撃用モジュールを覗きこむマーズが見たのは、左手をこちらにかざすデスティニーフリーダムであった。
その手に握られているのはレイヴンが操っていた筈のバレットドラグーンだった。
レイヴンが後退しようとした瞬間に、膝に装備されていた物が剥がされたのだ。
「あの一瞬で・・・」
彼らに驚いている暇など無かった。
手の中で暴れるバレットドラグーンをパルマフィオキーナで破壊したデスティニーフリーダムが、
空かさず長距離砲でマーズ機を狙撃し返したのだ。
狙撃用モジュールを覗きこんでいたマーズが懸命に機体を動かすものの、それは致命的に遅かった。
一直線に奔る凶暴な光に、手にしたガトリング砲ごと右腕が消し飛ぶ。

 

『マーズ!』
ヒルダはマーズが被弾した事よりも、その直後通信が拾った『ゴホッ』という湿った音に反応する。
今のマーズはアバラを何本か折っている為、内臓を守る物が少ない。
今の攻撃による衝撃で内臓にダメージが入ったとするなら、非常に不味い。
『大・・・丈夫ですよ姐さん。それより、アイツを』
被弾した直後で身動きが取れないマーズ機を、追撃のビームライフルが襲う。
空かさず前に出たヘルベルト機がビームシールドでそれを防いだ。
『とてもじゃないが大丈夫には見えないぜ。大人しく下がってろ』
『へっ、テメェだけには心配されたく、ねぇよ』
苦しそうだが、言い返す余力が残っている所を見るとまだ大丈夫そうだ。
ヘルベルトはそう判断して、眼前を小刻みに動きながらマーズ機を落とそうとする
デスティニーフリーダムに牽制射を浴びせた。
そこにレイヴンがビームハルバードを構えて突っ込む。
デスティニーフリーダムは、ヘルベルト機からの射撃を回避しながら、
難無くレイヴンからの斬撃をアロンダイトで受け止めた。
完全に死角を突いた斬撃が、あっさり受け止められた事にルナマリアは舌を巻く。
先程と同様に、動きが止まった所をビームライフルで狙おうとしたヘルベルトだったが、
デスティニーフリーダムがそれより早く動く。
予めそれを予測していたかの様に、空いた左手に握らせていたビームライフルで
ヘルベルト機のビームライフルを狙撃したのだ。
咄嗟にビームライフルから手を離し、爆発から機体を守るヘルベルト。
『なんなんだあの野郎、後ろに目でも付いてんのか!』
圧倒的な実力差の前に、ヘルベルトの顔にも焦りが滲む。

 

レイヴンに蹴りを入れて引き離したデスティニーフリーダムが再び黒い三連星に標準を合わせた。
光の羽を伸ばしながら、猛スピードでこちらに接近してくる。
ヒルダ機がビームライフルで、ヘルベルト機が弾数の少ない腕部グレネードランチャーを使って
弾幕を張るが、それを嘲笑うかの様にデスティニーフリーダムの接近速度は緩まない。
接近されるのが危険だとは分かっていても、ヒルダの直ぐ後ろには身動きが取れないマーズ機がいる。
退く訳にはいかなかった。
『部下はやらせないよ!』
『ヒルダっ!?』
ビームライフルによる射撃が無駄だと悟ると、
ヒルダ機は武装をビームサーベルに切り替えてデスティニーフリーダムに踊りかかる。
部下を守る為に決死の覚悟で振るった一撃は、VLを展開するデスティニーフリーダムの
分身を掠める事も叶わない。
代わりに速度を落とす事無く振るわれたアロンダイトに両腕の肘より先を斬り落とされた。
『あうっ!?』
無力化したヒルダ機を踏みつけ、更に加速したデスティニーフリーダムがヘルベルトとマーズに襲いかかる。
ヘルベルトも愛機にビームサーベルを構えさせて腹を括る。
しかし、彼のビームサーベルは振るわれる事は無かった。
彼らの前で、デスティニーフリーダムが何者かに突進を阻まれたからだ。
先程の蹴りからやっと追い付いたレイヴンが、ビームハルバードでアロンダイトを受け止めたのだ。

 

またアンタか!しつこいんだよ何度も何度も!!
こう何度も鍔迫り合いを演じていれば、短気なシンが苛立つのも無理は無い。
それに、彼はレイヴンを駆るのがルナマリアである事を知らなかった。
馬力任せにデスティニーフリーダムがジリジリとレイヴンを押しやる。
結ばれた光刃同士が、更に激しい火花を散らせた。
『させるか!』
その様子を黙って見ているヘルベルトでは無かった。
鍔迫り合いを演じる二機の横に回り込むと、デスティニーフリーダムを貫こうとビームサーベルを突き出す。
しかしそれに素早く反応したデスティニーフリーダムが機体を反らして光刃を回避し、
突き出した右腕を左手のパルマフィオキーナで破壊する。
『くそっ!』
「ヘルベルトさん!」
一瞬気が逸れたデスティニーフリーダムに、手動操作でバレットドラグーンをぶつける。
予想外な位置からの衝撃によろけるデスティニーフリーダムを、膝蹴りで思い切り跳ね飛ばした。
「みんなは下がっていて下さい!後は私が・・・!」
体勢を立て直したばかりのデスティニーフリーダムに体当たりを決める。
自慢の大型バーニアを吹かし、そのままデスティニーフリーダムを引きずっていく。

 

『情けないね、歳下に戦力外通告されるなんて』
みるみる小さくなる二機を見ながら、ヒルダが溜息を吐く。
事実、黒い三連星の機体は最早戦力として通じる物では無かった。
ヒルダ機は両腕を破壊され、ヘルベルト機も右腕と武装を破壊されていて、攻撃手段を持たない。
マーズは既に戦闘に耐えられる体では無かった。
『だが、あの嬢ちゃんに全て任せるってのもダサ過ぎるってもんだ』
そう言ったヘルベルトが、マーズ機から武装を引き剥がした。
『おい、テメェ何を・・・』
『なに、こんなオンボロでも、少しは援護になるかと思ってな』
『ヘルベルト』
ヘルベルト機が引き剥がした武装にマーズの目が丸くなる。ヒルダも同様だった。
『良いじゃねぇか。この前の戦闘ではマーズが漢を見せたんだ。今度は、俺が漢を見せる番なのさ』
そう言い残すと、ヘルベルトが駆る満身創痍のゲルググイレイザーが、
既に小さい光点となった二機を追う為バーニアを全開にした。