宿命_第08話

Last-modified: 2007-12-27 (木) 00:18:28

「取り敢えず戻ろう、それで、あいつらの事を聞かなきゃ・・・」
先ほどはやての部屋に出てきた、謎の四人組にも、話は聞かなければならない。
クルーゼの言葉を聞く限り、ムウの存在は知らないようだった。
ムウの言うとおり、クルーゼは何かをたくらんでいるようだった。
プレシアの墓荒らしと言う事は・・・
そんなふうにシンは今後のことを考えていた。
でも、今に目を向けなければならないと、シンは気づいた。
(また、魔力が暴走してる・・・)
暴走と言えど、今まではあふれ出てくる魔力が煩わしい程度だったが、
(抑えきれない!?)
原因は何か、結局まだ分からずに、転送魔法を準備する。
その最中に気づいた。
本日二度目の、暴走である事に。
(確実に、スパンが短くなっていってる・・・)
それが何を意味するのか、今は考えたくも無かった。

時空を転送したシンの前には、今までと違う景色が広がっていた。
魔力が高まりすぎて、遠くへ飛びすぎたのかもしれない。
そこは、傀儡兵が、壊れたデバイスが、他にもいろいろなものが、ごみの様に打ち捨てられていた。
「いいえ、これはごみそのものですよ」
シンの後ろからは、どこか優しい声が聞こえてきた。
「ここにあるのは全て、時間の流れの上に必然的に生まれる、『無くなれないのに有ってはいけない』ものなんです。
 あなたのようにここに魔力だけで飛んでくるのは、普通は不可能なんですけど・・・」
「あんたは?・・・どうしてここに?」
シンは振り向いて、青年に尋ねた。

シンよりは大人だろうが、それほど年齢的な差は見られない、優しい瞳の青年だった。
「僕は死後、人と人の憎しみの中に生き続けた人間です」
「憎しみの、中に?」
「そう。あなたにも居ませんか?
 そういう『もう死んだのに忘れられない人間』とか、他にも『殺しても殺したり無い相手』は?」
後者は今は居ないけど、シンには前者なら沢山居た。
「俺は、戦時下に生きていたから・・・」
「そうですか・・・僕もです。
 それで、そういった私怨は正しく発散されないと、幽霊のような存在になるんですよ。
 僕はとある人間達の私怨の中に生きていたから、そういう存在になった」
「そういう存在も、ここに来るのか?」
「殆どはすぐに消えてしまうんですけどね、僕は少々毛色が違ったんです」
「どういうことだ?」
「僕はあなたと同じく何故か魔法が使えました。
 そしてここにある打ち棄てられたデバイスから、自分用の物を作り出したんです」
といって、漆黒の鍵盤の一部を見せてくれた。
「思い出の品なんです。
 似せて作っただけですけど、僕の使ってたピアノに出来るだけ質を近づけたものです」
思い出の品、そう聞いて、シンも自らのデバイスを取り出す。
ここに詰っているものは、今はもう、シンを苦しめはしなかった。
それを見て青年は、シンにある事を持ちかけた。
「そのデバイス、僕が診て見ましょうか?
 どうもそのままでは使えないように見えるのですが・・・」
シンは彼の言っている事が事実であると良く分かった。
実際、自分もこのデバイスをどうすればいいか分からなかったから・・・
「これでも自分で作り出したんです。
 ある程度は詳しいつもりですよ?」
暇つぶしでしたけど、と付け足してそういった。
「なら頼んでいいか?」
本当は今にでも帰りたかったが、ここまで来た所為で魔力がもう残ってなくて、どうせ時間が有る。
それに、帰った後のことを考えると、これは必然かもしれない、そんな思いもあった。

デバイスを渡して、今いる世界を見渡してみた。
どこか灰のかかった様な、寂しい空間。
ここに長い事いることは、自分には酷く苦痛だろうと思った。
(あの人は、こんなところにずっと居たんだよな・・・)
先ほどの青年はシンに特にこの世界の不満を言いはしなかった。
が、元々住んでいた場所に比べれば確実に劣る世界だろう。
戦争ができると言うのは、絶対的に孤独ではないと言う事だから・・・

他人を憎しみや後悔の念に取り付かせたものが来る場所。
それが、鍵盤のデバイスを持つ青年が思う、この世界の存在の定義だった。
そんな悲しい世界には、少し前、少女が一人いた。
その少女は兄を怨みの中に捕えて、この世界に来た。
今弄っているデバイスは、その少女の持ち物を自分が改造したものだった。
少女が少しでも生き永らえるのにはそれが必要だった。
「そっか、マユちゃんはお兄さんに会えたんだね・・・」
先ほどの赤い瞳の少年が、恐らく兄なのだろう。
青年にはマユの事を知るつもりは無い。
それは恐らく、その少女の最後を聞くことになるだろうから。
そんなものは必要ない。
この世界にやってきて、この世界で生きながらえるためにデバイスを作った自分であったが、やはりもうわずらわしい事を考えたくなかった。
それが、戦時下に死んだ人間の思うところだった。
生きたり無いとは思えど、これ以上人生を送りたいとは、どうしても思えなかった。

青年は自分の施したデバイスの機能を思い出しながら弄り、少しだけ改善してみた。
しかし、デバイスの中にもっとも重要な部分が欠落している事に気づいた。
「ここが無いと、とてもデバイスとしては・・・」
なので、出来うる限りの改善をした後、少年が戻ってくるのを待っていた。

この灰色の世界に、飛んできた理由。
そんな事も、関係があるのだろうか?
あの、仮面の男に・・・
ムウの言葉を思い出し、シンは何処までが偶然なのかを測りかねていた。
クルーゼとの邂逅は、果たして魔力の暴走と関係があるのか、そんな事も、シンには分からない。
「そろそろ戻るか・・・」
遥か広がる彼方へ足を向けては、もう戻ってこれないかもしれない。
そう考えると、何処と無く恐くなって、シンは少々足早に先ほどの場所へ戻った。

「あ、お帰りなさい」
「あぁ、別に家ってわけでもないけど」
「それもそうですね」
シンが戻ってみると、先ほどの青年はここが家のような受け答えをした。
いや、もう既に彼にとってはここは家なのかもしれない・・・
「それで、デバイスの事なんですけど、中枢記憶機能が抜けてるみたいですね・・・」
早速青年が本題に入った。
そしてこれまた早速シンには聞き覚えのない単語が含まれていた。

「中枢記憶機能?それがないとどうなるんだ?」
「それはデバイスの武器化などの際に必要になるもので、ないと武器化は出来ませんね。
 また、インテリジェントタイプでは稀にこれがないとインテリタイプとして機能しない場合も有ります」
「えっと、要するにこれは使えないのか?」
もう何がなんだか分からなくなってきたので、直接聞いてみた。
シンがかつてプレシアの元で学んだ際には、流石にこんな事までは覚えていない。
あれはそもそも深層にある記憶へのコンタクトが目的だったため、深い知識ははっきり言って必要なかったのだ。
「このままでは使えませんが、このデバイスは形状的に何処が不足しているのかが分かりやすいから、それさえ何とかできればいいと思うんですが・・・」
「それって、何の事だ?」
シンは聞いてばかりであることを自覚はしていたが、流石に『それ』では推測の試用もない。
「携帯電話ですからね。既存の以外にデータ関連となると、やはりメモリースティックでしょうか?so○y製ですし・・・」
つまり、マユに渡されたときはメモリースティックが入っていたと言う事になる。
それがクルーゼからシンに渡る時にはどこかへ行っていた、のだろうか、タイミングはいまいち分からない。
あの時、シンを助けたときに消失してしまった可能性もある。
「無くなったとしても代わりのものでもあるといいんですけど・・・
 魔力を含んだ現代の記憶デバイスなんて、そうそうありませんから・・・」
しかもメモリースティック限定となれば、探し出すのは不可能に近い。
「まぁこういうのは必要になれば手に入るものですから」
「・・・は?」
「人が必要と強く思えば手に入る、魔法って、そんな感じの言葉に思えませんか?」
なのはやフェイトの決闘を見る限り、とてもそんなファンタジーには思えないが、
「そういえば、これ・・・」
シンは自分のポケットに入っている、クルーゼに渡された薄っぺらいものを持ち出した。
「それは、魔力を持ってはいないみたいですね」
言われた通り、シンもこれに特殊な魔力は何も無い事は知っていた。が、
「何で・・・」
それは携帯電話にはまった。
そしてそのまま、高質量の魔力を発し始めた。
「これ、は・・・?」
いままでデバイスを弄くっていた人間でも、これは予想外だった。
「new master confirmed. 」
携帯電話からはそれが出すにはそぐわない、流暢な英語を発した。
「Using language,confirmed.
 Japanese.」
一旦発声を止め、
「マスター、お名前を」
携帯電話は、変わって今度は流暢な日本語で、そういった。

「俺の名前って事か?
 俺は、シン・アスカだ」
「へぇ、シンくんって言うんですか」
デバイスに名乗ったのに別の場所から反応が返ってきた。って、
「そういえば名乗ってなかったな。
 改めてよろしく頼む」
『よろしく』なんて言葉をさわやかに口に出来る事を、やはり喜ぶべきなのかもしれない。
ここに来てシンは改めて、自分の性格が目の前の青年程ではないものの、柔らかくなってきている事を自覚した。
「僕はニコルです。
 まぁ、僕のことは置いといて、そちらのデバイスに登録したほうがいいですね」
「登録?」
シンの質問には、
「はい。名前をつけてください」
デバイスが答えた。
「初回の起動時に名前は付けましたか?」
「いや、それがつける前に失くなったから・・・」
と言うか、後一歩でつけれたのだ。
頑固なインテリだった所為でそれは叶わなかったが・・・
「でしたら、デバイスと他に別途、基礎となる名前が必要ですね」
シンが頭にはてなマークを浮かべていると、
「人間で言う苗字のようなものです。
 それにプラスしてそのメモリーのみの名前があったほうが便利ですから」
さらにニコルが補足を付け加えてくれた。
別につけなくてもなんら問題はないそうだが、
「メモリースティック毎に性質は変わってきますからね。
 そのときのために名前は決めといたほうがいいですよ」
一つ、今もっているのとは別に知っているのがある以上、決めておいたほうがいいのかもしれない。
「取り敢えず起動してみませんか?
 そのほうが、しっくり来る名前が思いつくかもしれませんよ?」
「そうだな、頼む」
「Yes, sir.」
こういうときは本来の語調に戻るのだろうか、一瞬日本語じゃなくなった。
そして、一瞬の閃光と共にデバイスの真価が顕になる。

バリアジャケットの色は白、青、赤を基調に、それと所々に他の色。
武器はハンドガンとナイフ型の魔力放出機。
「なかなかカッコいいですね」
とは、ニコル談。

「どうでしたか?」
「すぐに決まった。
 逆に悩むべきなんじゃないかと悩んでしまうくらいにな」
デバイスを元の形体に戻し、
「そうですか」
まるで自分のことのように喜んでいるニコルに向き直った。
「こいつの名前はフォースだな。
 携帯電話の名前はインパルスだ」
意気揚々とシンが言うと、
「了解しました」
デバイスは納得したようで、
「カッコいい名前ですね、何か元が有るんですか?」
ニコルには核心を突かれたが流しておいた。

デバイスが覚醒して、気づく範囲での変化が二つ。
一つは、無尽蔵なまでに流れていた魔力が収まった事。
これでもう暴走はしないだろう。
もう一つは、関連して名前を聞いた事に由来するのだが、どうやらニコルは同じ世界の人間なのらしい。
ピアノを大切にしていた、少年の話は今もZAFT内でたまに語られる事があったのだ。
それは、大戦のさなか、二人の少年が戦う事への矛盾を見出した、運命の瞬間の話であった。

「そうですか・・・そんな事になってたんですね・・・」
シンはその話を、少し迷ったがニコルに話した。
「まだ怨んだりしてますか?」
シンはニコルに質問をした。
その質問こそが、シンのもっともしたかった事かもしれない。

ニコルは驚いたような顔をして、答えた。
「怨む怨まない以前の問題です。
 僕もナチュラルを何度も手にかけてきました。
 アスランが僕のことをどう評価していたとしても、相手から見ればそれまでの事なんです」
かつてアスランはカガリに言った。
ピアノが好きで優しいただの少年。優しさゆえに護るために戦って死んでいった。
そしてカガリは同じ事を言い返した。
危なっかしいキラ、すぐに泣くような少年。
「皆生きるために必死だったんです。
 でも、だからこそ、平和の国の人間は広く情勢を見渡せていたのでしょう。
 そして同様に、戦いから遠ざけられ続けていた温室育ちの歌姫のみが、戦いの無意味さをただ貫き通せたんでしょうね」
周りから見ればただの道化、それが、エターナルの存在だった。
「怨んでないわけでは、勿論有りませんが、それでも僕はこれでよかったんだと思います。
 死んでしまったけれど、死んでしまったからこそ、こういう考えが出来るのでしょうね」
残された人間はそうは行かなかった。
名将とされたイザークは、ただ一人になってしまったことに苦悩し、盟友の言葉に素直にはなれなかった。
そしてシンは、マユの敵を怨み続けた。
その代償はこの世界に来て現れた。
最愛の妹の死ぬ姿を、この目でもう一度見る羽目になったのだ。
「怨んだら、いけないのか?」
それは単純な質問だった。
「答えかねますね。
 怨むのは心が綺麗でないとかも考えられますが、僕には人を怨まないのは無理です」
そう、それは当たり前。
それでも、それをシンは確認したかった。
(それなら、あの人たちは何なんだ?)
確認するとまた、そういうものを超然していたキラたちの存在に並々ならぬ違和感を感じ始めていた。
(もっと詳しく知りたいな・・・)
あの戦争のことと、あの時そういった感情を捨てる事の出来た人たちのことを・・・