機動戦士ΞガンダムSEEDDestiny166氏_第09話

Last-modified: 2008-11-03 (月) 22:46:22

マハムール基地付近、荒野(現在)

 
 

「おおおっ!」
頭上から重力加速も付けて突っ込んで来る、オレンジ一色のグフイグナイテッドの手元から繰り出された〝鞭〟が、鋭く延びて斜め下のメッサーを襲う!

 

「ちぃいッ!」
トリッキーなその攻撃の厄介さに舌打ちしつつ、ロッドは脚部のメイン・スラスターを吹かして斜め上空へのジャンプで自機を跳び退さらせつつ、左腕に持つシールドの下から伸ばしたビームサーベルでスレイヤーウィップのその先端を払いのける。

 

そして互いに着地した二機は再び睨み合う。
「まったく、なんつうデタラメな動きをするんだよ……!」
「流石はザフトの誇るフェイスだな、この動きはアスランともタメを張れるぜ……」
互いに息を上がらせ気味になりながら、相手の技量を認めた呟きを漏らす。

 

先程から始まった、ハイネ・ヴェステンフルスのグフイグナイテッドとロッド・ハインのメッサー七号機との「一騎打ち」は、互いの実力伯仲の格好による大一番となっていた。
対決を見守るハイネ隊、ミネルバ隊両方の面々とも、食い入るように戦いを見つめているし、
彼らに比べれば余裕はあるものの、マフティーの面々もまた、この好勝負の行方を見守っていた。

 
 

戦いを共にする者同士の「顔合わせ」として、どうだ?
と言うハイネからの提案を受けて頷いたアスランが、打診したマフティー側の快諾も得て実現させた。
ミネルバ側とハイネ隊の合同訓練を行っていたわけだったが、自他共に認めるザフト屈指の精鋭部隊である筈のハイネ隊がマフティー相手にはやはり圧倒され、
せめて意地を見せんと、隊長にして最高のパイロット技量の持ち主であるハイネが一対一の対戦を希望し、代表で出てきたロッドのメッサーとの激しいやり合いを繰り広げていたのだった。

 

と、対峙になっていた状況が動いた。
先に仕掛けたのはロッドの方。メッサーの右手に腰後ろからヒートナイフ付きビームソードアックスを構えさせると、グフへ向けて一気に機体を駆けさせる。
迎え撃つハイネの方も、グフの右手にテンペスト・ビームソードを抜き放たせると、腕部に固定装備の4連装ビーム砲ドラウプニルに連発で火を吹かせた。

 

接敵をしきる前に足下に火線をばら撒かれる格好になったメッサーは、とっさに左にと飛び退いてそれを回避する。
だが、そうさせるのがハイネの目的だった。

 

そこへと左腕のシールドを前にと突き出してグフがタックルをかける。
「ぐおっ!」
衝撃に呻くロッドの苦鳴と共に、ショルダーブロックをまともに喰らって吹き飛ばされるメッサー。
U.C.から来たMSがC.E.のMSに対して持っているアドバンテージの一つである(圧倒的な運動性を担保する)軽重量さが逆に不利となる、唯一の状況。
それをまんまと作り上げて見せる辺りが、ハイネの技量の見事さだった。

 

「貰った! ぐっ!?」
勝利を確信し、両腕で下向きにテンペストを振り上げたハイネの声が、だが直後に機体への衝撃と共に揺れた。

 

グフのタックルを浴びて地面にと倒されながらもロッドも反撃を試み、とっさに繰り出した回し蹴り――スラスター噴射で加速も加えていた――でグフの足を刈りに行っていたのだった。
転倒まではさせられなかったものの、その衝撃でグフの機体をよろめかせ、反撃の構えを取る時間は稼ぎ得た。

 

立ち直って改めて突き下ろされるテンペストの切っ先がメッサーの機体の寸前で停止した時には、
倒れたまま左手にと構え直されたメッサーのビームライフルの銃口が、グフの機体へと突きつけられていた。

 

「相打ち、だな……」
対峙している2人も、そして周囲で見守っていた他の者達も、異口同音に呟いて。その勝負は終わった。

 
 

「いやあ、お見事お見事。相打ちがやっとだとは、マジでお手上げですよ」
戦闘への集中を解いて、普段の彼の持つ良い意味でのフランクさで相手の技量を認め、素直に讃えるハイネ。
その声は本気を出せたと言う心地良い気分が感じられる、爽やかなものだった。

 

勝った! と思ったんですがねぇ……。
メッサーの機体へとグフの右腕を差し出しながらそうぼやいて見せるハイネだったが、その口調には「ナチュラルごときに!」と言った類の悔しさの発露は微塵も感じられなかった。

 

相手のフェンサーの方も息を整えて、返す。
「先に言われてしまったが、それはこっちのセリフ。流石はザフトの誇るフェイス。見事にやられたよ、ヴェステンフルス隊長」
彼もまた、満足そうにハイネの技量を称える。
そして差し出された腕に掴まって、倒れたままのメッサーの機体を引き起こした。

 

握手の格好で並んで立つ2機のMSの姿は、夕陽を背にして、まるで互いに健闘を称え合う人間の姿を描いた一枚の絵画の様で、
この日の合同訓練の末尾を飾るには相応しい情景の様にも思われた。

 
 

今日の訓練では、事情があってミネルバ側には本来いるべきアスランとセイバーガンダム(改修完了後の初お目見えでもある)の姿を欠いていたのだが、
ザフト側には同じフェイスのハイネがいたし、マフティー側からは総帥ハサウェイのΞガンダム以下の全機が参加すると言う事で、問題なく挙行されていた。

 

『今日の連携しての動きは良かったな、レイ。あれが、君達の元々のチームプレーの格好なのか?』
母艦へと引き上げる途中で、ギャルセゾン上に載ったザクファントムへと並び駆ける様に飛来したΞガンダムが、通話用のワイヤーを飛ばして来てそう尋ねて寄越す。

 

『ええ、一応は』
苦笑気味に答えるレイ。
アカデミーから3機チームを組まされ慣れて来てはいた、シン、ルナマリアと彼とのトリオだったが、まがりなりのもその「形」が出来上がる様になるまでの経緯は決して簡単なものではなかった。
それで察したらしく、ハサウェイからも苦笑の雰囲気が伝わって来た。

 

その主な原因は?と言えば……まあ、言うまでもない事だろうが、
そうであればこそ、その彼ら3人の今日の「動き」を当時の様子を知る者が見れば間違いなく驚いたことであろう。
それ程に、この日の彼らトリオの連携は見事なものだった。

 

この訓練に、自分から「出させて貰います」と言ってパイロットとして復帰して来はしたシンだったけれども、やはりその動きは本来の彼のものではなかった。
しばらく乗っていなかった事へのブランクも当然ながらあるだろうが、それ以上に先日の会戦でもって痛い程に思い知らされた事に対しての〝悩み〟はまだ、晴れてはいないと言う事なのだろう。

 

しかし、それはある意味で皮肉な話なのだろうが、そうやって〝抑制的〟に――と言うよりは、迷いを抱えたまま――戦っていると言う事が、他の仲間達との連携と言う意味ではむしろ良い形で出ていたと言う事だった。

 

『良かった様な気もする反面、シンがちょっと気がかりにもなるが……な』
『はい。ですが、大丈夫だと思います』
口に出しては言わない部分まで、ハサウェイの考えている事は何となく察せられて、レイはそう返す。

 

『ルナマリア、か……?』
『はい』
逆に今度はレイの意を察して尋ね返すハサウェイに、その通りだと首肯してみせるレイ。

 

ブリーフィングルームやラウンジ、食堂等で目にする二人の姿――何だか姉の様に細かい部分でシンの世話を焼いてやっているルナマリアと、そんな彼女を以前よりも明らかに傍に寄せ付けているシン――には、
明らかに互いの仲がそれなりの進展を見せた事を傍目にもうかがわせ、それはこうしたMSに乗っての共同行動時にも、その動きにそのまま現れていた。

 

元々、シンの技量そのもの自体が高いのは誰しも認める所ではあったのだ。
よく言えば抑制的に、悪く言えば消極的にしか動かないと言う姿が、連携してチームで動くと言う場合には見事にマッチしたのだと言う事なのだろうが、
そうなった経緯は察せられもするので、マフティーの中の良くも悪くも口さがない連中もあえて誰も、実際に口に出して言おうとはしなかったのではあるが、
「なんだ、シン。もう尻に敷かれてるのか?」
と言う様な感じには、内心では思ってはいるのだった。

 

『まあ、まだ断言は出来ないだろうが、兆候としては悪くないかも知れないな』
そう言いながらハサウェイは、(友達想いだな、レイ)と、内心で呟く。

 

『そう願っています』
口に出された言葉に対してはそう答えながら、同時に〝感じた〟ハサウェイからの「声」に対しては応えられないレイだった。

 

彼に対しては、ある意味ではかつての「ラウ」に対して寄せていた以上の信頼感を日々強くしつつあると言うのに、
未だになお自分の背負っている〝運命〟の事を打ち明ける踏ん切りが付いてはいない。

 

なにも悩みを抱えているのは、シンだけでは無かった。

 
 
 

インド洋上 ミネルバ艦内(インド洋会戦後、航海中)

 
 

ミネルバの乗員達は俗に「反省室」と呼んでいる、兵員輸送や有事の民間人避難民の収容に用いる事を想定した予備船室区画の一角。
未だその本来の想定用途には用いられた事はないそこは現在、営倉――鉄格子の独房――に入れるまでには至らない、やや程度の軽い懲戒対象者を放り込んでおく為の〝個室〟として使われていた。

 

そのエリアの一角の廊下に立つルナマリアは、先程からずっと逡巡を繰り返しながらその内の一室の扉の前にと立っていた。
シンは今、この部屋の中に入れられている。

 

インド洋入り口での遭遇戦と、その渦中に発見された地球軍前進基地への攻撃の独断専行を問責され、
本来なら営倉入りになっていてもおかしくない所であったシンだったが、
インパルスガンダムにモニターされていた戦闘記録から、少なくとも基地の破壊に関しては、明らかにブルーコスモスシンパである地球軍守備兵達の友軍兵(ストライクダガー隊)への私刑攻撃を目の当たりにし、更には自機への攻撃も受けて反撃していたのだと言う事実、
それに彼のその〝暴走〟の引き金ともなった、地球軍兵士による民間人への虐殺行為等も確認された為、酌量の余地はありとして、懲戒の程度は軽減されてそういう扱いとなっていたのだった。

 

※別な事情としては、会戦の後始末の初動を終わらせ、以後の住民への支援活動はカーペンタリアから呼び寄せたザフトと大洋州連合軍へと引き継いでマハムールへの航海を再開したその後に発見され、投降して来た少数の地球軍兵
――空戦で撃墜された乗機から脱出した、あるいは損傷しながらも付近の小島に不時着出来たパイロット達(後者はMSごとだが)――が、捕虜となってそちらに収容されていた為、一緒にするのを避けたと言う部分もあるのだが。

 

もっとも、その〝温情の措置〟は当のシン自身にとってはどうでも良い事だったであろう。
戦闘とニーラゴンゴの救助活動が一区切り付いた処で、一旦ミネルバへと帰艦して必要最低限の補給だけを行ったザフトとマフティーのMS隊は、休む間もなく地球軍前進基地の在った小島へと上陸し、
救護班や情報科の隊員達と共に、破壊され尽くした基地内の瓦礫の撤去と、その中に埋もれた人達の救出作業に従事した。

 

それは、今次の戦争で初めて戦場に立つ事になった、多くの若いザフトの将兵達にとっては辛い経験となった……。
破壊され尽くした瓦礫の山の中から見つかる、無惨な有様――瓦礫に押し潰され、あるいは爆風に引きちぎられた肉体のパーツや、業火に焼かれ人型の炭と化した人体と言った具合に――である遺体の数々を見つけだして行く作業には、当然の反応ながら嘔吐を催す者達が続出した。

 

そして、そうして〝一部なりとも〟(文字通りの意味で、だ……)が見つけだされた肉親に対しての、残された家族達の嘆きの声が、耳をつく。

 

敵であった地球軍将兵達が遺した数々の遺留物――情報収集の為に回収を行った物の中に含まれた私物――から垣間見える、ごく普通の〝人間〟としての彼らの顔、
家族や恋人の、あるいは自身も一緒に移った写真や、それを入れたロケットなど、あるいは戦地からの家族への手紙やメール――差し出される事のなかった、あるいは永遠に書き掛けのままになった、彼らの声無き肉声の数々を。

 

そう言った「戦いがもたらす現実の一面」を否応なしに目にさせられて……。
それまでほとんど考える事が無かった〝現実〟と言うものの姿に、その重みに、初めての出征をしている若い世代のザフト将兵達は改めて絶大な衝撃を受けていた。

 

前の大戦に出征したアスランが、フェイスに再任しザフトの一員へと戻って改めて着任したミネルバで、ルナマリアにオーブ沖での戦いの話を聞いた時、
「ええ、大丈夫。〝みんな無事〟ですよ」
と、あっけらかんと笑う彼女を見て、年齢の差自体はさほど無いにも関わらず、
今次の戦争に初めて出征した「〝若い世代(無論、比喩的な意味でだが)〟の彼らの感覚」の中に、戦争をしていると言う自覚がほとんど感じられないと言う事実に密かな驚愕を抱いたと言う、
ハサウェイ達が後でアスランから個人的に聞き、相談された話も、もはや過去の物となりそうではあった。

 

――無論のこと、アスランが漠然とした危惧を感じたそういう〝無意識〟は、決して彼らの責任に帰せられるべきものではなく、
端的に言えばそれまでの教育体制そのもの――ひいてはプラントの、コーディネーター達だけで構成される社会が長年に渡って育て、内包してしまっている無意識的な感覚の歪さそのものだったろう。

 

故に、遅まきながらもデュランダル議長がその様な旧弊を改めようと言う難題に挑んでいると言うのは何も、単なる綺麗事や理想主義と言うのだけではなしに、
普通に政治的なセンスや視野を持っていれば、もはやそれが放置しておけない危険水域――どげんかせんと、本当にプラントには未来が無い――と言える様な所まで行ってしまっていると言う事でもあったのだ。

 

そしてそれはルナマリアに取っても同じ事だった。
彼女自身もまた、戦争と言うものの現実を改めて見せ付けられた衝撃を抱えながら、だからこそシンの事が気になってこうして来ていたのだった。

 

部屋の扉の脇にある差出口の上では、全く手が付けられてない配膳がすっかり冷め切っていた。
それを確認して、ルナマリアはふぅ…と一つため息をつく。

 

「シン、全然食べずに呆けてるみたいだよ」
と、たまたま非番時間が重なったコンパート内で妹のメイリンがこっそり教えてくれた、聞いた話の通りの様だった。
メイリンも、ザフトアカデミーの同期の仲間として、彼女は彼女でやはりシンの様子を心配していたのだ。

 

「…………」
なおもしばらく逡巡する様に佇んで、そしてルナマリアは「よし!」と一つ呟くと、
レイが教えてくれた(無論、これもこっそりとだが)部屋の扉の解錠コードを打ち込んで、室内へと足を踏み入れた。

 

「シン?」
ベッドと作り付けのデスクがあるだけの薄暗い殺風景な部屋の中、そのベッドに腰掛けたままのシンがいた。
部屋に入って来た自分に声を掛けられて、ようやく一瞬だけこちらを見上げるシンだったが、すぐにまた顔を壁向きへと戻してしまう。
そのあまりにも痛々しい虚ろな表情に、ルナマリアは絶句する。

 

彼女の知っているシンの顔では無かった。
青白く、途方にくれた子供の様な表情〈かお〉――あの生意気で、いつも不機嫌そうで、そして時折一人寂しそうにどこか遠くを眺めている、そんなシンはどこにもいなかった。
どういう由来の代物なのか、ピンク色の携帯電話をその掌にきつく握りしめたまま、シンはただ虚空を見つめていた。

 

そんなシンの姿に居たたまれない様な気分になって、何かを口にしようとするルナマリアは、
「あのね……」
と、そう口を開いた後で、何を言えばいいのか?と言う事に思い至って戸惑った。

 

「何も食べてないんだって? みんな心配してるわよ……」
などと言う、自分でも「わざわざやって来て言う事?」と、つっこんでしまう様な事を口にしてしまって、
(違う、あたしはこんな事が言いたいんじゃなくて!)
ルナマリアは自分自身へのもどかしい思いで、一人苛立つ。

 

だが、そんな彼女の言葉を聞いている様でその実聞いていない――と言うより、聞いてもその内には何も響かせないと言う方が正確だろうが――シンは、思いがけない一言を返して来た。

 

「俺を……嗤〈わら〉いに来たのか…………?」
あまりにもぽつりと呟かれたので、それを理解するのに一瞬の間が空いた。

 

「シン?」
何を言ってんのよ!?
そう言う思いを込めて返すが、シンには届いていない様だった。

 

「いいんだ……嗤ってくれよ、こんな馬鹿な奴をさ……」
自嘲と言うには余りにも重すぎる、精神の深淵の縁へと自ら歩み行きつつあるとしか思えないその物言い。

 

「シン!」
それを感じて思わず息を呑み、それから慌てて強い口調で彼の名を呼んだ。
「…………」
返事は無かった。

 

シンの精神〈ココロ〉は壊れかけている。
不意にその事に気が付いてしまって、ルナマリアは絶句させられた。

 

(どうしよう……。どうすればいいの……?)
自分もまた沈黙したまま、その場にただ立ち尽くす。
自身の「無力さ」を痛い程に実感させられて……。

 

だから彼女はシンが座るその反対側のベッドの端に、彼には背中を斜めに向ける格好で腰を下ろして、ぽつりと呟いた。
「嗤うだなんて……そんな事、出来るわけがないわよ……。だって、私も…同じだもの……」

 

後から思い出してみても、どうしてそんなセリフが出てきたのかは、はっきりとは分からない。
頭で考えると言うよりは、自分にはシンが壊れてしまいそうなのを目の前に見ていながら、出来る事は何も無いの?
と言う無力感が呟かせた言葉だった様な気がするから。

 

でも、それだからこそシンはようやくちゃんとこちらに意識を向けてくれた――まだ背中越しで振り向きもしなかったけれど、そんな自分の想いを感じて。

 

「あたしさ……、今まで自分は何にも知らなかったんだなぁ……って、自分で自分にちょっと……ううん、思いっきり呆れてる」
「………………」
シンは何も言わなかったけど、聞き耳を立てたままでいてくれているのは分かったから、そのまま話し続ける。
「戦うって言うのは、戦争をするって言うのはこういう事なんだって……そんな事何にも考えて無かったし、考えようともしてなかったんだな……って」

 

ほんの2年くらい前にはさ、自分が暮らしてるプラントのすぐ近くでもこんな事が行われていたのにね……。
ルナマリアは自嘲気味に呟いた。

 

「ついこないだにもまたそうなったけど、前の戦争の時も地球軍はプラントへ無差別な核攻撃なんかを仕掛けて来て、そんなニュースに自分も震えながら、あたしは怯えて震えてるメイリンの手を握り締めてやる事しか出来なかった……」
プラントの平凡な家庭に生まれた彼女と妹は、前大戦の時にはまだ、身近まで迫った戦争の影に怯える無力な一市民でしかなかった。

 

「だから、かな……あたしもメイリンも、揃ってザフトに入ったのは。ある日突然、戦争で一方的に殺されるかもしれないって言う事がとても怖くて、でもそれに対してただ怯えているしかない無力な自分が嫌で。
そんなものから自分自身や、父さん母さん、大事な人達を守りたくて。多分、あたし達の同期の子達はほとんど皆、誰にもそういうのがあったと思うけど……」

 

ルナマリアはそこで一旦言葉を切ると、一つ息をついてから俯きがちに再び話し始める。
「でもさ、守る為に戦うって事は、その為に攻めてきたその相手を殺すって事なんだよね……。その戦って、殺した相手にも、やっぱりあたし達と同じ様に大事な人達がいるんだよね……」

 

〝向こう〟にだって。
そんな、ちょっと考えてみれば当たり前の事にも気付かなかった……。
ルナマリアは、そう苦い想いと共に重い吐息をつく。
そして無理に笑顔を作る努力をしながら顔を上げる。
「あたしだって、馬鹿だったって言うのなら同じだよ。シン?」

 

その一言に、初めてシンにはっきりとした反応が見えた――やっぱりまだこちらを振り向きまではしなかったけれど、その身体が少しだけ彼女の方にと向いて動いていた。
そしてシンの口がようやくに開かれる。

 

「違うよ……ルナ、違うんだ……!」
絞り出すような声で言うシン。その横顔が本当に辛そうだった。
「そんなの、当たり前じゃないか!普通に、平和に暮らして行けるって事以上の幸せなんかあるもんか……!
戦争が……戦争さえなかったら、誰も死ななくていい、殺されなくたって済むんじゃないか!そんな事に悩まなくてもよかったんじゃないかッ!」

 

血を吐くような叫びと言うのはこう言うものなのだろうか?
そんな事を思わされる様なシンの吐き出した想い。それに打たれて無言のままに見開いたルナマリアの目に、シンがその掌の中に握っていたピンク色の二つ折り式携帯電話を、激情に震える手でぎこちなく広げるのが見えた。

 

シンの指先がその明らかに女の子向けの物だと分かる携帯電話を操作して、そして一つの声がそのスピーカーから流れ出す。
『はい、マユで~す。でもごめんなさい、いまマユはお話しできません。あとで連絡しますので、お名前を発信音のあとに……』
留守番電話のメッセージを伝える少女の声。
誰だろう、この電話を持っていた女の子?

 

自然にそんな事を考えるルナマリアの耳を、ぽつりと漏らされたシンの言葉が打つ。
「マユ……。俺の、妹だよ…………」

 

「妹さん?」
そう呟き返してからルナマリアは、はっと気付く。
断片的にだけは耳にして知っていた。二年前の大戦で、その頃オーブにいたシンの一家はオーブを襲った地球連合軍との戦火に巻き込まれ、彼だけが一人生き残ったと言う話を。

 

(じゃあ、この携帯はそんな妹さんの……)
初めてシンが直接口にするのを耳にした、その過去の話。
それを聞いて、ルナマリアは何故彼がこんな一見不釣り合いにしか見えない様なファンシーな代物を、本当に大事そうに持っているのかを理解した。

 

形見なのだ、この携帯電話は。
多分、想い出の他にはたった一つきりの……。

 

そう気付いて絶句する彼女の前で、シンはぽつりぽつりと語り始める。
今までほとんど誰にも話した事が無い、自分の過去を――内に抱え込んだその痛みを。
「俺さ、前の戦争の時はオーブにいたんだ……。父さんも母さんもコーディネーターだったけど、オーブはコーディネーターもナチュラルと平等に受け入れてくれる国だから移住を決めたんだって、父さんと母さんは言ってた……」

 

「………………」
言われてみて、初めて気が付くと言う事もあるんだなと、ルナマリアはそう思った。
彼女達、コーディネーターの国であるプラントに生まれて、そのプラントと言う社会の中で育った多くの者達とは、シンはそもそも違った環境で育って来ていたのだと言う事を。
それもまた、気付けていなかった事実だった。

 

「周りとは打ち解けようとしない奴」と言う、アカデミー時代にシンに対して向けられていた大多数の者達の目も、その点を考えれば仕方がない――いや、むしろシンの方だけが悪いんじゃないって事だったのかもしれないと、
他のミネルバ配属になった面々と共に、その中で例外的にシンを排斥視せずに、まがりなりにもある程度は気心を知る~と言ってもいい関係になれた少数の内の一人だったルナマリアは、
彼の話に黙って耳を傾けながら、同時にそんな事をふと思う。

 

シンの昔語りは続いていた。
「その内、海の向こうや宇宙ではプラントと地球連合の戦争が始まったけど、オーブは変わらずにずっと平和だったから、俺にとっては戦争なんて遠い別の世界の出来事にしか思えなかった、思ってなかった。だから……」

 

笑っちゃうよな、とシンは苦い微笑を浮かべる。
「〝あのアークエンジェル〟がザフトに追われて逃げ込んで来た時なんか、それが何を意味しているかだなんて考えもしないで、ただ「凄いや!」なんて、無邪気に興奮してたんだ。でも……」
シンはそこで一旦言葉を切り、辛い記憶の中の情景を再び思い起こさせ始める。

 

「ある日、突然に海の向こうから戦争はやって来た。オーブが持っていたマスドライバーとかを寄越せって、無茶苦茶勝手な理由で地球軍が攻めて来て。
そんな状況になってもまだ、「オーブの理念」とやらを守るって事だけにしか興味がないアスハは、その為だけにオーブの国内を平気で戦場にしたんだ。
だから、俺達の一家も戦火から逃げようと、丘の中を避難船が待っている港に向かって必死に走り下りてた……」

 

その途中で妹のマユが、大事にしていた携帯電話を手から落としてしまって。
その携帯は崖の斜面の下まで落ちて行ってしまったから、両親は諦めろって言ったのだけれども、マユは嫌がって。
だから、ほんのちょっとの寄り道と言うつもりでシンはそれを取りに崖下まで素早く滑り降りて行った。
落ちていた携帯を無事に見つけて手に取って、ほっとした次の瞬間、シンは激しい爆発に吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。

 

何が起こったのか分からずに、呆然とするシンの周囲の森の木々は根こそぎ吹き飛ばされて、地面は抉れ、辺りは立ち上がる炎に包まれていた。
そしてそれで見える様になった頭上の空を、10枚の青い翼を持ったMSが飛び抜けた。

 

そのMSから放たれた攻撃が多分、流れ弾か誤射になって落ちて来たのだと言う事には後で気が付いた。
その様子に気が付いて駆け寄って来たオーブの軍人に声を掛けられて、シンはようやく家族のみんなは!?と言う事に意識が行った。
そして立ち上がって振り向いた、その視線の先にとあったものは――

 

「左のさ……腕だけだったんだよ……」
「!?」
「肘から先だけが……マユの片腕だけが、俺の目の前に転がってた……」
つい先日、自身も目にした情景からシンの語るその時の様子を十二分に想像できてしまって、ルナマリアは息を呑んだ。

 

「何だこれ?……って、理解ができなくて。目線を上げたその先で、焼け焦げたみんなが地面に転がってた…………。父さんも、母さんも……マユの身体も奇妙な形に捻くれて、もう動かなくなってた……」
辛い記憶を呼び起こしている筈のシンの口調には、それとは裏腹に何の感情も感じられなかった。

 

「ついさっきまで生きていたみんなが、何で?って、どうしてこんな事が?って……。目の前の光景に、俺はただ空に向かって絶叫するしかなかった……」
淡々と語っていると言うのではなく、むしろ余りに辛すぎて感覚を麻痺させてしまっているからなのだと分かる、そんな語りだった。

 

(目の前でだなんて……そんな! そんな酷い事って……)
シン達の家族に起きた余りにも凄惨な出来事に、それを聞くルナマリアもまた衝撃を受けていた。
彼女自身もまた、姉――妹を持つ立場の人間だったから。
多分、我が身に置き換えてシンの身に起きた出来事を想像する事が出来る彼女だったのが、きっと〝運命〟だったのだろう。

 

「それから俺、ずっと考えたんだ。どうしてこんな事になったのか?って。誰が悪いんだ?って。どうすれば、こんな事に成らずに済んだんだろうか?って……」
家族を失ってひとりぼっちになったシンは、その現場から彼を連れ出してくれたオーブ軍人の世話で、自分と同じコーディネーター達の国であるプラントへと行く事にした。
そしてあの時に何も出来なかった、大切な人達を守れなかった自分に決別しようと、それが出来る為の〝力〟を求めてザフトの軍アカデミーの門を叩いたのだった。

 

「でも、アカデミーに入ってはみたけど、あんな戦争の後だって言うのに、周りのプラント育ちの連中はみんな〝どこか呑気〟でさ。だから俺は「お前らなんかに分かるもんか! 負けるもんか!」って、必死だった……」
(そうだったんだ、シン……)
そこで出会った頃のシンの、どこか荒んだ雰囲気の理由を今ようやく知って、ルナマリアは納得すると共に、そんな彼を見ていた当時の自分達の意識と言うものを、恥ずかしく思わされる。

 

「そして、とうとうインパルスのパイロットに抜擢されてさ……。俺、本当に嬉しかった。ああ、やっと俺は〝力〟を手に入れる事が出来た。戦争って言う理不尽なものから、昔の俺達家族みたいな無力な人達を守れる〝力〟を手に入れたんだ。
これでもう、俺の様な想いをする人を作らなくても済むんだって、そんな風に思ったんだ」

 

馬鹿だよな……。
シンは自嘲の言葉で続ける。
〝それ〟がどういう事なのか、分かりもしないで。

 

「だから、許せなかったんだ。目の前で、そんな普通に暮らしてる人々を戦争の為に無理やり苦しめて、平気で傷付けてる地球軍の奴らを目の前にして……」
許せなかったんだ。
シンは奥歯を噛みしめる様にして呟く。

 

「そんな奴らはみんな吹き飛ばしてやる! 自分達の横暴の報いを受けさせてやるんだって、そうして昔の俺達みたいな人達を助けるんだ、守るんだ!って、そう思ってた……。
だけど……だけどさ!」
語り出してからは初めてシンが叫びを上げた。

 

「そうやって戦って、それで俺もやっぱりそんな人達を巻き添えにしてるだなんて、気付きもしなかった!
なのに俺は一人で勝手に、この人達を助けられた、守ってあげられただなんて、いい事をした気分になっていたんだぜ?」

 

そのせいでニーラゴンゴだってあんな事になってしまってたって言うのにな……。
叫んだシンの顔が、再びその呟きと共に再び俯いて行く。

 

「その後でやっと思い知らされたよ……。俺は、本当に救い難い大馬鹿野郎だってさ……。
怒りで頭が真っ白になって、それで許せない奴らをみんなまとめて吹き飛ばしてやった。その「後始末」をさせられるまで、〝それ〟がどういう事かだなんて、考えもしてなかった……。
いいや、違う。忘れてた。壊してしまうのは怖いくらい簡単で、でもそうして生まれた哀しみは、ずっとずっと消えないんだって事を」

 

ルナマリア達も実感させられた、それまで意識もしていなかった面での「戦争の現実」と言うものが、シンに与えた衝撃は彼女らの比では無かった。

 

「そうやって喪うって言う事が、奪われるって事がどれだけ辛い事なのか、悲しい事なのか、俺は嫌って言う程知っている筈なのに……。
なのにそんな俺が、今度は自分で大勢の人達にそんな想いを味わわせてしまったんだぜ?」
何が、「守る」だよ!
お笑いだよな、ホントにさ……。

 

「嗤えよ、嗤ってくれよ……」
再び消え入りそうな声で呟きながら、シンはその顔を両手で覆う。

 

どうすればいい? どうしたら償えるんだ?
自責の念に押し潰されて、シンは幼子の様に途方に暮れていた。

 

「シン!」
意識もせずに口がそう彼の名を呼んだ時にはもう、ルナマリアはシンの頭を自分の胸に抱き寄せていた。
「ルナ…………うっ、ううっ! うあぁああああああっ!!」
そこまでだった。
とうに限界を超えていたシンの感情の水位はそれで一気に決壊し、奔流となって溢れ出す。

 

前の戦争での悲劇のその日から、シンはずっと、泣くと言う事を忘れて来ていた。
そうして無理に無理を重ね続けて来た心のひずみの、積もり積もったその全てが一気に解き放たれて。
ルナマリアの胸に抱かれて、シンはただただ激しく泣いていた。

 

そんなシンの姿に自身も瞼に熱いものを感じながら、ルナマリアは黙ってただその頭を優しく撫でてやる。
(ああ、コイツは今でもずっと、哭いているんだ……)

 

表面上はもう癒えた様に見えてはいても、それはあくまで錯覚で。
彼の心は今でも癒えない大きな傷口を開けたまま、血を流し続けているのだ。

 

そうして苦しみもがきながらも見つけたと思った道のその先で、それで今度は自分自身がそんな、誰かを泣かせると言う過ちを犯してしまった。
その事実がどれ程の衝撃だっただろうか?

 

ルナマリアには掛ける言葉が見つからなかった。
いや、こうして再び深く傷付いている今の彼には、どんな言葉も無力だと言う事を、彼女は本能的に理解した。
彼の為に今自分がしてやれる事はただ一つ。このまま傷付き慄える心を抱きしめて、身体であたためてやるより他には無いのだと。

 

(「利口じゃない」って事なのかも知れないけど……)
ルナマリアの中の冷静な部分が、そう苦笑を浮かべていた。
だが、〝そんな自分〟もまた、悟っていた。今のシンをこのまま一人にしておく、それだけはしてはならないのだと言う事を。
そして、そうしてやりたいと思うくらいに、自分はコイツにと好意を持っていたのだな……と。

 

だからもう、ためらいは無かった。
「いいわよ、シン。泣きなさい……、思いっきり泣きなさい」
そう彼にささやきかけて、ルナマリアは目を閉じる。
そしてシンの背に回した両腕に力を込めて、その身体をより深く抱きしめた……。

 
 
 

ガルナハン市街(現在)

 

「そうか、君やレイだけでなくルナマリア達も、みんなシンのことを気遣ってくれていたのか……」
メイリンから、意気消沈したままでいたシンを心配する同期の仲間達それぞれの話を聞いて、アスランは頷いた。
「シンにだって、こうして周りにはいい仲間達がちゃんといてくれているんだよな。その事に自分で気が付ければ、あいつはもっと……いや、多分もう気付きかけているのかな?」

 

「…………」
「メイリン?」
想いを口にしていたアスランは、目の前でまじまじと自分を見ているメイリンの姿に気が付いて、そう尋ねる。

 

「あっ! す、すみません……」
「いや、いいけど」
ハッとして慌てるそぶりのメイリンにアスランが微苦笑を浮かべて見せると、彼女もつられて笑う。
そして、感心した表情で言った。
「そうやって隊長はシンの事にも心を配って下さってるんですね。何だか嬉しいです」

 

アスランはやや曖昧な笑顔で答えた。
「……ああ、何て言うのかな。シンを見ていると、時々ふと自分にもかつて似た様な事があったなって、そんな想いにさせられる事もあるから、なのかな?」

 

そう言って遠くを見つめる様な目をするアスランに、その言葉に対しての興味は抱きつつも、それ以上深く尋ねるのは遠慮してしまうメイリンだった。

 

二人が今いるのは、地球軍の制圧下にあるガルナハンの街の一隅にある、実質休業状態の一軒の酒場の中だった。
地球軍の軍政下で、人と物資のどちらの往来も無理やり――実質的にほぼ差し止められてしまっている状況下では、この手の商売はそもそも成り立たない。

 

それでなくとも豊かでは無いこの地域にとっては、元より乏しい物資をただ貪欲に吸い上げ続けるだけの地球軍の存在自体が、迷惑そのものだった。

 

イラムとその副官役のミヘッシャと4人で、準備中の作戦の為の敵情視察も兼ねつつ、協闘を要請されているレジスタンス側と接触しての作戦への協力の交渉を行う為に、
既にラドル以下のマハムール駐屯部隊が渡りを付けていた現地のレジスタンス関係者の手引きでこうしてガルナハンの街へと潜入していたのである。
当然この店の主もまた、レジスタンスに協力している人間だ。

 

それぞれ別行動で街中へと状況を確認しに出て回って、ザフト側の2人の方が先に戻って休憩を取る格好になった為、
マフティー側の2人が戻るまでの間、茶飲み話的な感じにシンの事などを話していたと言うわけだった。

 

「すまん、遅くなった」
と、そこへ店の裏口側からイラムとミヘッシャの2人が入って来た。
アスラン達がいるテーブルへと歩み寄って来て腰を下ろした2人に、メイリンがグラスに冷えた飲み物を注いで差し出す。

 

互いに現地住民の中に混じってもさほど違和感が無い様にと衣服や、あえて薄汚れた感じに見えるメイクなどには気を配っている事もあり、
ぱっと見では彼らを知る人でも分からないだろうくらいにはなっている事に互いにおかしみを覚えつつ、それぞれが見てきた街の様子についてを語り合い始める。

 

「やはり、街の〝停滞〟の度合いは本当に深刻な様ですね……」
冷えた飲み物を流し込んで喉を潤したミヘッシャが、そう呟く。
「元の世界」では現地に潜入する諜報員としての働きもしていた彼女の観察眼の鋭さを買ったのも抜擢の理由だったのだが、
彼女だけに限らず、互いに目で見、肌で感じて来た〝街の空気〟と言うものについての印象は、他の3人も共に等しくそれだった。

 

このまま放っておけば、遠からず街は死ぬ――
この街の現地偵察の前に接触をした、レジスタンス達の精神的な指導者の立場にいる長老の話を裏付けるものでもあった。

 
 

「お前さん方に協力させて貰うとしよう」
条件や手土産も持っての交渉、と言うつもりで訪れた彼らに向かって、作戦の具体的な内容(それに伴って〝協力〟の内容もまた決まる)も聞かずに、
地球軍を追い払い、ガルナハンの街と火力プラントを解放すると言う、作戦の目的を話しただけで、
そう言って即座に協力を了承した長老の態度には、かなり驚かされていた。

 

現状に対しての判断が、それだけ深刻だと言うことだが、それは決して大げさな物言いではないと言うのは、こうして現地での「実際」を確かめれば納得も行く事だった。

 

元々、この地域にはかなり年季の入った大規模な地熱発電のプラントが健在であり、
所謂「エイプリルフール・クライシス」――ザフトによるニュートロンジャマーの投下に端を発する、大規模なエネルギー危機――下においても、原子力発電に頼っていた旧プラント理事国等の〝先進地域〟の様な影響は、ほとんど受けずに済んでいた。

 

そもそも、それら〝先進地域〟とは比較にならない程につましく生活を営んでいるこの地域の住民達からすれば、それで得られているエネルギーだけで十二分に生きて行けると言うわけで、
「エネルギー危機」だなんだなどと声高に騒ぎ立てて言われても、普通に実感のわく様な話でも無かったのだ。

 

アスラン達が面会した長老は言ったものだ。
「確かにな、ある日突然にエネルギーが一気に不足する様になり、しかもその代替手段もほとんど見つからないと言うのでは、それは深刻にもなるじゃろうて。
じゃがな、わしらに言わせればそもそも「足りない足りない」と騒いでいる連中の方が、贅沢にエネルギーを無駄使いにし過ぎて来ておったと言うだけなんじゃよ」

 

そして、そんな事態を自らの手でもって招いておきながら、そのツケを儂等から収奪する事で埋めようなどと言うのは、身勝手な話も極まるじゃろうて……。
長老は穏やかな口調で言うが、それだけにその言葉に込められた苦々しさはより深く伝わって来るものがあった。

 

地球軍はこの地域に展開するやいなや、真っ先に占拠した地熱プラントでもって得られるエネルギーの大半をローエングリンゲート要塞や、遠いスエズ基地へと送り、自らの大口需要をそれで賄っており、
ガルナハンの街を初めとする、本来の使用権者であるこの地域の住民達には、その大半を持ち去った後の「僅かなお余り」だけが回されると言う格好を強いられて、ライフラインがまともに機能しない状況下に陥っていた。

 

それと共に、人と物資の往来の停滞に伴っての食料や医薬品の不足も深刻化の一途を辿る一方だったが、元より潤沢でもないそう言った物資もまた、地球軍の収奪対象からは免れなかった。

 

それがこの地域の住民達に何をもたらしているのか?と言うのは火を見るよりも明らかで、状況を聞かされたアスランやイラム達も暗澹たる思いにさせられる。

 

そうやって力で制圧し、奪える物は根こそぎ奪い取るだけでいながら、地球軍の言う事は
「俺達はそんな危機をもたらした宇宙の悪魔〈コーディネーター〉共からお前達を守ってやっているんだぞ? ありがたく思って、同胞の為の聖戦に協力しろ!」
と言った類のものである。

 

そんな〝高尚な目的〟の為に「協力」とやらを強いられる側から見れば、まさに噴飯ものの言い分でしかないだろう。

 

エネルギーも、食料も医薬品も欠乏する様な状況を〝作り出され〟、老人や子供、妊産婦と言った一番弱い立場にいる人々は真っ先に割を食わされていたし、
労働への強制徴用を強いられたり、タチの悪い兵士による鬱憤晴らしや恐喝の為の市民への暴行、若い娘や少女への乱暴と言った制圧下における軍の横暴も日常茶飯事で、
溜まりかねた住民達が抗議の声を上げれば、待っているのは問答無用の銃口からの発砲と、過剰な鎮圧の更なる暴力だった。

 

彼らにしてみれば、(存在そのものについての知識はあっても)実際には縁遠い世界の住人でしかなく、そして〝具体的に大した迷惑をかけられたわけでもない〟コーディネーター達よりも、
眼前に現実に存在し、現在進行形で多大な迷惑をかけ続けている圧政者である〝同胞〟達の方こそが、悪魔そのものだった。

 

「儂等はみんな、失笑〈わら〉っておるよ……」
そう言う長老の様に、世界の動きにも関心を持ち、透徹した目で物事を客観的に見ようと心がけている市井の人物の目は、
表向きには隠されている「真実の別の側面」をもしっかりと見切っていた。

 

すなわち、「エイプリルフール・クライシス」と呼ばれた一連の危機的状況には、ナチュラル自身が同じナチュラルに対してもたらした〝人災〟の側面もまた大きいのだと言う事を。

 

成程、確かにその「クライシス」の直接のきっかけはコーディネーターの側がもたらした、核分裂反応を阻害し不可能化するニュートロンジャマーと言う代物の投下ではあった。

 

「血のバレンタイン」――農業用のコロニーへと改装されたスペース・コロニー、ユニウス・セブンへのブルーコスモスの兵士による無警告の核攻撃によって、文字通りに核兵器の惨禍を身を持って思い知らされ、恐怖に駆られたコーディネーター達が
その脅威を封じる事を目的にして大量投下したニュートロンジャマーは、その機能により「兵器としての核」のみならず、先進地域が依存していた発電システムとしての核エネルギーの使用をも不可能とし、
大量消費文明圏に対しては深刻なエネルギー不足をもたらしていた。

 

そして当然ながらそうして現実となった突然のエネルギー源の喪失は、食料生産や物流と言った社会システムの基盤そのものにも致命的な影響を与える事となり、
地球連合の側の言い分をそのまま鵜呑みにするならば、一説では10億人近い規模の餓死者や凍死者が出たとされていた。

 

「だがのう、少なくともその内の大半の人間は、本来ならば死ななくとも良かった筈じゃろうて」
長老はそう言って溜息をついた。
恐らくそれらの人々の姿と、現状の自分達の姿を重ねていたのだろう。

 

その「危機」による犠牲者達の大半は、〝同胞〈ナチュラル〉〟による人災によって死ななくても良かった筈の命を失った者達だと言うのは、簡単な事だった。

 

そんな世界規模の「危機」と言う状況すらも、そもそもがその引き金を引いた存在であるブルーコスモスのバックにいる、
「世界を裏から動かせる立場にいる者達」にとっては、自己の懐をより潤す格好の機会でもあったと言う事実。

 

幾ら「危機」的な状況下とは言え、地球連合を構成している大国がその持てる国力を一般市民の保護にと傾注させていたならば、それ程の犠牲が出る筈は無かったのだと、
直接の当時者の立場にはいなかった人間であるからこそ、長老は周囲の世界の動きを透徹した目で見ていたのであった。

 

欠乏気味の食料やエネルギーを平等に、ましてや自分の懐を痛めて分け与える事など、考えるわけもない。
需要に対しての供給量を恣意的にコントロール出来る立場の者達からすれば、暴騰は望むところであって、
むしろ意図的に本当は有る物を隠匿して更にそれをあおり立て、その結果人々の生命そのものが脅かされるレベルにまで状況を悪化させる様な事さえ、平然と行ってもいた。

 

ただし、流石にそれのみではいずれ誰かが気付くであろうその事への怒りの矛先が、自分達に向く事になるのは避けられない。
そこで、「悪いのはこんな事になる原因を作った宇宙の悪魔どもだ!」と言うプロパガンダでもって、苦しむ一般市民達の怒りや不満の矛先をそらすと同時に、
そうして煽った敵愾心を利用して、これもまた自分達が望む戦争の為の尖兵としても進んで働かせると言う、一石二鳥の構図であった。

 

いや、ついでに戦争には役立たない「社会的弱者」もそれで〝間引き〟すれば、戦争に費やす為の相対国力も向上すると言う発想もあったと見て良いだろう。

 

確かに、当事者であればある程に自分自身では中々気付き得ない事ではあるかも知れないが、
逆に「当事者では無い」からこそ、客観的に物事の推移を見られる立場にある長老辺りに言わせれば、
「所詮、〝同胞〈同じナチュラル〉〟などと言う戯言は、奴らにとっての都合の良い詭弁にしか過ぎぬのよ。
口に出してこそは言わぬだけ。一口に〝ナチュラル〟とひとくくりにしたその中にはの、厳然たる「等級」と言うものが存在するわけじゃて……」
と、言う事になるのだった。

 

そう言った者達の思考で見た人の世の「正しい」(あるべき姿の)構成と言うのは、
ナチュラルの中でも、支配する少数の選ばれた者達と、その下で黙ってそれらの者に導かれ、尽くし従ってさえいればいい多数の被支配階級の者達とがおり、
そしてその更に下に、存在自体が許されない絶滅させるべき対象としてコーディネーター達がいる。と言うわけだ。

 

その意味ではイラムがハサウェイと共にデュランダル議長と最初の会談を持った際に引き合いとして出した、まるで旧世界で言う所のナチスの思想も同然だなと言う認識は、あながち外してはいまい。

 

コーディネーターと言う存在がこの世に現れてからの歴史など、たかだか百年足らず。
その歴史とほぼ平行する様に生きてきた長老の目から見れば、
コーディネーターの出現の遙か以前から、この地域は常に入れ替わりの強者によって支配され、常にその都合に振り回されて来たと言う連綿たる歴史の現実は、
文字通りに目の当たりに見て、身を持って感じて来た事で。

 

その様な立場に立って物を見ている彼の様な人間にとっては、
「全ての元凶は悪逆無道なコーディネーター共のせいであり、奴らを根絶やしにさえすれば全てが良くなる」などと言う、
今現在の支配者(=圧政者)である地球連合の言い分などは、鼻で笑い飛ばせる様な薄っぺらい、そして胡散臭い代物でしかないと見切れてしまうのだった。

 

「………………」
そして直に聞かされた、初めて接する類の視点を持った一人のナチュラルの老人の声に、再び考え込まさせられるアスランだった。

 

前大戦においても、ザフトから三隻同盟へと立場を変えながらも彼が変わらずに敵手として戦っていた、地球連合。
その勢力の〝強大さ〟についてはやはり、常に脅威感を覚えさせられていたものだったが、こうして改めて別の視点に基づいての現実の一側面をも新たに知らされてみると、
その大巨人もその実、中身は大分に〝虚ろ〟でもあるらしいと言う事に気付かされる。

 

デュランダル議長が、自分を地球の前線に立つミネルバへと行かせると言う判断を選んだ理由の中には、この様な〝現実〟にと自分が実際に触れる事が出来ると言う可能性をも期待しての事だったのであろうと、アスランはそう思った。

 

一口に「ナチュラルは~」などとひとくくりにしてしまう事がどれ程現実離れしたことであるのかは、インド洋、そしてこのガルナハンと、〝実際〟を目の当たりにさせられて見て改めて痛感させられた事だった。

 

「どうやら、俺達が戦うべき〝真の敵〟と言うものが何か? おぼろげながらも見えて来たんじゃないか、アスラン?」
イラムの言葉に、アスランは大きく頷いた。

 

目下の課題である、ローエングリンゲート攻略作戦への協力の了承も得る事が出来、作戦実施の障害が無くなったと言うのも無論大事な事ではあったが、
この地でもって得た証言と、目の当たりにされる動かぬ〝現実〟の姿と言うものは、後々になって更に大きな意味を持ってくる事になるのであった。